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第六話 玉の許に歩きだせ
「…っ」
 ゆっくりと、目蓋が上がる。光はここまで届かないので、起き上がって窓からおおよその時刻を確認しなければならない。
「ふぁ…」
 愛らしい欠伸をしながらレオナは辺りを見回した。
「…あれ?」
 ブライトがいなかった。
 どこに行ったのだろうかと思っていると、小屋の扉が開いた。
「ああ起きたか」
 ブライトだった。
「うむ…どこに行っておったのじゃ?」
 それを聞いてブライトが呆れた様子で、さらに半目でレオナを睨む。
「昨日一旦町に戻るって言っただろ」
 ああ、そういえば。
 寝る前の記憶が戻り、レオナが納得する顔を作った。
「まったく覚えてくれよ」
 何の用で戻ったのだろうかとレオナが思っていると、ブライトがテーブルに置いた荷物に視線がいった。
「それは?」
「5000万コージ」
「ご…!」
 すらりと言った言葉にレオナは驚いた。
「…お前の依頼の事を言ってくると…ああいいや…」
 ため息をつきそうな様子のブライトの言葉でこれが自分の依頼報酬だと理解する。
 ちなみになぜ今町に戻ったのかというと、バフォメットの依頼はもう何も問題ないが、町の人々はそれを知らないはずだ。知らせないでいると、ブライトがやられたと思われ、色々と人が来る事になるだろうと考えた結果だった。
「で、今日行くんだろ?」
「…ああ」



 少し遅くではあるが、朝食に入る食事を済ませたレオナは机に紙を敷いて、ブライトと話し合っていた。
 レオナがインクをたっぷりと吸った羽ペンで魔方陣をすらすらと書いていく。それを見ていたブライトはレオナが書き終わった時を見計らい、声をかけた。
「…これを使うのか?」
「そうじゃ、ここに…これを配置する」
 そう言って魔方陣の四方に書かれた4つの円にそれぞれ書いていく。それぞれに棒、杯、短剣、そして六芒星。
「我が中心にたって詠唱する。 お主は、我に精を与えたらゆっくり見ていたらいいぞ」
「…たったそれだけ?」
「そうじゃ、過酷な事はさせられぬ」
 優しい声音を聞いて、ブライトは口にへにして眉を寄せる。
 安易に言うと、ズッコンバッコンしてしまえばブライトの出番は終了なのだ。
 必要と乞われ、これなのだから当然だろうが。
「…でもなぁ、これだけというのも、けど…」
 うなっているブライトを見て、レオナはくすりと笑う。
「多くの者は意気揚々とするだろうに、お主はなぜそう言うのじゃろうな」
「ただでさえ前回うんうん唸ったのにこの短期間でまた書かないと、というのはやっぱりなー」
「? 何の話じゃ?」
「ただのメタ発言だ。気にするな」
「…?」
 意味が分からず胡乱にするレオナを尻目にブライトは紙面に描かれた魔方陣を見据える。
「…で、これは四大元素の力を使うのか?」
「そうじゃ」
 棒は火、杯は水、短剣は風、六芒星は地。これを配置する事で魔方陣の威力を底上げする事が出来る。
「まあこれは基本だな…で、俺の精で魔力を高めると」
「ああそうじゃ」
 レオナの肯定の言葉にブライトは顔をしかめる。
「…なんとかいうか、簡単だな」
 ブライトとしては、封印はけっこう複雑で難しいからそれを解く法もそれなりのものだと考えていた。しかし、それが必要なのは人間だけだ。
 例えば、ブライトの詠唱はあくまで自分の力を明確な形に変える為に必要だ。一方、レオナはそれを必要とせずに自分の力を扱っている。
 魔方陣も、人間の定まらない力を明確にする方法の一つなのだ。もちろん、力を増幅させる役割もあるのだが。
 だからこそ、バフォメットのレオナには、力を増幅させる魔方陣だけでいいのだ。人間のようにわざわざ力を形成す必要もないのだから。
 これをレオナがブライトに説明して、ブライトは納得した。
「なるほどね…いかんなぁ、どうしても人間の範疇で考えてしまう」
 腕を組み、唸っているブライトを見て、レオナはくすくすと笑った。



「…なあ」
 まだ少し準備があり、それをしているブライトは、レオナに声をかけた。ブライトの方を向かずに、レオナは返した。
「なんじゃ?」
 そのまま手を動かすが、ブライトの言葉でぴたりと止まる。
「…俺が術を使えば精をわたす必要もないよな?」
「ある必要、ある」
 即答のレオナはブライトの方に向き、ずいっと近寄る。
「けどな? 術でお前に力を分ける事も出来るんだよ、それをしたら」
「まってくれ本当にな、精を得られればいいだけの話なのじゃぞ?」
「あのなぁ…いやまて、そもそも友人の大切な物が紛失しているというのにそんな余裕がなんであるんだ?」
「まあ、無くとも本人は気にしてないからな…龍神の役目が果たせなくて両親が心配しているのじゃよ」
 それを聞いて、ブライトは苦い物を含んだ顔をして呟いた。
「…ニートかよ…」
 呟きはレオナには聞こえなかった。



 ブライトとレオナは森の中を歩いていた。宝玉が封印されている場所に向かい、封印を解く為に。
 しばらく歩いてレオナは顔をしかめて呟いた。
「…しかし、多いな」
 そう言って、ブライトをちらりと見る。
「ぎゃあ!」
「わあっ!」
「ひぃん!」
 いま現在、実は魔物に襲われていたりする。
 ブライト目当てなのだろうが、レオナよりも目的のブライトの方がいち早く察知して、こちらに姿を見せると同時に魔物が吹き飛んだり気絶してレオナは見ているだけだった。
 しかし、その度にその凄まじさにレオナが唖然としたり瞠目したりとそれなりに忙しかったりする。
 次々と襲い掛かる魔物をむすりとした顔でなぎ倒しながら言った。
「なんでこの辺りこんな多いんだよ」
 レオナも同感だ。この道は何度も通ったのだが、そもそも人ではなく魔物なので襲われたことが無い。そのためここまでの数だとは思っていなかった。
 自身もそうだったが、雄を欲しているのだろうなとレオナは思った。
 苛立ちの見えるブライトに疲労の様子はなく、多くてげんなりしている。



 洞窟からここまででおよそ3時間ほどか、もう数十体の魔物を退けているというのに、数の多さにげんなりするまでに止まっているブライトに、レオナは目を眇めて呆れた。
「本当にお主は…普通の人間ならばとっくにたおされておるぞ…」
 今度も意気揚々と襲いかかる。しかしブライトが無造作に言い放つと、あらぬ方に飛んでいった。
 傷がひとつもないのは、ブライトの慈悲だろう。
「思うんだが…」
 ぼそりと言った言葉はレオナに届いた。
「こんな所に男がくる事なんてあるのか?」
 レオナのように目的があるならば納得できるが、特に何もないのならば、この辺りに男が来る事などあるのだろうか。
「まあ、一応冒険者が来るからな、この前も人間が襲われていたのじゃ」
「そっかー」
 そう言いながら、ブライトはあの長い四角形に切った紙、符を魔物の大群に投げつける。悲鳴が、聞こえた。
「…やはり、凄すぎるな」
 いったい何を目的に旅をしているのだろうか、これが終わったら聞いてみようとレオナは内心で決めた。



 暗い意識から一気に目が覚める。
「………ぁ?」
 ブライトが辺りを見る。レオナがいなかった。
 体を動かすと、所々が痛む、後ろを見ると、崖になっていた。こめかみをかりかりと指でかき、思案する。
 情報を照らし合わせると、崖から落ちたという結果が出てきた。
「…まいったなぁ、はぐれたか」
 空が飛べるレオナがいないのは、飛んでこれないほどに複雑なのか、それとも今こちらに来ているのだろうか。
 何はともあれ、むやみやたらに動いても会えるは思えない。さて、どうしようかと、考えていたブライトは、ずるりとはいずる音が聞こえた。
「…?」
 音の方を振り返り、見たブライトはふと、何が原因で落ちたのか記憶を掘り起こした。
 …なぜだっただろうか。
 たしか、あの後も絶えず襲い掛かる魔物が鬱陶しくて鬱陶しくてたまらなかった。そうして、そう、『何か』が視界を覆って。
 ずる…。
 ああそうそう、『何か』は目の前の蛇の胴体の色と似てたなぁ、模様も似ているのは偶然かな?
 ブライトの思考を中断したのは、強く引きずる音だった。
「うえぇっ!?」
 目の前の蛇の胴体がこちらを拘束しようと体を動かす。
「…散っ!」
 短い言葉を唱え、胴体を弾き飛ばす。その隙に距離をとり、相手を睥睨する。胴体以外は茂みの先でよく見えなかった。しかし、がさがさと音を立て、相手が姿を見せた。少女だった。
 体つきは子どものそれなのに動くに不便と思えるふくらみが胸元にある。そこを花色の布で隠している。
 上半身と下半身の間にも花色の布で筒状にして着こなし、その下からは、あの常磐(ときわ)色をした蛇の胴体が伸びている。
 長髪とは言えないが、短いとも言えない真赭(まそお)の髪が風で煽られ、綺麗な白い肌を隠そうとしていた。その時にとがった耳が見えた。
 大きな金の瞳が獲物を狩るようにブライトを見る。可愛らしい容姿にある桜の花びらの両端が上がった。
「やっぱラミアか…」
 予想と違わない相手にさして驚かず、ブライトは戦闘態勢に移行した。
12/03/07 23:36更新 / ばめごも
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■作者メッセージ
…というわけで六話終了のお知らせ、ここからは封印の場所までのお話になります
ブ「話の更新が極端だな」
言わないでくれ…
ブ「話が唐突だな」
……さあさあラミアの少女が現れこれからどうなるのか次もよければ見てください!
バタバタ…
ブ「…逃げた」

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