連載小説
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始まり
ヒュウゥゥゥゥゥ……


窓から吹き抜ける風が、私の耳に響いてきた。


「……早いとこ出なければな……」


ここは……小さな島に建っているボロボロの屋敷。数十年前にはかつて人が住んでいたのだろうけど、どういう訳かただの廃屋と化している。
そしてこの廃屋自体も、海を荒らす海賊のアジトに成り下がってるのが現状だった。

「目ぼしい物は無いか……」

月明かりに照らされる空き部屋の中、この私……シルクは部屋の物色をしていたところだが、特にお目当ての物は見つからなかった。
お目当てと言っても、私が求めているのは金でも宝石でも、このアジトに集っている海賊たちの首でもない。
私が欲しいのは……あの人の手がかりだ。

「このアジトにも居なかったと言う事は……また次か……」

結局、このアジトにはあの人も、手がかりになる物も見当たらなかった。なんとか上手い具合に潜入したのに……残念だ。
とは言え、大方の見当はついている。此処から一番近い海賊のアジトをまだ調べていない。あの人がそこにいる可能性も十分ある。
成果が無かった事を何時までも嘆いていても仕方ない……気持ちを切り替えて、次のアジトに行こう。


「……待っていろよ、バルド……必ず助けるからな!」




ドカァン!!


「!な、なんだ!?」


早く部屋を出ようと思った瞬間、部屋の外から爆音と思われる凄まじい轟音が響いてきた。あまりにも突然の出来事に、私は思わず腰に携えている剣に手を掛けかけてしまった。
一体何が起きたのだ?なんだか……外が騒がしいような気がする。

「まさか……気付かれたか!?」

……いや、だとしても一々爆音を起こすような真似はしない筈だ。敵の海賊も馬鹿ではない。仮にも私の潜入に気付き、私を捕らえる気でいるのであれば、此処まで余計に騒がずに来るだろう。
それなら……何故あんな音が?
恐る恐るとドアに耳を当てて、外の様子を音のみで窺ってみた。


「追えー!あの男を逃がすな!」
「奴も海賊だったんだ!宝を持ち逃げなんて冗談じゃねぇ!」
「くそっ!忍び込んだネズミは一匹だけだろ!?なんとかしろぉ!」



「……私の事ではないようだな……」


部屋の外から聞こえる海賊たちの会話からして、どうやら騒動の原因は私ではないようだ。
しかし、『あの男』『奴も海賊』『宝』など、どうも気になる言葉が出てきた。
これらから考えて見ると……私の他にも一人、このアジトに侵入してきた者がいる。そしてその者は海賊で、アジトの宝を盗み出した……といったところか。
だが、これはある意味一種の好機だと考えられる。アジトの海賊たちが侵入者に気を取られていてくれた方が逃げやすい。その侵入者が何者かは知らないが、ここは見知らぬ男に囮となってもらおう。


「……慎重にしなければな」


早速私は、このアジトからの脱出を試みた……。



〜〜〜(キッド視点)〜〜〜



「この野郎!待ちやがれ!」
「待てと言われて待つ奴がいるかよ!」


お宝が入ってる大きな袋を肩に担ぎながら、石造りの通路を走り続ける。俺の後をしつこく追い続けてる同業者たちは、宝を取り戻そうと必死の形相を浮かべていた。
こちとら重い荷物を担いでるが、足の速さならあいつらには負けたりしない。伊達に鍛えてきた訳じゃないし、今までの冒険の中でもしっかりと強くなってきている。半端な覚悟で海に出てるような、後ろの連中とは違うんだよ。

「……お、見えてきた!」

走り続けているうちに、上の階へと繋がる階段が見えてきた。あれを上がれば出口まで行ける。
よし……ここでいっちょやるか!
俺は腰に携えているショットガンを左手で抜き取り、銃口を後ろの敵に向けて……。


「悪いがお前ら……寝てろ!」


バァン!


ボフン!


「おわぁっ!?なんだこれ!?煙……が……」
「な、なんだ……急に……眠気……が……」
「お、おい、待て……お前……なに、を……し……た……」


発砲された弾が爆発を起こし、辺り一帯が煙に包まれる。その煙を吸った後ろの敵は急に眠気に襲われて、次々と深い眠りについた。


「はははっ!この弾も中々使えるな!これからも有効に活用しよう!」

新しく作った弾の効力に満足しながら、俺は上の階へ続く階段を上り始めた。
さて……俺を追ってた連中はあのまま眠っていれば問題ない。あとはこのまま逃げ切れば良いのだが……ここは敵のアジト。何が起こってもおかしくない。

「いよっと!さて、このまま突っ切るか!」

階段を上がりきり、またしても一直線に伸びる通路へと差し掛かった。
所々に部屋のドアが見られるが……。

「ひゃはは!やっぱり来たな!」
「逃げられると思うなよ、バーカ!」

……予想通りだ。部屋のドアが勢い良く開き、そこから敵の海賊たちが出てきた。
見たところ敵は五人か……こんな少人数で止められると思ったら大間違いだ。

「……おい、そろそろ出番だぜ」

それに……捕まえるべき敵は、俺だけじゃない!


「頼んだぞ、リシャス!」


シュバッ!


「全員始末してくれる!」
「え!?ちょ、影から女が……」
「ま、まさか!あれヴァンパイアじゃ……」
「ひれ伏せ!」


ズバババババ!


「ぎゃああああ!!」


俺の影から……俺の仲間であるヴァンパイアのリシャスが飛び出て、レイピアで素早く敵をぶっ飛ばした。華麗に敵を一掃し、床に着地したリシャスの手にはアジトのお宝が入ってる袋が握られている。

「サンキュー、リシャス。やっぱり便利だよな。お前が新しく得た、その影に潜る能力」
「……シャドー・ロードと呼べ。これもコリックへの愛が生んだ賜物だ。それより分かっているだろうな?今回の報酬は……」
「分かってるよ。今回お前に分け与えられる特別報酬をコリックに譲るって話だろ?忘れてないさ」
「それならいいんだ。さっさと脱出するぞ」
「へいへい」

リシャスが新しく得たシャドー・ロード。人や物の影に潜り、更に影から影へと移る……かなり便利な技だ。リシャスもこの旅でかなり強くなったものだと改めて思った。
ちなみにコリックってのはリシャスの夫で、俺の船でキャビンボーイを務めている。リシャスは度々コリックの優遇を要求してくるが、今回もその一例に含まれる。
まぁ、リシャスの分の報酬がコリックに渡されると考えれば……俺は構わないがな。


「おいこら!なに呑気に寝てんだ!起きろ!」
「……あ、あれ?俺、なんで寝てたんだ?」
「……あ!そうだ!確かあの男に眠らされてたんだ!」
「あの野郎!もう許さねぇぞ!」
「生きてここから出られると思うなよ!」


すると、階段の下からさっきまで俺を追っていた敵の声が聞こえた。
あっちゃ〜……他の連中に叩き起こされたか。もうちょい寝んねさせてやってもいいのによ……。


「こうしちゃいられねぇ。早く出るぞ」
「ああ」


俺とリシャスは財宝の大袋を肩に担ぎなおし、一目散に長い通路を走り出した。

「いたぞ!追え!」
「って、ありゃ?なんか一人増えてないか?」
「ホントだ……あの女誰だ?」
「多分あいつの仲間だろ!あの女も捕まえるぞ!」

走りながら背後を振り返ると、敵の海賊たちが怒りの形相で俺たちを追いかけてきた。敵もリシャスの存在に気付いたようだが、纏めて捕らえる事にしたらしい。
だが、そう易々と捕まるほど甘くは無い。

「やれやれ、もうちょっと眠っていればいいものを……」
「そう言うならもう一発さっきの睡眠弾を撃てばいいだろ」
「いや、睡眠弾はあれしか無いんだ。お試し程度に考えてたからな」

リシャスの言うとおり、もう一発くらい睡眠弾を撃てば楽なんだろうが、あれは一つしか作られてないお試しものだ。
それに……。

「敵から追われるスリルくらい無いと、逆につまらないだろ?」
「……くだらんな」

一蹴された……。
はぁ〜、女には分からないものなのか、このスリルって奴は……。

「……あ!」

そうこうしているうちに、前方に大きな窓ガラスが見えてきた。それ以外には扉も何も無い……要するに行き止まりだ。

「…………」
「おっと!おい、どうした?何故止まる?」
「いやなに……ちょっとな」

と、俺は足を止めて徐に背後を振り返った。リシャスもつられるように立ち止まり、俺と同じように背後を振り返る。

「はぁ、はぁ……逃げ場が無いと分かって観念したようだな……」
「へへっ!見ての通り行き止まりだぜ!ざまぁ見ろ!」

追い詰めたと確信した海賊たちは、俺たちの後を追いかける足を止めて激しく肩で呼吸をした。

「おいおい、なんかバテてないか?こっちは大荷物を抱えてるが全然疲れてないぞ。あんまり鍛えてないだろ?」
「うっせぇ!生意気言ってんじゃねぇよ!」
「人をコケにしやがって……どうなるか分かってんだろうなぁ!」

俺の分かりやすい挑発に反発する海賊たち。
血気盛んってのはこいつらの事を意味するんだろうよ。だが、こんな時こそ冷静さを欠いちゃ命取りだ。

「人様の物を盗むのは駄目だって母ちゃんに言われなかったのか?あぁん?」
「だったらお前らも同罪だろう。俺知ってるんだぞ……お前らの財宝、全部教団の連中から盗んだんだろ?」
「うっ!……う、うるせぇ!海賊ってのは略奪してなんぼのもんなんだよ!」
「なら問題無い。俺らだって海賊だ。海賊同士の財宝の取り合いなんてよくある事だ」
「大体な、あんな安っぽい造りの宝物庫に入れてるのだったら、どうぞご自由に貰ってくださいと言ってるようなものだ」
「や、安っぽいだと……」
「お、やっぱリシャスもそう思ったか」
「思わない方がおかしい」

リシャスの言う通りだ。南京錠一つで扉をロックしてるだけなんて、守ってる内に入らない。しかも堂々と『宝物庫』なんてネームプレートなんて張って……。
あの宝物庫の造りを一目見て悟った。こいつら絶対素人だとな……。

「おうおう、兄ちゃん姉ちゃん……喧嘩売るのも大概にしろや。そもそも、今置かれてる状況を分かってないだろ」
「逃げ場なんて何処にも無いんだぜ。覚悟しろよ」

海賊たちは勝利を確信した下種な笑みを浮かべながら俺たちへとにじり寄ってきた。
傍から見れば絶体絶命のピンチって奴だ……。


「……なぁ、そろそろ帰るか」
「ああ」


だが、正直なところ、俺もリシャスも追い詰められたとは思ってない。


「よ〜し……行くぞ!」


何故なら……。


「じゃあなお前ら……あばよ!」


ここまでの流れは……。



「うぉりゃああああ!!」
「はぁああああああ!!」
「なっ!?あいつら、窓に向かって……!」




作戦通りだから!




パリィン!


「ひゃっほう!」
「そぅらっ!」


俺とリシャスは窓を突き破り、アジトの外へと飛び出した。
窓の外の光景は事前から分かっていた。その先には無限に広がる青い海。このまま落下すれば間違いなく海中に飛び込む事になるだろう。
だが……今回はそうならない。何故なら……。


「ようみんな!待たせたな!」
「おお!来た!」
「船長さんとリシャスちゃんだわ!」


事前に俺の海賊船、ブラック・モンスターを先回りさせたからだ!


ボフッ!


「脱出成功!計画通りだ!」
「……高い所から飛び降りるのは意外と面白いな」


船の甲板に敷かれてる柔らかいマットの上に飛び込み、俺とリシャスは無事にブラック・モンスターへの帰還を果たした。


「二人ともお帰り。どうやら上手くいったようだね」
「おうヘルム、そっちはどうだ?」
「手筈通りさ。僕等の後を追えないように、奴らの船をちょっと弄っておいた」
「よし!作戦完了だな!」


俺の親友でもあり、この船の副船長を務めてるヘルムが声を掛けて来た。どうやらヘルムの方も作戦が上手くいったようだ。
これも予め立てておいた計画だが、敵の海賊たちが後を追えないように奴らの船に細工を施すように決めたんだ。さっき起きた爆音は、敵の注意を引き付けるように俺がわざと起こしたもの。敵から逃げ回っていたのも、ヘルムたちの作戦の時間稼ぎみたいなものでもあった。


「リシャスちゃんお帰り。大きな袋担いで大変だったでしょ?」
「これくらい大した事ない」

リシャスの身を案じてか、船医を務めてるサキュバスのシャローナがリシャスに声を掛けて来た。一方のリシャスは何でもないとでも言いたげに余裕を見せている。
まぁ、あいつ結構怪力だし……って言ったら睨まれるか。

「あ、あいつら何時の間に!?」
「くそっ!こうなったらとことん追い詰めてやる!船を出すぞ!」
「いや、それが……たった今聞いたんだが、船が思うように動かなくなったって……」
「なにぃ!?よりによってこんな時に!?」
「さてはあいつら……畜生!」


アジトの窓から敵の海賊たちの悔しそうな喚き声が聞こえた。
俺たちを追う手段が無くなった今、奴らに出来るのは俺たちが去る姿を見送る事のみ……。


「野郎ども!ずらかるぞ!このまま次の島へ出航だ!」
「ウォォォォォォォォォォォォ!!」


部下たちに号令をかけて、早くも水平線の先へと船を進めた。


「さてと……アジトなだけあって、今回は大量だったな」
「大して期待はしてなかったが……これだけあれば上々だろう」

俺とリシャスはマットから降りて、財宝が入ってる大袋を開けてみた。
俺の袋には宝石類、リシャスの袋には現金が詰められている。

「へぇ〜、結構あるんだね」
「その割には肝心の宝物庫の出来が悪かったけどな」
「まぁでも、これだけあれば暫くは楽が出来るんじゃないかしら?」
「そうだな」

何はともあれ、今回の報酬はそれなりに質が良い。
財宝は戦闘で貰うのが普通だが、たまには怪盗みたいに敵のアジトから奪うのも悪くないな。


「キッド、お帰りなさい」
「ん?……おお、サフィア」


すると、俺の妻のシー・ビショップ、サフィアが安堵の笑みを浮かべながらタオルを持ってやって来た(足は人間のものに変えてる)。


「よかった、無事に帰ってきてくれて……心配したのですよ」
「ははっ!俺はそう簡単にはくたばらないさ。それよりほら、見てみろよ。綺麗な宝石が沢山な……」
「あらキッド、顔が汚れてますよ」
「え、あ、ちょっと……」
「ほらほら、動かないでください」

手に入れたお宝を見せようとしたら、サフィアが手にしてたタオルで俺の顔を拭き始めた。身長の差があるためかサフィアは背伸び状態になったが、それでもサフィアは辛そうな表情は浮かべず、寧ろ幸せそうな笑みを浮かべていた。
こういった海賊稼業の後にサフィアから世話を焼かれるのが日常茶飯事となっている。当のサフィアは『ずっとキッドを支えていたいのです』との事で……俺としても、こうやって世話されるのは良い気分だけどな。


「じ〜……」
「じ〜……」
「じ〜……」


……ただ、後ろからの三人分の視線が背中に突き刺さる。どうにもムズムズする感覚だ。


「……お前ら、ジロジロ見るな」
「え〜?見せびらかしてるんじゃないの?」
「黙れや」

シャローナのからかいを一蹴してやった。
……こいつ、まだニヤニヤしながら見てやがる……。

「……私も同じようにしてもらおう。コリックー!帰ってきたぞー!顔拭いて……いや、それよりヤらせろー!」

と、リシャスはそそくさと夫のコリックの元へ行った。
あいつ、ちょっと羨ましそうに見てた気がするな。て言うか最後のほう、なんともストレートに……。

「ふふ、懐かしいなぁ……3年くらい前には、僕もルミアスによくやってもらってたっけ。逆のパターンもあったけど」

一方のヘルムは、何やら懐かしそうに何度も頷いていた。
因みにルミアスってのは何処か遠くで暮らしてるエルフで、ヘルムの恋人でもある。幼い頃から難病を患っていたが、もう少しで完全に病気が治り、ヘルムとも一緒に居れるとの事だ。俺も以前からルミアスとは会った事があり、二人の仲の良さは十分知っている。俺もルミアスが仲間に加わるのをずっと前から楽しみにしていた。
あいつが船に乗ってくれれば、きっと楽しい航海になるだろうな……。

「はいキッド、綺麗になりましたよ」
「おう、悪いな」

そうこうしてる内に、サフィアの方も終わったようだ。優しく微笑みながらタオルを綺麗に折り畳んだ。
さて、早速財宝の仕分けといきたいところだが……なんだか今日は疲れてそんな気になれない。明日に後回ししても大丈夫だろうな。

「さて、財宝の配分といきたいところだが……ヘルム、今日はもう夜遅いし、明日に回してもいいか?」
「その方がいいね。みんな疲れてるだろうし、キッドもゆっくり休んだ方がいいよ」
「ああ、そうする」

と言うわけで、手に入れた財宝の配分は明日に回すとして、今日はもうお開きとする事になった。

「おっと、ついでにこの袋を二つとも宝物庫にしまっておくか」
「なんだか重そうですね……一つ持ちましょうか?」
「平気平気。二つくらい余裕だよ」
「そうですか?あまり無茶しないでくださいね。ちゃんと身体を労わらないと駄目ですよ」
「……俺は年寄りかっての」
「うふふ、冗談ですよ」


俺は財宝と金が入ってる袋を二つとも肩に担いで、サフィアと一緒に船の中へと進んで行った。


「……年寄りか……そう言えば……」
「ん?シャローナ、どうかした?」
「ううん、こっちの話。子供の頃……可愛がってくれたお爺ちゃんが頭に浮かんでね」
「お爺ちゃんって、アルグノフ……だっけ?」
「ええ、そうよ。私が5歳くらいのとき、外で遊んで泥だらけになった顔を拭いてくれたのよ。さっきの船長さんとサフィアちゃんのやり取りを見たら、急に思い出しちゃってね」
「はは、僕も同じようなものだよ。3年くらい前……リハビリで汗だくになったルミアスの顔を拭いてあげたのを思い出したんだ」
「あら、そうなの?まぁとにかく、家族との思い出って、本当に温かいものね」
「家族か……僕もルミアスとはいずれ、本当の家族になるんだろうな……」


……何やら背後から過去の思い出を懐かしむような会話が聞こえたが、俺たちは構わずに船の中へ入って行った。


……家族か……確かに良いものだよな。
そう言えば……暫く会ってないけど、元気にしてるかな……?


「キッド、どうかしました?」
「あ、いや、なんでもない」
「そうですか。あ、それよりキッド」
「ん〜?」
「あの……お疲れのところ申し訳ないのですが……この後、どうですか?」

顔を赤らめながら、ちょっと恥ずかしげに言うサフィア。
この様子からして、サフィアが俺に求めてるものが瞬時に分かった。
まぁつまり……そう言う事だ。

「どうって……ああ、なるほど……」
「あの、嫌なら無理しなくても……」
「嫌じゃないさ。寧ろ……望むところだ」
「……ふふ♪大好きですよ、キッド♪」


返答を聞くなり、サフィアは嬉しそうに自分の腕を俺の腕に絡ませて来た。
……やっぱり堪らないな。愛する妻の温かい笑顔ってのは。



〜〜〜(アルグノフ視点)〜〜〜



「はぁ、はぁ……!」



……何と言う事だ!
何故だ……何故……こんな事態に……!


「はぁ、はぁ……!」


よりによって……あんな奴らにバレるとは……何たる不覚!


「はぁ、はぁ……二人とも、大丈夫かね!?」
「はい、なんとか……!」
「アルグノフ先生こそ、大丈夫ですか?」
「私の事は気にするな!今は助かる事を考えなさい!」


だが……此処で奴らに捕まる訳にはいかない!奴らの思い通りにはさせない!
罪の無い人々の為にも……何としてでも逃げてみせる!


「すまない……私の所為で君たちにまで……」
「先生!そんな事言わないでください!」
「そうです!先生が悪い訳ではありません!」
「二人とも……すまない!」


そして今は、このエルフの親子を……ルミアス君とリズ君を守らなければならない!
特に娘のルミアス君には……長い間離れ離れになっている恋人が居るのだ。生まれた時から難病に苛まれ、私の下へ訪れてようやく病を治し、やっとの想いで恋人と再会出来る……。
それなのに、此処で奴らに捕まれば全てが水の泡だ!たとえこの身が朽ち果てようとしても、必ずこの親子だけでも生かして逃がす!


「待てぇ!逃がさないぞ!」
「無駄な抵抗は止めろ!大人しく捕まれ!」


背後から荒々しい男共の声が聞こえた。背後を振り向くと、私たちを狙う追っ手が必死に追いかけている。
全く……なんてしつこい連中だ!斯くなる上は……!


「気の毒だが……悪く思うな!」


白衣の内ポケットから薬が入ってる試験管を取り出し、後方に向かって投げ飛ばした。


「ぎゃあああ!」
「な、なんだこれは……目が……目がぁ!」
「くっ!モタモタするな!追え!追うんだ!」
「無茶言うなよ!前が見えなくてそれどころじゃ……!」


試験管が割れると同時に、中に入ってた薬から蒸気が出た。すると私たちを追ってた連中が足を止めて、両目を押さえてその場でもがき苦しんだ。


「先生、今のは一体……?」
「強力な催涙薬だ。命に害は及ぼさないが、暫くは涙が止まらなくなる」


これで暫くは追って来れないだろう。後は海辺にある船に乗って逃げるだけだ。
ここまで奴らを振り切ったのだ……なんとしてでも逃げ切ってみせる!


ドン!


「はぁ……もうすぐだ!もうすぐ逃げれる!」


そして数分走ったところで、ようやく目的地まで差し掛かった。
木製のドアを突き破り、波音が静かに響く海辺が視界に広がる。そして目の前には……大型とは言えないが、そこそこの大きさを誇る船が浮かんでいる。一足先に逃がした看護師たちが用意してくれたようだ。


「ルミアス君、リズ君!あの船に乗るぞ!」


よかった……これで助かる!逃げ切れるぞ!
そう思いながら、二人を連れて船に乗り込もうとしたら……。


バサッ


「待たれ」


突然、上空から人影が舞い降りたかと思うと、何者かが船に乗って私たちの行く手を阻んだ。


「……貴殿、ドクター・アルグノフだな?この船に乗せる訳にはいかぬ」


男のような低い声を放ちながら、その人物は姿勢を正して私たちに向き直った。
漆黒のマントを身に纏い、頭からフードを被り、赤色と黒色で彩られてる不気味な仮面を被っている。


「……君は一体誰だ!?」
「……某、ガロ・ディガルーク。お館様の命により、貴殿の身を確保に参った者だ」


ガロと名乗った男は仮面に嵌められてる緑色の目の奥からこちらを見据えているが、一言一言がこちらを威圧しているように感じた。
確保と発するからに……このガロと言う仮面の男も、先ほどまで私たちを追っていた奴らの仲間だろう。

「……悪いが、君の言うとおりに捕まりたくはないな。大人しくその船に乗せて貰えないかね?」
「そうはいかぬ。お館様の命は絶対故。命が惜しければ……承知であろう?」
「……やはり易々と通す訳にはいかぬか」
「でなければこうして姿を現すまい」

どうしたものか……この島から脱出するには、ガロを避けて通るのは難しいだろう。こうなったら、私を囮にして、ルミアス君たちだけでも逃がすしかないか……!



ドドドドドドド!!



「!?」


その瞬間、機関銃のような激しい銃声の連続音が辺りに響き渡る。私たち三人は思わず銃声の方向へと振り向いた。


バキバキッ!
ドォン!


まるで一人の人物に道を譲るかのように、数々と生い茂る大きな木々が薙ぎ倒されていく。
なんだ?まさか奴ら……ここまで待ち伏せしていたのか!?


「どうやら……お館様が参られたようだ」
「お館様……だと?」


ガロが言うお館様とは……恐らく追手を指揮している頭の事だろう。まさか自ら姿を現してくるとは……。


「くそっ!なんて事だ!迂闊だった!」


自分の浅はかさを毒づきながら、倒された木々の奥の先をジッと見据える。


……来るぞ……!



「……そんなに慌てて何処へ行くってんだぁ?」



深みのある声と同時に、木々の奥から黒い肩掛けコートを羽織っている一人の男が姿を現した。
黒みが掛かったボサボサの黄金色の髪と、髪と同じ色の無精髭、そして右目には一筋の傷。更に右肩には鮮やかな色合いの鳥が乗っている。私の記憶が正しければ……あれは確か、オウムと言う鳥だろう。
一目見ただけで怯んでしまう程の威圧感を漂わせる、大きな身体の男だ。


「此処まで来るのにだいぶ手古摺っただろう?年寄りと女二人が必死に足掻いて……ご苦労なこった。だが……これからのテメェらの行動次第で、全て無残に砕け散る羽目になるがな」


男は口元を吊り上げて不敵な笑みを見せた。その発言からは島の状況に関わらず随分と余裕を醸し出している。
だが、それよりも注目するべきは男の左腕だった。奴の左腕は普通の人間のものではない。
通常の人間の手の代わりに、鋼鉄製の機関銃が服の袖から出ている。恐らく、先ほどの銃声はあの機関銃によるものだったのだろう。


……恐らく、この男も先ほどの奴らと関係があるのだろう。
そうでなければ、この場所に居る理由が無い。


「ピィ!ピィ!ハラへっター!はラへっター!」
「ジャッキー、もうちょい我慢しろ。後でおやつ食わせてやるから」
「ピィ!ガッテンショーチ!」


男の肩に乗ってるオウム……ジャッキーはいきなり喋りだした。
そう言えば……オウムは人間の言葉を発する事が出来るのだったな。


「お館様、わざわざお忙しい中、自らのご出陣恐れ入ります」
「ジッと待ってばかりいるのは性に合わなくてな」


ガロは男に対する敬意を示すようにその場で跪いた。やはりこの二人は主従関係のようだ。ガロも機関銃の腕の男による差し金か。
だが……この男は一体何者なんだ?目的は一体何なんだ?


「……君は……一体何者だ?」
「……昔から『鋼鉄帝王』と呼ばれているが……それだけじゃ通じねぇよな」



様々な疑問を抱きながら恐る恐る声を掛けると、男は不敵な笑みを浮かべながら名乗りだした。


「…………俺ぁ、ドレーク。『海賊連合軍』の総大将だ」
「なっ!?ドレークだと……!?」
「ほう……ちったぁ知ってるようだな」
「……知らない方がおかしいだろう……」


ドレーク……全世界からその悪名を轟かせている海賊。『鋼鉄帝王』の通り名で有名な男だ。
絶対的な武力を駆使して幾多の海を制覇し、数多くの海賊団を傘下に置いていると聞いた事がある。ドレーク本人も相当な実力を秘めており、噂によると、船一隻を一人で沈める事が出来るらしい。
その為教団からは超危険人物として敵視され、莫大な賞金を掛けられているとか。今まで教団側も何度かドレーク率いる海賊団を討ち取ろうと試みたが、ドレークどころか、その部下の首一つすら持ちかえる事も出来ないでいるという。


そんな男が……一体何故ここに!?


「今度は俺が訊くぜ、爺さん。アンタぁ……ドクター・アルグノフだな?」
「……一々訊かなくても分かっているのだろう?」
「まぁな。聞いた話だと……一昔前に暴れたヤベェ怪物の造り方を知ってるそうじゃねぇか」

ドレークが言う怪物とは……タイラントの事だろう。やはりこいつらもタイラントの製造方法が目的か!
確かに私はあの怪物の造り方を知ってるが……どんなに頼まれても、あんな危険な殺戮兵器を造る気は微塵も無い。尊い命を奪う怪物を造るくらいなら、今ここで死んだ方がマシだ!

「……知らんな。私には心当たりが無い。そもそも答える義務があるのか?」
「……だろうな。そうやってしらばっくれるのが普通だ。だがなぁ……」


カチャッ


すると、ドレークは機関銃の左腕をこちらに向けた。


「!……ま、待て!一体何を!?」
「ガロ!構えろ!」
「御意!」


ドレークが命令を出すと、ガロはマントの中から湾曲状の刃を二つ出した。恐らく……マントの中で両手に持っている状態なのだろう。
しかし、凶器を取り出すとは……絶体絶命だ。ここまでなのか……。


「……無理に話せとは言わねぇ。だが先ずは……そこのド阿呆を片付けてやらねぇとな」


そう言い放つドレークは、私の背後を見据えているように思えた。その先には、怯えた表情を浮かべているルミアス君とリズ君が……。


「……そう怖がるな。一瞬で終わらせてやる」


……間違いない。ドレークの目は明らかにルミアス君を捉えている。
……まさか……まさか!?


「待ってくれ!この子たちは関係無い!頼む!止めt」
「うっせぇんだよ!」



バァン!




……深紅に輝く鮮血が、無情にも宙に飛び散った…………。



〜〜〜翌日、新聞の記事から抜粋〜〜〜



 『海賊による暴挙発生!?荒らされた無人島!!』



先日、ノレソト海に浮かぶ名も無き無人島が荒らされた事件が発生した。
島に生い茂る植物の大半は炎によって燃やされて灰と化し、木々は乱暴に倒されていると、見るに耐えない無残な光景となっていた。


自然に起きた事故にしてはあまりにも酷すぎる上に、島の砂浜にて、使用されて間もない銃の弾丸が発見された事から、何者かが起こした暴挙だと推測される。因みに発見された銃の弾丸は、マシンガン用の弾である事が判明された。その他にもピストルやサバイバルナイフなど、凶器と思われる物が幾つか発見された。
この事から調査部員の見解では、近辺で活動していた海賊が主犯であると言われている。


また、発見された弾丸には血痕が付着していた。
調べによると、弾丸の血は若いエルフのものである事が判明された。この事から、恐らく砂浜にてエルフは何者かによって撃たれたと思われる。
しかし、肝心のエルフの姿は見当たらず、捜査は難航しているのが現状。
調査部員の代表者は『今回の事件ではエルフも何かしらの関係があるとして、今後も調査を進める方針である』と述べている。
13/06/09 19:29更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
と言う訳で始まりました、長期連載!
Legend of pirateの第二弾と言う事で、ちょっと長めの話を書き始めました!

今作ではシリーズの主人公、キッドの過去と関係のある話になります。
前回と比べてイチャエロ要素を一段と増やし、ほのぼの展開やバトルも含め、船の仲間たちの意外な顔も見せていきたいと思います。

最後までお付き合い頂ければ幸いです。
それでは、読んでくださってありがとうございます!


……え?学パロ?
あ、えっと、ちょっとだけ時間をください。ちょっとだけ……(目が泳いでるw)

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