連載小説
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中門
「…」

 守は今、自分の部屋で神妙な顔付きで正座をしながらただ黙っていた。窓を見る限り、時刻は夕方。守が座っている前には、炬燵布団がない炬燵、その上には受話器に「スマートフォン」と書かれた黒電話が置かれていた。そして周りにある物と言えば、砂嵐が移るブラウン管のテレビ、ビートルズの「レット・イット・ビー」のサビのフレーズだけが永遠に流れるラジオ、強風で動き続ける扇風機、マットだけのベッド…明らかに季節感、そして世界観は壊れていた。すると、黒電話から呼び鈴がかかった。それと同時に守は、押し入れで何か動いている音を聞き取った。守は、何の驚きもせず押し入れに向かった。そして、守はニヤリと笑うと、恐る恐る押し入れの戸を開けた。しかし、押し入れの中には誰もいなかった。鼻で笑い、押し入れを閉めようとした瞬間、守の後ろに誰かがいるのに気がついた。背は守の肩の高さより少し小さい程度だろうか。髪は茶色、顔は美少女そのものであった。ただその少女の恰好は、あまりにも非現実過ぎた。頭から伸び出た長い触角、手足の先はまるで虫の脚を思わせるような形。そして、背中には昆虫の様な羽があり、まるでゴキブリの恰好をしていた。そんな彼女を、守は恐怖で見るに見れなかった。そして長い沈黙の後、彼女の口から言葉が発せられた。

「…ごはん…」

「うわああぁぁぁぁぁあああ…って、また夢か。」

電車の中で守は目を覚ますと、気持ちが悪くなった。また変な夢を似たのだ。それも、二度もである。電車はすでに終点についており、もう乗客は下車し始めている。

「クソったれが…」

守は呟くと、電車から降りる支度をいそいそとし始めた。

 守が着いたのは、目的地のまほら島があるM県T市。真珠の養殖と、水族館で有名な市である。

「さて、ここからどうしようかな。」

そう言いながら、駅のロータリーにあった案内板を見ていた。

「あっ、ここの店、おいしそうだな。って、ここもよさそうだな。」

今から心霊スポットに行く身とは思えないぐらい能天気だった。そうしていると、守は後ろから女性に声をかけられた。

「…すみません。まほら島へ行きたいのですが、知っていますか?」

「え?あ…はぁ、まぁ…もしかして、そこに行くのですか?」

「ええ、ちょっとした様がありまして。」

守は驚いた顔でその女性を見た。まず、姿、恰好がおかしいのだ。髪は長い銀髪、顔は絶世の美女で、守が会ってきた女性どころか日本の芸能人にも劣らない美貌の持ち主だった。そして何より服装。所謂シスターが着る服装に近いのだが、胸の部分は大きく開けており、下半身の部分はまるでチャイナドレスと合体させたような格好だった。

(何だこいつ?不審者か?)

守は疑心の目で彼女を見た。なんせあのまほら島に女性一人で行くと言っているのだ。しかもこんな美しい・・じゃなくてこんな珍妙な格好をしているのだ。

「あ、俺もう行かなくちゃいけないから、これにて失礼。」

「あ、そうですか。ではまた会えば…」

また会ってたまるものかあんな不審者。守はそう内心で思っていると、さっそくまほら島についての情報収集と市内の観光を始めた。なんせここの市は、海の幸が多く、観光スポットも多くある。干潮時刻は今日の午後4時44分。それも、大潮と来た。まぁ、時間があまりにも不吉すぎるが、そこは気にしない。とにかく、俺はついている。そう守は思いながら、市内ヘ足を進めた。


「ふぅー食った食った。いやー、あそこの定食はおいしかったなー。」

 昼食を食べ終わった守は、お目当ての観光スポットである虎岩神社へと向かっていった。ここの神社は、まほら島にまつわる言い伝え、遺品が数多く残っていることでその手のマニアには有名な場所であった。

「さてさて、どんな話が聞けるかな。…いや、聞けるのか…な?」

守は不安そうになって自問した。実は、まほら島のことについて住民に聞いても、誰一人答えてくれなかったからである。しかも、ものすごい不審な目で見られたのだ。あたかも、よそ者を見るような目で。

「俺…ここの市民から夜討ちされちゃったりして…なんて。」

そんなことを言いながら、守は神社へと向かっていった。

 神社に着いて見ると、守は仰天した。ぼろい神社かと思われたが、結構しっかりしている。守はさっそく、神社内でお参りを済ませ、まほら島に伝わるとされている遺品を見ることにした。

「へぇ…これが…」

守は興味深そうに、ケースの中で展示されている遺品を凝視した。名前は、「牛鬼の赤布」説明文によれば、その昔、牛鬼に襲われた男が逃げる際に牛鬼が眼帯にしていた赤い布を盗み取り、命からがら逃げて来た物だという。

「牛鬼って…畜生、今朝の夢のこと思い出しちまった。」

守は、気持ち悪くなった。夢の中で散々自分を追い回した牛鬼の遺品がそこにあるのだ。

「…他は無いかな。」

そう気分を転換し、遺品を見ていくと、また興味ある代物を見つけた。名前は、「ごきぶりむすめのこしまき」言い伝えによれば、ゴキブリの姿をした娘が男を惑わし、食おうとしたところ、男が恥部を突き、その娘が弱まっている隙に逃げた際、ゴキブリ娘が着ていた腰布を握っていたとのことである。

「だから何でよりによってこんなものが…」

守はさらに気分を悪くした。何しろ自分の悪夢に出てきた怪物にまつわるものばかりが納められているのだ。

「たまったもんじゃないぜ…」

そう毒つきながら、守は遺品を見ていた。すると、ここの神社の神主が守に声をかけた。

「ほう、君はこの代物に興味があるのかね。」

パッと見、年齢は80代だろうか。しかし背は高く、老人の体とは思えないぐらい逞しかった。

「あ、はい。」

「ほっほっほ。そうか。このあたりは、まほら島が近くにあるからか、時々変な物が見つかるのじゃよ。ほら、例えばそこに展示されている物とか…」

神主は、展示されているそれを指さした。それは、よくある、「鬼の虎柄の腰巻」であった。

「え?こんなものもあるんですか。」

「まぁ、こんなものまだまだで、もっとすごい物が見つかっておるのじゃ。」

「え!?じゃあそれ、見せてもらってもいいですか?」

守は、神主の話に食らいついた。しかし、神主の出した答えは、あっけないものだった。

「はは、残念じゃがそれは無理じゃ。何せこれは表には見せられないものだからじゃのう。…ちょっと無理じゃ。」

「そうですか。」

守は残念そうに答えた。すると神主は、

「だが、お主ならちょっとなら…見せてもいいぞ。但し、一つ条件がある。それは、まほら島に流れてくる遺品を何か一つでも見つけることじゃ。そうしたら見せてやっても良い。」

「…神主さん、ちょっとそれは殺生じゃないですか?」

「なーに、それぐらいの事でもしなけりゃ見せぬわい。それに、あの辺りにはそうした遺品がごろごろ落ちてるからノープログレムじゃ。」

この爺、とんでもないことを言ってくれる。

 その後、守はこの神主の条件を受け入れ、まほら島で遺品を捜すことにした。時刻は午後4時40分。もうまもなくで干潮だ。目の前には夕陽に照らされたまほら島が、不気味に映っている。

「行くしかない。」

そう呟くと守は、潮の引いた海をまほら島へ向けて歩きだした。これから受ける受難なんて考えずに。

13/03/15 21:56更新 / JOY
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■作者メッセージ
最近昼食が、きつねそば(若しくはうどん)と稲荷寿司という組み合わせが多くなってきてる。まさか男でありながら狐憑きに…ってそんなのあってたまるか!

まぁ、稲荷、妖狐、狐火といった狐系の魔物娘はウェルカムですが。

ご意見、ご感想、お待ちしております。

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