読切小説
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すれ違った二人
○月×日
何か、俺の所にヴァルキリー様が来ていた。
ヴァルキリー様が来ているってことは、俺が勇者候補として認められたってことなんだが全くもって信じられない。
何せ、今の今まで剣なんて握ったこともないし、魔法だって使った試しがない。
それ以前に俺は無能すぎて定職にありつけていない、その日暮らしの貧民なのだ。
そんな俺がいきなり勇者なんて胡散臭すぎる、新手の詐欺だと言われた方がまだ信じられる。
大体、勇者候補というのは10歳にもなってないクソガキ共がなるもんじゃねえのか?
少なくとも俺ぐらいの年からってのは聞いたことすらねえんだが……
しかし、ヴァルキリー様を連れてきた司祭曰く『貴様で間違いない』って言うし。

……まぁ、ともかく勇者候補って事で最低限の衣食住は確保された。
どうせ断る権利はねえんだし、大人しく受け入れざるをえないだろう。
しかし、あの司祭。人を見下したような面しやがって。いつかぶん殴ってやる。

そういえば、ヴァルキリー様なんか妙に顔が赤かったけど風邪でもひいてるのか?
天使も風邪引くんだろうか。





○月△日
どーいうわけか、俺はヴァルキリー様に無視されている。
出会った初日は一応自己紹介しようと話しかけてみたものの、返事は返ってこないしこっちを見向きもしねえ。
その癖、俺からは離れようとする様子は見せない。正確には俺から一定以上の距離を保っている。
俺から近づこうとしたら慌てて逃げる癖に、俺から離れようとすると今度はあたふたと近づいてきやがる。
どうすりゃいいってんだよ、ちょっと面倒臭すぎるだろう。
こんな状態だから正式な勇者に向けての訓練なんて出来るわきゃねえ。
……一応、教団の兵士が剣の訓練には付き合ってくれるようだが、本当に一応程度だ。
とりあえず、剣の握り方と振り方を教わっちゃいるが、付け焼き刃にもなりゃしねえぞ……

そういえば、ヴァルキリー様が立っていた地面がやけに湿っぽいのは気のせいだろうか。
何か変な臭いもするし……まさか、変な病気とかじゃないだろうな?
天界特有の風土病とか、そんな感じの。





□月○日
相変わらずヴァルキリー様に無視され続ける。
一か月以上経つってのに、一度も会話したことが無い。
最近じゃ教団から『ヴァルキリーに見捨てられた出来損ない』なんて噂されてるし、肩身が狭い。
まあ、その日暮らし時代から肩身の狭いってのは当たり前だったが……ここ最近はそれが加速している。
勇者候補になったにも関わらず、明らかに足手まといという事で部屋を追い出されるかもしれないのだ。
そしたら、またマトモに雨風もしのげないおんぼろ小屋暮らし。
ここを離れるという事は、衣食住のうち衣と食を手放すことになってしまう。それだけは避けたい。
だから、どうにかして俺はまだ使えるということを示さないといけないわけだが……どうしたらいいのか。
確実なのはヴァルキリー様とどうにかしてコミュニケーションをとる事なんだが……

正直言って、ヴァルキリー様は嫌いだ。自分を無視し続ける相手をどうやって好きになれってんだ。
世の中にはそれでも好きになれるヤツもいるかもしれねえが、生憎と俺はそこまで聖人にはなれない。
他には……魔物をぶっ殺して手柄を挙げるってのもあるが、今の俺の腕ではとても難しい。
いったいどうすりゃいいんだ、八方ふさがりじゃねえか。

そういえば、部屋に戻ったらまったく見覚えのない料理が置かれていた。近くに白い羽根も落ちていた。
何だか気味が悪いので料理と羽根はゴミ箱に捨てておいた。





※月◇日
訓練に追いつけねぇ。
正確に言えばガキどもの進歩に俺が追いつけない、ヤツラは既に具体的な戦い方を既に身に着けてるのに、俺は未だに剣の振り方すらままならねえ。
普通だったら魔法の訓練に入るんだが、俺はそれもサッパリだ。魔法の「ま」の字すら分からない。
他にも弓、槍、斧、その他色々……何をやってもお手上げだ。
教官にも「ここまで才能無いヤツは初めてだ」と呆れられる始末である。
もう嫌になる、何で俺は勇者候補に選ばれたんだ?

そういえば、いつの間にか部屋の隅に積んでいた洗濯物が、キッチリと畳まれてクローゼットの中に収納されていた。
汚れがなくなっているところを見るに、キッチリ洗濯されているようだ。
寮に住むメイドに誰かやったか聞いてみたが、誰一人としてやっていないらしい。
この前の料理と同じで白い羽根が落ちていた、気味が悪すぎる。
……そういえばパンツが一枚無くなってるような……気のせいか?



◇月★日
風の噂を聞いたが、魔物というのは全員が女でしかも美人揃いだと聞く。
つまり、人間の女とほとんど変わらない姿かたちをしているようだが……俺はそいつらを殺せる気がしない。
いくら相手が魔物とは言え見かけは人間にそっくり、そんな奴らを最初から喜々として殺せるのは殺人鬼と変わりねえ。
俺は殺人鬼になるつもりなんて毛頭ない……しかし、勇者になるという事は魔物を殺すことになる……
やはり、俺は勇者になるべきではなかったのかもしれない。

そういえば、最近寝るときに水っぽい音が聞こえる。 
何というか、ぐちゅぐちゅと何かをかき混ざるような、そんな音だ。
……部屋が水漏れでも起こしたかとも思ったが、それにしては音がおかしい。そのうち調べてみよう。





◇月※日
水の音だが、原因はさっぱりわからない。
天井を調べてみたが雨漏りしているわけでもないし、この部屋は水場からは程遠い。
それじゃあ外かと思って窓付近を調べてみたが、こっちも特段怪しい所は見当たらない。
精々、壁に変な染みが出来ていたぐらいだが……別に雨風に晒されていれば染みぐらい出来るだろうし。
一体何が原因なのか、見当もつかない。

そういえば、寝る時に水の音だけじゃなくて視線を感じる。
誰かから監視されているのだろうか。





★月×日
なんかもう、肩身は狭いしここは気味が悪いし勇者としてもダメそうだ。
というわけで、もう今日の夜に親魔物領……少なくとも、中立国家にまで逃げようと思う。
生活レベルは以前より下がるかもしれないが、少なくともここで勇者になれずにバカにされ続けるよりはマシだ。
いざとなったら適当な森に逃げ込んで、漁や釣りでもしながら暮らすのもいいだろう。
ガラじゃなかったんだろうよ、勇者なんか。

そういえば、ヴァルキリー様の事は……どうでもいいか。
どうせ元々無視されてて一度も話したことが無いんだし、別れの挨拶もクソもないだろう。
そういう訳なのでサヨナラだ。





○月×日
本日、私はとある教国で一人の勇者候補の男性を育成することになった。
育成する者は、既に成人済みでしかも三十路に近く、前例が「ないわけではない」程度には珍しい方だ。
私に上手く育成できるだろうか、と不安に思いながら地上に降り立つ。
しかし、そこにいたのは……その、私の好みというか……一目ぼれだった。
見た途端、私の胸が高鳴って脳内に電流が駆け巡った。彼の姿を見る度に子宮がキュンキュンと切なくなる。
こんな所、彼には見せられない…幸い、私には気が付いていないので、最寄の教会に避難し気を落ち着かせてから、司祭の方に仲介を依頼する。

……司祭の紹介が終わり、この場に残されると何も考えられなくなってしまった。
彼が何かを言っているが、何を言っているか分からない。
結局、初日は何も言えずに終わってしまった……次こそは!





○月□日
彼に近くに近寄れない、彼の近くに近寄るだけで私の心臓が爆発しそうになり、足がガクガクと震える。
出会ってからしばらくは彼が話しかけてきてくれたのに、私は何も返せなかった。
「ああ」や「うう」といったうめき声すら返せなかった……私は、それがとても悔しい!
しかし、彼を思う度に……その、恥ずかしい事ではあるけど……愛液が止まらなくなる。
とどのつまり、『ぐしょ濡れ』になってしまうのだ。
だから、今の私は遠くから彼を見守る事しか出来ない……こんな身体じゃ、彼に近づけるわけがない。

彼が教団の兵士達に剣を教わる度に、私の不甲斐なさを恨めしく感じる。
私が教える事が出来れば、彼はもっと強くなれるし、もっと彼と仲良くできるのに。
少なくとも、彼と挨拶をかわせる程度にはなりたい。手紙から始めようかなあ。





□月○日
駄目、手紙も書けない。
手紙を彼が読むかと思うとペンを持つ手が震え、文字が文字の形を成さなくなってしまう。
運よく文字を書けたとしても、インクの瓶に手がぶつかり、中身が手紙にかかってしまい手紙が読めなくなってしまう。
文通すら出来ないなんて、私はなんて駄目なヴァルキリーなのだろう……





□月○日
彼が『ヴァルキリーに見捨てられた出来損ない』だと噂されているのを知った。
私は大声をあげて「違う」と叫びたかった。
でも、こんな身体のせいで彼に近づけないから、彼の育成を放棄しているのは事実。
私のせいで彼が馬鹿にされるなんて、私は彼に謝りたい気持ちで一杯だ。
何で、私はヴァルキリーなのだろう。
私がヴァルキリーじゃなかったら、彼は馬鹿にされてないのに……

とりあえず、謝罪の意味も込めて彼に食事を差し入れてアプローチしよう。
メイドから彼の部屋の鍵は入手している、部屋に入り込んでパンと簡単な肉料理を机の上に置いておいた。
私が作ったという事が分かるように、羽根を一枚置いておくのも忘れない。
彼は私の作った料理を美味しいと言ってくれるかな……?





※月◇日
私の作った料理と羽根はゴミ箱に捨てられていた。
ゴミ箱の中身を見た途端、頭の中が悲しみでぐちゃぐちゃにかき混ざって、泣きたくなった。
でも、それは当然なのだ。彼は悪くない。
彼は『私に見捨てられた』と憎んでいるかもしれないのだ、憎んでいる相手の料理をむざむざと食べるわけもない。
私は絶対にそんなことはしないが、何か毒が入っているかもしれないと警戒していてもおかしくない。

この際、料理はキッパリと諦めて違う方法でアプローチする。
部屋の隅に積まれていた洗濯物を手早く洗って、魔法の力で手早く干して、クローゼットの中に畳みいれた。
こっそり下着を一枚拝借したのは……その、手間賃ってことで。





◇月※日
ここ数日の記憶が、窓の外から彼の寝顔を見ながら下着の臭いを嗅ぎつつ、自慰に浸っていた記憶しかない。
私はヴァルキリー、天使なのに自慰に浸るなんて、とても罪深い事をしてしまったのではないだろうか……
巡回していた兵士に見つかりそうになったりもして、その度に慌てて逃げては去るのを待ってから、再び自慰をしたりもした……
だって、彼が魅力的すぎるんだもの!仕方ないじゃない!





★月×日。
誤解から産まれた大きなすれ違い、男は女が自分を嫌っているものだと思い込み、日も昇らない夜陰に乗じて逃げ出した。
同時刻、女は男の誤解を解くべく彼を追いかけた。
幸いにも彼はすぐに見つかった、彼女は彼の目の前に降り立つ。

「……今更、何の用です?」

「ぁ……ぅ……」

男が冷めた目でヴァルキリーを見つめる。

「用が無いならどいてくれませんか」

「……す、す……」

「……?」

男にとっては初めて聞く、ヴァルキリーの声。
どもっているとは言え、興味をひかれた男はヴァルキリーに近づいて何を言っているのか確かめようとした。
それが、良かったのかいけなかったのか……

「しゅきぃぃぃぃぃぃぃ♥」

「へぁっ!?」

目の中にハートを浮かべたヴァルキリーが男に襲い掛かったのだ。
何しろ、姿を見るだけで感情の抑制が効かなくなるようなヴァルキリーだ、愛しの彼が近づいて顔を覗き込むなんて、耐えられるわけがなかった。
この後、ヴァルキリーは男を徹底的に犯した。
男はこの件もあってか、ヴァルキリーが自分を嫌っているのは勘違いだと知り、何やかんやで幸せなカップルになった。
勇者になれたかどうかはまた別の話である。
19/03/23 22:40更新 / どうしようもない屑

■作者メッセージ
2019/03/21の談話室の雑談スレで出ていた話題を元ネタに書きました。

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