読切小説
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アルとマティのWAY 第六話「次は真剣にやります」
木を削りだして剣を模したものを振り上げ、振り下ろす。
ごく単純な、木剣による素振りだ。
だが、休憩を挟みながらも朝からずっととなると、いい加減辛くなってくる。
『それで、この馬鹿ってばそこでやめておけばいいのに、深入りして取り返されちゃったのよ』
「なるほど・・・確かに馬鹿だな」
ましてや、雑談をする二人の傍らでの鍛錬など、辛くないわけが無かった。
「・・・・・・」
「アル、腕が下がってるぞ」
「はい・・・」
内心の嘆息が腕に出たのか、セーナさんは目ざとく察知し、注意した。
「この鍛錬はお前の腕を鍛えることが目的なんだ。身体は痛めつけ多分強くなる。覚えているな?」
「はい、覚えてます・・・」
素振りを続けながら、俺は腕を組んで言葉を紡ぐセーナさんに応えた。
正面を見ているため彼女の姿は見えないが、まばらに鱗の生えた顔には気難しげな表情が浮かび、鱗に覆われた尻尾は上下に揺れているのだろう。
リザードマンの師匠の言葉に気を引き締め、俺は素振りに意識を戻した。
無論、セーナさんの傍らでくすくすと笑っている、ゴーストのマティにも目を向けたりはしなかった。
「・・・さて、何の話だったかな?」
『深入りするお馬鹿さんの話よ』
「そうだったな。しかし意外とおろかな奴はどこにでもいるぞ。前に私が住んでいたところには、穴の奥の鉱石を取ろうとして腕が抜けなくなった者がいた」
『えー?作り話でしょ?』
「本当だ。その後医者まで呼んで、どうにか腕を切って助かったらしいが」
再開される会話を聞き流しながら、俺は素振りを続けた。





エルンデルストに住むようになって、一月が経過した。
俺は日も昇らぬうちから、セーナさんの住む洞窟を目指して小屋を出る。
マティがついてくる日もあれば、ついてこない日もある。
そして俺が来るのを待っていた彼女は、何事かを書き付けた紙を手渡し、三賢人の誰かに見せてくるよう言うのだ。
見たところ、それは山に住む者たちの必要なものをまとめたメモらしい。
こうして村と山を更に一往復してから、俺の訓練は始まる。
訓練の内容は日によって変わる。
今日のように木剣による素振りの日もあれば、荷物を背負って山の中を歩かされる日もある。
ある日などは両手に石を持たされ、それを落とさぬようにしながら、山と村を十往復させられたこともあった。
数種類の訓練を、数日置きに何度も繰り返す。
その繰り返しだった。
だが、その間に分かったことがあった。
それは、俺に取り付いているゴーストのマティの姿は、ある程度魔術に関わった者と魔物に見えるらしいということだ。
マティは他人と会話できるようになった、と喜んでいた。
が、三賢人は山の住人以外とは極力会わないように、と彼女に命じたらしい。
「それでは、今日はここまで」
日がまだ高いうちに、セーナさんは訓練の終了を告げた。
彼女のの言葉に、俺は木剣を地面へと置く。
指を広げてみると手の皮からは血が滲んでおり、疲労によって両手は震えていた。
『へえ、大分マシになったじゃない』
血の滲む掌と、震える両腕を見ながらマティが言う。
確かに最初の頃は手は豆だらけになり、両腕も翌日は使い物にならなかったのだから、だいぶ慣れたものだ。
「明日は山歩きの鍛錬を行うから、今日はしっかり休むように」
明日の訓練に備えるよう、彼女は俺に命じた。
と、そのときだった。
頭上から、軽く小さな羽音が響いてきた。
ふと顔を上げると、青空と太陽を背に、小さな影が一つ舞い降りてくるところだった。
「いたいた〜!」
羽音の主は、やや舌っ足らずな高い声を上げると、数度羽ばたいて俺たちの近くに舞い降りた。
「こんにちわー!」
地面に降り立ったのは、かなり小柄なハーピィの少女だった。
年は十代の前半ほどで、身軽そうな服装に、カバンを背負っていた。
『ツバサちゃんじゃない』
「ツバサか、どうした?」
ハーピィの少女、ツバサの挨拶に、二人が応えた。
「ヨーガンさんが、セーナさんに伝えたいことがあるって・・・」
「ほう、何だ?」
「ええとね・・・これ!」
ツバサはカバンを探ると、折りたたまれた紙を差し出した。
『アルは初めてだったかしら?ツバサちゃん』
紙を受け渡すセーナさんとツバサを見ながら、マティが俺に話しかける。
毎日山を出入りしているが、無論俺も山の住人を全て知っているというわけではない。
「ああ、名前は聞いたことがあったが・・・何でお前は知ってるんだ?」
『村で留守番している間に会ったのよ。山と村の間で手紙のやり取りをしてるんだって』
「へえ・・・」
ツバサはセーナさんに手紙を渡すと、俺たち、いやマティのほうへ歩み寄ってきた。
「マティおねえちゃん、こんにちわ」
『はい、こんにちは』
屈託の無い笑顔を浮かべるツバサに、マティは挨拶を返した。
『ツバサちゃん、アルは初めてよね?』
「うん!」
「アルベルト・ラストスだ。はじめまして」
俺は軽く膝を曲げてツバサと視線を合わせると、簡単に名乗った。
「ツバサです!よろしくー!」
そしてどちらからとも無く手を出すと、俺たちは握手を交わした。
「・・・これは・・・アル!」
手紙を読み終えたらしく、セーナさんが声を上げた。
「は、はい!」
俺は握手を解くと、立ち上がりながら応える。
手紙に何か書いてあったらしく、彼女の声に少々不機嫌そうなものが混ざっていからだ。
「ど、どうしたんですか・・・?」
彼女の性格から言えば、俺に八つ当たりなどしないとは思うが、念のため姿勢を低くしておく。
「どうしたもこうしたも・・・・・・まあいい、明日の訓練は中止だ」
「へ?」
予想外の彼女の言葉に、俺は間抜けな声を上げていた。
「何でも今夜、お前の歓迎会があるとのことだ」
彼女は手にした紙を俺に向けながら続ける。
ここからでは見えないが、そのように書いてあるらしい。
「三賢人の頼みならば仕方ない・・・楽しんで来い」
「はあ・・・」
喜んでいいのやら、悪いのやら。
俺はどちらともつかぬ態度で、そう声を漏らしていた。









「えー、本日は御足労頂き、まことにありがとうございます」
幅の広いベンチが何脚も並べられた教会の壇上で、ズイチューは声を上げていた。
説教壇の側にはベンチが据えられ、そこに三賢人の残る二人と俺が腰掛けている。
そして俺たちと向かい合わせになるように、並べられたベンチには教会の神父も含めた、多くの村人が腰掛けていた。
皆口を閉ざし、ズイチューの言葉に静かに耳を傾けていた。
だが、座っているのはなぜか男ばかりで、マティもヨーガンに言われたため家で留守番だ。
もしかしたら村の女性陣は、俺の歓迎会の料理の準備をしているのかもしれない。
とは言っても、村に戻ってから軽く食事したため、あまり食べられそうに無いが。
「今回お集まりいただいたのは、先日村人として新たに加わった、アルベルト・ラストス君の歓迎のためです」
「アル、立て」
ズイチューの言葉に合わせるように、ソクセンが小声で言う。
俺は促されるまま立ち上がると、軽く頭を下げた。
一瞬の間を置いて、村人達の間から拍手が起こる。
「それでは、すでにご存知の方は多いかと思われますが、簡単に挨拶をしてもらいましょう。アルベルト君」
ズイチューが説教壇から一歩引き、俺に目を向けながら小さく指し示した。
俺は緊張しながらも、壇上へ登る。
背筋を伸ばすと、教会の内装と並ぶベンチ、そしてそこに座る村の男たちの姿が良く目に入った。
何度と無く言葉を交わした村人や、初めて見る村人達からの視線が俺に集中する。
「あー・・・アルベルト・ラストスです」
これだけの人数を前にすることに緊張を覚えながら、俺はどうにか言葉を紡ぎ出した。
「今回は俺のために集まっていただき、ありがとうございます」
歓迎会が始まる前、ソクセンに教えられた台詞を懸命に思い出しながら、言葉を続ける。
「皆さんのおかげで、村の生活には大分慣れました。俺を受け入れてくれたエルンデルストと、村人の皆さんに感謝します」
教えられたとおりの言葉ではなかったが、それでも村人達は俺の挨拶をじっと聞いていた。
「これからも村に馴染んでいけるよう努力するので、どうか宜しくお願いします」
俺は短い挨拶をどうにか終えると、壇上で一礼した。
直後、俺の耳を盛大な拍手が打った。
「はい、以上アルベルト君からでした」
俺は頭を上げると、壇上を退いて、ベンチへと戻った。
「では続いては村長の挨拶ですが、村長は腰痛が酷くて来れない為、手紙を読ませていただきます・・・」
「緊張したか」
ベンチに腰を下ろす俺の耳に、ヨーガンの低い声が入る。
「あぁ、まあね」
「だろうな、声が震えていた」
軽く応じようとした俺に、彼はそう告げた。
自分では上手く押さえたつもりだったのだが、どうやら緊張は外に滲み出ていたらしい。
「まあ、何度か集会に出りゃあ大人数相手も慣れてくるだろうな」
「え?」
ソクセンの訳の分からない台詞に、俺は疑問符を浮かべていた。
「それって・・・」
「『・・・益々の繁栄を願いたい』。以上を、村長からの挨拶に代えさせていただきます。
それでは!」
村長からの手紙を読み終えたズイチューが、声の調子を一変させる。
「以上を持ちまして、アルベルト君の歓迎会を終わります!」
「ええ!?」
突然の彼の言葉に俺は、声を上げながらベンチから立ち上がっていた。
「ちょ、ちょっと!」
「なんだ、アルベルト。静かにしたまえ」
「いや、いまズイチューがとんでもないこと言っただろ!?」
立ち上がった俺を咎めるように囁くヨーガンに向け、俺は続けた。
「俺の歓迎会がおしまい、ってどういうことだ!?」
「どういうことも何も、そのままの意味だけど?」
壇上のズイチューが、不思議そうな顔で応える。
「君の挨拶はしたし、村長の挨拶も終わった。他に何かやることがあんのか?」
「・・・・・・いや、ある」
怪訝そうに言うソクセンに、しばしの間を置いてヨーガンが続いた。
「歓迎の歌がまだだ」
「じゃあ皆さん賛美歌を歌いましょう!神父さん、楽器を・・・」
「ちがああああう!」
指揮をするべく両手を広げるズイチューと、楽器を用意しにいく神父、そして歌うためにベンチから立ち上がり始めた村人に向けて俺は叫んだ。
「歓迎の宴会!宴会がまだだろ!?」
「宴会?無いぞ、そんなもん」
「は?」
俺の渾身の主張は、ソクセンの一言で一蹴された。
「そもそもこの歓迎会自体、村の集会があるからそのついでで開かれたものだし」
ズイチューが村人達に、座るよう手で示しながら言う。
「え・・・?それじゃ、女の人がいないのは・・・」
「女人禁制の集会だからだ」
ヨーガンが大きく頷く。
「外で宴会の準備をして・・・」
「いるわきゃねーだろ。お前、メシ食ってきたんだろ?」
「あぁ・・・うん・・・」
家で食べてきたパンとスープを思い出しながら、俺は自分の声が小さくなっていくのを感じていた。
「それで・・・他に異議や質問は?」
「あぁ・・・その・・・ありません・・・・・・」
消え入りそうな声で答えると、俺はベンチにぺたんと腰を下ろした。
「それではアルベルト君も納得してくれたようですし、改めて彼の歓迎会を終わります!」
脱力した俺の耳に、ズイチューの声が届く。
「では引き続き、エルンデルスト男性集会を行います」
「俺の・・・歓迎会・・・宴会・・・」
ぼそぼそとした声が聞こえるが、誰のものだろうか?
俺のだ。
「今回の議題は、『魔物に言われたらかなりぐっとくる台詞(全年齢)』です」
「歓迎・・・・・・ん?」
俺の耳を、妙な言葉が打った気がする。
「発言は挙手の後、指名を受けてからどうぞ」
ズイチューの言葉に、ベンチの列から何本か手が上がる。
「ケストンさん、どうぞ」
「はい」
指名を受けた村人が立ち上がった。
「街に入ろうとするエルフから、『フード被って耳隠してるから・・・大丈夫・・・だよね?』と、見上げられながら言われると堪りません」
『おぉ・・・』
村人の間から、感嘆の溜息が漏れた。
「ふむ・・・身体的特徴を隠して一緒に行動は基本ですが、重要ですね。では、次の方!」
発言者の着席と同時に、腕が上がる。
俺は眼と耳を疑いながら、顔をヨーガンのほうに向けた。
だが、彼はどこから取り出したのか木の板に貼り付けた羊皮紙に、何事かを熱心に記していた。
「なあ・・・何だコレ」
顔を反対側に向け、ソクセンに尋ねる。
「何だコレって・・・集会だ」
「いや、俺が聞きたいのは話の内容だ」
「アッシャーさん、どうぞ」
「リザードマンの見習い剣士に『うぅ・・・もっと暖かければアンタなんて・・・』とか」
『おー』
相変わらず訳の分からないやり取りをしている面々にしばし視線を送ると、彼は納得が行ったように手を小さく打った。
「あぁ、議題聞いてなかったのか」
「いや、聞いていたけど何言ってんの、アレ」
「ナイゼル君」
「森の奥深くに生えるアルラウネから『今日は楽しかったよ!その・・・明日も来て・・・ね?』とか言われたら毎日通うと思います」
『おおぅ・・・!』
「村人の性癖開発だ」
村民の発表を邪魔しない程度の小声で、彼は続ける。
「たまに野良の魔物が迷い込んで来ることがあるんだ。山の住人が見つけたときはそのまま話を聞いたり、追い返したりするんだが、村までやってくる可能性はあるわけだ」
「次は・・・ザッハーさん」
「呼び出したインプの少女に『なによー、契約切れたからってすぐに帰らなきゃいけないの・・・意地悪・・・』とか」
『おお・・・』
「最後の意地悪を小声で言ってもらったら一生契約するかと」
『おおおお・・・!』
「それで村までやって来た魔物に襲われてもあまり被害が出ないように、こうやって性癖を開発・強化させているわけだ」
「・・・ごめん、意味が分からない・・・」
「わからない?」
本当に意外そうな表情を、ソクセンは浮かべた。
「次、ゴンザレス」
「まずはこうやって、広く浅く性癖を開発するわけだ。それで開発した性癖を、定期的に集会を開いて成長させてやれば・・・」
「辺境でアマゾネスたちにとっ捕まって縛り上げられた上で、『へえ・・・男のココって、こうなってるんだ・・・』って」
「はい、アウトー!」「議長!エロ過ぎます!」「ゴンザレスの退場を要求します!」
「いや、今のはぎりぎりセーフだろ!?」「胸とか乳首のことかもしれないじゃないか!」「余計アウトだ!」
「各々特殊なシチュエーションじゃなきゃ興奮しなくなり、ベストフィットな魔物に襲われてもピクリともこないと・・・簡単だろ?」
「はあ・・・」
途中で訳が分からなくなったが、整理してみよう。
集会で性癖を開発。
各々で性癖を成長。
ゴンザレスが退場。
襲われても大丈夫。
意味が分からない。
「皆さん!静粛に、静粛に!」
ゴンザレスの発言に口論を繰り広げる村人達を、ズイチューは収めようと声を張り上げた。
「確かにゴンザレスの発言には少々過激な部分があったかもしれませんが、退場は重すぎます!皆さんどうか、寛大な心を!」
「議長が言うのなら・・・」「むう・・・仕方ない・・・」
「ゴンザレスも、以降自重するようお願いします」
「わかりました。『へえ・・・男のちんちんって、こうなってるんだ・・・』に訂正します」
「「「てめえ!」」」
ベンチを蹴倒しかねないほどの勢いで、数名が立ち上がる。
「議長!やはりコイツは退場にしましょう!」
「そうです!この間、『魔物の日常での一言(人里から離れた場所で同居一年目)』が議題だった時からおかしかったんですよ!」
「運動した後のオークの、『ひゃあ汗びっしょり・・・何見てんのよ、もう・・・あ、もしかして・・・このまましたいの?』が何か?」
「ゴンザレス!この野郎なんてこと言いやがる!汗まみれのオークなんざ願い下げだ!」
「何だとデュバン!?てめえオークがどうしたって!?もう一回言ってみろ!ゴンザレスの肩持つ気はねえが、俺が相手だ!」
「皆さん!静粛に!静粛に!」
今にもつかみ合いの喧嘩が始まりそうなほど殺気だった面々に、ズイチューが声をかける。
だが、場は収まるどころか段々加熱していく。
「あーてめえなんか、デビルバグ相手に一対三十無差別格闘制限なしでもやってろ!」
「お前こそ、ミノタウロスを相手に密林探検隊組んどけ!」
すると、それまで黙々と羊皮紙にペンを走らせていたヨーガンが、不意にその手を止めた。
「・・・・・・」
彼は無言のままペンと木の板をベンチの傍らに置くと、ゆっくりと立ち上がった。
「ワーキャットの肉球でぼふにゃーこそ正義!」
「お前なんざ発情期ワーウルフに捕まってあんあんわおーんされろ!」
「・・・・・・・・・」
そして深く息を吸うと、加熱しきった村人達に向けて声を発した。
「静かにしろォッ!!」
『っ・・・・・・』
彼の一喝によって場が一瞬にして静まり返り、一同の視線がヨーガンに集中する。
「エルンデルスト男性集会心得唱和・・・」
打って変わって低い言葉に、彼らは姿勢を正すと同時に口を開いた。
『他人の意見は否定せず、自分の意見も否定せず、ただただ己を語るべし』
「分かっているじゃないか・・・だとすれば、後は何をすればいいか・・・分かるな?」
彼はペンと木の板を床から拾い上げると、ベンチに腰を下ろした。
「議長、後を頼む」
「はい・・・それでは皆さん、気を取り直して再開しましょう」
壇上のズイチューが何事も無かったように、声を上げた。
「ゴンザレスはペナルティで、今回の発言はもうなしです・・・いいですね?」
「・・・・・・分かった」
議長の宣告に、ゴンザレスが渋々頷く。
「では、引き続き『魔物に言われたらかなりぐっとくる台詞(全年齢)』の議題で、発言をお願いします。発言は挙手の後・・・」
ズイチューの言葉の途中で、何本もの腕が上がる。
「はい、シャフレさん」
「はい!」
指名された村人が、大きな返答と共に立ち上がった。
それはまるで、無駄ないさかいを繰り広げた自分を恥じ、態度を改めたかのようだった。







その後、集会はおおむね平和に過ぎていった。
村の男たちの発言は、どれもこれも彼らの言う『ぐっと来る』ものらしい。


「ゴブリンから『ん・・・もうちょっと屈んでよ・・・』とか言われると最高です」
「必死でただの宝箱のフリをしようとするミミックに『ちーがーいーまーすー、私は宝箱でーすー』とか言われると、もう・・・ね」
「おおなめくじから逃げてる最中後ろから、『あぁああああ、逃げないでー』とか困った様子で聞こえてきたら立ち止まると思う」
「遺跡が倒壊して住処を失ったアヌビスに『本当に・・・コレが人間同士の挨拶なのだろうな・・・』って聞かれたいです」
「ピクシーから『やーん、おっきいー』って」
「ゴンザレス、黙ってろ」
「ジパングのゆきおんなから『私のこと、人に喋っちゃダメよ?ずっと側で見張ってるからね』って腕を絡めながら言われたい」
「幾度と無く密会を繰り返したホーネットから『お前を女王様に差し出すなんて嫌だよう・・・ねえ、あたしをどっか遠くへ連れてってくれよ・・・』とか頼まれたら、砂漠でも極北でもどこまでも」
「天使に涙目で『いけないのにぃ・・・アタシ、あなたのことが好きなの・・・』とか言われたら、主神相手でも戦えます」
「神父さま・・・」
「基本中の基本だがラミアの尾でぐるぐる巻きにされて『えへへ、アタシのものー』」
「ガーゴイルに背中から抱きつかれながら『あー、やっぱりここが落ち着くぅ』って、あーもうあーもう!」
「お使いしてくれた同居中のラージマウスから『ご褒美ちょうだい。ほら、んー』って」
「あれ?お前んところラージマウスいたっけ?」
「いるよ!頭の中に」


そんな感じで淡々と時間は進み、ズイチューの一声で集会は終わった。
「それでは、今回はここまでです。次回の議題は『言われたらコロリと行きそうな台詞、悪の魔物編(全年齢)』です」
集会の終了と次回の議題予告に、名残惜しそうな顔で村人達はベンチを立ち、教会の外へと歩み出て行った。
「アルベルト」
村人達の背中を見送っていた俺に、不意にヨーガンが話し掛けた。
「今回、お前は何も発言しなかったな」
手元の羊皮紙に目を通しながら、彼はそう言った。
「ああ、そりゃ・・・」
「初めてだったからな。無理も無い」
彼は羊皮紙をクルクルと巻くと、続けた。
「次回も発言する必要は無いが、台詞ぐらいは考えておけ。それと、今日の議題に会う台詞を考えておけ。これは宿題だ」
「宿題って・・・」
突然の言葉に俺は慌てた。
「安心しろ。提出の義務は無い。するとしてもお前の心の中でいい」
彼はそう告げると、顔を教会の神父の方へ向ける。
見ると、神父は彼を待っているかのように視線を向けていたところだった。
「今夜はしっかり休め、アルベルト」
神父に向かって歩み寄りながら、彼はそう続けた。








『あ、お帰りー』
衣服も頭髪も、肌さえもが真っ白な少女が、小屋の扉を開いた俺をそう迎えた。
「ただいま」
『歓迎会、どうだった?』
「すぐに終わって、後はつまらない集会だった」
『ふーん』
簡単な会話をしながら、俺はズボンとシャツを脱ぐと、ベッドに向かった。
シーツの皺を軽く伸ばし、身を横たえる。
やや固めのベッドが、俺を受け入れた。
『ねえ、アル』
「何だ?」
『入っていい?』
「・・・好きにしろ」
夜毎のやり取りを繰り返すと、彼女は毛布を通り抜け、俺の隣に入ってきた。
『えへへへへ・・・』
「・・・どうした?」
なぜか上機嫌な彼女に、俺は問いかけた。
『だって、アルはあったかいもん』
「・・・そうか」
俺はそう応えると口を閉ざし、そのまま眠ることにした。
目を閉ざし、呼吸を落ち着かせる。
すると、今日見聞きした物事が浮かび上がってきた。
セーナさん、マティ、訓練、ツバサ、手紙、歓迎会、集会、謎の議題、ゴンザレス、ヨーガンの一喝、宿題。
すると、脳裏に教会の景色が浮かび上がった。
ベンチに腰掛けていた俺が手を挙げ、ズイチューの指名を浮け立ち上がる。
村人達の視線が集中するが、不思議と緊張感は無い。

『気が付いたときから取り付いている、ゴーストの少女から』

脳裏で俺の口から、村人達が幾度も繰り返してきた言葉が紡がれる。

『眠る前に、ベッドに入ってきて』

それは村人達のものと同一ではなく、俺なりの内容になっていた。

『              』

「・・・・・・」
俺は続きを強引に打ち消すと、まどろみの中に沈んでいった。
宿題の提出先は心の中だが、義務は無いとヨーガンは言っていた。
だから、これでいい。
これでいい。


















「ところでマティ」
『何?』
「実は見てただろう」
『あれ?ばれてた?』


10/02/04 19:26更新 / 十二屋月蝕

■作者メッセージ
古賀先生には敵わない。

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