読切小説
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せのび

 私のお兄ちゃんは背が高い。私は背が低い、というか子どもの体なので、背伸びをしても、全然届かない。
 背伸びをして、やっとお兄ちゃんの胸に顔を埋められるくらい。

「抱えるぞー」
「はーい」

 ひょいと浮き上がる私の体。ワキの下に差し込まれた手が、私を持ち上げる。

「つーかさっきから何探してんの?」
「紅茶。またわざと私の手の届かない所に置いたんでしょー?」
「え?」
「え?」

 そっと床に下ろされる私。お兄ちゃんは困ったような顔をして言った。

「俺、紅茶使いきったよーって言わなかったっけ」
「や、聞いてないよ? いつ?」
「おととい」
「言ったっけ?」
「言ったよ」

 聞き覚えが……無い。

「……えーと……じゃあ、空いた紅茶缶は?」
「俺が小物入れとして貰ったけど……。この缶、空いたら貰うねって買ったときに話したじゃん」
「ソウデスネ」

 ああ、うん。それは覚えてる。

「えーっと……じゃあ」
「おう」

 お買い物、ということで。


  +  +  +


 お買い物のとき、というか、商店街を歩くときは、いつも肩車をしてもらっている。
 私の視点の高さが、お兄ちゃんを超えることはほとんど無い。こうして肩車をしてもらうか、さっきみたいに抱きかかえられた時くらい。
 商店街はいつでも人が多いので、普通に歩くと私は人波に埋もれてしまう。だから、二人のときはいつも肩車なのだ。お店も良く見えるしね。
 ちなみに商店街以外では、手を繋いで一緒に歩く。

「他に何か買っておくものあるっけ?」
「うーん、夕飯のお買い物くらいかなぁ」
「じゃあ帰りでいっかー」
「せっかく二人でのお買い物なんだから、もっと色々見て回りたーい」
「ナーナはすぐ使わなくなるもの買うからなー。あ、これください。目的の物だけ買おうねー」
「ちょっと今さらっと何か買ったでしょ!?」

 人の買い物は制限しておいて、自分は勝手に物を買うんだからズルイ。
 いやまあ、私の持ち物がいつも雑然(※控えめな表現)としてるのは確かなんだけど……。

「もー! 何買ったの!?」
「リボンだよ。ナーナに似合いそうなやつ。お店についたら付けてあげよう」
「……もー……」

 こういうことをされると、責めづらくなるから、ズルイ。


  +  +  +


 お兄ちゃんの膝の上に座ると、私の方が少しだけ低くなる。
 いつもより顔が近いのはちょっと照れ臭いけど、近くにいると安心する。
 お店などで椅子に座るときは、だいたいいつでも膝の上。私の特等席。

「わ……この紅茶、すごくいい香り……。ね、ね、これ買おうよ」
「おーとと、動くな動くな。リボンが結べないだろ」

 商店街のはずれにある、紅茶専門店。喫茶店でもあって、お店の自慢の紅茶を味わいながら、美味しいスウィーツを楽しむことが出来る。
 お兄ちゃんの膝の上で、紅茶とケーキを楽しんでいる真っ最中。
 お兄ちゃんは、さっき買ったリボンを髪に結んでくれている。薄いピンクの、可愛いリボン。

「よーっし出来た。バッチリ似合うぞーかわいいぞー」
「んーっ、ショコラとの相性もばっちり!」
「オウコラ、人のケーキに勝手に手ぇ出してんじゃねーぞ。モンブラン寄こせ」
「ちょちょちょちょ、クリーム取り過ぎ!」

 ここのケーキは何が出て来てもおいしい。こうやって取り合いをすることもしばしば。
 私はここのモンブランが一番好き。お兄ちゃんはガトーショコラ派。

「お二人は、本当の兄妹みたいですねぇ」

 私たちがケーキをめぐってわちゃわちゃしていると、お店のマスターが声をかけてきた。
 ここのマスターは、立派な口髭をたくわえたお爺さん。紅茶の買い付けも、ケーキの仕込みも一人でやってる、すごいお爺さんだ。

「本当の兄妹……ですか?」
「サバトの皆さんは、本来『兄』と『妹』では無く、『お兄さん』と『子ども』の恋人関係なんですね。ですがお二人は、なんというか、長い時間を、同じ環境で暮らしてきたような、似ているようで似ていないような……年の離れた兄妹独特の関係を感じます」

 マスターは、何か懐かしいものを見るような、暖かい、優しい笑顔をしていた。 

「言葉で表すのは難しいですね。まあ、とにかく、素敵な関係だと思いますよ」

 少しだけ困ったように笑い、そう付け足す。彼にも、何か思い出があるのかもしれない。
 まあ、私たちはマスターの言葉の真意をうまく飲み込めず、ケーキを飲み込むしか出来なかったのだけど。


  +  +  +


「……兄妹……かぁ」

 家について椅子に座るなり、お兄ちゃんがぽつりと、言葉を零したように呟いた。
 私はちょっと気になったので、聞いてみることにした。

「いたの? 妹」
「ああ。俺が冒険者になって家を出るとき、ちょうどナーナくらいだったよ」
「魔女に『同じくらいだったよ』って言われても」
「あー、えーと、十歳だったっけ……?」

 首をかしげるお兄ちゃん。あんまり覚えてないらしい。

「もう何年前だっけ……」
「家を出たのが何歳って言ってたっけ?」
「十六」
「いま何歳?」
「二十五。もう九年前か……」

 とすると、今頃二十歳前後ということか。

「お兄ちゃんはそのころからロリコンだったの?」
「さあ? 少なくともそんなつもりはは無かったな。ロリコン自覚したのってナーナに会ってからだし」

 わりと照れる。

「家を出る辺りの頃は覚えてないけど、もっと小さい頃のことなら覚えてるなぁ」
「どんなの?」
「『にーに、にーに』ってさ、俺の後ろにくっついて回るわけよ。んで、こけて泣いてさ。仕方ないから手を繋いで一緒に歩いてやって。歩き疲れたら、俺に向かって両手伸ばすわけよ。抱っこしてー、ってな」

 そう言って、お兄ちゃんは上を見上げた。遠い目をして、どこを見ているのだろうか。

 昔のこと? 故郷のこと?

 黙り込んだお兄ちゃんは、とても寂しそうに見えた。

「お兄ちゃん」
「うん?」

 お兄ちゃんが椅子に座って、私が床に立つと、私の方が低くなる。
 ちょうど、背伸びをすれば。
 ちゅっ、と。
 キスをすることが出来る。

「私がいるよ」
「……おう」
「ずっと一緒にいるよ」
「……おう」
「だから泣かないで」
「いや泣いてねーし」
「泣きそうだった」
「泣きそうでもねーから!」

 お兄ちゃんは大きく溜め息を吐いて、

「別に、ちょっと懐かしくなっただけだ。まあ、なんだ。慰めてくれたみたいで、ありがとう」

 ぐりぐりと私の頭を撫でてきた。
 ぐりぐりと私の頭を撫でながら、

「なあ、ナーナ」
「なあに、お兄ちゃん」
「……もう一回」
「ん」

 私は背伸びをして、お兄ちゃんにキスをした。



 おしまい
20/08/15 17:58更新 / お茶くみ魔人

■作者メッセージ
じんぶつしょうかい
ナーナ:魔女。サバトの平魔女。お兄ちゃんにべたべた、というわけでは無いが、まあいちゃいちゃ。紅茶党。
「背、もうちょっとあった方が良いかな?」「ばかを いうんじゃ ない!」

お兄ちゃん:ナーナのお兄ちゃん。デカイ。元冒険者。今は暇人。妹がいるらしい。紅茶党。リボン大好き。
「ナーナのリボンは全部俺が買った」「毎朝お兄ちゃんが三つ編みにしてリボン結んでくれる」


 背伸びしてる女の子って可愛いねってお話。
 背伸びしてキスをさせるだけのつもりがやたらと回りくどくなった。
 そして私はキスという行為がとってもとっても好きらしい。
 あ、『年の離れた兄妹独特の関係』とか言うのは適当です。私にもよく分からん。

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