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第四十八話・局地戦 side ウェールズ@
クックが誰も殺さないように戦場を駆け抜けていたその頃、
ウェールズもまた戦場を駆け抜けていた。
だが、彼はクックと正反対。
皆殺しのために剣を振るい、大地を赤く染め、自らも返り血に染められていく。
ウェールズは躊躇も容赦もなかった。
西洋剣で繰り出す異質な居合い抜きは下から弧を描き鎧ごと縦割りにし、剣先を揃えた歩兵の隊列をたった一人で、無人の荒野を征くように蹂躙していく。
当初王国の崩壊した前軍に代わって、殿のために前進した中軍は気楽な仕事と思っていた。
それはそうだろう。
ウェールズはたった一人。
兵の数は減ってしまったとは言え、中軍には4つの騎士団、400人の傭兵が編成されており総勢700の兵数を誇っており、壊滅状態にある王国側においてもっとも兵数の多い軍である。
しかし、彼らの予想は覆された。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!」
太い雄叫びだった。
その声が耳に届いた者は戦意を砕かれ、
その耳を間近で聞いてしまった者は次の瞬間には命を失っていた。
いつ鞘に戻したのか、そしていつ剣を抜いたのかもわからない速さで隊列が切り刻まれる。
「今日まで運良く生きてきたんだろう。なら今日で満足してしまえ。理不尽に襲われた母さんや魔物たち、そして魔物たちと心通わす者の命を弄んだお前たちを……、俺は生かしておく程人間が出来ておらぬ!!!」
復讐の刃が疾る。
絶え間ない憎悪が刃となって戦場を赤く染める。
「ぬぅぅ…、おのれ小童め!我こそはメダパンニ騎士団が勇士、パブロフ=カルロ=ド=メナード。貴様と一騎討ちを所望する!!!」
立派な口髭を生やした騎士が馬上からウェールズと一騎討ちを申し込む。
「…よかろう。かかってこいよ、チョビヒゲ。」
ウェールズは魔力で動く左の義手を動かし、人差し指でかかってこいと合図する。
「その意気や良し!我が斧の錆としてくれるわ!!」
それを聞いて取り巻く兵たちが距離を空ける。
彼らは緊張の面持ちでそれぞれがパブロフの勝利を祈った。
パブロフが馬上で斧槍を大きく振り被る。

パブロフ=カルロ=ド=メナード。
前フウム王国公記に登場する武人の中でも、王国を代表する武人である。
戦場に出ること四十余度。
彼を象徴する斧槍で、王国の幾多の危機を救った救国の英雄であった。
戦場で挙げた首級は数知れず、常に正面から堂々と敵を撃破する姿に王国兵は何度も勇気付けられた。
この前フウム王国公記とはアヌビスやその他の歴史家が記した歴史書とは別体系の歴史書である。その内容は歴代国王の功績、風土、風俗などがヴァルハリア暦908年にフウム王国が一度滅亡するまでを記したものであるが、必ずしも正確な歴史書ではなく王国やヴァルハリア、他の反魔物国家に都合の良いように書かれているのが特徴である。
だがその内容の信憑性は高く、ロウガの死後300年後の世界においても考古学の花形ジャンルとして、前フウム王国研究は歴史家を魅了してやまない。
その前フウム王国を代表するパブロフ=カルロ=ド=メナードという人物は前述の通り、実に評価の高い人物なのであるが、その一方で欠点も目立つ人物としても紹介されている。彼の武人としての評価とは別に、彼の死後に明らかになった私生活でその評価は大きく落ちることとなる。それは彼がコーネリアの上客であったことが挙げられる。コーネリアや教会関係者により売られた娘たちをパブロフは買い、自らの慰み物としていた。その娘たちの末路は現段階においても調査中であるが、そのほとんどが二度と日の目を見ることなく、冷たい土の下で彼女たちは発見されている。犠牲者は少なく見積もっても30人は超えていたと研究者は残している。彼の死後、その遺産を継いだ嫡男の告発により、彼の罪は王国や教会ではなく、後の歴史によって裁かれることとなる。
パブロフの武人としての欠点は彼は一騎討ちは強かったが、軍を率いては二流三流であったこと。メダパンニ騎士団の中でも最高実力者であったのだが、それでも彼が騎士団長や副団長でもなく、一騎士、一武人に甘んじていたのは、猪武者の性質のためであった。だがそれでも彼の一騎討ちの強さを頼りに戦の流れを作ろうとするフウム王国の保守的な戦術が彼の死を早めたと言っても過言ではない。

何故ここで彼、パブロフ=カルロ=ド=メナードを取り上げるのか。
その答えは簡単である。
「ずえぇぇぇいっ!!!!」
パブロフの斧槍が唸りを上げて振り下ろされた。
「…遅い。」
大斧の穂先が大地を割る。
刃はウェールズを捕らえることもなく、二度と振り上げられることはなかった。
馬上のパブロフがグラリと揺れて、落馬する。
ウェールズの居合い抜きが鎧ごとパブロフを切り裂き、彼の顔面を削り飛ばした。
顔のない騎士は、痙攣するようにピクリと動いた後、二度と起き上がらなかった。
何故、パブロフ=カルロ=ド=メナードを大きく取り上げたか。
これまで単なる高額賞金首としてギルドに指名手配されていること以外に歴史に足跡を残さなかった彼、ウェールズ=ドライグが、この一騎討ちの後、剣豪や武神としてその名を馳せ犯罪者としてではなく、その武人としての勇名を高めていく。それはこの時代において武名で知れたパブロフを討ち取ったことで、初めて歴史の表舞台の華々しい場所に姿を現した。指名手配として数々の罪状の知られた彼が、後の歴史の中で数々の手柄を立てていくきっかけになった一戦こそ、まさにこの中立地帯局地戦であったからに他ならない。
そして彼が奪ったのはパブロフ=カルロ=ド=メナードの命だけではない。
彼がこの時もっとも多く奪ったのはフウム王国中軍兵士たちの希望そのものだったのである。
「あ……ああ…、ああ…。ウわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
誰かが悲鳴のように声を上げた。
それを合図に兵の群れは総崩れとなる。
一騎討ちで敵の士気を挫いて有利にことを運んできた彼らが、今度は自分たちがその効果を身を持って知ることとなった。
「逃げるな…!まだ立て直せるのだ…、ハッ!?」
指揮官が鼓舞するが彼らの声は兵士たちに届いていなかった。
それどころか彼ら指揮官が気が付いた時には、彼らの唐竹割りに斬られ絶命していた。
ウェールズが曲芸師のように飛び跳ね、馬上にいるはずの彼らの首を刎ねる。
体勢によっては唐竹割りに斬って、指揮系統をズタズタにする。
王国兵にとって悪夢はそれだけではなかった。
崩れた指揮系統、隊列の隙を突いて、ケンタウロスの突撃隊が彼らの背後を襲った。
正確に射られた矢の雨が振り、槍や剣を構えた彼女たちの隊列に王国兵たちは蹂躙されていく。
戦の勝敗が決した、そういう光景であった。
「さぁ…、終わりだ。貴様らはここで死ぬ。数多の怨念と数多の死神に抱かれて、苦と惨の中で…、踊れ…!」
返り血を浴びた赤い復讐鬼が低く疾る。


―――――――――――――――


「団長…、我々はいまだ待機のままでよろしいのですか?」
沈黙の天使騎士団団長、ファラ=アロンダイトは頷く。
「………待機、…せよ。」
「しかし、味方が崩れています。ここで救援に向かわねば、全滅は必須…。」
ファラに意見するのはリトル=アロンダイト、19歳の若き騎士である。
ファラの侍従にして、彼の養子である。
かつてファラが拠点としていた地で養子とした少年で、表向きは生まれたばかりの頃に戦で家族を失ったために、ファラの養子として育てられたということにされている。だが、実はその土地の大司祭の非嫡出子で、大司祭が欲情に負け、村の女性に手を出し、秘密裏に生まれたのがリトル=アロンダイトであった。そして彼の生みの母も産後の肥立ちが悪く、すぐに他界し、いずれは中央の教会の権力の座に着きたいと考えていた大司祭もスキャンダルを恐れて、ファラ=アロンダイトの養子として、半ば強制的に押し付けたのである。
彼自身も自分の生まれを知っていたが、それでもファラを実の父のように慕い、ファラの最大の理解者として常に彼の傍らにいる。
それは騎士団の間でも、信頼を得ていた。
幼い頃から騎士団と共に生き、戦場を駆け抜けた彼は常に言葉の足りないファラのサポートをし、騎士団の号令も彼がかける。
ファラの後継者、騎士団の仲間たちはリトルのことをそう見ている。
「義父上、待機を続けていても状況は変わりません。味方の救出を最優先に騎士団を動かすべきです!」
「……若い、な。」
ファラを戦場へ指を指し示す。
リトルがその指の先を双眼鏡を使って確認すると、彼がまさに救援に向かうべきと進言した場所の傍にある背の高い茂みの中にケンタウロスが潜んでいる。
「あっ……。」
「そういう……、ことだ……。」
リトルの言う通り、ここは救援のために騎士団を動かすべきである。
だが、その行動から敵から受ける伏兵の被害は計り知れない。
ましてやあの混乱の中に入れば、どんな兵でも子供の手を捻るように討ち取られるのは目に見えていた。
「義父上…、いえ団長。申し訳ありませんでした…。」
「……焦る、な。」
ファラはリトルの頭を軽く撫でる。
彼は彼なりに喜んでいる。
騎士物語に憧れるだけの騎士ではなく、戦場で生き残るための力を付けつつあるリトルの成長と、危険の中で味方を救いたいという彼の勇気に、騎士団の未来をいつの日か預けられる存在になりつつある器に。
「沈黙の天使騎士団団長、ファラ=アロンダイトはいずこにおわす!」
ファラの陣に急使が馬で駆けて来た。
ファラは無言で急使の前に出る。
「……俺だ。」
「おお、騎士アロンダイト。フィリップ王より再三の出撃命令が出ておるというのにいつになったら陣を出て戦うのか、と王はお怒りであるぞ!そなたたちに騎士の誇りはないのか!!」
「……あれは、我らの、…敵に非ず。」
「な、何と!?」
「……我が敵は、…俺が決める。」
「貴様、王の命に逆らうか!!」
急使が怒りを露わにしたので、リトルが間に入った。
「いえ、団長は今彼女たちと戦っても利がないと言いたいのです。彼女たちは剛と柔を実にうまく組み合わせた戦いをします。事実、あそこで崩れている兵士たちは囮です。本命はあそこに投入される救援部隊なんです。兵を伏せ、救援のために投入される中軍、後軍の兵力を消耗させることが狙いだと思われます。今、あえて危険を冒すよりもいち早く兵を退き、再起を図るべきです。」
「黙れ、戦の何たるかもわからぬ小僧めが口を出すでないわ!」
急使はリトルに平手打ちを喰らわせるとそのままカッカとした様子のまま馬に跨った。
「とにかく、王の命令は絶対である!早々に出立の準備をし、騎士の誇りにかけ崩れた兵を救出に向かえば、王の心象も良くなりましょうぞ!」
急使は一方的に用件を伝えると、本陣へと戻っていった。
「……大丈夫、…か?」
「平気です。あなたのゲンコツの方が万倍も効きますから。」
ファラは安堵したように小さく口の端を歪めた。
「…団長、どうします?あんな無茶な命令を実行しますか?」
ファラはため息を吐くと、幕舎の中へ入っていく。
つまり命令に変更はない、という彼の意思表示である。
リトルはファラに付き従って幕舎の中へ入っていった。


ファラは椅子に座り、大きく息を吐いた。
明らかな敗戦を傍観した、という罪を着せられるのが目に見えている。
だが彼には、少なくともこの戦場に出れない理由があった。
「…ここからは親子として話をさせてもらいますよ。義父上は…、魔物を斬れないのですか?」
どこか自嘲気味にファラは笑って、リトルを見る。
それが口に出さない彼の肯定の意味だった。
「僕の義母さんになってくれたかもしれない……、あの人がまだ………。」
「…………そうだ。」
それきりファラは黙ってしまった。
リトルも理解している。
教会に味方する勢力に身を寄せてはいるものの、ファラにはかつての信仰がない。信仰の下、神の名の下、正義の名の下に魔物を、親魔物派を斬った彼はもういない。
ここにいるのは、愛と守るべき女性を失った抜け殻なのだと。
お前は斬れるのか、とファラの目がリトルに訴える。
リトルは黙って首を振った。
「僕も…、斬れませんよ…。」
「………良いか。これだけは…、覚えておけ…。敵を決めるのは……、誰かじゃ…、ない。敵は……、自分で……、決めろ。」
「はい。」
ファラは少し眠ると簡易ベッドに鎧のまま横になる。
リトルは何も言わずに幕舎を出て、明かりが入らないようにと入り口を閉めた。
そして団長のファラに変わって戦況を見守る。
その姿に他の団員たちも刺激され、見張りを怠らぬよう、不意に敵がどこから現れても良いように防御の態勢を作る。
「今も覚えている…。義父上が愛した人、僕の憧れ…、僕の初恋の人…。やさしくされて、安らぎを与えてくれたあの人の記憶を持ち続ける限り、僕たちが魔物を殺す…、なんて出来る訳がないじゃないか。」
誰に言う訳でもなくリトル=アロンダイトはフィリップ王のいる本陣を睨み、呟いた。

戦況は変わらない。

誰かが敵と決めて、誰かの指図で動いた兵士たちは

誰かの作った地獄の中で

何が敵なのかもわからぬまま果てていく。
10/11/19 09:08更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
ウェールズ編ですw
ロウガやサクラはまだかという声が上がっていますが
もうしばらく中立地帯編が進みそうです。
まだ…、中盤にも入っていません。
「おいおい、もう五十話目の前だぜ?そろそろ考えてくれよ。」
何て声が聞こえてきそうですが
すでに戻れないところまで来てしまったので
脇目も振らず突撃します。
百話行っても恨まないでください…。

さて、今回はホフク様と沈黙の天使様のゲストで構成しましたが…
また魔物娘不在…。
いや、出てますよ。
ちらほらと(言い訳)^^;。
次回もウェールズ編でお送りします。

最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

11月19日、加筆修正致しました。

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