読切小説
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電子の楽園 2アカウント目
最近世界的ブームなっているMMORPGに手を出してみた。
この世界に入る前の情報にはなかったが、プレイヤーには最低でも一人、下僕というサポートキャラが付くらしい。
特に拒否する理由もないので、下僕設定をONにしてプレイを始めた。


冒険の拠点になる最初の部屋で目が覚める。
後ろから声をかけてきたのは――。
「はじめまして。アンタがアタシの主人かい?」
言ったら悪いが、原始人のような服装をした長身の女だった。

「ずいぶんヒョロヒョロだねえ。そんなんじゃ一発で戦闘不能になるんじゃないかい」
ヒョロヒョロなのは否定しない。魔法系のステータスに能力を割り振ったからあまり頑丈じゃないし。
「ま、アタシがしっかり守ってやるから大船に乗った気でいな!」
自信に満ちた声。実際彼女のステータスは肉体系なので、前衛としては適任だろう。
その時はAIとはいえ女に守られるのはどうなのか……と思っていた。


家の外に出たら、初期品の回復アイテムが全て無くなった。
そして代わりに申し訳程度の金額が増えている。
一体何が起きたのかと彼女に訊いてみたら。

「アイテムなぞ使ってんじゃねぇ!」
と一言。
何でも彼女には常時発動の固有スキルがあって、手に入れた消耗品は自動的に換金されて無くなってしまうらしい。
……なんというマイナススキル。
さっき無くなったのは、最下級の店売りアイテムだからまだ良かったが、
知らずにレア消耗アイテム手に入れてたら、ショックじゃ済まなかっただろうな。

まあ装備品の類は無くならないから、不幸中の幸いと思っておこう。
出会ったこと自体が不幸だと思うのは彼女に失礼だから考えない。


RPGの醍醐味はやはり戦闘。
試しに戦ってみようと、町の外へ出てみる。

あ、さっそく弱そうなスライムがやってきた。
戦闘に突入するなり彼女はヒャッハー! と気勢を上げて殴りかかっていった…素手で。
初期装備の貧弱一般人な武器は? と思って彼女のステータスウィンドウを見たら装備から外れて荷物欄に入っていた。

単騎突撃していった彼女はすでに3匹のスライムに袋叩きにされている。
しかしいくらLV1とはいえ肉体系にしてはHPの減りが早すぎないだろうか。
もう一度彼女の装備欄をよく見てみたら、防具も外していた。
…無装備だとクリティカル率が上がるとか、そういうスキルはないよな。

結局、彼女はあっという間に戦闘不能になり、主人である自分も敵対認識されやられてしまった。
このまま地面に寝ていてもしょうがないのでセーブポイントまで戻る。
初戦闘だから戦闘不能による経験値ロストはないが、スライム相手に全滅するとか前代未聞なんじゃなかろうか。

セーブポイントの家に戻って、彼女に奇行の理由を問いただしてみると。
「アタシはリアルでモンクタイプだから!」
わけのわからない返答。
百歩譲って素手で戦うのはいいとしても、防具ぐらい付けようよと説得を試みたがダメだった。
…これでは盾としても役に立たない。

その後下僕を交換出来ないものかと、運営の妖精に問い合わせてみたが拒否された。
「彼女はあなたの無二のパートナーになってくれます!
 今は弱くても愛情を持って接してあげましょー!」
彼女の問題はステータスやスキルと無関係なのだが、運営は長い目で見ろとしか言わない。

いっそ下僕を凍結して一人で冒険しようかとも考えたが、
このRPG、LV1のソロプレイは実質不可能なバランスになっている。
かといって初対面の人のハーレムパーティに入れさせてもらうのは気が引ける。
仕方ない、時間をかけるしかないか。

「死ぬかっ! 消えるかっ! 土下座してでも生き延びるのかぁー!」
実に楽しそうに彼女は瀕死のスライムにトドメをさす。
なんかすごいこと口にしているが、一匹でのそのそ出てきた敵を倒しただけだ。

最初の戦闘でスライム相手でも集団を相手にするのはマズイと理解した自分は、
複数の敵は無視し、近くに仲間もいない一体でうろついてる敵を奇襲して、反撃させず倒す戦法をとることにした。
効率が悪いことこの上ないが戦闘不能よりはマシだ。

そういう感じで地道に経験値を貯めてきて、ようやくLVアップ。
ステータスウィンドウのLV2という表示が実に誇らしく感じる。
「おお! やったじゃないか! いやー、めでたいめでたい!」
主人のLVアップを我が事のように飛びあがって喜ぶオーガ。
その姿は微笑ましいが、初めから彼女が協力的ならとっくに何LVも上がっていたことは言うまでもない。

「アンタがLVアップするなんて、これほど嬉しいことはない!
 アタシも頑張って早く追いつかないとな!」
下僕である彼女はLVアップが遅い。しかしまだ低LV帯だからすぐ追いつくだろう。

LVアップ記念に少し座って休憩していたら、1匹のスライムがひょっこりと草むらから出てきた。
「あ、またカモがのこのこやって来たぞ! アンタ援護してくれ!
 いくぞー! ヒャッハー! 経験値をよこせぇー!」
あれ? あのスライム色が少し違わないか?

情報ウィンドウでモンスター名を確認すると、スライムではなかった。
……ネームドモンスター。固有名を持つ高LVモンスター。

止めろ、逃げるぞと声をかけようとしたときは遅かった。
「こいつを血祭りにあげてアタシは地上最強のメスになってやるぜぇー!」
LV1のオーガの拳が当たる。ダメージは0。
しかし今の行動で敵対認識されたらしく、魔法を唱える動作に入っている。
「おらー! 少しは抵抗してみせろー!」
ガシガシとダメージ0の蹴り殴りを繰り返すオーガ。

……ああ、また苦行の再開か。

オーガとまとめて広範囲攻撃魔法を食らった自分はそう思った。


プレイして2度目のセーブポイント帰還。
経験値ロストでLVは1に戻っている。
もう嫌だ、こんな奴。
自分は大声を出す方ではないが、感情にまかせて怒鳴り散らす。

「………ごめんなさい」
オーガが初めて頭を下げて謝った。
それで溜飲が下がり、熱くなっていた頭も少しは冷えた。

しかし彼女を許すことと、このスタイルでプレイしていくことは別物だ。
やはり、もっと役に立つ仲間が必要だろう。
少し前に来ていた、イベントのお知らせをオーガに見せる。

ネームド下僕入手イベント。
基本的に下僕は最初に与えられる一体だけだが、何らかの方法により新しく増やすこともできる。
その方法は野生の下僕を倒したり、何らかのアイテムで取引したりと色々。

そしてネームド下僕というのは、後から味方にすることでしか得られない下僕。
強力な専用スキルを習得する、LVアップが早いうえにステータスの伸びが良いなど、
開始時に選ばれる種族よりも一段以上の特性を持っている。

今回のイベントはLVやステータスの影響がなく、プレイヤースキルが求められるというもの。
運とやり方次第ではLV1の自分でも新しい下僕を手に入れられる。
そして必要人数は主人一人と下僕一人の二人だけ。

「……うん、わかった」
彼女は考え込んでいたが、断ることなどできないと理解したのか頷いた。

イベント当日。
発表された内容は、街中をつかった障害物競争のようなものだった。
「主人と下僕二人で他者を出し抜いて一位になりましょー!」
運営の妖精が空から街中に声を響かせる
このイベントではステータスの数値でなく、種族的な数値が使われるらしい。
つまりLV最高のスライムよりLV1のオーガの方が腕力は上であるとして扱われるということだ。
これならやり方次第では……!



―――結論から言う。失敗した。

最後の最後、ラストスパートというところ。
整地された大通りでオーガがすっ転び、前にいた自分の足を文字通り引っ張ってくれたおかげで2位になってしまった。
準優勝の非売品消耗アイテムは手に入ったが、すぐに最安値で換金され無くなった。

イベントが終わって解散した後、オーガを問い詰める。
あんな場所で転ぶはずがない。不運な偶然でも自分の足をつかむ必要などまったくなかった。
彼女は明らかに優勝を妨害しようとしていた。
返答によっては永久に凍結することも考えなければならないだろう。

「……だって、嫌なんだもん」
嫌? なにが?
「アンタの下僕が増えるの」
どうして? 
「……二人っきりがいいから」
…………は?

「だから! アタシはアンタと二人だけで冒険したいのっ!
 アンタを守るのはアタシだけの仕事なのっ!」
どんな理由だ。だいたい守れたためしがないじゃないか。
自分の身を案じてくれるなら、なおさら盾役は多いほうがいいだろうに。
「やだやだやだー! アンタの下僕はアタシ一人じゃないとやだー!」
幼児退行したように泣き喚くオーガ。
一体こいつの性格はどうなってるんだ?
額を抑えつつステータスウィンドウを見てみるが、性格設定までは書かれていなかった。

……もういい、泣きやんでくれ。自分より背の高い女が子供みたいに泣いている姿はシュールだ。
「ぐすっ……うん……」

…なんとなくだが彼女の性格が掴めてきた。
要するにこいつは見栄っ張りな子供なのだ。

素手ゴロかっこ良い。アイテム使うのかっこ悪い。
最初の大船うんぬんも、自分でイメージした頼れる女的なものだったのだろう。
もっとも自分の前であれだけ大泣きしたおかげで、その見栄も完全に無くなってしまったのだが。


「とどめー!」
最弱のスライムにオーガがトドメを刺して戦闘終了。
今の彼女はきちんと防具をつけている。
素手にはこだわりがあるらしく武器は持って無いが、拳系の武器をそのうち買ってやろうと思う。
しかしきちんと装備をして盾になるだけで、戦闘がこれほど楽になるとは。

「さーて、なにが出てくるかなー」
死体が残っているモンスターは、アイテムドロップをしているので彼女は楽しそうにスライムの死体を漁る。
あの日以来、消耗品の自動換金スキルは無くなった。
やっぱりアイテムは大切だよね! と考え直してくれたのだろう。
それどころか今となってはやけに目ざとくアイテムを見つけるようになった。

「あったよー! 珍しいほうー!」
彼女が掲げるのは、レアドロップの回復薬。店で買うとけっこう高く付くやつだ。
よしよし、撫でてやろう。
「えへへ、んー……」
彼女の背が高いので向こうが屈むような形になるのは仕方ない。


……しかし、この姿と性格のギャップはどうにかならないものだろうか。
運営に外見と性格はある程度擦り合わせてくれと要望出しとこうかな。
11/10/28 16:56更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
オーガのエロアイテム禁止発言から思いつきました。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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