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第八話(後編)
 陥落後、その国はすぐさま魔物娘によって作り替えられた。厳粛な規律の元に成り立っていたその国は、あっという間に快楽と欲望を是とする暗黒の世界へと変貌した。
 それを咎める者は一人もいなかった。かつてそこにいた住人達は全員魔物娘へと変貌し、そこを統治していた者達も一人残らず魔の存在へと堕ちたからだ。当然死者は一人も出していない。無血開城という奴である。その程度のこと、魔物娘にとっては造作もないことだ。
 野蛮な人間とは違うのだ。
 
「さて、それじゃあ最初にやることやっておきましょうか」

 そして陥落から三日後。国の再構築がひと段落ついたところで、新しく玉座についたヴァイスがぽつりとそんなことを漏らした。直後、いつものように彼女の両隣に控えていた「両腕」のうち、頑強な鎧に身を包んだ方の魔物娘がその言葉に反応した。その魔物娘は鎧が擦れて音を立てる程にびくりと身を震わせ、その後すぐに平静に戻り、動揺を誤魔化すように咳払いをしてみせた。
 期待しているのがバレバレである。
 
「取り繕っても無駄じゃ。それにおぬしとしても、それはやっておきたいことであろう?」

 玉座を挟んで反対側に立っていたバフォメットが、茶化すように鎧の魔物娘に問いかける。それに便乗するように、玉座に座るサキュバスもまたその魔物娘に視線を向ける。二人ともそのことを見抜いていた。
 そしてそんな二人の視線を受け、件の鎧の魔物娘――デュラハンは困惑した。しかしバフォメットの言い分は、全くの事実でもあった。もっと言うと、デュラハンは誰よりもそれを待ち望みにしていた。それこそ指折り数えてその日を待ち構えていたくらいに。
 
「……ああ。是非ともやりたいと思っている。すぐにでも」

 だからデュラハンも即答した。それを聞いた城主サキュバスと部下のバフォメットも、それを茶化すことはしなかった。
 
「了解よ。それじゃあ四日後くらいでいいかしら。その間に準備を済ませて、四日後本番をするとしましょう」

 代わりにサキュバスはそれだけ言った。簡潔で、意図を知らない人からすれば今一つ要領を得ない文言であったが、それはデュラハンにとっては何よりの福音であった。
 彼女はこれまでの人生の中で、これ以上ないくらいの興奮と期待を覚えた。
 
 
 
 そして四日後。「それ」は予定通り執り行われた。
 開始時刻は正午過ぎ。場所は王城一階の多目的ホール。広大な空間には規則正しく長椅子が置かれ、その奥の壁には黒く染まった逆十字が高々と掲げられていた。
 
「……では汝グレイは、この男を生涯の夫と認め、一生を掛けて愛することを……」

 その逆十字の下で、露出の激しい衣装を纏ったダークプリーストが粛々と文言を読み上げる。そのダークプリーストの前には一組の男女が向かい合って立ち、互いの顔をじっと見つめていた。
 一方は黒いスーツをしっかり着こなした人間の男。もう一方は頑強な鎧を身に着けた魔物娘、デュラハン。二人の顔は共に紅潮し、それでも今この一瞬一瞬を深く心に刻もうとしていた。
 
「……堕落の神に誓いますか?」

 ダークプリーストがデュラハンのグレイに問いかける。グレイは正面の男――かつてデュラハンが身代わりになったことでその命を救われた遣いの者――を見つめたまま、小さく頷いて口を開く。
 
「はい。誓います」

 その短い言葉は、しかしハッキリとホール内に響き渡った。それを聞いたダークプリーストが、今度は男に同じ質問をする。
 
「誓います」
 
 遣いの男もまた、力強く宣言した。長椅子に腰かけ、その光景を見ていた参列者――当然ながら全員魔物娘とその夫達である――は、二人の宣言を聞いて一斉に顔を輝かせた。
 自分達と同じ魔の存在が、今まさに人生の伴侶を得ようとしている。新たな堕落の領域に堕ちようとしている。それを喜ばしいと思わずして何だと言うのか。
 
「いやほんと、めでたいわね」

 そして最前列に座ってその光景を見ていたヴァイスもまた、デュラハンと遣いの男の門出を祝福していた。おそらくはこの場にいた誰よりも、あの二人の幸せを願っていただろう。主として、また共に戦い抜いてきた友人として、彼女はデュラハンの幸せを願わずにはいられなかった。
 
「良かったのう、よかったのう」

 デュラハンのグレイを祝福していたのは、ヴァイスの隣に座っていたレモンも同じだった。彼女に至っては手にハンカチを持ち、それで目から流れ出す涙を常に拭っていた。しかし拭いた端から涙が流れ落ちてくるので、はっきり言って焼け石に水であった。
 
「お馬鹿。泣きすぎよ」
「仕方なかろう。めでたいものはめでたいのじゃ。本当によかったのう……」

 レモンの涙は止まることを知らず、なおも流れ続けている。その間にも婚約の儀は粛々と進み、進行に応じて室内の空気も段々と熱量を増していく。床の上に粘ついた魔力が溜まり始め、参列者の足元を覆い隠していく。
 魔物娘の結婚式が清廉で終わる道理はどこにもなかった。
 
「それより、あ奴らはどうしたのじゃ? ここにはおらんのか?」

 そんな中、レモンがふと思い出したようにヴァイスに声をかける。彼女の指す「あ奴ら」とは、例の王子と騎士のことである。
 
「ああ、あの子達? ここには来てないわよ」

 そしてヴァイスもまた、レモンの言わんとしていることを即座に把握した。その上で彼女はあっさりと、彼らがここにいないことを明かした。
 涙が止まり、レモンの顔が曇る。
 
「なんじゃと? 招待しなかったのか?」
「ええ」
「どうして? こんなめでたい席にあ奴らを呼ばんとはどういうことじゃ。仲間外れにするのは可哀想じゃろ」

 レモンが小声で詰問してくる。そのバフォメットを正面から見つめながら、ヴァイスが笑顔で答える。
 
「せっかくしがらみから解放されたんですもの。今の二人に横槍入れるのは野暮ってものよ」
「……ああ」

 それを聞いて、レモンはすぐに納得した。
 
「あっちもあっちで営み中か」
「ええ。こっちと同じことをしているわ。二人きりでね」
「そうかそうか。確かにそれは邪魔しちゃいかんの」
「そういうこと」

 レモンの言葉にヴァイスが笑って答える。室内の空気が桃色に淀み、あちこちで熱い吐息が漏れ始める。嗅いだ者の理性を削ぎ落とす香があちこちから焚かれ、そこにいる全員の欲望を等しく解放していく。
 婚約の儀が怒涛のクライマックスを迎えるのに、さして時間はかからなかった。
 
 
 
 
「うっ」
「あん♪」

 膣内に白濁液が注がれる。子宮に白く濁った液体が流し込まれ、古い精液と混ざり合って中を満たす。
 
「ふあ……あったかい……」

 自分の胎内に新しく流れ込む精の感覚を覚え、ミラが陶然とした表情を浮かべる。そのミラの上でそれまで腰を振っていたクランが彼女の上へ倒れ込み、肌を密着させながら騎士の顔の間近で熱い吐息をこぼす。
 
「お疲れ様でした。クラン様」
「うん。ミラもお疲れ」

 そうして自分の上に倒れてきたクランの顔を優しく撫でながら、ミラが慈愛に満ちた声を投げかける。クランもまたその自分の頭を撫でる手を受け入れつつ、仮面を外した愛しの騎士に労いの声をかける。

「またいっぱい出しましたね」
「ミラの中が気持ちいいのがいけないんだよ」

 それから呆れ気味に声を放った騎士に答えつつ、クランが手を伸ばして彼女の頬に添える。そうして手が添えられた彼女の顔には、なおも痛ましい火傷の痕が残されていた。それはミラが自分の意志で残すと決めた結果であった。
 過去の自分を否定したくない。昨日の積み重ねの上にある、ありのままの自分を愛してほしい。それはミラの、独りよがりで可愛らしいわがままだった。そしてクランはそんな彼女のわがままを、全力で受け入れることに決めたのだった。
 二人にとって、それはもうトラウマの象徴ではなかった。
 
「カサカサだね」
「焼かれてしまいましたからね」
「精液浴びれば潤うかな?」
「それはどうでしょうか」

 過去の傷さえも茶化してみせるピロートークに花を咲かせながら、ミラがちらりと自分達の周囲に視線を向ける。この時彼女達は宿屋の一室を占拠し、ベッドの上で延々と――それこそクラン達が先導してこの国を侵略してから、遠くの王城で結婚式が開かれている今この瞬間に至るまで――延々と互いの肉を貪り続けていた。
 おかげで今彼女達が使っているベッドは、シーツから枕に至るまで、何もかもがぐしゃぐしゃに濡れていた。さらに部屋の中はむせ返るほどの淫臭が充満し、そしてミラとクランによって練られた超高濃度の魔力が床の上に漂っていた。もし耐性のない人間が一歩でも部屋の中に入り込めば、一瞬で理性が消滅し獣のように発情してしまうだろう。
 
「もっと浴びれば、良くなるかもしれませんね」

 しかし二人は、決して魔力を練るためにセックスをしているわけではなかった。
 ただ純粋に、愛を交わし合うためだけに睦みあっていたのだ。
 
「そう? じゃあもっともっとしないとね」
「一週間くらいぶっ通しでやり続けてたような気もするのですが……」
「僕はまだ足りないって思ってるよ。まだまだミラとエッチしたい」

 上からクランが問いかける。濡れた瞳で騎士の両目をじっと見つめながら、インキュバスと化した少年が詰問する。
 
「ミラはどう? そろそろ休みたい?」
「――ッ」

 ミラは即答できなかった。視界に映る王子の全てに心奪われ、息が止まってしまっていた。
 しかし心は既に決まっていた。

「私は……」

 王子は卑怯だ。
 そんな可愛らしい目で見つめられて。そんな可愛らしい声で問いかけられて。
 
「――断れるわけ、ないじゃないですか♥」

 感極まったようにミラが言い放ち、自分からクランを抱き締める。クランの驚く声が聞こえてくるが、容赦しない。誘ってきたのはそっちだ。
 背中に手を回し、豊満な乳房を王子の胸板にぐにゃりと押しつけ、彼の耳元で熱っぽく囁く。
 
「あなたは卑怯です。私の弱みを的確に突いてくるなんて。本当に度し難い卑劣漢です♥」

 サキュバスの甘い囁きが脳を溶かす。ほんの一瞬、クランの背筋がゾクゾクと震える。
 
「そんなことされたら、僕だってもう……!」
 
 小休止によって復活しつつあった王子の理性を根こそぎ奪っていく。
 
「ミラっ!」
「あン♥」

 後はもう堕ちるだけだ。
 
「ミラ! ミラ! ミラの方こそずるいよ! そうやって僕を誘惑して!」
「だって♥ だってぇっ♥ クラン様がかわいいからいけないんです♥ クラン様がかわいすぎるから、ついいたずらしたくなっちゃうんですぅっ♥」

 ミラの首筋にむしゃぶりつきながら、クランが想いの丈をぶちまける。そうして全力で甘えてくるクランを力強く抱きしめながら、ミラが悦びに溢れた声を放つ。
 
「ミラ! いれるよ! ミラの中に僕のちんちん、いれちゃうからね!」
「はい♥ ください♥ くらしゃいっ♥ おーじさまのぶっといおちんぽ、だめだめなきしのなかに、ぶちこんでくらしゃいっ♥」

 我慢の限界とばかりにクランが宣言し、ミラが甘く蕩けた声でそれを懇願する。
 それを聞いたクランは躊躇しなかった。騎士の誇りを投げ捨てた雌の穴に、幼い雄が己の剛直を叩き込む。
 
「――ィッ♥♥」

 陰唇が肉棒を咥えこみ、側面と襞が擦れあい、亀頭が子宮口と衝突する。頭に電流が走って視界が白黒に明滅し、脳味噌がドロドロに溶けて快楽一色に染まる。
 何度味わっても飽きない、まさに珠玉の瞬間だった。
 
「ああ……あ……きもちいい……♥」

 クランを抱き締めながら舌を突き出し、眉をだらしなく垂れ下げながら、ミラが恍惚と呟く。
 そのミラの耳元で、今度はクランが囁く。
 
「動くよ」
「はい……♥」

 クランが力なく頷く。騎士に拘束された状態で、王子が腰だけを振り始める。
 
「ああ、クランさま、クラン! クラン!」
「ミラ、ああ、気持ちいいよ、ミラ!」

 肉のぶつかる音と水の弾ける音が辺りに響く。その響き合う音の中で、二人の男女が互いの名前を呼び合う。
 過去の空白を埋めるように。背負ってきた傷を癒すように。
 
「ミラ、ミラ……母さん! 母さん!」
「ああ、坊や! 坊やあ!」
「離れないで母さん! ずっと一緒にいて!」
「一緒よクラン! ずっと一緒よ!」

 親子として。主従として。恋人として。
 
「一緒にイこう! 一緒に!」
「ええ、一緒よ! 母さんも、クランと一緒にぃぃ!」

 愛し合う二人の絶叫が室内に木霊する。
 二人を引き裂くモノは、もう何もない。
 
 
 
 
 偽物の王子と仮面の騎士は、堕ちた底でようやく一つになれたのだった。
17/08/29 18:11更新 / 黒尻尾
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