読切小説
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オトメ対戦
 松田隼人は苦悩していた。片想いの相手から無理難題を言い渡され、どう解決しようかと四苦八苦していた。
 あまりにも高難易度。無茶振りにもほどがある。故に彼は懊悩していた。お題を出されてから二時間経つが、未だに具体的な解決策が浮かんでこなかった。
 
「なるほど。だから私にアドバイスを求めようとしたってわけだね」

 そして二時間後、隼人は昼休みを利用して図書室に顔を出していた。そこで彼は自分と同じクラスの図書委員、ラタトスクのマリーに救いの手を求めようとしていた。
 いくら自分一人で考えても埒が明かない。ならば腐れ縁の知恵袋に助けてもらおう。彼はそう思ったのだ。
 
「しかしまあ、君も大胆なことするね。ラタトスクに色恋沙汰の話を持ち込んでくるなんて。どうぞ学校中にこの話題を広めてくださいと言っているようなものだぞ」

 だが隼人は、この己の選択を悔やんでもいた。何故なら彼はこのマリーなる魔物娘が、一筋縄ではいかない娘であることを知っていたからだ。
 とにかく意地が悪い。一言多い。控え目に言って、いい性格をしている。頭は切れるし悪党でもないが、捻くれている。厄介なことこの上ない。
 
「ちょっとそこの君、私と一緒にこの本を図書室まで運んでくれないか? 報酬は出さないが、感謝はしてやるぞ。ありがたく思うがいい」
 
 第一、初顔合わせの際にマリーが放った台詞がこれである。清廉潔白とは程遠い。
 ともかくそんな二人が友人同士になって一年が経つ。何故友人関係を築けたのか未だに不可解だが、不思議とウマが合ったのだ。そしてその間の触れ合いを通じて、隼人はマリーの人となりを嫌と言うほど理解したのであった。
 ラタトスクという種族はみんなこうなのだろうか? 彼女の言動を垣間見る度に、隼人はそう思わずにはいられなかった。
 
「ふふん、まあ今回は許してやろう。我が友の赤裸々な恋愛事情を直々に聴くことが出来るんだ。それだけでも十分儲けものというものだよ」

 案の定、今日も彼女は絶好調だった。その「恋愛事情」で悩む隼人を見て、マリーは愉快そうに笑みを浮かべながらそう言ってのけた。明らかに楽しんでいた。そこに他人の色恋を嘲笑するような邪念が混じっていない分、余計に質が悪い。今ここに自分達以外いない分、余計に本性を発露しているのかもしれない。
 そもそも恋愛を蔑む魔物娘がいるのだろうか。隼人は心の片隅でそんなことを思ったりした。魔物娘が現代社会に溶け込んで十年が経つが、未だに隼人にとって魔物娘は未知の事象であり続けていた。
 
「それでそれで? 具体的には何を言われたのだ? 前後の成り行きも含めて、このマリー様に包み隠さず話すがいい。それと嘘は言ってくれるなよ? もし嘘を言ったりしたら、その時は君が恋人の写真を使ってオナニーしたことを、君の恋人に暴露してやるからな」

 アンノウンがニヤニヤ笑って催促してくる。やっぱりこいつに話を持ち掛けるんじゃなかった。隼人は何度覚えたかもわからない後悔の念に苛まれた。
 しかし他に頼れる者がいないのも事実だった。こんな突っ込んだ話が出来るのは、彼女以外にいない。
 
「……休み時間の時に先輩から言われたんだよ。自分をドキドキさせてみろって」

 意を決して隼人が口を開く。直後、マリーは茶化すのを止め、真面目な顔つきでそれに聞き入る。
 隼人が話を続ける。
 
「ほら、俺と先輩がその、恋人同士になって、三ヶ月経つじゃん」
「君の片想いの相手は仮恋人と言っていなかったか? 告白をするにはまだ早いとか、真の恋人関係になるにはまだ成熟が必要だとか言われたとか、相談された気がしたが……」
「うるさいな。確かにそうだけどさ……」

 隼人が渋る。マリーの言う通り、隼人はその「恋人」に対して、まだ告白もしていなかった。デートもまだである。

「とにかくそれで、知り合って時間も経ったし、そろそろ次の段階に進むべきだって先輩から言われてさ」

 そこで隼人が言葉を切る。視線を上げ、恐る恐るマリーの顔を見る。
 テーブルを挟んで相対していたラタトスクは、真面目な顔でこちらを見つめていた。これだから彼女は信頼できる。
 
「続けて」

 茶化すことなくマリーが催促する。頷いて隼人が再開する。
 
「それでその、次に進むための試練ってことで、あんなこと言われたんだよ」
「最初に言っていた、無理難題と言う奴だな」
「ああ」
「内容を教えてくれ。彼女は君に何を求めているんだ」

 マリーの言葉を聞いて、隼人が生唾を飲み込む。数瞬後、隼人が口を開く。
 
「自分を恋人としてドキドキさせてほしい。ときめかせてほしいって言われたんだ」
「ドキドキ、とな」
「うん」
「それだけ?」
「いや、条件が一つ」
「聞かせてくれ」

 マリーの言葉に隼人が答える。
 
「その、五秒で」
「は?」
「五秒以内で、自分の心を燃え上がらせてくれって言われたんだよ」
「……それはつまり、五秒以内に何とかしろってことか?」

 無言で隼人が頷く。マリーが思わずため息を吐く。
 
「なるほど、これは無茶苦茶だ」
「やっぱりマリーもそう思うか」
「当たり前だ。なんだって君の恋人は、そんな時間制限を設けたんだ?」
「いやほら、先輩の種族がさ」
「……ああ」

 隼人の言葉を聞き、マリーが即座に理解する。確かに「先輩」ならやりかねない。
 
「アヌビスだったな。そういえば」

 隼人の先輩兼恋人の姿を脳内で思い浮かべながら、マリーが納得した顔で呟く。それに呼応して隼人も首を縦に振る。
 アヌビス。砂漠地帯を本拠とするウルフ種の魔物娘。外見はスレンダーな褐色美人。そして何より時間にうるさい。
 一部では規律の鬼と言われてるとかいないとか。とにかく時間厳守を徹底する。その意味では面倒くさい女性であった。
 そんな魔物娘の女生徒が、隼人の恋人であった。当然隼人とマリーは、アヌビス先輩の性質を熟知していた。
 
「やらかしかねんな、あの方なら」

 その上でのマリーの発言である。隼人もそれに前面同意した。

「うん、まあ。そう思うよな。実際その通りだし」
「君も君で厄介な娘に惚れてしまったもんだな」
「うるせえ。それに最初に告白してきたのは先輩の方だし。でも」
「でも?」

 マリーが促す。神妙な面持ちで隼人が言う。

「俺としてはやっぱり、彼女の気持ちには応えてあげたいなって思ってるんだよ。俺も先輩のこと、その、好きだし……」
「献身的だねえ。彼氏の鑑だ」
「茶化すなよ」

 ふてくされたように隼人が返す。マリーはその様を見て楽しげに笑みを浮かべる。
 そこに隼人が本題に戻ろうと言葉を放つ。
 
「それで? 何かいい考えは無いかな。こっちは考えすぎて頭パンクしそうなんだよ」
「無い知恵を無理に絞ろうとするからそうなる。そもそも君、頭脳労働が得意な方ではないだろう。慣れないことはするもんじゃないぞ」

 相変わらず一言多い。思わずムッとした顔で隼人が食いつく。
 
「そこまで言うなら、お前何かいい考えあるのかよ? あるなら言ってみろよ」
「無論ある。私を誰だと思っているんだ」

 マリーは即答した。隼人は思わず面食らった。
 
「本当にあるのか?」
「もちろんだとも。五秒以内にアヌビスをドキドキさせる、最良の手段がね」
「頼む。教えてくれ」

 隼人が顔の前で手を合わせる。それに対し、マリーは「いいだろう」とだけ告げ、おもむろに席を立つ。
 このラタトスクにしては素直過ぎる反応だった。しかし今の隼人にそれを気にする余裕はない。藁にも縋る思いでマリーの献策を心待ちにする。
 
「耳を貸したまえ」

 そのマリーが、隼人の隣に立つ。そして隼人の耳元へ顔を近づけ、小さい口を動かしてぼそぼそと何かを告げる。
 
「は」

 献策は二秒で終了した。二秒後、隼人は顔を耳まで真っ赤にした。
 
「そ、そ、そんな恥ずかしいこと……!」

 彼は気が動転していた。まともに呂律も回らなかった。
 対してマリーは平静を装ったままだった。いつもの小憎らしい澄まし顔のまま、動揺する隼人をじっと見つめていた。
 
「何を恥ずかしがっている? 君は彼女のことが好きなんだろう?」

 見つめながらマリーが告げる。直後、隼人の動きが止まる。
 そこにマリーが追い打ちをかける。
 
「本当に彼女のことが好きならば、これくらい出来て当然のはずだ。むしろするべきだ。する方が自然というものだ」
「そりゃあ、そうかもしれないけど……」
「ならば臆する理由はどこにも無いはずだ。むしろ君以外に誰が彼女にそれをすると言うのだ?」

 マリーが一方的にまくしたてる。隼人は黙ったまま、それに耳を傾ける。
 
「もしや君、この期に及んで彼女は自分にとって高嶺の花だと思っているのか? 自分がそんなことをするなんて恐れ多いとでも?」
「うっ」
「図星か。ヘタレめ。まあいい、この際だ。君が何故彼女を高嶺の花と思ったのか、その理由を述べてみたまえ」

 完全にマリーのペースだった。隼人は腐れ縁のラタトスクにされるがままだった。
 されるがまま、隼人はマリーの問いに答えた。
 
「先輩は……その、完璧な人だよ」

 文武両道。才色兼備。スタイル抜群で頭脳明晰。真面目で優しく、やや規則にうるさい所もあるが、それも全ては他人を慮ってのこと。おまけに風紀委員長としても優秀で、非の打ち所がない完全者。
 
「レメディ先輩は本当、凄い人だよ。俺なんかよりずっと凄い人だ」
「よくもまあそこまでスラスラ出てくるものだな。さすがは彼氏君と言ったところか」

 アヌビスの先輩――レメディ・スートリア三世の姿を思い出し悦に浸る隼人に向けて、マリーが容赦なく冷や水を浴びせる。それによって一気に現実に引き戻された隼人は、案の定面白くない顔をした。
 
「言えって言ったのはお前の方だろうがよ」
「そこまで詳しく述べろとは言ってないだろ。惚気話がしたいなら他所でやってくれ」

 まあとにかく。そこで一つ咳払いを挟み、マリーが会話を続行する。
 
「君の言う通り、かのレメディ先輩は完璧超人だ。私から見ても非の打ち所がない……まあないわけではないが、ともかく凄い女性ということは確かだ」
「だろ? 凄いんだよあの人は」
「属性過多とも言えるがな。そして君はここでもう一つ、ある属性を入れ忘れている」
「なんだよそれ」

 不思議そうに隼人が尋ねる。マリーがニヤリと笑って彼に告げる。
 
「君の恋人ということだ」

 刹那、隼人が大いにむせる。その様を見たマリーが楽しそうに「大丈夫か?」と言い放つ。
 そして相手のリアクションを待たずに、マリーが言葉を続ける。
 
「そもそも、何をそんなに驚いてる? ここが一番大事なところだろうが」
「なんでだよ?」
「今は君が彼女の恋人。彼氏なんだ。だったら彼氏らしい振舞いはして当然、いや、しなければならないんだ。君は恋人として、全力で先輩を繋ぎとめなければならない。それが君の責務なんだ」

 平時では見られない熱っぽい調子で、マリーが持論を語る。隼人も思わずそれに耳を傾ける。
 真面目くさった顔でマリーが続ける。
 
「相手が高嶺の花かどうかなんて関係ない。君は彼女のことが好きなんだろう?」
「あ、ああ」
「ならばやることは一つだ。迷うな。やれ。やるんだ」

 いつになく力強い調子でマリーが唆す。隼人はほんの少し違和感を抱いた。
 しかし考えるより前にマリーが口を開く。
 
「ほら、わかったらさっさとやりたまえ。何度も言うが、これは君にしか出来ないことだ。君がやるべきことなんだ。五秒以内で決めるんだぞ」
「わかった、わかったよ。やればいいんだろ」

 しつこく言ってくるマリーに、隼人が嫌々と言った調子で応答する。それから隼人はゆっくりと立ち上がり、腹を括った顔でマリーに言った。
 
「放課後やってくるよ。やりゃあいいんだろ」
「その通りだ。しっかりこなしてくるんだぞ」
「おう」

 マリーの言葉に隼人が返す。そこには吹っ切れた調子があった。
 それから隼人は腕時計を見て時間を確認した後、図書室を出て行こうとドアの方へ向かった。
 
「ああ、そうだ」

 しかしドアを開け放ったところで動きを止め、肩越しにマリーを見ながら隼人が口を開いた。
 すぐにマリーが反応する。自分の方を見てきたマリーに、隼人が声をかける。
 
「アドバイスありがとな。助かったよ」
「……ッ」

 マリーが言葉に詰まる。一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐにそっぽを向いて慌てた調子で言い返す。
 
「ば、馬鹿なこと言う前に、少しはイメージトレーニングをしておけ! 本番で失敗しても知らんぞ!」

 恥じらいを隠すような怒りの口調だった。隼人はそれを笑って受け流し、鷹揚に片手を挙げながら図書室を去っていった。
 
「……まったく、世話のかかる奴め」
 
 そうして彼が去った後、マリーは一人ため息をついた。どこか呆れたような、薄い笑みを浮かべた表情だった。
 
 
 
 
 親友から策を受け取った後の隼人の行動は迅速だった。彼は午後の授業の合間にレメディにメールを送り、そこで放課後に会ってほしいと彼女に頼んだ。
 レメディの回答はすぐに返ってきた。一個上のアヌビス先輩はそれを快諾し、さらに放課後屋上に待つと付け加えてきた。隼人もそれに同意し、その旨をメールで返信した。
 
「来ましたね、ハヤト。待っていました」

 そして放課後、レメディは約束通り屋上にいた。容姿端麗、眉目秀麗。美の女神から寵愛を受けたかの如き美しさを持つ彼女が、ブレザー姿のまま屋上で仁王立ちしていた。夕陽をバックに堂々と立つその姿は、その存在感を一層強めていた。
 
「時間通り。さすがは私のこ、恋人ですね」
 
 閑話休題。彼女は後からやって来た隼人の姿を認めると、彼に向かってそう言ってきた。彼と二人きりになった時にのみ見せる、穏やかな口調だった。慣れない言葉を使おうとして口ごもるのもまた、隼人にのみ見せる愛嬌だった。
 一方の隼人も手を挙げてそれに応えながら、彼女の元に近づく。そうして二人が至近距離で向かい合った後、レメディが再び口を開いた。
 
「それで? 今日はいったいどのような用事で私を呼び出したのですか? 簡潔かつ具体的に説明をお願いします。時は限られておりますので」

 いつもの調子である。風紀委員長レメディ・スートリア三世はいつもと同じように、規則と時間に絶対の厳格さを求めるアヌビスの気質を存分に発露させていた。着崩すことなくカッチリ身に着けたブレザーもまた、彼女の厳格さをより際立たせていた。
 まさに「ルールの鬼」である。しかしそんなお堅いレメディを、隼人は心の底から美しいと感じていた。贅肉を削ぎ落としたスマートな体つきや褐色の肌もさることながら、彼はレメディの持つその気高い精神に惹かれていたのだった。
 
「ほら、早くお言いなさい。こうしてお膳立てをしたということは、何か特別な要件があってのことなのでしょう?」
「せっつかないでくださいよ」

 アヌビスが容赦なく催促する。隼人は愚痴りながらも心を決め、自分が彼女をここに呼んだ理由を伝えた。
 
「……なるほど。午前中にあなたに課した試練ですね。もう解答を用意出来たのですか」

 隼人から理由を聞いたレメディは、どこか感心したように口を開いた。隼人は無言で頷き、そのまま相手の次の言葉を待った。
 それに呼応するように、レメディが隼人に尋ねた。
 
「では早速ですが、その解答を見せてもらいましょうか。準備は出来ていますね?」
「は、はい」

 隼人が口を開く。彼の額から脂汗が流れ落ちる。心なしか、レメディも緊張しているかのように体を強張らせる。
 やがて努めて平静を保ちながらレメディが催促する。
 
「さ、さあハヤト。見せてください。五秒ですよ? 五秒ですからね?」

 縋るような眼差しを向けながら、何度も念を押してくる。可愛い。
 隼人も神妙な面持ちで頷き、その後おもむろにレメディの両肩を手で掴む。
 
「先輩」

 隼人がレメディに問う。
 
「いきます。いいですね」

 相手の覚悟を感じ取ったレメディもまた、真剣な顔で首を縦に振る。了承の合図だ。
 それを見た隼人はすぐさま行動に移った。肩を掴んだまま顔を近づけ、目を閉じる。
 
「?」

 何をする気なのか。
 不審がるレメディの唇を、全く唐突に隼人の唇が塞いだ。
 
「!」

 自分が今何をされているのか、即座にレメディは理解した。隼人は何も言わず、唇を重ね続けた。
 ファーストキス。ただ唇同士を触れ合わせるだけの、ソフトなキス。
 
「……ぷはっ」

 やがて隼人が唇を離す。自身の半分を無理矢理引きはがされたような錯覚を味わい、レメディが不安げに表情を曇らせる。
 
「なにを?」

 恋を知った少女が、素の表情で問いかける。
 そんなレメディに、隼人が息を整えつつ声をかける。
 
「五秒ですよ」

 直後、レメディがハッと我に返る。恋する少女はアヌビスへと戻り、いつもの雰囲気を纏い直して隼人に向き直る。
 
「な、なるほど。五秒ですか。これがあなたの回答なのですね」

 力づくで元の自分を取り戻しつつ、レメディが平静を取り繕う。顔はまだ真っ赤なままだった。
 そこに隼人が言葉をかける。
 
「どうです? 合格ですかね?」

 五秒で自分をときめかせてみせろ。自ら出した試練の文言が頭をよぎる。そしてその文面を脳内で泳がせながら、レメディが自分の口元に指を添える。
 こんなの、嬉しくないはずがない。
 
「……ま、まあ及第点ですね。悪くはないです」

 しかし言葉の上では強がってみせた。年上の恋人として、だらしない姿を見せるわけにはいかない。彼の前では完璧でありたいのだ。
 
「いいでしょう。認めてあげます。合格です。さすがは私の恋人ですね」

 一方、そんな先輩の強がりに気づくことなく、隼人はレメディの言葉を聞いて喜びを爆発させた。
 
「やった! よっしゃー!」
「まったく……強引にもほどがあります」

 彼女に認められた隼人の耳に、呆れたレメディの声が届くことはなかった。そして喜ぶ隼人の前で、レメディは微笑みを見せながら小さく呟いた。
 
「あの子の差し金でしょうか。本当、気障なことばかり思いつくんですから」




「さすがはアヌビス。冴えた推理だね」

 翌日。マリーは図書室でレメディと対面していた。時刻は昼休み。この時も示し合わせたように、彼女達以外の利用者はいなかった。
 そして自分達以外誰もいないのをいいことに、相対した二人の魔物娘は、互いに隠すことなく火花を散らし合った。
 
「これくらい見通せて当然です。あのような気障なこと、彼だけでは絶対思いついたりしませんから」
「それで一番彼と親しい私に目星をつけたってわけか」
「そうです。実際どうなのですか?」

 昨日の屋上でのキスに関してアヌビスから詰問されたラタトスクは、しかし己のペースを崩すことはなかった。
 
「もちろん。入れ知恵したのは私だよ。こういうのは言葉にするより、直接行動した方がいいかと思ってね」

 悪びれることなく自供する。それを聞いたレメディは怒るより前に納得した。
 
「……やっぱり。あなたがハヤトに余計なことを吹き込んだのですね」
「余計なこととはなんだ、余計なこととは。そもそも、君が五秒以内なんていう小難しいルールをつけるからこういうことになったんだぞ。元はと言えば君の責任なんだからな」
「私の責任ですって?」
「そうとも」

 突然の糾弾に目を白黒させるレメディに、マリーが真っ向から言葉をぶつける。

「大好きな隼人に愛してほしい。でもプライドが邪魔して、素直に愛が欲しいとは言えない。だからあれこれ条件をつけて、試練という形で自分をときめかせてもらうことにした。そんな面倒くさい思考回路してる人が相手だったから、こっちも強引な方法を使わせてもらったって訳だよ」
「ぐぬぬぬ……」

 マリーの言い分に、レメディは何も言い返せなかった。全部図星だったからだ。
 その代わり、レメディは違う切り口から反撃を試みた。マリーが口を閉ざした後、今度はレメディが攻撃を開始した。
 
「そういうあなただって、まだまともに告白していないんでしょう? ハヤトの傍にいたい、でも今の関係を壊すのが怖い。だからわざと辛辣な態度を取って、必要以上にハヤトが自分の中に踏み込まないようにしている。だから自分から告白なんて絶対に出来ない。違いますか?」
「ぬう……っ」

 今度はマリーが口ごもる番だった。例によって、全て当たっていたからだ。
 しかし、だからと言って引き下がるわけにはいかない。目の前の「彼女」には、絶対に負けたくなかった。
 
「ふ、ふん! 好きに言えばいいさ! キスは先に取られちゃったけど? 最初にベッドインするのは私なんだからね!」
「何を言っているのかしら? あの人と最初にす、するのは私の方なのです! 絶対あなたにあげたりしないんですから!」
「なんだと?」
「なんですって?」

 互いに額がくっつきそうなほどに顔を近づけ、その上で眉間に皺を寄せて睨み合う。これだけは、これだけは後れを取るわけにはいかない。
 あの人だけは、絶対に渡せない。
 
「ぐぬぬぬ……!」
「ぐぬぬぬ……!」

 意地と意地のぶつかり合い。互いに一歩も引き下がらない。
 当然だ。この恋を無碍にするなんて、絶対に出来ない。
 
「あ、こんなところにいた」

 そこで思わぬ闖入者がやってくる。前触れも無くドアを開け、中に入って来た隼人が二人にそう声をかけてきた。
 いきなり現れた本命を前に、二人は一瞬パニックに陥った。
 
「ふえっ!?」
「ああいや、その、あの」

 すぐさま顔を離し、互いに距離を取る。それから訝しむ隼人に向かって、最初にマリーが弁解に入る。
 
「ああちょっと、次の小テストの範囲で聞きたいことがあってね。ちょっと色々質問してたんだよ」
「そ、そうなんですよ。色々教えてあげてたところなんです」

 レメディもそれに同調する。そして二人の言い分を聞いた隼人は、疑うことなくそれを鵜呑みにした。
 
「そうだったのか。おいマリー、あんまり先輩に迷惑かけるなよ?」
「私が迷惑かけるわけないだろう? それより君、今日はどうしたんだい?」
「いや、実は俺も次の小テストで聞きたいことあってさ。それでマリーを探してたんだよ」
「私を?」

 咄嗟にマリーが反応する。隼人はそれを聞いて頷き、「お前俺より頭いいだろ?」と続けて言う。
 
「だから色々教えてほしいって思ってさ。駄目かな?」
「いや、駄目じゃない。駄目じゃないぞ。全く、君は私がいないと本当にダメな奴だな」

 片想いの相手から頼りにされたマリーが、どこか嬉しげに憎まれ口を叩く。背中にある大きな尻尾も、嬉しそうにゆらゆら左右に揺れ動く。そんなラタトスクを、横にいたアヌビスが悔しそうに見つめる。
 お構いなしに隼人が続ける。
 
「じゃあ今日の放課後、ここで教えてほしいんだ。それでいいか? もし駄目なら別の日でもいいけど」
「いや! 今日やろう! こういうのは早い方がいいからな!」
「お、おう」

 なぜか積極的なマリーに気圧される形で、隼人が同意する。その後マリーが念を押すように「では今日の放課後、ここでな」と確認を取る。
 隼人もそれに頷いて答える。
 
「待ってください! それなら私も参加します! 私の方が、お二人に色々教えてあげられますから!」

 しかしそこでレメディが食って掛かる。勢いよく手を挙げ、放課後の勉強会への参加を表明する。
 当然マリーが驚愕の表情を作る。だがそこから彼女が何か言うより前に、隼人がそれに反応する。
 
「えっ、いいんですか?」
「当然です。か、かっ、彼氏さんの面倒を見るのも、彼女さんの務めなのですっ」

 高嶺の花が呂律の回らない語調で言い切る。言葉遣いもおかしかった。
 鈍い隼人はそれに気づかない。
 
「それじゃあ、お願いします! 今日の放課後、ここでやりますから!」
「え? ええ、わかりました。では今日の放課後、ここでお待ちしていますね」
「はい! それじゃあ!」

 そして用件を済ませた隼人は、満足そうに笑みを浮かべながら図書室を去っていった。マリーだけでなくレメディからも教えを乞えるということで、彼の心は大いに浮かれていた。
 その一方、取り残されたマリーとレメディは揃って重々しい顔つきをしていた。来るべき戦いに備えて、それぞれが心の整理を行っていた。
 
「……先輩」

 やがてマリーが口を開く。レメディが無言で彼女の方を向く。
 前を向いたまま、マリーが言葉を続ける。
 
「私、負けませんから」

 改めての宣戦布告。レメディはそれを受け、視線を前に戻して台詞を返す。
 
「私も、あなたには負けませんから」




 二人揃って火花を散らす。
 恋する乙女の戦いは、始まったばかりである。
17/10/29 22:39更新 / 黒尻尾

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