連載小説
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自壊する宇宙恐竜 狂える蝿姫
 夫婦の死闘は我が家を完膚無きまでに破壊し、瓦礫の山にしていた。

「こぉんのやろおおおおっ!」
『……!』

 クレアの狙いすました右掌底がゼットンの顎の先端を撃ち抜く。しかし、普段ならば脳震盪を起こして昏倒するところだが、夫は踏み留まって倒れない。

「強くなったねぇ!」

 だが、ようやくエンジンの温まってきたクレアは、先程のように怯まない。すぐさま夫の首に跳びついて足を絡ませ、後ろに仰け反った。

「しゃあ!」

 躊躇する事無く、そのままフランケンシュタイナーでゼットンの首を床に叩きつける。夫は壊れた床をさらに壊しながら串刺しになり、不格好なオブジェとなった。

「“エグゾセ・ミサ――――イル”ッッ!!」

 こうして“佐清”となったゼットンの背中目がけ、クレアは追い討ちとばかりに超高速のドロップキックを叩きこんだ。
 その勢いでゼットンの首は床からすっぽ抜けたものの、そのまま壊れた壁を貫いて外に飛び出し、凍った地面に投げ出された。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』
「………………」

 鎧の妖力は確実にゼットンを蝕んでおり、彼の体をますます人間離れしたものとさせていた。普段ならばこのような攻撃を食らわされれば、最早動く事もままならないだろうが、今の彼にとっては軽傷にすらならない。
 鎧を軋ませながら立ち上がったゼットンは、調子を確かめるかのように首を数度左右に傾けると、変わらずクレアを見据える。

(それにしても一体どういう事なんだろ、コレは)

 ふと我に返ったクレアは、ゼットンの形に穴が開いた壁から周りを窺ったが、辺りが完全に凍りついているのが目に入った。
 一体どういう事なのかは分からないが、ゼットンが襲いかかってきたのと関係があるのは間違いあるまい。

「ま、正気に戻すついでに聞いてみますか」

 それでも夫がわざわざ自分を殺しにかかってきてくれているのだから、今はこの勝負を楽しみたい。クレアは邪念を振り払うかのように両拳をボキボキと鳴らすと、そのままゼットンに襲いかかった。










『何だ、貴様は?』
「『何だ、貴様は?』じゃねーよ馬鹿野郎! よくも人の男を拉致った上に私の家まで凍らしてくれやがったな!」

 グローザムの背後に現れたのは、オーガのミレーユだった。左肩には所々に血錆が付いた六尺近い長さの金砕棒を担いでおり、そのせいか四肢は激しく筋肉が隆起し、端正な顔は憤怒のせいで禍々しいものとなっている。
 何故彼女は無事だったのか? それは彼女がゼットン襲来時、たまたま街の近くにある森へ狩りに行っており、難を逃れていたからである。
 しばらくして、狩りより戻ってきたミレーユは街が丸ごと凍りついているのを見て仰天したが、すぐさま金砕棒に括りつけた獲物を放り出し、リリー同様街中を駆けずり回った。
 その内に彼女と同じく難を逃れたリリーがグローザムと対峙しているのを発見、物陰から様子を窺っていたのだ。
 そして、リリーが逃げるのを確かめると共に、グローザムに夫の居場所を吐かせるべく現れたのだった。断片的ながら、クレア経由で拉致犯の情報を知っていたのである。

『チッ、生き残りか! 思っていたより取り零しが多かったが……まぁいい、順々に殺っていくか!』

 舌打ちしたグローザムは、お得意の猛烈な冷気を吐き出した。しかし、怒りに燃えるミレーユは素早く躱して背後に回りこみ、強烈な右前蹴りを叩きこんだ。
 その衝撃でグローザムはよろけてバランスを崩し、前のめりに倒れこんでしまう。

『ぬおっ!』
「んなモン当たるかボケ!」
『…おのれぇ! 俺に地を舐めさせるとは!』

 強烈な一撃をくらったが、強固な鎧のせいかグローザムには全く効いていない。むしろ怒りに油を注いだだけのようで、ますます怒り狂った。

『凍るのが嫌なら細切れにしてやる!』

 すぐさまグローザムはMBSを右手に持ち、光刃を起動させた。そして冷気とは逆に凄まじい熱を放つ光刃を水車の如く振り回し、斬りかかってきた。

「うらぁっ!」
『フン!』

 勢い良く振り下ろされた金砕棒を、グローザムは光刃で受け止めた。そして超高熱の光刃は、分厚い金属製の槌頭を豆腐でも切るかのように切り裂く。
 そのまま押し切って進んできた刃にミレーユは驚きつつも、すんでのところで躱したのだった。

「うわっ!?」
『ほう、思っていたより反射神経は鋭そうだ。通常、オーガやミノタウロスは腕力一辺倒の馬鹿が多いから、その分隙だらけで殺しやすいのだがな』

 怒りを燃やしつつも、グローザムはミレーユを称賛した。しかし、そんな事よりもミレーユには気になる事があった。

「オーガを殺した事があるのか?」
『数は忘れたが、それなりにな……だが、問題はあるまい。愚かで穢らわしい、畜生にも劣る下等生物を駆除してやっただけの事だからな!
 なにせ魔物はすべからく虫ケラ以下、例え魔王だろうとリリムだろうとそれに変わりはない!
 俺には貴様等の存在そのものが度し難い! 故に出会った魔物は悉く殺してきた!
 そして奴等に魂を売り渡した奴等も同罪だ! 魔物も、堕ちた人間も、俺がこの手で全て処刑してやる!』

 グローザムはミレーユの問いに、怒りと敵意を剥き出しにして答えた。過去に何があったのかは不明だが、余程恨みが深いと見える。

「解った。もう喋らなくていい」

 鉄屑となった金砕棒を後ろに放り投げると、ミレーユは身構えた。この鎧の騎士にどのような過去があるのかは知らないが、同胞を殺されたと聞いては黙っていられない。

「あ〜あ〜あ〜あ〜、とりあえずお前をブチのめして、ゼットンの居場所を吐かせてやろうと思ったけど、それ以外にもやる事が出来ちまったねぇ。
 どうもあたしは感情的になりやすくてさぁ。ああいう胸クソ悪い話を聞かされちまうと、歯止めが利かなくなっちまうんだよ。って事で……」

 ミレーユが右足で地面をおもいきり踏みつけると、そこを中心に凍った地面が円形に陥没した。

「覚悟はいいかい?」
『魔物風情が一丁前に仲間の仇を討つつもりか? 笑わせてくれるではないか!』

 仇討ちのために闘うと言うミレーユだが、グローザムはそんな態度に虫酸が走るらしい。この鎧の騎士にとって、魔物がそのような振る舞いを見せるのは到底我慢のならないものであるのだ。

『そんな事をせずとも良いぞ? 俺が手ずから、お仲間の待っている地獄に送ってやるからなぁ!』
「ガタガタうるせえんだよ鉄屑ヤロー! さっさと夫の居場所を吐きやがれ!」










『もう現れましたか、さすがは魔物娘! 私がショーの鑑賞中だというのに、絶妙なタイミングで邪魔をしに来ましたね』

 ゼットン夫妻の監視をしていたメフィラスだが、闖入者の登場に気分を害したようだった。
 不思議なもので、ローブですっぽり覆われて表情が全く窺い知れないが、そのような印象が伝わるのである。

「なぁーにがショーじゃ!」
「同感だね。夫婦を殺し合わせて楽しむなんて、悪趣味としか言いようがない」

 メフィラスの背後に現れたのはバフォメットのケイト。そして、彼女の“兄上”である元勇者、“羽剣(フェザーソード)”ことザンドリアス・ベイテーテだった。

「お高く止まっているようだけど、やっている事は野盗以下だ」

 この群青色の鎧に身を包んだ、涼やかな雰囲気を持つ好青年はケイトに随行して、このアイギアルムの街にやって来ていた。
 ここ最近、ケイトは寝込んだクレアへの見舞いに度々やって来ていたのだが、彼女と面識の無いザンドリアスはいつも随行と言いつつも半ば観光しに来ていたといった具合だった。
 しかし、今日もベイテーテ夫妻はクレアの見舞いのために街にやって来たところ、街は南極のど真ん中にでも放り出されたかのように凍りついており、住民も皆氷の彫像と化している。
 当然夫妻は驚き、クレアの家に急行したが、その途中で怪しい風体の人物を発見したのである。この漆黒のローブの人物は、二人が今まで体感した事が無いほど邪悪な波動を放っており、危険人物だと思わせるには十分だったのだ。

『共感していただけないとは残念。愛する夫が自分を殺そうと襲い掛かってきた時、魔物娘は一体どのような反応をするのか……なかなか興味深いテーマだと思うのですがね?』

 嫌悪感を見せる二人に対し、メフィラスは心底理解出来ないといった様子である。

「君の悪趣味な試みについて議論を交わす気は無い」

 ザンドリアスは鞘から二つ名通り、精緻な羽の装飾が施されたロングソードを抜き、メフィラスに突きつけた。
 彼は柔和な風貌の美青年だが、この時は相手が相手なだけに一転して無慈悲な面構えとなっており、この邪悪な魔導師風の男を睨みつけている。
 元勇者なだけに武芸に通じているらしく、彼には一切隙が無く、メフィラスに余計な動きをさせないように封じていた。もっとも、メフィラスの方としても今の時点で何かする気は無いようであり、彼にさせるがままにさせている。

「君が何者かは知らないが、ゼットン君を攫った“グローザム”という男の仲間には間違いなさそうだな」

 言動や状況から、そうとしか考えられない。

『違うと言ったら?』
「…おもいきり『むっ、どうしたグローザム!?』とほざいてたじゃろ? のう、“メフィラス”?」
『………………』

 ケイトに先程の発言を再現され、メフィラスは黙ってしまった。

「グローザムに、メフィラスか。どっちも聞き覚えがあるのう」
『フフフフ……よく喋る“ぬいぐるみ”ですねぇ』
「なっ、ななななななんじゃとぉ――――っっ!?」

 バフォメットらしい短躯で毛に包まれた四肢を持つケイトを、メフィラスは嘲笑った。
 もっとも、毛に包まれた部分の方が遥かに少ないので、ぬいぐるみという表現は可愛らしくも当てはまらないと思われるが、ケイトの自尊心を傷つけるのには十分だったのである。

「きっさま〜〜っ!!」

 バフォメットは幼児趣味の持ち主にはたまらない見た目をしているが、怒った時には本来の迫力を発揮する。
 藤色の瞳は真紅となり、全身からは凄まじい魔力が放出され、辺り一帯に暴風の如く吹き荒れた。

「! ケイトよ、落ち着くんだ!」

 ザンドリアスは怒りのあまり無駄に魔力を撒き散らす妻をたしなめた。

『フフフフ、これがバフォメットですか。やはりかつての姿は見る影も無いようだ』
「何じゃとコラァ!」
「……」
『今代の魔王はなんとサキュバス種。これだけでも十分驚きですが、代替わりの際に魔物どもに与えた影響は前代未聞のものでした。
 なんと魔王の影響を受け、魔物は雌に変わってしまった! これに我々は驚くと同時に、かつての仇敵に哀れみすら感じましたよ。
 なにせ女というのはどれもヒステリックで全く自己反省が無く、人の話は聞かないし、都合が悪いと自分が女だからと言い訳をする。
 さらには嘘つきで口煩く、極めて自己中心的で浅ましく、卑怯で陰湿な上に自己陶酔的で、泣けば許されると思っている。
 何より本能的過ぎて論理的思考力と論理的会話能力に欠けるのが致命的な生き物ですからね。魔物なだけでも救い難いのに、その存在はますます穢らわしくなったというわけですよ』
「それを克服したのが魔物娘なんじゃろ! 儂らは男を裏切らないんじゃ!!」

 ザンドリアスはメフィラスの挙げる女の欠点になんとなく納得しかけてしまったが、ケイトは違った。

「儂らは不細工な男を蔑んでイケメンを尊んだり、財産目当てで好きでもない男に媚を売ったりせんのじゃ!
 夫が不細工でも、チビでも、ハゲでも、肥満体でもかまわぬ! 亭主の稼ぎが安くても何も文句は言わぬ! むしろ自分が働いて支えてやるわい!
 そして何より……魔物娘は誰しも夫が大好きじゃっ! 人間の女みたいに意味不明な理由でいきなり夫と仲が悪くなったりせん! だから儂らが夫に愛想を尽かす事は永遠に無い! いつまでも明るく楽しく淫らな生活を夫と共に過ごしたいと思っておるのじゃ!
 貴様が言っとるのはあくまで『人間の女』の場合じゃ! 魔物娘は奴等のような欠点だらけのポンコツ生物と違うのじゃ!
 『あなたがかまってくれないから寂しかったの…』とか言って、自分が浮気しておきながら離婚を強要して財産その他をせしめようとするような奴等と一緒にするなあっ!!
 儂らは夫に不満を覚えて浮気などはせんのじゃ! 他の男など眼中に無いぐらい夫を愛しておる!
 そして愛しているが故に口先だけの言葉でなく、確かな身体の繋がりを求めるのじゃ! 人間の女のように打算や悪意を持って性交に臨むわけでは決してないわ!」
「ケイト…」
『ほう』

 ケイトの激烈な主張を聞き、メフィラスは彼女の意気を認めたのか、軽く拍手した。

『成程、男に股を開く事しか考えていない下劣な魔物娘にも矜持はあるのですね。これは失礼致しました』
「儂らが股を開くのは夫ただ一人じゃ! そこを間違えるな!」

 ケイトが憤慨して訂正する通り、魔物娘は好色だが、売女というわけではない。相手を夫と認めたならば、それ以外に体を売るような真似などしないし、心動かされるような事も無い。
 例え親しい男がいても“知り合い”以上にはならないのだ。

「ぬぅ、これ以上無駄話をするのもムカつくのう。兄様よ、この不埒な黒ローブをさっさと捕まえるとしよう」

 ケイトが何やら呪文を二言三言呟くと、メフィラスの頭上に魔方陣が展開された。同時にザンドリアスは後ろに跳んで間合いを離すと、事の次第を見守った。

「悪者はタ☆イ☆ホ☆じゃ!」

 妙に黄色い声でケイトが叫ぶと、魔方陣は白い球状の檻に変化し、メフィラスを包み込んだ。

「さぁて、しょっぴくかのう」
「待て待て、クレア氏が先だよ。それにこの街を元に戻さなきゃ」
「! そうじゃったのう。今ならまだ間に合うわい」

 夫婦同士の殺し合いを止めるべく、夫婦は捕らえたメフィラスを放置してクレアの元へ行くべく踵を返そうとした。

『………………』
「大人しくしてるんじゃぞ。それと一つ言っとくが、この牢獄、中からは絶対開けられんようになっとるし、どんな魔術でも強制的に打ち消されるようになっとるからの」

 二人はすぐにクレアの家へ向かおうとしたが…

『随分取り零しが多いですねぇ。私がゼットン君の監視、グローザムが街の制圧、そしてあなたが侵入者の排除の役割だったはずでしょう、“デスレム”』

 そこで急に辺りの空が真っ赤に染まったのだ。驚いた二人が何事かと見上げると、すぐさまベイテーテ夫妻目がけて無数の巨大な火球が降ってきたのである。

「兄様!」

 すんでのところでケイトが防護結界を展開し、二人を守ったので夫婦は傷を負う事はなかったが、それた火球群は結界の周りを全て破壊してしまった。
 抉られた地面は焼け焦げ、火球の高熱で辺り一帯の氷は一気に融解、水蒸気が立ち籠めている。

『グオオオオ……さすがバフォメット……』
『グローザムといい、あなたといい、仕事が雑すぎます。彼がゼットン君を攫う時にうっかり自分の名前を口走るから、連中に正体を勘ぐられてしまったんじゃないですか。余計な手間を増やさないで下さいよ』

 虚空から重く低い声が響いて、一瞬空間が揺らめいたかと思うと、そこから鎧の騎士が現れた。見れば3mを超える身長という人間離れした巨漢で、グローザム同様隙間無く鎧で全身を覆っている。
 グローザムも重装備と言える見た目であったが、この男はそれ以上で、巨大な体躯に加えて恐ろしく重厚な鎧を纏った姿は馬鹿げてすらいた。
 鎧の見た目自体も、わりと対照的だった。鋭角的で平面が多く、無機質な印象を与えるグローザムの鎧に対し、大男の灰白色の鎧は重厚だが造り自体は平凡である。
 ただ、造りは平凡でも人骨を彷彿とさせる奇怪な装飾が鎧を覆い尽くしているのが極めて特異で、無機質なグローザムのものとは逆に歪だが有機的な印象を与えた。
 さらには背部を椎骨に似た装飾で鎧と連結しており、首から腰まで伸びるそれは背骨を思わせる。
 そして同様に、鎧上部は胸骨と肋骨に似た金属パーツで補強されており、動いたり体を揺らす度に金属が擦れて不快な音を鳴らしている。
 兜は人間の頭蓋骨を模したものだが、それ自体は別段珍しくはない。ただし、面に開いたY字型のスリットの中は黄光で輝き、それが規則的なリズムで点滅している。
 そのせいで目鼻口を全く視認する事が出来ず、他の二人とはまた違った不気味さがあった。

『グオオ……仕方あるまい。ポータルを防ぐ事までは出来ぬ』
『あなたの魔術は攻撃に特化してますからねぇ。いきなり街中に来られては対処出来ませんか』

 “デスレム”と呼ばれた男は、メフィラスの檻まで近づくと、格子を左手で掴んで固定し、鉄塊の如き右拳で殴りつけた。そして、それを数度続ける内に段々と檻は変形し、十二度目の殴打でついに檻は破壊され、中から悠々とメフィラスが出てきたのである。
 バフォメットの作った魔法牢獄をあっさり破壊された事に、ベイテーテ夫妻は仰天した。

『ありがとうございます』
『グオオオオ……』
「物理攻撃が通じるとはいえ、あっさり儂の牢獄を破壊するとは……」

 この魔法牢獄、中からは絶対開けられないが、外からの干渉自体は可能なのである。しかしながら、粗雑な造りに見えて魔術的干渉はしっかり遮断するため、物理的に破壊するしか脱出法は無い。
 だが、格子は鋼鉄よりもずっと硬く、錠前も存在しないためにまず破れないはずであった。にもかかわらず、このデスレムという男はあっさり破壊したのでケイトは驚いたのだ。

『俺の鎧は厚さ1cmの“インペライザー合金”で出来ている。当然、籠手もな』

 デスレムが籠手の硬さを誇示するかのように両拳を突き合わせると、辺りには重厚な音が鳴り響いた。

『デスレムよ、そろそろ頃合いでしょう。ゼットン君を迎えに行きましょうか』
「随分余裕じゃのう。バフォメットと元勇者を前にしておいて」
「舐められたものだよ」

 ケイトは気に入らないといった様子で、腕組みしながら二人を見据えた。如何に優れた勇者であれ、バフォメットには敵わない事は有名である。
 抵抗虚しくあっさり打ち倒され、その体に幼い少女と交わる背徳を散々教え込まれる事になってしまう。
 現に優れた勇者であったザンドリアスは戦場でケイトに敗北し、その場で犯されて虜にされ、今では立派なロリコンとなっている。もっとも、夫婦仲は非常に良好で、己の運命に後悔を感じてはいない。

『我々にかまっている暇があるんですか?』
「何じゃと?」

 怪訝そうな顔をするケイトとザンドリアス。

『あれを御覧なさい』

 メフィラスがクレアの屋敷を指差し、三人もそちらを見た。

「あれは!」

 見れば屋敷はすっかり壊れ果てている。そして、その上空にはクレアがいたが、ゼットンの攻撃を躱すのに集中しており、周りで何が起きているのかは眼中に無いようである。
 一方のゼットンはクレア目がけ、次々と口から火球を撃ち出していた。

『ほう、あんな技を使えたのですか』
『グオオ…』

 厄介なのは火球を放つ度に冷えた大気が急激に温められるので、霧が発生して視界を遮る上、夫が放つ火球がただの火の玉でないという事である。
 火球は他の炎魔法が常温に思えるほどの異常な高熱の上、ある程度経つと榴弾の如く爆散し、無数の超高圧の火炎弾となって飛び散ってくる。
 いくらクレアが音速以上で飛べると言っても、視界を塞がれたり予想外の方向から攻撃が飛んでくれば当然対応は遅くなる。
 初めこそゼットンは隙だらけで攻撃を仕掛け放題だったが、時間が経つにつれて凶悪な攻撃を次々と繰り出すようになっていった。
 まともに闘わずに逃げるという手もあるだろう。しかし、彼女は魔物娘の中でも選りすぐりの戦士たる“ディーヴァ”の端くれ。故に敵前逃亡などという真似をしてその名に泥を塗るわけにはいかなかった。
 ましてや、相手は変わり果てたとはいえ、ようやく再会出来た夫である。それをむざむざ見捨てる事が出来ようか。
 妻として、救えるならば今すぐ夫を救いたいのである。

『しかし、まだ躊躇があるように見えます。抵抗する意思は残っていると見えますね』

 メフィラスはうんざりした様子で吐き捨てた。今までゼットンを数度戦わせてはみたが、結局のところいつも相手を殺傷するには至らなかった。
 そして、しびれを切らしたメフィラスが相手を街ごと一掃する破目になる。

『おや?』

 夫婦の殺し合いはさらに続くかと思われたが、それは唐突に起きた。ゼットンは突如火球を吐くのをやめると力無く地面に膝を突き、大量に吐血したのである。

『グボッッ!! ゲボォォォォッッ!!』
『あぁ残念! タイムアップですか!』

 メフィラスは悔しそうに右手の指を弾いた。そして各陣営が見守る中、ゼットンは血を吐き続け、やがては倒れ伏してしまった。

「あれは…」
「無理をし過ぎたんじゃ……己の限界を弁えずに魔力を消費し続けたせいでの……」

 ケイトが悲しそうな顔で呟く通り、ゼットンは火球の撃ち過ぎで魔力が枯渇し、自滅したのだった。ゼットンの火球は高威力だが、その分魔力消費が膨大であり、それを考え無しに多用したせいで体が耐えきれなくなったのであろう。
 いくら強くなろうと、メフィラスの洗脳のせいで思考力が無いため、彼は闇雲に攻撃する事しか出来なかった。
 しかも時折本人の意思が蘇るため、鎧の力が侵食してきているとはいっても、十分に活かせているとは言い難い。そんな状態で相手が回避に徹して長期戦に持ち込んでくれば、敗北は必定だろう。

「ゼットーン!」

 勝負はついたため、クレアは真っ先に血まみれの夫のところへ向かい、抱き寄せた。
 不本意な勝負は不本意な決着となったが、彼女には最早そんな事はどうでもよかった。決着のついた以上、もう闘う必要は無いのだ。
 今のクレアには後悔の念しかなかった。夫は自分と勝負し、勝利する事を願ったが、その結末がこれである。
 自分がディーヴァだからと強さを誇示し、夫を焚きつけるような真似をしたせいで、彼をこのような目に追いやったのではないかと自責の念にすら駆られた。

『残念ながら、今回は失敗のようですねぇ。ゼットン君を死なせては元も子もありませんし、引き上げるとしますか』

 彼等の計画はクレアを殺させる事でゼットンを絶望に追い込み、心を打ち砕かせる事でさらに鎧の妖力に染め上げる計画であった。しかし、これは余興のようなものであり、やらねば画竜点睛を欠くというものでもない。
 調整を行なったメフィラスの予想よりは馴染んでおり、今の時点で十分及第点と言える。
 ただ、ゼットンの資質的に若干の不安があるのも事実であり、故に限界まで突き詰めようとしたのであった。

『グオオ…情けない奴だ。皇帝の黒鎧“アーマードダークネス”を纏いながら、蝿一匹殺せぬとは』
『今のゼットン君には彼の意思と私の洗脳、そして鎧の妖力の三つがせめぎ合っているから仕方ありますまい。
 彼にアーマードダークネスを使わせたのは彼を強くするためでなく、鎧の力に馴染ませるためですからね』

 ゼットンの口元は血に染まり、対照的に顔面は蒼白となっている。そして、大きな力を行使した代償に命が燃え尽きつつあるのを示すかのように、呼吸の頻度が段々減り、体温も異常に下がってきていた。
 クレアは死に体の彼を見て長くない事を悟り、絶望したのだった。

『うぅむ、思ったより衰弱している。処置を施さないと死ぬでしょうねぇ』
『グオオ……まぁ死んだら死んだで仕方あるまい。細胞を冷凍保存しておけば、“その時”までにはなんとかなろう』

 しかし、そんな彼女の気持ちなど慮る事無く、悪人二人は喋りながら近づいてきた。

「…ねぇ」

 当然の事ながら、近づいてきた二人をクレアは睨んだ。それも、最早言葉では説明出来ないぐらいの怒りと憎しみの籠った、阿修羅の如き凶相で。

「アンタ達? 私の旦那を攫って、こんな風にしたのは?」
『ええ、そうですよ。そちらで倒れているゼットン君が我々の隠しておいた秘宝を盗掘してくれましてねぇ。ですから、体で償ってもらったというところでしょうか。
 本来なら生かしては帰さないところだったのですが、なんとゼットン君はかのエンペラ村の出身でした。
 墓守が墓泥棒をしでかすとはますます罪深い…と言いたいところですが、実は元々その鎧の装着者をあの村から調達する予定でしてね。むしろ向こうの方から運び出してくれて手間が省けたというわけですよ。
 そこで罪を帳消しにする代わりに、彼には実験台になっていただきました。なにせ、あの村には封印されているのに尚、鎧の邪気が漏れ出していましてねぇ。常人や勇者が鎧を使えば、たちどころに鎧に吸収されてしまうのですが、先祖代々邪気を浴び続けている、あの村人達なら耐えられると踏んでいたのです。
 フッフッフッフ、結果は狙い通りでしたよ』
『情けない様だが、それでもモルモットとしては長く保った方だ。それが生来の頑丈さか、インキュバス故の結果かは知らぬがな。
 しかし、貴様の旦那も馬鹿としか言いようがないぞ。その矮小な実力で、呪われた武具の頂点であるアーマードダークネスを従えようというのだからな。
 ……だが、感謝するがいい。本来なら問答無用で首を刎ねてやるところだが、貴様の夫は闇の力への耐性があってな。その力に免じて罪を消してやったのだ。もちろん、我々への献身と引き換えにだがな。
 そういう意味では役に立ったぞ、グフフフフ……!』

 クレアの問いに冷笑を浮かべ、悪びれもせずに二人は答えた。

「…そう。じゃあ、死になさい」

 夫をモルモット呼ばわりされ、クレアもついに我慢の限界が来た。クレアは抱えていたゼットンの頭をそっと地面に置くと、ゆらりと立ち上がり、二人を冷徹な眼で見据えたのである。
 それからすぐに彼等の視界から消えたかと思うと、次の瞬間メフィラスは首の骨が折れかねないほどの強烈な飛び蹴りを顔面に叩きこまれた。メフィラスは声をあげる間も無く遥か先の路地までぶっ飛ばされ、そのまま凍った地面に投げ出されてしまった。

『貴様ァ!!』

 突然の蛮行を目の当たりにし、即座に激昂したデスレムはクレアに掴みかかった。

「アンタも死になさい」
「やめるんだクレア殿! やるなら僕がやる! それ以上はやめるんだ!!」

 ザンドリアスが懸命に制止するが、夫を実験動物にされて怒り狂ったクレアは最早聞き入れない。
 デスレムの手を躱して目前まで近づくと、兜のスリット目がけ、針のような右ストレートを叩きこんだ。

『グ…』

 いくら巨体と言っても顔面は弱いようで、デスレムは一瞬体をこわばらせた。そして、クレアは隙を見せたデスレムの背中に抱きつくと、抱えて上空へ飛んだ。

『!! き、貴様放せぇっ!!』
「アンタも苦しみなさいよ。ゼットンと同じぐらいね!!」

 下界の光景が豆粒ほどに見える高さになるまで上昇した後、クレアは手を放した。デスレムはそのまま真っ逆さまに落下していく。

『グオオワアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ………………』

 叫びをあげながら落下していったデスレム。しかし、二分もしない内に地面に衝突、そのまま辺り一帯を小規模な地震が襲った。

「や…やったのか?」

 倒れ伏すデスレム。恐ろしい事に鎧はまだ原型を保っているが、体は痙攣し、関節部などの隙間からは血が大量に溢れ出している。だが――

『グ……グオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッ!!!!』
「う、嘘じゃろ!? あれほどの高さから落下して生きておるのか!?」

 突如デスレムは猛烈な咆哮をあげて跳び起きた。あれほどの高度から落下すれば、普通は絶命どころか地面に叩きつけられた衝撃で潰れ、イチゴジャムのような姿となるだろう。
 にもかかわらず、デスレムは起き上がったのである。

『グオオオオアアアアアアアアッッッッ!!!! グオオオオアアアアアアアアッッッッ!!!!』

 しかし、先程の寡黙そうな様子は嘘のように狂乱して絶叫を繰り返している。そして憂さを晴らすかのように、目についたケイトに襲いかかった。

「今は手が離せんのに!」
「君はゼットン君の面倒を見ていろ! 僕がやる!」

 ケイトはゼットンに治癒魔術を施している最中であったので動けない。妻を守るため、ザンドリアスは愛刀を片手に迎え討った。

『グオオオオオオオオッッッッ!!!!』

 デスレムの兜のスリット下部から爆炎が放出されたが、ザンドリアスの魔力を纏った剣がそれを切り裂いた。そのままザンドリアスは上へ跳び、剣を振りかぶった。

「“フェザーショット”!」

 鋒には魔力が光球となってまとまっている。そしてザンドリアスが愛刀を勢い良く振ると、そこから無数の羽状の刃がデスレムに向けて放たれた。

「…効かない!?」

 しかし、刃はデスレムの鎧に当たった途端、霧散してしまった。そして、デスレムも効かない事が解っていたのか、避ける事もなく突進してきたのである。

(“魔法反射加工”、しかも最高クラスか! あれじゃ大抵の魔法は効かない!)

 ザンドリアスの見立てでは、デスレムの鎧の表面には『魔法反射加工』が施されていると思われた。通常のものならば多少ダメージを減らす程度だが、デスレムの鎧に施されたものは最高品質のようだ。

(しかも鎧はかなりの高度から落下しても原型を保っているほどの強度! 加えて即死級のダメージをまともに受けて、すぐに動けるほどの耐久力と生命力! どうする!?)

 懸命に頭を巡らせるが、相手は待ってくれない。デスレムは狂乱したままザンドリアスに襲いかかってきた。

「セイッ!!」

 ザンドリアスは掴みかかったデスレムの右腕を取り、一本背負いで地面に叩きつけた。
 元勇者だけあって、彼が使えるのは剣と魔法だけではなく、およそ覚えられるだけの格闘術も仕込まれているのである。

「くっ…!」

 腕に残る感触は、かつて闘った誰とも違う。膂力も、体重も、およそ彼が今まで闘った誰よりも上だろう。
 向こうが怒り狂って冷静さを失っているが故にあっさり投げられたが、本来は自分よりも遥かに格上の相手であるのは、触れてみて解ってしまった。

『グオオッッ!!』

 すぐさま起き上がったデスレムは業を煮やしたのか、左腕を天に掲げた。すると空は再び赤く染まり、先程の悪夢がベイテーテ夫妻に蘇った。

「兄様!」

 しかし、ザンドリアスはケイトから注意を逸らすため、彼女から離れた位置にまで移動してしまっていた。皮肉な事に、それは防護結界の外に出てしまった事でもあったのだ。

「しまっ――」

 無数の火球が辺りに降り注ごうとしていた。

「うわ!?」

 しかし、突如猛スピードで走ってきた何者かがザンドリアスに体当たりを食らわせた。
 彼は威力のあまり錐揉み回転しながら吹っ飛んだものの、そのおかげで火球の射程外まで叩きだされた事で、火球からは逃れられた。

『グオ!?』

 闖入者に一瞬驚いたが、狂獣と化した男は止まらない。新手が加わろうと関係無く、まとめて始末すべく突撃してきた。

「“ハリケーン・ミキサー”!!」

 しかし闖入者も怯まず、頭に生えた二本の角を向けて突撃。やがて、同じく頭を向けて突っ込んできたデスレムとかち合ったのだった。

『グアゲガッ!?』
「へっ!」

 対決は闖入者が勝利し、デスレムは押し負けて跳ね飛ばされた。

「もういっちょ、“ハリケーン・ミキサー”!!」

 一度だけでなく、落ちてくるデスレムへ何度も体当たりを食らわせた。その度に彼の巨躯が宙に舞い上がり、錐揉み回転しながら落ちてくる。

「とどめだ!! “魔物娘十字架落とし”ぃぃ――――――――ッッ!!」

 そして十回ほど繰り返したところで、とどめとばかりに落下した彼の体を角でキャッチ。そのままデスレムの両腕を掴んで後ろの地面目がけて投げつけ、凍った地面に頭を串刺しにしたのだった。

『グウオアッッ!!!!』

 さしもの狂獣も高所からの落下のダメージがまだ残っていたのに加え、続けて大きなダメージを受けたため、ついに逆十字架のような体勢で昏倒したのだった。

「いちち、なんて硬い鎧だ」
「あ、あなたは…?」
「ん、私?」

 跳ね飛ばされて腰をついていたザンドリアスだが、差し出された闖入者の手を取って立ち上がった。

「私はゼットンのミラクル☆ビューティフルワイフ、ミレーユちゃん☆でぇす♪ 現在本妻☆の座を虎視眈々と狙い中で候♪」
「………………」
「てめぇ、せめて愛想笑いぐらいしろよ!」
「うべっ!」

 電波アイドルっぽい調子で自己紹介したミレーユ。しかし、ザンドリアスに冷めた目で見られている事に気づいたので、恥ずかしくなって彼を張り倒してしまった。

「ちっ……このキャラじゃ受けが悪いか……! ギャップ萌えってのは難しいな…」
「コラァ! 人の旦那に何すんじゃい!」
「やかましいぞヌイグルミ! さっさとあたしの夫を治療しとけ!」
「き、貴様まで儂をぬいぐるみと呼ぶのかぁっ!? 儂は…儂はバフォメットなんじゃぞ! なのに…なのになんで皆ナメくさった態度を取るのじゃああああっ!?」

 二度もぬいぐるみと呼ばれたせいで、ケイトは声をあげて泣き出してしまった。これではバフォメットの威厳などあったものではない。

「ん…そう言えばクレア氏がいない!」

 漫才の末に泣き出した妻を宥めていたところで、ザンドリアスはクレアがいない事に気づいた。

「ああ、アイツはあそこ」

 ザンドリアスはミレーユが指差した方を見た。すると、メフィラスを飛ばしたのとは逆方向に少々行った路地に、光刃を振り回すグローザムと、それを縦横に躱し続けるクレアの姿があった。

「ディーヴァなのに勝敗の確認が甘いよなー。ま、あたしとしては、こいつの方が分かりやすいから文句は無いけど」

 そう言うと、ミレーユは地面に突き刺さるデスレムの方を見やった。確かに、オーガであるミレーユにとって、剣士タイプのグローザムより、力技で攻めてくるデスレムの方がやりやすいのだろう。
 彼女の説明によると、クレアはデスレムを落とした後、自身も急降下したが、そこでミレーユと交戦しているグローザムを発見した。まさかあの高度から落下して無事なはずもないと考え、そのままターゲットをグローザムに切り替えたらしい。
 一方、鬼気迫る様子のクレアを見てミレーユは巻き添えを食らいかねないと判断、即座にその場から逃走したのである。
 そして走っている途中で今まさにデスレムによって焼き殺されそうになっているザンドリアスと倒れているゼットン、ケイトを発見し、乱入したのだった。

「んで、私の旦那はどうだい?」
「ヒック…グス……ああ、応急処置は済んだのじゃ」

 バフォメットなだけあり、ケイトの施した治癒魔術は瀕死だったゼットンの命を繋ぎ留めていた。まだ予断を許さない状況ではあるが、ひとまず危機からは脱したのである。

「後はあっちじゃのう。あの様子じゃ加勢に行っても巻き添えを食らわされかねん」
15/06/13 23:01更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:エンペラ一世

年齢:死亡時は八十二歳
身長:不明
体重:不明
肩書:エンペラ帝国初代皇帝
異名:暗黒の支配者
   人を統べる者
   邪悪なる戦火の申し子
   神魔の宿敵
   無敵なる者
   史上最も多く殺戮した男
   など。

 かつて世界の七割を支配したエンペラ帝国の最初にして最後の皇帝、そして人類最強と謳われた大英雄。不世出の天才魔法戦士であり、『エンペラの黒鎧』こと『アーマードダークネス』の製作者でもある。
 平凡な農夫の子として生まれながら頭角を現し、各地の英雄豪傑を従えて戦乱で荒れる各国を瞬く間に平定、一代で空前絶後の大帝国を築き上げた。
 その一方で、性格は冷徹であり、権力欲・支配欲が旺盛で狡猾…と、まさしく独裁者そのものだが、臣民には深い慈しみを向ける存在であったともいう。
 史上空前の規模の国家を築いたが、その野望は留まるところを知らず、地上征服どころか魔界と天界の支配まで目論んだ。そして、そのためには人類の敵対者である魔族と、事ある毎に人類の運命を弄ぶ神族は邪魔でしかない故、いずれ両者を誅滅するつもりであったという。
 そう企むだけはあり、主神の加護など無い、ただの人間でありながら、勇者の軍勢を一撃で消し去るほどの強さを誇ったという。前魔王が軍勢を率いて侵攻してきた際には一騎討ちを挑み、重傷を負わせて撤退せしめている程である。
 そして彼の実力に驚愕した前魔王は正攻法を取る愚を悟り、致命の呪いをかける事にしたのだった。これが彼を蝕み、やがてはその野望を志半ばで潰えさせる事となってしまう。
 さらにはその死後、彼が転生する事により、その実力と果てしなき野望が再びこの世に甦る事を恐れた天界の神々は彼の魂を捕え、天界と地上の狭間に封印してしまった。
 しかし、その封印自体はかなり杜撰なものであり、それが再び災禍をもたらす事になるのは明白であった。

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