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第四十九話・局地戦 side ウェールズA
「おのれぇ…、ファラ=アロンダイトはまだ動かぬのかっ!」
フウム王国国王フィリップは苛立っていた。
戦況は思わしくない。
しかしここで撤退しては、せっかく序戦で得た勢いを殺してしまうとフィリップは考え、撤退を今尚躊躇っている。
すでに前軍は壊滅し、中軍もパブロフが一騎討ちで敗れたことで完全に崩れ、もはや戦線を維持することは不可能であるのだが、彼の中の総司令官としてのプライドが撤退を拒み、兵の命を無駄に散らしてしまっている。
兵が死んでいくのは敵が強いせい、そして中軍にいながら命令通り動かない沈黙の天使騎士団のせいなのだと彼は考えた。
自分の戦略が不味かったのではない。
すべては敵が強く、味方に裏切り者がいたから戦略が破られたと彼は考えたのである。
「所詮、一度は魔物に心を売った男…。あの男の周りもそれに同調する者たちの集まりだということか。何と嘆かわしい…。我が軍にもっとも信仰が薄く、人類を裏切って尚生き恥を…、いや、恥とも思わない破廉恥な者が指揮する騎士団が存在し、それに頼らねばならないとは…!」
本陣をさらに後退させ、見晴らしの良い高台から彼は戦場を見渡す。
すでに混戦状態から、味方が一方的に追いやられている状態。
フィリップは歯軋りした。
しかしどうにもならないこの状況で何を望めようか…、と思案していた。
「父上、何をお悩みになる!私に200の兵をお与えくだされば、あの程度の馬人の群れ、蹴散らしてご覧にいれましょう!」
フィリップに進言したのは彼の8人の息子たちの一人、次男のカールだった。
カールはフィリップの息子の中でも、もっとも勇猛で武の腕確かな王子である。
昨年、王国内で行われたトーナメントで誰も太刀打ち出来い強さで優勝したという経歴があるが、王族相手に対戦者がどれ程の実力を出し切れたのかは疑問が残る。
だが彼はその優勝に自信を付けたらしく、国内の魔物掃討軍の先頭を行くのは常にこのカールであった。勇猛果敢に魔物を攻めるカールの姿は、信仰と強い国家の象徴として王国兵や城壁の内側の人々に賞賛され、しばしば彼の勇士は詩に読まれたくらいである。
「おお、カールよ…。そなたのように信仰と勇気ある者が、我が軍の中にもっといてくれたならこのような結果にはならなんだのに…。」
「戦場に涙は禁物…。それにしても腑抜けはあのアロンダイト親子でございます。魔物如きの伏兵など神の信仰があれば、容易く破ることが出来るものを…。あれでも騎士団を預かる男だと思うと、顔から火が出る程恥ずかしい…。父上、どうか私に兵をお与えください。我が師、パブロフ殿の仇を討ちとうございます!」
長男よりもフィリップはこの次男を寵愛していた。
長男は彼に似ず温厚で柔軟な性格をしていたが、軍事に関心があまりなく、フィリップの強行的な対魔物政策を批判していた。長男は強行的な魔物政策はいつの日か大きな反動となって、逆にそれが自分たちを滅ぼす危険性を説き、もっと柔軟な政策に切り替え、彼らの不満を取り除いていくべきだと父、フィリップと対立していたのだが、フィリップは敗北主義者、修正主義者と長男を罵り、いつも争いが絶えなかった。
そういう経緯もあって軍事に並々ならぬ関心を持ち、フィリップ同様に魔物の存在を憎み、神の定める法こそがこの世でもっとも尊ぶべきものと信じる次男カールこそ後継者として相応しい、彼は見ていたのである。
「よし、そなたに兵300を預けよう。見事魔物どもを討ち取り、パブロフの魂を慰めよ!」
「はっ!見事魔物どもを討ち取り、裏切り者アロンダイト親子も討ち取ってみせましょう!!」
しばらくして編成された300の兵を引き連れ、カールは本陣を飛び出した。
フィリップは満足していた。
犠牲は大きかったが、これでやっとこの地での勝利を収められると…。


―――――――――――――――――


「え、援軍だ!援軍が来てくれたぞ!!」
カールの率いる軍を見て、兵士たちが喜びに沸き立った。
そしてその先頭を走る騎士が王子、カールであることがわかると一層彼らは喜んだ。
王国内でも屈指の勇者が自分たちを救いに来てくれたと喜んだ。
「皆の者、よくぞ踏ん張った!さぁ、これより反撃に…!」
その言葉が終わらないうちに歓声は悲鳴に変わった。
空を隠すように黒い屋根が飛ぶ。
ゆっくりとその屋根は、鋭い雨となり降り注ぎ、彼らを貫いた。
数え切れない矢の雨が彼らから希望を拭い去った。
援軍として到着した300の兵が膝を突き、戦場に取り残された兵もバタバタと倒れていった。
鎧を貫き、兜を射抜き、無防備な頭上からの襲撃にカールは驚愕した。
彼の馬が、頭を射抜かれて絶命する。
力なく崩れていく愛馬からカールは転げ落ち、頭を打ち付けた。
「うぅ…。な、何が…!?」
「カール王子…、ご、ご無事でしたか…。」
「あ、ああ…、一体どうしたというのだ…?」
「わ、わかりません…。突然…、矢が降って……、ハッ!?」
その時、背の高い草むらの中からケンタウロスたちが飛び出してきた。
ファラ=アロンダイトの指摘した伏兵である。
「進め、敵はすでに虫の息だ!」
先頭を行くケンタウロスが号令をかけた。
それに呼応して彼女たちの足は一層速くなる。
「馬鹿な!魔物にこのような知性などあるはずが…ない!!」
魔物たちの声を聞くことなく、有利な状況からただ問答無用で斬り捨ててきただけのカールには信じられなかった。彼はファラの指摘した伏兵を軽んじていた。魔物とは知恵とは無縁の蛮族であり、人間並みの知性などなく、あっても猿にも劣る浅知恵だと決め付けていただけに、彼の動揺は激しかった。
「良いか、剣を捨てぬ者のみ斬れ!我らケンタウロスの誇りにかけ、逃げる者や戦意を失った者を斬って名を落としてはならんぞ!!もし名を穢す者がいた場合、若長サイサリスに代わり、私が処罰する!!!」
ケンタウロスたちが躍動する。
人馬一体…、いや彼女たちは生まれた時からそうであるが、戦場を彼女たちは縦横無尽に駆け回り、武器を捨てぬ者たちの首を擦れ違い様に刎ねていく。
その光景をカールは信じられなかった。
魔物、ケンタウロスが人間並みの知性と規律を持ち、自分の兵を撃破していく光景を信じられず、思わず神に祈っていた。これは夢なんだと呟いていたが、これが現実だという証に肩に刺さった矢がズキズキと痛んでいた。


「…大将首とお見受けする。」
彼女たちの後ろからウェールズ=ドライグが現れた。
「俺はウェールズ=ドライグ。貴様ら反魔物の、神の反逆者。貴様らの言う正義を喰らい、嘲笑い、滅し、自ら望んで破滅を歩む復讐者(リベンジャー)。このまま礼もなく、問答無用に首を刎ねるのは容易いが、それでは貴様らと何ら変わらぬのでな…。一応、名を聞いておこう。」
黒い剣鬼が歩み寄る。
「わ、我こそはフウム王国国王フィリップが第二王子、カールである!」
「…大物だな。さっき斬った男と言い、貴様と言い今日は大物に縁のある日らしいな。」
「…さっき斬った大物だと?ま、まさか、その名はパブロフ=カルロ=ド=メナードではあるまいな!?」
「ああ、そんな名前であったような気がする。」
「き、貴様がぁぁぁ!!!!」
カールが剣を抜かんと柄に手をかける。
だが剣は抜けなかった。
彼の右腕が柄に手をかけたまま、間抜けにぶら下がっている。
「ああ、すまん。一つ言い忘れていたが、俺はよく嘘を吐く。首は刎ねなかったがお前の無事に動きそうな腕はすでに斬っておいた。驚かせてしまったのなら謝ろう。」
神速の居合いがカールの腕を痛みもなく、斬っていた。
柄に手をかけ、力を入れて抜こうとする瞬間まで彼の腕は必死に彼の身体と繋がっていたのある。
「お、おのれ…!パブロフ師の仇!!」
残った左腕で短剣を抜き、カールはウェールズに切りかかる。
だが彼に到達する前に、カールは倒れた。
足が前に進まない、と驚きながら足を見ると右足がなく、彼の右足だけが立ち上がる前の形のまま膝を突いていた。
「すまん、勢い余って腕と一緒に斬ってしまったようだな。」
「く…くそぉぉぉ…!!!!」
「無様だな…。だが、お前たちはそうやって母さんや魔物たちを襲ったんだ。俺はお前にとどめなど刺してやらん。お前は無様に、醜く、どこの誰ともわからぬまま虫ケラのように死んでいけ。仇も討てず、貴様の頼りとする武に頼ることも出来ず、兵卒の死体に混じってゴミのように死ね。」
ウェールズは岩に腰掛け、カールを見下ろした。
身動き出来ないままカールは血を流し続ける。
時間だけが残酷に流れていく。
やがて血を失い、身体の体温が下がったのか、彼を歯をガチガチと鳴らし震えていた。
「だ……、誰か…!誰か…、おらぬのか!私は…、ここにおるのだぞ…!!」
誰も返事がない。
命ある者はすでに逃げおおせ、戦意を失わなかった者はケンタウロスにより斬られていた。
やがてウェールズの周りにケンタウロスたちが集まってくる。
戦が決したのである。
「とどめは刺さないのですか?」
クックと別れたサイサリスが合流してきた。
「…俺の復讐はあっさりとこいつの命を終わらせてやれる程、容易くはない。」
「では…、私が彼を楽にしてやってもよろしいか?」
「…やさしいんだな。こいつはお前たちを襲った者たちの王の子だぞ?」
「だからこそ。曲がりなりにも武人を辱めるのは我々の美学に反する。」
ウェールズは諦めたように口の端を歪める。
「だからクックも、お前たちも甘いんだ。こいつらが二度と歯向かわないように残酷に、非道に殺さなければ、何度でもやつらは剣を抜く!」
「それが君の復讐ならば、我らは何も言えない。だがその先に待つのは彼らと同じ末路だぞ…。」
「構わぬ。復讐を遂げ、反魔物や神を滅ぼせるのなら命など安いもの…!」
「……………ウェールズ、話は後にしよう。今は彼を楽にしてあげよう。」
サイサリスが剣を抜く。
「お覚悟を…。」
カールの目が大きく見開かれた。
「い、嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁーっ!!!し、し、しししし死にたくなな、死にたくない!!!!!」
「仮にも王家の人間の最後がそのようではいけません。」
「いいいいいい、嫌だぁぁぁぁぁぁ!!!!」
サイサリスの剣がカールの首を断つ。
恐怖に固まった首が戦場に転がったが、誰一人その首を獲ったことを誇るものはいなかった。

そして皮肉なことに、彼が首を刎ねられたその頃、ヴァルハリアと合流せよという大司教の勅令がフィリップ王に届く。これにより一ヶ月以上も続いた中立地帯最大の戦『クジュロゥ草原の分岐点』は王国側の完全な敗北を以って終結した。
被害は大きく、残った兵力は1500にも満たなかった。
乱戦の中で将校以上の指揮官の6割が討ち取られ、フウム王国は看板武将と言えるパブロフ=カルロ=ド=メナードを失い、フィリップは後継者として考えていた次男、カールを失った。
戦の傷痕は想像以上に深い。


―――――――――――――――


俺はケンタウロスと別れ、一人荒野を歩く。
『まだ戦は続くだろう。君の復讐が君の終着駅であるのなら、どうだろう…。フウム王国と教会が敵として見ている名もなき町へ行ってみないか?あの土地は魔物たちも多いし、何よりどうも変わった人間が皆をまとめていると聞く。もしかしたら君の探している母君の情報が得られるかもしれないし、君の復讐の旅の答えがあるのかもしれない…。君の歩く道は、あまりに悲しい。あまりにフウム王国や教会派の人間たちと変わらない道だ。私たちと共に戦ってくれた男が、破滅するのをわかっていて何も教えてやれないのが口惜しい…。どうせ当てのない旅なのだろう?戯れと思って私の頼みを聞いてくれないか?』
サイサリスの願いに負けた訳ではない。
だが、母さんの情報が得られるかもしれないのなら…。
それに反魔物派の連中が狙っているのであれば好都合だ。
殺してやる。
反魔物も神も…、殺してやる!
義手の傷口が疼く。
そうか…、お前も待ち遠しいんだな…。
戦争が、神を滅ぼす復讐が…。






「…あ、フレック。もう大丈夫?」
「ああ、もう王国も撤退した。そろそろ出立しよう。」
茂みの中からフレック=P=ニザールとシリア=カミシュールが姿を現した。
フレックはこの茂みにシリアを隠し、一人戦場をフウム王国兵に化け駆け抜けていた。
ただでさえ目立つシリアは今回の目的には不向きだったからである。
フレックが中立地帯に赴いた理由は唯一つ。
フウム王国側の指揮系統をズタズタにするためである。
「待たせてすまなかった。王国兵は来なかったか?」
「うん、フレックが張ってくれた結界のおかげで、みんな気が付かなかったみたい。」
「そうか…。」
フレックは安堵した。
いくら結界を張ったところで見付けられる時は簡単に見付かる。
「で、どうだった?」
「ん……、だいたい40くらいかな?」
彼の言う40とは40人斬ったという意味である。
彼は王国兵兵卒の装束を着込んで、軍勢に紛れ込み、指揮官だけを狙って暗殺した。
それも乱戦で混乱する中で彼は確実に、正確に暗殺を決行していたのである。
そして戦が決した頃を見計らい離脱し、日が沈むのを待っていたのであった。
「これで……、少しはあいつらに有利になったかな?」
フレックは誰もいなくなった戦場を見て呟いた。
兵卒たちの死体が風に晒され、捨てられている。
「大丈夫だよ。あの人たちなら…、きっと。」
シリアが安心させるようにフレックの手を握った。
「…ありがとうな。」
フレックは彼女の頭を引き寄せ、抱きしめて軽く撫でた。
「えへへ…♪」
「さぁ、行こうか…。俺たちが出来るのはここまでだ。あいつらの勝利と…、俺たち、人間と魔物たちの未来を祈って…。」

世界はパンドラの箱。

辛いこと、悲しいことばかりが目立つけれど

きっとどこかに救いが残っている。

それを信じて誰も彼もが、

神々の気紛れに弄ばれても

一途にどこかを目指して歩き続ける旅人。

願わくば、

小さなティースプーン一掬い程の小さくて幸せな未来が

誰かの下に届きますように…。

そう祈って二人は荒野を行く。
10/11/20 00:06更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
中立地帯編終了!
という訳でウェールズはロウガと合流します。
何故クックが合流しなかったのか…。
それはクックはすでに彼の答えを持っていたからです。
彼は彼の物語を生きていますが、
ウェールズはまだ彼自身の物語を歩んでいないから
その物語を探してロウガたちに合流します。

今回はウェールズ、そしてフレックとシリアが登場。
ウェールズは前回からの続きでしたが
フレックとシリアはクーデター編終了の時に
中立地帯に向かわせたその答えです。
カッコいい戦闘シーンもそうですが、
フレックの場合は暗殺者として、結果だけ出した方がらしいかな?
と解釈をして登場させていただきました。

次回、やっとロウガたちが復活します。
彼らを待っていた読者の皆様、お楽しみに^^。

では最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今回はあとがきまで長かったので、お疲れ様でした^^。

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