連載小説
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邂逅と耽溺

木刀が打ち合う音が広場に響く。

裂ぱくの気合を声に込め、全力で木刀を振る少年に相対するのは、見目麗しい女性。
少年とは対照的に、凛とした佇まいで冷静に木刀を捌く。
全体重を乗せた剣戟が綺麗に受け流され、少年の体勢が崩れた。

「うわっ!!」

声を上げて少年が前のめりに倒れた。
その隙を見逃すことなく、女は少年の首元に木刀を突きつける。

「闇雲に剣を振るな、ウィル!常に攻撃後の動作を考えて動け!」
「…っ!はい、先生っ!」

ウィルは泥だらけになりながら立ち上がる。
息は上がり、肩が上下に激しく動くが、その目に浮かぶ闘志の炎は揺らぎがない。
その目を見て女性は薄く微笑むが、すぐに鋭い目つきを取り戻す。
木刀を構えなおすと、再び激しい打ち合いが始まった。

先生と呼ばれた女性の名はエスティア。
可憐な見た目からは想像しがたいが、地方の町の自警団で部隊長を務める武人である。
まだ若い彼女がこの地位にあるのは、卓越した剣技と高潔な精神が民衆から高く評価されての事だ。
異例とも言える出世に、やっかみや邪推の声も絶えなかったが、彼女は仕事の成果だけでその声も全て黙らせた。

打ち合いの音が止むと、ウィルは勢いよくその場に腰を下ろす。
ゼェゼェと息を乱し、汗が滝のように流れている。
対してエスティアは息一つ乱すことなく、涼しい顔でウィルを見下ろした。

「お疲れ様、ウィル。だいぶいい剣になってきたな。」

「はあっはあっ…はいっ!ありがとうございます、先生!」

個人的にウィルの剣技の稽古をつけるようになってもう半年ほど経つだろうか。
最初はへっぴり腰で剣を闇雲に振るだけだったウィルだが、最近では剣技もかなり様になってきた。
エスティアによる稽古だけでなく、一人での自主練習の成果もあるのだろう。


半年前、エスティアの前に突然現れ、頭を深々と下げたウィルは必死の様相で言った。

「エスティアさんっ、僕を、弟子にしてください!」

多忙な日々を過ごすエスティアに、誰とも知れぬ少年を弟子とするような暇はない。
…ないのだが、必死に話す少年の話を聞いて思わず許可を出してしまったのだ。
ウィルは、エスティアが自警団を務める町で暮らす普通の少年だった。
だが、ある日森に入っていった彼の兄が魔物に攫われてしまったらしい。
慕っていた兄が帰らぬ人となり、ウィルは二度とこんな事が起こらぬよう自警団への入団を志した。
そのために、部隊長であり自警団一の達人と名高いエスティアに弟子入りを志願してきたという事だ。
ウィルはまだ15歳。あどけなさの残る少年が兄の喪失を乗り越え、自分に直接交渉に来た。
その行動力と意思の尊さに、エスティアは少なからず胸を打たれるものがあったのだろう。
その日以来、町はずれの広場でウィルの稽古をつけるのが彼女の日課となった。

若いウィルは、貪欲に知識と技術を吸収している。
彼の成長が剣を通して伝わるのがエスティアにとっても楽しく、今ではこの稽古は日常に欠かせない時間になっていた。

「では、今日はここまでだ。私は仕事に行く。
 自主練、サボるなよ?」
 
「はいっ。先生、ありがとうございましたっ!」

相変わらず、気持ちのいい少年だ。
思わずにこやかに微笑みながら、エスティアは広場を離れた。


______________________________________


自警団の本部に赴き、仕事をこなす。
部下の訓練、書類の処理、自警団幹部での会議など、部隊長であるエスティアの業務は多岐に渡る。

(こんな事より、やるべき仕事はあるはずなのに…)

高く積みあがった書類を処理しながら、頭の中で愚痴を漏らす。
書類のうちほとんどは、町を守るという自警団の本懐からは離れた内容だ。
雑多な会計の報告書に目を通しながら、思わず深く溜息を吐いた。


この町は、主神教の影響の強く残る、反魔物領の西端に位置している。
外から散発的に発生する魔物の襲来に対する最前線にもなっているのだ。
そのため、ウィルの兄のように魔物に攫われる被害に遭う町民が後を絶たない。
つい先日も、町の農園が魔物の群れに襲われるという事件が発生した。
農園の経営者たちは襲撃を察知して逃れたようだが、農園に住む奴隷達は一人残らず被害に遭ってしまったようだ。
非人道的な強制労働で悪名高い農園だったが、奴隷達に一切罪は無い。
自分たちがもっと早く行動を起こしていれば、救える命もあったのではと思うととても心苦しい。

魔物から町民を守るためにエスティアの所属する自警団は発展してきた。
しかし、膨れ上がった組織は徐々に腐敗が進み、今では自警団内部は権力闘争や不正が横行している。
町を守りたいという一念で、女性の身でありながら自警団に入り訓練を積んできたエスティアにとっては、自警団の現状は許しがたいものであった。

「このままでは、ウィルに笑われてしまうな…」

自身と同じく、町を守りたいと強く願うウィル。
なんとか、彼が失望しないような組織にしたい。
そのためには、まだ力も、権力も足りないのだ。
部隊長になって以来、久しく忘れていた向上心をウィルは思い出させてくれた。
もっと力をつけて、組織を上り詰め、ウィルと共にこの町を守る。
それはとても幸せで、充実した日々ではないだろうか。
その想像に、書類を処理するスピードが上がるのが自分でも分かった。



日もやや低くなるころに、ようやく部隊長としての業務が終わった。
すっかり凝り固まった肩をほぐす様に首を回しながら立ち上がる。
疲れを感じるが、まだ休むわけにはいかない。
使い慣れた軽鎧と、手によく馴染んだ長剣を装備して外へ出る。

「あらあら、エスティアちゃん!今日も外の見回り?」

「あぁ、おばさん。はい、これも大事な仕事ですから。」

声を掛けてきたのは、自警団の中でも相当古株の女性。
戦闘員ではなく、受付や雑務を担当している女性だが、自警団で彼女に頭が上がる者は少ない。

「もー、エスティアちゃんももう部隊長なんだから、少しは下の子たちに任せないと駄目よ?」

「はい、分かってはいるんですが…、身体を動かさないと鈍ってしいまいそうなんですよ。」

苦笑いしながら言葉を返す。
いい加減エスティア"ちゃん"は恥ずかしいのだが言っても笑ってごまかされるだけだろう。

「相変わらず真面目ちゃんねぇ。まぁ、エスティアちゃんなら大丈夫だろうけど最近物騒だから気を付けてね?」

「ええ、ありがとうございます。では、いってきます。」

おばさんの言う通り、最近は町の近辺で魔物の目撃情報が増えている。
自警団全体での警備も強化はしているが、それに任せて自分は籠っているのは、エスティアの矜持が許さなかった。

『部隊を総べるものとして、私が動かさなければならないのは断じてペンや口ではない。
 他の誰よりも足を動かし、剣を振るうのが部隊長たる私の責務だ。
 私は、誰よりもこの町を真摯に守ったものとして語られなければならないんだ。』

ウィルに対し、嘯くように語った彼女の決意である。
甘い理想。
稚気じみた幻想。
組織の腐敗を身に感じれば感じるほど、いかにこの意志が受け入れられ難いものか痛感する。
それでも、譲れないのだ。
ウィルには、正直に生きていきたい。
これが彼の師としての責任感なのか、あるいはそれ以上の感情が働いているのかはエスティア自身にも分からない。


詮の無い思考を浮かべつつ、町の外壁を出る。
ここからは、何が起こるか分からない。
思考を切り替え、周りの気配に意識を集中する。
エスティアの怜悧な眼がすっと細まり、厳しい表情に変わった。
町の周囲は大きな森林が広がっており、魔物が隠れるにはうってつけの地形だ。
実際に、町のすぐ近辺で魔物が集団で巣食っていた例もあった。
それ故に、町の外の哨戒は自警団の最重要業務なのである。

深い森を、草木を切り分けるようにしてエスティアは進む。
今日見回る予定の地域は、先日魔物の大規模襲撃のあった農園の周辺だ。
思わず、襲撃の被害に遭った奴隷達の無念を慮る。
罪もない者たちが非人道的な労働を課せられ続け、最期は魔物に攫われる。
あまりにも不条理な話だ。
奴隷制度は、この国にはびこる負の側面の最たる物である。
過去何度も、奴隷制に反対する活動が有志により行われたが、その悉くは一部の富豪や教会の有力者に黙殺されてきた。
エスティア自身も、非人道的な制度に声を上げて怒りを表した事もあったが、それで何が変わる訳でもない。
せめて他の町民と同じように、平等に守っていこうと決めていたのだが、結局襲撃の被害に遭わせてしまった。
あまりの無力感に、歯噛みしたものだ。

(もう二度と、あんな事は起こさない…!)

深い瞳の奥で闘志の炎が静かに燃える。


見回りを開始して二時間ほどが経過した。
じきに日も沈むだろう。
そろそろ切り上げて、町に戻ろうとしていた時、エスティアはある洞穴を発見した。

まるで深淵にでも続いているような深く静かな闇。
大口を開けて自身を飲み込まんとする怪物の姿を幻視する。
風が洞穴に吹き込み、おどろおどろしいうめき声のような音が響く。

農園からそれほど距離は離れていない。
木々の間に隠れるように開いた洞穴。
今までの自警団の報告ではこの洞穴の存在は聞いていないはずだ。
これほどの大きさならば、発見されていて当然なのに。

洞穴の中から感じる得体の知れぬ存在感に、エスティアは剣の柄を軽く握る。

(応援を、呼ぶべきだろうか…)

一瞬頭をよぎるが、すぐに振り払う。
この時間では、応援を呼んでも調査は明日以降になるだろう。
第一、今まで発見されなかったこの洞穴を次の機会で確実に発見できる保証はない。
覚悟を決め、ゆっくりと洞穴に足を踏み入れる。
極力音を立てないようにするが、洞穴の壁に反響して足音が大きく鳴り響く。
喉がひりつくような緊張感。
これまでに魔物とは何度も相対してきたが、この洞穴からはそれとは比にならぬ程に嫌な悪寒を感じた。
じりじりと、歩を進める。
剣を握る手に力が入る。
洞穴内の闇がエスティアの身を包み、自分までもこの闇に溶け込んでいくような感覚。
五感全てを総動員し、周囲の気配を探る。


ズチュリ…ズチュリ…


「…っ!」

聞こえた。重い何かを引きずるような水音。
不吉な物の到来を予感させる陰鬱とした音だ。
音が聞こえると、即座に音の方向に向き直り剣を構える。

「…何者だ!」


ズチュリ…ズチュリ…


返事は無い。聞こえるのは不吉な水音のみ。
未だに姿は闇にまぎれて見えないが、音が近づいてるのを感じる。

「答えろ!さもなくば切り捨てるぞ…!」

明確な敵意を込めてエスティアが吠える。
いつでも踏み込めるように体重を前にかけた。


「もう、物騒なお客様ね…。夫婦の愛の巣に乗り込むなんて、馬に蹴られちゃうわよ?」


水音に紛れ、美しく響く声。
声が聞こえると同時に、闇から浮かび上がるようにその姿が露わになる。


寒気を感じるほど美しい顔立ち。
薄く浮かぶ微笑みに、女の身でありながら色気を感じる。
そして同時に感じるのは我が身の破滅の予感。
その眼差しに射られる自分の、なんと小さくか弱いことか。

毒々しい色をした触手が、目の前の存在が人外の者である事を如実に示す。。
意思を持つかのように動く触手は粘液をまとい、ヌラヌラと冒涜的に光る。
白魚の様な手が、腰のあたりの触手の塊を愛おしげに撫でた。

「あなた、ちょっと待っててね。すぐにお帰り頂いて、続きをしましょう…♥」

愛する者に甘く囁くように声を掛ける。
腰の触手が、嬉しそうに揺れた。

「っ…!やはり魔物か…!」

相手が魔物であることが明らかになった以上、今すぐに斬りかかるべきだ。
冷静なエスティアの思考はそう判断しているというのに、何故か一歩が踏み出せない。
彼我の距離を保ったまま、切っ先を魔物に向ける。

今までに何体もの魔物を目にしてきたが、この魔物はおかしい。
何かが決定的に違う。
魔物は、何故か一切の例に漏れず皆美しい女性の姿を模している。
だが、これほどまでに底から冷えるような美しさをもった魔物は見たことがないのだ。
目の前に居るだけで塗りつぶされるような破滅的で、冒涜的な存在感。
この存在は人智の及ぶものではないとエスティアの第六感がけたたましく叫ぶ。
思わず震えそうになる足を必死で止めた。

「ええ、そうよ。見ての通り私は魔物。
 それで?お嬢さんはその剣で私たちをどうするつもりなのかしら。」
 
「決まっている…!町に害をなす魔物は例外なく排除する…っ!」

「ふふふ、その割には全然斬りかかってこないじゃない。
 どうしたの?可愛そうに、怖くなっちゃったのかしら…?」
 
余裕の笑みを浮かべながら魔物がエスティアを挑発する。

(駄目だ。挑発に乗るな…。)

仮にもエスティアは熟練の武人である。
敵の挑発に乗るような愚は犯さない。
それよりも、魔物は「私たち」と言っていた。
下手をすると、相手は一人ではない可能性がある。
魔物の動向に注意しながら、周囲の気配を探る。

「へえ、凄い。冷静なのね。だけど、大丈夫よ。此処には私たち夫婦しかいないわ。」

「っ…!」

完全に思考が読まれている。
上手を取られて焦燥感が募る。
確かに、周囲に他の気配はない。

「くっ…!」

もはやエスティアは限界だった。
このまま睨み合っていては、こちらの精神が折れてしまうような予感がした。
魔物の言う、『夫』の存在が気にかかるが、頭を切り替えて目の前の魔物を倒すことに集中する。

そう決めてからのエスティアの行動は早かった。
一瞬で踏み込み、鋭い突きを放つ。
半端な使い手では反応も出来ぬであろう神速の突き。
切っ先が風を切り裂き、音を立てた。
確実に魔物の胸を貫くつもりで放った突きは、しかし空を切る。
鈍重だった水音からは想像も出来ない素早さで、魔物が身を翻した。

(もらった!)

しかし、今の突きでエスティアは勝利を確信していた。
突きを躱した魔物は体勢を崩している。
返す刃で魔物に逆袈裟に斬りかかれば、確実に仕留められる。
触手の反撃も、この距離では間に合わない。

確実に勝利を物にすべく、渾身の力を込めて足を振みこむ。
しかし、勝利を確信した瞬間、熟練の武人たるエスティアにも僅かに隙が生じていた。
突然、粘り気のある液体が、エスティアの眼を狙って飛んできたのだ。

(馬鹿な…!)

視界を突如奪われ、狼狽する。
おかしい。触手の動きはすべて見ていた。
粘液を飛ばすにしても、あの体勢から確実に目を狙うなど無理な話である。
粘液で霞む視界を凝らしなんとか粘液の出所を確認する。
魔物の腰に纏わりついた触手の塊が、こちらを威嚇するように触手を振っているのが辛うじて見えた。

(別個体だったのか…!)

一瞬で、自身の判断ミスをエスティアは理解した。
見当たらなかった魔物の「夫」は最初から目の前に居たのだ。
魔物の体の一部だと考えていたあの触手の塊は、単独で意思を持ち動いている。
予想外の攻撃の正体には気付いたが、なにもかも最早手遅れだった。
視界を奪われて生じた大きな隙を魔物が見過ごすはずがない。
太い触手が振りぬかれ、したたかにエスティアの利き腕を打った。
剣が叩き落とされ甲高い音を立てて地面を跳ねていく。
さらに、エスティアの四肢に魔物の触手が絡みついてくる。
痛みを感じない強さの束縛だが、的確に関節を固められ身動きが一瞬でとれなくなってしまった。

「ぐっ…!く、そ…」

「はぁ、危ない危ない。お嬢ちゃん、強いのねぇ。驚いたわ。」

耳元で魔物の声が響く。
何とか拘束から抜け出せないかともがくが、徐々に巻き付く触手の数が増えて拘束は厳しいものになっていく。
すでに、エスティアの体は背後から魔物に包まれるような状態になっていた。

「あ、こらっ。あなたは巻き付いちゃ駄目よ!私以外の女の体になんて触らせないんだから!」

魔物が腰の触手に向かって慌てて言う。
触手は言いわけでもするようにくねくねと動いた。
これが彼女たちの夫婦の会話とでも言うのだろうか。
完全に生殺与奪を魔物に掌握されたエスティアにとっては、耳元で夫婦喧嘩をされるのは堪ったものではない。

「離せ…っ!」

エスティアが無意味と分かりつつも口に出す。

「ふふ、駄目よ。離したらまた斬りかかってくるじゃない。
 それに、このまま帰すわけにはいかないわ。」
 
巻き付いた触手がにゅるにゅると体の上を這いずる。
おぞましい感覚に寒気が走る。
いつの間にか額を覆うように触手が巻き付いていた。

「へえ、エスティアちゃんって言うの。素敵な名前ね。」

「なっ…!」

突然名前を言い当てられ、動揺する。
名乗った覚えなどないし、名前が知られるようなものは何も持っていないはずだった。

「自警団の部隊長…道理で強い訳ね。この若さで部隊長なんて、苦労したでしょう?」

魔物は次々とエスティアの素性を言い当てる。

「こんなに可愛らしいのに、町を守るって意思が凄く強い。
 偉いわ。自警団も皆あなたみたいな子だったらよかったのにね。」
 
遂に、魔物はエスティアの思想までも読み始めた。
どんな手段を使っているのかは分からないが、非常に気味が悪い。

「うるさい…!殺すなら早く殺せ!」

耐えきれずにエスティアが叫ぶ。
意外にも、魔物はその発言に面食らったように目を見開いた。

「殺す…?え、あなた、魔物と戦っているのに何も知らないの…?」

「何…?」

「ふふ、あははははっ!そう、やっぱり何も知らないのね。
 …ねえ、エスティアちゃん。あなたの意思はとても堅くて素敵だけど、少しでも疑問に思った事はなかったの?」
 
「何だと?」

「あなたが敵だと考えてる魔物娘のことよ。
 町を守るのに、戦うべき相手の事をあなたはどのくらい知っているのかしら?
 疑問に思った事は無い?魔物が何故、何のために人を攫うのか。
 何故、私たちは皆女性の姿をしているのか。」
 
「それは…」

無論、疑問に感じたことは一度や二度ではない。
教会の神父様に、魔物について尋ねたこともある。
しかし、帰ってくるのは誰もが知っている定型文のみだったのだ。
曰く、魔物とは主神様に仇なすもの。
曰く、人間の敵。
人を攫い、喰らう。
美しい姿をしているが騙されてはならない。
それは人を堕落させるための罠に他ならないのだから。

「…貴様達は、事実人を攫うだろうが!
 愛する家族が消え、泣く人達を私は何度も見てきた!
 町の人間を不幸にする存在を見逃すわけにはいかない!」
 
「ふふ、まるで魔物だけが人間を泣かしているみたいな言い方ね?
 人間が、人間を不幸にしている事の方が私たちには余程多く見えるわ。
 …例えば、奴隷制度、だとかね。」

今まで飄々と話していた魔物の雰囲気が一変する。
絶対零度の声音。
腰の触手を慰めるように撫でながら魔物は話を続ける。

「先日、近くの農園に魔物の襲撃があったそうね?
 農園の経営者や、その使用人たちは全員避難していたのに、奴隷は一人残らず攫われたそうじゃない。
 ねえ、エスティアちゃん。奴隷は、人間じゃないの?奴隷にも、家族や、愛する人は居たんじゃなくて?
 連日連夜、倒れるまで農園で働かされていたそうじゃない。奴隷達は、幸せだったのかしら?
 どうして、あなた達は奴隷を守ってあげられなかったの?」
 
「ぐっ…」

思わず言葉に詰まる。
農園を襲撃した魔物に言われるのもおかしな話であるが、エスティアに言い返す術はなかった。

「…ふふっ、ごめんねエスティアちゃん。こんな事言うつもりじゃなかったのだけど。
 やっぱり、夫の事になると熱くなって駄目ね。」

「何…?」

夫とは、あの触手の塊の事のはずだ。
それと奴隷の話がどう関係あるというのか。

「とにかく、あなたをこのまま帰すわけにはいかないわ。
 それに、私こう見えても腹が立ってるの。
 夫との甘ぁい時間を邪魔されたんだもの。あなたも女なら、腹を立てる気持ちも分かるでしょう?」
 
「…知るか。殺るなら早くしろと言っているだろう…!」

恐怖はあるが、それを魔物に悟られる事のないよう、努めて冷静にエスティアは言った。
無念はある。変えたいと思っていた組織は変えられず、志半ばで倒れる事になってしまった。

(ウィル、すまないな…)

兄に続き、師までも失うことになるウィルの失意は如何ほどだろう。
だが、それでも、あの少年ならば失意を越え立ち上がってくれるとエスティアは信じていた。
自分には成せなかったが、彼ならば必ず、真の意味で町を守る組織を作ってくれるはずだ。

「もうっ!ホントに頑固な娘ね…。
 分かったわ。それじゃあ私が魔物の良さをたっぷりと教えてあげる。
 身体にも、心にも刻み込んで忘れられなくしてあげる。」
 
すでに覚悟は決まっていた。
エスティアは固く目をつむり来るであろう激痛に身をこわばらせる。

「それじゃあ…いただきまぁす♥」

頭に触手が強く食い込む。
ああ、いよいよか。
しかし、いつまでたっても痛みは襲ってこなかった。

「え…?あ、うぁ…」

代わりにエスティアを襲うのは、強烈な違和感。
耳元で、くちゅくちゅと水音が聞こえる。
頭の処理が追いつかない。
寒いのに暑くて、

…クチュクチュ

眠いのに目が冴える。

…クチュクチュ

興奮している?いや、冷静だ。

…クチュクチュ

あぁ、寒くて震えが止まらない。

…クチュクチュ

あまりの暑さに汗が噴き出す。

「あ゛ぁっ…、な、に、これ…っ」

「ふふっ、大丈夫。怖くないわ…。
 全部、私に任せて…。すぐにとっても気持ちよくなれるよ。」
 
魔物の声だけは明瞭にエスティアの脳内に届く。
恐怖感が募り、エスティアは母にすがる子の様に魔物の触手を握った。

「ひっ…!嫌…、あっ、あ、怖い…!」

「よしよし、大丈夫、大丈夫。
 …やっぱり、女の子はこの位甘えん坊のほうが可愛いわ♥
 ほぉら、だんだん気持ちよくなってくるわよ。
 嬉しいね。幸せだねぇ。もう、怖くないよね?」

「あっ!?いっ、あ゛っ♥うぁ…♥ぁ…」

魔物の声が頭に響いた瞬間、頭に直接流れ込むような刺激が一変する。
恐怖感が何故か一瞬で掻き消え、次いでやってきたのは凄まじい多幸感。
そして、肉体が溶けて消えてしまいそうな、甘い快感。

「あはぁ…♥んぅ…、ふぅ…♥あー…♥」

「そう、ほら、気持ちいいでしょう?
 溶けてしまいそうでしょう?
 それが、女の幸せ。
 あなただって可愛い女の子なんだもの、女の幸せに浸るのは何もおかしくないよね?
 だから、力を抜いて。私に任せて…。
 もっと、もぉっと幸せに、とろとろにしてあげる。」
 
母のような、優しい声音で魔物が囁く。
エスティアの眼から徐々に理性の色が消えていき、虚ろな眼で小刻みに嬌声を漏らしている。

「うぁ…♥んぁ、もっと…?」

快楽に頭がふやけ、既に正常な思考が取り戻せない。
更に快楽を求めるようにエスティアの腰がゆらゆらと動く。
目のまえの魔物は、もっと気持ちよくなれると言っていた。
もう、こんなに気持ちいいのに。
最早、エスティアに魔物の言う事を疑う理性は無い。
天啓のように降り注ぐ魔物の言葉に、勝手に身体が従っていく。

「うん。あなたはもっと気持ちよくなれる。
 私の声に従って、素直になって、もっともっと幸せになれるの。
 嬉しいよね?気持ちイイの、好きだもんね?」
 
「あぁ…♥うん、すきぃ…♥」

魔物からの甘い囁きが、エスティアの思考を溶かしていく。
沸き立つのは浅ましい快楽への期待。
幼児退行したように、力の抜けた口調でエスティアの口から言葉が漏れる。

「ふふ…、素直でとってもいい子ね。
 凄く可愛いわ。どんどん蕩けていっていいのよ。
 女の幸せに、どっぷり浸かって、どんどん気持ちよくなるの。
 気持ちいいね。嬉しいね。」
 
「うあ…♥あはっ、あははぁっ♥」

今までに感じたことのない多幸感にエスティアは壊れたような笑いを浮かべる。
もはや、凛々しい自警団部隊長の面影は感じられない。
そこにいるのは、貪欲に快楽を貪る浅ましい雌。

「きもちいいって言ってごらん?
 それだけで、もっと気持ちよくなれるよ。
 心と体で、叫ぶの。
 ほら、きもちいい。きもちいい♥」

「あはぁ、きもち、いいぃ♥気持ちいい…♥気持ちいいっ…♥」

気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい気持ちいい気持ちいいっ!!

バラバラになっていた身体と精神が、快楽という一点で同期していく。
言葉に出す度、内心で叫ぶ度、際限なく快楽は高まり飛んでいってしまいそうな浮遊感に包まれる。
もはやエスティアの身体は快楽を受け止め、発信するだけの媒体と化した。
下半身の感覚は既になく、腰が好き勝手に前後左右にカクカクと動く。
ショーツはぐしょぐしょに濡れ、布地が吸いきれなくなった愛液が白い太腿に筋を作って垂れる。

「あぁ、エスティアちゃん。とってもいやらしいわぁ♥
 腰がカクカク動いて、誘っているみたいよ?
 もっと欲しい?もっと気持ちよくなりたい?もっといやらしくなりたい?」
 
「なりたいぃっ♥もっと、もっとぉっ♥」

エスティアは大声で即答する。
エスティアの反応に、魔物は満足げに笑うと、触手の拘束を少し緩め、エスティアの身体をまさぐり始めた。
あるいは、今ならばエスティアは拘束を振り切る事が出来たのかもしれないが、既に彼女の頭の中にあるのは如何に強い快楽を得るかという欲求のみ。
長く深い快楽に晒され続けたエスティアの身体は、触手が撫でるたびに敏感に反応し快楽を訴えた。
最初はあんなにも嫌悪感を抱いていた触手が、今はとても愛おしい。

「うあ゛ぁっ!あぁあぁぁぁっ♥ひぃっ♥すごいぃ…♥」

「ふふ、綺麗な体ね。ちょっと羨ましいくらい。
 こんなに綺麗なのに、女の幸せを受け入れられないなんて、とっても不幸よ?
 だけど、心配しなくてもいいの。私の言う通りにすれば、幸せになれるわ。
 とっても幸せで、気持ちいい体に私が作りかえてあげる。
 ほら、嬉しいね。幸せ。幸せ。」
 
魔物の声が聞こえるたびに、快感と幸福感がエスティアの身体を駆け巡る。
もっと聞いていたい。もっと触ってほしい。もっと幸せになりたい。
彼女に従っていれば、もっともっと気持ちよくなれる。
憎むべき魔物の声であることも忘れ、無我夢中でエスティアは魔物の声に従う。
それが、幸せだから。それが気持ちいいから。

するすると触手がエスティアの身体を這い、足の付け根に到達する。
とっくに下着としての用を成していないショーツに触手が潜り込んだ。

「ほぉら、ココ、凄いでしょう?」

「あっ♥んぁっ、んぅ…♥」

「ここをコリコリされるとね、女の子はみんなおかしくなっちゃうの。
 気持ちいい、気持ちいいって叫んで、頭が真っ白になっちゃう。
 だから、あなたもおかしくなっちゃうよ。
 仕方ないよね。女の子なんだもの。
 気持ちいいから、幸せだから、いいよね?」
 
魔物が、エスティアの最も敏感な芽をツンツンと触りながら尋ねる。

「ココの名前、クリトリスって言うのよ。
 ねぇ、エスティアちゃん。クリ、触って欲しい?
 可愛いクリちゃんコリコリされて、気持ちよく、おかしくなっちゃいたい?
 ほぉら、教えて?幸せに、なりたい?」
 
「あっ、はぁん…♥んっ…♥」

エスティアは胡乱な思考で確信する。
ここが、分水嶺だ。
このまま気持ちよくなれば、私はもう戻れなくなる。
戻ろうと出来なくなる。
ごくわずかに残っていた理性は止まる事を求めていたが、快楽に溺れた身体は言う事を聞いてくれない。
そう、それで何も問題はないのだ。
こんなに気持ちいいのに、戻る必要なんてどこにもないじゃないか。

「いじってぇ…♥私のクリちゃん、コリコリして、おかしくしてぇっ♥」

「ふふ、あぁ、良い子ね…♥
 ご褒美に、たぁっぷり気持ちよくしてあげる。
 忘れられないくらい、気持ちよくなれるよ。
 もう、あなたはこの快楽なしでは生きていけなくなるの。
 ほら、いくわよ…♥」


「ひぃっ!!あがっ、いぃっ♥うぁぁぁああああああああああっ♥♥」


快感が、弾けた。

魔物の触手は、繊細な動きでエスティアのクリトリスを撫でると、そのまま激しく擦り上げた。
強烈な快感がエスティアの体を貫き、限界まで腰が反る。
眼を見開いて、獣のような絶叫を上げるが、それでも体内で暴れ回る快感は出ていかない。

「うあ゛あぁぁぁっ!気持ちいいっ!!クリ、きもちいいぃっ♥」

思考が真っ白に塗りつぶされ、口がひたすらに快感を叫ぶ。
限界を迎えたと思われた快感は、いとも容易く限界を超え、果てなく高まっていく。

「まだまだ、気持ちよくなれるよ。
 幸せになれるよ。
 おかしくなって、快感だけを貪る雌になるの。
 ほら、気持ちいいよね。雌になるの気持ちいいね。」
 
触手の動きが更に激しくなる。
経験がないほど硬く突起したクリトリスが、触手の先端で絡め取られ、しごかれる。
擦られ、舐められ、突かれる。
その全てが、狂おしいほどの快感に変わる。
おかしくなる。

「あ゛、ぎぃっ!いぃっ♥おかしく、おかしくなるぅっ♥変に、なっちゃうっ♥」

「いいのよ。おかしくなっちゃいなさい。
 だって、あなたは、とぉってもいやらしくて、はしたない雌だもの。
 この快感が、あなたの全て。
 この幸せが、あなたの理想。
 そうでしょう?」
 
…クチュクチュ…クチュクチュ…

水音が激しくなる。
それが、耳元の触手の音なのか、自分の秘所がはしたなく立てる音なのか、エスティアには判断できない。

「あはぁっ♥雌…♥わたしは、いやらしい、めすぅ…♥」

エスティアが自分で呟くと、その言葉がすぅっと体に溶け込んでいくのを感じた。
身体が、根本から変わっていくのが分かる。
剣を握る腕も、邪魔だと思っていた乳房も、白い脚も、頭の中すらも、快楽を受け入れるための器官に変わる。
あぁ、それが、こんなにも、きもちいい…。

「そう、あなたはいやらしい雌。
 次、イッちゃえば、もうあなたは戻れない。
 だけど、それでいいの。
 それが幸せなの。
 私が言うんだもの、間違いないよね?」

「あぁ…♥はいぃ…幸せぇ♥」

「うん。本当に良い子ね。
 それじゃぁ、次クリを擦られたら、イッちゃうよ。
 とっても幸せで、とっても気持ちいい、最高の絶頂。」
 
「んぅ…♥あぁっ…♥」

期待でエスティアの体が小さく震える。
恐怖など微塵もなかった。

「ふふっ…、すっかり雌の顔になったわね。
 じゃあ、イッちゃえ♥」
 
魔物は熱っぽく言い放つと、触手を激しく動かした。

「ッはぁ♥あ゛あ゛ああアあぁぁぁぁあっ!」

叫ぶ。
一瞬で絶頂まで追いやられたエスティアの身体が、激しく跳ねた。
触手の動きは緩まる事無く、むしろ激しさを増しているように見えた。
蠢く触手に同調するように、エスティアの身体がのたうち回る。

「ひいっ♥お゛ぁあぁああっ!イク、イッてるぅ♥」

絶頂から降りてくることができない。
絶頂が更なる絶頂に上書きされる。

「あぁ…っ♥はぁっ、あへぇ…♥きもち、いいぃ…♥しあわせぇ…♥」

息も絶え絶えに呟く声。
エスティアは未だに絶頂からは帰ってこれないが、既に叫びをあげる体力も残っていない。
うわ言のように、口からは快楽の喜びが漏れる。
徐々に、意識を保つのも億劫になってきた。

「ふふ、いいのよ。そのままお休みなさい。
 目が覚めたら、あなたにいつも通りの朝がやってくるわ。
 ここで起きたことも、なにも覚えていない。」
 
…クチュクチュ…クチュクチュ…

ますます遠くなっていく意識に、聞こえるのは水音と魔物の声のみ。
もはや、この声と音を聞くだけで、エスティアは甘い快楽に包まれるのを感じている。

「だけど、あなたの心と体は、女の幸せを忘れない。
 あなたはもういやらしい雌だから、この快楽が欲しくて欲しくてたまらなくなるわ。
 そうしたら、またこの洞穴にいらっしゃい。
 あなたを、もっともっと幸せな雌にしてあげる。」
 
…クチュクチュ…クチュクチュ…

水音が気持ちいい。魔物の声が気持ちいい。
闇に溶け込むように、深く深く意識が沈む。

「おやすみなさい。また会いましょう…♥」

その声を聴くのを最後に、意識が闇へと溶けていった。
15/07/13 16:05更新 / 小屋
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■作者メッセージ
夢遊病者のような足取りで、フラフラと洞穴を出ていったエスティアを見ていた二つの人影があった。

「ねぇ、フラウ。ちょっとやりすぎだったんじゃない…?」

「あら、そんな事はないわ。私はともかくあなたも斬ろうとしたんだもの。
 しっかりお仕置きはしておかないと。」
 
「うーん、まぁ、そうかなぁ。」

楽しげに話す魔物の夫婦。
烏賊のような姿をしていた夫は、既に人型に形を変えている。

「ふふっ、それよりあなた、とってもカッコよかったわよ?」

「え?」

「私が斬られそうになった時、助けてくれたじゃない。
 とぉってもカッコよかった。惚れ直したわ♥」

「あはは、ありがとう。…照れるなぁ。」

夫は恥ずかしげに頭を掻く。

「けど、その後エスティアちゃんの体を触ろうとしたのは減点!
 あなたが触っていいのは私だけ。あの子を触っていい男はあの子の将来の旦那さんだけ。
 約束よ?」
 
「あー、うん。ごめん。ただ、拘束を手伝おうと思っただけなんだ。
 下心は無かったというかなんというか…
 フラウ以外の人に手を出すつもりなんて更々ないよ!」
 
「ふふふ、ええ、もちろん知ってるわ。
 さぁ、あなた、早く続きをしましょう?
 イイ所で中断されるし、目の前であんなに気持ちよさそうにされるしでもう限界なの…♥」

「うん!」

二人は仲睦まじく腕を組み、洞穴の深い闇の奥へと消えていった。


〜後書き〜
今までとはちょっと違う雰囲気のお話になるように頑張ってみたのですが、どうでしょうか?
個人的にはとりあえず、「あへぇ」って言わせることが出来たので満足です。
マインドフレイア夫婦につきましては、拙作「幸福な狂気」から出張して頂きました。

折角なので、エスティアちゃんにはゆっくりと堕ちていってもらうことにしました。
今の構想では全4章になるはず。多分、きっと。
ちょいと時間かかると思いますので、ゆっくりとお待ちください。

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