ぼんやりとライトノベルを読みながら休み時間を過ごす。


読み終えたならば、机にしまっていた二冊目を読みながら時間を潰す。


親しい友人もおらず、また何か趣味があるわけでもない孤独な高校生の木曽真一は、いつの間にかそんな日常が板についていた。



「木曽〜？」


隣から煩い声がするが、木曽は返事をせずに読書に集中する。


「えいっ！」


いきなりライトノベルを取り上げられ、恨めしげに隣に抗議する。



「・・・何の用だ？、大井」

隣の席の少女、大井由紀は、木曽に可愛らしい手紙を渡した。



「俺へのラブレターか？」


どういうものかはわかっているが、ここは一つ惚けてみることにする。


「んなわけないでしょ、馬鹿じゃないのっ！、北上お姉様に渡すのよ」


はあ、と木曽は嘆息した。



これで何度目だろうか、自分の幼馴染である北上真夜に、大井が手紙を送るのは。



「大井、悪いことは言わない、直接渡せ、毎度毎度俺は居心地が悪い」


「良いじゃない、あんたの数少ない利点でしょ？」



やれやれと肩をすくめると、木曽は隣のクラスに入って行った。








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「お？、シンイチじゃん、どしたの？」


たまたま今は一人だったのか、北上は暇そうに外を眺めていた。



「また君にラブレターだ」


「おー？、今度は誰から？」



これである、大井はいつもラブレターに名前を書いていない、ゆえに北上は隣のクラスの百合思想の危ない少女が想いを寄せているとは気づいていない。



「さあ？、いつもの人だろう」


「ふーん、シャイな子なんだね、あっ、もしかしてさ・・・」


ツンツンと北上は木曽の肘をついた、その顔には面白がるような表情が浮かび、目の前の幼馴染をからかう気満々のようだ。


「案外シンイチがラブレター書いてたりして」


「そんなわけあるか、じゃあな？」


ヒラヒラと手を振ると、木曽は自分のクラスに戻っていった。










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「あっ、帰ってきた」


大井は木曽が戻ると、目の中にハートを浮かべてじっと見つめた。


「ねね、北上お姉様は？、なんか言ってた？」


「シャイな子だと、大井、また名前を書いていなかったな？」


木曽の指摘に大井は顔を赤くした。



「だってそんなの、恥ずかしいじゃないの」


「やれやれ、それじゃあいつまで経っても現状のままだな」



からからと笑いながら木曽はまたライトノベルを読み始めた。


「でもまだ見ぬシャイな子をあれこれ妄想する北上お姉様も見てみたいわ、ちょっと行ってくるわね」


バタバタと大井は立ち去っていった、恐らく北上を覗きに行ったのだろう。



「なーなー、木曽よー」

後ろから突かれ、嫌々振り向くと、クラスメイトの球磨がいた。


「なんであんなに大井の奴と仲良いの？」


「・・・仲良いか？」



悪態ばかりつかれ、良いように利用されてるだけだろう。


「いや、お前は普段の大井さんを知らないからそうなんだよ、あの人、男相手には話すのも嫌がるような人だぜ？」



それは単に利用しやすいからだろう、木曽は北上と幼馴染だし、話しかけにくいこともない。



「俺からしたら話しかけられる時点で信用されてるなあ、と」



「そうかな？、わからんが」



などと言っていたらチャイムが鳴った。



しばらくして大井は戻ってきたが、何やら鼻にティッシュをつめていた。


深く考えるのはよそう。









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放課後、木曽が帰ろうとすると、何やら空いた教室に怪しい人物がいた。



「・・・大井」


窓から下にあるテニスコートを眺めているのだが、そこにはラケットを片手に走る北上の姿もある。



「木曽じゃないの、こんなとこにいるなんて、暇してるの？」



「それは自分の行動を見てから言え、また北上観察か？」


木曽も大井に並んで窓の外を見たが、不意に北上と目があった。



「〜〜♪」


手を振る北上に、木曽も振り返したが、すぐに隣からの凄まじい視線を感じて手を下ろした。




「はあ、北上お姉様は素敵ね〜」


うっとりと言う大井、木曽は肩をすくめると、近くの椅子に腰掛けた。



「なら告白でもすれば良いだろ？、無理なら友達からでも」


「無理無理、絶対無理よっ」


ぶんぶんと顔の前で両手を振る大井、しかしこのままというのも互いによくない気もする。

あまり好きではないが、お節介をすることにしよう。


「安心しろ、俺が北上を攻略してやる、こうみえてラブコメは随分読んだ、やれる」



木曽の言葉に、大井は明らかに引いたような顔を見せた。



「うわあ、あんた本気で言ってる？」



「ライトノベルを馬鹿にするなよ？、大井はこれまでラブコメ主人公とヒロインが恋人に至る過程を見たことが何度ある？」


「うっ、そ、それは・・・」



詰まる大井に、木曽はふっとキザに笑った。


「なら少なくともラブコメには俺が一日の長がある、俺がサポートしてやろう」



「サポートって、どうするの？」



大井の言葉に、木曽の両眼がきらりと光る。



「まずは衝撃的な出会いからだ、主人公と突然出会うと、その娘はヒロインだ」



「は？、いやいや、主人公？、ヒロイン？」


混乱する大井をよそに、木曽はメモ紙に何か書きこむと、窓を開けてよく狙いを定め、外に放り投げた。



「え？、ちょっとあんた、何して・・・」



「良いか？、窓の方を向いて座っていろ、あくまで自然にな？、角度はもう少しこちら、よしよし、それで良い、一言も離さず、憂いに満ちた顔で外を見てろ」



それだけ言うと、木曽は素早くどこかに隠れてしまった。






「あれ？、このへんのはずだけど、シンイチどこ行ったのかな？」



「・・・（なっ、き、北上お姉様っ）」

パタパタと足音を響かせながら、すぐ前の廊下に北上が現れた。

右手には先ほど木曽が投げたメモ紙があり、それには北上を呼び出す旨が書かれていたと容易に想像がついた。


「・・・あれ？、あんな娘いたかな？」


「・・・（あわわ、見られてる）」


振り向くに振り向けない、皮肉にもあまりに顔が火照ってしまい、木曽の指示通りにしてしまった。



「おや？、北上？」


やっとこさ、ここまでお膳立てした張本人が現れたようだ。

「あ、シンイチ、人を呼んで何してんのさ」



あくまで自然を装いながら現れた木曽、そのまま北上をつれてどこかへ行ったが、断片的な話が聞こえてくる。



「さっき、教室に、すごい神秘的な娘がいたけど、だれ？」



「教室？、ああ、うちのクラスの大井だ、すごく頭が良い奴でさ」



「ふーん、なんかほっとけないと言うか、関わりたくなるような感じだね」








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「よし、神秘的な女の子作戦成功だな」



「ちょ、結局何がしたいのよっ！」



下校の道を歩きながら木曽はふっふ、と得意そうに笑う。


「これで夕日に染まる教室で物思いに耽るヒロイン、と言うわけだ」




「だから、そのヒロインとか主人公とか、わけわからないのよっ！」



がーっ、と怒り心頭の大井に対して、木曽は落ち着いたものだ。



「これで少なくとも大井の名前、顔、クラスは北上の頭にインプットされた、しかも夕日の補正を加えた状態でな」



「夕日の補正って何よ？」




「だいたい夕日に染まる教室にヒロインがいて、主人公はそれを目撃する、一巻開始数十ページの出来事ならば、確実にそいつがメインヒロインだ」



またわけのわからないことを言う木曽に、大井は頭を抱えた。



「大井、たしか君は料理がうまかったな、次は機会を見て、弁当をご馳走するぞ」



「はあ？、今度は何なの？」


大井の言葉に木曽はまたしても瞳を光らせた。


「ふっ、名付けて、実は家事が得意なヒロイン作戦だ」



「・・・（こんなので大丈夫なのかしら？）」



先行きに不安ばかりの大井だが、意外なことに木曽の作戦は毎回当たった。



幼馴染として北上の性格を熟知し、さらには豊富なライトノベルの知識を応用する木曽、サポート役としては極めて優秀だった。










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「・・・うん、大分北上攻略は進んできたな」



定例となりつつある帰り道、木曽はメモ帳を見ながらそう呟いた。



「だいたい今は一巻の後半か、この辺りで何か事件を起こし、その後告白だな」



メモ帳を見ながら説明する木曽、そんな木曽を大井はじっと見つめていた。



「大井、聞いてるか？」



「え？、も、もちろんよっ！、この大井に死角はないわっ！」



あははは、と笑った後で、大井は木曽を見つめた。


「・・・ねえ、どうしてあんたはわたしを手伝ってくれるの？」



「さあ、よくわからん、お隣さんのよしみじゃないか？」


短く告げ、また何かメモ帳に書きこむ木曽、下を向きながら北上は続ける。



「ねえ？、わたしが北上お姉様に告白しても、またたまにはこうして付き合ってくれる？」


うつむきながらちらっと大井は木曽を見たが、メモ帳を見ているため、彼は大井の変化に気づかなかった。


「それはないな、今の大井が告白すれば必ず成功する、ゆえに俺とこうして連むことももうほとんどないだろう」


大井の顔つきが変わったが、木曽は気づいていないようだ。


「っ！、で、でも席は隣なんだし、たまには話しをするわよね？」



「ないな、告白が成功すれば俺と君の契約は終わりだ、俺はまたいつものラノベ生活に戻るし、君も北上と仲良くするだろう」



メモ帳の紙を一枚破ると、木曽は大井に渡した。


「告白の台詞を考えてみた、告白は明日の放課後、屋上でだ、背景には百合の花を用意しておく、百合なラノベなら告白も百合の背景で、ということだ」



「はあ・・・」


メモ紙を手に立ち尽くす大井をよそに、木曽は花を用意するために、帰り道を急いで歩いて行った。




「・・・気づきなさいよ、馬鹿」


呟いた大井の言葉は、誰にも聞かれずに消えていった。










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「何？、百合の花がもうない？」


近くの花屋『魔輪堂』へ向かった木曽だが、いきなり問題が発生していた。


なんと、百合の花が売り切れてしまっていたのだ。


「ごめんなさいね、季節外れだし、あまり数も多くはなかったの」



店主に言われて、木曽はどうしたものか考えたが、良さそうな案は浮かばなかった。


「代わりと言ったら悪いけど、一般的な百合でいいなら、無料で渡せるわよ？」


そう言って店主は、奥から巨大な百合の花を持ってきた。

あまりに巨大だ、これほどの大きさは見たことがない、それに花弁の中からはなんとも言えない甘い匂いがしている。



だがまあ、ないよりかはいいだろう。


木曽はそう判断し、巨大な百合の花を受け取った。



帰り際に一瞬だけ店主の背後に白い翼があったことを、木曽は知らない。









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翌日放課後、屋上に百合の花をセットし、木曽は大井が来るのを待つ。


「やれやれ、随分時間がかかったな」


だがまあ、これで終わりだろう、大井は北上に告白し、それで晴れて木曽は自由の身というわけだ。


ベンチに腰掛け、ライトノベルを読んでいると、本のページに女性の影が写った。



「・・・遅いぞ大井」



「悪かったわね」


ゆっくりと大井は木曽の隣に座ると、鞄の中から板チョコを取り出した。


「ほら、あんたにも」


もう一枚取り出すと、大井は木曽の隣で板チョコをかじり始めた。



「北上はもうすぐ来る、大井、心の用意をしておけ」


銀紙をめくり、チョコレートを頬張っていると、隣の大井がため息混じりにとんでもないことを呟いた。



「・・・告白、やめようかな」



あまりにあまりな台詞に、木曽はずっこけそうになった。


「はあ？」



「それより、近くのカフェでチョコパフェ食べ放題がやってるわ、一緒に行かない？」


しばらく木曽は黙っていたが、やがて口を開いた。


「冗談はほどほどにしろ、もう北上が来るからな、初期立ち位置はそこの百合の花の前だ、思いつめた表情で立っていろ」



「・・・木曽、私は・・・」


大井が何か言う前に、木曽は立ち上がると、その場を後にした。







「ごめんごめん大井氏、遅くなっちゃったね」


数分後、やっと北上が登場した。


「何だい？、わたしに話があるんだって？」



「え、ええ、あの・・・」


望んだ一瞬、ここで心からの告白が出来れば確実に大井は北上と恋人同士になるだろう。


しかし、本当にそれで良いのか？



その未来には、これまで悪態をつきながらも協力してくれていた優しい少年はいない。



大井は、ぐっと両拳を握った。



「・・・北上お姉様、今日私はお姉様に話しがありました」


「話し？、ひょっとして、愛の告白だったりして〜」


まっさかね〜、と笑う北上だが、まさしく大井は最初そのつもりだった。



「・・・北上お姉様は、木曽のことを、どう思っているのですか？」



「はい？、木曽のこと？」


んー、と北上は考えていたが、やがて口を開いた。


「好きだよ？、幼馴染としても、男性としてもさ」


いつになく真摯な眼差しの北上、じっと瞳の奥をみつめてくる。


「君も、そうじゃないかな？」


北上の指摘に、大井は迷いながらも、頷いていた。


「もう、自分が、わからないんですっ！」


百合の甘い匂いが立ち込めるなか、大井はそう叫んでいた。


「お姉様も、木曽も、同じくらいに、愛してしまったのですっ！」



「・・・はあ、そんなことだろうと思ったよ、シンイチは優しいからね〜」


うんうんと北上は頷いた。


「どうしよっかなあ、難しいよねこれは、まさか大井氏もシンイチが好きなんて」



「私、木曽にお姉様を渡したくありません、でもお姉様に木曽も渡したくありません」


はあ、とため息をつく北上、本当にこれは困った問題だ。


直後、後ろにあった巨大な百合の花から蔓が伸び、二人に絡みついた。


「はにゃ？」


「え？」



二人が異口同音に戸惑う中、そのまま蔓は獲物を引き寄せる獣のごとく凄まじい力で少女たちを百合の花に取り込んでしまった。











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「大井の奴は、うまくやっただろうか？」


帰り道、木曽が思うのはそのことばかり、明日になれば結果はわかるが、それでも気になる。


いっそどこかに隠れて様子を見ようかとも思ったが、それも良くない。


暗い帰り道を歩いていて、ふと木曽は後ろから甘い匂いが立ち込めていることに気づいた。



「？、何だろう、百合の匂いか？」


不審な気配に後ろを振り向くと、道の真ん中に巨大な百合の花があった。


「あれは・・・」



そう、見覚えがある、あれは屋上に設置しておいた巨大な百合の花だ。



「いたいた、シンイチ、おっはー」


「もう、私たちを待たせるなんて、良い度胸ね」


ゆらりと花弁が開き、中にあった雄しべと雌しべのような何かが動いた。


否、それは雄しべと雌しべではなかった。


「北上、それに大井かっ！？」


それは幼馴染とクラスメイトだった、だがその姿はもはや人間のものではなかった。



緑の肌に、怪しく光る双眸、その身には何も纏われておらず、てらてらと粘液で濡れた肌が、艶かしい。


明らかに人間的な姿ではないにも関わらず、あまりの美しさに木曽は目を離せなかった。



「ね、ね、シンイチ、この姿どう？、かっこよくない？」


「もうお姉様ったら、木曽も早くいらっしゃいな、歓迎するわよ？」


何があったのかはさっぱりわからない、しかしこれだけは言える。


これは明らかに常識の遥か外側に分類される事態だと。



「逃げては駄目よ？」


すぐ後ろで声がして、木曽は知らず後ずさりしていた足を止めた。


「あの二人は貴方のためにあの姿に、リリラウネになったのだから」


背後にいたのは真輪堂の店主、彼女も背中から白い翼を生やした異形の姿をしている。

そうか彼女の差し金か、あの百合の花が、トリガーだったのだ。


否、ちょっと待て、確かに二人は異形に堕ちてしまったが、特に危険は感じない。


それにこれは木曽が好きなライトノベルチックな展開、逃げる必要はないのではないのか？




「・・・よし」


木曽は呼吸を整えると、上着を脱いで二人の間に飛び込んだ。


「わっ！」


「もう、木曽ってば」


瞬間ぐにゃりと歪む視界、周りの景色が変わり、どこかの自然的な景色に変わっていく。


ちらっと後ろを見ると、魔輪堂の店主が何やら詠唱をしているのが見えた。


「・・・（そうか・・・）」


少しずつ甘い香りに頭が麻痺していく中、木曽はようやく理解していた。



「・・・（俺が、この物語の主人公だったのか・・・）」




この日、三人の学生が神隠しにあったかのように消え失せた。


最後に目撃された人通りの少ない路上では、微かな百合の匂いが漂っていたという。

■作者メッセージ
みなさまこんにちは〜、水無月であります。

さて今回は直球の魔物的なラブコメを投稿させていただいております。

お手紙自体は色々頂いていますが、たまにはこんなラブコメも書いてみたくなりました。

さて、今回ある特定の方々には滅茶苦茶見覚えのある名前ばかりだったかもしれませんが、まったく関係ありませんのでご了承くださいませ。

それでは今回はこの辺りで。