連載小説
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後編
「さて……」
レスカティエ西側に到着後、琴乃はアルルカンと別れて元貧民街を走る。
乱雑に並んだ、小屋のような家の間を走りながら琴乃は己の内側に目を凝らす。
(『予備の骨肉』は重量換算で『七〇〇キロ』、充分だな)
己の内側に蓄えられた『力』に琴乃は満足そうに口端を釣り上げるが、彼が胸中で呟いた言葉には疑問符が付く。
予備の骨肉、重量換算で七〇〇キロ……若し心を読む事が出来る者がこの言葉を聞いたら、一体何を意味しているのだろうかと首を傾げるに違いない。
「ん? 早速のお出ましか」
走る琴乃の前に現れる人影、数は大凡一〇人前後。
人影の群は白い鎧を纏っており、ソレだけで彼等は教団の人間だと分かる。
「来たな、堕落したケダモノが!」
「全員、戦闘態勢を取れ!」
向こうも走る琴乃を見つけたらしく、全員が腰に提げられた鞘から剣を抜いて走り出す。

「まとめて吹き飛ばす!」
抜刀して迫る教団兵達を前に琴乃は立ち止まって右手を彼等に突き出すと、彼の手首から筒状の何かが盛り上がるように現れる。
突然筒状の何かが現れた事に教団兵達は驚くが、彼等が驚いたのはソレだけではない。
手首から現れた筒状の何か、その先端が苦悶に歪んだ人間の顔に見えたからだ。
「な、何だ、アレは!?」
「ひ、怯むな! 相手は一人だ!」
見るからに気色悪い代物に一瞬怯むものの、直ぐに平静を取り戻して教団兵達はそのまま突撃するが、
「グギッ、ゴ、ガァァ……」
突然激痛を堪えるような苦痛の声を上げる琴乃に、教団兵達は思わず足を止めてしまう。

「白城七肉巧(ナナツノニクジコミ)が一つ、『肉鐡炮・紅蓮杖(シシテッホウ・グレンジョウ)』……DAAARAAAAAHHHHHHHH!!
結論から言えば、教団兵達は足を止めるべきではなかった……教団兵達が足を止めた瞬間、苦痛に満ちた琴乃の咆吼と共に人間の顔にも見える筒から『何か』が撃ち出される。
撃ち出された『何か』は真っ直ぐ教団兵達に向かって飛び、
ズドォォンッ!!
爆発と同時に周囲へ鋭利な鏃を撒き散らす。
「ぎゃあぁぁ!?」
「ぶぎゃらっ!?」
撒き散らされる鏃は露出している部分は勿論、鎧を突き破ってその下の身体にも刺さり、爆風が教団兵達を吹き飛ばす。
爆風は周囲の建物をも吹き飛ばし、爆心地を中心にちょっとしたクレーターが完成する。
「はぁ、はぁ……ふっ、この痛みには飽いたが、やはり慣れんな」
目前の光景に琴乃は息を荒げながら自嘲の笑みを浮かべ、直ぐに次の敵を求めて走り出す。

「ぬ?」
すると、少し走った所で別の教団兵達と琴乃は遭遇する……どうやら先の爆音を聞きつけ、爆音の聞こえた方に向かう途中だったらしい。
「やっちまえぇ!」
琴乃の姿を見るや否や教団兵達は抜刀して迫り、琴乃は無策に突撃する彼等に侮蔑の笑みを浮かべる。
「『割腹・悪食腸管(カップク・アクジキチョウカン)』! ギ、ゴバッ、AAAHHHHRIIIIYYYYYYYY!!
背を丸めたかと思うと、苦痛の声と共に仰け反る琴乃。
琴乃の腹部が何かが暴れているような不気味な蠢きを見せた直後、肉を突き破る生々しい音と共に彼の腹部から何かが飛び出す。
「うげぇっ!?」
「ひ、ひぃ!?」
腹部から飛び出したのは、大きく口を開けた人間の顔を先端に持った七本の腸管。
不揃いながらも鋭利な牙を何本も覗かせて迫る人面腸管に教団兵達は悲鳴を上げ、悲鳴を上げる彼等の喉に腸管が噛みつく。

「ふっ……」
酷薄な笑みを浮かべる琴乃の視線の先には人面腸管に喰われる教団兵達。
どうやら好き嫌いは無いようで、鎧も骨も御構い無しに人面腸管は教団兵達を食べ続け、ゲップをする頃には血溜まりしか其処に残っていなかった。
「ご苦労だったな。まぁ、直ぐに出番は来るが」
食事を終えて腹部に戻る人面腸管に労いの言葉を掛けた後、琴乃は背後に振り返る。
「ば、化け物がぁ……」
「くそっ、こんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ……」
其処には先の食事風景を見てしまったのか、恐怖でブルブルと震えながら剣や槍を構える教団兵達、その数は数十人程。
「ふむ、『腹ごなし』には丁度いい」



「あらあら、こんなに沢山居るなんて」
一方、琴乃と別行動を取っているアルルカン……彼女の前には武装した教団兵達が並び、その中には身体の至る所に鋼鉄の輝きを見せるアンドロイドが幾人も混ざっている。
彼等の眼には魔物に対する嫌悪と憎悪が爛々と輝いており、何処からどう見ても話し合いの余地は無い。
嫌悪と憎悪の視線に晒されながらアルルカンは上品な笑みを浮かべ、余裕にも見える彼女の笑みは教団兵達の神経を逆撫でさせる。
「では、参りますね」
今にもキレそうな教団兵達を前に、アルルカンは笑みを隠すように右手で口元を隠す。
「夢見る人形は何を見る、硝子の瞳で何を見る、ヒトに生る夢を永久に見る」
そして口元を隠した右手を前に突き出した瞬間、アルルカンが閃光に包まれ、その閃光に教団兵達は腕で目を隠す。

「…………はぁ?」
「な、何だ、ありゃ?」
閃光が消え、腕を下ろした教団兵達はアルルカンの姿に呆然とするしかなかった。
「うふふっ、アルルカン戦闘形態ですの」
アルルカンの服は黒を基調としたノースリーブのメイド服だが、丈が物凄く短い
上は乳首が見えるか見えないか、スカートもパンツが見えそうで見えないギリギリの短さ。
正直、ホワイトブリムとエプロンが無ければメイド服だと言われても説得力が無い服は、アルルカンがリッカに頼んで作ってもらった戦闘服である。
「行きますよ」
痴女同然の姿に困惑を隠せない教団兵達の前でアルルカンは両手を組み、組んだ両手を前に突き出す。

ナックルボンバー!
「へっ……へぶぁっ!?」
すると組んだ両手の手首から先が砲弾宜しく発射され、発射された手首が顔面に直撃した教団兵は鼻血を噴きながら仰向けに倒れる。
顔面にぶつかり、跳ね返った手首は吸い込まれるようにアルルカンの腕に戻る。
「…………はっ! や、やっちまえぇぇ!」
痛みで悶える教団兵を見て漸く正気を取り戻したか、残る教団兵達は其々の得物を構えてアルルカンに迫る。
様々な凶器を振りかざして迫る教団兵達を前に、アルルカンは上品な笑みを浮かべながら両手を前に突き出し、
ダイナマイトパァァンチ!
某鉄の城宜しく今度は肘から先が発射される。

「んぎゃっ!?」
「うぶぇっ!?」
砲弾の如く放たれた腕の一つは鳩尾、一つは顔面の真ん中に突き刺さり、二人の教団兵が直撃の勢いで吹き飛ぶ。
何かに引っ張られるように両腕が戻ってきたのと同時に一人の教団兵が剣を振り下ろし、振り下ろされる剣をアルルカンは咄嗟に腕で防ぐ。
「…………へ?」
勢いよく振り下ろされた剣がアルルカンの腕とぶつかると刀身が真ん中から折れ、折れた刀身が地面に突き刺さる。
「女の子に暴力を振るう悪い人には、お仕置きです♪」
折れた剣に呆然とする教団兵にアルルカンはニッコリと笑みを浮かべて右頬を平手で叩き、グキッ…と鈍い音と共に教団兵が吹き飛ぶ。
相手は人間なので手加減したが、暫くは首を捻った痛みで中々横を向けないだろう。
腕を飛ばし、平手で叩き、蹴撃を繰り出しながらアルルカンは少しずつ教団兵を減らし、徐々に減りつつある教団兵は彼女の強さに歯噛みする。
剣で斬れば刃毀れするか刀身が折れ、槍で突けば穂先が欠けるか曲がる。

ネルカティエが誇るアンドロイド並か、ソレ以上の硬さも厄介だが、アルルカンの人間かアンドロイドかの判断が的確な点が教団兵達にとって一番厄介だ。
アンドロイドが魔物に対して有効なのは誘惑が効かない事もあるが、一番の利点は中身が機械仕掛けである事以外、人間と殆ど変らない外観を持っている事だ。
威圧感を与える為に機械部分を露出させたアンドロイドも居るが、アンドロイドである事を示す機械部分も義肢の類だと思わせる擬装が施されており、咄嗟の判断が難しい。
人間か、アンドロイドか、で魔物が躊躇している間、アンドロイドが攻撃しない筈も無く、躊躇している間に倒される魔物も多く、普通なら判断に迷って攻撃を躊躇う筈だ。
然し、アルルカンは何かを根拠に人間かアンドロイドかを見極めており、人間が相手なら気絶に留め、アンドロイドが相手なら容赦無く急所を潰しにかかってくる。

アルルカンの判断が的確なのは戦闘前に受けた琴乃のレクチャーのお陰だ。
東が魔物化した時の戦闘で琴乃は損傷が少ないアンドロイド数体を回収して調査を行った結果、アンドロイドは魔物なら誰もが感じ取れる『精』を持たない事が分かった。
ソレは機能停止しているからでは? と思えるが、琴乃はアンドロイド出現を確認したら積極的に交戦するよう東に依頼。
交戦してみての感想を尋ねると、東は『精の匂いが感じ取れない』とハッキリと答えた。
魔物がアンドロイドから精の匂いを感じ取れなかったのは誘惑が効かず、気絶しない事でパニックを起こした為に精の匂いを嗅ぎ取るだけの余裕を失っていた為だろう。
落ち着いて精の匂いを嗅ぎ取れば人間かアンドロイドかの区別がつく、と琴乃は戦闘前に東とアルルカン、アステラを始めとした魔物勢に教えたのだ。

「うおぉぉっ!」
「ふふっ」
常人は勿論、剛力自慢の魔物でも持てそうにない巨大な戦斧をアンドロイドが振りかざし、その巨大な戦斧を前にアルルカンは上品な笑みを浮かべる。
「『AG』・ズドンインパクト転送」
アルルカンは振り下ろされる戦斧を舞うように避けると、彼女の両腕の肘から先が地面に落ち、腕を失った肘が光に包まれる。
「……はぁ!?」
空を切って地面にめり込んだ戦斧を引っこ抜いたアンドロイドは、アルルカンの『新たな腕』に開いた口が塞がらない。
ソレは樹齢数百年の大木を思わせる程に巨大な籠手、その大きさは身長一六〇センチ程のアルルカンの三分の二くらいはある。
「コレが、悪を砕く剛腕の力です!」
アルルカンが巨大な籠手と一体化した右腕を引くと、肘―肘か?―から直径二〇センチはありそうな柱が轟音と共に飛び出す。

「はぁっ!」
「ごふぁっ!?」
巨大な籠手に驚くアンドロイドに、肘から柱が飛び出した右腕を叩き付けるアルルカン。
その強烈な一撃にアンドロイドは息を詰まらせる。
「さようなら、ですの」
アルルカンがそう呟いた瞬間、肘の柱が勢いよく引っ込む……肘の柱が引っ込んだ衝撃はアンドロイドに余すところ無く伝わり、轟音と共にアンドロイドが宙を舞う。
「うわぁっ!?」
「どわっ!?」
アルルカンの周囲にいた教団兵達も余波で吹き飛ぶ程の衝撃波、ソレを直にぶつけられたアンドロイドは一溜まりもない。
地に落ちたアンドロイドの腹には大きな穴、その目は死んだ魚のように虚ろに濁っており、機能停止しているのは明白だ。
魔物は人間が相手ではどれだけ強者だろうと手加減せざるを得ないが、『人間』でなければ全力で挑んで命を奪う事も出来る、アルルカンの一撃はその証明だった。



「ふぅ、やっと片付きましたの」
疲れたように溜息を吐くアルルカン……その周囲には痛みで悶絶するか気絶した教団兵と、人型のオブジェと化したアンドロイドの山。
ミッチリ訓練を積んだとはいえアルルカンはコレが初陣、いきなり大勢の教団兵の相手は厳しかったが大勝利である。
「ズドンインパクトは良好でしたけど、アルルキャノンを試せなかったのは残念です」
そう言いながら、アルルカンは自身の腕と一体化した巨大な籠手に目を向ける。
この籠手の名はズドンインパクト―命名はアルルカン―、以前琴乃がリッカに頼んでいたアルルカンの為の武器だ。

ズドンインパクトは魔王軍新兵器開発局が開発した新兵器、その大きさと重量で打撃力を高め、内蔵されたパイルバンカーで相手を粉砕する武器だ。
このズドンインパクト、実は開発段階では開発を依頼した琴乃が使う予定だった。
だが、アルルカンの特性……関節部の着脱に目を付けた琴乃が仕様を変更、アルルカンの換装パーツ・『AG(アルルカン・ガジェット)』として改修されたのだ。
完成したのはパイルバンカー内蔵の籠手・ズドンインパクト、磁力の吸引・反発を用いた電磁加速砲・アルルキャノン。
この二つ以外にもAGはもう一つあるのだが、残る一つはレスカティエ防衛までに完成が間に合わなかった。

「ご主人様は私より強いですけど、大丈夫でしょうか……」
対峙した教団兵達を一掃したアルルカンは不安げに呟く。
アルルカンが主と慕う琴乃は自分よりも遥かに強い事は理解しているが、それでも不安なモノは不安だ。
「やっぱり、合流しましょう……っ!」
琴乃の安否が不安になったアルルカンが彼と合流すべく一歩踏み出そうとした、その時だ。
ゴォッ…とアルルカン目掛けて炎が放たれ、放たれた炎をアルルカンは間一髪で避ける。
「むぅ、避けられてもうたか」
「誰ですか!?」
放たれた炎を避けたアルルカンが周囲を見渡すと、彼女の瞳は小屋のような家の屋根の上に立つ人影を捉える。

「誰、と問われても答える義理は無いというもの。お主はコレから死ぬのであるからな」
アルルカンの視線の先に立つのはやや大柄の翁……産毛が一本も見当たらないツルツルの禿頭、皺の刻まれた顔は十文字槍の穂先にも見える繋がった眉が印象的だ。
その身に纏うのは修験服、手には槍を持ち、一見すれば僧兵に見える。
「私、死ぬつもりなんてありませんから」
「いいや、死んでもらおう」
死ぬつもりは無いというアルルカンに僧兵は槍の先端を向けると、槍の穂先から勢いよく炎が放たれる。
炎の竜巻にも見える業火をアルルカンは避け、炎が地面を舐める。
「ズドンインパクト返還、ノーマルアーム転送……!」
ズドンインパクトは邪魔だと判断したのか……ズドンインパクトが光に包まれ、籠手包む光が消えた後には何時もの腕。

ダイナマイトパンチ!
腕を換装したアルルカンは右腕を発射、砲弾じみた勢いで右腕が僧兵に迫る。
「ほぉ、面白い魔物よのぉ」
迫る右腕に僧兵は跳躍する事で回避、狙いが外れた右腕は屋根に突き刺さる。
屋根に突き刺さった腕を磁力の吸引で回収したアルルカンは追撃を図るが、上に跳んだ筈の僧兵の姿が見当たらない。
「ど、何処に……」
「何処を見ておるのかな?」
姿の消えた僧兵にアルルカンは周囲を見渡し、背後から聞こえた声で振り返ろうとするが既に遅い。
「あぅっ!?」
「己の腕を飛ばすとは中々に珍妙。ふむ、この関節からして生き人形か」
足を払われ、うつ伏せに倒されたアルルカンの上に僧兵が乗り、彼女の右腕を抑える。
振り解こうにも体勢が体勢故に上手く力が入らず、外観年齢不相応の腕力がアルルカンを抑え込んでいる。

「ふぅむ……そういえば某、生き人形はまだ『味わった』事が無いのぉ」
「味わう? 貴方、カニバリズムがお好みですの?」
「いやいや、流石に斯様な嗜好を某は持っておらぬ」
その言葉にアルルカンは食人嗜好の持ち主かと思ったが、どうやら違うらしい。
僧兵はニヤリと笑みを浮かべ、その笑みにアルルカンは背筋が寒くなる。
「某が味わうのは、此処よ」
「ひっ……」
僧兵が空いている左手で触ったのはアルルカンの尻、ペチペチと尻を叩かれた事で彼女は漸く『味わう』の意味を知る。

「さて、生き人形の肉壷はどのような感触なのであろうなぁ?」
「い、嫌ぁ! 其処はご主人様だけのモノです! は、離しなさい! 離してぇ!」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべつつ僧兵はリビングドール特有の独特な感触を楽しみ、尻をいやらしく撫でられるアルルカンは必死に悶える。
然し、僧兵の拘束が弱まる気配は無く、寧ろ悶えれば悶える程拘束は強くなっていく。
「嫌も嫌よも好きの内……元々お主等は誰彼構わず咥える淫乱、嫌がる必要は無かろう? まぁ、嫌がる女子を無理矢理というのも中々に面白い」
どうやらこの僧兵、魔物の事はある程度知っているらしいが認識を間違っている。
確かに魔物は好色だがソレは心身共に捧げた伴侶の前だけ、それこそ娼婦のように男なら誰でもいいという訳ではない。

「貴方、今まで犯した魔物をどうしましたの!?」
魔物は一度男を知れば、初めて交わった男の虜となって離れられなくなる。
ソレを知っているのかを言外に籠めながら、今まで犯してきた魔物をどうしたのかと問うアルルカン。
「どうしたも何も、犯した後は首を圧し折ってやった」
僧兵から返ってきた答えは非道だった……いやらしい笑みはそのままに首を圧し折ったと答えた僧兵に、アルルカンは激しい怒りを隠せない。
「変態!」
「如何にも!」
「畜生!」
「如何にも!」
「生臭坊主!」
「如何にも!」
悶えながらアルルカンは僧兵を罵るが、彼女の罵りを僧兵は喜々と肯定する。

「さて、今は戦の最中。見つかっては面倒故、手早く味わうとしよう」
「い、嫌ぁぁぁ――――!!」
涙を浮かべてアルルカンは叫び、僧兵はアルルカンのパンツを下ろそうと手を伸ばす。
伸ばそうとした、その時だ。

「させぬ! 『死唱・肘節連弩(シショウ・チュウセツレンド)』、ギ、グガッ、GUUAARYAAAHHHHHHHH!

×××

―ダダダダダダダダダダダダンッ!!
「ぬぅっ!?」
苦痛の咆吼と共に斜め上空から放たれる無数の礫。
猛烈な勢いで連射される礫に僧兵は傍に置いてあった槍を手に取り、目にも止まらぬ速度で振るって礫を叩き落すが、礫への対処でアルルカンの拘束が緩んでしまう。
「っ! アルルパーツ、パージ!」
「ぬおっ!?」
磁力反転、同極の磁力の反発を利用してアルルカンは上半身と下半身を分離させ、彼女の上に乗っていた僧兵は突然足場を失った事で尻餅をつく。
分離したアルルカンの下半身は意志を持っているかのように動くと、尻餅をついた僧兵を蹴り飛ばす。

「はっはっはっ、中々に器用な真似をする」
サッカーボール宜しく蹴り飛ばされた僧兵はクルリと空中で回転して着地し、カラカラと笑っているところからして蹴りのダメージは無さそうだ。
僧兵が着地するまでの間に上下の合体を済ませたアルルカンの元に琴乃が駆け寄る。
「無事か、アルルカン!」
「はい、危ない所でしたが私は無事です」
その問いにアルルカンは大丈夫だと答え、彼女の無事に琴乃は安堵する。
安堵と同時に湧き上がるは憤怒、僧兵の肉壷がどうのと言っていた辺りからを琴乃の聴覚は捉え、察せられたのはアルルカンの貞操の危機。
自分でもよく分からないが、アルルカンの貞操の危機に琴乃の脳髄が怒りで沸騰した。

「名を名乗れ、生臭坊主……」
「コレから死ぬ者に名乗っても意味は無いと思うのだが?」
「名乗ってもらわねば困る。名を知らねば、貴様の墓に刻みようがない」
許さない、何故かは分からないが許さない。
許せない、アルルカンを穢そうとした事が許せない。
自分でも分からぬこの感情、心中で燃え盛る激情が僧兵を許すな、殺せ、と訴える。
「ふむ、ならば致し方無し」
業火の如く殺意を揺らめかせる琴乃に僧兵は何を思ったのか、懐から扇子を取り出す。
そして、子供が見たら泣き出す事間違い無しの物凄い顔で笑み浮かべた僧兵は扇子を広げ、歌舞伎役者のようなポーズを取る。

「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 某の名は遊作楽心(ゆさ・がくしん)、婆娑羅坊主と呼ばれし古兵なり!」
ドォン! と爆音が鳴りそうな派手な自己紹介に琴乃とアルルカンは気圧される。
まぁ、実際爆音は鳴っていた……遊作楽心の背後の空間が突如爆発し、家屋を薙ぎ倒して現れたモノにも二人は気圧されていた。
「ゴリラ、か?」
「お猿さん?」
二人の目前に現れたのは一五メートル近い巨大な猿……マッシブな上半身に対して下半身はやや頼りなく、顔に何故か翁の能面を着け、羽衣と思われる布がヒラヒラと揺れている。
羽衣を纏い、能面を着けた金色のゴリラ、ソレが目前の存在に対する印象だった。

《そして、コレこそが某のマキナ・『猿大僧正(マシラダイソウジョウ)』。本来ならネフレン=カなる者から勇者に下賜される代物だが……》
楽心の声で喋る金色のゴリラは不意に視線を二人から逸らすと、遠く離れていても分かる程に膨大な魔力が三ヶ所からほぼ同時に噴き上がる。
《此度は大盤振る舞い、某を含めた教団の中でも選りすぐりの猛者に下賜された》
そして現れる、三つの巨躯……肩に奇怪な面を着けた騎士、石弓と一体化した巨大な盾を持つ騎士、身の丈程の大剣を持つ騎士。
其々細かな意匠が異なれど、三体の巨大な騎士は遠くから見ただけでもマキナだと分かる。
《然し、こうも騎士揃いだと疎外感を感じるのぉ、はっはっはっ!》
「ど、どど、どうしましょう!?」
「くっ……」
現れた四体のマキナの中では楽心のマキナだけが動物がモチーフ……その疎外感をあまり気にしていないように楽心は笑うが、二人は笑ってなどいられない。

一機だけでも脅威として充分な存在が四機、最悪な状況である。
仮面は東側、石弓は北側、大剣は東が担当する南側と距離が離れているが、東がマキナを召喚すれば全機が彼女の元に向かうだろう。
残る三機を雑兵が操縦しているなら勝機はあるが操縦者は教団内でも選りすぐりの猛者、如何に東が強くとも猛者四人を相手に一人で戦うのは厳しい。
更に、現れた四機の中には石弓を装備したマキナが混じっている。
乱戦中に不意を突いて撃たれれば東でも避けられるかどうか微妙で、優先的に狙おうにも残る三機が石弓持ちを守るのも目に見える。

(私にもマキナが使えれば……)
自分もマキナの召喚が出来れば二対四に持ち込めるが、親魔物派で唯一マキナを召喚し、操る事の出来る東でもどうやって『機神召喚』に目覚めたのかが分からない。
東と自分、同じ義父の許で教えを受けながら育った二人に何の差がある。
何が違うのか、何が足りないのか、何が必要なのか、琴乃には分からない。
「私は、無力だ……」
「ご主人様……」
東に全てを託すだけで何も出来ない無力感に琴乃は唇を噛みしめ、無力感に苦悩する彼にアルルカンは何も言えない、何も出来ない。
《然り。マキナを前にお主等には何も出来ぬ、敢えて言うなら死ぬ事くらいであろうな》
琴乃の呟きが聞こえていたのか、楽心は何処からか取り出した槍を二人に突き付ける。
眼前に迫る大木の如き槍の先端、少し前に突き出しただけで蟻を潰すかの如く容易く二人を押し潰せるだろう。
《味わった事の無い生き人形を潰すのは惜しいがコレも役目。なに、寂しがる必要は無い。直ぐに他の連中も後を追わせるからのぉ》
勝ち誇ったような声と共に槍を突き出そうとした、その瞬間だ。
楽心には聞き慣れぬ、琴乃には聞き慣れた声がレスカティエに響く。


嘆きの大地を耕し
切なる祈りを胸に
我等は明日という名の種を蒔く!
汝、明日護る大樹、紅蓮桜
(グレンザクラ)


絶対零度
(アブソリュート)
蒼き牢獄、刹那の棺、絶対の果てに潜む零――
絶対零度!
汝より逃れ得るモノは無く、汝が触れしモノは死すらも凍る!!


我は勝利を掴む刃金
我は禍風
(マガツカゼ)を従える騎士
無窮の空を超え、不可避の死を告げ
駆け抜けよ、刃金の騎士!



ドォン!!
《なんと、マキナが三機も現れよった!?》
三つの爆音と共に現れる三つの巨躯に楽心は驚愕する……大輪を咲かせた紅きアルラウネ、蒼天の如き青き毛並み持つ人虎、深緑の甲冑を纏った鋼鉄の騎士。
新たに現れた三つの巨躯は、教団の使うマキナと異なる姿なれど同じ存在。
そう、新たに現れし三つの巨躯もまたマキナ。
「……………………」
「わ、わた、私達も知らないマキナが二体も!?」
動揺を隠せない楽心だが、動揺を隠せないのは琴乃とアルルカンも同じ。
現れた三体の内、青い人虎は東が操るマキナ・虎功夫(フゥクンフー)……以前見せてもらった事があり、その雄々しさと女性らしさを兼備した姿は早々忘れられるモノではない。
残る二機は二人も知らないマキナだが、このマキナを操る者を琴乃は知っている。
ほんの少しだけ聞こえた声、最後に聞いたのが随分と昔に思える程に懐かしい。
忘れない、忘れられる筈の無い声。

(紅蓮(グレン)、一心(イッシン)、無事だったのか……!!)
ほんの少しだけ聞こえた声は行方不明だった義兄弟の声。
血よりも濃ゆい情で深く繋がり、硬く結ばれた義兄の声。
二人の義兄の声を聞いた瞬間、琴乃の心臓が歓喜を表すように脈動する。
いや、脈動が表すのは歓喜だけではない、何かを訴えるように心臓が力強く脈動する。
(熱い、己の内側が熱い……!)
何かを訴える心臓の鼓動、身体の奥底から燃える炎を琴乃は感じ取る。

―君の想いを正しく理解するんだ

「…………っ」
奥底で燃え盛る炎を認識した刹那、脳内に懐かしい声が響く。
脳内に響いた声は琴乃が敬愛する義父の声、突然響いた声に驚く暇を与えず言葉を紡ぐ。

―アルルカン、と言ったかな?
―彼女の危機に君は何を感じた?
(あの時、私は……)
―激しい怒りを感じただろう?
―なら、何故怒りを感じたのかを考え、理解するんだ
(何故、私は……)
―ソレを正しく理解した時、君は目覚める
―君が求めた力に目覚める

(私にとって、アルルカンは何だ……?)
アルルカンが楽心に襲われた時、何故濃密な殺意を抱く程に激しい怒りを覚えたのか。
その理由を考える琴乃はある答えに辿り着いた。
(そうか、ソレこそがマキナに必要なモノか!)
自分にとってアルルカンはどういう存在か、ソレを正しく理解した瞬間、琴乃はマキナに必要なモノを知った。

《うぅむ、コレはちと不味い事になった。命あっての物種、此処は退散するに限る》
知らないマキナが三体も現れた事で楽心は不利を悟ったのか、二人に突き付けていた槍を離して逃げようとする。
政戦両略に長けた面を教団に買われて招かれただけの楽心は、教団に忠誠も無ければ恩も共感も無く、在るのは『己のやりたい事をやる』という欲求だけだ。
その欲求を隠して―目の届かぬ所ではやりたい放題だったが―教団に手を貸していたが、ソレも潮時。
命あっての物種、此処はさっさと逃げて行方を晦ます方がいい。
《む?》
そう判断した楽心が背を向けた途端、背後から放たれる膨大な魔力を感じ取る。

「……………………」
膨大な魔力を放つのは琴乃、彼の放つ魔力はその若さ―見た目では鉄仮面の所為で判断がつかず、声の高低で判断しただけだが―には不釣り合いだ。
若さと不釣り合いな魔力に楽心の背中に冷や汗が流れ落ちる。
どうやら、楽心を逃がすつもりは無いらしい。
「……………………」
すると琴乃は唯一彼の顔で露出している口元を左手で隠し、


王は平伏す民を掻き分ける
声は崇拝
(アガ)めよ、手は喝采(タタ)えよ
泪は枯れ果てるまで流れ出よ
コレが王者の威容



《っ!?》
「っ!?」
詠うように言葉を紡ぐと、只でさえ膨大な魔力が更に膨れ上がる。
膨れ上がる魔力にアルルカンと楽心は言葉を失い、そんな二人を尻目に琴乃は叫ぶ。
「降臨せよ、荒神威(アラカムイ)
琴乃の叫びはレスカティエの空に響き、世界に過ぎたるモノを招く。
パキッ
何も無い筈の空間に亀裂が入り、空間の亀裂から巨大な一〇本の指が現れる。
手掛かりを求めるようにわなないた指は空間を掴み、空間を力一杯に左右に引き裂いた。
そして、引き裂かれ、抉じ開けられた空間から指の主がズルリと顔を出す。

「わ、私……?」
口の無い顔、眩い輝き放つ銀の長髪、露骨な球体関節。
現れたモノは巨大な事さえ除けばアルルカンと瓜二つ、全長一五メートル近いもう一人の自分にアルルカンは目を丸くし、楽心は言葉を失う。
不気味さと神々しさを兼備した姿は美しさを感じさせるが、関節の隙間から漏れる魔力と機械仕掛けの瞳は楽心に激しい敵意を向けている。
「乗り込むぞ!」
「きゃあっ!?」
呆然とするアルルカンの腕を琴乃が掴んだ瞬間二人は光に包まれ、二人を包んだ光は巨大なアルルカン、荒神威の喉元に吸い込まれる。

「え、え? こ、此処は?」
光が消えた時、アルルカンは見覚えの無い場所に困惑を隠せない。
アルルカンが座っているのは前後の車輪が取れたバイクのような座席、その周囲は丸みを帯びた壁に囲まれている。
ブゥン…と羽音のような音で視線を前に向ければ、其処にはフワリと風船のように浮かび始めた楽心の姿を映した半透明の大型モニター。
「接続完了……成程、マキナは『そういう存在』か」
背後から聞こえた声に振り向けば其処には巨大な泡に包まれた琴乃、その両手には気品を感じさせる籠手。
籠手の甲からは太いワイヤーが生えており、その端は琴乃を包む泡と繋がっている。

「え、えぇぇぇ!?
「ん? 何を驚いている?」
「ご、ごごご、ご主人様!? か、かか、かか、仮面! 何時も被ってらっしゃる仮面はどうされましたの!?」
突然素っ頓狂な声を上げるアルルカンに琴乃は首を傾げ、首を傾げる主に彼女は叫ぶ。
無い、威圧感溢れる無骨な鉄仮面は何時の間にか消えていた。
ソレ即ち隠されていた琴乃の素顔が晒されているという事で、覚えている限りでは初めて晒された素顔にアルルカンは驚愕と困惑を隠せない。
「仮面の事は後回しだ、行くぞ! ギ、グゲッ、ガッ、DAAAIDARAAAHHHHHH!!
「はわわぁ!?」
琴乃は仮面の行方と素顔についての問いを黙殺して苦痛の叫びを上げ、叫びと共に訪れた突然の浮遊感にアルルカンは悲鳴を上げた。

《魔物側にマキナが計四機、数の上では互角だが敵のマキナは未知数》
不老長寿の妙薬・人魚の血を飲んだ楽心は今年で一五一歳、見た目は五〇前半だが伊達に長生きしている訳ではない。
動揺は直ぐに治まり、経験を基に楽心は冷静に思考する……楽心を除いた三機のマキナ、その操縦者の内訳は勇者が一人に部隊長クラスが二人。
部隊長クラスの二人は中堅格の勇者までなら勝てる強者、勇者の素質が在ればと嘆かれた事もある実力者で、同時に教団への忠誠心も強い。
敵が未知数でもプライドと使命から挑むのが目に見えるし、実際、既に交戦している。
残る勇者は問題外、何故ならこの勇者は『壊れている』……どんな経緯でそうなったのか知らないが精神が破綻しており、この勇者は勇者にして勇者に非ず。
女子供ばかりを狙う殺戮者、『何故コイツが?』と教団も首を捻らせる稀代の駄目勇者だ。
この駄目勇者、最早マトモな思考は出来ないらしく深緑の騎士と交戦中である。

《やはり、此処は逃げの一手でござろうなぁ》
血気盛んな若者に心中で呆れた溜息を吐き、楽心は決断する……敵が未知数である以上、下手に挑んで返り討ちに遭うのは勘弁願いたい。
結局敵前逃亡を選んだ楽心に応えたのか、羽衣がボンヤリと淡く輝いたかと思うと重力を無視してフワリと浮かび上がる。
この羽衣、仕組みは知らない―知りたいとも思わないが―が重力を遮断する効果を持つ。
然し、あくまで猿大僧正の周囲を無重力空間にするだけで羽衣単体では推進力は得られず、背部の推進器を使わなければ推進力を得ない。
だが、重力の制約を受けない為に高機動且つトリッキーな動きを可能とするのだ。
(見た限りあのマキナは陸戦仕様、空を飛ぶ某には追いつけまい)
一見した限りでは敵マキナ―荒神威、と言ったか―に単独での飛行能力は無い。
空に逃げれば逃げ切れる、と楽心は踏んだが
《な、何と!?》
その予想は苦痛の咆吼で覆される……その咆吼と共に荒神威の背中から真ん中の膨らんだ円柱が生え、その脇から更にドラゴンのような翼が生えたのだ。
円柱の下部から猛烈な勢いで炎が噴き出し、空に浮かぶ楽心目掛けて荒神威は突撃する。
空を飛んだ事に驚きを隠せなかった楽心は、荒神威の体当たりを喰らう羽目になった。



「敵損傷は!」
「え、あ、えっと、敵に損傷は在りません。多分、驚かせただけかと」
体当たりの直撃を受けてサッカーボール宜しく楽心は吹き飛ぶが、ダメージは無いらしい。
尤も、体当たりでダメージを負う相手ではない事を分かっている為、落胆は無いが。
「追撃を開始する。白城七肉巧、『肉鐡炮・紅蓮杖』……」
既に体勢を整え、虚空に立つ楽心との距離を詰めながら琴乃は追撃を選択、荒神威の手首から盛り上がるように筒が現れる。
「ギッ、グッ、アあぁアアぁぁあリィィぃぃ!!」
ブチブチと無理矢理剥がされるような激痛、飽きはしたが慣れない激痛に悶えつつ琴乃は筒に自分の肉と骨を注ぎ込む。
DAAAIRAAAAHHHHHHHH!!
肉は火薬に、骨は無数の鏃に、魔力は起爆剤に変換、苦痛の咆吼と共に琴乃は『己が骨肉』を用いた炸裂弾を発射する。

琴乃が恐れられるのは戦闘スタイルが原因と語ったがソレも当然、彼の『白城七肉巧』は『自分の骨肉を千切って敵にブン投げる』という暴挙だからだ。
『肉鐡炮・紅蓮杖』は骨肉を用いた炸裂弾、『割腹・悪食腸管』は腸管を使った噛みつく鞭、『死唱・肘節連弩』は弾丸に変えた骨をばら撒くマシンガン。
使う度に激痛が襲い、身体が削られていく自爆攻撃、少しでも損傷を抑える為に彼は予めフードファイター顔負けの食事で七肉巧に使う骨肉を蓄える。
大型の魔界豚を丸々一頭骨すら残さず完食、時には犯罪者や死刑囚、教団兵を喰らう事で得た骨肉を使う事で漸く琴乃は戦えるのだ。
因みに、『割腹・悪食腸管』は骨肉の補給を兼ねた七肉巧である。

《ぬぅ?》
体勢を整えた楽心にノロノロと迫る炸裂弾、ソレが炸裂弾だと知らない楽心は訝りながら槍で炸裂弾を叩き落す。
ズドォォォン!!
《のわぁぁぁっ!?》
叩かれた衝撃で爆発する炸裂弾……飛び散る鏃と爆風に楽心は晒され、無数の鏃が機体に突き刺さり、爆発の衝撃が機体を蹂躙する。
「……炸裂弾を叩く馬鹿がいるとは、な」
「あうぅ、ご主人様……有効範囲に近かった所為で、軽微ながら損傷を負いましたの」
楽心の愚行に琴乃は呆れるが、ステータス管理担当のアルルカンの言葉で眉を顰める。
荒神威はその機構上ホバリングが出来ず、自然と敵との距離を詰めてしまう為、爆発には巻き込まれなかったが鏃の有効範囲内に入ってしまったらしい。
機体には何十本もの鏃が突き刺さっており、爆心地間近の楽心程ではないが此方も幾分かダメージを負ったようだ。

「道理で全身がチクチクと痛い訳だ」
マキナのダメージは操縦者にも伝わるらしく、鏃が刺さった部分から伝わる痛みが地味に鬱陶しいが、鬱陶しいだけで特に問題は無い。
その戦法上、琴乃は常に激痛に晒される為、この程度の痛みは痛みにならないのだ。
「アルルカン、敵の状態は」
「は、はい……損傷は重大ながら健在! 敵機、此方に向かってきます!」
アルルカンが叫ぶが早いか、爆風の向こうから槍を構えた楽心が飛び出してくる。
《ぬわははは!! いやいや、コレには魂消たわい! 危うく極楽浄土に旅立つところであったわ!》
全身には鏃が針鼠宜しく突き刺さっており、装甲も一部が剥がれて骨格が見えているが、楽心は未だに健在で槍を構えて弾丸じみた勢いで琴乃に迫る。

「くっ、『死唱・肘節連弩』……グ、アァッ、ギィ」
迫る楽心に琴乃は肘を曲げ、肘周辺の肉を銃身に作り替え、連動するように荒神威の肘がメキメキと音を立てて形を変える。
RUUULOOOOOOHH!!
《おぉっと!》
荒神威の両肘に現れるはマシンガン、苦痛の咆吼を響かせ、軽快な音を鳴らしながら迫る楽心に無数の弾丸が放たれる。
弾丸の雨霰に楽心は機体を横転させる事で避け、そのまま両者は擦れ違う。
「ご主人様、肘部周辺の装甲が喪失! 直ぐに修復を開始します!」
「ちっ……」
白城七肉巧、マキナ搭乗時は装甲『も』使うらしく、自分の骨肉が削られた上に荒神威も肘周りの装甲を失った事に琴乃は舌打ちをする。
アルルカンの言葉からして七肉巧に使った装甲は自己修復で補うらしいが、此方は有限。
蓄えが無くなったら、文字通り己が身を削る事になる。

「敵機の旋回を確認、此方に向かって突撃を開始しました!」
「ぬぅ……ん?」
アルルカンの警告に琴乃は機体を旋回させて楽心を正面に捉えるが、正面に捉えた楽心は此方に突撃しながら槍を弄っている。
何をしているのかを確認すべく、琴乃はモニターを拡大させて手元を見ると、何やら槍に何かを通している。
「アレは筒、ですか? 槍に筒を通して、あの人は何をするつもりですの?」
《どうやら、お主等を踏み倒さねばならんようだ。手早く終わらせてもらうぞ!》
その行為にアルルカンは首を傾げ、琴乃は脳裏に何かが引っ掛かるが、脳裏に引っ掛かる何かの正体を掴むより前に槍を構えた楽心が迫る。
琴乃は突き出される一突きを避ける為の回避運動に入るが―――
「え、えぇっ!?」
「し、しまった!」
突き出された槍の動きにアルルカンは驚愕し、琴乃は判断が遅れた事に歯噛みする。

《ぬわははははっ!! 某の槍の味は如何かなぁ?》
遠ざかりつつある満足気な楽心の声に琴乃は舌打ちしたいが、舌打ちをしている暇は今の彼には無い。
「ご、ご主人様! 腹部に重大な損傷!」
「ぎ、ぐぅ……」
大きな螺旋を描くように突き出された槍は腹部を抉り抜き、その一撃で機体損傷は一気にレッドゾーンに陥った。
「まさか、管槍を使うとは!」
「く、管槍? 管槍って何ですか?」
槍に筒を通している時点で気付くべきだった脅威に気付けなかった事を悔しがる琴乃に、アルルカンは管槍とは何なのかを彼に問う。

「コレは東から聞いた話だが、管槍とは『最初の一突きを避ければ槍は怖くない』という寝言を一瞬で吹き飛ばす工夫だそうだ」
通常、槍は左手で持って右手で突く……左手は槍の軌道を安定させて命中率を高める為の砲身であり、その『砲身』を筒で代用したのが管槍だ。
管槍の一突きは普通の槍よりも速く、修練を積めば回転を利かして捻り込む事も出来る。
「で、でも、先程のアレは『回り過ぎ』じゃないですか!?」
「何処の流派かは忘れたが螻蛄首……柄に接する部分を鞭のようにしなるようにして更に工夫を加えた流派があるという。そのしなり故に手元の捻りが尖端に伝わる事には大回転、という寸法だ」
熟練の武術家でもしなりが生む大回転を見切るのは難しく、琴乃に管槍の事を教えた東も『この我でも、管槍の一突きを見切れるかどうかは分の悪い賭けになる』と言った程。
武術に明るくない琴乃があの大回転突きを見切るのは無理がある。

《我が家に伝わる一工夫、もちっと味わってみよ!》
「ちぃっ!」
再び迫る敵意に、腹部を中心に広がる激痛に悶えながら琴乃は機体を旋回させると、あの大回転突きが彼を襲う。
大きな螺旋を描きながら迫る、牙のような穂先。
ズガンッ!!
「ぬぐぅっ!?」
達人でも中々見切れない一突きを武術に関しては素人である琴乃が避けられる筈も無く、衝撃が操縦席を激しく揺らす。
「ご、ご主人様、大変です! 先程の一撃で左翼が破壊されました!」
「な、何だと……ぬぉぉっ!?」
アルルカンの悲鳴と共に翼を壊された荒神威が落下を始める。
荒神威は背中の推進器の噴流と翼が生む揚力で空を飛ぶ為、飛行の要たる翼が壊されれば最後、墜落するしかない。
残った右翼が頑張ってはいるものの、満足に動けない荒神威は絶好の的だ。

《ふははははっ! その翼が要と踏んだが、見事に大当たりだったのぉ!》
地上に向かって墜落する琴乃を追い掛け、落下するように楽心が迫る。
一点に力が集中される上に落下の加速が加わった一突きは装甲を貫くには充分、荒神威の操縦席の位置は既にばれている為、その一突きは容赦無く喉を貫くだろう。
《御命、頂戴!》
「貴様が寄越せぇ!」
すると琴乃は機体を横転させて楽心を正面に捉え、彼の行動に楽心は首を傾げる。
絶体絶命の窮地に琴乃は何をするつもりなのか、楽心にはさっぱり分からない。
「白城七肉巧が一つ、『隠爪・肋挟獲(オンソウ・アバラキョウカク)』。オ、ゲアッ、ウブッ、GEEEBUURUAAAHHH!!
《な、何じゃあっ!?》
槍を繰り出そうとした刹那、胸部装甲を突き破って六本の爪が飛び出し、飛び出した爪に楽心は驚愕を隠せない。
「ひ、ひいぃっ! ご、ご主人様がグロテスクな事にぃ!?」
無論、その苦痛の咆吼に振り返ったアルルカンも目に涙を浮かべて悲鳴を上げる。

「この私に死角無ぁぁぁぁし! 手も足も出ない窮地に陥る事もあろうと予期し、肋骨を出せるようにしておいたのだぁ! ふははははははははははっ!
「高笑いして説明する事じゃないです!」
死角無しと高笑いする琴乃に、アルルカンがツッコミを入れる……そう、胸を突き破って飛び出した爪の正体は魔力で硬質化した琴乃の肋骨。
血を滴らせた肋骨をギチギチと蠢かせて高笑いする琴乃の姿は、ホラー映画のモンスター顔負けのグロさだ。
《えぇい! このっ、このっ、放さんか!》
「無駄だ! 羆をも凌ぐ隠爪の『握力』、一度掴めば容易く逃がしはしない!」
拘束から逃れようと楽心はジタバタと暴れるが、飛び出した肋骨は機体にシッカリ尖端を食いこませており、拘束が緩む気配は無い。
楽心は邪魔な槍を手放してその太い腕で琴乃を何度も殴りつけるが、何度殴られても彼は隠爪を放さず、寧ろ楽心を挟み潰す勢いで隠爪を閉じようとする。

「くらえ、生臭坊主! 白城七肉巧が一つ、『陽炎・炎髄管(カゲロウ・エンズイカン)』!」
琴乃が左腕を引くと掌から細長い管が生え、その左腕を『ある部分』目掛けて突き出す。
《ぎッ――――》
『陽炎・炎髄管』、外気に触れただけで激しく燃焼する程に可燃性の高い液体燃料に変えた血液を噴射する火炎放射器。
その先端を琴乃は楽心の『股座』に突き刺し、
「貴様の穢れに穢れたその股間、地獄の業火で焼却処分してくれる! グッ、ガ、キヒッ、GUUUURUAAAHHHH!!
突き刺した股座から楽心のマキナの内部を炎が駆け巡る。
ぇぇあがががががががが!?
「ふははははははははっ! まるで絞め殺される豚の悲鳴だなぁ!」
マキナのダメージは操縦者に伝わる……股間が業火で炙られる幻痛に楽心は絶叫を上げ、その絶叫を煽るように琴乃は己の痛みを無視して液体燃料を注ぎ込む。

《が、ががが……》
ショック死してもおかしくない強烈な幻痛が楽心を責め続け、身体がガクガクと痙攣する。
楽心のマキナ・猿大僧正も内部を駆け巡る炎で金色の装甲の所々がドロドロに融けており、金色の融けた鉄屑になるのも時間の問題だ。
「ぬ、おぉ!?」
「ひゃあっ!?」
すると、ガクン…と楽心が急降下を、いや落下を始める。
見れば機体が高熱を帯びた所為で羽衣が燃えており、この羽衣で重力を遮断している事を知らない琴乃とアルルカンは突然の落下に驚きの声を上げる。
急降下前の高度は大凡七〇メートル程、例えマキナでも墜落すれば大ダメージは免れない。
「くっ……!」
見る見る近付く地表を前に、琴乃は機体を横転して―無論、炎髄管を楽心の股間に刺し、炎を垂れ流したままだ―二人の位置を逆転させる。

「このまま押し潰して……」
《があぁぁっ!》
「なっ!?」
このまま上位を取り、落下の勢いで地面に挟んで楽心の圧殺を図る琴乃。
だが、楽心も圧殺されるつもりはない……顔に着けた能面の口から突然炎が吐き出され、吐き出された炎を琴乃は右手で顔面を庇うが、驚いた際に隠爪の拘束が緩んでしまう。
《ふんっ!》
「が……!?」
拘束が緩んだ隙に楽心は琴乃の腹を蹴飛ばし、琴乃は息を詰まらせる。
楽心は股間を苛む拷問から逃れた事に息吐く暇が、蹴飛ばされた琴乃は体勢を整える暇も無く、両者はマトモな受け身を取れずに墜落する。
《痛たた……全く、某の逸物が本当に焼け落ちるかと思うたわい》
「つぅ……逃がさん!」
ヨロヨロと起き上がった楽心は背を向けて逃げ出すが墜落の衝撃が残っているのか、その足取りは重くふらついている。
楽心が重くふらついた足取りで逃げるのにやや遅れて琴乃は立ち上がり、逃走する楽心を見た琴乃は全身に魔力を巡らせる。

「白城七肉巧が最奥ノ一器、『窮極・王者怪剣(キュウキョク・オウジャカイケン)』! グ、ガ、ガヒッ、ギ、ギギ、グゴァッ!!
「ご、ご主人様!?」
七肉巧使用時も琴乃は苦痛の咆吼を上げるが、彼が今上げている咆吼は聞いているだけで痛々しく、その咆吼にアルルカンは涙を浮かべる。
「イ、ギヒッ、ゴ、ギガ、ガガ、ギギ、オゴッゲァガガガガガガ!!
「ご主人様、しっかり! 気を確かに持ってくださいまし!」
琴乃の尋常ならざる、一瞬でも気を抜けば二度と這い上がれぬ深淵に飲まれそうな苦痛の咆吼に、アルルカンは目に涙を浮かべながら必死に彼を生の淵に繋ぎ止める。
「ゲッ、グハッ、ゴ、オブッ、グヒッ、ガァギギギギッ!!
すると、全身を駆け巡る激痛に悶える琴乃の身体に怪異が起こる。
メキメキ、ブチブチ…と耳を塞ぎたくなる生々しい音と共に琴乃の身体が縮み始める。
いや、縮んでいるのではない、琴乃の骨肉が彼の右腕に『喰われている』

《……ん? 追撃が来んのぉ?》
追撃らしい追撃がない事に疑問を感じた楽心は走りながら振り返り、振り返ってしまった事を後悔する。
《なあぁっ!?》
振り返った楽心が見たモノ……ソレは頭と胸、右腕だけを残して宙に浮かぶ荒神威、その右腕の肘から先は切っ先が二又に分かれた巨大な大剣と化している。
《い、いかんっ!》
足が無ければ翼も無く、満足に動けそうにない身体でどうやって切り伏せるのか楽心には分からないが、それでもアレが振り下ろされれば命が無い。
ソレを本能で悟った楽心は足を速めるが墜落の衝撃と機体の不調が足に響き、一刻も早く逃げねばと思う意思に反して足取りは重い。
があぁぁぁ――――――!!
鈍亀が亀になった程度―つまり、それ程変わらない―の足で逃げる楽心を見ながら琴乃は大剣と化した右腕を掲げると、二又に分かれた切っ先から長大な光の柱が現れる。



「な、何、アレ……光の、柱……?」
「ほぉ……琴乃め、窮極必滅奥義を使うか」
「窮極必滅奥義? 何、ソレ?」
一方、鉄屑と化した大剣のマキナを足蹴にする東……西側に突然現れた光の柱に虎功夫の副操縦席に座るヘルガは呆然と呟き、東は口端を僅かに釣り上げる。
あの光の柱が何なのか、ソレを知っているらしい東にヘルガは疑問をぶつける。
「窮極必滅奥義、我達の切り札だ。全力を籠めた乾坤一擲の一撃は受ければ敵は消滅必至、外せば絶体絶命の危機に陥る諸刃の剣」
「外せば後が無いって事?」
「いや、我達は切り札を絶対に外さぬ、其々が必中の工夫を凝らしているからな。その点、琴乃の工夫は実に単純だ」
「単純?」
「あぁ……外せば後が無いのなら、『外す方が無理な程に長く、大きくすればいい』。実に単純だろう?」



GRRRRRRAAAAOOOOOHHHHHHHH!!
咆吼と共に切っ先に光の柱を生やした大剣を振り下ろす琴乃。
振り下ろされる光の柱は雲に届かんばかりに長く、大きさは光の運河とも言える程。
この光の運河は七肉巧に使う予備の骨肉全てに加えて荒神威の装甲までをも費やし、剣を振るうに必要な部分以外を全て魔力に変換したモノだ。
重い足を懸命に動かし、逃げるのに必死な楽心に背後を振り返る余裕は無い。
まぁ、振り返らなかった方が正解だろう。
振り返ってしまえば最後、背後から迫る光の運河に絶望するしかなかったのだから。
《――――――――――》
膨大で圧倒的な魔力は飲み込んだ全てを否定し、光の運河に飲み込まれた楽心は断末魔を上げる暇も無く消滅する。
振り下ろされた光の運河が光の粒子となって消えた時、其処には―――
「……………………」
運河に飲まれて消滅し、轍の如く深く抉れた大地だけがあった。

×××

「それではレスカティエ防衛成功を祝して、乾杯!」
『乾杯!』
レスカティエ防衛戦はレスカティエ側の勝利に終わり、生存者を集めてレスカティエ城の大広間で祝勝パーティーが開かれた。
大広間の奥に立つデルエラがワインの注がれたグラスを掲げると、追従するように参加者全員―内二名は無理だったが―がグラスを掲げる。
「ま、ある意味被害は甚大だけどな」
「…………五月蠅い」
パーティーの開幕を告げる乾杯の後、一気に騒がしくなる大広間の一角に立つアステラはデルエラから隣に立つアルルカンに視線を向ける。
ニヤニヤとした笑みと共に向けられたその視線に、普段のメイド服に着替えたアルルカンに『抱えられた』琴乃はバツが悪そうにソッポを向く。

レスカティエの防衛自体は成功したが被害は一部甚大だった……マキナ同士の交戦地点は勿論だが一番被害が大きかったのは西側、その原因は西側の防衛担当の琴乃である。
琴乃と楽心の交戦地点から推定で全長二〇キロメートル、幅は大体二〇メートル、深さは一〇メートル近い巨大な『溝』が西側を横断するように掘られた。
用水路に転用出来そうな溝を掘ったのが琴乃の窮極必滅奥義、白城七肉巧が最奥ノ一器、『窮極・王者怪剣』なのである。
実際、『精霊の力を借りて用水路にしようかしら』とデルエラに苦笑交じりで言っていた。

「リビングドールに人形みてぇに抱えられるってシュールだねぇ」
「…………言うな」
西側の被害も大きいが琴乃自身の損傷も大きかった。
『窮極・王者怪剣』は肉体の修復に使う予備の骨肉も使ってしまう為、琴乃は肉体修復が出来ず、更に使用自体が久し振りだった為に過負荷で右腕が弾け飛んだ。
今の琴乃は頭と胸しか残っていない、文字通り手も足も出ない達磨状態で、アルルカンに抱えてもらわないと動けないのだ。
生き人形のリビングドールに人形宜しく抱えられる、確かにシュールな光景である。
因みに、達磨になった琴乃に義兄弟を除いた全員が悲鳴を上げたのは言うまでもない。

「んで、あの二人がオメェの義理の兄貴? 義理とはいえ兄弟揃って馬鹿デケェなんて、一体どうやってらあんなにデカくなるんだよ」
「良く食べ、良く動き、良く寝る。それだけだ」
「いや、ソレであんなにデカくなるんだったら苦労はしないって」
アステラの視線の先には、東達と楽しく会話する男女二組……男二人の方は中々見る事の無い長身の琴乃よりもやや大きく、頭一個分飛び出している為かなり目立つ。
一人は真紅の神父服を着た禿頭の巨漢で名は赤尉紅蓮(セキジョウ・グレン)、一人は無地の緑色のスーツを着た痩躯の少年で名は碧澤一心(ミドリザワ・イッシン)。
紅蓮と一心が行方不明であった琴乃の義兄で、つい最近までネルカティエに滞在していた二人の立場は裏切り者と脱走者。
紅蓮はネルカティエのセイレム襲撃で愛想を尽かして離反、一心もネルカティエに嫌気がさして逃げ出したのだ。
どうしてレスカティエに居て、二人が何故マキナを召喚出来たのかはまだ聞いていないが、再会を果たした今なら聞く事は何時でも出来る。

「ほれ、折角再会出来たんだ。混ざってこいよ」
「……そうさせてもらおう。アルルカン、頼む」
「はい、ご主人様」
顎で義兄弟達を指したアステラは再会を喜んでこいと言い、その言葉に微笑みを浮かべた琴乃はアルルカンに頼んで義兄弟達が集まっている場所に向かう。
ほぼ二ヶ月振りの再会、ほんの少しの間離れていただけなのに凄く懐かしい。
短かったような長かったような二ヶ月ちょっとの時間を埋めるべく、再会を果たした二人の義兄と琴乃は語り合った。
無論、達磨状態の琴乃に義兄二人は驚いたが。



「ふぅ、漸く再生が始まったか」
「ふふっ、凄い食べっぷりでしたね」
祝勝パーティーを抜け出し、用意された部屋に戻った琴乃とアルルカン。
無類の甘党である紅蓮がデザートを食い漁って怒られたり、下戸なのに断りきれずに酒を飲んだ東が酔っ払ってヘルガのズボンを脱がしたり、とパーティーは賑やかだった。
特に大型の魔界豚の丸焼きを琴乃が一人で骨まで完食した事は参加者全員が驚いた。
達磨状態の琴乃が魔界豚の丸焼きを食う様は腐肉を漁る蛆虫のように見え、お陰で純白のスーツがソース塗れになってしまったが。
魔界豚の丸焼きを完食した事で肉体の修復に必要な骨肉を確保出来たのか、肉体の修復が始まる事を感じた為、二人はパーティーを抜け出して部屋に戻ってきたのだ。

「うっ、くぅ……」
肉体の修復が始まり、苦しげな声を上げる琴乃。
ミチミチ…と生々しい音を立てながら、蜥蜴の尻尾のように欠けた部分が生えてくるが、修復に伴う痛みは何度やっても慣れない。
「アルルカン、仮面を外してくれないか?」
「えっ? 仮面を、ですか?」
突然鉄仮面を外してくれと頼む琴乃にアルルカンは目を丸くし、どうしていきなりと首を傾げながらアルルカンは鉄仮面の留め具を外す。
「……………………(ポッ)」
鉄仮面を外して晒された琴乃の素顔に、アルルカンは頬を赤く染める。
琴乃の素顔を言葉で表現するなら角の無いリリム……頭の角が無く、瞳が黒い事を除けば、その素顔はリリムと見紛うばかりの美しさ。
黒い角と紅のカラーコンタクトがあれば、アステラやデルエラでも顔だけ見ればリリムと間違えてしまうのではないか、そう言える程に琴乃の素顔は整っていた。

「あの、ご主人様? どうして、仮面を?」
その美しさで頬を赤くしながら、アルルカンは何故仮面を外したのかを琴乃に問う。
入浴時以外は絶対に仮面を外さず、就寝時もピッタリとしたゴムマスクを着けていた琴乃。
兎に角素顔を晒そうとしない琴乃が、突然素顔を晒したのは何の理由があるのだろうか。
「お前の前では外すと決めたからだ。ソレに、少し昔話をしようと思ってな」
二人っきりの時だけは外すという言葉にアルルカンは嬉しさを感じるが、嬉しさと同時に疑問も感じた。
自分が主と慕う琴乃の事をアルルカンは殆ど知らない……知っているのはその細い身体の何処に入るのかと思う程に大食漢である事と、グロテスクな戦い方をする事だけ。
殆ど知らない主の事を聞ける事に目を輝かせるアルルカンに苦笑しながら、琴乃は自分の過去を語り始める。

×××

白城琴乃は体内に七匹の使い魔を飼う魔術師で、この使い魔を己の骨肉を媒介に召喚し、武器として使役するのが白城七肉巧である。
この使い魔は琴乃が生まれた時は一匹だけだったが、誕生日を迎える度に一匹ずつ増え、誕生日を迎える度に増える事もあって使い魔は彼にとって弟のような存在だ。
然し、弟同然の使い魔の存在故に、琴乃は両親に捨てられた過去を持つ。
離乳食を食べ始める頃から人一倍、いや何倍もの量を食べ、異常な食事量に反して琴乃は適正体重を維持していた事から両親は彼を不気味に感じていた。
この異常な食事量は誕生日を迎える度に増えていく使い魔を養う為だったのだが、両親はソレを知る機会は無かった。

両親が琴乃を不気味に感じていたのはその食事量だけでなく、誰もいない筈なのに誰かと楽しげに会話する彼を周囲の人間に度々目撃された事もある。
元々両親は仕事で家を空ける事が多く、両親に構ってもらえない寂しさを琴乃は使い魔と戯れる事で紛らわしていた。
使い魔に知性らしい知性は無いが主の寂しさを本能的に理解し、変幻自在な柔軟な身体を活かして琴乃の寂しさを紛らわしていた。
この時から既に琴乃は才能を開花させており、召喚に伴う痛みも両親に構ってもらえない寂しさに比べれば些細なモノだった。
誰も知らない秘密の弟分、ソレが使い魔に対する琴乃の認識だった。

そして、琴乃が四歳の時に秘密の弟分の戯れを、五匹の使い魔が盛り上がる瞬間を両親は目撃してしまったのだ。
使い魔はねじくれた古木のような醜い顔をしており、その醜い顔も両親の恐怖を煽るには充分であり、使い魔との戯れを目撃した両親は琴乃を養護施設に捨てた。
捨てられた施設で琴乃は孤立した……使い魔の存在を知った子供は琴乃を化け物と罵り、本来なら守るべき立場にある大人は彼に不気味さを感じて露骨に避けていた。
この時から既に琴乃は今の顔を年齢相応に幼くした美貌を持っており、グラビアアイドル顔負けの女性然とした顔で虐められる事も多々とあった。
『化け物』、『女男』と幼さ故に容赦無い罵りに琴乃は精神的に疲れ、寂しさと疎外感から彼は使い魔と戯れに興じた。

その戯れが孤立を深め、深まる孤立を紛らわす為に使い魔と戯れるという悪循環。
その悪循環を断ったのが事故か何かで両足を付根から失ったらしく車椅子に達磨のように座った、フードの付いたボロボロなマントを纏う奇妙な男、後の義父である。
琴乃が六歳の時、この奇妙な男は彼を養子として引き取りたいと職員に言った。
使い魔の存在に加え、施設の食料を全て食べ尽くさん勢いで食べる琴乃は施設の厄介者で、そんな厄介者を引き取ると言う申し出を職員は快諾した。
厄介者だと幼心に自覚していた琴乃は『どうせ、この男も直ぐに自分を捨てる』と疑い、男に引き合わされた彼は疑念から中々近付こうとしなかった。

『辛い思いをしてきたんだね、君『達』が私を疑うのも無理は無いな。だが、私は君達を心から愛すると約束するよ』
琴乃は何も言えなかった。
この男は自分を『君達』と言った……つまり、男は使い魔の存在を知っており、使い魔を知って尚、男は使い魔を含めて自分を愛すると言ったのだ。
男の言葉には琴乃が求めて止まなかった温もりがあり、嘘だと決めつけるのは無理だった。
『さぁ、帰ろうか……私達の家に』
そう言いながら差し出された右手はくすんだ銀色―後に、この右手は義手だと知った―で、差し出された銀色の右手を琴乃は恐る恐る握った。
男の右手は冷たかったが温もりもあり、冷たさと温もりが混在した右手に引かれ、琴乃は男の家に着いた。

男の家には既に四人の孤児が居て、彼等も何らかの事情で両親に捨てられた子供だと男は説明した。
似た境遇故に琴乃は四人と仲良く―四人の中で唯一の女の子、当時の東は感情が希薄で中々進展は無かったが―なり、遅れてやってきた三人の孤児とも直ぐに打ち解けた。
そして、全員が仲良くなった頃に当時の紅蓮が義兄弟の契りを交わそうと言いだし、彼等は義兄弟の契りを交わした。
因みに誕生日は違えど全員同い年だった為、兄弟の並びは男に引き取られた順で決まり、五番目に引き取られた琴乃は四男になった。

琴乃が厳つい鉄仮面を着けるようになったのは彼が一二歳の時で、彼はこの女性然とした顔を隠したいと義父に訴えた。
実際、引き取られてから急に伸びた身長―当時既に身長が一六〇センチ代だった―もあり、買い物で外に出る度に必ずと言っていい程に女子高生と間違われてナンパされた。
その訴えに義父は琴乃の趣味に合わせた鉄仮面をプレゼントし、外に出る時は必ず義父の贈り物である鉄仮面を彼は被るようになった。



「私が仮面を外すのは紅蓮達と父さんの前だけ、家族以外の者の前では絶対に外さん」
「なら、どうして……ひゃっ」
どうやら、己の過去と仮面を外さない理由を話している間に肉体の修復が終わったらしい。
何故仮面を外したのかをアルルカンが尋ねようとした瞬間、琴乃は再生したばかりの腕でアルルカンの腕を掴んで引っ張り、彼女を抱きしめる。
「んぅっ!?」
いや、抱きしめるだけではなかった。
琴乃はアルルカンの顎に手を当てたかと思うと彼女の唇に自分の唇を重ね、突然のキスにアルルカンは目を丸くする。
唇同士を触れ合わせるだけの啄むようなキスは直ぐに終わり、琴乃とアルルカンはジッと見つめ合う。

「一般的にキスは恋愛関係の確認を意味する」
「…………え?」
「恋愛の定義は三種類に分類が可能だと考察する……一つは主観の側面、そして個人間の側面。更に社会的な側面だ」
「え? え?」
突然難しい事を言い出す琴乃にアルルカンは戸惑うが、よく彼を見てみると異常が分かる。
今の琴乃は妙に早口で目が泳いでおり、頬も赤く染まっている。
「恋愛の社会的側面は後日アステラ達に認めてもらう事にしよう。個人間の側面としてはアルルカンに私が能動的にキスをし、アルルカンが私に能動的にキスをすれば為される」
目を泳がせながら早口で喋る琴乃に、アルルカンはまさかと思う。
「そして、主観の側面で言えば、現在私はアルルカンに不合理な程に感情移入している」
「あ、あの、あの……ご主人様、ソレはどういう事ですか?」
「結論は容易に導けると思うのだが?」
「ご主人様に言ってほしい、です」
琴乃を真っ直ぐな目で見るアルルカン、泳いでいた視線はやがて彼女を見つめる。

「以上の証拠を以て主観的及び客観的に私の感情を判断するに」
「ハッキリと、言ってくださいまし」
「アルルカン、私はお前を愛している」
耳まで真っ赤にする琴乃だがアルルカンの方が重傷だった、精神面で。
頭をハンマーで殴られた……いや、ズドンインパクトのパイルバンカーに貫かれたような衝撃がアルルカンに走る。
「嘘、じゃ、ないですよね?」
「私は嘘が嫌いだ」
琴乃が嘘を嫌うのは知っている、それでもアルルカンは確かめたかった。
心は真実だと理解していたが、頭で真実だと理解したかった。

「荒神威を召喚する直前、私はお前への愛を理解した。お前を愛しているからこそ、私は荒神威の召喚を為し得た」
胸の中に収まったアルルカンに聞かせるように琴乃は言葉を紡ぐ。
楽心にアルルカンが凌辱されかけた時、琴乃は彼女の無事に安堵すると同時に楽心に濃密な殺意を抱いた。
その時は何故? と疑問を抱いていたが、脳裏に突然響いた義父の声で琴乃はアルルカンに対する想いを理解した。

「当初、お前の事を私の負担を軽減する為の道具だと思っていた……だが、何時の間にか、お前は私にとって大切な存在になっていたのだ」
自分の事ながら、何時からアルルカンが自分の心を占めるようになったのか分からない。
『ご主人様』と慕い、後ろをチョコチョコと付いてくるアルルカン。
自分の課す厳しい訓練を、文句の一つも言わずに頑張るアルルカン。
命潰えるかも知れない戦いに、役に立ちたいからと挑むアルルカン。
そんなアルルカンが自分には只々愛おしく、愛おしいと想ったからこそ己の内に眠る力が目覚めたのだ。
「何故仮面を外したのか、だったな。なに、理由は単純だ」
琴乃は微笑みを浮かべ、アルルカンの耳元で囁く。


お前と私は家族になる、私の妻になってくれ


「っ!?」
耳元で囁かれたプロポーズ、只でさえ不意打ちのキスで真っ赤になっていたアルルカンの顔が更に赤く染まる。
『恋人』をすっ飛ばし、いきなり『妻』になってくれと言われれば誰でもそうなる。
「無論、私はコレを強制しない。コレはあくまで私の願いだ」
「……狡いです、ご主人様」
受け入れるかどうかはアルルカンが決める事。
言外にそう匂わす琴乃だが、アルルカンの答えは一つだけだ。
「誓います。この身が壊れる時まで私はご主人様を愛し、御傍に仕える事を誓います」
「私も誓おう。この身果てる時まで私はアルルカンを愛し、傍に立つ事を此処に誓う」
そして、二人は誓いのキスを交わす。
愛し、愛され、共に歩み続ける事を。
14/01/08 06:42更新 / 斬魔大聖
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■作者メッセージ
年明けからほぼ一週間、遅れながら明けましておめでとうございます。
異界戦記マキナ更新です。
さて、今回の主人公・白城琴乃、仮面の下はイケメンなのに戦い方は兎に角グロいグロい。
肋骨と腸管が飛び出すわ、自分の骨肉を炸裂弾にしてブッ放すわ、挙句の果てに必殺技が自家製GNバ○ターソード。
もうお分かりでしょう……えぇ、琴乃の戦い方のモデルは某装甲悪鬼の箱入り息子、あの正義馬鹿(因みに本人のモデルはコード〇アスのゼロ)でございます。
更にヒロインのアルルカンはダイナミックで鋼鉄なアレ、と何ともイロモノな二人。
本当ならマッ○ドリルを登場させる予定だったものの、文字数の都合上泣く泣くカットしました。
まぁ、全員集合後の完結編で使わせる予定ですが。

さて、次回はほんのちょびっとだけ登場した緑色の騎士型マキナのパイロット、後半で名前だけ出てきた碧澤一心が主人公でございます。
碧澤一心の物語は一月中には投稿出来るように努力しますので、次回も楽しみにしていてください。

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