連載小説
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苦しい気持ち
翌日・・・
吉田が仕事をしている様子を自分の席から眺めながら考える。
昨日の夜から考えていたのだが・・・もう自分を偽るまい。
私は吉田 晋介のことを昔の晋太と同じように、愛おしいと思っている。
部下として可愛い奴だとかそういうのではなく、彼のために生きたいと思える存在として・・・繁殖の相手として(これはちょっと自分勝手か?)
なぜ彼なのか?
多分、繁殖期じゃないころから目で追っているうちに、彼を「オス」として無意識のうちに認識していたのだろう。
そして、その気持ちが繁殖期に入ってその気持ちが噴出したということか。
だが、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう?
こんな気持ちは初めてだ。
晋太と付き合っていた時にもこんなことはなかった。
何なのだろう・・・分からない・・・
「・・・・!?」
突然目の前で手のひらをひらひらとさせられ、私は身体を固くする。
「梅軒係長〜、どうしたんですか〜? ボーっとしてましたよ〜?」
部下の妖狐の金田 美鈴だった。
「・・・考え事をしていた」
半分本当で半分嘘だ。
確かに考え事と言えば考え事かもしれないが、気になっている男のことを考えていただなんて口を鎌で裂いても言えない。
「大丈夫ですか〜?」
「・・・寝不足もある」
これは偽りのない事実だ。
あの夜、私はいつも以上に自分を慰める行為を続けてしまったのだ。
普段から1回の絶頂くらいでは済まないのだが、昨晩はどこまでイッても止まらなかった・・・結果、いつもより睡眠時間が短くなりこのざまだ、恥ずかしい。
「ならいいのですけど〜・・・あ、頼まれていたコピー、ここに置いておきますね〜」
「・・・ありがとう」
しっかりしろ、私!
今は仕事中だろ!
桃色な脳の状態の自分を叱咤し、私は仕事を再開する・・・


『くそっ・・・情けない』
静かになった誰もいないオフィスで私は腹の中でうめきながら、まとめの書類を作っている。
つまり、残業中。
仕事中、吉田のことを考えたり見ていたりしていたら遅れをとってしまい、結果がこれだ。
『まぁ、このくらいなら8時半までには仕上げられそう・・・』
また考え事に浸りそうになるが、見る対象がいなかったらそれなりに仕事ははかどった。
「まで」とはいかなかったが、9時にはやるべきことは終わった。
『・・・私も帰るか』
パソコンを閉じ、携帯電話などをハンドバッグの中に入れて立ち上がる。
オフィスを出て更衣室で着替えて・・・と思った時、吉田の机が目に入った。
彼の机は真ん中の列のはじにある。
『・・・・・』
近づいて観察してみる。
彼のまじめだけどおっちょこちょいな性格を表しているかのように、机はそれなりにきれいに整頓されていたが、ちょいちょい小物が散らばっていた。
ボールペン、消しゴム、クリップ、USBメモリースティック・・・おい、こんな情報が詰まっているものを無防備に置いていていいのか?
そのとき、机の角が私の腿に当たった。
『吉田の机・・・』
とくんと胸が鳴った。
もっとよく観察しようと身を屈める・・・
「失礼しま〜す・・・って、係長。こんな時間まで何をしていたんですか?」
その時、誰かがいきなり入ってきた。
すばやく身体ごと振り返る。
吉田だった。
心臓がひっくり返ったかのように感じる。
「っ!?・・・残業」
落ち着くように呼吸を一つしてから、いつものような口調で答えた。
「・・・何をしに来た?」
「あ、俺はUSBの忘れ物をしちゃって・・・たはは」
たぶん、机の上に乗っていた奴だろう・・・相変わらずだ、こいつは。
その時、私はあることに気付いた。
今、このオフィスにいるのは私と吉田だけだ。
二人きり・・・二人きりだ、どうする!?
そう言えば金田が給湯室は社内恋愛のロマンだなんて言っていたが・・・
「係長?」
突然声をかけられ、我に返る。
また変なことを考えてしまったようだ。
だが、我に返ったと同時にいいアイディアがひらめいた。
「吉田、夕食は・・・?」
「えっ? いや、まだです。帰る途中に忘れものに気付いて、そのまま戻ってきましたから」
「そうか・・・」
吉田の返事を聞き、胸が高鳴る。
次の言葉を言おうとして、私は息を吸い込む。
良く分からないが胸が苦しい。
その苦しさを一緒に吐き出すかのように、私は言った。
「・・・一緒に、食べる?」
言ってしまった。
吉田はキョトンとした顔をしている。
拒絶されたらどうしよう・・・?
胸がさらに苦しくなる。
だが・・・
「いいんですか!? ぜひ!」
次の瞬間、弾けたような笑顔を見せて吉田は快諾した。
「・・・着替えてくる。待っていて・・・」
「了解です! あ、戸締り消灯やっておきますね!」
「・・・忘れ物、しないで・・・」
「だ〜いじょうぶですって、なはは〜」


30分後、私たちはとある居酒屋にいた。
大学時代、サークルなどに所属せず黙々と講義を受け、自習して帰宅するというサイクルを繰り返していた私はこういうのに疎かったので、店選びは吉田に任せた。
今日は金曜日ということで、店は混んでいて少しうるさい。
「・・・・・」
「・・・・・」
私たちはあまり会話しないので、静かだったら逆に沈黙が重く感じてしまっただろうから、逆にそれは良かったのかもしれない。
『それにしても・・・何を話せばいいか分からない・・・』
そもそもマンティスという種族は無口で感情を表にせず、コミュニケーションをとるのは苦手な種族だ。
男と交わった個体とて、それが劇的に改善されて饒舌になるということはない。
これに加えて、私は何か変なことを言うと吉田に嫌がられるのではと言う恐怖があった。
鳥の軟骨揚げをつまみ、ジントニックを飲んでいるはずだが、味なんて全然分からない。
「・・・・・」
吉田の様子を見てみる。
上司との重苦しい無言の食事だというのに吉田は嫌な顔をすることなく、むしろ楽しそうに鳥の軟骨揚げをつまみ、ビールを飲んでいる。
『吉田・・・何を考えているんだ? あなたの・・・心を覗けたらいいのに・・・』
そうは思うが、知りたくない事実を知ってしまうかもと思うと何も言えない。
だがこれだけは訊かなければならない・・・だから訊いた。
「吉田・・・今付き合っている人は?」
「彼女? 今はいませんよ」
今はということは過去にはいたのか・・・
「係長は?」
「・・・昔、いた。 ・・・好きな人は?」
「ん〜・・・内緒です」
「・・・可愛い子ぶらないで、飲んで」
「うわ〜、マジっすか・・・」
苦笑しながらビールのジョッキを私が命ずるがままに飲み干す吉田。
可愛いと思いつつも、心の中は不安と期待でいっぱいだった。
『好きな人・・・いるの? いるとしたら・・・誰なの?』
自分だといいのにとかすかな期待を抱きつつも、不安になる自分がいる・・・胸が苦しい。
その苦しさを飲み下すように、私はジントニックを吉田と同じように飲み干した。


「係長、大丈夫ですか? 酔ってないですか?」
「大丈夫、酔っ払ってはいない」
2時間弱で私たちは店を出た。
どのくらい飲んだかはちょっと覚えていないが、たぶん大丈夫だろう。
一応実家に帰った時に父親や親戚に飲まされたりして、自分の限界は知っている。
少なくともそれより多くは飲んでいないし、強い酒も飲んでいない。
「本当に大丈夫ですか? 11時過ぎてますし、送りますよ?」
「いや・・・」
大丈夫だと言いかけて私は口をつぐんだ。
これは・・・家に引きずり込むチャンスなのかもしれない。
「・・・じゃあ、頼む・・・」
「了解しました!」
ビシッっと敬礼をする吉田。
お前のほうが酔っているだろう・・・
「・・・送り狼しないで?」
「しませんよ〜。そんなことしたら係長に切り刻まれちゃいます♪」
たはは〜っと吉田は笑う。
こうして私は形としては吉田に家に送ってもらうことになった。


しばらくして、私たちは私のアパートの入口に着いた。
「じゃあ、俺は帰りますね、失礼します」
吉田はにこやかに笑って頭を下げ、そして私に背を向けた。
どうする・・・どうする・・・!?
考えるより先に口が動いた。
「吉田」
「はい、何でしょう?」
吉田が振り向く。
邪気のない顔に、押しつけられるような苦しさを胸に感じる。
私は少し大きく息を吸い、吐き出しながら言葉を口にした。
「・・・コーヒー、飲んでいく?」
言ってしまった。
食事に誘った時のように・・・いや、あのとき以上に胸が苦しい。
これが成功すれば、彼を私のテリトリーに引き込める。
だが、これが失敗すれば・・・
吉田は少し考えていたようだが、にっこりと笑って答えた。
「じゃあ、一杯だけいただきます」
胸が高鳴った。
11/10/08 15:54更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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■作者メッセージ
梅軒さん、ついに自分が吉田のことを「好きだ」という感情は認めました!
でもごにょごにょごにょには気付いておらず・・・
ですが、好きとは自覚したので、狩りに出ました。
・・・とは言え、その動きは懐に呼びこむような、カマキリらしからぬ狩りですね・・・
まぁ、仕方ないです♪
らしからぬ行動でしたが、懐には呼びこみました。
さぁ、この後どうなるのか、お待ちくださいませ♪

追記:と思ったけど、カマキリって静かに伏せてから近寄った獲物を一息に狩るハンターだった・・・

ちなみに梅軒さんは今日もえっちぃ下着を身につけております(殴

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