読切小説
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彼女の恋愛計画

 一目見た際の印象は、ただ「綺麗な子だな」程度だった。
 それはちょうど高校に上がったばかりの頃で、目に映るものすべてが新鮮だった。彼女くらいの容姿の子はそれなりにいるので、高嶺の花だとかマドンナ的存在だとか、決してそういうイメージではなかった。むしろ親しみやすい、笑顔が可愛らしい子だった。

 それが「おかしいぞ」となったのは、高校生活がスタートして一週間後のこと。

「突然呼んでごめんね、鳶ノ浜くん。お墓はどういうのが好きかなって訊きたくて」
「………………は?」

 それは典型的な告白のパターン。ラブレターから恋の始まり、のはずだった。
 一週間で彼女と会話したのは一度だけで、それも「よろしくね」なんて当たり障りのない自己紹介でしかなかった。だから当然、俺は彼女のことを知らない。彼女も俺のことを知らないはずだった。

「鳶ノ浜くんのお祖父様方のお墓に入れてもらうよりかは、私たち二人っきりのお墓のほうがいいでしょう? 和型の墓石もいいとは思うんだけど、やっぱり洋風が可愛いと思うな」

 呆気に取られているうちに、彼女は理想の死後を語り出す。
 彼女が話す内容では既に俺と彼女は結ばれていて、予め決めておきたいのが墓石だと言う。最終的にはどれだけ小さくても目立たなくても可愛くなくても二人きりであればそれでいいとか言い放ち、それからとっても可愛らしい笑顔でこちらに尋ねる。

「鳶ノ浜くんは、土葬とか宇宙葬とかの方がいいのかな?」
「え、いや、……まだ、死にたくない感じかな……?」
「あー、そっかー」

 わけもわからないままに、最悪の答えをしてしまった瞬間だった。





 彼女の名前は「白襟 凪」。出席番号は前のほう。笑顔に溢れ、人当たりの良い優しい性格。運動はそれなり程度だが、頭が良い。雑学知識に優れ、どうでもいいことで周囲を笑わせたりもする。
 他人のことをよく見ていて、困っている人を見かけたらアドバイスなり手伝いなりで助け、しかしなんでも彼女任せにはならないように上手く立ち回る。
 ……なんというか、普通に良い子だ。すごく良い子だ。

 だからこそ、彼女からの告白のような何かが特異だった。
 あのあと「告白とかで呼んだんじゃないの」と訊いたら彼女はとても驚き、

「まだだよ? 鳶ノ浜くんはまだ私のこと全然知らないじゃん。今日は気になったことを訊きたかっただけ。もうちょっとだけ友達ね」

 このあと付き合うことが既定路線で今は段階を踏んでいるだけ、なんて言い草。
 唖然としている間に彼女は去り、その後に何かあったわけでもなかった。
 環境の変化による新しい日常の中でこれだけが異質に脳の中に残り、結果として彼女のことが気になってしまう。彼女は電波なわけではないみたいだし、危ないタイプでもなかった。どう考えても、人気のある良識人でしかない。

 四月、五月はそうして無事に過ぎていった。
 友人が増えたし、部活も始まった。クラスでは白襟さんがいるグループの女子からちょっかいを出され、結果として白襟さんとの会話を何度もした。こっちの友人を巻き込んで一緒に食事だってした。ゴールデンウィークには白襟さんとのデートもやった。
 六月に彼女から告白されたのだって当たり前だと思ったけれど、彼女の愛情はこちら以上だった。付き合って一週間で彼女の家に誘われ、そのままなし崩しに身体を重ね、事あるごとに白襟はこちらを求めてくるようになった。
 猿のように喜ぶことができればよかったが、彼女の裸を見たあとであっても、未だにどこか彼女への不信感があった。まるで彼女の脳裏に描かれた道筋通りに物事が進んでいるような、馬鹿げていると断じることができない違和感。
 だからちょっと、あんまり褒められないことではあるけど、彼女を試すような質問をした。といってもいちゃつきの延長みたいな、なんでもないはずのもので。

「俺がもし凪のこと嫌いになったら、どうする?」

 それを聞いた白襟は怒りも悲しみもせず、疑いや躊躇もしなかった。

「どうもしないよ。私のこと嫌いになっても、鳶ノ浜くんのことが大好きだって気持ちはずっとずーっと変わらないからね。それに、鳶ノ浜くんも私を好きになるはずだし」

 澱みのない恋慕の情。迷いのない満面の笑顔。
 これで確信した。この女は異常だ。





 友人たちに相談した。白襟と仲のいい女子たちにも相談した。
 だけど、相手にされなかった。のろけ話はよそでやれ、なんて笑いながら。それでもなんとか相談に乗ってくれと頼んでみても、誰も彼もが白襟凪のことを信頼しきって俺の話をまともに取り合わない。逆に俺が怒られもした。
 深刻に考えすぎだ、と言われた。好き合ってるなら大丈夫だろ、と。
 俺の方がおかしいのか。そんな疑念が生じつつあった。

 付き合いだしてしばらく、両親が彼女を一目見たいと言うのでしぶしぶ会わせる。
 愛想の良い白襟をいたく気に入った両親は、その二日後に突然一人暮らしの話を持ち出してきた。何の前触れもなく、中学の時にさえそんな話をしていないのに。

「高校一年になったんだから、一人暮らしくらい経験しておかなきゃ。きっと白襟ちゃんもその方がいいはずだよ」
「白襟……? なんで今、白襟の話が出てくんの……?」
「あんたたち付き合ってるんだから、ほら。私たちみたいな親が邪魔しちゃいけないし」

 俺がいくら嫌だと言っても聞く耳持たず、七月には一人暮らしが始まった。
 白襟は頻繁に部屋に訪れ、その度に肉体を求めてきた。日を重ねるごとに彼女からの求愛行動は徐々に激しくなっていく。高校生活一度目の夏期休暇に入る頃には、もはや同居と言っても過言ではないほどに入り浸りになっていた。

 そしてこの夏で、白襟は露払いを行うことにしたようだった。

 八月の第一週、両親が一泊二日の旅行に出かけ、失踪した。
 電話も通じず、警察の捜索も手がかりは皆無。消しゴムでこすったみたいに、綺麗さっぱりと存在が抜け落ちていた。その後、残された家は売り払われ、税によってかさが減った遺産が手元に入ってきた。
 俺の中にできた空白を埋めるように、白襟は俺を求めた。

 八月の第二週、友人たちが合同の合宿に出かけ、失踪した。
 その時俺は両親の捜索といろいろな手続きで忙しく、部活どころじゃなかった。
 球技系の部活の合同合宿は毎年恒例だったが、教師は俺に配慮して欠席させてくれた。そうして合宿当日、バスで向かったはずの生徒七十四名と教師六名が消え失せ、学校と警察から情報提供を要請された。
 三台のバスすべてが何処かで事故を起こして海の中へ落ちたのではないか、というありえない結論が下され、ワイドショーに取り沙汰された。

 八月の第三週、俺は世間の注目の的になった。
 当然だ。両親が失踪。その直後に所属している部活が合宿で失踪。一連の事件の中で俺だけが接触できる唯一の存在。好奇の視線は連日連夜降り注いだ。
 それでも白襟は以前と変わらずに、ただ平然としながら愛を求めた。
 精神は消耗し、眠ることもできず、外に出ることもできない。追い詰められていく俺に、白襟は清涼剤のように思えた。例えちょっとおかしいやつでも、一人のまともな人間であるはずだったから。

「凪は、お前は、消えないよな?」
「うん。鳶ノ浜くんのそばにいるし、消えたりなんか絶対しない。約束してあげる」

 可愛らしく穏やかな笑顔。変わらない曇らない、白襟の笑顔。

 八月の第四週、白襟の家族と友人と親類縁者がまるっと消えた。
 俺はますます注目されるようになった。

「お前がやったんだろう!!!みんなどっかへ、どっか消えたんだ!!!白襟、お前、お前のせいで、……俺は、俺はなにもしてないのに…………」

 親戚は俺を恐れて、誰も身元保証人として名をあげない。警察と学校は対応に追われ、アパートの前でたむろするテレビや新聞の記者たちは野放し。ネット上では都市伝説紛いの祭り騒ぎに発展し、俺の何もかもが世間に解き放たれていく。
 白襟のせいにしなければ気が狂いそうなほど、追い詰められる。だけど彼女は笑顔で俺を抱きしめ、柔らかな声で囁いてくる。

「なにも心配しなくていいよ。鳶ノ浜くんも私も、二人っきりでここにいる。わたしたちはずっと一緒。そのために必要なのは、あと一つだけだから」

 ああ、やっぱり全部、彼女の筋書きにある出来事でしかないんだろう。
 めまぐるしく変わっていく周囲の中で、彼女だけが無傷。彼女だけが前と変わらずに俺を見つめ、俺を求め、俺を愛おしむ。その声色には微塵も揺らぎがない。消えた人たちへの未練や哀しみ、罪悪感がない。まるで、そう、嵐の中にある一点の凪。
 それがたまらなく腹立たしくて苛立たしくて忌々しくて憎らしくて、

「――か、ぁ……! …………ぁ、…………………………」

 ――――気がつけば、白襟の首を絞めて殺していた。

 白襟の細い首と、呼吸が止まって泡を吹いたあとの唇。
 開かれた瞳孔。酸欠で紅くなった顔。どこか幸せそうな死相。

 馬乗りになっていた彼女の身体から飛び退いて、尻餅をつく。彼女は起き上がらない。小さく声を、震えた声をかける。反応はない。脚ががくがくと揺れて、それをなんとか動かして白襟に近づき、手首を取る。冷え始めた肉。無音の血管。胸部に手を当てる。どくんどくんと響くのは一つだけ。脈拍は動かない。心臓は動かない。彼女は動かない。
 胸がずきずき痛む。違う。心臓が飛び出しそうなほど跳ねている。がんがんがんがんと頭の中で耳鳴りが反響する。呼吸が際限なく短くなっていく。腰が抜け、一歩たりとも歩けなくなる。膝が無様に笑う。両手が薬物中毒者のように小さく細かく床をひっかく。

「違う」

 そうつぶやいたつもりだったけど、かひゅー、という風の音が唇から漏れた。

「俺じゃ、俺じゃない……俺はやってない、違う、やってない……」

 誰もいないのに、誰かに弁解するような言葉が出ていく。
 カーテンは。目を向けると、閉めてあった。もうずっと閉めきったままで、もしカーテンを開けてしまえば瞬く間にいくつものフラッシュが目を焼くことになる。そのシャッターを切るのは記者で、人で、そう、すごく近くに人がいる。
 俺の部屋には、死体がいる。心臓が更に速くなっていく。警察?救急車?いや、救急車なんか呼んだら捕まる。それこそ終わりで、だけどこのままじゃ同じことで、逃げ出したところでずっと待ち構えている記者がいるから逃げられなくて、逃げられない?
 終わり。両親も友人も消えて親戚も音沙汰無くて、今度こそは自分の手で恋人を殺して、終わり。何も残っていない。全部消えた。
 力が抜けていく。
 部屋に静穏さが満たされていく。
 呼吸は一つ。鼓動は一つ。
 彼女の肌は灰のように白く変わっていき、その紫色の瞳孔は微笑むようにこちらを見つめ

「ねえ」
「え」

 白い手のひらが俺の頬を拭う。

「泣かないで。心配しなくていいよって言ったじゃん。かっこいい顔が台無しだよ」

 血が失せた冷たい指に涙が伝っていく。
 ピンク色だった唇も口内も紫に変色して、なのに彼女は喋っている。
 死体が喋っている。

「それよりね、鳶ノ浜くんの首絞め、すっごいよかった。めちゃめちゃ気持ちいいんだねアレ。またやってよ、今度はガンガンやられながらがいいな。今度は死なないからいっぱい楽しめるよ。あ、でも中は冷たいかも。鳶ノ浜くんは冷たいの嫌かな?」

 ああ、笑顔。白襟凪の死体が、いつもの笑顔を浮かべている。
 変わらない声、変わらない性格。ただ一度死んだだけで、彼女は白襟凪のまま。
 あと一つ。彼女はそう言っていた。
 涙で濡れた手のひらから紫色の冷たい光が放たれて、部屋中が光に満ちていく。

「――――これでようやく、二人きりになれるね」

 俺が凪を殺すことさえ、彼女の予定通りだった。





 魔法。
 目の前で死体が動いてるんじゃなければ、つまらない冗談としか思えない概念。
 白襟はそれをフルに使って、首を絞めてくれと懇願する。

「ぎひっ……! ぁ、ぁ、…………!」

 死体は呼吸する必要なんかない。死体の首を絞めても意味はない。
 なのに、彼女はわざわざ魔法を使う。生前と同じ苦しみを死体に再現する。
 故に、何度も何度も死ぬ。魔法の効力によって、死体でも死ぬことができる。
 やめてくれ勘弁してくれ助けてくれ。そう願っても彼女は笑顔で殺害を促す。

「うくっ、……!」
「か………………っ、げ、えへっ、あはっ、はっ……」

 そうして彼女が死ぬ度に膣内に精液をぶちまけさせられ、その精を即座に使って白襟は息を吹き返す。逆らえない。彼女の笑顔に、逆らうことができない。
 警察でも記者でもいい。いつか必ず、誰かが助けに来てくれるはずなんだ。
 ただ抑えておけばいいだけなんだ。そう信じて、白襟の首に体重をかけ続ける。
 いつまでも、いつまでも。
 死ぬまで、死んだあとも。

「へ、えへへ……っ、ずっと。――――ずっと、一緒」


17/03/02 14:37更新 / 鍵山白煙

■作者メッセージ
個人的な理想のヤンデレは
「相手が何をしようと何を言おうと一切怒らず逆上せず受け入れ、しかし相手の全てを外堀から確実に埋めていって自分しかいないようにさせ、その上で以前以後変わらずずっと一途に純粋に恋愛感情をぶつけてくる」
って感じのやつです。(以前のツイートからのコピペ)
白襟ちゃんは周囲の邪魔者を魔界に送るめっちゃ優しい良い子でした。

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