読切小説
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初体験翌日
――誕生日おめでとう!今日から酒解禁だな!ほーら、呑め呑めー。
 初めての酒は、甘く、喉を通った後に、熱が残る。
――はっはっは!幹彦は酒弱いんだなー。一杯でもうぐらぐらしてるじゃないか。
 本当だ、先輩の体が、左右に揺れて……。
――ほーら、こっちに来い。
 ゆっくりと、先輩へ体を預ける。暖かい。柔らかい……。
――私の目を見るんだ。そう、そのまま……。
 唇に、柔らかい感触。口内をなで回される。
――キス、初めてか?……私もだ。私も、キス、初めて。
 ファーストキス。先輩のファーストキスを、俺が……。嬉しい。
――ほら、私のここ、お前のものとキスしてる。んっ、入れるぞ……。
 ああ……温かい、気持ちいい……。
――腰を前後するからな……。んっ、んんっ、すごい、初めてのセックス、気持ちいい!
 先輩が、気持ちよくなってる。俺ので、気持ちよくなってる。
――好き、好き。ずっとずっと、お前のことが好きだった。ずっと、こうやって、セックスしたいと思ってた。
 俺もです。俺も、初めて会った時から、先輩のことが好きでした。
――はぁぁ……嬉しい。私のおまんこ、気持ちいいか?ちゃんと、射精、できるか?
 はい、先輩の中、気持ちいいです。出そうです。
――そのままだ、中に、出そうな。一緒に、イこうな……。
 あぁ……先輩の中、締まる。気持ちいい……出る……。

 目を覚ましてしばらくは、自分が昨夜、人生における大いなる一線を越えたことを、思い出せないでした。
 視界が最初にとらえるのは、いつもと変わらない、白い天井。聞こえるのは、うるさいゴミ収集車の音。
 しかし、人間の記憶に最も深く刻まれるのは、嗅覚だ。呼吸をして、匂いを嗅いだ瞬間に思い出す。
――あれは、夢じゃない、現実だったのか。
 昨日、俺は、サークルの先輩……仲根美菜とセックスをした。互いに初めてで、でも、そうとは思えないほど、乱れて。
 大きく息を吸い込むと、昨日嫌と言うほど嗅いだ、先輩の匂いが鼻腔と脳髄を満たす。煙草と、その奥にある牝の香り。空になった隣の空間に残る、情事の残り香だ。
「うっ……」
 股間から上る痛みで、思わず声を漏らす。先輩のことを思い出しただけで、ただでさえ朝の勃起をしている陰茎にさらに血液が溜まり、睾丸がもう精液が空だと、悲鳴を上げたからだ。
 浮ついた心のまま、体を起こす。壁にかかった時計が、九時ちょうどを刻んでいる。非日常の経験をした後でも、体に染みついた習慣は抜けないらしい。いつも通りの時間だ。
 朝食を摂るため、台所に向かう。今日は二限と三限に講義があるから、10時までに大学に行かないといけない。
 あまり時間がないため、手軽に冷凍食品で済まそうとし、冷蔵庫の扉を見る。そこには、昨日までなかったメモが貼り付けられていた。
『幹彦へ。すまん!今日は一限あるから、先に帰る! P.S.今日もサボらず部室に来るんだぞ!先 輩 命 令 だ !』
 昨夜のしおらしさを感じない、いつも通りの先輩の文面だった。

 ◆ ◆ ◆

 瞬く間に三限の講義が終わり、食堂で、遅い昼食を摂る。胃袋が肉と脂を求めていたので、ハンバーグ定食を注文。昼休みとは打って変わり、静寂が聞こえそうなほど空席の目立つ中で、一番窓際の席に座った。
――試験直前だというのに、講義にまったく集中できなかった。
 目は前を向いている。耳は教授の声に傾いている。それなのに、思い出すのは……。先輩のハスキーな声。乳房の重さ。なめらかな肌。煙草の匂い。ファーストキスの味。鼓膜を震わせる息遣い。膣の締め付け。絶頂のうめき。愛の言葉。
 そして、この世にあってはならない、先輩の頭から生える角。腰から伸びる翼と尻尾。
 記憶のもやがようやく薄れたとき、視界に広がるのは、窓の外の景色だった。
 一月末。寒空の中、日差しの暖かさだけが、春の訪れを予感させる。
 箸で細長くハンバーグを刻み、ご飯と交互に口に運ぶ。最後にコンソメスープをおなかに流し込み、一息つく。
 視線を前方の窓に向ける。視線の先には、風で葉のない枝が揺れる樹と、レンガ屋根のついた喫煙所があった。風晒しのあそこを見るたびに、前世でどれほどの悪行をすれば、あんな仕打ちにされてしまうのだろうと、煙草を吸わない身でありながら、喫煙者に同情してしまう。
 そこに向かう人影が見えた。
 心臓が高鳴るのを感じる。昨夜の記憶のもやがまた見える。先輩だ。
 ファーのついた黒ブーツ。ぴったりと貼りつき、美脚を映えさせる黒のストッキング。ツカツカという音が聞こえそうな、大きな歩幅。デニムのショートパンツは歩くたびに左右に揺れ、締まったヒップを強調する。黒革のコートのジッパーが胸元まで上がり、白いノースリーブに隠された乳房を強調する。ボブカットの黒髪の間に、いつもの他人を威圧するような、鋭い目と表情があった。
――やっぱり、ああして外から見ると、先輩はどう見てもヤンキーだな。
 高校時代は、不良たちが彼女を見ると、皆脇にどき、彼女に道を譲ったという。その恐ろしいオーラは、今も健在だった。
 自分への自信を放つかのような足取りで、先輩は喫煙所に入る。そして、ベンチに腰掛け、足を組む。慣れた手つきでポケットから箱を取り出し、煙草を一本取り出す。口にくわえ、懐から取り出したオイルライターに火を灯し、一吸い。
 一連の所作が、恐ろしいほど、彼女に似合っていた。先輩の第一印象は、近寄りがたく、でもとにかく格好良い女だったということを思い出した。
「あっ」
 視線を上げた先輩と、目が合った。
 次の瞬間、先輩の目から、人を殺しそうな恐ろしさは消え失せ、満面の笑顔が現れた。
「おーい!」
 こちらに大きく腕を振る。そして、手に持った煙草を、灰皿に押し込み、こちらへ走り寄ってきた。サメの背の上を跳ねる白兎のように、軽やか。先ほどの邪魔するものはすべて押しのける勢いは、そこにはない。

「よーう!お前ももう講義終わり?」
「はい」
 食堂の外へ出て、出迎える形で先輩と相対した。建物によって日差しがさえぎられていて、風の冷たさが襲い掛かってくる。
「じゃあ、部室に行こう!」
 そう言って、先輩はコートのポケットから手を抜き、俺の手を握る。あの中にはカイロが入っているのだろう。寒空の下とは思えないほど、先輩の手は暖かかった。
「あっ、ちょっと……!引っ張らないでください!」
 先輩の歩幅が大きく、俺はついていくだけで精いっぱいだった。
 先輩に手を引かれ、食堂の裏を歩く。並木道を通り、立ち並ぶ寮の間を抜ける。そこにあるのは、色あせたコンクリートでできた、二階建ての部室棟だ。
 一階の一番左、そこが我らのサークル『異文化交流会』の部室だ。
 大仰な名前がついているが、活動はただ、部室に集まって、備品の本を読んだり、過去の名も知らぬ先輩が持ってきたゲームで遊んだりするだけで、異文化の香りを微塵も感じたことがなかった。
「よーっす!……って、あれ、誰もいないな」
 勢いよく扉を開けた先輩の声が沈んだ。
 部室は八畳ほどの一部屋で、俺が住んでいるアパートの部屋よりも大きい。中央にこたつが置いてあり、その左右を、俺の身長ほどの高さの本棚が挟んでいる。その中は漫画でぎっしりと詰まっており、ためになる本は一切存在しない。正面には小さな窓。そして、その下に何とか命を保っているブラウン管テレビと、俺が小学生の頃によく遊んでいたゲーム機が置かれている。
「あっちの部屋には……誰もいないな」
 先輩が視線を向けた先、右側の本棚と窓側の壁の間には、扉がある。俺はこのサークルに入ってから、一度もその中を覗いたことがなく、あれがどこに続いているのかは知らない。
 たまに、その扉にネームプレートがかかっていることがある。『幸雄-茜』『花枝-俊春』のどちらかだ。彼らは異文化交流会のメンバーで、ネームプレートには、カップルで仲良く名前が刻まれている。
「ふふーん、つまり、今この部室には、私と幹彦のふたりっきりかぁ……」
 ふぅぅ……と、先輩の大きく息を吐く音が聞こえた。空気が粘つくのを感じる。心臓が高鳴る。先輩の息遣いに、昨夜と同じ、牝の香りを感じたからだ。
「なあ、幹彦……」
 二人でつないでいる手に、先輩がもう片方の手を重ねる。すりすりと、俺の手の甲をなでる。
 先輩は、まっすぐこちらの目を見つめる。
「あの部屋、入らないか?」
 先輩が指さす先は、例の謎の扉だ。
「え、いいんですか?」
 思わず声を上げる。あの部屋の中に何があるのか、俺は何度か尋ねたことがある。そのたびに、メンバーに『お前にはまだ早い』と言われ続けたのだ。何が早いのか、真意は分からなかったが、一回生には見せられない伝統なのだろうと解釈していた。
「おう。今日からお前と私は、この部屋に入る資格を得たんだ。使いたくなったら、いつでも使っていいんだぞ」
 これが、ついていなければな、と言いながら、先輩は細長い板を取り出した。
「あ、それ、ネームプレート」
 確かにそれは、たまに扉についているネームプレートだった。あれらとは別物なのだろう、それにはまだ文字が刻まれていなかった。先輩は、それをこたつの上に置き、新しく手に持ったペンを、ネームプレートの上で走らせた。力を込めたようには見えなかったが、金属でできた板の左側に、『美菜』と刻まれた。
「ほら、次はお前の番」
 そう言って、先輩はペンを手渡した。携帯ゲーム機や、ペンタブに付属されるタッチペンに似ている。ノックする機構が存在せず、先端にインクが出るような穴もない。
「簡単だよ。板の上に名前を書けばいいだけだ」
 言われた通りに、板の右側に、ペンの先端を置く。そのまま、紙に署名するかのように、ペン先を動かした。音もなく、板に溝が掘られていく。そして、何の苦労もなく、『美菜-幹彦』というネームプレートが完成した。
「じゃあ、これを、扉に」
 ネームプレートは、吸い付くように壁に貼りついた。同時に、かちゃりと解錠の音。扉が、ひとりでに開いた。
 先輩の陰から、中をのぞき込む。
「ああ、やっと、ついに……」
 感慨深げに、先輩がつぶやく。室内は、質素だった。中央に、巨大なベッドが置かれているだけで、他に調度品が何もない部屋だった。
「ほら、こっちおいで」
 先輩が手招きする。頬が、赤く染まっている。目が、潤んでいる。昨夜と同じ、牝の表情。花に誘われた虫のように、ふらふらと先輩に近付く。敷居をまたぎ、体が完全に室内に入ると、後ろで扉がゆっくりと閉じられる音がした。
「さあ、ほら、もっとこっちへ……」
 両手を広げ、先輩が誘う。昨日と同じだ。ゆっくりと、先輩に負担をかけないように、体を預ける。今日は酔っていない。よりはっきりとした感覚で、先輩を感じる。
「この部屋、何をするためにあるか、分かるか?」
 首を左右に振る。埋めた乳房が、タンクトップ越しに頬をこすれる。
「ここはな、愛し合う二人が、セックスをするためだけに存在する部屋なんだ」
 先輩の腕が、俺の頭と腰に回る。強く抱き寄せられ、体が密着する。
「たまにさ……この部屋の扉に、ネームプレートがかかってたろ?」
 うなずく。たゆんと、乳房が揺れ、甘い香りが鼻腔を満たす。
「高橋先輩と茜。花枝と俊春……。ネームプレートがかかっているときはなぁ……この中で、セックスしてたんだ」
 ぞくりと、背筋が震えるのを感じた。淫らな想像が頭をよぎったからだ。
「んふふ……、想像したか。そうだ。昨日、私とお前、一緒に隣でゲームをしていたときも……」
 格闘ゲームで先輩にコテンパンに負けていたとき、視線の先に、ネームプレートが見えた。
「先週、小雪と花枝で麻雀していたときも……」
 先輩が三連続で嶺上開花して、イカサマじゃないかと騒いでいた時、先輩の背中越しにネームプレートを見た。
「扉一枚隔てて、ぬっぷぬっぷ……ぱんぱん……びゅるびゅる……。男と女、牡と牝。こうやって……」
 先輩が、俺の顔に覆いかぶさってきた。先輩の方が身長が高い。そのまま、唇を奪われた。
「はぁむ、れるっ、じゅるっ……」
 最初から、先輩は容赦しなかった。唇の間に舌を割り入れ、口内が蹂躙される。くるくると、俺の舌が、先輩の舌とダンスを踊る。相手のステップに追いつくことができず、されるがまま。
「ふふっ、デミグラスの味だな」
 さっきの昼食の味だ。頬が羞恥で熱くなる。
「恥ずかしがるなよ。好きだぞ、これ、お前が生きてるって、味がする……」
 口の両端をなめられる。残ったソースが、先輩に綺麗にふき取られていく。そして、また唇がふさがれる。
「はぁ……好き、幹彦、好き……」
 触れ合っている唇の隙間から、先輩の言葉が漏れる。
「俺も、です……」
 息を整えながら、何とかそれだけ答える。
 相手への想いを伝えながら、一分、二分、キスを続けた。
「んはぁ……」
 先に離れたのは、先輩だった。焦点が合い、先輩の顔が、はっきりと見える。
「じゃあ、ここに座って」
 言われた通りに、ベッドの淵に腰掛ける。俺の前に、先輩がひざまずいた。
「昨日はキスした後、すぐセックスだったからな……。今日はゆっくり、楽しもうな」
 にっこりと、先輩がほほ笑む。普段は強面なのに、こういうときは、優しいお姉さんだ。
 先輩はゆっくりと、俺のジーンズのチャックを下ろす。次に、下着とジーンズをまとめて掴んだ。
「ほら、腰上げて……、ん、ありがと。よいしょ……っと、うわぁ」
 先輩の口から、歓喜が漏れた。目を輝かせ、キスで大きく怒張してしまった陰茎を見つめられる。恥ずかしさで、思わず目をそらす。
「ふーむ、幹彦のこれは、立っても皮かむりなのか……ほーう……」
「いや、ちょっと、勘弁してくださいって……」
 伸びた包茎を、観察されている。先輩の息が当たって、くすぐったい。
「いいじゃねぇか、皮くらい。むしろ、私はこっちの方が好きだぞ。楽しみが増えるっていうか……」
 ほら、こっちを見ろ。と、なだめるような、優しい声で言われる。
「ほーら、私を見ろ。先輩めーれーだぞ。ほーらー、見ないとしゃぶってあげないぞー」
 猫なで声だ。何とか羞恥を振り切り、先輩の顔を見つめる。
「よーし。今から、お前の大きくなったこれ、私の口でいっぱいいっぱい、しゃぶるからなー」
 あーん……と、先輩が大きく口を開ける。
「この口と、舌で、いーっぱい、気持ちよくするからな」
 ああ、先輩の、柔らかい舌……。キスだけであんなに気持ちよかったのに、フェラチオされたら、どんな心地よさなのだろう。想像しただけで、射精欲が高まる。
「まずは、皮の中に、舌をこーやって……」
 根元を縛るように囲んだ指を使い、わずかに皮を下ろす。小さくできた隙間に、先輩の舌が伸び、割り入っていく。
「あ、あぁ……」
 喉から、思わず声が漏れる。皮に守られ、敏感なままの亀頭粘膜に、先輩の温かく粘ついた舌が、貼りつくようにまとわってくる。
「んれるっ、れるっ……ほーらなぁ、皮かむってると、いいこと……んちゅ、あるだろぉ……?さいしょからむけているとぉ、こーやって、皮と亀のあいだ、ねじねじじゅるじゅる……そしてくるくる……」
「うぅっ!」
 舌が、皮の中でくるくると回る。平たい部分が亀頭をくすぐり、先端がカリ首の上、左、下、右と、ゆっくり回転する。
「はぁぁ、ふぅぅ……」
 背筋を駆け上がる快感とともに、母の胸で眠るかのような、安心感、癒しの感情が芽生える。
「いいかおしてるなぁ、お前……。そんなにフェラチオ、気に入ってくれたのか。じゃあ……」
 巧みな舌遣いで、手を使わずに、包皮がむき下ろされた。
「今日から毎日、フェラ、してやるからな……。毎朝、これで起こしてやろうか?うん、そうだな、そうしよう!」
「毎朝……?」
 今、何か重要なことを勝手に決められた気がする。
「そうだ。毎日、講義が終わったら……ちゅっ、ここでセックス……」
 亀頭にキスが浴びせられる。
「ちゅっ、ちゅっ……その後はお前の部屋に帰って……いちゃいちゃして……ちゅぅぅ……またセックス」
 裏筋にキス。腰が小さく跳ねる。
「抱き合ったまま寝て……れるっ。朝はフェラチオで起こす……あぁむっ」
 根元まで、一気にくわえられた。
「あぐっ!」
 悲鳴を上げるしかなかった。陰茎がすべて、先輩の口内でみっちり包まれたからだ。舌が下半分を包み込み、頭が上下するたびに、裏筋をこする。頭が一番下まで来ると、喉奥がすぼまり、亀頭を圧迫する。頭が上がると、唇がカリ首に当たり、寒気を伴った快感を与えてくる。
 五、六、七往復……ゆっくりとしたストロークは十回続かなかった。
「ぐぅ、うぅぅぅ……」
 泣きべそのような声を上げ、先輩の口淫にあっけなく屈した。駆け上がる射精欲に抗うことなく、数時間ぶりの射精を楽しんだ。
「んふふ……」
 先輩が俺の目を見る。細められ、心底嬉しそうだ。
 しばらく、そのままだった。睾丸がひくひくと動き、管が口内へ精液を放つ。それが終わるまで、先輩は動かず、喉奥で射精を受け止めていた。
「んっ、じゅるる……」
 射精が終わると、大きくはしたない音を立てながら、ペニスを引き抜いた。幹にまとわりついた唾液を啜り、汚れの一切をふき取るようだ。
 ちゅぽっ、と音がして、ペニスは解放された。硬さはいまだ衰えず、バネがあるかのように跳ね上がる。
「んあぁ……いっふぁい、れたなぁ……」
 大きく口を開け、こちらに見せつける。舌の上に、白濁液が大量にたまっていた。俺がそれを見たことを確認すると、口を閉じ、喉を鳴らした。
「んぐっ、ごくっ、ごくっ……」
 喉が上下に動く。先輩が、俺の精液を飲んでいる。その事実をまざまざと見せつけられて、射精で収まったはずの性欲が、また首をもたげ始めた。
「ごくり……はぁぁ」
 喉が止まり、歓喜の溜息。その口の中には、何も残っていなかった。

「さーて、次はお楽しみ……」
 肩を押され、ゆっくりと背中からベッドへ倒れる。ウォータベッドなのだろうか、柔らかく受け止められる。
 俺の腰をまたぎ、先輩は膝立ちでこちらを見下ろした。瞳が爛々としており、肉食獣に今まさに食べられようとしている、草食動物の気分を味わう。それは、間違ってはいない。もうすぐ、俺は先輩に性的な意味で食べられてしまうのだから。
 先輩は、自分のショートデニムのジッパーに手をかけ、ゆっくりと下ろす。その下には、黒ストッキングに覆われた、黒い下着。股間は、記事の色よりもさらに黒く、湿っていた。
「食堂で、お前を見たときから、ずっとこんななんだ……」
 恥ずかしそうに、うつむく。
「朝からずっと、ドキドキしっぱなしでさ。講義にも全然集中できなくて……」
 小さく、言葉が続く。
「まばたきするたびに、思い出すんだ……。お前の匂い、声、言葉、それから……、膣内で射精される感覚」
 自分のおなかに手を当て、すりすりと、愛おし気に撫でた。
「ずっと好きだった男に、中出しされてさ……。精液、美味しくてさ……」
 めりめりと、生木が避けるような音が響く。ボブカットの隙間から、山羊に似た角が生える。ゆっくりとストッキングを下ろすと同時に、黒く、艶めかしく光を反射する、一対の翼と尻尾が生える。
「あぁ、サキュバスとして生まれて、よかったぁ……ってさ。幸せいっぱいでさ……」
 だから……、と言葉を続けながら、先輩は体を倒し、俺に覆いかぶさった。
「今日も、いっぱい幸せの証、出してほしいんだ」
 大好きな先輩の頼みだ。普通だったら、断れない。しかし、俺は、その申し出を受けることができなかった。
「先輩、その……」
「何だ?」
 小さく、先輩が首を傾げる。
「昨日は、勢いで、やってしまいましたけど……その、やっぱり、生でやるのは、よくないんじゃないかと……」
 そうなのだ。自分は昨日まで童貞であり、その上女性とそういった関係になる機会に恵まれたことがなかった。だから、避妊具を持っていなかった。
 対して先輩は、そもそも避妊という概念がないように見受けられる。愛し合う二人は生でセックスし、精液は膣内に出してもらうのが当然という考えを持っているのだ。
「だって、中に出したら……妊娠……」
 二人ともまだ学生だ。子供を養う能力を持っていない。それは、互いに不幸しか生まないということを承知している。一時の快楽で、一生を棒に振ってしまう。もちろん、先輩のことは愛している。遊びでなく、本気で。先輩と結婚するだろうということは、うぬぼれでなく確信しているし、子供も絶対に欲しい。だが、それは今ではない。大学を卒業して、就職して、一人前に稼ぐことができてからの話だ。
「ああ、そういうことか……」
 ふっと、先輩がほほ笑む。
「それなら、大丈夫だ。正直、もうセックス我慢できそうにないから、手短に言うぞ」
 ストッキングから、右足を抜いた。
「そもそも、サキュバスは中々妊娠できないんだ」
 さらに、左足を抜く。すらりとした脚が、その正体を現す。
「でも、確率が低いからって、絶対ないってわけではないんですよね?」
 俺の問いに、先輩は小さくうなずく。黒いレースの下着に、手をかける。
「まーな。十万発中の一だか、百万発中の一だか……ゼロではない」
 ゆっくりと、下着を引き下ろす。抑える物を失った膣から、粘液が糸を引いてあふれ出るのが見えた。
「それから、サキュバスは、もらった精液を、子作りに使うか、栄養にするか、選ぶことができるんだ」
 右足を、下着から抜く。手を離すと、折れた左ひざに引っかかり、止まった。
「残念だけど、卒業するまでは、栄養にして、吸収しちゃうことになるな」
 でもな、と先輩の言葉が続く。
「栄養にすればするほど、いざ子供ができたときに、より強く、淫らな子になるんだ。妊娠もしないし、将来のこともちゃーんと考えてる。私たちの将来の生活のこと、ちゃんと考えているお前、カッコよかったよ。正直キュンとした。でも、これからのことを考えると、むしろ生セックスなんだよ。わかったか?」
 畳みかけるような言葉に、俺は一言言うのがやっとだった。
「そんな、そんな都合のいいこと……あるわけ……」
「ふふん、私を何だと思っているんだ?」
 くちゅり……。先輩が腰を下ろし、洪水のように湿りきった膣口と、亀頭が触れ合った。それだけなのに、ゾクゾクと、気持ちよさが脳へと昇ってくる。
「私はサキュバスだぞ?んっ……こうやってぇ、大好きな男とセックスして、精液を中にびゅぅびゅぅしてもらうために生まれてきた淫魔なんだぞ?」
 くちゅっ……ぬちゅっ……。腰が、ゆっくりと、降りる。肉のひだが、亀頭をなで、カリ首に引っかかり、幹を舐め下ろす。
「はぁ、あぁぁぁぁ……」
 同時に、声が出た。
「昨日より……初めてより、気持ちいいなぁ、これ」
 うっとりと、先輩がつぶやく。
「昨日は、酒が入っていたからなぁ。今はこうやって、腰を前後に動かすと……んっ♥」
 しなやかに腰が前後する。腹が別の生き物のようにうごめいて見え、ひどく淫らだ。動きに合わせ、裏筋と、亀頭の上面が、交互にくすぐられる。
 先端に、柔らかいものが当たる感触を覚えた。
「あ、これ……」
 何となく、想像がついた。
「んっ、そうだな、子宮が、降りてきちゃってるな……。私、もう、我慢ができないからさ……。精液、欲しいんだよ」
 体を倒し、唇をふさがれる。最初とは違う、ついばむような、軽いキスだ。
「ちゅっ……こうやって、キス、しながら……んんっ、中出し、してほしいんだ」
 腰の動きが、前後から上下に変わった。ぱつんぱつんと、肉がぶつかる音が、耳をくすぐる。
 引き抜かれるときに、名残惜し気に膣肉が締まる。腰が落とされるときは、逆にゆるゆると出迎えられ、子宮口とキスをする。
 睾丸が上がるのを感じる。先輩の口内に射精したばかりなのに、それを感じさせないほど、大量の射精をする予感を覚えた。
「あっ、亀頭、ぷくぅってふくらんできたな……。出すんだな、今日も、中に、一杯、ざーめん、びゅぅびゅぅ……♥」
 腰の動きが早くなる。気持ちよさの間隔も、どんどん早くなる。次第に、気持ちいい時間だけになる。出る。先輩の中に、大好きな牝の中に、精液、出す……。
「いいぞ、出せ……一番奥で、いっぱい、いっぱい、なかだし、しような……♥」
 パチン、パチン、と、視界が白く弾けた。膣肉が強く締めつけられ、緩まり、また締め付けられ……絶頂時の痙攣を受け、精液の放出を促される。
「はぁ、あぁ……んっ、んぁぁ……あ゛ー……♥」
 喉の奥から絞り出すような、牝の咆哮。絶頂のうめき。耳元で奏でられる、心地よい音楽を聞きながら、空になるまで、射精を続けた。

 ◆ ◆ ◆

 その後、俺はこのサークルの本当の活動内容を聞かされた。
 この世界は今、別の世界……魔界と呼ばれるところと、不安定な接続をしているらしい。その影響で、先輩のようなサキュバスや、その他異形の姿を持つ存在が、隠れて入り込んでいるらしい。
 異文化交流会の『異文化』とは、俺が入部するときに想像していた海外のことではなく、その魔界を指している。
 その異文化と、この世界の現地民が交流(セックス)し、仲を深めていくことが、真の目的なのだ……と、ピロートークで先輩が語った。
「んっ、すぅ……。ふぅ……すぅ……」
 俺たちはまだ、部室のベッドの上にいた。見慣れない天井に視線を向け、先輩の寝息に耳を傾ける。二人とも全裸だ。二の腕に、抱き付く先輩の柔らかな乳房と、アクセントのようにツンと尖った乳首が当たり、興奮が冷めず、眠れない。
「みきひこ……すき……」
 たまに、寝言で好き好き言われるのも、眠れない原因だった。
――これから、どうしようか……。
 視線を天井に向けたまま、将来のことを考える。
 これからは、毎日必ず、先輩とセックスすることになるだろう。来週の試験が心配だ。このままでは、単位が取れない。そうすると、卒業できない。まずは、卒業することが、先輩との結婚生活を迎えるうえでの課題だ。
「勉強、しないとな……」
 俺の不安そうなつぶやきに、先輩は寝言で答えた。
「んふふ……すき……♥」
16/03/02 23:31更新 / 川村人志

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