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第二十三話 空には鳥と竜が舞う 後編

アレスが甲板を出ると、そこはもう戦場…いや御伽話の様な光景だった。
二つの巨大な竜が空を舞い、交差するたびに爆発のような衝撃が走り、竜が吐く炎は一面を火の海にしていた。

「リリィ……!」

アレスは二人に近づこうとするが火の回りが早くアレスの行く手を阻んだ。

「くっ…。」
『私に任せて、マスター!!』

そう頭に聞こえたかと思うと、立ちはだかっていた炎がみるみる内に小さくなり、やがて煙を残して消えてしまった。
何事かとアレスは思っていると自分の右手の甲にある炎のような痣が光っていた。
アレスはそれを見てようやく気がついた。

「…ははっ、ありがとうフラン、悪いがもう少しだけ力を貸してくれよ!」
『大丈夫、今度は私がマスターを助ける番だから!!』

アレスは心強い妻と言葉に後押しされ、焦っていた心を落ち着かせた。
炎がほとんど残っていない道を走りぬけ、アレスは二人の下へとたどり着いた。
…空を交差していた二人がアレスの前で対峙し、向かい合った。
アレスの耳に二人の声が聞こえくる。

「リリィ!!目を覚ませ、何故今我ら竜族で争わねばならん?!」
「私だって先輩と戦いたくなんてない、でも…私はやっぱり人間が好きなの!!」
「その人間が我らに何をしたか忘れたかっ、お前はあの人間に騙されているのだ!!」
「アレスはそんな人なんかじゃない、私には人間を支配することなんて出来ない!!」

力強く主張するリリィの言葉は明確な意思がこめられていた。
だがしかし、それは同時にリディアにとっては裏切りとも取れる言葉だった。
リディアは落胆した表情を見せ、低く唸りをあげた。

「お前なら理解してくれると想っていたが残念だ、いいだろう…ならばお前のその甘ったれた価値観…叩き直してやる!!」

怒りとも悲しみとも取れる表情でリディアは体内で溜めていたブレスをリリィに向けて一気に放出した。
ブレスは巨大な燃え盛る炎の球体となり、リリィの目の前で炸裂した。

「きゃぁぁっ!!」
「リリィ!!」

リリィの身体は炎に飲まれ、耐え切れず叫びを上げながら谷底へと落ちていった。

「ご、ごめんアレス、必ず迎えに行くから…それまで生きててっ!!」

甲板から燃えながら落ちていくリリィをアレスは見ているしかなかった。
悔しさにアレスは甲板の手すりに拳を叩きつけた。
後ろで大きな風が舞い上がり、アレスはゆっくりと振り返った。

「貴様だけは…貴様だけは許さんぞ、アレス!!」

巨大な竜へと姿を変えたリディアは豪快に舞い降りてアレスと対峙した。
その目は怒りに満ちており、その姿はかつて国一つ滅ぼしたとさえ言われる獰猛なドラゴンそのものだった。
リディアは高らかに首を上げて叫んだ。

「畏れよ、我は最強の種族ドラゴン、地上の王者なり、貴様ら人間に受けた雪辱、仲間を失った悲しみ、味合わせてやるぞ!!」

峡谷に響き渡る怒りと憎しみの入った言葉は常人であれば震え上がるほどの威圧だ。
だがそれを物怖じもしないアレスは拳を構えた。
それと同時に鎧も動き出し、完全な戦闘態勢に入った。

「いいだろう…ならこっちも教えてやる、人間って奴をな。」

それは今までの彼女達には見せた事も無い顔だった。


――――――――。



「……!」

ヒカリ達はその時、全員でセイントバードから離れ、家路にへと飛んでいた時だった。
突然、ヒカリが何かを察したように急に飛ぶのを止めて、もと来た道を振り返った。

「…ヒカリ?」
「どうしたの?」

急に止まったのを心配してモカとラグ、その他のハーピー達がヒカリの様子を伺った。
ただヒカリはもと来た道、すなわちセイントバードの方を凝視していた。

「ねぇ、ヒカリってば!!」
「感じるんだ…。」
「え?」
「この胸に…確かに感じるんだ。」

そう言ったかと思うとヒカリは猛スピードでもと来た道を引き返し始めた。

「え、ちょっとヒカリ!!」
「どうしたのヒカリちゃん、あ、皆は先に戻っててね、待ってよヒカリちゃん!!」

慌ててラグとモカはヒカリを追いかけるがそれでも追い付けないほどにヒカリは興奮したように全速力でセイントバードへと飛んでいた。

「やっとこの胸にビリッと感じたんだ…あそこに…あそこにあたしの旦那様はいたんだ!!」

風を切るように羽ばたかせて、ヒカリは嬉しそうに叫んだ。



――――――――。


「さぁ…覚悟しろアレス、我が同胞を誑かした罪はそう簡単には消えんぞ!!」

怒り狂った様子でリディアは俺を睨みつけてきた。
リリィは彼女にとってかけがえの無い存在だったのだろうが、それは俺も同じだ。

「御託はいい、さっさとかかってこい。」

こんな馬鹿げた戦い、もう終わらせるべきだ。

「減らず口もそこまでだ、焼き尽くしてくれる!!」

リディアは口からリリィに放ったのと同じ、いやそれ以上の火力を持った炎のブレスを吐いた。
炎は瞬く間に拡がり逃げ道を無くして、俺の周囲を覆いつくした。

「どうだ罪深き人間よ、地獄の業火に焼かれ…己の愚かさを悔やむがいい!!」

炎の間から咆哮をあげて叫けぶリディアの勝ち誇った姿が見えた。
俺は堂々と炎の中を歩いていった、さっきと同じように炎は俺を避けて道を作り、簡単に通り抜けてしまった。

「な、なんだと?!」
「悪いが地獄には当分行けそうに無い、俺には帰る場所があるからな。」

炎の中から無傷で出てきた俺を最初リディアは驚いていたが、彼女はすぐにそのトリックを見破った。

「…貴様、さてはイグニスを従えているな、召喚士だったか?!」
「いいや、俺の妻さ…俺の愛する妻の一人『フラン』だ。」
「リリィに飽き足らず他の者にまで毒牙にかけるとは…この不埒者がぁ!!」

さらに怒りを露にしたリディアが右手を大きく振り上げ、俺に向かって振り下ろしてきた。
押しつぶそうとする巨大な手を俺は両手で掲げて受け止めた、衝撃は激しく俺の足場は何とか持ちこたえたが船は大きく揺れた。

「ぐ…うぅ…!」
「ほぅ…持ちこたえるか、大した奴だ…だが手加減などしてやらんぞ!」

リディアは腕の力に加え更に自分の体重もかけ始めてきた。
足場の鉄板はギリギリと悲鳴を上げ、俺自身の身体もくの字に曲がり始めていた。

「この…くらい…じゃ―」
「しぶといやつめ、この、どうだ!!」
「俺は、倒せないぞ…!!」

懇親の力を込め俺は巨大な手を一度打ち払った。
体重をかけていた為に身体の重心を前かがみにしていたリディアはその弾みでバランスを崩した。

「なっなにを?!」
「…ぅぉぉぉ―」

それを機に俺は彼女に背中を向けその手を腕ごと内側へと捻り―

「―ぉらあっ!!!」

―力任せに彼女の巨体を船外へとぶん投げた。

「ぐぉぉぅ?!!」

勢い付いて船外へと飛ばされたリディアは谷の岩肌へと背中を打ちつけていた。
何の抵抗も無く彼女は瓦礫と一緒に谷底へずるりと落ちていく。

「はぁ…はぁ…ぁあ??」

俺は肩で息をしながら、自分でやったことにも係わらず投げ飛ばされて落ちていくリディアの姿に驚いていた。
無我夢中で気付かなかったがよくあんな巨体を投げ飛ばせたな…。
顔を上げて、俺は額の汗を拭って空を仰いだ。

「さて、当然まだ終わらない…よな。」

少し日が傾いて夕焼け模様になった空を見た後、俺はまた拳を構えた。
するとそれを待ち構えていたかのようにリディアは谷底から飛び上がってきた。
一度上がっていったかと思うと今度は急降下し俺目掛けて突っ込んできた。
突如、凄まじい咆哮が彼女から発せられ俺は咄嗟に耳を塞いでしまい向かってきた彼女を避ける事が出来なかった。

「しまっ…?!」

彼女はそのまま大口を開けて向かってきて勢いのままに俺を丸呑みにした。
勢いは止まらず、リディアは急上昇し高く上空へと飛び始めた。
暗闇の…少し生暖かい空間で俺は足を踏ん張って腕に力を入れた。

「おい、俺を丸呑みにして…次は、どうする気だったんだ?!」

口の中から強引に顎をこじ開けてなんとか噛み砕かれるのは免れた。
とはいえ、今にも噛み砕こうとしている顎を支えているこの状況では何も出来なかった。

「ほはへっ、ははひにひんひょくのひゅひなほないは!」(ほざけ、私に人食の趣味など無いわ!)
「なんだ、何言ってるか全然分からんぞ!!」
「はっはとはひふははれよ!!」(さっさと噛み砕かれろ!!)

何言ってるかわからなかったが怒らせたらしく強く力を入れてきた。
さすがにきつくなってきた、なにか支えられるものでもあれば…。
そう思ったとき、俺の付けていた鎧に異変が起きた。

「これは…。」

左右の肩の部分にあった山羊の顔が変形し始め、前に展開したかと思うと瞬く間に巨大化した。
前方に大きな山羊の顔が現れ、それはまるで俺の身体を守る大盾のようだった。
大盾は綺麗に牙に引っ掛かり、リディアは大きな口を開けたまま閉じられなくなった。

「あが、はがががっ!!!」

大盾が展開したおかげで俺の両腕が空き、隙を見て口から脱出し左篭手の蛇を伸ばして首の後ろへと回り込んだ。
山羊の顔は離れると同時に元に戻り、今は何事も無かったかのように両肩に鎮座していた。

「はは、本当に最高だな…お前は。」

サリア、お前のおかげで何度か命拾いさせてもらっているぞ。
リディアは張り付いた俺を振り落とそうとぶんぶんと首を廻した。

「ええぃ、貴様…離れろ!!」
「そう邪険にするなって、リリィ程じゃないがお前の乗り心地も悪くないぞ?」
「だまれぇ!!」

リディアは加速をつけて飛び始め急上昇と急降下を繰り返し始めた。
なんとか掴んでしがみ付いていたが途中で岩肌に当たった際の衝撃で手が離れてしまった。

「うおぉ?!」

そのまま俺は振り落とされ、上空から真っ逆さまに落ちていく。
凄まじい風圧で目も開けられず、以前にジパングで谷底へ落ちたときと同じような状況だった。
だがそれとは打って変わって違う変化が訪れた。

「おぉ…!?」

急に背中に違和感があったかと思うと今度は鎧の背中から銀色の翼が展開した。
それは竜のような翼で俺の身体は落ちていた姿勢から揚力が働いて滑空するように飛び始めた。

「信じられない…これもこの鎧の力か?!」

咄嗟の出来事に殆どついていけてないが、何とか地面と激突はせずに済んだようだ。

「そうか、確かサリアがこの鎧はキマイラを使って出来たと言っていたな…キマイラは獅子、蛇、山羊、竜が合わさった合成獣だ…竜が翼、山羊が盾、蛇が伸縮、それぞれ特性を持っているってことか…まだ分からないのは獅子だが。」
「逃がさんぞ、アレス!!」
「…考えるのは後にしよう。」

少しずつ高度は落ちていくものの重心を前にしながら谷間を滑空していく。
それでも羽ばたきが効く分、リディアの方が早くその距離は段々と詰められていった。
後ろからリディアの声が近づいてくる。

「下手な小細工ばかりしおって、今度こそ叩き落してくれる!!」
「まずいな、さっきの船はまだ見えてこない…このままじゃ先に追い付かれちまう。」

リディアはどんどん加速していき、ついに彼女の目の前まで追い付かれてしまった。

「もう逃がさんぞ!!」

後ろを振り返ると血眼になったリディアが俺の身体を掴もうと腕を伸ばしてきた。

リディアが俺の身体を掴む、まさにその時だった。




「そうはさせるかよ!!」




彼女が俺の身体を掴もうとした矢先、俺の身体はふっと上に上がった。
いや、どちらかというとそれは誰かに吊り上げられたような感覚だった。

「こ、今度は一体なんだ?」

上を見上げると、そこには一人の女性が居た―

―いや、それは緑と青の美しい羽を持った魔物だった。

「ふぅー、危機一髪って所だったね…大丈夫かい?あたしの旦那様♪」
「だ、旦那様?」

いきなり旦那様と呼んできた彼女、少し面食らってしまったがどうやら彼女に危機を救われたらしい。
今も俺の(いつの間にか竜の翼が仕舞われている)背中を足で掴んで追い付かれないスピードで飛んでくれている。

後ろでリディアが怒り狂ったように叫んだ。

「貴様ぁ、一体何のつもりだ、何故ここにいる?!」
「悪いね隊長さん、ちょっと忘れもんでこの人間も頂いていくよ!」
「どいつもこいつも私の邪魔ばかりしよって…まとめて叩き落してくれる!!」

リディアは口からこっちへ向けて火球を放出するが、俺を掴んでいる彼女はそれを難なく避けて見せた。
口笛も吹いて、まだまだ余裕といった様子だ。

「おお、こわいこわい、あんたよっぽどあいつに嫌われてるんだね?」
「そっちも仲の良い友達って雰囲気じゃなさそうだがな…俺はアレス、さっきは助けてくれてありがとう。」
「礼なんていらないよ、あたしはヒカリ…あいつらはもともとあたしらが襲ってた船を横取りしやがったんだ、でも今は仕返しのために戻ってきたんじゃない、あんたのために戻ってきたのさ。」
「俺のために…?」
「そうさ、あんたはやっと見つけたあたしの素敵な旦那様さ、捕まえた以上…拒否権は無いからね?」

そう言って彼女は意地悪く笑って見せた。
会って間もなくというのに彼女は俺を助け、そしてプロポーズをしてきた。
…断る理由など、ないな。

「勿論こちらこそ、ヒカリ…俺の妻になってくれ。」
「?!」

ビリッ…。

一瞬だが彼女の胸の辺りから放電するような音が聞こえた。
何事かと見ていると、ヒカリは嬉しさに満ち溢れたような叫びを上げた。

「これだよ…間違ってなかった。」
「え?」
「あたしが待ってたのは…あんただったんだよぉぉ!!」
「な、なにが―うおわぁ?!!」

急にヒカリは物凄い勢いで飛び始め、後ろで追いかけていたリディアを軽く引き離した。
どんどん離されていき、逆に前からはもといた船が見えてきてヒカリは船の上空を旋回し始めた。
遅れてリディアが息を切らしながらその船へと着地した。

「はぁ…はぁ…おのれ…。」

やけに疲れたようにリディアは息を整えていた。
もしかしたらあの姿でいるのは相当身体に負担がかかるのかもしれない。
その姿を見て挑発するようにヒカリが彼女の周りを飛び始めた。

「おーい、疲れたんならそろそろ元の姿に戻ったらどうだい?」
「黙れ…黙れっ、図に乗るのもいいかげんにしろ!!」

怒ったリディアはこちらに向かって何発もの火球を放出してきた。

「おっと?!」

ヒカリは迫りくる無数の火球をすり抜けるようにして避けて飛んでいた。
普段から慣れているのか、淀みなくスイスイと攻撃を交わしていく。
だが、それとは別のもので俺はダメージを受けてしまった。

「す、すまん、今のはこれっきりにしてくれ…気分が悪くなってきた。」
「あぁっ、わりぃわりぃ…集中してたからすっかり忘れてた、でもどうするかな…あたしの雷撃で怯めば楽なんだけど…。」
「何、雷撃?…ヒカリ、おまえ雷を起こせるのか?」
「あたしはサンダーバードだからね、体内に雷を宿してるのさ、それがどうかした?」
「その雷は触れてるものに伝道させることは出来るか?」
「勿論、放電だって出来るよ。」
「よし…作戦が決まった、ヒカリは今から俺の言うとおりに飛んでくれ。」
「よくわかんないけど面白そうだね、その話乗った!!」

ヒカリは俺の作戦通りに一度リディアから距離を取り丁度彼女の正面、前方の離れたところで停止した。
羽ばたきながら、ヒカリはリディアを見捕らえた。

「準備は良いかい…アレス?」
「あぁ、やってくれ。」
「とばすよぉ!!!」

ヒカリはリディアに向かって真っ向から猛スピードで飛んでいった。
俺達の行動を怪奇な目で見ていたリディアだったが俺達の意図が分かると再び咆哮をあげて自分を震え立たせた。

「ようやくまともに戦う気になったか…いいだろう、真っ向から受けて立つ!!」

距離が縮まっていき半分ぐらいに達したところでヒカリの身体が青白く光りだした、俺の指示通りに雷を出し始めたんだろう。
それと同時に足で掴んでいた俺の身体にも雷が伝道していき、全身はピリピリとするものの痛みは殆ど無かった。

「よし、ヒカリ今だ!!」
「飛んでけ!!!」

ヒカリは自分の体内にあった雷を一気に放出させ、爆発を起こした。
その衝撃を背中で受けた俺はまっすぐ前方に吹き飛ばされた。

「だぁぁぁっ!!」

一気にリディアとの距離を詰めて、俺は右腕を大きく振りかぶった。

「見誤ったなアレス、それぐらい十分に予想できた…私の勝ちだ!!」

先に動いたリディアは俺に向かって首を伸ばしてきた。
そして目の前にいる俺を今度は盾で防がれないように顔を横向きにして大きな口を開けた。
彼女の鋭い牙が俺に向かってくる。



「見誤ったのはお前だ!!」



その瞬間、俺の背中に銀色の翼が展開された。



「んぐっ?!」

翼が現れたことにより、吹き飛ばされていた俺の身体はその場で"停止"し、リディアは何も無い虚空に噛み付いた。

振りかぶったままの俺の右腕を獅子の篭手が覆い、さらにその周りをバチバチと雷が帯びていた。
その姿を間近で見たリディアは急いで首を引っ込めようとしたみたいだが、かえって自分の頭を差し出す形になっていた。



「お前がどれだけ人間や俺を憎もうとも…俺は―」



俺はそのままリディアの額目掛けて振りかぶった拳を放った。



「お前の夫になる男だっ!!!」



鈍い音と共に雷が炸裂した破裂音が響き、リディアは衝撃でがくんと頭を揺らした。



「グオォォァァッッッ!!!!!」



リディアは頭を抑えて叫び、そのまま後ろへと倒れこんだ。




そのまま下へと落ちていく俺をヒカリが寸前の所で掴んでくれたおかげで俺は地面に激突せずに済んだ。
甲板に降り立つと、リディアは激痛に身を悶えて暴れていた。

ふと、俺はまだ右手に形を残している獅子の篭手を見やった。
篭手を軽く叩くとコンコンと軽い音がし、それで俺は確信した。

「はは、サリア…ほんとに最高の出来だよ…こいつは。」

先程、リディアの頭を殴ったとき俺は自分の拳がいつもより『軽い』と感じた。
いやむしろ、あの巨人と戦った時とは別物だ。
重厚な鎧を粉々に出来たほどあの時の獅子の篭手はとんでもなく重かった、だが今思えば戦いが終わればいつの間にか元の重さに戻っていたな…そして今度は逆に軽くなった。
当然、彼女達にそんな重い一撃を与えるわけにはいかない…ある程度手加減をしようと思った瞬間、こいつは俺に合わせて軽くなった。
使用感を変えず相手に合わせて威力を制御できる獅子…他の機能も加えればまさに、俺の為にあるような装備だ…益々気に入った。

俺は少しこのキマイラの武器が愛おしくなり、獅子のたてがみを撫でた。


『…♪』


…心なしか、一瞬獅子が喜んだように見えた。

「ん?」
「アレス、あれ見て!!」

ヒカリに呼ばれて視線を戻すと痛みに悶えていたリディアの身体に異変があった。
低く唸りをあげたかと思うと、そのままみるみる身体が縮んでいった。
そして、最初に見た人型へと姿が戻ると赤く晴らしたでこを摩りながら涙目でこちらを睨んでいた。

「おのれ…おのれぇ…。」
「おぅおぅ、いいざまじゃないかドラゴン様?…さっきの威勢はどうしたのかね?」
「…。」
「って…アレス?」

後ろでヒカリが声を掛けて来たが俺は黙ったままリディアの方へと歩みを進めた。
リディアは向かってくる俺に気付いて立ち上がり、鋭い爪を向けた。

「これで勝ったと思うな人間、我は誇り高きドラゴン…最後の一人になってでも、奴隷にされようとも私は最後まで戦うぞ!!」
「エレンから何を聞かされてるかは知らないが俺は元からそんな気は無い。」
「戯言を抜かすな、貴様らはそうやって争う気はないと近づいて我らを無慈悲にも駆逐してきたではないか、私はその手には乗らんぞ!!」
「アレス?!」

リディアはその鋭い爪で俺の身体を引き裂こうとした。
俺は簡単にその腕を弾き、彼女の身体を抱き寄せた。

「な、な、何をする?!!」

リディアは突然の事に驚いてじたばたとさせるが俺は強引に彼女の視線を奪った。
その時、俺の目の前には黄色の瞳をした美しい女性がこちらを怯えたように見つめていた。

「…少しは落ち着いたか?」
「え?」
「さっきはすまなかったな、こうでもしないとお前は話を聞いてくれなかっただろう?」
「私と話すために…?」
「そうだ、俺はお前達を救いにここへ来たんだ、もう辛い思いはさせたくない。」
「救うだと…私を…救うだと…笑わせるなっ!!」

リディアは両手で俺の胸倉を掴んできた、まっすぐに睨んでくるその目からは―


―涙が滲み出ていた。


「私の悲しみも苦しみも何も知らないくせに分かったようなことを言うなっ、我ら竜族は…私の友人達は…私達の故郷は…お前達人間によって滅ぼされた、私達はただ静かに暮らしていただけだ、人間との家庭も築く者もいたんだ…それなのに貴様らはその全てを奪った!!」
「…。」
「絶望の中で私は決意した…散っていった竜族と捕らえられた同胞達を救うために戦うと、仲間や同胞の為に…この手を人間の血で汚してきた、それが正しいことだと信じていたからだ!!」

リディアは怒りを露にして叫んでいた…だが痛々しいほどにその声には悲しみが含まれていた。

「だが戦っているうちに私は気付いた…人間を傷つけるたびに心が苦しくなる…人間を手に掛ける度に震えが止まらなくなるんだ、何故こんな気持ちになる…何故…我らを殺そうとする相手を愛おしく思うのだ…?」
「…リディア。」

…いつの間にか彼女は泣いていた。

「答えろっ、我らが一体何をしたのだ…お前達人間は何故我らを無慈悲にも排除しようとする…何故―」

リディアは膝を突いて泣き崩れていた。
弱弱しくも俺に手を掛けて揺らしてくる。

「―何故…お前のような理解ある人間ばかりではないのだ…答えろ…答えろぉ…。」
「…アレス。」

後ろから心配した様子でヒカリが声をかけてきた。
俺は泣きじゃくるリディアをもう一度抱き寄せ胸に顔を埋めさせた。
そのまま彼女の頭をそっと撫で続ける。

「そうやって…ずっと耐え続けてきたんだな。」
「…う…うぅ…。」
「もういいんだリディア、…もういい。」

そうだ、もう沢山だ…悲しんでいる彼女達を見るのは。

「これからお前は―」

泣いているリディアを俺は愛しさを込めて言った。

「…幸せな妻になればいい。」



――――――。


アレスとリディアの決着が着く10分前。

「うおっと、また揺れやがった…。」

動力室へとたどり着いていたグリムとハンスは大きく揺れる船の中で、中央の大きなシリンダーに入れられたシルフを助け出そうと奮闘していた。
グリムは何とか中のシルフを装置から取り出そうとするが、この船自体がシルフの動力で動いているため無理に外そうとすれば船が墜落する恐れがあった、その為に彼は慎重に装置の仕組みを解析し、打開策を考えていた。

「こいつだけが動力な訳が無い、何処かに予備となる動力が存在しているはずだ…だがどうやって変えりゃいいんだ?」
「グリムさんまだですか…流石にこれ一人でやるの大変なんですけど。」

ハンスはというと先程押し入ってきたリザードマンを含める数人の武装した彼女達を縄でパイプに縛りつけていた。
他は全員気絶していたがリザードマンだけは意識があり、縛られている間もうぅ…とハンスを睨み続けていた。

「なんという奴だ…不意を突かれたとはいえ、四人相手に一瞬で…。」
「ごめんなさいね…卑怯な真似してしまって、でもあなた達を傷つけるつもりはありませんから安心してください。」
「ふっ、奴隷にするつもりの私達は大切な商品というわけか…お前達人間が考えそうなことよ。」
「ぼ、僕達はそんなつもりじゃ!!?」
「ハンス、今の状況じゃ何言っても信じねえよ、そういうのはアレスに任せて俺達が出来ることをしようぜ?」
「…はい。」

しばらく装置を見ていたグリムだったが、お手上げといわんばかりに両手を上げて首を横に振った。

「…俺達だけじゃ流石にどうしようもないな、ここの奴らに聞いた方が早そうだ。」
「ここの奴らって…ここの船員ですか?…でも皆とっくに連れさらわれているんじゃ―」
「それならこいつらはとっくにこの船を制圧してるさ、まだ緊張状態って事は何処かでまだ立てこもったりでもして膠着状態にでもなってるって所か。」
「でもこの船にそんな立てこもれるような場所なんてあるんですか?」
「俺なら食料庫か弾薬庫ってところだな…ん?」

廊下の方で誰かが歩いてくる足音が聞こえ、グリムは扉の方を見やった。
同じように気付いたハンスも息を潜めて剣の柄を握ると、二人の意を反して扉は特に警戒も無しに開いた。

「ヒカリちゃーん、どこー??」
「ちょっとモカ、さっき追い出されたばかりなんだからもっと慎重にしなさいよ!」

入ってきたのは先程ヒカリを追ってきたハーピーのモカとブラックハーピーのラグだった。
入った途端、全員が一時無言になってしまったが先に口を開いたのはハンスだった。

「えっと…君達は…?」
「あ、人間のオス!!…二人いるからラグちゃんの分もあるよ!!」
「だからあんたもっと緊張感を持ちなさいって…。」
「敵…では無さそうですね。」

どう見ても敵ではない雰囲気に拍子抜けしたハンスは肩を落として緊張を解した。
だがグリムはそれとは違った反応を示した。

「信じられん…お前モカか?!」
「え…その声って…。」

モカはグリムの方へと近寄るとグリムの顔をじっと見つめた。
すると、彼女の顔がパッと明るくなった。

「グリムおじさんだぁっ、わぁぁい!!」
「うおっ?!」

感極まった様子でモカはグリムの首元へ抱きついた。
グリムは驚いたものの、勢いで回転しながら彼女を抱きとめた。

「このわんぱく娘が、お前ちょっと見ない間に随分と見違えたじゃねぇか。」
「グリムおじさんだって雰囲気変わったから最初分からなかったよ、でもおじさん…どうしてこの船に?」
「まぁ、色々あってな…今は仕事中だ。」

「あの…グリムさん?」
「モカ、どういうこと?」

予想外の展開に蚊帳の外だった二人はようやく二人に話しかけた。
周りを忘れていたグリム達は悪い悪いと二人に向き合った。

「ハンス、俺がこの世界に来たときに友達に助けてもらったって話はしたよな?」
「えぇ、確か魔物の親子に助けられたって言ってましたよね?…あ、もしかして!?」
「あぁそうだ、その時のガキがこいつさ…友達の親戚に引き取られたって聞いてたが立派になったもんだ。」
「モカ、この人がいつも貴方が言ってたグリムおじさんって人?」
「そうだよ、怖い顔してるけどとってもいい人なんだよー?」
「的確なのは認めるが次からもっとマシな紹介をしろ…所でよ、二人ともここの人間達が何処に行ったか知らねぇか?」

グリムからの質問に二人はうーんと自分達の記憶を手探りで思い出していた。

「人間のオス?…うーん、確か最後見たときは倉庫みたいな所に立てこもってたんじゃないかしら?」
「うん、それで埒が明かないからこの船を下ろすために操舵室に行った所だったね、それからどうなったかは分からないけど…。」
「その倉庫みたいなのってのは食料庫か…それとも弾薬庫?」
「そこまではちょっと…。」

「…食料庫だ、今頃はランの部隊が扉をこじ開けているところだろう。」

意外な所から返答が飛び出し、四人は一斉にリザードマンの方へと振り向いた。
特に先程まで悪態を突かれていたハンスとグリムは縛られているリザードマンの心境の変化に少し驚いていた。
意外そうにグリムは尋ねた。

「なんだ、随分と急に気前を良くしたな、どういう風の吹き回しだ?」
「勘違いするな、別に命が惜しくなって言ったわけではない、ただ―」

少しバツが悪いのかリザードマンは少し伏目がちに言った。

「魔物と人間があんな風に抱き合うのを見るのは…数十年ぶりだっただけだ。」

その言葉を聞いたグリムは一瞬目を開かせたが、へっ…と含み笑いをした。

「そうかい、ありがとよ…後で縄を解いてやるからちょっと待ってろよ?…行くぞハンス。」
「は、はい!!」

二人はそう言って部屋を出て行ったが同じようにモカとラグはその二人の後ろを付いてきていた。

「どうしたお前ら、さっきの会話の通り…俺達が行く所はちょっと危ねぇ所だぞ?」
「実はねグリムおじさん、私達友達を探してるんだ!」
「友達?」
「えぇ、ヒカリっていうサンダーバードなの、人間のオスを探してこの船に戻ってきた筈なんだけど見つからなくて。」
「しかもなんだか船の上が燃えてて上手く探せないの、だからもしかしたら船内にいるかもって…だから一緒に行っても良い?」

火の海という単語を聞いて二人は顔を見合わせた。
それがどうして起こったのかが大体一人検討がついてしまっていたからだ。

「燃えてるって…アレスさんまた無茶してるんじゃ…?」
「だろうな…さっきの揺れも納得だ、一緒に行くのは構わねぇが…それならちょっと手伝ってくれねえか?」
「え、お手伝い?」
「言っとくけど私達は大した戦力にはならないわよ?」
「心配すんな、危なっかしい真似なんかさせねえよ…で、手伝いってのがな―」

グリムは通路の道すがら二人にその趣を説明した。



―――――――。


「ほら早くしなっ、早くしねえと隊長殿が来ちまうぞ!」

食料庫前には、サラマンダーのランが率いる数十人の魔物達が扉を前を取り囲んでいた。

「早くぶっ壊しちゃってよ、皆我慢できないんだから‼」
「つまみ食い〜♪」
「今やってんだから待ってよ、これなかなか壊れないし。」

ゴブリンを含めた力に特化した魔物達がどこからか引っぺがした船の一部の鉄筋を扉に勢いよくぶつけていた。
鉄製の扉とはいえ大きな鉄筋を勢いよくぶつけられれば長く耐えられる筈も無く、すでに扉は大きく拉げ始めていた。




『扉内部、食糧庫内』

食糧庫の内側からは逃げ延びた船員の男達が荷物や物資でバリケードを作り扉を抑えていた。
しかし、向こう側からくる衝撃は凄まじく突破されるのは時間の問題だった。

「くそ、このままじゃ突破されちまうぞ?!」
「もうだめだ…俺たち皆食われちまうんだぁ‼」
「パニックを起こしてんじゃねえ、俺たちは最後まで諦めなかった…今までだってそうだっただろうが‼」

「そうだ、このままおめおめと部下を食われてたまるかってんだ。」

言い争いをする船員たちを割って船長は立ち上がって前へと歩き出した。

「船長、一体何を…船長?!」

バリケードを抑えていた船員の一人が船長の姿を見た瞬間、驚いて声をあげた。
見ると船長の身体には無数の爆薬が括り付けられており、火を持った船長が血走った眼で扉へと向かっていった。

「てめえら扉が開いたら伏せてろよ、部下を目の前で殺されるくらいなら奴ら諸共道ずれに―‼」
「お、お前ら何してんだ、早く船長を止めろっ‼」

船員達は急いで爆薬に火をつけようとする船長を身体ごと組み付いて取り押さえた。

「やめてください船長、あんたが死んだら俺たちはおしまいだ‼」
「あんたは俺たちの親父だ、そんなことさせるわけないだろ!」
「離せてめえら、俺の命令が聞けねえのか?‼」

数人に組み付かれた船長は引きはがそうとじたばたともがいた。
その時、丁度船長の真上にあった排気口からガコンッという音がした。

「あん、なんだ?!」

船長が音に気づいて上を見上げた瞬間、排気口の蓋が外れ何かが上から落ちてきた。

「ぐえっ‼」

船長は上から落ちてきたものに覆いかぶさられ、身動き取れず拘束された。
周りの船員たちはそれが人だと気付くのに数秒かかった。
船長をナイフで拘束しながら落ちてきた人間、グリムは得意そうに言った。

「一応聞いとくが…他に自爆したい奴はいるか?」


『食糧庫外、扉の前』

「おし、もう少しだ…気合い入れろ!」

扉が今にも砕けそうになったころ、後ろで外を見張っていたレッドスライムが何かを見つけて叫んだ。

「ランさん、上空からハーピーが接近…人間を連れています‼」
「あんだと?‼」

ランが振り返ると外に出られる踊り場から人間をぶら下げたハーピーが飛んでくるのが見えた。
すると、ハーピーが人間を離しそのままの勢いで人間がこちらへと飛んできた。

「う、うわあぁぁぁん‼!」

レッドスライムは突然のことで身動きが取れず、人間の下敷きになってしまった。
レッドスライムはきゅう〜っと声をあげ気絶してしまい、スライム特有のぶにゅりとした柔らかい体質のおかげで飛んできた人間にケガは無かった。

「ご、ごめんなさい、おかげで助かりました。」

飛び込んできた人間は下敷きになって気を失っているレッドスライムを心配していたがそれも束の間で左右にいた魔物達が咄嗟に襲い掛かってきた。

「おのれ、人間め‼」
「やっつけてやる!」
「覚悟しろ〜‼」

右にはオーク、左からはアマゾネス、更には前方にある階段からラージマウスを上りながらこちらへと向かってきた。
絶体絶命と思える中、人間は少し息を吐くと腰に差してある剣を抜いた。

「ちょっと…我慢してくださいね。」

三人が取り囲み一斉に攻撃を仕掛けた瞬間、目にも止まらない速さで人間の水平に剣を薙ぎ払う一閃が決まった。

「くっ?!」
「はわ?!」
「うげぇぇぇぇ‼‼」

襲い掛かったはずの三人はその一振りのせいで一斉に怯んでしまった。
アマゾネスは持ってる剣を砕かれ、オークは後ろへと吹き飛び、ラージマウスは階段から転げ落ちて目を回してしまった。
その様子を見ていたランがヒューっと口笛を吹いた。

「へぇ…やるじゃないか、ハーピーに乗ってきたって事は教会の連中じゃあなさそうだね…なにもんだい?」

ランからの質問に人間『ハンス』は落ち着いた様子で答えた。

「それは後程説明します、僕たちは争いに来たわけではありません…ですから武器を下してはもらえませんか?」
「へ、それではい分かりましたって言えるほどあたいらは平和ボケしちゃいないよ、それに…あたいが言った所で今のこいつらにゃ聞こえねぇよ。」

そうランに言われてハンスは周りの魔物娘を見渡してみると、どの魔物娘もハンスを血走った目で見ており、今か今かと息を荒くしていた。

「ふむ、腕が立つうえに美形か…我が伴侶としては十分だな。」
「ねぇねぇ、あれ襲っていい、ねぇいいでしょ、襲っていいでしょ?!」
「皆、あたしの乳首センサーが反応してるっ、あの人間初物だよ‼」
「おいマジかよ、初物なんて何か月ぶりだ?…こりゃ犯るしかねぇな!」
「な…なんでそんなのでわかるんですか?!」

勝手に盛り上がっている魔物達の様子にハンスは呆れながら交渉は出来ないと判断し剣を構えた。
ランはもう抑えきれない様子の部下達に待ち望んだ指示を与えた。

「よしお前達、久しぶりの初物だ…身ぐるみ剥がして姦しちまえ‼」
「「「「おおおぉっ‼‼」」」」
「…まったく。」

一斉に階段から駆け上がってくる魔物達にハンスは突如姿勢を低くした。
次の瞬間、ハンスは彼女達の頭上を飛び越える程に高く飛んだ。

「えっ?!」

その軌道は美しいものでまさに放物線を描くように飛び、そればかりかその動きには残像がつくほどしなやかなものだった。
そして飛び込んだ先にはランが待ちかまえていた。

「!」

ハンスの斬撃をランは受け止め二人は剣を交差した。

「残念だったね、他の魔物と同じだと思ったかい?…あんたはもう終わりだ。」

ハンスの不意打ちは失敗に終わり、自ら敵陣に飛び込んだハンスをはあざ笑うかのようにランは言った。
だが、ハンスはその言葉を不敵に笑いながら返した。

「それはどうでしょう?」
「あぁ?」

ハンスはランの剣を弾くとそこから目にも留まらない剣撃の嵐を繰り出した。
素早い上に正確なその剣撃にランは慌てて防ぐ事しかできなかった。

「うぉ?!」

剣撃はどんどん加速していきランは後ろの壁へと追い詰められていった。
ランの背中が壁に付いた時、ハンスの一撃が剣を弾き飛ばした。
そのままハンスの剣がランの首元へと当てられた。

「もう一度だけ言います、武器を下してください…これ以上の戦いに意味はありません。」

今度はハッキリとした口調でハンスは投降を促した。
まだ現実味が帯びていないのか恍けた様子でずるずるとランは壁を引きずって座り込んだ。

「つ、つえぇ…。」
「ランの姉貴‼」

ハンスが剣を納めたと同時にランの部下たちがランに駆け寄っていく。
ハンスはその様子を一歩下がって見ていたが唐突に後ろから声をかけられた。

「よう、終わったようだな。」

ハンスが振り返ると食糧庫の扉が開かれており、そこからグリムが手を挙げながら出てきた。
ハンスも少し苦笑しながらも同じように手を挙げて軽くハイタッチした。

「さて…後はアレスの方だな。」



――――――――


「まぁ…予想はしてたけどよ。」

グリムが甲板へ上がるとすぐにアレスを見つけることができた。
ボロボロになった甲板の真ん中でアレスは二人の魔物娘の相手をしていたが、それは戦っているのではなくいちゃついてるようにしか見えなかった。
呆れながらもグリムはアレスへと近づいて行った。
近づくにつれてアレス達の会話が聞こえてきた。

「おいてめぇ、いつまで引っ付いてんだよ、そろそろあたしに変われ‼」
「やだ、私はずっとこうしていたい、まだまだぎゅうってする。」
「いや待て、それは困る…というよりリディア、お前さっきまでとは打って変わりすぎだろう。」

アレスはリディアとヒカリに挟まれて引っ張りだこになっていた。
ヒカリはアレスの首に抱き着きながら正面からべったりとくっつくリディアに文句を言っていた。
リディアはイヤイヤとアレスの胸に顔を埋めて離さず、先ほどと想像できないほどの甘えようだった。
アレスはそんな様子の二人に上を向いて溜息を洩らしたところだった。

「よぅ、こっちが苦労している間に随分いいご身分じゃねえか?」

少し二ヤついてグリムが呼びかけるとアレスは参った様子で首だけ振り返った。

「さっきまでは大変だったがな、そっちは上手くいったのか?」
「今頃ハンスがシルフを助け出してるころだ、残った船員も無事だよ。」
「あ、待ってくれ、私の…私の部下たちは?!」
「心配すんな、あんたの部下も全員無事さ、それとヒカリ、モカとラグがあんたを探していたぜ?」
「そうか…よかった。」
「え、おっさん…なんであんたあたしの仲間を知ってるんだい?」
「おっさんはやめろ…グリムだ、モカは俺の知り合いだ、昔あいつの母親に世話になってな。」
「ん?…グリム、それはお前がこの前言っていた友達の?」
「あぁ、まったくの偶然だな…俺も驚いたぜ、でだアレス…そろそろ動けるか?」
「あぁわかった、リディア…後でちゃんと相手するからいったん離れてくれ。」
「む、わかった…約束だぞ。」
「アレス、あたしは?!」
「もちろんヒカリもだ、だがその前にリリィを助けに行かないとな。」

アレスは立ち上がると動けなかった身体を解すためにうんと背伸びをした。
するとグリムは少し驚いたように言った。

「リリィ…てここに来るのに乗せてもらったワイバーンだよな?」
「あぁ、さっき船から落ちてしまってな…無事だといいんだが―」
「だったら問題ない、今お前の後ろからものすごい速さで飛んできてる。」
「え?」

アレスが振り返ると確かにものすごい速さで羽ばたいてくる物体が見えた。
それはそのままの勢いで真っ直ぐにアレスへ抱き着いた。

「アレスぅぅっ‼」
「おわぁ?!」

流石のアレスも全速力で飛んでくるリリィを受け止めきれることは出来ず、そのまま押し倒されてしまった。
リリィは押し倒すなり、心配の言葉をかけながらもアレスの顔にキスの嵐を浴びせた。

「アレス、ちゅ、心配だったんだから、ちゅ、どこもケガしてないよね、ちゅ、大丈夫、ちゅ、交尾する?、ちゅ、交尾しよう?!」
「リリィ‼心配なのは分かった、俺も無事だ、だから言葉の合間でキスをするのはやめろ、後交尾は今はしない‼‼」

急にアレスを押し倒したリリィに三人は固まっていたが、徐々に約二名が顔を真っ赤にして震えだした。

「お前らなんであたしより先にいちゃつくんだよ、次はあたしだろうが‼」
「リリィ…貴様やはり再教育が必要みたいだな…‼」
「いいからお前ら一旦離れてくれ‼」
「…はぁ、もう勝手にやってくれ。」

グリムは煙草に火をつけながらやれやれと言った感じで紫煙と一緒に溜息をついた。
17/07/08 14:40更新 / ひげ親父
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■作者メッセージ
お疲れ様です、ひげ親父です。
今回はおまけなしですが好評そうならまたやります。
また開いてしまって申し訳ないです、それでも見てくださってる方方…本当にありがとうございます!
そんな人たちにひげ親父は支えられています。

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