連載小説
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5.舟饅頭
 闇の中。ゆっくりと眼を開けば、そこには弓を引き絞ったような月が。

 中空に浮かぶ弓月。黄身のような黄色い色をして浮かんでいる。
 目に映るものといえば、月と真っ暗な空…そして、かすかに揺れる剣のように鋭いススキの葉。
 聞こえる音と言えば、虫の鳴き音、水鳥でも潜んでいるのかバサバサという羽音。…そして、わずかな水の音…。

 俺は、そんなのが聞こえる只中に寝そべっていた。
 体が左右に揺さぶられる。川の流れからはずれた処だというのに、わずかに揺れている。
 ここは舟の中。ふたり、さんにんが乗れるような小さな舟の中で、俺は寝そべり夜空を眺めていた。
 頭をちょいと上げれば、そこには一面に草の原。葦やススキなんかが生えているんだろう。

 日はとうに落ち、腹ごしらえの握り飯も腹の中だ。
 持参した酒に手をつけたいが、もうすこし待とう。

 俺は、今…待ち人をしている。
 休日前夜、こうして人気のないところで待っていた。

ギィィ…ギッコ…
 ギィィ…ギッコ…

 夜の川から響く音。それは、艪。
 ずっと、ずっと待ちわびた音。それは、だんだんと大きくなり…音が消えた。

「トクさん。徳介さんや、いるのかい?」

 すぐ近くから、名を呼ぶ声が。すっかりと聞きなれたその声。

「おカヤかい?」

 ずっと、ずっと聴きたくて、堪らなかった声。その名を口にしたくて待っていた。

「あい。トクさん」

 体を起こすと、舟の先にちいさな舟提灯を点した舟が…すーーっと寄ってくるのが見えた。

「待っていたよ。おカヨ」
「あい、トクさん。こんばんは」
「今夜も一晩よろしくな」
「あい、あい。おまいさん」

 逢引というわけではない。
 おカヤは、恋人ではない。
 この女は、馴染みの商売女。
 その売色を、俺が買う。
 出逢ったのは、いつごろからだったか…。
 心を合わせるようになって、だんだんと身体を重ねるようになっていった。
 心を通わせるとはいえ、それは商売人と客の割り切った関係でしかない。

「はやく、こっちに渡ってこいよ」
「あい。ちょぃと待って…」

 舳先にあるちいさな舟提灯の火をふっと吹き消すと、着物の裾をたくし上げた。
 ちいさな舟と舟。舟を寄せ合い棹を差し出して、おカヤがこちらに渡るのを助けてやる。
 恐る恐る伸ばした足。月の光にさらされて、夜目にぼぅっと白く浮き上がる。
 細すぎず、太すぎず。肉付きのいいその足。そぉっと伸ばした足がかわいらしい。
 悪戯心に、渡りきる直後にすこしだけ舟を揺らした。

 きゃっ!と短く悲鳴をあげると、こちらに倒れてきたので受け止める。
 ふくよかなその身体は、すっぽりと俺の体に嵌まるように収まった。

「もぉ…徳さんのいじわる」

 その撫で肩に、顎をひっかけるようにしておカヨの頭に寄りかかると、着物の襟からおしろいとは違う女の香りが…。

「ははは、カヨ。おまえは俺にとって菩薩さんなんよ。だから、一時でもはやく抱き締めたいと思うのはあたりまえじゃぁないさ」
「おちたらどぉするのさ」
「そぉしたら、着物はそこらに引っ掛けて俺達はいっしょに肌温めようや」
「もぉ、すけべぇな徳さん」
「だから…」

ゆっくりと、帯を解いていく…

「おカヨ…。ちから…抜いて…」
「あぃ。とく…さん」

 おカヨの耳にそっと口をよせて…囁いた。

「おカヤ…すきだ。…せめて、今だけは、今だけは俺の女でいておくれ」

 会うたびに、一晩だけでいいから女房になってくれと云い続けてきた。

「あい。うれしい…徳さん。…おまえさん?おまいさん…今夜も大事にしておくれ」

 おカヨもうれしそうに甘えた声をだしながら、顔をすりよせ答えてくれる。

「もちろんだ、カヨ。たったひとりの大事な女房さ。…おカヨ…すき…だ」

 首に、下あごに、うなじに…軽く口づけをしながら胸元へと、手を這わせるように忍ばせていく。

「あぃ…あっ…うん……おまい…さん…」

 耳たぶを舌先でねぶると、イヤイヤするようにわずかに首を振りながら、甘く切なさそうにちいさく声をあげるおカヨ。
 そんなカヨをもっと見たくて、耳たぶを甘噛みしてやると吐息の混じった声で喘いだ。
 徳介の事が待ち遠しかったのか…その身体を這わす手に、自らの手を重ねて導くように触らせるカヨ。

 互いを求めようと…

 心と心を…身体と身体を…

 重ねていった…。





 俺とおカヨは、事が終わった後はいつも舟の中で寄り添っている。
 けだるくまったりとしたこの時が、一番しあわせなのかもしれない。
 すぐそばに、だれかの温もりがあるという心強さ。
 ひとり者の俺にとって、なによりも得がたいひととき。
 やわらかであたたかいこの女といつまでも一緒にいられたらと、いつも思う。けれども、そんなことはできるはずも無いと思うと…ふっと、淋しくなる。

「おまいさん?淋しそうにしてるよ?」

 すぐ横で俺の腕を抱きかかえて横たわっているおカヨ。すこし顔をあげてこちらを見ていた。

「ん?」
「女房が隣にいるのに淋しそうにしちゃ…やぁ」
「すまん…」
「おまいさん…。いまだけは…いまだけは夫婦でしょぅ?」

 鼻と鼻がくっ付くその距離で…

「そうだったな」
「あぃ。かよは、おまいさんとこうしていられてしあわせ」

 囁くように、秘密を打ち明けるように…

「そうか?」
「あぃ。ほかのお客はね?かよを商売女としてしか扱ってくれないの。たまったものの捌け口にしかみてないの。でも…徳さんは…」

 ゆっくりと口をよせて頬に口づけをして…

「徳さんは…、女として、みてくれる。やさしくしてくれる。おんなだっていってくれる。夫婦だっていってくれる。そんな徳介さんのこと…すき」

 俺はそんなカヨのことが可愛くて、もう片方の手で引き寄せ、抱きしめる。

「おカヨ。俺も好きだ」

 客である俺をうれしがらせるための科白でもいい。それでも、やっぱり好きなものは好きなんだ。
 ゆっくりと縁取るように、耳を舐めてやる。すぐにか細い吐息が…

「あ…っ…あぃ。徳さん」
「このままいつまでもこうしていられたらな…」
「……ぁ……ぅん…ぃ」

 同じというように、ぎゅっと力を込めて抱きしめるおカヨ。

「放れたくないな」

 ことが終わったら金子を渡しておさらば…となるのが普通。

「もうすこし。もうすこし…このまま」

 足を絡ませ、腕ではなく身体を抱きかかえるおカヨ。
 放れたくない。そんな思いが滲み出るようなそんなしぐさに、ますます心が放れたくないと訴えかける。
 商売女と客。それだけの…。

 こうして、放れたくないのならば…
 女房にしたいほど惚れているのならば…
 身請けをしてやればよい―
 そう言う者もいるだろう。

 だが…この世とは、何事もままならぬもの―

 俺は、日々を雇われ人足として過ごしていた。
 貧しい田舎から、都の日常を夢見てやってきた田舎者。
 そんな泥臭い者が、すぐに成功するということなど夢物語。
 粗末な長屋に幾人かの者と住む生活。だが、心を許せる者はなし。
 気を許した途端、身ぐるみ剥がされてしまうかもしれない。気の休まるときも無し。
 日々、やっとの稼ぎで喰っていくのが精一杯のなか…
 俺は、この女に出会ったのだ。

 あれは…いつだったか。とある港町の商家で人足を欲しているという求めに応じて、荷役の人足として行った時だったか…。
 大陸からの交易品が無事に届いたということを祝って、俺のような人足にも駄賃がでたのだ。
 その頃の俺は、夜になると人恋しくて堪らなかった。正直、寂しかった。
 それで、湯屋や飯盛り女といった女を求めた。しかし、女たちは高かった。
 羽振りのいい商家の者や、そういったお店にきちんと雇われている荷役は金を持っている。
 だが、俺は口入れ屋の仲介を通してやってきたようなよそ者。足元をみてくる者が多かった。

 そんな時に、舟饅頭という女たちがいるということを耳にした。
 舟にのり、求めあればどこにでもいく。そんな女達。

 お暇をもらったその日、塒に程近い、川の端で舟饅頭だと思う女に声を掛けたのだ。
 川で手拭を濯ぎ、舟の中を拭いている女。その顔に表情は無く、どこかやつれた顔をして淡々と舟の中を拭いていた。女郎のように、華やいだ衣に身を包んでいるわけではない。どこにでもいる女ような地味な衣のその女。首筋や腕まくりした腕の太さからすこしぽっちゃりとしているのが見てとれた。

 昼間に声を掛けたからか…どこか恨めしそうな疲れた顔をして、夜にこいと言った。
 俺は、夕闇の薄暗い中、昼間の女を訪ねた。幾人かに声を掛け、その中にようやくあの昼間の女。客引きをするわけでもなく、舟の縁に腰掛けて水の流れを見つめていた女。
 何故、その女にしたのか…。けれども、昼に声を掛けた時からこの女にしようと思ったものだった。

 女に声を掛けると、本当に来たのかというかのような乾いたような硬い声を出し、さっさと乗れという合図をした。
 愛想の欠片も無い。一通り舟を移動させ、さっさとするよとでも言いたげに帯を解く女。
 二言、三言、言葉を交わしただろうか?よくは覚えていない。
 こういう事をしたことのない俺は、ただ唖然と女を見つめていた。
 そんな俺に帯を解くように言って、膝をついて覗き込むように肩に手をおくとそのまま押し倒す女。

 これから、俺は女というものを知るのか…。
 そう思った。けど…なにかが違った。たしかに、溜まっているものを吐き出すためにはこれが一番いいのだろう。
 けれども、違うと思ったのだ。

 とっとと、溜まっているものを吐き出させてしまおうとしているのか、弱い所を探すようにさわさわと体に手を這わす女。
 俺は、そんな女にやめるように言ってから、その身を抱きかかえて言った。

「このまま、このままで…」

 体の重さと、ゆっくりと肌に伝わってくる女のあたたかさ。
 そのぬくもりが安心感を引き出し、こころの中に溜まっていた寂しさを埋めてくれるような気がした。
 俺は、いつの間にか…女を抱きかかえたまま…すぅっと…眠りに、落ちていったのだった。

 夜から朝へと変わる薄闇の中、起きてみると…女は俺に寄り添いながら見つめていた。
 俺のような客は珍しいのか、じっと見つめていた。
 そんな女が大事なものに見えて、俺は…別れるその時まで、やさしく抱きしめていたものだ。

 別れ際…

「…また、頼む」
「…あぃ」

 硬く、素っ気無い声をしていた女の口から漏れたその一言。鈴のような予想外の可愛らしい声。抱きしめ眠っただけの俺に、何を感じたのかは…分からない。けれど、なんとなく心を感じとれたように思えてうれしかった。
 別れ行く女。朝靄の川に霞んでいく、その女を見守っているときに初めて…この都に出て来て初めて安らいだ一時をもらったような気がして、あの女に本当に感謝したものだ。
 あの後は…もうあのあたたかなあの女のことで頭がいっぱいだった。またあの安らぎをくれた女に会いたい!そう思うと、どんなにつらくてもなんとか働いて通い続けてやろうと闘志のようなものが湧き上がった。
 いつしか、心の拠り所となったその女。

 名を聞けば、カヨといった。近くの浜で漁師をしていた夫婦の娘だったが、二親はある日…息方知れずとなった。
 なにも告げず、突然カヨの前からいなくなってしまったという。そうして、突然借金があったことがわかり、カヨはその借金を返すために身を売ることになったのだそうだ。
 …どこにでもあるような、よくある話。
 カヨは、借金を返さなければ自由にはなれない。だから、俺は…客として金子を持って通いつめる。

 女に入れ込んで、金を貢ぐ者もいるだろう。けれど…そんなことをしても、カヨは喜ばない。
 俺も、貢ぐほどの稼ぎは無い。それがわかっているからこそ、このような関係でいる。

 あれから、幾年月。こうして、いまだに客とその馴染みとしての逢瀬を繰り返している。
 あの港町から遠く離れた塒に戻っても、おカヨはやって来てくれる。
 港町と塒。その中間にある海と川の河口のこの辺りがいつも逢瀬の場所。
 あたりに人の住む場所は無く、ふたり水入らずで楽しむことができる。

 おカヨのことを思うと、日が経つのも早くなったように思う。
 おカヨのことを思うと、力が湧いてくる。そんな毎日。
 おカヨと会えば、またつらい日々を乗り越えることができる。

 おカヨとの逢瀬をするようになってからは、気力が漲り精力的に働くようになった。そのせいか、口入れ屋からの仕事の斡旋が多くなり入り身の入りもすこし…わずかなものではあるが増えた。
 そんなわずかな金を貯めるようになった。いい酒でおカヨとの逢瀬を、一緒にたのしみながら飲もうと思っていたからだ。
 その日…そんななけなしの金を持っていつもよりいい酒を買い、一緒に飲むその時を待ちわび、舟の棹を持つ手に力を入れて漕ぎ出した…。




 おカヨは…来なかった。
 その日一晩中待っていたにも関わらず、おカヨは来なかった。
 急なお客でも入ったのか…とも思った。

 けれども、その次も…。

 そして、その次も…やはり来なかった。
 ぽっかりと心に穴が開いたように思った。心の拠り所が突然無くなったように思えた。

 心の拠り所を失った俺は、思った。
 きっと、あいつはどっかの野郎に身請けされたのだ…と。
 俺にとって、おカヨは菩薩のようないい女。そんなあいつの気立てに惚れこみ、身請けをした男がいるのだと…。
 人の温かさを求めていると言っていたカヨ。春を売るようなことをしなくてもよくなったのだ。あいつにとってはいいことだろう。
 だが…、正直、羨ましかった。悲しかった。悔しかった。
 せめて、あいつが幸せになることを祈ってやろうじゃないかとあきらめることにした。



 ある日、気になる話を聞いた。河口の方に、荷役として行っている男が、ひっくり返った舟が浅瀬に打ち上げられたと言っていたのだ。
 それだけならば、どうということのない話だ。
 だが…。
 舟の先には、小さな舟提灯が取り付けられていたという。
 それを聞いた途端、心の臓がはねた。呼吸すら息苦しくなった。
 途端に聞いた浅瀬に、走って…走って…。
 そこに集まっていた者達に話を聞いた。

 何日も前から、その姿を見ていないという。舟だけがここに流れ着いたのだという。特徴のある舟提灯。誰の舟からすぐに判ったという。
 力の抜ける足をなんとか引きずって、打ち上げられたという舟を確かめる。
 俺は…腰が抜けたようにひざをついた。その舟の先には、見慣れた舟提灯が…。舟の内側には、気の早い貝が張り付いていた。
 目から、熱いものがこみ上げた。信じられない…信じたくない。

 嗚咽を上げる俺の横で、女達が囁きあっているのが聞こえた。
 嵐の翌日に舟を出したから、大波に浚われたのだろうと…。
 馴染みの為とは言え、海に出るほどそんな遠方にまで舟を出したことへの批判…。
 それは、俺への批判であるように聞こえた。

 俺のせいだ。俺が…
 あんなところを逢瀬の場所にしたのがいけなかったのだ。
 そのせいで、あいつは…。
 後悔という重石がいつまでも、俺の心の中に残った。

 仕事が終わると、ぼぉっと川を眺めることが増えた。
 あいかわらず苦しい毎日。あのぬくもりを求めて、あいつが消えた海の中。このままいっそ身投げでもしてしまおうかと思うことも度々ある。
 けれども…心の中の重石が錘となって、楽になることなど許されないのでは?という思いに、吐き気がこみ上げてくる。
 そんな毎日のせいか…ある晩、夢を見た。

『おまえさん、おまえさん。会いたいよう、ここはね?ひとりぼっちなの。寒くて、寒くて…おまえさんのあったかさ…。あのあったかさが欲しくて欲しくて堪らないのよぅ。おまえさんにあっためてもらいたいの。ね?おまえさん。またゆっくりと抱きしめておくれよぅ…』

 暗く…深い…暗い闇の中でカヨが叫んでいる。その悲痛さ、身を引き裂かれるような思いだ。

「おカヨ!どこにいるんだ!カヨ!! 行けるものなら俺はどこへでも…おまえに会うためならどこへだって!」

 夢の中の俺は、水の中にでもいるようで、もがいてももがいても…声のする方へと近づくことすらままならない。

『徳さん。トクさん!会いたいよぅ。寒いよぅ…』

 自分を抱きしめながら、海の底に沈むカヨ。それを追うかのようにその声は、深い闇の中へと消えていった。



「おカヨ!!」

 俺は、自分の声で飛び起きた。着ていた衣は寝汗でべっとりと肌につき、えも言えぬ不快感。
 俺は、しばらく呆然としていた。あの悲痛な叫び声が、まだ耳の中に残っている。

「……本当に、カヨは…」

 言葉が続かない。考えたくない。まぶたに残るカヨの沈んでいく姿。
 本当に…なら…。心がざわつく。
 落ち着こうと、酒を呷る。どんなに飲んでも、酔えない。夢に出てきたその悲痛な声が耳朶から離れない。“会いたいよう…寒いよう…”と…。暗い海の中で俺のことを想って泣いているのだ。
 俺にできること…。できることならば、身投げでもして傍に行ってやるべきかもしれない。どうせ、この世はつらい事ばかり。こんなのがひとり身を投げたからといって気にする者などいないだろう。あいつの笑顔が頭に浮かぶ。あいつが俺に言ってくれた言葉が心に響く。あいつの温もりが肌に思い出される。あいつの…あいつの…。いろいろなことが思い出される。
 ああ、俺はこんなにもおカヨのことが好きだったのだ。
 おカヨへの感謝の念が悲しみと共に浮かんでくる。先に、この世からいなくなっちまった彼女のためにも、弔ってやらなければないらないという念がひしひしと浮かんで来る。いずれ俺もさびしさに負けて、あいつの元へと旅立つ日も来るだろう。けれども、いまあいつを弔ってやれるのは俺だけなのだ。
 俺は、きちんと弔ってやらないくちゃなと、重い腰を上げた。



 東の空に、月が…
 草の中にゆらめくその光。
 赤黄色く揺らめくそれは、最後に会ったあの時のように輝いていた。

「おカヨ。月がきれいだぞ」

 一緒に呑もうと思っていた酒を、杯に注ぎながら飲む。

「おまえも一緒に飲んでくれ」

 杯に注いだその酒を、川に流す。
 ふわっと、酒の匂いが辺りに広がった。

「カヨ。カヨぉ…すまねぇ。俺がおまえに甘えちまったばっかりに…」

 後悔と悔しさだけが心に残り、涙がこぼれる。
 やはり、海の中に落ちちまったのだろう。いつも乗っていた舟だけが流れ着いたんだ…
 会えなくなって、はじめてその大事さが身に染みた。
 なんで、あいつのそばに行こうとしなかったのか。家うつりすれば、もっと一緒にいられた時は多かっただろう。
 けれども、金はない。あいつの借金を軽くしてやるには、金子を持って客として行ってやらなければならないと思っていた。
 商売女を抱くためには金が要る。その金ほしさに、寝床を変えることはできなかった。
 結果、こんなことに…。

 もう、あのやさしい声で呼びかけてくれる女に会うことはできない。
 もう、あのあたたかさに触れることはできない。
 もう、あの心をほぐしてくれる存在はいなくなってしまったのだ。

 涙でぼやける月を見ながら、俺はひとり…舟の中で泣いていた。

 ヒュォッ!!っと風が鳴るのが聞こえた。
 涙に濡れていた顔が、ひんやりとした。
 どれくらい泣いたのか…草原に揺れていた月は、天上で黄色く輝いていた。
 ふいに、喉の渇きを覚えて酒を飲んだそんな時…。

「おまいさん?おまいさん…」

 風にざわめく草原に、ちいさな声が耳の奥深くで聞こえたような気がした。

「カヨ!」

 咄嗟に、声を返す。けれども、そんな俺の声すら風の音と、草草のざわざわと揺れる音で掻き消えてしまう。
 もう一度、聞きたいと思っていた声。また聞きたいと、いくら耳を澄ませても…もう聞こえはしなかった。

「カヨ…」

 失意の中、もう一度その名を呼んだ。



『あぃ……おまいさん』

  !?
 どこだ?
 それは、本当に…ほんとうに小さな声。

「カヨ!どこだ!!」
「ここだよぅ。おまいさん」

 ちいさなちいさな声は、水の中から聞こえてくるようだ。
 決して、聞き間違えじゃない!
 俺は、舟から身を乗り出して…暗い暗い水の中を覗き込んだ。

 ちゃぽっ!
 
 目の前の水面が跳ね、波紋が広がった。
 俺は、びっくりとして尻餅をついていた。
 今、水が跳ねた時…なにかが口にあたったからだ。
 その時、見た。人の顔を。
 いたずらっぽく笑っているようだった。

「おまいさん…」

 それは…ゆっくりと…水面から…
 浮き出るように、盛り上がるように、浮かび上がった。


「カヨっ?!」
「あぃ。おまいさん」
「本当にカヨなのか!?」
「あい!」
「カヨっ!カヨぅ…逢いたかった。逢いたかったぞ!!」

 うれしいはずなのに、だんだんと目の前がぼやけてくる。よく見ようとしてもやはり、ぼやけてしまう。

「おまいさん。カヨもね?逢いたかったんだよぅ」
「カヨぉ…っく…」
「泣いているのかい?おまいさん…。カヨに会えたのがうれしくて泣いているのかい?…うれしい」

 しゃくりを上げながらうれし泣く俺にも、カヨが微笑んでいるのがわかる。縁に腕を掛けると、一刻も早く触れたいというかのように手を伸ばす。

「カヨ?待っていろ?すぐに引き上げてやるからな」
「あぃ」

 俺は、その身を舟へと引き上げてやった。
 …? 白い肌だったのに黒っぽく見えた。
 上半身が舟に上がると、その腰を抱きしめて引き上げてやる。この感触…やはりカヨだ。
 けれども、その腰から下を見たときに違和感を感じた。

「…?…なんだ?」

 足が上がったとき…その違和感がなんなのか……
 カヨを見れば、うつむいてこちらを見ようとはしない。また俺に会えて、うれしいはずなのになんでだ?

「……」

 どこかよそよそしいような気がする。いたずらを見つかってしまった子供のように、なにかに怯えているようにも見えた。
 そんな時、違和感の正体がわかった。後ろからのぞくもう一本の…足?

「その、もう一本の足は…?」
「おまいさん…」
「ん?」
「カヨは…カヨは…」

 その後、言い淀むその口から…“人ではなくなった”と聞かされた。
 悲しそうな顔をするカヨ。変わってしまったその姿、見て欲しくないというかのように顔を背ける。
 けれど、そんなことは徳介にはどうでもよかった。

「カヨ。…そんなことはどうでもいいんだ。姿が変わろうと、おまえはおまえなんだな?」

 ゆっくりと頷くカヨ。その言葉に、俺は…なにも言わずに抱きしめていた。
 また会えた。またこうして抱きしめることが出来たと、何度もその背を摩る。

「カヨ、カヨぉ…。俺は、ずっと後悔してたんだ。おまえをひとり…暗い海の底で死なせちまったんじゃないかと。もう二度と会えないんだとよぉ」
「おまいさん…あいたかったぁ」
「…こんなに冷えちまって。俺が、すぐにあっためてやるからな?」

 俺は、衣を脱いでカヨに掛けてやるとそのひんやりとした身体を抱き寄せた。

「あぁ、あんたのぬくもりだぁ」

 感極まったように、どこかほっとしたようなため息。すがりつくように、肩と背を力いっぱいに抱きしめる。
 徳介もその体を放すものかと抱きしめた。
 すると、隣に徳さんがいる!と、寄り掛かるように頭を預けるカヨ。すぐそこからは、ほのかに甘く温かい匂いが漂ってきた。
 久しぶりに嗅ぐカヨの匂い。濡れているのもかまわずに、髪の匂いを嗅ごうと首を傾けると、口元に違和感。見れば、尖ったものが口にあたっていた。
 それは、耳のような肌触り。硬すぎず、やわらかすぎず…そのさわり心地が伝わってきた。それは、本来の耳のあるところから、すっと柳の葉のように伸びていた。

「あっ…やぁん」

 ちろちろと舌先でなぞるように耳?を弄ぶと、途端にカヨの甘ったるい声が上がった。
 それが耳なのだと、新しい発見をしたように耳の形をなぞりながら、皺や穴のある中を丹念に舐めて、時々歯で確かめるように甘噛みしてやると、か細い吐息が聞こえてきた。

「はぁぁ…やん、徳さん。いきなり耳、なめないでよぅ」
「ははは。カヨ?おまえは耳、舐められるの好きだったよな?こう…耳舐めて、洩れてくるその甘い声が俺は好きでなぁ?…ほら、もっと聞かせてくれ?」
「あ、ぁ…あっ…あん。と、とく…さ…。そんなっ…穴の、中……ぁっ…あん…いっ…」
「イヤか?」

 耳を舐められながらも、フルフルと頭を振るカヨ。やめないでと言うように頭を預けてくる。
 きっと、耳から伝わるその舌の動きとピチャピチャと頬張るその音を楽しもうと、耐えるように目をぎゅっと瞑っているのだろうと思うと愛らしい。愛しくなる。ますます腕に力を入れその体を強く抱きしめる。けれども、違和感。あることに気が付いた。

「…カヨ?すこし痩せたか?」
「やめちゃ…やぁ……ぇ?……痩せた?」
「ああ、この…乳から背に掛けてあったあのふくよかな肉の触り心地がうすくなっちまったか?」

 どちらかといえば、全体的にぽっちゃりとしたカヨだったが…今のカヨはやはりすこし違っていた。
 抱きしめながら、さわさわとその身体を撫で回すとやはり肉づきが落ちたような気がする。

「あぃ…徳さん。カヨね?海のあやかしになったから違っちゃったのかも…」
「そうなのか…」
「あい。でも、心配しないで?望めば、すぐに徳さんの望む姿になれるよ?」
「そうなのか?」
「あい!わたしの中のわたしがね?そうなれるって教えてくれるの」
「そうか…。でも、いまのカヨも俺はいいと思うぞ?ふくよかなカヨじゃない…このむっちりとしていて肉に張りがある今のカヨも、味わってみてぇ。俺の知らないカヨ。その全身をはやく知り尽くしてやりたいぞ」
「…ふふふ、変わってない。すけべぇな徳さん。徳さんのね?お股のきかん棒がね?もう、カヨと繋がりたい繋がりたいって言ってカヨのお腹を、くにくにって押してるんだよ?知ってた?」

 布越しながら、カヨのおなかはふにふにっとした弾力があって、いきり立ったモノを押し返すのだ。徳介はそれが面白くて、さっきからぐりぐりと押し付けるようにしていた。
 久しぶりのカヨの身体は、徳介のよく知っているものとはやはり違ったものとなっているようで、最愛のカヨを抱きしめたい!早く知りたい…ひとつになりたい!と焦りにも似た感情が押し寄せていた。

「知ってる。カヨ?もう…俺…我慢できないんだ。カヨと…ひとつになりたいんだ!」
「あい、カヨもね?徳さんとひとつになりたくて、なりたくて堪らないの!だから…いっしょになろっ♪ 」

 徳介は、逸る気持ちを抑えてゆっくりと覆いかぶさるように寝かせながら言った。

「カヨ。一度、離れ離れになっちまったが…これからずっとよろしくな?」
「あい、こちらこそよろしくだよぉ…徳さん。これからは、もう幸せを求めていいんだよね?徳さんだけを求めていいんだよね?」
「ああ。さぁ、離れ離れになっちまったぶん取り戻さねぇとな!」
「あい!」

 うっとりとしながら、導くかのように舌を伸ばし口づけを誘うカヨ。
 誘われるまま舌を絡ませて口づけをする徳介。暗がりのなかでも、はっきりと見えるその瞳は泣いていた。
 泣きながら微笑んでいた。嬉し涙を流すそんな彼女から口を放して、こつんとおでことおでこを合わせて一言。

「いくぞ?」

 ぁぃ、と短い返事。
 そうして、浮かしていた腰をゆっくりと下ろしていく。逸物が秘所を撫でたとき、期待するような短い吐息が聞こえてきた。
 彼女はもうすっかりと準備が整っていたようで、逸物の先っぽが滲み出ていた愛液でつるりつるりと辺りを撫でる。その度に、焦らさないでと言うかのように、口づけを求めるカヨ。
 そんな彼女にすこし笑ってから、今度こそ本命だというかのように片手を添えて、その入り口の愛液を亀頭に擦り付けるように撫でる。

「ぁ……はやくぅ」

 その急かす声に、笑ってやってからゆっくりと逸物を沈めていった。
 愛液の出がいい。待ったいたかのように湧き出して逸物に絡み付いていくようだ。あたたかい泉に入っていくような…。
 カヨが人だった前と今とではまったく違う。前戯もなしに、すでに濡れていて滑りのいいソコ。
 熱い肉の襞のひとつひとつがまるで手を指し伸ばすように逸物へ吸い付いてくる…そんな感覚が伝わってくる。
 逸物を沈めるたびに、襞襞をひき裂いていくようだと思った。あやかしになって生まれ変わったと言っていた。だから、これがカヨの処女なのだと思うと感激だ。人だった頃…別れる度に、誰か違う奴に女房を奪われてしまう不安が付きまとっていたものだ。だが、こうして生まれ変わった大事なカヨを、独り占めできるという喜びが、うれしさが心を奮わせる。

 カヨは…ゆっくりと入ってくる逸物を味わっているのか、目を閉じて息を止めている。
 時々、繋がりあっているところで、じゅくじゅくと音が立つ以外に音は無い。
 お腹の中すべてで感じ取ろうとしているように、肉襞は逸物に纏わりついてくる。
 徳介といえば…熱く溶けた何かの中に逸物を突っ込んでいるようで思わず腰を引きたくなってしまう。
 けれども、そんなことはさせないと意思があるかのように、誘うかのように蠢いて締め付けてくる。
 そんな様に下半身と頭の中に血が上り、与えられる予想外な気持ちよさに思わず呻き声を上げてしまう。 

「う、お!…カヨ。す、ごいな」

 満足げに笑うカヨ。彼女は、続きを促すように両手で徳介の顔を包み込んでから手を差し出した。
 手も繋ぎあっていたい。そんなしぐさに、早く入れてしまいたいと逸る心を抑えながらゆっくりと手をつなぎあい、腰を沈めていく。
 すべてが埋没したとき…ゆっくりと息を吐いていくカヨ。けれど、徳介には息を吐いて一息ついているような余裕は無かった。
 ずっと離れていたからか…繋がりきったその途端から、徳介を確かめるようにうねうねと膣の中が絡みつき始めたのだ。
 膣の肉はゆっくりとその形をたしかめていくように、強く弱く撫でているように締め付けてくる。

「うお…カヨ!そんなに…しめっ…くぅぅぁ!…き、きつぅぅ…」
「と、くさん…。ああ…徳さんだぁ…。徳さんのおちんちん……あったかいねぇ」
「う、あ、そんなっ…しめつけっ!か…カヨ!キツイぞ。カヨのなかは…すごく、キツくてあっつい!」
「あん…いま……ビクッてしたぁ…あん……もう…感じてくれているの…かい?」
「う…くっ……熱いんだ。とろけて持っていかれそうな…。とにかく気持ちいいんだ。すぐイッちまいそうでな…」
「ふふふ…。カヨのなか…イイのね?徳さん…喜んでくれてるのね。うれしいよぉ」
「…か、カヨ!動いてっ!いいか?!こ、このままじゃ!…な…」

 何もしないまま果ててしまいそうだった。そのくらい気持ちいい。
 ただただ快楽を得るためだけに、腰を突き動かしたいという欲望が、ふつふつとわき上がってくる。
 けれども、折角久しぶりの再会なのだ。互いを確かめ合いたい!それが一番の望み。欲望を我慢するように腰を押さえ込み、カヨの胸の谷間へと顔を突っ込んだ。

「徳さん…我慢してる。カヨで気持ちよくなりたいのに我慢してる…」
「……」
「…いいよ、徳さん。我慢なんてしないで」
「でも、俺は…いっしょに気持ちよくなりたいんだ。このままじゃ…このままじゃ…」

 海の妖になったカヨの身体は徳介にとって甘美なものだった。ちょっと入れただけで突き刺さるような痺れた快楽が頭に伝わってくる。

「あい。なら、一緒に気持ちよくなろう?ね」
「…ああ。俺…頑張るさ」
「あい!それなら…動いて…ね?」

 すぐに果ててしまうかもと、不安が頭をもたげる。
 けれど、カヨの手がやさしく背を撫でる…。いや、それは手ではなかったか…しっぽが…尾ひれが、励ますようにやさしく背を撫でてくれた。
 励まされた彼は、頭を胸に突っ込んだまま確かめるようにゆっくりと腰を浮かせていった。
 途端に、膣の中が伸縮する。放すものかと言っているようだ。逸物がキュッと締められて思わずうめき声を上げていると、すかさずカヨが腰を振った。

「うぐぁ…カ、カヨ?!」
「あい、カヨと一緒にイってくれるんでしょう?なら…しよ?」
「あ、あ…う、うごく…ぞ?」
「あい!」

 始めはゆっくり小刻みに…互いの具合を確かめるように…

「あ、ああ…うごく……あぁ…徳さんが…とく、さんがっ…うごいてくれているよぅ!」
「あつい…あまえの中…あつくて…融けそうっ…だ!」
「あぁ……あん……なか…こすれっ……て……ぅっぁぁ…こすれて……きもち……いぃ…いぃょ…」

 その具合が、いいものだとわかると全体を使おうと大振りに腰を使い出す。
 互いの気持ちがぶつかるように、ぱんぱんと腰と腰がぶつかる音が響き渡たるようになった。
 ジュブジュブと汗と愛液となにかが混ざり合った音が、さらに二人の心を昂ぶらせていく。

 腰を突き入れるたびに、ついでとばかりに首を口を伸ばしてちゅっちゅと浅い口づけを交わす。
 すると、雛がえさを貰おうとするかのように口を突き出してくるカヨ。
 激しい腰使いの合間に、遊ぶようにそんなことをしているふたり。嬌声を上げながらも愉しそうだ。

「あっ…あっ…あぅ…ちゅ……あはぁ……あぁん……ちゅ……はなれちゃぁ…ぁ……ぃ……ぁぁ……ちゅっ……」

 けれど、そんなことも長くは続かない。カヨの中からは、愛液がとめどめなく湧いてきて互いの腰使いを滑らかにさせる。
 身悶える女の愛らしさをもっと引き出そうと腰の動きを大きくしながら、ずんっずんっと突き入れると、逃さないと言いたいかのように、肉の壁が締まって捉まれてしまう。

「あ…あぁ……い、いぃ……つ、ついて…もっとぉ…ぁ…もっとぉ…」

 カヨは甘い声でうわごとのようにせがむ。そんな声に応えてやりたいと頑張って腰をふる徳介。
 けれど、人の頃と違って彼女から与えられる感覚はもう病みつきになるほど、心を捕らえていた。
 突き入れるたびに、腰を振るごとに、逸物がどろどろの熱い何かに溶けてしまったかのような錯覚が頭の中を襲う。
 何かを考える余裕も無く…ただ、この愛しい女を見ていたいと思うことだけ。感覚はとっくに限界になっていた。
 あるのは、気力だけ。いっしょに開放されたい。突き抜ける何かにいっしょになって身を任せたい。ただ、それだけ。

「あっ…あぁ…あん…あん…ひぅ!…あぅ!…お、おくぅぅ……おくにひっ……あひゃってるよぉぉ」

 徳介は、へっへっと獣のように舌をたらして息をしながらも、歯を食いしばって限界を耐える。
 けれども、カヨはもっともっとと、自らも腰をタイミングを合わせて振って奥へ奥へと導いていく。
 終わりなどないかのように、互いを貪り続ける二人だった。
 舟がゆらゆらと揺れ揺られ、互いに動く以外の揺れが違う動きを引き出してますますカヨの声は高くなる。

「あんっ!あぁん!!…あひゃるっ…あぁ!…もっとぉ……おくぅぅ…にっ!あひゃってるのょぉ」

 先に限界を迎えたのは、やはり徳介。気力だけでなんとかなるようなものではなかった。
 耳からはカヨの喘ぎ声や腰を打ち付ける音が。
 辺りは、カヨのむせ返るほどのいい匂いが立ち込めている。
 目に映るのは…
 目をぎゅっと瞑って、叫ぶように甘い声を盛んに上げるその顔。
 両手で握り合った手。その間では、前に、横に、下に孔を描くようにぶるぶると震えるおっぱい。
 背で足でも組んでいるのか…わき腹のすぐ横にはむっちりとした太ももが見て取れた。
 カヨが自ら腰を使うと共に、その足とあのしっぽが徳介の身体を包み込もうとするように動いて、いつもとは違った快楽が逸物を襲う。逸物すべて…玉袋すらもしっぽと擦れて快楽を与えてくれていた。

 頭も身体も焼き切れるかと思うそんな頃…

「カヨっ!あ、ああ…一緒…む、むりそぅ……あ、ああ、あっ…くぅぅ!ムリ…くうゎっ!!」

 ずっと我慢していたからか―
 短い悲鳴の後、カヨの言葉を聞く暇も無いまま限界を迎えた徳介。
 堰を切ったように流れ出したそれは、カヨの子宮へと一気に流れ込んだ。
 途端、カヨのお腹の中が震えた。ビクビクッと痙攣を起こしたように震えた。

「あ、あぁぁ!きた…きてゅ……あっついのぉ…あっついのぉぉぉ…きてぇぇゅぅぅ……あ、あぅっ…くゆっ!…あ、ああ…ゃ…あっ……ふぅぅあぁぁぁぁっ!!」

 瞬間、何かが突き抜けたような声を上げたカヨ。イってしまったようだ。
 徳介といえば、それに構っていられるほどの余裕は無かった。
 何かに恐怖を覚えたように突然、カヨの身体中の筋肉が緊縮して、身体はもちろん逸物までが強烈な締め付けにさらされた。
 緩みかけた逸物にふたたび襲う強烈な締め付け。目の前が真っ白になるほどのそれは、再び射精を強要した。
 出し切ったと思っていたものが、再び吸い出される気持ちよさと身体が縮むかと思うほど身体すべてを密着した快感に、彼の意識は混濁の中へと追いやられていった。

                      ・
                      ・
                      ・

『ちゅ…ちゅ…んふぅぅ……ちゅ……はぁぁぁ……とくさぁぁ……はやく…んちゅ…おきて…』

 どこからか、そんな声が聞こえてくる。

『ぅぅん…ぃゃぁ……いつまでもいっしょって言ったじゃない。ちゅ、ちゅ…ちゅるっ…おきて……とくさん』

 ああ、いっしょだぞ…と、体を動かそうとするものの動かない。

『ちゅ、とくさんが…ね?くれたもの…ね?………はぁぁぁぁ……おなかのなかぁ……しあわせなのぉ……もっとぉ…ちゅ♥ 』

 すぐ近く…自分とは違う温かさを肌に感じる。ふぅ…ふぅぅ…と、どこか粗い鼻息…甘い香りのその息は鼻や頬を撫でていく。

『こんなことぉ…んちゅ……はじめてぇなのぉ……ちゅ…♥ 』

 ぺろぺろと、唇をなめるベロ。生暖かくヌメッとしたその舌。

『とくさんとぉ…口づけしてるとぉ…ちゅ、ちゅ、んふぅぅ……おんなじくらい…しあわせなのぉ♥ 』

 口をこじ開けるようと、舌先で唇をつっつくその舌。

『ねぇ?おきて。起きてるんでしょぅ?…もっと…もっとぉ…味あわせてよぅ……』

 ゆっくりと目を開けてみると…
 いつの間にか横にい寝かされていて、目の前にカヨの顔がうっとりとした顔で寄り添っていた。

「カヨ…」
「ふふふ、おきたぁ。とくさん」
「…カヨ。しあわせか?」
「あい。すごくしあわせだよぅ♥ 。…こんなにしあわせでいいのかねぇ?」
「いいんだよ。もう十分苦しんだろ?だから、これからはしあわせいっぱい追いかけないとなぁ」
「…カヨはね?とくさんが傍にいてくれるだけですごくしあわせ♥ 」

 うずめるように顔を摩りつかせるカヨ。そんな仕草に口を伸ばすと…ちゅっ、とすぐに返してくれる。

「カヨ?」
「あい」
「もう俺たちは、夫婦なんだよなぁ」
「夫婦…夫婦………ふふふ…めおと……ふふふ。……おまいさん♥ 」
「なんだいカヨ」
「おまいさん…とくさんを…おまいさんって呼べる日がきたんだねぇ…一晩限りじゃなくて、ずっとおまいさんでいいんだねぇ」
「ああ。カヨ」
「なんだい、おまいさん♥ 」
「カヨ」
「おまいさん♥ 」
「カヨ」
「おまい…さん。…………ふふふ♥ 」
「ははは、カヨ…ちゅ…」

 いつまでも笑いあう二人。その顔は、とても晴れやかなものだった。

 舟の中、ふたり…まどろむ様にゆったりと寝転んでいると…カヨは、思い出したようにポツリと話し始めた。

「おまいさん。カヨ…おっかぁとおっとぅにあったの」
「本当か?」
「あい。海の底でふたり、よろしくやってたよ」
「そうかぁ…」

 カヨが、売色しなければなければならなかった原因を作った二親。さぞ悲しかったであろう、辛かったであろうと、これから紡がれる言葉に耳を傾けると、徳介に微笑んで言った。

「おっとうとおっかぁがカヨを残して、どっか行っちまった事に恨みはないの。悲しかった…けど、こうしてトクさんに会えたんだもの。トクさんがカヨのこころを温めてくれた。だから…感謝はすれ、恨みはないよ」
「そうか」

 カヨは顔をこちらに向けてにこりと笑った。そして、すがりつくように頬づりをしながら言った。

「これからは、おまいさんがこうしていつまでも一緒にいてくれる」
「ああ。ずっと一緒だ」
「あぁ…おまいさん…うれしいよぉ。でも、あやかしになったカヨはいつまでも陸にいることはできないの。だから…いっしょに海に行っとくれ」
「…俺が行っても大丈夫なのか?」

 陸に住むものが海の中に住むという…。一体どういうことかと問う。
 そんな、徳介を抱きしめて優しく囁いた。

「大丈夫、おまいさん。カヨに備わった力があれば大丈夫。それに、もしカヨが駄目でも海の中にはおまいさんみたいな人が海で暮らせるようにしてくださるお方がいるの。だから、なにも心配することは無いよ」
「そうか…」
「そうだよ。おまいさん…ここで生きるつらいことすべて捨てて、いっしょに海へ行こう?」

 カヨのしっぽが舟を飛び出して川の水面を、ぱしゃっぱしゃっと叩く。

「カヨ。俺な?おまえが望むならどこだっていく。例え、そこがあの世でもな」
「あの世よりも、もっといいところ。あたしたちは、ずっと一緒。もう離れ離れになることはない。ずっと一緒…ずっと」
「そうだな。こうして、また俺のところに戻ってきてくれた。これからはいつまでも一緒だ。おまえのいるところなら、例えあの世でも追いかけてぇと覚悟を決めてた俺だ。海の中だろうかどこだろうがついていく」
「おまいさん…うれしい」
「さぁ、もう一度口づけしてくれカヨ。これが、この世で最後の口づけかも知れねぇんだ。あの海の世に行く前に、もう一度おまえのぬくもりをこの世で感じさせてくれ」
「あぃ、おまいさん。カヨはおまさんがいるならどこへだって、こうして一緒」
「カヨ…」
「おまいさん………ぁぁ…♥♥♥ 」

 そうして、この世に別れを告げるためにもう一度、その身を重ねるのだった。



 すべての決意が固まった時、カヨは心配するなと言いたげに抱きしめるとちいさく笑って頷いた。
 そして、水面に浮かぶ月を取りにいくように川に飛び込んだ。

 揺れる川面。辺りを見渡せばあんなに揺れていた草草は穏やかに…まるでこの世との別離を見送ろうというかように、手を振るように揺れている。
 見上げれば、あんなに高かった月はとっくに傾き、その姿は海に落ちるのを今か今かと待っていた。水面に映る月はまるで、光の道のようにまっすぐに伸びていた。



「おまいさーん。いくよー」

 水面に浮かび上がる彼女の顔…今まで見たこともないほどの朗らかな顔で、呼びかける。

「ああ。行こうカヨ」

 カヨが舳先に手を掛けると、舟は静かに動き出す。
 ゆっくり、ゆっくりと水をかきわけ進んでく。
 水音も無く、すべるように水面を行く。

 時々、うれしそうに声を上げながら、ふたり笑い合いながら…
 月の光に導かれるように、舟はゆっくりと沖へと進み行く…


 その後…彼らの姿を見たものはいない。ただ、誰もいない舟だけが…どこぞに流れ着いたとさ…




12/09/22 21:33更新 / 茶の頃
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■作者メッセージ


 その日、俺達は水面近くの浅瀬でゆったりと抱き合いながら漂っていた。
 辺りは、闇。夜の海の中“ソレ”を見たくてこうして海面近くまでやってきたのだ。

「おまいさん。もう、お月さん出ているよ」
「ああ。あの時と同じだ」
「ほんと。まんまるおつきさん」

 波に揺れるお月さん。カヨが海の中から戻ってきてくれた、あの時のようなまんまるお月さん。
 暗い海を仰げば、ひとつぽつんと黄色い明かりが灯っている。
 その黄色い光が、暗い海の中に差し込んでゆらゆらと光の網となって海の底を照らす。
 ぼんやりと…こころ休まるその景色。
 だが、ここに来た理由はもうひとつ…

「カヨ。お月さんもそうだが、海の花見もあるようだぞ」
「あぃ…今日?」
「ああ」

 それは…ゆっくりと海の底から浮かび上がってきた。
 あかい色。しろい色…。色とりどりの花びらが、海面目指して浮き上がってきている様にみえる。
 珊瑚の散らす花びらが、たくさん…たくさん…舞ってゆく。
 ゆらりゆらりと、ゆらゆらと…。

「きれい」
「ああ。これは、珊瑚のたまごなんだそうだ」
「あかちゃん」
「そうだ。なァ…カヨ?俺達も…」

 上に生きていた頃は、望んでも望むことすらできなかったその命。
 カヨの顔がゆっくりとほころんでいく。

「あぃ。おまえさん♥ 」

 照れた顔をして、ゆっくりと口づけをするカヨ。
 そんな彼女の身体をやさしく抱きしめ、口づけを繰り返しながら、新たなるしあわせを夢見て俺達は漂っていく…





 舟饅頭とは、江戸時代のデリヘルみたいなものでしょうか。
 江戸は川や用水路が縦横に通っていて、舟ひとつあればどこへでも行けたといいますからこんな商売もあったんでしょう。
 日の国初、海の魔物娘。如何だったでしょうか?
 時の止まった海の底で誰に邪魔されることもなく、しっぽりと…。いいなぁ…。
 
 なにかと、時間の取れない忙しい日々が続いておりますが…暇を見つけて続けていきたいと思います。それでは、また…

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