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第四十七話・局地戦 side クックA
「クックぅ。こっちは超無敵モードで転がっている死体の数だけ仲間がいるんだぜ。それなのにお前は寂しいお一人様の戦場ってか?お前がいくら強いのはわかっているけどよ、勝ち目がないって言葉知ってる?チェスで言うとチェックメイトだ!お前じゃ何万回俺と戦っても勝てねえし、そもそも俺の敵じゃねぇんだよ!!!」
アンブレイが一斉に死者を突撃させた。
ゾンビの緩慢な動きではなく、まるで生きているかのような躍動感。
それを操っているのはたった一人の人形使い。
「何万回戦っても…、か…。十分すぎる。何万回戦っても駄目だと言うのなら十万回目を目指してやる。言ったはずだ、俺の右腕がお前を『断罪』するとな…!死者を弄んで強くなったつもりの下種にくれてやる程、安い人生は送っちゃいない!!!」
繰り出される剣を恐れずに前へ踏み込んでいく。
剣が掠り頬が切れ、服を切っていくが、クックは擦れ違い様に拳に魔力を彼らに乗せ叩き込む。
彼らは吹き飛んで行くこともなく、魔力に焼かれて土へと還っていく。
「魔力集中率75…。ここまで魔力を解放するのは久し振りだが、お前はやっちゃならないことに触れてしまった…。塵は塵に、命は土に還る。だが、お前はどこにも行けない。地獄にも奈落に堕ちることはない…。無に還れ。それがお前みたいな下種にはお似合いだ…!」
アンブレイは嬉しそうに顔を歪める。
「良いね、良いね良いね良いねぇ…。それでこそ、俺たちの手柄首だぜぇ。という訳だ!遠慮なくぶっ殺して、俺の出世の道具になってもらうぜ!!殺れぇ、人形ども!!!!」
蹴散らしたはずの死者が再び起き上がる。
さっき土に還っていった人数分、新たに死者が起き上がった。
「やれやれ…。忙しない男だな。教えてやるよ…、戦うってことはもっとスマートにやるもんだ。」
ゴキリ、とクックの指が鳴る。
短い息遣いでゆっくりと身体が前傾姿勢になったかと思うと、その刹那、彼を取り囲むように動いていた死者が土煙と共に一瞬で消えた。
ガシャガシャと鎧の破片と骨の欠片が地面に落ちて塵になっていく。
「…マジかよ!?30体近く出したのに、一瞬で全滅!?」
「言ったろ?戦闘はスマートにやるんだな…。」
クックは余裕の表情で紙煙草を一本取り出し、マッチに火を点ける。
「…………ふぅ、この一服のために生きている。」
「へっ、余裕こいてるのも今のうちだぜ?まだまだ死体の在庫には困っていないんでな!!!」
ゆっくりとまた死体が起き上がる。
「お前、馬鹿だろ?」
「ああん?馬鹿はテメエだ!言ったはずだぜ、死体がある限り俺の戦力は…。」
「だから、お前は馬鹿だって言ったんだ。その死体を同時に操れるのは精々30体に満たない数だ。さすがに何百もの死者を一斉に動かせるネクロマンサー相手なら俺も逃げる算段をしなきゃいけないが、お前のやっているのは人形ゴッコ。ちょうど良いかな。俺はお前の言う正義の味方ゴッコでお前は人形ゴッコ…。」
「テメエ!!!!」
再び死者が突撃する。
だが、今度はクックに到達する前に土煙の中で塵に還っていった。
クックの右腕から、いや身体全体から黄金のオーラが溢れている。
これを見る者が見れば魔力なんて言えないだろう。
まさにそれは、クックの辿り着いた黄金の精神が体現した気高い光である。
「もう…、お前の人形は役に立たない。やれやれ、今日はツイていないな…。後でどれ程の反動が来るかわかったもんじゃないが、魔力集中率を80まで上げた…。まともな人間でも近付けないのに、ましてや何も防御手段のない死体が近付ける訳がないだろう…。」
「ハ、ハッタリだ!!」
「そうだな、ハッタリかもしれないな。だが、それを試す勇気がお前にあるか?」
アンブレイにはその勇気がない。
だからこそ、彼は正面から彼の所属する中東教会司祭侍従及び中東勇士隊副隊長クレイネル=アイルレットと争うことが出来なかったのである。表面上忠誠を誓っている素振りを見せながら、腹の中ではいつでも罵倒し続けている。もしも彼が一欠けらでも誇りや勇気を持っていたなら、このような能力を手にすることはなかったであろう。
結局、アンブレイ=カルロスは傷付くのが怖くて他人を弄び、死者を弄び、力を手に入れたと勘違いして弱者を嬲り殺していただけにすぎなかったのである。
「出来ないだろう?それにな、俺はこうやって煙草に火を点けているが、その瞬間がお前にとってはチャンスだった…。逃げるなり、お前自身で攻撃を仕掛けるなり…。だがお前は死者を繰ることを選んだ。」
「そうだ、俺が操ればお前みてぇな虫ケラ…!!!」
「……哀れだな、アンブレイ。哀れすぎて涙も出ないぜ。お前が無敵モードになったと思っているそのネクロマンサーの猿真似こそ、お前の敗因だ。」
「うるせぇ!」
死者に糸を伸ばす瞬間、クックがアンブレイの間合いに踏み込んだ。
「こういうことだ!」
クックの右腕がアンブレイを襲うが、間一髪で糸を引き戻したアンブレイは幾重にも糸を重ねて盾を形成し、クックの拳を防ぐ。
「チィッ…、テメエみてぇな虫ケラに何で俺が必死にならなきゃいけねえんだ!?」
「お前の弱点はな、死体を操るために糸を伸ばすために一瞬隙が出来るんだよ。それに死体に魔力を通すためにさらに隙が出来る…。お前はあいつの足下にも及ばない…。お前は……、ただの許し難い下種だ!!!」
盾になっていた糸が砕ける。
アンブレイの顔面をクックの拳が殴り抜く。
「ヘグッ!?」
勢いを殺せないままアンブレイは弾け飛び、大地に横たわる。
彼の意識がドロドロだった。
立ち上がろうにも身体がガクガクと震えて動けない。
足がどこを支点に立ち上がれば良いのかわからなくてもがいている。
腕も波打っている地面を掴めなくて、何度も力を失って顔面を叩き付ける。
「…さすがは勇士隊の人間だな。手加減したとは言え、俺の一撃を防いで虫の息でも生きているんだからな。」
アンブレイは何も言えない。
言葉を喋る余裕もなかった。
「…お前は許されない男だ。そしてお前を殺す俺も許されざる者だ。お前の死を俺は永遠に胸に刻む。お前という下種を殺した罪を背負う。お前にないのはその覚悟だ…。」
クックが右の拳を引く。
焦点の合わない目で生まれたての子鹿のように立ち上がるアンブレイに心臓に狙いを定めて、彼は足を踏み込んだ。
だが、その必殺の一撃が放たれることはなかった。
背後からアンブレイの腹部を一本の矢が貫通していた。


――――――――――――――


「それまでだ!」
俺が拳を叩き込む瞬間、アンブレイの腹を背後から矢で射抜いたのは右目を失い顔に包帯を巻きつけたケンタウロスの頭領、サイサリスだった。
「クック殿、あなたが我々と共に戦ってくれたこと、感謝しております。しかしこれはあなたの戦争ではない。あなたの目指す理想はこんな男を殺して終着を迎えて良い理想ではないのです。この戦争は、我々の戦争だ!さぁ、あなたはあなたの追うべき理想に戻りなさい。」
アンブレイがドウ、と倒れる。
矢が貫通したことで意識を取り戻したのか、彼は荒い息で何かを呟いている。
声にならない声で罵倒し続けているようだ。
サイサリスが近付いてくる。
それに伴い二人、三人とケンタウロスが増え、十数人のケンタウロスが姿を現した。
「全員、クック殿に敬礼!!」
ズバッと彼女たちは姿勢と衣服を正し、敬礼をする。
その気迫に思わず、俺も衣服を正してしまい、背筋を伸ばした。
「あなたの厚意は忘れない。この男の始末は我々がします。ですから、どうかあなたはあなたの旅にお戻りください。このような戦場にあなたが理想とするものは何もない。ここにあるのは欲と妄信の混沌。ここはあなたのような気高い理想を持つ者がいるべき世界ではないのです。」
ケンタウロスたちがその蹄でアンブレイの足を砕いた。
「ギャアァァァァァー!!!!」
「この男はあまりに死者を冒涜した。あまりに快楽に身を預けすぎた。それ相応の報いを受けてもらうことになりましょう…。」
今度は手の甲に剣を突き立てる。
糸を操り、死者や自分たちを操れないようにサイサリスは腰のロングソードを抜くと、一気にアンブレイの指を斬り落とした。
「ギギッ…!?あ…ああ…、お……、俺の………指がぁ…………。」
「さぁ、ここからはあなたが見るべきものじゃない。クック殿、いつの日かこの世界の情勢が安定したら、あなたに会いに行ってもよろしいでしょうか?この戦の礼を込めて、私の得意とするパイでも作ってあなたのご家族とも友好を温めたく存じます。」
「ああ、いつでも…。俺は……、卑怯者かな…?」
自分の手を汚さずに彼女たちに任せようとしている自分。
自嘲と懺悔を込めてサイサリスに問う。
「いえ、卑怯者は我々です。あなたの手柄を横取りし、あなたが背負うべき罪を我々はあなた背負わせることもなく、あなたの気高い精神に反して、私憤と私怨でこの男を生きながらに殺そうとしているのですから…。」
「………ごめん。それと、ありがとう。」
「…あなたの家族が羨ましい。それさえなければ、私は仲間も誇りもすべてを捨ててあなたと共に旅が出来たのに。」
さようなら、そう言って彼女は手を伸ばす。
さようなら、そう言って俺は彼女の握り返した。
「ク…、クック…!助けて…、助けてくれよ!!」
アンブレイが命乞いをしている。
俺は彼を見下ろして言った。
「じゃあ、お前が今まで自分の意志で助けた命の数だけ手加減してもらえ…。それが駄目だったら諦めろ。ジパングには因果応報って言葉がある。自分のやったことはいつか自分に返ってくるんだ。お前が死ぬ時は、死者がお前を許さなかったってだけの話だよ。」
「ならテメエは許されると思っていやがるのか!!」
アンブレイは必死の形相で食って掛かる。
「許される訳がないさ。俺だって…、いつか報いを受ける。」
彼に背中を向け歩き出す。
「ま、待ってくれ!お、お、お、俺は、ま、まだ死にたくは!!!!」
生きている証を残すようにアンブレイの叫び声が続く。
振り向かず俺は彼女たちから離れていく。
結局、彼を殺したのは彼女たちじゃない。
俺が殺したんだ。
アンブレイの助命をしなかった俺が彼を殺した。
理想は、まだ遠い場所。
それでも目指す場所が険しくともいつか辿り着くことを信じて進んでいこう。
いつか自分の中に納得出来るその答えが見付かったなら……。
「あいつと…、あいつらとの決着も付けなきゃな。」
俺の決意は揺るがない。
いつの日か不殺ずの境地に辿り着くまで。
魔人契約者として生き続ける限り…。
守るべき者たちがいる限り…。


――――――――――――――――


草原に一本の柱が立つ。
そこに括り付けられているのは男が一人。
青年の言葉通りに男が自分の意志で助けた命の数だけ手加減をされて虫の息で生きている。
しかし、死んでいくのも時間の問題。
舌は切られ、腕は圧し折られ、指は切り落とされて。
右足はケンタウロスの蹄に砕かれ、左足は斬られ。
目はもうほとんど見えていない。
顔も原型を留めていなかった。
文字通りの晒し者。
このままゆっくりと死を待つだけ…。
晒されたアンブレイに近付く一人の男。
「無様。いや、その言葉以外にあなたを形容する言葉が見当たりませんね。」
「ウ…ウエイエウ…。」
クレイネル、と言いたくてもアンブレイには発音する舌がない。
「ええ、あなたの上司クレイネル=アイルレットです。今日はあなたに最後の指令を与えに来ました。」
温和そうな顔をしたクレイネルはその表情を崩さないまま言った。
「あたら部下を失い、その役目を放棄し、やっと表した惰弱な野心も失った薄汚い獣に、この地上に影を落とす資格はありません。そんなあなたですから、部下に裏切られていたことにも気付かなかった…。無様ですね。」
「!?」
「そしてその裏切ってくれた彼が掴んだんですよ。フウム王国が何を秘密裏に作っていたのかをね。いやいや、報告を聞いた時はさすがの私も驚きましたが、おかげで決心が付きました。我々中東教会は一切彼らに関わらない。フフフ…、神を讃え神を裏切る無能には相応の罰が下りますからね。ああ、あなたへの最後の指令ですが……。」
クレイネルの身体から無数の蟲が這い出てくる。
アンブレイが恐怖に震える。
「ゆっくりと…、蟲の餌になっておしまいなさい。」
「イガァァァァァァァァ!!!!!!」
何匹もの蟲がアンブレイの身体を這い、彼の身体を食い破る。
無遠慮に無慈悲にゆっくりと激痛を伴いながらアンブレイは食われていく。
痛みに身体を捩らせたくとも彼は身動き一つ出来なかった。
「実に醜い…。さて、フウム王国も撤退したようですし、私もまだまだ仕事が残っているので失礼させてもらいますよ。ああ、そうそう。あなたは誤解していましたね。私が出世レースであなたに勝ったと…。誤解ですよ。私はあなたのことなんて今回の報告を聞いて初めて思い出したくらいですから。諜報活動もまともに出来ないような人と争って何の得があるというんですか?下種なら下種らしくもっと卑屈に生きるべきでしたね。もっともその品性下劣な性格と手品にも劣る能力を私が思い出していれば、その瞬間にあなたを粛清していましたけど。」
では御機嫌よう、とクレイネルは踵を返す。
「お食事が終わったら寄り道せずに帰るのですよ。」
アンブレイを食い破る蟲に声をかけ、彼は去っていく。
クックの言う通り、アンブレイは地獄とも奈落とも区別の付かない境地でもがく。
誰も助ける者もいない。
まさに彼が弄んできた死者に裁かれた瞬間であった。
彼が絶命したのはその真夜中。
最後の瞬間まで激痛と嫌悪と恐怖に蝕まれた人生。
彼が懺悔したのか、今までの行為を後悔したのか、誰も知らない。


「…それにしてもクック=ケインズ。このような辺境にまで足を運んでいたとは。つくづく縁というものを感じずにはいられませんね。」
上等な椅子の馬車に揺られながら呟いた。
私の他に誰もいない。
今回はあくまで不出来で無能な部下の処罰に赴いただけの旅。
報告書に目を落とす。
彼らの切り札と言える秘密兵器の詳細を綴ったレポート。
無論完璧なものではないのはわかっている。
しかし見る者が見ればおよその推測は可能なレベル。
彼は実に優秀な部下を持ったものですね。
彼らがこれに手を出したとなると、我々は関知しない方が良いようですね。
世界はまだまだ混迷の海での舞踏をご希望のようだ。
報告書を閉じて、足を組み、ゆっくりと目を閉じる。
さすがに…、仕事での長旅は疲れますね。
「フフフ…、ですがそれでこそクック=ケインズですね。あのような下種でも殺さない。自分の信念を曲げず、そして信念を捨てる覚悟も持ち合わす。いやいや彼の叔父上とは似ても似つかぬ気骨の人だ。」
少しだけ嬉しくなる。
彼とはお互いのすべてを賭けた戦いが出来そうだ。
自分でもらしくないな、と思っていてもこの喜びは素直に受け止めよう。
「楽しみですよ、クック…。またあなたと相見える時を…。」
さて、少しの間だけ惰眠を貪りましょう。
目を覚ませばまた忙しくなってくるのですから…。
楽しい楽しい戦いの螺旋が待っている。
10/11/17 12:18更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
更新が遅くなりました。
おはようございます、宿利です。
朝っぱらからなんてものを投下するんだ、と思いつつ
投下させていただきました。
というわけでクック氏はここで退場です。
彼は彼の物語に戻ります。
フラット様の本編におけるクックとは少し別の存在の彼は
本編のクックにしてみれば、まさに悪夢の中の出来事かもしれません。
どうぞ、フラット様本編「魔物狂いのクック」もお楽しみに(宣伝w)。

では最後になりましたが
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
次回は局地戦・ウェールズsideをお送りします。

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