砂の陸
「ぎにああおわあああああああああああああああああっ!」
五月下旬、ナニガシ企画社内のさる一室。元課長の藻仁田ニイヒトは、一人夥しい量の仕事に追われていた。しかもそれまで座っていた座席も撤去されてしまっている。
何故彼がそんなことになっているのかと言うと――
「ちくしょおおおおおお! なんなんだ全く! 何故俺がこんなことになってる!? それもこれも全部あいつらの所為だっ! どいつもこいつもふざけやがって!」
ふざけているのはお前だ。
「銀辺が勝手に行方不明になった翌日には斑田と魚住まで消えやがって! 遅刻かと思って正午まで待っても来なかった時は焦ったぞ! 呼び出そうにも斑田魚住は着拒にするし、銀辺に至っては何やったんだか知らんが番号そのものが存在しないとか抜かしやがる!」
スマートフォン溶けたからな。
「お陰で誰も仕事する奴居ないから仕方なく俺が一人でやる羽目になるわ、そのせいで成績落ちるわ、上には誤魔化す暇もなくあいつらの失踪や今までの俺の行いがバレるわ、
バレたせいで信用無くしてヒラに降格させられ課長としての権限も剥奪されるわ、給料まで実質パート並みに減らされるわ、もう踏んだり蹴ったりだこの野郎!」
自業自得だ。クビでないだけ感謝しろ。
「どうしてだっ!? 何故俺がこんなことにならなきゃならん!?
仕事は部下に任せて一人社内ニート生活を謳歌しつつ、
時たま適当な理由で部下を怒鳴り付けて憂さ晴らしする夢のような生活よカムバック!」
悪夢よさらば、永遠に。
「俺は藻仁田ニイヒトだぞ!? 課長ながらに社長一の腹心とまで言われ、
働かずして高給を稼いでいたナニガシ企画随一の勝ち組、真の成功者だぞ!?」
知らんがな。
「くっそう、納得できん! それもこれもこの社会が悪いんだ!」
悪いのはお前だ。
「魔物だか何だか知らんがあんな得体の知れない変な連中をホイホイ受け入れやがって! そんなんだから日本はダメなんだっ! 魔物受入は日本が犯した戦後最大の罪だな!」
日本が犯した戦後最大の罪があるなら、それはお前みたいな奴に人権を与えたことだ。
「そうだ魔もっのわあああああああああああ!?」
突如、オフィス全域が強烈な揺れに見舞われた。
ニイヒトは間抜けに泣き喚き、取り乱しながら机の下に潜り込む。
「な、なんだあ!? じ、地震かっ!?」
慌ててスマートフォンやテレビを確認するが、そのような情報は微塵も出てこない。
どうやら揺れているのはナニガシ企画の社屋のみであるらしい。
「……お、おさまったか?」
揺れが収まるのと同時に、ニイヒトは机から這い出す。見ればオフィスは酷い荒れようだった。
「くっそーぅ! こんな片付けだって前までなら部下どもにやらせれば良かったんだっ! なのにあいつらが消えたせいでっ――
「相変わらずですねぇ、藻仁田課長……いえ、藻仁田元課長〜っ?」
「前々から思ってましたけど、ほんとロクでもないなあ……斑田さん、こんなのに敬語使う必要ありますかね?」
「そう言ってやるなよ魚住くんっ。元課長にだって一応、辛うじてそれなりの事情があってこんなになっちゃったんだから、最低限の人権は認めてあげなきゃ可哀想だよぉ」
ふと耳に飛び込んでくる、聞き覚えのある男二人の声。
見ればオフィスの出入口には、この世で誰より憎たらしい二人の姿が。
「……お、ま、え、らぁぁぉぁ〜っ!」
聴きたかったような聴きたくなかったような、よくわからない想いがニイヒトの内に込み上げてきたが、やがてそれは怒りと憎悪に形を変え、自然とニイヒトの口から放出される。
「こンのろくでなし根性なしで恩知らず恥知らずの薄情卑劣な給料泥棒の屑どもがぁっ!
お前ら今更どの面下げて俺の目の前にやってきた!? よくも上司に向かってそんな口がきけっとうおわああああ!?」
ニイヒトが怒りに任せて二人に掴み掛かろうという時、再びオフィスが揺れる。先程より激しい揺れにニイヒトが耐えられるわけもなく……
「あーあ、みっともないですねぇ」
「何やってるんですかぁ、この程度の揺れで」
「っぐ、お前らぁ、言わせておけっどべえええええええ!?」
間抜けに尻餅をついたニイヒトのすぐ右隣から、鉄筋コンクリートの床材を貫いて勢いよく何かが飛び出した。
驚いたニイヒトは、最早コントかという勢いでその場から飛び退く。
「な、なんだこの腐ったゴボウの化け物はっ!?」
ニイヒトが『腐ったゴボウの化け物』呼ばわりする『何か』とは、円筒形で土色をした細長い生物……つまりは地中を通ってオフィスの真下へ来ていたエリモスに他ならない。
先程までニイヒトを翻弄していた激しい揺れも、地下の彼女が引き起こしていたものである。
「他人(ひと)の彼女を腐ったゴボウ呼ばわりか。やっぱりお前には敬意を払う価値もないな、藻仁田ニイヒト」
「そ、その声……まさか銀辺!? どこだ!? どこにいる、銀辺っ! 姿を見せろっ!」
「言われるまでもなくそうするつもりだ」
エリモスの外殻頭部が口を開き、中からケンスケが顔を出す。
「なっ! か、カビだらけのしなびた巨大自然薯の切り口から銀辺がっ!? お前、一体何があっ――
「おい、藻仁田」
「ひっ!?」
ケンスケは藻仁田を睨み付ける。
オフィスでこき使われていた頃とは比べ物にならない鋭い視線に、
ニイヒトは思わず縮み上がる。
「ここがクロビネガで良かったな」
ニイヒトにはケンスケ言葉の意味が今一よくわからなかったが、彼の言葉に籠められた凄まじい怒りと憎悪には無言で震え上がる他なかった。
「……うむ。わかった。では、そうするがいい……」
都内一等地の豪邸。この世の富と贅を無作為に詰め込んだ、いっそ悪趣味とも言える一室。
鳥獣複数種の剥製で作られた不気味な椅子に腰かけ、宝石まみれのスマートフォンで何者かと通話する、一人の老人。
「そうだ。それが最適解……先生のご意思は絶対だ……」
成人男性にしてはかなり小柄で、高く見積もっても160cm前後か。
全体的に痩せこけており、筋肉も外見からは殆ど見受けられない。
目は吊り上がり、口は裂け、白髪はぼさぼさに伸び放題。
紡がれる一言一句が、日常にあり触れた単語にもかかわらず、底知れぬ悪意を想起させるのは、その性根がどこまでも腐りきっていることの確証か。
「ああ……献金ははいつもの口座に、だ……うむ……では、また……イエル・クム・スタウレの御心のままに……」
通話を終えた老人は、スマートフォンを乱雑に投げ捨てる。宝石にまみれた、豪華乍らも悪趣味な通信端末は、高級そうなカーペットの上へ鈍い音を立てながら転がった。
不気味な椅子の上で満足げにくつろぐこの老人の名は、隈取(くまどり)ゴウユウ。
日本有数のブラック企業たるナニガシ企画の創始者にして現社長であり、下層の社員たちを苦しめ搾取する極悪非道な男であるが、
然しこのただでさえ恐るべき薄気味悪い老人は、世間一般に知られることのない、より恐るべき裏の顔を持ってもいた。
悪名高きカルト宗教団体『救済の摂理』最高幹部という、裏の顔を。
『救済の摂理』
1980年代に設立されたこの宗教団体は、世界150ヶ国に支部団体を持つとされる。
創始者にして現時点でのトップでもある泰山王神(たいざんおうじん)は、本尊たる大宇宙統括神イエル・クム・スタウレ0本体が伝道の為人間の姿をとった存在を自称しており、
また教団内に於いて同神格は人類史に於ける数多の神聖な存在の根源であると言われているというが……これらが泰山の妄言であるのは言うまでもない。
実際の所、泰山王神こと本名、中山小助は単なる誇大妄想に取り付かれた一人の人間に過ぎず、根拠のないそれっぽい宗教思想で無辜の民を騙し、労働力として使い潰し金を搾り取る……早い話が単なる詐欺師に他ならず。
ともすれば強欲にして卑劣、悪辣にして狡猾な拝金主義者の小助とゴウユウが出会い、手を組むのは必然と言えた。
当人たちは一切気にしていないが、救済の心理という組織は様々な理由から、外部のあらゆる者にひたすら忌み嫌われている。
昨今その最大の要因とされるのが、魔物出現と同時に教団が大々的に掲げ始めた『魔物は害悪であり敵である』との思想である。
曰く、魔物とは異界からの侵略者であるとか、地球の人畜や資源を食い荒らすとか、繁殖のために人間を利用し尽くし最後には殺してしまうとか、歪んだ性癖を植え付けてくるとか……ともかく出鱈目を言いふらしては、魔物というものを貶めにかかっている。
然し、既にその時点で魔物が無害、どころか有益かつ人類にとって友好的な存在であることは各国民にとって周知の事実であり、元より地に落ちていた教団の評判が地獄まで落ちる結果を招いたのは言うまでもない。
因みにゴウユウは、救済の摂理に入信する以前から末期の魔物嫌い、かつ生まれながらの虫嫌いだったようである。
「泰山王神……否、中山小助……神気取りの道化よ……精々今は仮初の天下に酔いしれるがよいわ……」
ぐったりと全身の力を抜きながら、ゴウユウは邪悪にほくそ笑む。実はこの時、彼は秘密裏にある計画を進行中であった。
それは、もし仮に遂行されればこの日本はおろか最悪地球全土、更にはよほどのことでもあれば魔物たちの出身地である異界さえも揺るがしかねないほどの恐るべき計画であった……の、だが
「いずれこの隈取ゴウユウがにゃわああああああああああああああ!?」
突如爆破され吹き飛ぶドア。連続して割れる窓ガラス。更にゴウユウ自身もまた、座っていた不気味な椅子ごと何かによって宙を舞う。
「――ああああああああああああああぼべっ!」
そして当然、重力に従って下に落ちる。その様は、宛ら夏場の道端で干乾びて死んでいるアマガエルの十乗倍は滑稽であったろう。
「っぐ、ぬうう……なんという……何故だ? 何故一体こんなことが――
「やあどうも、ご苦労様です隈取社長ッ」
「そ、その声! まさかお前っ……社員の分際でこの隈取ゴウユウに歯向かうつもりかっ」
ゴウユウは倒れ伏しながらも声のした方へ顔を向け、社長である自分にご苦労様ですなどと無礼な物言いをしてきた不届き物の名を叫ぶ。
「総合雑務課元課長……藻仁田ニイヒトっ!」
五月下旬、ナニガシ企画社内のさる一室。元課長の藻仁田ニイヒトは、一人夥しい量の仕事に追われていた。しかもそれまで座っていた座席も撤去されてしまっている。
何故彼がそんなことになっているのかと言うと――
「ちくしょおおおおおお! なんなんだ全く! 何故俺がこんなことになってる!? それもこれも全部あいつらの所為だっ! どいつもこいつもふざけやがって!」
ふざけているのはお前だ。
「銀辺が勝手に行方不明になった翌日には斑田と魚住まで消えやがって! 遅刻かと思って正午まで待っても来なかった時は焦ったぞ! 呼び出そうにも斑田魚住は着拒にするし、銀辺に至っては何やったんだか知らんが番号そのものが存在しないとか抜かしやがる!」
スマートフォン溶けたからな。
「お陰で誰も仕事する奴居ないから仕方なく俺が一人でやる羽目になるわ、そのせいで成績落ちるわ、上には誤魔化す暇もなくあいつらの失踪や今までの俺の行いがバレるわ、
バレたせいで信用無くしてヒラに降格させられ課長としての権限も剥奪されるわ、給料まで実質パート並みに減らされるわ、もう踏んだり蹴ったりだこの野郎!」
自業自得だ。クビでないだけ感謝しろ。
「どうしてだっ!? 何故俺がこんなことにならなきゃならん!?
仕事は部下に任せて一人社内ニート生活を謳歌しつつ、
時たま適当な理由で部下を怒鳴り付けて憂さ晴らしする夢のような生活よカムバック!」
悪夢よさらば、永遠に。
「俺は藻仁田ニイヒトだぞ!? 課長ながらに社長一の腹心とまで言われ、
働かずして高給を稼いでいたナニガシ企画随一の勝ち組、真の成功者だぞ!?」
知らんがな。
「くっそう、納得できん! それもこれもこの社会が悪いんだ!」
悪いのはお前だ。
「魔物だか何だか知らんがあんな得体の知れない変な連中をホイホイ受け入れやがって! そんなんだから日本はダメなんだっ! 魔物受入は日本が犯した戦後最大の罪だな!」
日本が犯した戦後最大の罪があるなら、それはお前みたいな奴に人権を与えたことだ。
「そうだ魔もっのわあああああああああああ!?」
突如、オフィス全域が強烈な揺れに見舞われた。
ニイヒトは間抜けに泣き喚き、取り乱しながら机の下に潜り込む。
「な、なんだあ!? じ、地震かっ!?」
慌ててスマートフォンやテレビを確認するが、そのような情報は微塵も出てこない。
どうやら揺れているのはナニガシ企画の社屋のみであるらしい。
「……お、おさまったか?」
揺れが収まるのと同時に、ニイヒトは机から這い出す。見ればオフィスは酷い荒れようだった。
「くっそーぅ! こんな片付けだって前までなら部下どもにやらせれば良かったんだっ! なのにあいつらが消えたせいでっ――
「相変わらずですねぇ、藻仁田課長……いえ、藻仁田元課長〜っ?」
「前々から思ってましたけど、ほんとロクでもないなあ……斑田さん、こんなのに敬語使う必要ありますかね?」
「そう言ってやるなよ魚住くんっ。元課長にだって一応、辛うじてそれなりの事情があってこんなになっちゃったんだから、最低限の人権は認めてあげなきゃ可哀想だよぉ」
ふと耳に飛び込んでくる、聞き覚えのある男二人の声。
見ればオフィスの出入口には、この世で誰より憎たらしい二人の姿が。
「……お、ま、え、らぁぁぉぁ〜っ!」
聴きたかったような聴きたくなかったような、よくわからない想いがニイヒトの内に込み上げてきたが、やがてそれは怒りと憎悪に形を変え、自然とニイヒトの口から放出される。
「こンのろくでなし根性なしで恩知らず恥知らずの薄情卑劣な給料泥棒の屑どもがぁっ!
お前ら今更どの面下げて俺の目の前にやってきた!? よくも上司に向かってそんな口がきけっとうおわああああ!?」
ニイヒトが怒りに任せて二人に掴み掛かろうという時、再びオフィスが揺れる。先程より激しい揺れにニイヒトが耐えられるわけもなく……
「あーあ、みっともないですねぇ」
「何やってるんですかぁ、この程度の揺れで」
「っぐ、お前らぁ、言わせておけっどべえええええええ!?」
間抜けに尻餅をついたニイヒトのすぐ右隣から、鉄筋コンクリートの床材を貫いて勢いよく何かが飛び出した。
驚いたニイヒトは、最早コントかという勢いでその場から飛び退く。
「な、なんだこの腐ったゴボウの化け物はっ!?」
ニイヒトが『腐ったゴボウの化け物』呼ばわりする『何か』とは、円筒形で土色をした細長い生物……つまりは地中を通ってオフィスの真下へ来ていたエリモスに他ならない。
先程までニイヒトを翻弄していた激しい揺れも、地下の彼女が引き起こしていたものである。
「他人(ひと)の彼女を腐ったゴボウ呼ばわりか。やっぱりお前には敬意を払う価値もないな、藻仁田ニイヒト」
「そ、その声……まさか銀辺!? どこだ!? どこにいる、銀辺っ! 姿を見せろっ!」
「言われるまでもなくそうするつもりだ」
エリモスの外殻頭部が口を開き、中からケンスケが顔を出す。
「なっ! か、カビだらけのしなびた巨大自然薯の切り口から銀辺がっ!? お前、一体何があっ――
「おい、藻仁田」
「ひっ!?」
ケンスケは藻仁田を睨み付ける。
オフィスでこき使われていた頃とは比べ物にならない鋭い視線に、
ニイヒトは思わず縮み上がる。
「ここがクロビネガで良かったな」
ニイヒトにはケンスケ言葉の意味が今一よくわからなかったが、彼の言葉に籠められた凄まじい怒りと憎悪には無言で震え上がる他なかった。
「……うむ。わかった。では、そうするがいい……」
都内一等地の豪邸。この世の富と贅を無作為に詰め込んだ、いっそ悪趣味とも言える一室。
鳥獣複数種の剥製で作られた不気味な椅子に腰かけ、宝石まみれのスマートフォンで何者かと通話する、一人の老人。
「そうだ。それが最適解……先生のご意思は絶対だ……」
成人男性にしてはかなり小柄で、高く見積もっても160cm前後か。
全体的に痩せこけており、筋肉も外見からは殆ど見受けられない。
目は吊り上がり、口は裂け、白髪はぼさぼさに伸び放題。
紡がれる一言一句が、日常にあり触れた単語にもかかわらず、底知れぬ悪意を想起させるのは、その性根がどこまでも腐りきっていることの確証か。
「ああ……献金ははいつもの口座に、だ……うむ……では、また……イエル・クム・スタウレの御心のままに……」
通話を終えた老人は、スマートフォンを乱雑に投げ捨てる。宝石にまみれた、豪華乍らも悪趣味な通信端末は、高級そうなカーペットの上へ鈍い音を立てながら転がった。
不気味な椅子の上で満足げにくつろぐこの老人の名は、隈取(くまどり)ゴウユウ。
日本有数のブラック企業たるナニガシ企画の創始者にして現社長であり、下層の社員たちを苦しめ搾取する極悪非道な男であるが、
然しこのただでさえ恐るべき薄気味悪い老人は、世間一般に知られることのない、より恐るべき裏の顔を持ってもいた。
悪名高きカルト宗教団体『救済の摂理』最高幹部という、裏の顔を。
『救済の摂理』
1980年代に設立されたこの宗教団体は、世界150ヶ国に支部団体を持つとされる。
創始者にして現時点でのトップでもある泰山王神(たいざんおうじん)は、本尊たる大宇宙統括神イエル・クム・スタウレ0本体が伝道の為人間の姿をとった存在を自称しており、
また教団内に於いて同神格は人類史に於ける数多の神聖な存在の根源であると言われているというが……これらが泰山の妄言であるのは言うまでもない。
実際の所、泰山王神こと本名、中山小助は単なる誇大妄想に取り付かれた一人の人間に過ぎず、根拠のないそれっぽい宗教思想で無辜の民を騙し、労働力として使い潰し金を搾り取る……早い話が単なる詐欺師に他ならず。
ともすれば強欲にして卑劣、悪辣にして狡猾な拝金主義者の小助とゴウユウが出会い、手を組むのは必然と言えた。
当人たちは一切気にしていないが、救済の心理という組織は様々な理由から、外部のあらゆる者にひたすら忌み嫌われている。
昨今その最大の要因とされるのが、魔物出現と同時に教団が大々的に掲げ始めた『魔物は害悪であり敵である』との思想である。
曰く、魔物とは異界からの侵略者であるとか、地球の人畜や資源を食い荒らすとか、繁殖のために人間を利用し尽くし最後には殺してしまうとか、歪んだ性癖を植え付けてくるとか……ともかく出鱈目を言いふらしては、魔物というものを貶めにかかっている。
然し、既にその時点で魔物が無害、どころか有益かつ人類にとって友好的な存在であることは各国民にとって周知の事実であり、元より地に落ちていた教団の評判が地獄まで落ちる結果を招いたのは言うまでもない。
因みにゴウユウは、救済の摂理に入信する以前から末期の魔物嫌い、かつ生まれながらの虫嫌いだったようである。
「泰山王神……否、中山小助……神気取りの道化よ……精々今は仮初の天下に酔いしれるがよいわ……」
ぐったりと全身の力を抜きながら、ゴウユウは邪悪にほくそ笑む。実はこの時、彼は秘密裏にある計画を進行中であった。
それは、もし仮に遂行されればこの日本はおろか最悪地球全土、更にはよほどのことでもあれば魔物たちの出身地である異界さえも揺るがしかねないほどの恐るべき計画であった……の、だが
「いずれこの隈取ゴウユウがにゃわああああああああああああああ!?」
突如爆破され吹き飛ぶドア。連続して割れる窓ガラス。更にゴウユウ自身もまた、座っていた不気味な椅子ごと何かによって宙を舞う。
「――ああああああああああああああぼべっ!」
そして当然、重力に従って下に落ちる。その様は、宛ら夏場の道端で干乾びて死んでいるアマガエルの十乗倍は滑稽であったろう。
「っぐ、ぬうう……なんという……何故だ? 何故一体こんなことが――
「やあどうも、ご苦労様です隈取社長ッ」
「そ、その声! まさかお前っ……社員の分際でこの隈取ゴウユウに歯向かうつもりかっ」
ゴウユウは倒れ伏しながらも声のした方へ顔を向け、社長である自分にご苦労様ですなどと無礼な物言いをしてきた不届き物の名を叫ぶ。
「総合雑務課元課長……藻仁田ニイヒトっ!」
20/02/17 20:41更新 / 蠱毒成長中
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