読切小説
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ペディキュアと同居人
「フジ君。ペディキュアやってみたいからズボン脱いで」
「いきなりどういうセクハラだ?」

 日に日に暖かな陽気が増え、3月が眠り始める年度末。
 そんな陽気な季節の影響をモロに受けたのか。我が七畳の賃貸アパートに住み着いた眠り姫が、またしても訳の分からない妄言を言い出した。
 
「いいじゃない、減るものでもないし」
「俺の衣服が確実に一枚減るんですが」

 俺はコタツの布団を直しながらさらりとそう受け流す。
 今度は何を思いついたのやら。何だかろくでもないことのような気がする。
 呆けた顔でインスタントコーヒーを啜ると、粉を入れすぎたせいでかなり濃い。あまりの苦マズさに下あごが突き出そうだった。
 すると、俺のリアクションの薄さがコーヒー以下なのが気にくわないのだろうか。
 コタツの向かい側に座っているサイドテールの姫さんが、コタツの水面下ならぬ布面下で、マイフットにびしびしと攻撃を食らわせてくる。

「いた……痛い、痛いって。ヒカリ」
「デュクシ! デュクシ!」
「小学生かよ。コーヒーこぼれるからやめい」
 
 我ながら大学生とは名ばかりのアホなやりとりである。
 だが俺の足にダメージを蓄積してくる彼女のそれは、決して華の女大生の血管の浮き出るような、柔肌を持つか細い御御足などではない。
 目の前の、普通の家よりも大きめでがっしりとした作りのコタツ。
 その中には淡褐色の爬虫類の鱗がツナ缶詰のようにみっちりと詰まっているのだ。
 もちろん大蛇の類いなど飼ってはいない。
 それは他ならぬ目の前にいるヒカリの下半身であり、彼女が人間ではなくラミアという魔物娘の種族である証拠でもあった。
 先ほどのデュクシという効果音も、実際にはハンドボールくらいの直径の胴体で両足を磨り潰されるように挟まれていたのだ。割と本気で痛いので止めて欲しい。

「つーか、ペディキュアって何? マニキュアと違うの?」
「え、知らないの? 女子力低いよフジ君」
「なんで女子力求められているのか知らんけど、ぶっちゃけ初耳だわ」
「足に塗るマニキュアのことをそう言うのよ。えとね。見た方が早いかも」

 ヒカリはスマホを取り出すとポチポチと検索し始める。

「ほらこういうの。可愛いでしょ?」

 差しだされた画面には、人間の足先だけの写真が大量に並んで映っていた。
 色は赤やピンクが多いが、中には黄色や水色や、星やラメの入ったものなんかも混じっている。どうでも良いけどこの検索画面、足の指の部分だけしか映っていなくて、なんだかイソギンチャクの群体みたいで気持ち悪いな。

「基本的にはどっちも一緒よ。ちょっと成分と塗るところが違うだけ。ラテン語で手のことをマヌスっていうんだって。で、ペディが足ね」
「ヒカリって妙なところで博識だよな」
「ふふーん。今のご時世、なんでもネットで調べられるのよ!」

 ヒカリさん、どうやら引きこもり生活が長すぎたおかげか、いつの間にかPCやスマホの扱いに随分と長けてしまったようだ。ラミアは寒さに弱く、冬場は部屋に缶詰になるので仕方ないともいえる。

「で、何故俺の足を塗りたいの?」
「ちょっと前に人間の間でマーメイドの鱗風のペディキュアがあってね? 最近、それを応用して、逆に爬虫類系の魔物娘の鱗にペディキュアを塗るっていうのが流行っているんだってー」
「なんだそりゃ。枚数的にとんでもないことになりそうだが」
「いやいや流石に全部は塗らないって。鱗の一部だけ好きな色に塗り変えて、鱗の模様にアクセントをつけるって感じ。これが結構面白いのよー♪」
「なるほど。その影響で、今度は人間の足にも塗ってみたくなったってことか」
「そ。だからズボン脱いで♥」
「寒いから嫌だ♥」
「フジ君のケチー!」

 懇切丁寧にお断ると、ヒカリは不満そうに頬を膨らませる。
 大体、元はといえばヒカリのおかげでコタツの中がほぼ満員御礼なのが悪い。
 ただでさえその長い下半身で狭いのに、その中に漫画やら化粧品やら彼女の私物が紛れている。この冬の間、彼女はほとんどコタツで暮らしているようなものだ。おかげで俺の入り込む余地が残されていない。
 それにまだ寒いとはいえ3月も終わる。そろそろ冬の間に浪費した光熱費を削減していきたいのだ。この間の恵方巻きの一件でヒートテックが全てダメになってしまった俺に、無駄な熱を放出している余裕などない。

「爪に塗るだけだろ。脱ぐ必要どこにあんだよ」
「んー、ついで?」
「何のだよ」
「あ、わかった。フジ君ドMだから自分じゃズボン脱げないのね。しょうがないなぁこの甘えん坊さんめっ♥」
「今日は寒いし食材もないから、外で飯にするかなー」

 そう言って立ち上がった瞬間、ヒカリが「冗談ーっ!」と叫びながら腰にまとわりついてくる。引きこもっているのなら飯のスキルも上げてほしいものなのだがね。

「でも実際のところね―――」

 強制的に俺を元の位置に座らせると、ヒカリは何食わぬ顔でそう続ける。

「人間の足ってすごい憧れる。お洒落の幅が広くて」
「そうか?」
「そうよ。だってまずスカートとパンツが使い分けられるって素敵じゃない! こちとら胴体が真っ直ぐの一本で、差を出すの大変だから羨ましいわ」
「でも人間の女子だってシェイプアップしたり、部屋に加湿器を置いたり、ムダ毛処理のカミソリとか、身だしなみのために何かと苦労してそうだけどな」
「ラミアだって一緒よ。爬虫類の鱗って乾燥に強いけど、人間よりすごく強いわけじゃないからね。ネイルだって肌荒れるからそんなに長時間つけていられないし。ケアの手間ばかり掛かって仕方ないわ」

 ラミアに代表される爬虫類系の魔物は、その性質上、人間以上に湿度や温度に気を配る必要がある。
 特に季節の変わり目なんかは体調不良になりやすく、結構深刻だ。
 だが人間にも気温や気圧の変化に弱いタイプはいるし、どっちが大変だとかという問題ではないかもしれないな。

「身体のケアが大変なのは、人間もラミアも変わんねぇんだな」
「お餅のロンよ。私たちラミアも自分の長い下半身を完全に扱えている訳じゃないわ。生理と一緒で持て余すことも多いの」
「人間女子にもいるよな。生理重くて辛そうな人」
「そうそう。魔物娘だからって、放っておいて勝手に見た目が綺麗になるわけじゃないんだから。ちゃんと魅せるための努力もしているのよ?」
「そりゃどうも」
「感謝が足りなーい!」
「してるしてる。いつもありがとうございます」

 言いたいことは分かる。折角整えた身だしなみを、女子だから当たり前だと思ってほしくないのだろう。
 ヒカリのコタツ周りに化粧品が積まれているのもそういう理由からだろうし。
 しかし、顔や身体より先に綺麗にするものがあるだろうと思う反面、女子の化粧トークに苦言を挟むのもナンセンスだ。なので一応口にはしない。

「でも人間や魔物のモデルやアイドルの足とか見てるとすごいのよねぇ。あんな細くて
綺麗な肌の二本足を保ったまま、それと同時に身体のバランスを支えられるの本当にすごいことだと思うわ」
「そういえば、ラミアのアイドルってあんまり見かけない気がするな」
「爬虫類系の子って、カメラとかで見られたり撮られたりするの苦手な子が多いのよね。芸能関係では神経質なイメージで敬遠されがちかも」
「モデルとかアイドルとか、まさに神経すり減りそうだしな」
「磨り減るのは神経だけじゃないわよ。例えばお腹の鱗とか」
「どういうこと?」
「ほら、そういう足で稼ぐような忙しい仕事になると、どうしても移動が多くなるでしょ? その時にお腹を長時間ズルズルひきづっているとね……」
「ああ。痛めちまうのか」

 現代の都会では、いつもゴミのないタイルや柔らかい土の道を移動するとは限らない。
 多少の小石程度なら大丈夫かもしれないが、下手をすれば尖ったガラス片が散っていたり、熱くて硬い真夏のコンクリートの上、なんて事だってあり得る。
 通常のラミアの身体を引きづるような移動方法では負担が掛かるのだ。
 都会ならまだしも、国中の道路環境の設備がいつ何処でも行き届いている、とは限らない。ましてやアイドルなら地方の仕事だって受けることだって多々ある。
 アイドルに限らず、ラミアは足で稼ぐというか、駆けずり回るような仕事とは相性が悪そうだ。交通手段について環境を整えることが、ラミアが就職する際の必須条件になってくるかもしれない。

「まぁマ◯コデ◯ックスみたいに都内からほとんど出ずに仕事する人もいるし、置物系しゃべくりアイドルとしてならワンチャンあるかも」
「マツ◯アイドルじゃねぇだろ」
「知ってる? ◯ツコって車好きで結構運転してるらしいよ」
「マジか。入るのかあれで」
「マジよ。あー私も車運転してみたいなー。ラミア用の車とかあれば現場入りとか超楽なのにねー」
「最近は手でブレーキできるタイプもあるらしいぞ。元は下半身に障害持っている人に向けた福祉車両でな。魔物娘にも需要ありそうだ」
「へぇ。手だったらアクセルとブレーキ間違えなさそうよね。そういうのもっと復旧して欲しい。現代日本ってまだまだ魔物娘に対する設備が足りてなかったりするもの」
「障害と同じで、多種多様の魔物娘がいるって事は、それに応じて生活基盤も変わるってことだからな。すべてに対応することは難しいよなぁ」
「……なんか真面目な話になっちゃったわね」
「ああ。この話はもう止めよう」

 俺はすっかり冷めてしまったコーヒーをぐいっと呷る。
 いかんいかん。ちょっとした雑談のはずだったのに、いつの間にかバリアフリー問題に首を突っこみかけてしまった。

「そういや、ヒカリはアイドルとか憧れたことあるか?」
「子供の頃はねー。今は絶対嫌、働きたくないでござる」
「クソニートラミアめ」 
「まだ学生だもーん♪ それに、アイドル以外にもいっぱい楽しそうな仕事あるし」
「例えば?」
「うーん、格闘指南、コーチとか?」
「一発目がそれとかマニアックすぎないか」
「いいじゃない。異種格闘技とか男の子絶対好きでしょ。私ね、一度でいいから蹴り技とかやってみたい! 上段蹴りっ!」
「蹴りか……頑張ればできそうだけど。蹴りっていうより、薙ぎ払うって感じがするな」
「攻撃力は高そうよねっ!」

 ラミアの格闘技やスポーツか。どちらかというとスペース的な問題があるかもしれない。
 巨大な鞭を振り回しているようなものだし、体育館とかならともかく、ジムとかだと他の人に迷惑をかけないように気を遣う必要があるだろう。

「あとは、スキー選手とか? 昔憧れたなぁ」
「爬虫類なのに?」
「爬虫類だからよ」

 当然とばかりにどや顔で答えるヒカリ。返す言葉もない。
 そういえばこの子、前に友達とスノボをやりに行って凍死しかけたって言ってたな。
 何度も言うが、チャレンジ精神を悪く言うつもりはないけど、もう少し考えてから行動して欲しい。

「何事もやってみなくちゃ分からないわ。その方が絶対楽しいもん!」
「ポジティヴ力高すぎる……」
「私のポジティヴ力は53万です」
「フリー◯様の最終形態に絶望するベ◯ータの気持ちが分かるわぁ」

 こういうところは見習いたいとは思う反面、いつかやらかして面倒事も起こしそうな気もして、素直に褒めて良いか微妙なところだな。

「じゃあヒカリはさ……」
「ん?」

 聞いておいて、一瞬聞くのをためらってしまった。
 別にこれは聞かなくたっていいことだ。
 生活に何の支障もないし、俺が何かしてやれるわけでもない。
 けれども、彼女はどうなのか? それだけが妙に気になってしまった。 

「ヒカリはさ。人間になりたかったって、考えたことあるか?」

 予想外の質問だ、とでも思っているのだろうか?
 キョトンとした顔のまま、ヒカリは顔を横に向ける。

「いや別に、深い意味はないんだが」
「……ない、とは言わないわ。別にラミアになりたくて生まれてきたわけじゃないし」

 いつもよりも低いトーンで告げるヒカリの声。
 正直、地雷だったかと思った。
 こういうことを言う奴に限って、嫌な経験を顔の裏に潜めている。
 ヒカリにだってそういうものの一つや二つ、あるだろうに。 
 『彼女の色んなことが知りたい』
 大学に入ってすぐに付き合ってそれから何年も一緒にもいるけど、それでもいつも思ってしまう。
 
 どんなに知りたがったところで、それを言うかどうかは、ヒカリ次第なのだから。

「でも、だからといって私には何も問題ないことだわ。だってこの身体でも十分人生楽しいもの。そりゃあ、フジ君には迷惑かけてるなぁと思うわよ。主に冬の光熱費で」
「まぁそうだな」
「そういうところで素直なの、本当にブレないわね。このフジ君め!」

 なんか俺の名前が悪口みたいに聞こえるんだけど、気のせいかしら?
 あえて口にはしないけども。

「でもね。いくら寒くて死にそうになっても、本気で遊ぼうと思えば雪山で遊べるし、ラミアのアイドルだって、大変だけどゼロじゃないわ」
「それで本当に凍死しかけるのは勘弁だが……痛い痛い、ごめんって」

 無言でコタツの下から、ヒカリの磨り潰し攻撃を食らわされる。
 大根おろしにはなりたくないのですぐさま両手を挙げて降参する。

「はぁ……人間とか、魔物とか、ラミアとか、実際はそんなのあんまり関係ないし、というか対して気にもしてないわ。私は私でいるのが一番楽しい。誰であろうと、それが当たり前じゃない?」
「……嫌なら嫌で、無理矢理、納得しなくてもいいとは思うけどな」

 自分の境遇に納得せざるを得ないことは、生きている限り必ず起こる。
 ポジティヴしか、ハッピーエンドしか許されないのは、きっと辛いことだろう。

「私が嫌なことはね、"私とフジ君"が楽しめないことだよ。ここには二人で住んでいるんだから。私、フジ君と会えて本当に良かったと思っている。それ以外のことはどうってことないわ」
「ヒカリ……」

 自分の女々しさが恥ずかしくなった。
 なんていう潔さだろうか。実にヒカリらしい台詞だった。



「本当よ。だって……フジ君の家、大学にすごく近いし」
「おい。今完全にいい話の流れだったろ」
「ごめん、この空気耐えられなかったの。シリアスとか他の方がやって下さいよ。うちそういうのやってないんですぅ」

 閉店ガラガラ! とばかりにヒカリは両手を上から下に振り下ろす。
 俺の口も閉店だよ、全く。

「それにラミアだと大学で冬期特別休暇がもらえるからねー。めっちゃ授業、楽ちんよ。特に寒空の下で授業に向かうフジ君を見てると『くく、愚かな人間共め……』っていう魔王みたいな気分になれてね、すごく楽しい」
「光熱費のためにバイトしながら頑張っている俺に対してなんというゲスの極み」

 感動した俺の気持ちと光熱費を返して欲しい。三割増しで。

「そういえばお腹すいたなぁ。フジ君お昼にしよー」
「いい話の余韻/ゼロか」
「ていうか何の話だっけ?」
「ペディキュアだよペディキュア。忘れんな」
「ああ、そうだったわ。いかにしてフジ君のズボンを脱がすかって話だった」
「あらこの娘、記憶障害かな?」

 本当にどうしようもないな。
 俺は首をぐるりと回し、昼ご飯のラーメンを作るために立ち上がる。
 しかしいつでも俺が昼を用意出来るとは限らんのだというのに。
 ここは厳しく文句の一つでも言ってやらんといけないな。
 世の中、何でも楽しいことばかりじゃないことを教えてやろう。
 


「ヒカリ」

 台所の前で俺は立ち止まり。
 そしてヒカリに向かって、感情込めて思いっきりぶちまけてやった。



「俺の足くらい、いくらでも貸してやっからな」
「……げへへ」
「……その笑い方キショいからやめい」

 春のせいだろうか。
 乾燥してムズムズと痒くなりそうな俺の背中に、ヒカリががっしりと抱きついてくる。振り向かなくとも、とてつもないニヤケ顔なのが目に浮かぶようだ。
 
「何だよ?」
「ありがと。フジ君、大好き」
「……そうかい」

 全く、いつもふざけたことばかり言っているのに、こういう時だけ素直に甘えてくるのは考えものだな。



 ところで。

「ねぇ? なんで俺のベルト外してるの?」
「えっ? 最初に言ったよね? "ついでに"って」
「……」
「……」

 
 背中に悪寒が走る前に、右足に力を入れる。
 腰に抱きつくヒカリを振り切って、玄関まで一直線に駆け抜ける―――寸前で、後ろからズボンの膝裏辺りを掴まれてしまう。

「ぐぅおっ!」

 そのまま棒倒しのように、俺の身体が大きな音を立てて床に叩きつけられる。 

「げへへ。さあフジ君、"お昼"にしようねー……」
「イヤーだぁ! なんで毎回俺が犯されるんだよ! おかしいだろ!」
「諦めて? 一応18禁だから。必要なことなの」
「それにしたっていつも同じオチじゃん! 天丼も大概にしろや!」
「作者の技量不足って、辛いわよね。でも安心して? 私が優しく暖めてあげるわ」
「認めないっ! 俺はこんなオチ認めないぞ! こんなの絶対おかしいよ!」
「はいはい。じゃあ、いただきます♥」
「あふんっ♥」
 
 

 ―――翌日、目が覚めたら、俺の両足の爪がラメ入りピンクの鱗仕様になっていた。
 指の毛も一本残らず綺麗に剃られて、肌も何かのクリームのおかげですべすべ、ついでに何故かすね毛も消え失せていて、まさに女子の脚になっていた。

「女子力あ〜っぷぅ♪……」

 こういう局所的性転換、アリですかね?

18/03/25 15:44更新 / とげまる

■作者メッセージ
 性転換タグをつけるか最後まで悩みました。
 あと自分でギャグのタグつけるのって結構ハードル高い…
 今回はしっとりめな良いお話になる予定でした。でもダメでした。
 そろそろ違うオチを考えないといけませんね。

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