読切小説
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鰻の看病
「…。」

これまで嫌になるほど聞いてきた携帯電話のアラーム音で僕は目覚め、すぐに大きなため息をついた。
大学を卒業し、仕事に就くこともできて、さぁこれから社会人としてのスタートを切ろうと意気込み早数年が経過した。今現在、僕の現状は「最悪」の二文字で説明がつくだろう。


仕事先の訳も分からぬ規範の所為で誰よりも早く出勤しなければならず、仕事先に到着してからも何の恨みか大量の仕事を回され、休憩時間中は気の抜けないピリピリと張り詰めた空気の中で味のしない即席のものを腹に詰め込み、仕事中に上司からの理不尽な説教で自分の心を削りながら下げたくもない頭を下げ、そのような事に時間を割いていく内に自分の仕事は溜まりに溜まっていき、結局は残業をして自分の仕事を処理していく。
そして仕事の処理が終わる頃にはもう既に日が過ぎている。そのまま終電に揺られ、寝床へ帰りそのまま眠る。今までこのような生活をしてきてよく体が壊れなかったなと自分でも感心している。しかし、最近になって限界を感じ始めている。


今まで度々あった左わき腹の痛みが日ごとに増してきているのだ。今までなら薬や栄養ドリンクを飲めばどうにかなっていたが、今はまるで効果が無く、むしろ悪化してきている。
それに加えて目まいや吐き気、頭痛といった症状も出てきている。今僕はベッドで身体を寝かせている状態であるが、左わき腹は痛み、頭痛もしていた。しかし仕事先にとってはこの程度は体調不良には入らないようなので、今日も出勤しなければならない。


言う事を聞かない体に鞭を打って、身体をベッドから起こす。体を起こした時、ふと部屋においてある鏡に映った自分の姿を見た。


肌は生気を失くしたように青白くなり、頬は痩せこけ、覇気が宿っていない目の下には墨汁を塗ったかのように黒い隈ができている。
髪はボサボサで艶を失っており、寝起きだからか変な癖ができていた。そんなやつれた自分の姿を見て、僕は大学生時代に仲の良い友達と集まって観たホラー映画に出てくる怪物がこのような姿だったなと思い出してしまう。
毎日が楽しく輝いていた大学生時代と今の自分を比べ、僕は憂鬱な気持ちになりながら、軽く身だしなみを整えて家を出た。


家を出てしばらく歩き、電車に揺られ、駅を降りた途端むせかえるような暑さが僕の満身創痍の身体を襲った。
人込みの流れに押される度に目まいと吐き気に襲われ、次第に視界も歪み始め自分の見えている世界がぐるぐると周り始める。
途端に猛烈な吐き気に襲われて僕は立っていられなくなってしまった。流石に人込みの中で倒れるわけにはいかない為、猛烈な吐き気に耐えながら重い身体を引きずり、なんとか僕は人込みを脱出する。

人込みから脱した途端僕はついにその場にしゃがみこんでしまった。自分の動きを止めた途端に、今度はこれまで体感した事のない悪寒が全身を襲った。寒いはずなのに全身から汗が吹き出し、寒気から四肢が震え、更に襲ってくる脇腹の痛みや吐き気、頭痛が余計に僕を苦しめた。
得体のしれない自分の液体がもう既に喉までせりあがってきているが、僕は荒い息をつきながら寸での所で耐えていた。この状態では出勤は出来ない。そう僕は考え、震える手を何とか制御しポケットに入っている携帯電話を取り出し、仕事先へ電話を掛けようとした。その時、ふと僕の頭上から声が聞こえた。

「大丈夫ですか?ひどく震えておりますが…。」

その声に驚きふと顔を上げると、薄紫色の着物を着た艶のある黒髪の美しい女性が目の前に立っていた。彼女を見た瞬間、僕は幻覚を見ているのではと思った。それほどまでにこの着物を着た女性は現世離れした美しさを持っていた。光を反射し、わずかながら七色の光沢を放つ美しい黒髪、シミや毛穴一つないきめ細やかな白い肌、慈悲深さを感じる垂れ目、寒天のような艶を持つ唇、すっきりと整った鼻、そして目の下に付いた泣き黒子。
このような絶世の美女に今まで出会ったこともなかった僕は一瞬だが頭痛や吐き気を忘れ彼女を見てしまっていた。

ずっと見続けるのはいけないと考え、目を逸らした途端、再び地獄の苦しみが舞い戻ってきた。たまらず目の前の女性に助けを求めて僕は手を伸ばした。そして声になっていない声で僕は「助けて」と彼女に訴えた。彼女に助けを訴えた途端に僕はその場で倒れ、朦朧とした意識の中で彼女の顔を見ながら目を閉じ、意識を手放した。




気が付けば僕は見覚えの無い六畳程の和室で横になっていた。床には畳が敷かれており、出入り口は趣を感じる襖であった。

今僕の額には氷と冷水が均等に入った氷のうが当てられており、枕もひんやりとした氷枕が使われていた。僕が今横になっている敷布団と体に掛けられている掛け布団は非常に良い手触りで撫でる度にするすると心地よい音を立てて滑っていく。そして不思議なのが今の季節は夏であって、本来この季節に掛け布団が肩までかかっていれば熱で身体が汗ばんでしまうはずだがこの布団は不思議と暑さを感じず、むしろひんやりとしており心地が良い。

僕はもっと詳しく周りを確認する為に身体を起こそうとするが身体は鉛を入れられたかのように重く、自分の思うように動いてくれなかった。おまけに関節も軋み、もはや腕一本も自分の力で身体を満足に動かせない状態になっていた。ここは一体どこで、誰に運んでもらったのだろうと考えていると、襖がすっと開き、駅でみたあの女性が僕の枕元まで歩き、由緒正しき動作で僕の元に座り、僕の顔を見て安堵した表情を浮かべながら口を開いた。

「あぁ、意識を取り戻されたのですね…。本当に安心いたしました…。このまま意識が戻らなければどうしたらいいかと考えておりました…。あの時あなた様が意識を失われてから約2日…。ずっとあなた様は眠っておられましたので…。あぁ、申し遅れました。私、これからあなた様のお体の看病をお努めさせていただきます、神川ぬめ(かんがわ ぬめ)と申します。至らぬ点が多々見受けられると思いますが、これからどうぞ、よろしくお願いいたします…。」

彼女、ぬめさんは僕に礼儀正しく挨拶をした後、深々と三つ指をついて僕にお辞儀をした。僕は彼女の顔を上げさせるために身体を動かそうとするが咄嗟にぬめさんに抑えられてしまう。ぬめさんは少し怒ったような顔を浮かべ僕を見つめた。

「今は身体を酷使してはなりませんよ…。あなた様は自分自身を粗末に扱い過ぎでございます。逸る気持ちもお察しいたしますが…。どうか今は…。今だけは気持ちをお静めくださいませ…。あなた様は今までこのような状態になるまで心も体も虐げられてきたのです…。でも安心してください…。ここでは身も心も傷つく心配はございません。もしあなた様を虐げるものがここにやって来たとしても、私があなた様を守って差し上げます…。ですから今は…。」

ぬめさんは言葉を続けながら自分の手を僕の布団の上において、一定のリズムで優しく、子供をあやすかのように動かした。布団から優しく伝わる甘美で安心する衝撃は次第に僕の瞼を重くしていく。

「私がずっとあなた様の傍にいます…。今は全てを忘れて、安心してお休みくださいませ…。大丈夫です…。あなた様の意識が無くなった後でも、私がずっと、ずうっとあなた様の傍にいます…。ですから、しばらくの間…。お休みなさいませ…。あなた様….。」

優しい衝撃を全身で感じ、彼女の言葉を聞きながら僕は何時振りかもわからない安らかな微睡みに身を任せて目を閉じた。






柔らかな朝日が僕の顔を照らし、僕の意識は現実に引き戻された。目が覚めたとはいえまだ少し眠気が残っている。眠気で意識がまだはっきりとしない中、僕は改めて自分はどのような状況に置かれているのか、確かめる為に頭を動かすと丁度視線の先には先日僕を寝かしつけた女性、ぬめさんがいた。

「おはようございます、あなた様。昨日はよく眠れましたか?」

僕と目が合うと同時にぬめさんは笑顔と共に挨拶をした。昨日見たとき全く変わらない姿勢で座っていたぬめさんの姿を見て、僕が眠りについた後でも睡眠をせずにずっと僕の傍にいてくれたのであろうかと考えてしまった僕は、自分が眠った後に睡眠を取ったのかとぬめさんに訊ねた。するとぬめさんは顔に浮かべた笑顔を崩さずに答えた。

「私の心配をしてくださっているのですか?ふふふ…ありがとうございます...。あなた様はお優しいのですね…。はい、あなた様がお眠りになられた後、お隣にお布団を敷いて少しだけ睡眠を取らせていただきました。あなた様を看病する際、睡眠不足が原因で不手際があってはいけませんから…。こればかりはご容赦くださいね…。」

ぬめさんの言葉を聞いてから少し周りを見まわすとぬめさんの後ろには綺麗に畳まれた布団一式があり、実際にぬめさんは睡眠を取れたのだと僕は安心した。安心した所でぬめさんは言葉を続けた。

「早速ですがあなた様、こちらに朝食のご用意ができております。お身体は起こせますか?」

僕は自分の身体を何とか起こそうとしたが、まだ僕の身体は重く、そして力が入らなかった為、自分自身の力で完全に起き上がるのはまだ難しそうであった。いくら一日寝たとはいえ、まだ身体は完全に回復はしていないようだった。僕はぬめさんに支えてもらいながらなんとか身体を起こした。やっとの思いで身体を起こした僕をぬめさんは心配した表情で見ていた。

「本当に大丈夫ですか?どうか無理をしないでください…。あなた様はあなた様自身が思われている以上にお身体を患っています…。あなた様が望むのであれば止めは致しませんが…。もしもお身体に異変を感じた際はすぐに私に申しつけてください…。」

そう言ってぬめさんは朝食の乗った小さな机を僕が座っている布団の傍に置いた。僕はぬめさんが出してくれた朝食と向き合い、献立を確かめた。少し小ぶりな茶碗に乗せられた白米、木製のお椀に入ったもくもくと白い湯気をたてる味噌汁、やや大きめの皿に乗っかっている鮭の切り身と一般的な和食の組み合わせであった。久方ぶりにまともな献立を見たおかげでしばらく忘れていた食欲が僕の中で沸き起こっていた。しかしぬめさんはまだ心配そうな顔を浮かべたまま口を開いた。

「もしかしたら今のあなた様の身体ではこの献立は喉を通らないかもしれません…。今すぐにでも違う献立をご用意できますが…。大丈夫でしょうか…?先ほど申し上げました通り、あなた様の身体は弱りきっております…。本当にこの献立で大丈夫でしょうか?」

ぬめさんからそう言われて、僕は1日寝たからきっと大丈夫だと今も不安な顔を浮かべるぬめさんに言い聞かせたがぬめさんは顔色を変えなかった。

「あなた様がそうおっしゃるのであれば、私に止める権利はありませんね…。重ね重ね失礼いたしました…。しかしどうか、無理だけはしないようお願い申し上げます…。」

彼女の言葉を聞き終えた後、僕は手を合わせて挨拶をし、箸を使って鮭を毟り口に入れた。鮭の脂身と丁度良い塩気が口の中に広がる。美味しい。こんなに美味しい食事はいつ以来だろうか、勢いそのままに白米を口の中にかき込む。鮭の塩辛さを白米が打ち消し、丁度良い塩梅になり、ますます箸が進んでいく。しばらく米と鮭を堪能した後、僕は口の中に変化を持たせるために味噌汁をすすった。これもまた美味い。気が付けば僕は夢中で朝食を食べていたが、突然僕の身体に異変が起こった。十分に咀嚼し、飲み込んだはずのものが急にせり上がってきたのだ。僕はたまらず食器を机の上に戻して咄嗟に口元を押さえた。しかし嗚咽と悪寒は止まらず僕は自分の手の上に嘔吐してしまった。僕が吐いた吐瀉物は手で受け止めきれず布団の上にぼたぼたと落ちていく。その様子に驚いたぬめさんは僕の傍に駆け寄り背中をさすってくれた。僕は悪寒と嗚咽に震えながら彼女に布団を汚した事ときちんと食べられなかった事に関して謝った。彼女は僕の背中をさすりながら口を開いた。

「無理はなさらないでくださいと言いましたのに…。あなた様の身体はまだ弱ったままなのですよ…?自分の身体を傷つけてまで見栄を張るのはどうかお止めになってください…。この場所ではそのような見栄も気遣いも必要ないのです…。ですからもう…無理はしないでください…。約束できますか?私はあなた様がこれ以上無理をしていく様を見たくはないのです…。」

ぬめさんの言葉に頷きながら僕は息を整え、もう無理はしない事を約束した。その後ぬめさんは汚れた布団を取り換える事と朝食を下げる為一旦部屋を後にした。代わりの布団としてぬめさんが使っていた布団が敷かれ、今僕はその布団で横になっていた。ぬめさんの匂いだろうか、かすかにいい匂いのする布団に包まれながら僕はぼんやりとぬめさんが部屋に戻ってくるのを待つことにした。

ぬめさんが戻り少し経って、僕は今僕がいる場所は一体どういった所なのかをぬめさんに質問した。ぬめさんは穏やかな笑みを浮かべて優しく答えてくれた。

「すいません、あなた様にはまだ説明していませんでしたね…。ここはあなた様のように心身共に疲弊しきってしまった方々を私たちが誠心誠意を以って癒す所でございます。そうですね…病院と宿泊所を兼ねた所と言えば想像しやすいでしょうか…。ここでは普通の病院と違って患者一人につき必ず一人の担当がつきます。つまりあなた様の担当に私が充てられたわけです…。」

病院と宿泊所を兼ねた施設と言われ、はたして今この現代にそのような施設があったであろうかという疑問もあったが、僕の頭をまず過ったのがお金の問題である。ざっと部屋の周りを見渡した限りではかなり整っており、美人な女性の担当もついている上に料理も先ほど吐き出してしまったがかなり美味であった。となるとここから出る際にはかなりの額を請求されるのではないかと僕は考えた。そう考え僕は咄嗟に経済的な余裕が無いとぬめさんに話した。僕の話を聞いたぬめさんは変わらない笑顔を浮かべ話し始めた。

「あなた様、ご心配せずともここではお金など必要ございません。誰もあなた様からお金を取ろうなどとは考えておりません…。大丈夫です…。あなた様を苦しめる事や物はここには一切ございません。ここにあるのは安らかな時だけです…。」

ぬめさんはそう言い終わると同時に、僕に近付き、失礼しますと言って額に手を当てた。ひんやりしたぬめさんの手が心地よい。

「昨日と比べると大分熱は下がりましたが、まだ少し微熱が残っていますね…。これからしばらくの献立はなるべく消化に良い物を作りますね、あなた様…。」

僕は彼女に迷惑をかけてしまった事に自責の念を感じながら横になった。ぬめさんは僕の傍を離れず、ずっと隣で座っていた。彼女に見守られながら僕は久しぶりの穏やかな朝の時間を過ごした。


それからしばらくして僕の体調はぬめさんの看病のおかげで大分良くなってきていた。少し前まで微熱が続き、常に体に気怠さを感じていたが、今では熱も引いて気怠さも無くなった。僕はいつまでもここにいてはぬめさんに迷惑がかかると考え、明日にはここを発つ事を決めた。ここから出る為に僕はここに来る前の自分の荷物や持ち物を探したが、一向に自分の持ち物は見つからなかった。
僕の荷物は一体どこに行ったのだろうかと疑問に思っていると突然後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには夕食のお盆を持ったぬめさんが立っていた。どうやら食事の用意ができたらしい。
夕食のお盆を置いて食事の準備をするぬめさんに僕は自分の持ち物や荷物は何処かと尋ねた。するとぬめさんは笑みを浮かべて口を開いた。

「安心してください、あなた様の持ち物はこちらで保管しておりますよ。ですが、いきなりどうされましたか?持ち物の中に無くては生活できないような必需品は私が考える限り無かったと存じますが…。」

そして僕はぬめさんに、体調が随分と良くなったからここを離れようと思っている事を告げた。するとぬめさんは血相を変えてこちらに飛びついてきた。
いきなりの事であったので驚愕した僕はぬめさんを支えきれずにその場でぬめさんに押し倒される形になる。目の前にはぬめさんの不安げな顔があった。

「ここを離れてどこへ行くのですか?まさか、また自分自身を苦しめに行くのですか?駄目ですよ。あなたはまだ心も体も完全には治っていないのですから。しっかり養生しないといけないのです。」

ぬめさんは子供を叱るように僕に言った。しかし、僕はずっといつまでもここにいてしまってはぬめさんに迷惑がかかる事、そしてやっと養ってもらう立場を脱して社会に貢献できるようになったのに、また養ってもらう立場になっている。そんな現状の自分が嫌だからここを離れるのだとぬめさんに説明した。
しかしぬめさんには理解しかねるといった顔を浮かべて続けた。

「社会に貢献?精神と体が使い物にならなくなるまで良いように利用されて、使い捨ての駒のようになる事が社会の貢献と言うのですか?そのような事を共有する社会にあなた様を送り出すくらいなら、私は一生あなたを養います。一生あなたの傍にいます。あなたを一生離しません…。それに、私はあなた様の事を全く迷惑だと思っていませんよ…。」

ぬめさんはそう言いながら僕の身体に腕を回し、抱きしめた。ぬめさんが僕の身体を抱きしめると同時に豊満な胸が僕の胸板で形を変えていくのを感じ、僕は戸惑った。
慌てて、身体を離そうとぬめさんの肩に触れると、さっきまで濡れていなかったはずの肩が何らかの液体で濡れている事に気付いた。

しかもこの液体はかなり滑っており、彼女を引き離す為に力を入れた手は滑り、誤って彼女の胸を鷲掴みしてしまい、彼女は艶めかしい声を上げてしまう。何とか胸から手を離そうと試みるが、ぬめさんに抱きしめられている上に、手に付いた液体がかなり滑る為、余計にぬめさんの胸をいじってしまう形になってしまい僕は混乱するばかりであった。

「あなた様はせっかちですね…。心配せずとも私は逃げませんよ?」

ぬめさんはほんのりと顔を赤らめて僕を見つめていた。僕は全くそのようなつもりは無いが、このままでは良からぬ方向に事が進んでしまう。そう考えた僕はどうにかして今の現状を打破しようと僕は体を動かそうとするが、びくともしなかった。不思議に思い、自分の身体を見てみると、自分の身体に大きく黒く光る大きな尾のようなものが巻き付いている事に気付いた。奇妙だと考える前にどうにかしてそれを振りほどこうともがくが、尾を手で掴むたびに滑ってしまう為に上手く振りほどけない。

「もう…。暴れる悪い子はお仕置きですよ…。ほら、ぎゅー…。」

黒く滑った尾が僕の身体をじわじわ締め上げていく。それは決して苦痛となるものではなく、適度な締め付けと尾のすべすべとした質感に僕は降参した。降参して初めて僕はぬめさんの異変に気付いた。さっきまで乾いていたのに急に滑りだした肌、そして付いていた二本の美しい足は今は大きな黒い尾となって僕に巻き付いている。

僕は恐る恐るぬめさんに訊ねた。ぬめさんは一体何者なのかを、そして僕をこれからどうするつもりなのかを。そんな僕の質問にぬめさんは笑顔で答えてくれた。

「私ですか?私は、鰻女郎と呼ばれる妖怪の一種です。ご存知ないかもしれませんね…。あまり有名な妖怪ではありませんから…。それとあなた様のこれからですけれども、勿論私、ぬめがあなた様が完全に回復するまで看病します。真の姿をあなた様の前で見せてしまったからには、全力であなたを看病させていただきます。朝のお目覚めから、夜のお供まで必要とあらば何でも致します。」

全力で看病とぬめさんは言ったが、今の僕の体調は良い。あの時苦痛であった頭痛、腹痛、吐き気、全ての症状は既に無くなっていた。これ以上ぬめさんは僕の何を看病するというのだろうか…。

「まだ、あなた様には重大な問題が残っておりますから…。確かに以前と比べてお身体の具合は良くなりましたが、あなたの心はまだ治りきっておりません…。お身体が治った途端に辛く過酷な所へ舞い戻ろうとするなんて…。そのような考え方は心が荒んでしまっている証拠です…。もう頑張らなくてもいいのです…。あなたは十分に頑張りましたから…。」

ぬめさんは僕を抱きしめながらそう言った。ぬめさんの言葉を聞いた僕は改めてここから出た後、一体どうするのか考えた。以前勤めていた仕事先にはもう何週間も行っていないから今更仕事はさせてくれないだろう。ならば新しい就職先を探そうかと考えたが、再就職できるほどの気力も見込みもコネも自分には無い。結局ここを離れても僕にあるのはただただ先行きのない未来だけであった。

そのような事を考えていると僕は急にここを離れることが怖くなってしまった。先行きが見えない恐怖から目を逸らすため、僕はぬめさんに抱きつき、豊満な胸に顔を埋めた。僕はぬめさんをきつく抱きしめながら、ぽろぽろとこれから先の不安をこぼしていた。そんな僕の情けない言葉を聞きながら、ぬめさんは僕の頭を撫でて口を開いた。

「大丈夫です。ずっとここにいればいいのです…。私と一緒にいましょう…。そうすればあなた様は不安にも、恐怖にも、何事にも怯えることなく日々を過ごすことができます…。それに…。」

ぬめさんは突然抱擁を解いて僕との距離を少し離したかと思うと、目の前で着ている着物を脱ぎ始めた。突然の事態に驚く僕であったが、着物を色っぽく脱ぐぬめさんの姿に僕は思わず見入ってしまっていた。

「あなた様は…。私のこの体を…。好きにしてもいいのですよ…?」

ぬめさんの一糸まとわぬ姿は今まで見てきた女性の姿が馬鹿らしく思えてくるほどに美しく、官能的であった。その中でも目に入るのがたわわに実った大きな胸であった。見るからに巨大なその胸は決して重力に従って垂れている訳ではなく、完璧な張りと艶をもって重力に逆らっていた。あの胸はどれだけ柔らかいのだろうと考えている内に、今まで忘れていた感覚が僕を襲っていた。自分自身の欲望がぐつぐつと煮えたぎっているのを僕は感じ、このままではマズイと考えたが、着物を脱ぎ終えたぬめさんは、再び僕を抱きしめた。
ぬめさんに抱きしめられると同時に、着物越しとは言え、自分の醜くそそり立った欲望をぬめさんの滑った腹に押し当てる形になってしまう。ぬめさんは僕のモノに早速気付いたらしく、だらしなく口角を上げたかと思うと、僕の耳元まで顔を持っていき、囁いた。

「すぐ…楽にして差し上げますね…。あなた様…❤」

ぬめさんの言葉を耳元で聞いた瞬間に僕は全身の毛がざわざわと逆立つのを感じた。その言葉の後、ぬめさんは僕に巻き付けている滑った尾を器用に動かしながら、僕の着物を脱がした。そして、そのまま滑った尾をぼくのモノに絡みつかせ、僕のモノを上下に扱き始めた。
今まで自分の手でしか経験していなかった僕はただただぬめさんの尾が与えてくれる快楽になすがままであった。ぬちゅぬちゅと卑猥な水音が響く度に自分自身が追いつめられていくのが実感できた。息を荒げている僕を見ながら、ぬめさんは再び耳元で囁いた。

「気持ちいいでしょう…?ほら…ほら…。我慢できなくなったら…。そのまま射精してくださいね…❤」

ぬめさんの囁きで一気に性感が上がってしまった僕は、我慢できず上ずった声をあげながら射精した。どくどくと今まで出さずにため込んでしまっていた分をぬめさんの尾に出してしまった。黒かったぬめさんの尾が僕の精液で白く染まっていく。僕が射精する姿をぬめさんはうっとりと見つめ、僕の射精が落ち着いた後、尾に付いた精液を指で掬い、なめとった。

「あなた様の精液…。とっても…おいしい…❤」

ぬめさんは恍惚とした表情を浮かべ、尾に残っている他の精液を全部掬い取り、全てなめとった。そんなぬめさんの姿を見て僕は再び自分のモノが固くなるのを感じた。そしてまたそれをぬめさんの腹に押し当てる。ぬめさんは再び僕の耳元で熱っぽい声で囁いた。

「この様子だと…まだまだ楽しめそうですね…❤ あなた様が不安を感じなくなるまで…。私が犯して…慰めてあげます…❤ さぁ…私に全部委ねてください…❤ あなた様…❤」

この言葉の後、僕とぬめさんは時間の感覚を忘れてひたすらお互いの身体を貪りつくした。精液が枯れても欲望のまま腰を突き出してぬめさんを犯した。腰が動かせなくなったら、ぬめさんが腰を動かし、そのまま二人の意識が飛ぶまで行為は続いた。









ぬめさんとの行為の後、僕はずっとこの空間でぬめさんと一緒にいる事に決めた。どうやら僕がいた和室は数ある空間のほんの一室だった事は、後日ぬめさんが案内してくれた時に分かった事であった。僕たちが今いるこの空間はぬめさん曰く、行き止まりが無く、無限に広がっており、人知の認識を超えた数の部屋が存在しているらしい。部屋と言っても僕がいた寝室だけではなく、浴場や食堂、図書館、娯楽室、など様々な種類があるそうだ。この空間がそもそも何であるのかをぬめさんに聞いてみたが、ぬめさんも詳しい事は知らない様であった。ただ言える事は、この空間は人間では干渉できない事だけであった。現実世界ではきっと今頃、僕が行方不明になった事で大騒ぎしているだろう。
しかしそんな事は些細な事だ。なぜなら僕にはぬめさんがいる。ぬめさんさえいれば僕は何もいらないし、何も知る必要もない。ただ単にぬめさんが与えてくれる安寧にしがみついてさえいれば僕はそれで幸せだ。

16/10/19 21:51更新 / がしわーた

■作者メッセージ
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。













うなぎじょうろうばんざい










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