読切小説
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お向かいさん
1

 日の光を浴びないと健康に悪いという言説を俺は恥ずかしながら高校生にもなって信じている。というか、日の光を浴びなければお天道様に顔向けは出来ないだろうと考えている。朝目が覚めたらすぐに部屋のカーテンを開き、ついでに窓も開く。二階に俺の部屋はあるのでちょっぴり早く朝日が拝めることには優越感を感じられた。すると、向かいの家もちょうど同じように窓が開いた。顔を覗かせたのは、幾つもの触手だった。出てくる順番が絶対に違う。普通は本体が先に出てきて、そこから触手がうねうねと随伴する形で顔を出すもんじゃないのか?
 が、現実はどうやら想像とは逆らしい。先に触手が顔をだし、そしてやっとその主が顔を覗かせた。お向かいさんとはいえ、一応一車線のみの道路を挟んでいるので、それなりに距離はあるのだが、それでもわかる寝ぼけまなこはもうどうしようもないのだろう。本体と体調は連動しているのか、蠢く触手の動きもどこか緩慢なものだった。
 見た目だけなら複数のイボがあったり内側に襞が密集していたりとおぞましい外見なのだが、今はおぞましさよりものどかな日常の光景に溶け込んでいるのが、面白おかしかった。
 まだ夢の世界に片足を突っ込んでいるらしい。ふらふらと頭を左右に力なく振ると、倒れ込むようにしてその姿は消えてしまった。

「変わらないな」

 呟いて、俺は俺で学校へ行く支度をする。机の上に置いておいたおにぎり二つを三十秒という早業で食すと、階下へ降りてすぐさま玄関まで一直線。
 いってきますの挨拶もそこそこに、俺は家を出た。そしてそのまま学校へと歩を進め……てもいいのだが、そこまで薄情ではない。俺の足は向かいの家へと向かっていた。
 備え付けのチャイムを鳴らすと、すぐにどたどたと慌ただしい音が聞こえてきた。勢いよく扉が開かれ、飛び出してきたのは先ほどの触手を携えた少女だった。
 少女と形容していい年齢ではないが、外見だけで判断するとその背の小ささは少女としか言えない。
 うねうねと忙しなく動く触手はあちらはブラシを器用に掴み、こちらは鞄からはみ出た教科書類を必死に押さえつけたりと、見ているだけでも落ち着きがない。

「はわわわわわ」
「相変わらず落ち着きがないな、佐伯」
「なんで起こしてくれなかったの湯島くん!」
「無茶言うなよ。道路を挟んで起こせるなら俺はエスパーだ」

 触手が俺に纏わりつき、からだのあちこちでうねうねとうねる。当然のように粘液も分泌されているので、シャツはすぐにべとべとになってしまった。
 肌にぴっちりと張り付いたシャツは不愉快なことこの上なく、一瞬で学校には行けれない格好になってしまった。厄介なことに、この粘液はなかなか乾かない。おまけに保湿性に優れていたりとお肌には良さそうだ。俺には関係ないが。
 じと目で服をこんな有様にした張本人を見ると、びくんと震えて俯いた。そこまで落ち込むなら最初からしなければいいのに、と言うとおそらくこいつはさらに落ち込んで、見えなくなるまで小さくなってしまうだろう。

「ちょっと着替えてくるよ」
「う、うん……」

 そこまで落ち込まれると、逆に罪悪感を覚えてしまう。複雑な気分になりながらも、俺は早足で自分の部屋へと向かった。粘液に塗れた制服を手っ取り早く脱ぎ捨て、ハンガーにかけてある予備の制服を手に取る。それと部屋に誰かが入ってきた気配を感じるのとは、ほぼ同時だった。
 人の部屋に勝手に侵入する慮外者はだれか。そんなことはわかりきっていた。振り返るとそこには案の定、佐伯がいた。
 触手からも股の間からも粘液を滴らせ、明らかに発情している佐伯が。

2

 ――ねえお母さん。どうして近寄っちゃいけないの?
 ――だって触手なんて気持ち悪いでしょう?あなたに何か危害を加えないとも限らないもの。
 ――ふうん。
 ――わかったわね。あの子に近づいちゃだめよ。
 ――でもあの子、寂しそうだよね。
 ――シュンちゃん。いい子だからお母さんの言うことをよく聞きなさい。もうおもちゃも買ってあげないわよ。
 ――なら僕、悪い子でいいや。

3

 予備の制服までべとべとになるのは馬鹿すぎるので、さっさと服を全て脱ぎ捨てると、やや乱暴に佐伯をベッドへと押し倒した。佐伯の身ぐるみを山賊のように剥ぎ取ると、それだけで嬉しそうな表情を佐伯は浮かべた。触手が俺の身体にぐるぐると巻き付き、無数の突起や襞で粘液を塗りたくりつつ愛撫してくる。服を着ている時にこれをやられると不快感しかないが、産まれたままの姿の場合は異なる。
 ちょうどローションのような役割を果たし、お互いの肌の摩擦に快感をもたらすこの粘液はこういった時には本当にあってよかったと思う。
 身体全体への愛撫もそこそこに、やがて何本かの触手は俺の下半身で大きく反り返っているものを探り当てた。途端に頬が緩んでにへらとだらしない顔になる佐伯のおでこに唇を落とし、そっと僅かな膨らみへと手を伸ばす。奉仕されっぱなしは性に合わない。
 指で軽く乳首を弾くと、佐伯の口から可愛らしい声がもれた。
 今度は口内を貪り合う深いキスを交わしながら、佐伯の乳首を思うがままに弄る。すでに胸の頂でぴんと屹立したそれは押せばほどよい弾力で指を押し返し、摘むとこりこりと指に挟まれながら感触を変化させる。時々力を込めると、佐伯の身体はびくんと痙攣し、感じていることをわかりやすく伝えてくれる。そしてもっとしてと強請るようにキスが貪欲になっていく。
 互いの唾液で口の中がとろとろになってもキスは終わらず、口の端から唾液が零れるようになるが、それすら心地いいと感じてしまった。
 時々零れる声はだいたいが嬌声で、それ以外の言葉は言葉としての体裁を保ててはいない。だがたいてい声をもらすのは佐伯だ。
 それが僅かに残ったプライドに障ったのかは定かではないが、佐伯の触手は俺のペニスを包み込んだ。同時に瑞々しい果実のような、ぷにぷにとした肌がぎゅっと俺に押し付けられて快美感をもたらしてくる。内部にある無数の突起が亀頭にまとわりつき、思わず腰が浮きそうになる快楽に声を出す暇すらなくなってきた。
 カリ首を引っ掻くイボが性感帯を刺激し、肉柱全体に蕩けそうな快感をまき散らす。あっという間に絶頂まで導かれそうになり、慌てて佐伯を制しようとしたのだが、瞬間的に増した快感でそれすら叶わなかった。
 甘噛みのような触手の愛撫により、あっさりと俺は射精した。何度か大きくペニスが脈動して尿道に一滴も残さんとするように精子を吐き出す。
 一度の射精で萎える、なんてことはなかったがなんとなくそんな気分になって佐伯の身体をぎゅっと抱きしめた。あたたかい。
 言葉では説明できない生き物特有のぬくもりが伝わってくると、不思議と愛おしい気持ちも溢れてくる。それは佐伯も同じなのか、触手をよりきつく身体に巻きつけてくる。

「ん……」
「あ、悪い。痛かったか?」
「ううん。なんていうか、幸せ」
「幸せ、ねえ……」

 体温を循環させながら、互いのぬくもりを伝播させながら俺たちは抱き合っていた。性臭に佐伯の香りが混ざり、心をどことなく撫でられている気分になる。それはたぶんこいつとしか味わえない心地よさだった。

「心も体も全部捧げられてる、気持ちよくできてるって感じるのは幸せなんだよ。こう、酔った感じがして」

 蕩けた甘い声で言う佐伯の頭をそっと撫でる。くすぐったそうに身を捩るが、それでもお構いなしに撫でつづけた。
 さらさらとした手触りの髪の毛が一本一本指の隙間からこぼれ、余韻を作って落ちていく。いったんざわめいたものが落ち着き、今度は静謐に場が浸された。
 ひたすら静かで、それでいて情熱的な愛情が確かにここにある。しばらく経つと、また下半身に熱が集まってくるのがわかった。佐伯が視線で訊ねてくる。俺は一つ頷いて、ゆっくりと佐伯の中に入っていった。

「んんっ……はぁ」

 異物感に佐伯がくぐもった声をあげ、ぎゅっと強く抱きしめてきた。佐伯の膣内は温かく、分泌された愛液で滑らかに奥地まで挿入することができた。ゆっくりと律動を繰り返すと、淫靡な水音が響いて思わず佐伯は顔を赤らめる。今さら恥ずかしい行為をしているのにこんなことで、とは思うが、恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。でも林檎の如く顔を真っ赤にする光景は可愛らしくて、俺は自然と腰の速度を速めていった。
 押し込むたびに先端と子宮口が軽いキスをしてピリピリとした快感が神経を撫でる。媚肉は駄々をこねるように肉棒に隙間なく絡みつき、いやでも性感を高められる。

「あ、あうっ」
「ごめん、ちょっと強かった?」
「ううん。気持ちよくて」

 可愛いやつめ。強引に唇を奪い、激しいピストンでさらに佐伯を鳴かせる。熱中、なんてものではなかった。俺も佐伯も没頭していた。心奪われていた。
 全身に奉仕してくる触手の愛撫に、互いの口の端から洩れる嬌声に。

4

 俺と佐伯はいわゆる幼馴染だった。俺は母親に好意的ではあったが、佐伯に対してはそうじゃなかった。今考えれば母親の反応は普通の人間として正常なものだったと思う。ただ小さい頃の俺に、そんなことを理解することはできなかった。何が正しくて、何が悪いかなんて自分の中のちっぽけな正義くらいでしか測れない。何が不気味で何が正常かなんて、わからなかった。
 佐伯の外見は、確かに人を避ける。おぞましい触手を蠢かせながら、嬉々としてこちらに向かってきても相手にする者はいるはずもなかった。俺も最初はただ遠くから佐伯の姿を見るだけだったように思う。俺は怖さとか恐ろしさよりも、不思議なものをうねうねと動かすあの女の子はなんなのだろう?という風な好奇心の気持ちの方が強かった。いつも誰かと遊ぼうとしているのに相手にされず、寂しそうにぽつりと佇む女の子。とぼとぼと帰っていくあの子に、友達はいないのだろうか。
 疑問と好奇心は佐伯を見るたびに増していった。泡沫のように一瞬にして消えてしまうことはなく、むしろしっかりとした形をもって俺の心の容量を圧迫していき、とうとうそれに俺は耐えられなくなってしまった。
 俺は母親の監視の目が逃れた時を狙って、こっそり佐伯に近づいた。
 その時の会話はなぜだろうか。一字一句正確に思い出すことができる。それほど変な会話をした覚えはないけど、記憶にはしっかりと焼き付いていた。

「ねえ、ねえ」
「きゃっ」

 声を掛けられるのは初めてなのか、いつも逃げられる佐伯が驚いて飛び跳ねる姿を見るのは、幼心の視点からでも新鮮な光景だった。
 佐伯は辺りをきょろきょろと見渡して、え?何?私に話かけてきたの?というような顔になっていた。続けて目を丸くして、信じられないと言いたげな表情を浮かべたが、それもすぐに不器用な笑顔に変わった。

「なまえ、なんて言うの?」
「わたし、さはく。さはくかおり」
「そっか。ぼく、ゆじま。ゆじまゆうと」

 その後俺は、こう続けた。「ぼくたち、ともだちにならない?」直後に物凄い力で腕が引っ張られて、気づくと頬に鈍い痛みが走っていた。ぶたれたと分かった時には母親が何かを喚き散らしていて、俺と佐伯の距離はあっという間に遠ざかってしまった。

「いい加減にしなさい!あの子と関わるんじゃないって言ったでしょう!」
「なんで関わっちゃいけないの」

 母はあからさまに顔をしかめた。質問すら許した覚えはないと言いたげな表情になったが、口調は次には諭すようなものになっていた。

「あなたに何かあってからじゃ遅いの。あなたのために言ってるのよ」
「でもお母さん、前に言ったよね。気持ち悪いって」
「それとこれとは話が別よ。いい子だからお母さんの言うことを聞きなさい」
「……」

 無言を肯定と受け取ったのか、母は満足そうに微笑むと俺の手をとって帰ろうとした。それを俺は強引に振りほどく。驚いた母は慌てて俺を捕まえようとするが、それを躱して言った。

「やっぱり僕は、悪い子でいいよ」

 その後は必死に走った。佐伯の下へと全速力で。後ろから母親の声も聞こえていたが、もう関係なかった。大人の論理なんて理解できなかったけれど、それでもこのままじゃだめだと訴える心の声だけは、確かに聞こえていた。
 息を切らして、視界がくらくらと揺れ動きながらも足を動かして佐伯のところまで戻る。心配そうな顔をする佐伯に対して、俺は精一杯の笑顔を返した。
 握手しようと手を差し出すと、佐伯も手を差し出した。その手がぱっくりと二つに割れて、中から無数の触手が飛び出す。いったいどれと握手すればいいのだろう?困ってしまったが、結局俺は全ての触手を握り返した。すべすべしていたり、ねばねばしていたりと感触は様々で、なんだか楽しくなった俺はしばらく佐伯の触手を離さなかった。
 この時感じた温かさをどう言い表せばいいのか、俺にはわからなかった。佐伯が向かいに引っ越してきたのは、数か月後のことだった。

5

 行為が終わって、俺と佐伯はぐったりとベッドの上で寝転がっていた。布団を被って心地よさそうにする佐伯の顔は、悔しいことに可愛らしさに満ち満ちていた。時計の針はすっかりあらぬ方向に顔を向けていて、今さら学校へ向かう気にはなれなかった。

「えへへ」
「……どうした?」
「ううん、別に」

 触手は俺の身体に絡みついたままで、身動きはあまり取れない。が、この感覚は嫌いじゃなかった。いつから佐伯と肉体関係を持ったのかは、残念ながら覚えていない。佐伯が魔物娘だから、いつかはこうなる予感はしていたけれど、切っ掛けは些細なものだった気がする。あくまで、気がするだけだ。

「ゆ〜じまくん」
「……」
「ねえってば」

 黙って頭を撫でてやると、佐伯は頬を膨らませながら目を細めた。

「ねえ」

 熱の込められた視線で佐伯が顔を覗いてくる。それに照れ臭さを感じて、俺は顔をそむけた。

「好き」
「そっか」
「好きで、好きで、好き」

 ストレートな愛情表現だった。それを嫌と感じない俺は確かにここにいて、嫌いじゃない倦怠感に包まれている。

「なあ佐伯」
「ん?」
「……悪い。なんでもない」

 今、自分は何を言おうとしたのだろう?定かではなかったが、なんとなく今は言わないでいい気がして、黙っておいた。何となく、口にしたら言葉にしまわれてしまいそうだと思った。
15/11/11 21:57更新 /

■作者メッセージ
そんな話でした。楽しんでいただければ幸いです。
お茶請け程度のお話です。他人と違うということを素直に受け入れることができるのは、子どもでも難しいとは思います。

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