読切小説
[TOP]
狂人に小刀
貸出係も帰ってしまった放課後の図書室。
窓から入り込む夕日で、机も本棚も紅に染まった部屋。
本日、自分はそこに同じ教室の女生徒を呼び出した。
その手段はなんとも古めかしい手紙の差し出しという方法。
呼び出し相手のモブさんは親しい友人などいなく、休み時間は一人で静かに読書をしているような子だ。もしかすると彼女の顔が赤いのは夕日のせいだけではないのかもしれない。
内気な少女が男の子に告白されて…なんて、いかにも小説でありそうなシチュエーションだし。

「ええと、手紙読んだんだけど…差出人はナナシノ君でいいんだよね?」
ちゃんと手紙に名前は書いておいたが、モブさんは念を押すように確認する。
自分はそれに肯いて口を開く。頼みたいことがあるのだと。

「私に頼み? いったい何なの?」
何かを期待するように声が少し高くなるモブさん。
その期待を裏切ることに罪悪感を感じつつ、彼女の背後にある本棚に目配せをする。
すると本棚の陰から様子をうかがっていた人影が姿を現し、モブさんに話しかけた。

「それはね『家族のために犠牲になって』って頼みだよ」
突然話しかけられたモブさんは驚いたように後ろへ振り向き彼女の名を口にする。
「コガタさん…!? え、これ、どういうことなのナナシノ君?」
事前の予想とかけ離れていたのであろう展開。モブさんはそれに困惑し説明を求めた。
それに対してコガタという名の少女は笑いながら語る。

「もしかしてナナシノくんに告白されるとでも思った? でも残念!
 本当に用事があるのはワタシの方。彼には呼び出しに協力してもらっただけなんだ」
コガタは自分やモブさんと同じクラスの一員だ。
彼女はショートカットの黒髪に均整の取れたスタイルを持つ学校屈指の美少女だが、その中身はかなり……いや、最底に酷い。

「用があったのはコガタさんなの? じゃあなんでナナシノ君の名前で……」
モブさんは淡い期待を打ち砕かれ、失望に目を伏せる。
そして少し恨みがましい口調でコガタに訊ねた。
しかし彼女は己に向けられる負の感情を気にせずあっさりネタばらしする。

「そうすれば警戒しないで来てくれると思ったから。
 これはワタシの勘なんだけど、キミってイジメられてたことあるでしょ?
 小学か中学かは分からないけどさ。
 だから女子の名前だと来てくれないかもって思ったんだよね。
 そこで夢見がちな文学少女のキミを釣るために、彼に手紙を出してもらったのさ」
そう言ってコガタは釣り餌を指で示す。
その動きにつられてこちらを見るモブさんの瞳は暗い。
自分はその視線から逃れるように目を逸らした。

「そっか…そうだよね。私なんかに男の子が告白するはずないよね……。
 それで、コガタさんは私に何の用なの? 叩きたい? それともお金が欲しい?」
過去のトラウマが再発したのか、今のモブさんはまるで幽鬼のよう。
このまま一人にしておいたら、図書室の窓から身投げでもしそうだ。
だが相手がそんな状態にもかかわらずコガタは肯定する。

「叩くのとは違うけど、似たようなものかな。お金なんてワタシはそう欲しくないしね。
 そういうわけで、ちょっと切り刻ませてよ」
そう言って右手を軽く揺らすコガタ。すると手品のようにナイフが手の中に現れた。
安物のバタフライナイフなどとは違い、美術品として通じそうな刃渡り20pほどの鋭そうな両刃。夕日を反射して紅く輝くその刃に、目が死んでいたモブさんも正気を取り戻して慌てた。

「えっ、な、何する気なのコガタさん!? ふざけないでよ!? ねえ!」
モブさんは昔イジメを受けていた。
きっと殴る蹴る程度の暴力は何度も受けて経験済みなのだろう。
だがいきなり刃物を持ち出すなど、明らかにイジメの領域を超えている。

「なっ、ナナシノ君、助けて! コガタさんを止めてよ!
 こんなの冗談じゃすまないよ! 刃物だなんてっ……!」
彼女ははっきりとした身の危険を感じ助けを求めてきた。
しかし自分はそれに応じることはできない。

「あー、無駄無駄。そんなこと言っても無駄だよ。
 キミを呼び出したのはナナシノくんなんだから、助けるはずないでしょ?」
コガタの言う通りだ。自分は家族の安全のために彼女に協力している身。
罪の無い少女が猟奇殺人犯に追い詰められようと、ただ傍観することしかできない。

目の前の危険人物に怯えるモブさんはジリジリと後ずさりをする。
コガタはそれを楽しむようにゆっくりと近づいていき、あと数歩という所まで近寄ると、一気に距離を詰めて右手のナイフを逆袈裟に切り上げた。

「あ……いやぁぁっ!」
制服の前面が縦に切り裂かれ、ハラリとモブさんの肌が露出する。
彼女は腰を抜かし、ドスンと木の床に尻餅をついた。
切られてしまった学校指定の白いYシャツ。
その隙間から水色のブラが見え…たところで自分は完全にそっぽを向いた。
恋人でもない男が乙女の肌を見て良いわけがない。

何も知らずに校庭で練習をしている野球部員たち。
四階の窓からそれを眺めながら、一人の女生徒が殺される場面をライブ音声で聞く。

「やめて! 本当にやめてよっ! 何でこんなことするの!? 私が何かしたっ!?」
止めて欲しいと必死で懇願するモブさんの声。
「別にキミは何もしてないよ。ワタシがやりたいからしてるだけ」
それに対して『楽しいから』と説得の余地がない答えを返すコガタ。
「な…そんな理由で!? あ、やめて、来ないで! いゃぁぁぁ……あ、れ?」
絹を裂くようなモブさんの叫び声。それが急に途切れ、困惑の声に変わる。
「どう? すごいでしょこのナイフ。
 悪魔に貰ったこれを使うと、傷一つ付けずに人間を殺せるんだ」
まるでお気に入りのおもちゃを自慢するようなコガタの声。
「なによそれ……。そんなものあるわけ「じゃあこれはどう説明するのかな?」
モブさんのセリフを遮って喋るコガタ。その直後にトスッと刃物が刺さる音がした。

「ほら、肋骨の隙間を貫いてグリグリされても痛くも痒くもないでしょ?
 むしろ熱くて気持ち良くなってきたんじゃないかな?」
「そんなわけ…ひゃっ! やめて…動かさないでっ……!」
どこか熱がこもってきたモブさんの声。コガタは愉悦を含ませながら彼女に語りかける。
「ダメだよ。これからキミには魔力全てを垂れ流して死んでもらうんだから」
「魔力って何!? 私はただの人間だよ!? 魔法なんて使えないよっ!」
ゲームぐらいでしか出てこない『魔力』という単語。
ひょっこり出てきたその単語にモブさんは『わけが分からない』と返す。

「キミは分からなくてもいいよ。ワタシには見えるんだ。
 たった今できた傷口から、人間の魔力が溢れ出しているのがさ」
自分は魔力なんて見えないし、魔法も使えない。
しかしコガタのおかげでそれが実在することは知っている。
それが無くなってしまえば人間は死ぬということも。

「ああ良いねえ、キミの魔力はとっても綺麗だ。ほら、もっとワタシに見せて……」
顔を背けている自分には二人の姿は見えない。
それでも荒くなっていく呼吸と会話でどうなっているか想像できる。

「うぅっ…やめて、よっ…! 私、死にたくないっ…!」
苦痛の代わりに快感と恐怖がブレンドされた懇願。
コガタはクスクスと笑い、その願いを蹴り飛ばす。

「だから、ダメなんだって。ワタシはキミで楽しんでるんだからさ。
 それにもう手遅れだよ。胸下から下腹までザックリ切っちゃったんだし。
 ほっといても魔力の大量流出でキミが死ぬのは確実だ」
モブさんの姿と解剖台に張り付られたカエルの姿が脳内で重なる。
実際はグロい姿になどなっていないはずだが、考えただけで気分が悪くなった。

「さーて、そろそろフィニッシュといこうか。このナイフでキミの心臓を串刺しにしてあげよう。人生最後の快感、たっぷり味わうといいよっ!」
実に楽しそうに声を張り上げるコガタ。モブさんは力を振り絞って叫び声をあげる。
「イヤ…イヤッ! やだ、死にたくないっ! 誰か助けてっ! お父さん! お母さ」
マイクのスイッチをOFFにしたように途切れる叫び。
それでモブさんが殺されたのだと理解し、自分は額に手をあてる。
そのまましばらく自己嫌悪に浸っていると肩をポンと叩かれた。
振り向いて見るその手の主は当然ながらコガタだ。

「片付けは終わったよ。さ、帰ろう」
待望の遊園地で遊んだ子供のように良い笑顔を見せるコガタ。
最低な人格だと十分知っているのに、その美しい顔にまた見惚れてしまう。
再び自己嫌悪の念が浮かんでくるが、彼女に口づけされるとそれは薄まってしまうのだ。

「んっ……む…ぷぁ……っ。ふぅ……ありがとう、ナナシノくん。
 キミのおかげでガードの固いモブさんを落とせたよ」
唾液の糸を一本引きながら唇を離すコガタ。
彼女は感謝の言葉を述べると、床に倒れているモブさんをチラリと見た。

ナイフで切られた服は魔法で修復され、ほつれ一つ無い。
並み程度に盛り上がった胸は、ちゃんと上下している。
事情を知らない人が見れば、ただ気絶しているだけだと思うだろう。
だが彼女は……人間のモブさんは死んだ。快楽殺人者に弄ばれながら。
いま図書室の床に横たわっているのは同じ姿をした魔物。
人外の魔力に汚染され、常識も倫理も完全に変質した別人なのだ。



自分と同じクラスのコガタは快楽殺人者である。
そのことを知ったのは本当に悪い偶然だった。
特別教室棟の一番奥という、まず人が寄り付かない場所。
個人的な事情でそこへ行ったら『お楽しみ中』の彼女とばったり遭遇してしまったのだ。当然自分は逃げようとしたが、口裂け女ばりに足が早い彼女から逃げられるわけがない。
いとも容易く捕縛され『絶対に秘密にするから命だけは…』と土下座することになった。
しかし邪魔が入り遊びを切り上げざるを得なかった彼女は腕を組み不機嫌に言う。

「そう言われてもねえ……。口約束なんて簡単に破れるじゃないか。
 他人を信じられなくなったらおしまいなんていうけど、
 ロクに知らない人を信じる方が終わってると思うよワタシは」
自分たちはこの高校に入ってまだ二週間弱。
クラスメイトとも互いに様子を見ながら付き合う段階だ。
席も離れていて自分との接点が薄い彼女を信用させるのは難しい。
自分の人生はこんな所で終わるのか…と諦めかけたが、そこで彼女はポンと手を打った。

「そうだ、放課後キミの家に案内してくれるなら今日は見逃してもいいよ」
何故コガタがそんなことを言い出したのかは分からなかったが、とにかく死にたくない自分は一も二もなく彼女の要求を飲み、その場を生き延びようとした。
後で後悔するだなんて、その時は全く思わなかったのだ。

カチャリと玄関扉を開いて『ただいま』と声をあげる自分。
小学生の妹はもう帰っている時間で、居間から『おかえりー』と伸びた声が返ってきた。
靴を脱いで上がった自分は来客用のスリッパを木の床に置きコガタに差し出す。

「ご丁寧にどうも。それじゃ、お邪魔します」
きちっと礼を言ってから彼女は家に上がる。
すると声を聞きつけた妹がふすまを開いてひょっこりと顔を出した。
「お兄ちゃん、お客さん? どうもいらっしゃ……えぇっ!?」
コガタを見るなり驚く妹。いくらなんでも初対面の相手にその反応は無礼だろう。

「無理だよ! 驚くよ! お兄ちゃんが家に女の人連れて来るだなんて!
 お小遣いいくら払ったの!? 借金なんてしてないよね!?」
どうやらウチの妹はTVからロクな知識を仕入れていないようだ。
これは夜9時以降の視聴を禁止するよう母に進言した方が良いかもしれない。

「どうも初めまして。ワタシはナナシノくんの友人だよ。
 キミのお兄ちゃんとちょっと話したいことがあって、一緒に来たんだ」
妹が不躾な発言をしたにも関わらず、彼女は気を悪くせず穏やかに声をかける。
その大人な態度に妹も行いを恥じたようで、先ほどの無礼を謝った。

トントントンと二階へ続く階段を上がると、自分の部屋はすぐそこ。
引き戸を開いて共に部屋に入ると、彼女はキョロキョロと物珍しそうに室内を眺めた。
『あまりジロジロ見ないでくれ』と彼女を嗜め自分は話す。
約束通りにしたのだから見逃してくれと。すると彼女は満足そうに頷いた。

「そうだね。妹さんとも仲が良いみたいだし、これなら大丈夫かな」
その発言の意味が分からず、自分は訊き返す。大丈夫って一体何がだ?
「そりゃあ当然、キミが約束を破った時のことさ。
 家族仲が悪いようじゃ、見捨てて逃げ出すかもしれないし」
家族を見捨てて逃げ出す? 何故自分がそんな事しなくちゃいけないんだ?
そう考えた時、ザワッと鳥肌が立ち、
生き延びるためにとんでもない選択をしたのだと気がついた。
その反応で彼女もこちらが『理解した』と覚ったのか、目を細めてクスリと笑う。

「分かるよね。キミ一人じゃ済まないよ?」
もし秘密をばらしたら連帯責任。彼女はそう言っているのだ。
当人たちは知らないとはいえ、家族を巻き込んでしまったことに顔から血の気が引く。
頭がグラリと揺れそのまま卒倒…しかけたところで、コガタが素早く寄って身を支えた。
何とも現金だが、ブレザーの上からでも分かる二つの柔らかい感触に少し意識がクリアになる。

「ほら、しっかりして。この程度で倒れるようじゃ先が思いやられるよ。
 キミには色々協力してもらうんだからさ」
協力? 協力ってなんだ? 彼女のことを秘密にするだけじゃないのか?
ひたすら隠し続け自分の記憶からも抹消しよう。
そう考えていた自分に彼女はさらなる要求を突きつけてきた。

「ただ黙っていれば平穏な日々を送れる。そう思ったのかな?
 でも残念、ナナシノくんにはワタシの趣味を手伝ってもらうよ。
 ……NOとは言わないよね?」
コガタはそう言って上目づかいでニヤリとするが、今の自分にはその笑顔が悪魔のように思える。
当たり前だが、自分は人殺しの手伝いなんてしたくない。
しかし家族の命を握られているとあっては、逆らうなどとてもできない。
精神が板挟みにされる痛みを感じながら、彼女の言葉に自分は頷く。
すると彼女は笑顔を柔らかくして、こちらの頬にそっと触れてきた。

「そうそう、それでいいんだよ。誰だって自分や家族が大切なんだ。
 たとえ世界中の人間が後ろ指を指すようになっても、ワタシは絶対蔑まないよ」
『よしよし』とコガタは慈しむようにこちらの頬を撫でる。
言葉だけならとても慈悲深い女の子。だがその選択をさせたのは彼女自身だ。
自分は激しい自己嫌悪に陥りながら、見知らぬ他人を犠牲にすることを心に決めた。



次の日、登校した自分は朝っぱらから目を疑うことになった。
というのも昨日コガタに殺されたはずの女生徒(サキという名だ)が、何事もなかったかのように隣の席に座っていたから。
自分は困惑しながら彼女に『なぜここにいるのか』と訊いてしまう。

「何でって…ここが私の席だからじゃない。ナナシノ君こそなに言ってるの?」
何故そんな態度を取るのか分からない。サキさんはそんな感じで疑問符を浮かべる。
確かに彼女の席は自分の隣だ。それは別におかしくない。
おかしいのは、ナイフで喉を切り裂かれた彼女が動いて話すことだ。
それを問い質そうとすると、背後からポンと肩を叩かれる。
振り向いて確認すると、そこにはコガタが立っていた。

「あ、コガタさん。昨日はごめんなさい。何も知らずに暴れちゃって……」
コガタに命を奪われたはずのサキさん。彼女は被害者として憎んでもいいはずだ。
だというのに逆に彼女はコガタに向かって謝罪した。

「いや、気にしなくていいよ。知らなければ誰だってああいう反応をするしね。
 それに不完全燃焼だったけど、ワタシも楽しませてもらったんだから」
コガタの方も仲が良い友人のようにサキさんと話す。
現状が全く理解できず、頭の中が疑問符で埋め尽くされる自分。
そんな自分の耳元にコガタは口を近づけて話しかけた。

「ナナシノくーん? キミはちょっとうっかりすぎじゃないかなあ?
 教室の中で秘密を漏らそうとするなんて、一家心中の願望でもあるのかい?」
驚きのあまり『サキさんは殺されたはず』と口走りそうになった自分。
コガタの方もこんな場所でバラされたら困るのか、口から出る前に阻止してくれた。
だが自分の不注意ぶりには腹が立ったらしく、囁き声には少し怒りが含まれている。
『次からはもっと気を付けるから…』と、彼女が気を直すことを願いつつ自分は謝罪した。

「まったく…今回は見逃してあげるけど、次は本当にないよ?
 他人がいる場所で会話する時には、よく考えてから話すように」
やれやれ…と呆れたようにコガタはため息をつく。そしてそのまま耳元で囁いた。
「サキさんの事は、放課後にでも教えてあげるよ。誰もいなくなったら教室にきて」
『後で説明する』と言うと、コガタは背から離れ席へ戻っていった。

「で、このXが5である場合……」
数学の教師が黒板にチョークを走らせる授業中。
自分は隣席でノートに板書するサキさんを何度もチラ見する。

彼女は昨日間違いなく死んだはずだ。
コガタがナイフで喉笛をかき切ったのを確かに目撃した。
生きようともがいていた彼女はビクンと震え、そのまま動かなくなったのだ。
そしてトドメを刺したコガタは目撃者の自分を……あれ?
ショッキングで鮮烈に残っている昨日の殺害シーン。
脳内でそれを再生していた自分は記憶に変な部分があるのを発見した。

普通頸動脈だか何だかを切断されれば大量に血が噴き出す。
室内でやれば天井が赤く染まるほどだと本に書いてあった。
だというのに、記憶の中には赤色が全く存在しない。
首からの噴血も広がる血溜まりも見た憶えがないのだ。

……何かがおかしい。
死んだはずなのに授業を受けているクラスメイト。
刃物で切り裂かれたのに血の出なかった殺人。
自分の常識では計り知れない事がすぐ傍で起こっている。
殺人鬼への物とはまた違った種類の恐怖。
得体のしれない物への恐れが湧き、体が急に寒くなる。
いま自分がいる世界が本当に昨日と同じ世界なのか確信が持てない。
もしかして知らない間に平行世界にでも紛れ込んでしまったのでは……。

「……そうだなあ。じゃあ、ナナシノ!」
数学教師に突然名指しで呼ばれ『はいっ!?』と上ずった声で返事をする。
教師はこちら起立させると、黒板に書いた問題を指し示し『答えてみろ』と言った。
しかし物思いにふけっていた自分は話など全く聞いていない。
仕方ないので『分かりません』と答えたら、教師は呆れた顔。

「おいおい、これは中学レベルの問題だぞ? お前どうやってこの高校に受かったんだ?
 パパとママにお金でも積んでもらったのかぁ?」 
完全にこちらを馬鹿にした物言い。
問題一つ答えられないだけで、何故そうも言われないといけないのか。
カチッとくるが、教師相手に言い返すことなんてできない。
一部のクラスメイトが吊るし上げられた自分を嘲笑するのを感じる。

「いいかー、皆はこうならないよう予習復習するんだぞー」
教師はこちらを指差し、お調子者のように軽く言う。その態度で自分は理解した。
この教師は一人を貶めて、他からの人気を取ろうとするタイプだ。
こんな奴に目を付けられたら、難問を出すたびに指名されるだろう。
そして答えられなかったり間違えたりすると、そこを笑いのネタにされるのだ。
こんなイジメ同然の構図、ヘタをすれば教室内の人間関係にも影響しかねない。
そんなのも分からず教師になるなんて、こいつこそ裏金を積んだんじゃないか?

教室内で一人立たされている自分は頭の中で教師を罵倒する。
だが、彼はそんな内心をいざ知らず、無関係な過去話を始めた。
いい加減座らせろよ…とイラつく自分。そんな時、視界に一本の手が上がった。

「……な奴がいてな。それで…お、先生に質問か?」
手を上げたのは教室の窓側前方に座っているコガタ。
質問者が美しい女生徒だからか、教師の声色が明らかに変わる。

「先生、問題間違ってますよ。XとYの値が逆です。
 黒板通りだと正しい答えが出せません」
話を聞いていなかった自分には分からないが、彼女の言う通りだったらしい。
教師はミスを指摘されると誤魔化すように笑って問題を修正した。
だが、サキはそこで終わらずさらに言葉を続ける。

「あと、ナナシノくんを座らせてあげたらどうでしょうか。
 正解が出せない問題で立たせっぱなしはどうかと思います」
吊し上げに不快感を抱いていた生徒もいるのか、連続で指摘された教師を笑う声が少し聞こえた。中年の男性教師はとたんに不機嫌な表情を浮かべたが、逆ギレはせず着席の許可を出す。彼女は席に着いた自分をチラリと見ると『災難だったね』と言いたげに苦笑いを浮かべた。



数学の時間以降は特に何も起きず、無難に放課後を迎えた。
校内をうろついて時間をつぶした自分は、コガタに指定された通りに教室へ向かう。
彼女はすでに教室で待っており、自分が踏み入ると軽い足取りで寄ってきた。

「待ってたよ、ナナシノくん。朝のサキさんのことを訊きたいんだよね。
 うーん、どこから説明しようかな……」
彼女は頭の中をまとめるように少し考え込むと、右手をユラッ…と振った。
すると何もなかったはずの手に、美しいナイフが突如出現。
まるで手品のようだが、種も仕掛けもあるとは思えない。

「このナイフ、キミはなんだと思う?」
意図の分からない問い。自分は見たままに『ナイフだ』と答える。
「うん、普通の人はそう思うよね。でもこれはただのナイフじゃない。
 このナイフはワタシなんだ」
意図どころか意味さえ不明な言葉。
その刃物がコガタだというなら、それを持っている美しい少女はなんだというのか。

「お? ワタシが綺麗だって思うんだ? いやー、嬉しいなあ」
美しさを褒められた彼女は顔に喜色を浮かべる。
本心からとしか思えないその態度に面食らってしまうが、自分は話の先を促す。

「あ、ゴメンゴメン。えーと、端的に言っちゃうとナイフと女の肉体、両方ともワタシなんだ。以前は『ワタシたち』だったんだけど、もう完全に混ざっちゃったから今はワタシだけ」
理解不能理解不能。本当に彼女は日本語を話しているのか?

「あー、やっぱり分からないかあ…。じゃあちょっと長くなるけど、時系列で話すね。
 ワタシ…えっと、コガタって呼ばれてる肉体の方ね。
 このコガタなんだけど、実は昔っから猟奇趣味があったんだよ」
彼女は宣誓するように左手を胸に当て過去を語る。

「小さい頃は虫の手足を引きちぎるぐらいだったんだけど、成長するにつれ物足りなくなってね。
 最初はカラスとか、ネズミとか、ノラ猫とか、まだ大事にはならない範囲で遊んでいたんだけど、中学を卒業したあたりで、とうとう我慢の限界にきちゃってさ。
 それでついに人間を獲物にしようと思ったの。あ、もちろん逮捕されないように計画を練ってだよ? で、いよいよ決行! というその日に、悪魔に出会ったんだ」
彼女の過去は典型的なシリアルキラーのそれだった。
普通だったらこのまま殺人を犯してお終いなのだろうが、悪魔という単語が気になる。

「その悪魔は『人間を切り刻みたいならコレを使え』って言って、コガタにナイフを与えた。そのナイフは悪魔がくれただけあって、ゲームの『呪われた魔剣』みたいに意思を持っていたんだ。
 加えて呪われたナイフには、殺した相手を人外の魔物に変える力もあった。
 人間の命を奪うだけでなく、異質なモノへと変えてしまうその力に少女はすっかり魅了され、その精神はいつしかナイフの意志と一体になりました……と、こんな感じ」
意思ある魔剣だなんて、そんなファンタジーな話ありえない…と笑い飛ばすことはとてもできない。
昨日殺されたはずのサキさんが、実際に生きて登校していたのだから。
……いや、彼女の話がホラでないなら、人間としてのサキさんはすでに死んでいるのか?
まあそれはそれとして、殺人現場に血痕が残っていないというのはどういうことなんだ。

「このナイフは肉体に一切傷をつけないんだ。胴体をメッタ刺しにしても、服が穴だらけになるだけでね。ただ、血は流れないけど魔力は流出するよ?
 首筋を切り裂けば 致命的な魔力欠乏によりその人間は死亡。その後は悪魔の魔力が入り込み、被害者は新しい悪魔として蘇生するというわけなんだ」
彼女は自慢げに言い、ナイフの刃をトントンと叩く。
魔力だなんてまた新しい設定が出てきたが、ニュアンスは分かった。
とにかく彼女の刃では現場が汚れることはないわけだ。

「その通り。だから普通の刃物に比べて後始末がとても楽ちんなの。
 上手くやれば現場を見られても『倒れた人を介抱してました』で押し通せるし」
……どうやら自分は相当に悪いタイミングで目撃してしまったようだ。
多少強引でも、いま言ったように誤魔化してくれれば、こんな目に合わなかったのに。

「あはは…そこはまあ、運命ってことにしようよ。見られたときはワタシもちょっと焦ったけど、おかげでキミとお近づきになれたんだし」
己の不手際だと自覚しているのか、恥ずかしそうに彼女は笑い声を出す。
こんな事情さえ知らなければ、最上級の美少女とお近づきになれたことを自分も素直に喜べたのだが。
まあいい、知りたいことは知れた。今日はもう帰ろう。
自分は『話は終わった』と踵を返そうとするが、それを彼女は留める。

「あ、ちょっと待って。まだキミに教えたいことがあるから」
教えるとは、いったい何なのか。
そう疑問に思った瞬間、彼女の右手にあるナイフが走り、腹に熱い感覚が広がった。
首を下げてそこを見ると、刃が制服を貫いて深く突き刺さっているのが見える。
あまりにショッキングな映像に両足からガクッと力が抜け、自分は床にへたり込んだ。
彼女は腹から抜けたナイフをそっと撫でると、こちらを見下ろして口を開く。

「このナイフの切れ味、身をもって教えてあげるよ」
突然の凶行に『嘘をついたのか』と自分は彼女に抗議する。
協力すれば手を出さないと約束したのは何だったのかと。
しかし糾弾された彼女は鼻で笑って言う。

「発言を都合よく解釈しないでほしいなあ。
 ワタシが約束したのは『キミを殺さない』『家族に手を出さない』この二つだよ。
 『キミを死なない程度に切り刻む』のは約束破りじゃないでしょ?」
……反論できない。
昨日の自分はとにかく命が助かればいいと思っていたが、常識外の快楽殺人者相手では条件が不十分だった。自分を含む一家全員への手出し禁止にしておくべきだったのだ。
もっとも『死なない程度の傷害』など普通は想定できないだろうが。

「生身への鋭さは理解できたかな? それじゃあ次は物体への切れ味だ。
 こんな布、ベルトごと切断できるから見ててごらん」
自分は刺されたショックで体が震え足に力が入らず、後ずさりさえできない。
そんな自分に愉悦の目を向ける彼女は床に膝をついてしゃがみ込むと、こちらの下腹部をナイフで一閃した。
言葉通りに革製のベルトごと制服のズボンが切り裂かれ、一番下のトランクスごとハラリと床に落ちる。
いまの自分は下半身丸出しのみっともない姿。
だがどういうわけか股間の物はすくみあがらずいつも以上に存在を主張していた。

「うんうん、なかなかご立派だねえ。どうしてこうなってるか分かるかい?」
彼女は目を細めると、ナイフを撫でたときと同じように男性器に優しく触れる。
指先の温かさと柔らかさにピクンと男性器が反応し、恥ずかしさで顔が熱くなった。
そのさまをクスクスと笑い、彼女は言葉を続ける。

「ナイフで切られると人間の魔力の代わりに、悪魔の魔力が入り込む。
 それはね、とっても気持ちがいいことなんだ。
 よーく自分を省みてごらん。とってもエッチな気分になっているんじゃないかな?」
彼女に切られると発情する。信じがたいことだが、よくよく鑑みると実際その通りだ。
体の熱さは自慰をするときに近く、男性器の猛り具合も同じ。
体が震え足に力が入らないというのも、強すぎる欲情に襲われればそうなるかもしれない。

「ワタシは人間で遊べてとても楽しい。殺される方も死ぬ前にとっても気持ちよくなれる。これってWIN−WINの関係ってやつじゃない?」
何か犯行を正当化し始めたコガタだが、それは絶対に違うだろう。
自殺志願者ならともかく、相手が嫌がっているならそれはただの殺人だ。

「ちぇー、やっぱそう簡単には分かってくれないか。ま、いいや。
 とにかく、ワタシが切っても痛くないってことは理解してね」
それはもう十分に理解した。被害者には何の救いにもならないが、苦痛を感じているわけではないと知っただけで、ほんの少しだけ気が楽になる。
……いや、こんなことで気を楽にしてどうするんだ。
彼女が人間を殺していることに変わりはないってのに。

「さてと、それじゃあキミを発情させた責任とってスッキリさせてあげるね。
 これが終わったら帰ろうか」
彼女はそう言うなり、ナイフを消した右手で男性器を握った。
そしてコシコシコシと校則違反な前後運動をさせる…って何すんだ!

「何って、おちんぽこすってるんだよ。
 これだけ硬くなっちゃったんだから、射精しないと収まらないでしょ?
 キミが『いらない』っていうなら、無理にはしないけどさ」
『どうするの?』とニヤニヤ笑いを浮かべて訊いてくる彼女。
ここはきっぱりと断るのが正しい道なのだろうが、生まれて初めて他人の手で弄られた男性器は、今までにありえなかった快感を伝えてきた。
もしこのまま射精するまで彼女が動かしてくれたなら、どれほど気持ちいいのか。
そう思ってしまったら、止めてくれとは言えなくなってしまった。

「それでいいんだよ。人間気持ちいいのが一番大事。じゃあ、もっと良くしてあげよう」
彼女はそう言うと握っている男性器に顔を近づけ、パクリと先端を口に含んだ。
熱く濡れた彼女の舌。それが敏感な部分をレロレロと舐め回し、快感で背筋に寒気が走った。零れてきた唾液で男性器も彼女の右手もベチャベチャになり、二人だけの教室に水音が響く。

「んっ、んっ、ろふらひ…?」
男性器を口に含んだまま『どうだい?』と訊いてくるコガタ。
正直な感想を伝えると、彼女は少し蕩けている目を嬉しそうに細めた。
そしてさらに熱を入れて舌と右手を動かしていく。

本当に現金で卑しいことだが、これほどの快感を与えてくれる彼女に対し、自分は嫌悪以外のものを感じてしまう。
彼女は楽しんで人を殺す怪物だと理解しているのに、正の感情が発生してしまうのだ。
そうして相反する二つの感情に翻弄されていると、射精の衝動がこみ上げてくる。
自分は『もうそろそろ…』と言うが、彼女は男性器をしゃぶるのをまるで止めない。
それどころか限界まで精液を吸いだそうとするかのように、動きを強く激しくしていく。
彼女の口内に射精してはマズイと思って声をかけたのだが、どうも本人は気にしていないようだ。ならばこちらも遠慮なく出させてもらおう。

「んっ、んむっ…ん、んぶっ!」
男性器が彼女の口内で脈動し、精液を発射した。
白く粘つくその液体は、決して美味しいものではないと聞いたことがある。
しかし彼女はそれが溜まっていく端からゴクリゴクリと飲み下していく。
普段ならゴミ箱へ廃棄されるだけのタンパク質。それが内臓で消化されて彼女の一部となる。
そんなことを思ったら、倒錯した幸福感が胸に満ちていった。

「ん……ごちそうさま。いやー、結構溜まってたんだね。
 思った以上に量があって、お腹が膨れたよ」
精液を全て飲み干した彼女は、ベロベロと男性器を舐めてから顔を離す。
そして手作り料理を振る舞われたかのように感想を言った。
本番行為はなかったとはいえ、恋人でもない男とセックスしておいてその態度はどうなんだろうか。

「え、なに? キミは恋人じゃないと嫌ってタイプ? だったら付き合ってあげるけど」
いとも簡単に『交際してあげる』と口にするが、そういう問題ではないだろう。
そもそも快楽殺人者を恋人にしたいだなんて思わない。

「えー、残念だなあ。ワタシはいつでもオッケーなんだけど……。
 ま、いいや。気が変わったらいつでも告白しなよ」
彼女はそう言うとナイフで切り裂かれたズボンとパンツを手に取り、切断面を合わせる。
すると切れていたのが目の錯覚だったかのように、元の状態に戻ってしまった。
謎の技術で修復された服を持った彼女は立ち上がり、からかう様に言う。

「下半身丸出しじゃあ、帰るところが交番になっちゃうからね。
 さっ、それを履いて下校しよう。途中までは一緒にね」
みっともなく床に尻を着けたままの自分を立たせるように、彼女は手を差し出す。
その手を借りるまでもなく自力で立てたが、伸ばされた細い手を払う気になれず、結局握り返してしまった。



こうして自分は彼女の遊びを手伝うことになったのだが、いかに快楽殺人者といえど、毎日人殺しをしているわけではなかった。
その頻度は週に一回程度だそうで、学外や彼女一人で事を済ませるときは協力を要請されることもない。
毎週毎週定期的に生殺人を鑑賞させられたら流石に精神がもたないのでそれは助かった。
そして遊びに関係ない時も彼女はちょっかいを出してくるようになり、同級生の前では、恋人寸前の女友達のように振る舞っている。

昼食は可能な限り共に取ろうとするし、その後も雑談に興じて時間を共有。
下校時も分かれ道になるまでは一緒に帰り、場合によっては家にまで上がり込む。
おかげでウチの家族には妙な気を使われるし、クラスの男子はやっかみを向けてくるようになった。
それはそれで困っているのだが、一番困るのはその態度が安っぽいカモフラージュでなく、自分と二人だけのときも変わらないということだ。

もし仲良くしているのが対外的な演技で、人目がなければ狂気の殺人者になるというなら、まだマシだった。自分はひたすらに警戒して心を許さず、安全の保証があれば迷わず裏切ることができただろう。
しかし実際の彼女は二人っきりのときでも、こちらを思いやるように優しく接してくる。
趣味のときは自分が嫌がっても手伝わせてくるが、それを除けば本当に完璧な女の子といっていい。
普段の愛らしい行いがあるから、彼女が同級生を惨殺しても嫌悪しきれないのだ。
また教室での一件があったせいか、我ながら驚くほど簡単に彼女と肉体関係を結んでしまった。今の彼女はことあるごとにセックスを求めてくるようになり、自分もそれを受け入れてしまう。もはや肉体的な快楽という面でも彼女を拒絶しきれない。

とても綺麗で愛らしく、最高の快楽を与えてくれる女の子。
か弱い女性を惨殺することに喜びを感じる最低の快楽殺人者。
明暗の二面性を持つ彼女に自分は完全に囚われてしまっている。
どうにかしなくてはいけないのだけど、どうしたらいいか分からない。
そんな惰性に任せた日々を送っていたある日、自分とコガタは前触れもなく生徒指導室に呼び出された。

エアコンの作動音が響く狭い一室。
木製の長机の前に二つの椅子が用意され、挟んだ向こう側には男性教師。
自分を笑い者にしようとした、あの数学担当の先生だ。
彼が生徒指導担当だったなんて知らなかったが、呼び出されるような覚えは…多すぎる。

殺人もセックスも発覚しないようにしてきたはずだが、ついにバレてしまったのか?
自分の内心は大慌てだが、それを顔に出したら自白も同然。
平静を装えていることを祈りつつ、コガタと一緒に椅子に座った。

「……何で呼び出されたか、理由は分かっているか?」
最初から不機嫌そうな声で話す教師。
彼は生徒の前で恥をかかされたことを未だに根に持っていて、その原因の自分とコガタを目の敵にしている。
当然そんな陰湿な性格だから同級生たちの評判も良くはなく、今はもう生徒を吊るし上げたところで、笑いをとれるどころか被害者が同情されるだけだ。
その教師に向いていないであろう人物に、自分はコガタと口をそろえて『分かりません』と答える。すると彼はあからさまに顔をしかめて話し出した。

「そうか、しらばっくれんのか。だったら俺が言ってやるよ。
 お前ら付き合ってんだろ。それ校則違反だって知ってっか」
『男女交際してるだろ』と口にする教師。
自分は恋人のつもりはないが、外から見ればそう取られても仕方ないかもしれない。
だがそれだけで呼び出しというのは、やり過ぎではないだろうか。
コガタもそう思ったのか反論する。

「確かにワタシとナナシノくんは付き合ってますけど、それが問題になるんですか?
 他にも付き合ってる生徒はたくさんいますし、一緒に食事したり、下校したりするくらいなら、不純異性交遊にはならないと思うんですけど」
サラッと嘘を吐くコガタ。実際は校舎内で散々さかっているのに『小学生レベルの清い交際です』と言い切るとはなんて面の厚さだ。あと勝手に恋人にするな。

「コガタ、お前先生をバカにしてるのか。こっちは何十人、何百人って数の生徒を見てきてるんだ。お前らみたいなやりたい盛りの学生が、その程度で我慢できるわけないって知ってるんだよ」
「でも本当にそうなんです。ワタシたちはやましいことなんて何もしてません。
 きちんとした証拠がないなら、それは先生の思い込みです」
恋人と一緒にいるために、毅然と教師に言い返す清純な少女…だったら、とても良いシーンなのだろうが、彼女の裏を知っている自分にはとんでもない茶番に思えてしかたない。
そして彼の方も『証拠を出せ』と言われて提示できるようなものは無いのか口を閉じる。

……良かった。ここで『見たけりゃ見せてやるよ』なんて証拠物件を出されたら、自分たちはもう破滅だ。だがそれでも疑問に思う。
コガタが言ったように、男女交際している生徒は他にも大勢いる。
なぜ自分たちが呼び出されたんだ?

「……そうか、それは俺の思い込みか。
 じゃあ、お前らが組織売春してるってのも先生の思い込みなのか? ん?」
『は?』と間抜けな声を漏らしてしまった。
なんだそれ。どこからそんな話が出てきたんだ。
理解できずコガタの方を見るも、彼女も不可解そうな顔をしている。

「俺は大勢生徒を見てきたって言ったよな。だから、お前らの周りがおかしいって分かるんだよ。誰にも相手にされないような、ブサイクで気持ち悪い男子がいるだろ?
 そんなやつに突然彼女ができる。それも明らかに吊り合ってないような美人がだ。
 もちろん女が悪趣味で、ブサイクに一目惚れしたって可能性はあるさ。でも似たような例が同学年で頻発するなんて、まずありえないだろ?
 こりゃもうブサイクが金で女を買っているしかありえないじゃないか。
 そんで他の先生にも聞いて調べてみたら、女たちはどいつもこいつもコガタと仲良くしてるって話だ。なあ、正直に認めろよ。お前ら二人が売春の元締めなんだろ?」
謎を全て解き明かした名探偵のようにドヤァ…と笑う教師。
その推理は完全に見当違いなのだが、コガタと関係があるのは否定できない。
そして『彼女たちはコガタの元被害者です』などと説明できるわけもないので、結果として自分は口を噤んてしまう。
教師は黙り込んだ自分を見てより確信を強めたようで、いやらしい笑いを深める。

「これがバレたらお前らは退学だな。高校中退ってのは世間では結構なハンデになるもんだぜ? でも先生だって鬼じゃあない。お前らが反省して心を入れ替えるのなら、黙っていてやるよ」
彼は嫌な奴に見えて、実は生徒の将来を考えてくれる情け深い教師だった…なんてのは、その顔を見るにありえない。時代劇の悪代官と越後屋を足して10を掛けたような表情は、それなりの見返りを期待している。

「とりあえず半分だな。お前らは可愛い生徒だから、アガリの半分で我慢してやる。
 それと生徒指導もしてやろう。綺麗どころから順番に俺の家に連れてこい。
 体当たりの熱血指導だ。まずはお前からだなコガタ。
 売春の元締めなんて悪い生徒には、心のこもったお説教をしてやる」
絵に描いたような…どころか、写真にして残したくなるほどの見事な悪徳教師。
こんな奴が普通に授業をしていただなんて、この学校の人事はどうなっているんだ。
斜め上どころか、ねじれたような話の進み具合にもうついていけない。
そんな自分をよそに、コガタは落ち着き払った声を出す。

「先生。このことに関しては、他の先生はどこまで知っているんですか?」
「あん? 他の奴らはなーんも知らないよ。
 忙しい中俺が聞き取り調査したってのに、誰一人気付いた様子がない。
 疑惑を振っても『そんなことあるわけないですよ』なんて寝ぼけた返答しかしねえ。
 この学校の連中は全員節穴だな。まったく、俺がしっかりしてやらないと!」
熱血教師っぽく気炎を上げるクソ教師だが、節穴なのは他の先生ではなくコイツ自身だ。
もはや自分だけでなく、この学校のためにもコイツをどうにかしたいが、どうやって告発したらいいんだろう。そう思っているとコガタがまた喋りだした。

「先生、推理を披露していい気分になっているところを悪いですが、全て勘違いですよ」
「は? なに言ってんだ、お前らが売春してるのは事実だろうが」
「だからその証拠がどこにあるんです? お金のやり取りを見ましたか? 行為中の生徒を撮影したんですか? 本人たちから直接『売春しました』って証言を取ったんですか?
 そうでなければ状況証拠を都合よく繋げただけの思い込みです。そして実際にワタシたちは売春行為なんてしていません」
嫌疑をかけられて感情的になるでもなく、冷静に反論するコガタ。
考えてみれば証拠なんて何一つないんだし、クソ教師が職員会議で何か言ったところで、取り合ってはもらえないだろう。

「……オイ、そんな口きいていいと思ってんのか。その気になって調べりゃ、証拠なんていくらでも出てくるぞ」
「どうぞご自由に。事実無根ですからどれだけ調べても何も出ませんよ」
堂々と語るコガタの態度に確信が揺らいだのか、クソ教師はこちらを見る。
嘘吐きの彼女より、ずっと内心を読みやすいと判断したのだろう。
しかし実際に何もないわけで、自分は力強く彼女の言葉に頷くことができる。
推理が外れたクソ教師は名探偵から一転、追い詰められた犯人のように口汚くなった。

「とぼけんな! お前ら売りやってんだろ!? それしかねえじゃねえか!
 そんなに金が惜しいってのか!? いいさ、だったら二割で許してやるよ!
 上玉も勘弁してやる! さっさと認めろってんだ!」
むこうからすれば相当な譲歩なのだろうが、それでも金を要求してくるあたり厚かましい。まあ、本当に自分たちが潔白なら彼は無意味に自爆しただけになるので、何としても認めさせたいだろう。

「あああ! 分かったよ! 上納金なんて要求しない!
 ビジネスに俺を噛ませるだけでいい! 俺のツテを使えば客層がぐんと広がって、もっと儲かるようになる! 逃す手はないだろ!」
要求ハードルはさらに下がって、仲間にするだけでいいとまで言うクソ教師。
だがその望みは決して叶えられない。だって売春組織なんてないんだから。

「先生、ワタシたちはあなたの進退になんて興味ありません。
 この部屋では何もなかったということで、もう帰っていいですか?」
無関心な口調で『見逃してやるから関わるな』と言うコガタ。
自分としてはこんな奴を放置したくはないのだが、興味のない事に彼女が協力してくれるとは考えづらい。
こっそりスマホで録音しておけば、告発の決定的な証拠になったのだが…。
仕方ない、今日は彼女の言う通りに帰ろう。コイツのことは後でまた考えればいいや。
もう話すことはないと見なして自分は椅子から立ち上がった。
そして『失礼します』と口にした瞬間、襟首を掴まれて吊るし上げられた。

「ふざけんな! どこまで俺をバカにすりゃ気がすむんだお前ら!
 やってんだろ!? 売りをよぉ! いい加減認めて俺に金をよこせってんだ!」
至近距離から血走った眼で睨みつけてくるクソ教師。
誰が見ても『生徒指導の一環』ではすまない吊るし上げ(物理)をするなんて、完全に切れてしまったようだ。
このままだと暴力を振るわれるかもしれないが、それだったら受けて立ってやる。
コイツをぶん殴れるなら、喧嘩にもつれ込んだって構うものか。
そう心の中で期待と覚悟を決めた自分だが、目の前の男が突然白目をむいて倒れてしまい、肩透かしとなった。

「大人しくしてれば教師続けられたってのに、バカな奴だね」
ぶっ倒れたクソ教師の背後にはナイフを手にしたコガタの姿。
奴の意識から完全にそれていた彼女はバックスタブを用いて一撃で仕留めたらしい。
彼女は救いようのないバカを見る目で床に転がる彼を見下ろすが、すぐにこちらに目を向けて、心配そうな声をかけてきた。

「大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
大丈夫もなにも服を掴まれただけなので、体には傷一つついていない。
そう伝えるも彼女はそばに寄ってきて目視で確認してきた。
そして本当に無傷だと確かめると、乱れた服を直してくれる。
ただ、心配してくれるのはありがたいが、殺すことはなかっただろうと思う。
最悪でも殴り合いの喧嘩で終わったんだから。

「大切な人が傷つくのを黙って見ているだなんて、それこそ女の名折れだよ。
 キミに暴力を振るうだなんて、こんなヤツ死んで当然だ」
嬉しくもあるが物騒で素直には喜べないコガタの言葉。
まあそれはともかく、殺されたこの男はどうしたらいいんだろう?
殺害された生徒は行為中は泣き叫んでも、復活した後は彼女と仲良くなっていた。
それならコイツも同じように和解できるのか?

「残念だけど、こういう男は一度死んだぐらいじゃ性根は変わらないんだよ。
 逆恨みで変なちょっかい出すかもしれないし、この学校から追放するのが一番だ」
コガタはそう言ってスカートのポケットからスマホを取り出す。
そして少し操作すると、この部屋での会話が最初から流れ出した。
自分よりも用意周到な彼女は、事が起きる前から録音をしていたらしい。

「何かあったときの保険に録っておいたけど、こんなすぐ使うとは思わなかったよ。
 これを証拠にして『仲の良い先生』に頼めば、コイツはいなくなる」
自分がやりたかった事をことごとく先回りして手を打っていたコガタ。
今回は本当に彼女に助けられっぱなしだ。
自分は心の底から感謝をこめて『ありがとう』と伝える。
すると彼女はキョトンとしたあと、満面の笑顔を浮かべて言った。

「どういたしまして! キミの助けになるのなら、それで充分嬉しいよ!」
刃物を手にしたままの物騒な姿だったが、その時の彼女はとても魅力的に映った。



三年生が卒業し、期末テストも終わった春休み。
自分は午前中からコガタの部屋で彼女と繋がっていた。
『友人と遊びに行く』と伝えられた妹はきっとデートだと思っているだろう。
だが実際は出かけることすらせず、彼女の家で爛れた睦み合いだ。
コガタの両親は自分たちが製造した娘の手にかけられており、すでに人外の魔物と化している。だから嫁入り前の娘の部屋から嬌声が聞こえても気に留めない。

今日も自分はコガタの体内に遺伝子を含んだ液体を注ぎ込み、彼女はそれを大喜びで受け止める。人間をやめている彼女はどれほど膣内射精を受けても腹が膨らむことはないそうで、自分たちは避妊など全くしていない。
子供ができないのなら、そんなことをする必要はないわけだし。
しかし本日、全くもって予想だにしていないセリフを彼女の口から聞くことになった。

「うーん、もういいかな。産んじゃおうか」
射精を受けた後、女性器から白濁液をこぼすコガタはつるりとした腹を撫でて言った。
自分は何かの聞き間違いかと思い彼女に訊ねるが、彼女はあっけらかんとして返す。

「産んじゃおうって言ったの。もう結構育ったし、キミにも見せてあげたいしね」
産む。育つ。見せる。連想されるのは一つのことしかない。
だが彼女は妊娠しないはずではないのか。そう言うとコガタは『にたぁ…』と笑った。

「まーたキミは勘違いしたんだね。ワタシは『腹が膨らまない』って言っただけだよ。
 『子供ができない』だなんて一言も言ってない」
いつかのようなやり取り。悪いのはよく確認しなかった自分だと彼女は言う。
それはそうかもしれないが、わざと勘違いするような言い回しをしたあげく、説明をまるでしなかった彼女にも非はあるのではないだろうか。
……いや、今更そんなこと言っても後の祭りか。
とりあえず今は子供をどうするのかということだ。

「どうするも何も、産むに決まってるじゃん。
 人間と違って世話する手間はあまりないから、普通に赤ん坊育てるより楽だよ」
そうだった。彼女は見た目こそ普通の人間だが正体は人外だった。
それなら子育てのことはあまり心配しなくてもいいのかもしれない。
……頼むからそうであってくれ。

「じゃあ、お風呂に行こっか。下が結構濡れるからここだとね」
私室で産みたくはないと言って彼女はベッドを降りた。
そして裸のまま扉を開け、浴室へ向かって廊下を進む。
家人に見られても何も言われないだろうが、出くわさないようにと自分は祈る。
そのかいあってか、誰とも遭わずに脱衣所へと到着。
彼女はガラス戸を開いて浴室に踏み入り、こちらを向いた。

「それじゃあ産むね。人間とは姿が違うけど、驚いて腰を抜かさないでよ」
心の準備をしろとは、いったいどんな化け物が産まれるのか。
内心で恐れおののくが、それは表に出ないようにこらえた。
そんな自分をよそに、彼女は立ったまま女性器を弄りだす。

「んっ…ほら、出てきていいよ……」
まだ見ぬ子供に語り掛けながら、ぐちゅぐちゅと穴をかき回すコガタ。
自慰しているにようにしか見えないその姿に男性器が反応してしまう。
それを見て彼女は微笑んだ。

「この子を産んだら…相手してあげるよ…。少し待って……んっ!」
喋っていたコガタは声を詰まらせ、身を緊張させる。
そして女性器に差し込んでいた指で割れ目を広げると、ねとつく膣液がダラダラと零れ落ちた。その量は明らかにいつもと違っていて多く、破水を連想させる。

「うっ…うっ…んんっ!」
彼女が息んだ瞬間、広げられた女性器から金属の輝きを持つ刃がズルッと出てきた。
まさか……まさか、これが?

「そうだよっ…! これが、ワタシたちの子供っ…! あっ、出る…!」
彼女がブルリと身を震わせると、刃物は女性器から完全に抜けた。
産み落とされた凶器は浴室の床に落ちるとカシャン! と音をたてて跳ねる。
刃物を産む少女という非現実的な光景を目にしていた自分は、コガタの物と少しデザインが違うナイフを見て『このナイフも美術品みたいだな…』などと他人事のように思った。

「んー、産まれた産まれた。いやー、可愛いなあ」
出産の疲れなど全くないのか、コガタは床のナイフを拾うと頬ずりをし、チュッチュッと何度もキスをした。そして一通り可愛がると、ニコニコ顔でこちらへと差し出してくる。

「ほらほら、キミも可愛がってあげて。記念すべき最初の娘だよ!」
性別なんてあるのか知らないが、彼女はこのナイフを娘と見做しているらしい。
そう言われると柄のパターンが女の子っぽく……見えるわけないな。
というか先祖より続くナナシノ家の遺伝子を受け継いでいるのかも怪しい。
だがここで受け取り拒否などできるわけもなく、膣液まみれでべたつく刃物を自分は手にした。

「可愛いよねー。ほら、この辺りなんてキミそっくりだよ」
はしゃぎながら刀身の中央付近を指さす彼女だが、どこに面影があるのか分からない。
困って曖昧に返事をしていると、突如ナイフの意志を感じた。
それはテレパシーのように脳内にハッキリ語りかけるものではない。
例えるなら、とても懐いている子犬が寄ってきて、スリスリと体をなすりつけてくるようなものだろうか。言葉は通じないけど、何を思っているかは分かるという感じ。
このナイフはちゃんと自分を父親だと認識していて、甘えているわけだ。
娘だとはとても思えないが、小動物的な愛らしさを覚え自分も刀身を撫でてしまう。
それを眺めていたコガタは笑顔を絶やさぬままに体を寄せてきた。

「ねえねえ、その子を可愛がるのもいいけど、もっとしようよ。ワタシは全然足りてないんだからさ」
まだ性欲は満たされていないと言う彼女。
自分は閉じてある湯船のフタの上にナイフを置き、その欲求に応えることにした。

こうして高校生にして子持ちの身となった自分であるが、産まれた娘は人間と違って動きも喋りもしない。もしそうさせたいのなら、人間の女性を乗っ取らせる必要がある。
殺人犯の手助けをしている自分が言うのもなんだが、人間一人を犠牲にしてまで娘とお喋りしたいとは思わない。
そもそも乗っ取る肉体は無関係の人間なわけで、そこに血の繋がりを見出すなんてできないし。
コガタの方も娘にはできる限り良い肉体を与えたいらしく、適当な人間を乗っ取らせるようなことはしなかった。
なので我が血を引いた娘は毎日コガタの部屋で大人しく留守番をしている。



コガタとの肉欲にまみれた春休みも終わり、二年生としての新学期が始まる。
進級時のクラス替えで教室の面々は半分ほどが入れ替わった。
コガタとはまた同じクラスになり、彼女が新顔を獲物として物色している視線を感じる。
それを追ってクラスメイトを眺めていたら、似たような視線で教室を見渡している女生徒に気付いた。
彼女はコガタにも劣らない容貌だったが目つきは鋭く、敵の親玉を探しているかのよう。
その目に不穏なものを感じたが、自分が何かされたわけでもないので、気にするのはやめる。なお後の自己紹介で彼女の名はサルバだと判明した。

二年生になって二週間ほどたった土曜日の深夜。
自分はマナーモードにしていたスマホの振動で目を覚ました。
ブーブーと音を鳴らすそれを手に取って見ると、かけてきているのはコガタから。
こんな時間に何の用なんだと思うが、メールでないということは急ぎなのだろう。
『もしもし』と受けると、まるで眠くなさそうな彼女の声が聞こえた。

『もしもし、ナナシノくん? こんな夜更けに電話しちゃって悪いけど、ちょっと頼みがあるんだ。今からワタシの家に行って、あの子を持って来てもらえる?』
あの子というのは彼女が産んだナイフのことだ。
それをこんな時間に持って来いとは何があったのか。

『説明はキミが来たらするよ。
 ワタシはいま学校の校庭にいて離れられないから、お願い』
細かい説明は後でと言うコガタに了解の返答で返す。
自分は普段着に着替えると、家族を起こさないようにコソコソと家を出た。

今は四月で桜は満開。
学校の塀に沿って植えられている染井吉野は街路灯に照らされ、日本の美を思い知らせてくれる。夜桜の風情を感じながら校庭に入った自分はそこに二人の人物を認めた。

一人は電話の主であるコガタで、彼女は抜き身のナイフを手にしていた。
もう一人は……クラスメイトのサルバさんだ。
どういうわけか彼女はコスプレっぽい法衣を着ていて、地べたに倒れ伏している。
コガタはこちらの姿を見ると、空いている片手を振った。
自分はそれに近寄り、事情説明を求める。一体何があったのかと。
彼女の両親は起きていて部屋に上がらせてくれたが、配達を優先して彼らから話を聞いていないのだ。

「何があったか、か。うーんと、簡単に言っちゃうとそこのサルバさんはワタシの敵で、殺そうとしてきたから返り討ちにしたんだよ」
なんだそれは。いくらコガタが快楽殺人者だとしても、一般人がいきなり殺しに来るなんてありえないだろう。

「いや、サルバさんは一般人じゃないから。教団…って言っても分からないか。えーとね、世の中にはワタシみたいな魔物を抹殺しようとするカルト宗教があるんだよ。
 で、最近この地域で悪魔がやたら増えてるっていうんで、派遣されてきたのが彼女。 調査を重ねて原因はワタシだってところまで突き止めて、ついに家に襲撃かけてきたわけ。玄関前で戦ったらご近所迷惑だから、彼女をここまで引っ張ってきて倒したの」
やっぱりあったのか、退魔師とかそういう系の集団。
確かにそういう人たちから見ればコガタは危険度最大の魔物だろう。
人間を殺しまくって、人外に変えているのだから。

「キミはワタシが悪で彼らが善みたいに思ってるかもしれないけど、それは勘違いだよ。
 末端の教団員はともかく、大元はただのカルト。こっちじゃ大して勢力はないけどね。 
 人を生かすも殺すも神さま次第です、もし家族が天災で死んでしまっても神さまのやることだから諦めましょう。
 魔物と付き合いを持つのは大罪です、大人しく暮らしていても家族親戚友人皆殺しにしましょう。突き詰めればそんな感じの教義だから」
コガタは魔物だから偏見も入っているだろうが、そう聞かされると教団とやらもロクでもないように思える。
というかその教義に照らし合わせたら、自分はもう完璧にアウトじゃないか。

「そうだよ。ナナシノくんも教団から見れば抹殺対象。
 うまくワタシを始末できたら、次はキミが狙われていたかもね」
にわかには信じがたいが、わざわざ夜中に呼び出してこんな嘘をつくとは思えない。
コガタの言う通り、そこに倒れているサルバさんはいずれ自分の命を奪おうとしていたのだろう。そう思うと返り討ちにあった彼女への同情心が急速に薄れていく。

「さてと、それじゃお仕置きしようか。ほら、起きなよ」
コガタはゲシッと乱暴にサルバさんの体を蹴った。
それで意識を取り戻した彼女は、自分とコガタを交互に見ると素早く立ち上が…ろうとしたようだが、それができない。
手足が動かない彼女はしばらくもがいていたが、やがて強い目で睨みつけ口を開いた。

「くっ……殺せっ!」
覚悟を決めたサルバさんには申し訳ないが、自分は少し笑ってしまった。
その理由は言うまでもないだろう。
だがコガタは嘲笑うこともせず、ナイフで彼女の頬をペタペタと叩く。

「言われなくても殺すよ。命乞いしても殺す。万が一仲間が来ても助ける前に殺す。
 奇跡が起きて逃げられるとしてもその前に殺す。オマエはワタシの家族を危険な目に合わせたんだ。間違っても生きてねぐらへ帰れるだなんて思うな」
手にした刃物のように鋭く冷たい声。コガタがこんな声を出したのは初めてで、聞いているだけの自分も背すじが冷えてしまった。
彼女は殺人の最中でも情感豊かに楽しんでいるが、いま口にした言葉には純粋な殺意しか感じられない。
被害はなかったとはいえ、家を襲ったサルバさんへの怒りは相当に深いのだろう。

「や、やってみろ! 私は命乞いなんて決してしない!
 私は神の祝福を受けた聖なる戦士! 死しても必ずや神の国へ迎え入れられる!」
恐怖に声を少し震わせながらも、サルバさんは気丈に言い返す。
こんな状況で言い返せるだなんて、彼女はよっぽど信仰心が篤いのだろう。
しかしコガタは感心も馬鹿にもせず、これからの彼女の運命を淡々と告げる。

「オマエは楽には殺さない。死ににくい所から切り刻んでやる。泣いても叫んでも決してやめない。そして死んだオマエの体はワタシの娘のものになる。
 神は決して受け入れない。同胞は背教者として忌み嫌う。
 オマエはあらゆる者に排斥されて、一人みじめに死んでいく」
無慈悲な死神が喋っているかのような言葉の連なりに鳥肌が立つ。
その対象であるサルバさんはブルブルと体を震わせ、目じりに涙を浮かべている。
それをよそにコガタは振り向くと『その子を渡して』と普段通りの口調で喋った。
その言葉遣いに少し安心した自分は、ナイフに巻いてある柔らかい布を解いて彼女に差し出す。するとコガタは先ほどの冷たさが嘘のように優しく話しかけた。

「はーい、それじゃあ今からおまえの体を用意するからねー。お母さんを襲った悪い奴だけど、見た目と性能は良いから、気に入ると思うよー。じゃあ、始めるねー」
刃物を片手に笑顔を浮かべて馬乗りになるコガタ。
サルバさんは必死で跳ね除けようとするが、その手足はやはり動かない。

「そんなことしても無駄だよ。両手足の主要な神経は切断してあるからね。
 手足は繋がってても、オマエは達磨同然だ。何一つ抵抗できずに自分の体が切り刻まれていくのを見ていろ」
娘に向けていた温かい笑顔。それを液体窒素で凍らせたかのような冷笑に変えて、コガタは彼女の下腹部にナイフを刺した。

普段彼女が遊んでいるとき、自分は極力その場面を見ないようにしている。
恋人でもない女の肌を見るべきではないという倫理はあるし、
殺人行為をフル映像フル音声で視聴したくないという心情もあるからだ。
しかし今コガタが行っているサルバさん惨殺ライブには、あまりそういった気が起きない。

彼女はいつもの被害者と違い、自分たちを殺そうとする意志があった。
何もしなければこちらが殺人の被害者になっていたわけで、過剰といえども自己防衛の範ちゅうだと思うし、襲い掛かって返り討ちにあうなんてのは完全な自業自得だ。
だから普段なら感じる同情も罪悪感も彼女に対しては薄いのだろう。
いや、それにとどまらず危険人物が消えることへの安堵さえ感じる。

「やめて! 許して! ごめんなさい、謝るからっ!」
最初は強がっていたサルバさんだが、己の体に何度もナイフが突き刺される光景を見続けて心が折れてしまったようだ。
苦痛は無くとも…いや、苦痛がないからこそ、体を破壊される感覚が鋭敏に感じ取れるのだろう。目尻に溜まっていた涙をこぼしながら、彼女は謝罪を繰り返す。
だがコガタはそんな懇願にはまるで耳を貸さず、彼女の体を刻み続ける。

「その言葉は数時間遅い。オマエの運命はもう行き止まりだ。
 女学生サルバはワタシの娘が成り代わる。敬虔な信者サルバは魔物となって神の敵になる。そして教団の戦士サルバはこの世界に何も残せず死んでいく」
コガタは徹底してサルバさんの存在を否定する。
例え姿は変わらずとも、今までの彼女は死んで別人になるのだと。

「う…ううっ…ごめん、なさい……。死にたく、ない…よぉ」
ついに無力な女の子のように泣き出したサルバさん。だがそれでもコガタは許さない。
もう法衣は穴だらけでボロ布同然だが、それでも無事な部分を探して刃が突き立つ。

「……ここまでかな。後は急所しか残ってないや」
やっと手を止めたと思ったら、もうやり尽くしたとの発言。
致命的な魔力欠乏を起こしたサルバさんはこのまま放っておいても死ぬだろう。
しかし彼女に怒りを抱いているコガタはきっちりトドメをさす。

「まだ意識は残ってるかい? ああ良かった、ちゃんと見えてるね。
 それじゃあトドメをさすよ。自分の行いを呪ったかい?
 こんな任務を与えた教団を恨んだ? 今までの人生を後悔してる?
 ……うん、いい絶望の目だね。それなら許してあげるよ」
許すという言葉に嘘はないのか、最後にかけた一言は少し温かみがあった。
そしてコガタは逆手に掲げたナイフを胸の真ん中に振り下ろす。
胸骨など存在しないかのように心臓に突き刺さった刃。
手を離されたそれはズブズブと体の中に埋まっていき、やがて見えなくなった。
馬乗りになっていたコガタは立ち上がり、本物の死体のように動かないサルバさんを見下ろす。

「ちょっと待っててね。いまサルバさんと混ざり合ってるところだから」
何が起きているのか説明してくれるコガタ。
それは助かるのだが、そんなにすぐ乗っ取れるものなのか?
彼女のときは時間をかけて一体化していったと聞いたのだが。

「うん、普通は同化するのに時間がかかる。
 けど今の彼女は精神がボロボロになってるから、簡単に落ちるんだよ」
確かに最後に見たサルバさんの目はすごかった。
全ての望みを絶たれた人間はあんな瞳をするのかと思うほどに。
それほどに精神がやられているのなら乗っ取るのも容易いか。

ナイフが埋まっておそらく三分ぐらい。
倒れていたサルバさんはパッチリと目を開き、動かなかったはずの手を使って普通に上体を起こした。そして足を使って立ち上がると、自分たちに喜びの笑顔を向ける。

「この体じゃ初めまして…だよね。お母さん、お父さん」
サルバさん…の体を乗っ取った娘が自分たちに挨拶をする。
予想はしていたが、見た目が同い年の少女に父呼ばわりされるのは変な気分だ。

「初めましてだねサルバ。その体はどう?」
「ん? とっても良いよ。こんな体を贈ってくれてありがとう!」
念願のプレゼントをもらった子供のように感謝の言葉を発するサルバさん。
コガタはその返答を聞いて満足そうにうなずく。
その次にサルバさんはこちらを向き、なんと抱き付いてきた。そして愛おしそうにスリスリと頬ずりをしてくる。
彼女の頬は温かくスベスベしていて心地よいが、その服は破れかかっていて素肌をあまり隠していない。
そんな彼女に密着されると心臓の鼓動が早くなり、恥ずかしくなってしまう。
頼むから少し離れてくれ。

「えー、だってお父さんあまり構ってくれないんだもん。
 家が別だってのは知ってるけどさー、もっと私に会いに来てよー」
どうやら我が娘は父親が相手してくれないのを御不満に思っていたようだ。
確かに見た目はただのナイフでも彼女に自我はあった。そこは反省してこれからはちゃんと構ってあげよう。だがそれはそれとして、言動が幼すぎないか?
混ざったはずのサルバさんの人格はどこへ行った?
自分がそう疑問をあげると、娘はすぐに答えてくれた。

「別に消えたわけじゃないよナナシノ君。ちゃんと記憶も嗜好も残ってる。
 学校にいるときは、きちんと同級生の女の子をやるから安心して。
 だからー、家族と一緒の時ぐらい、こうしたっていいでしょー?」
キリッとした表情で同級生を装う娘。しかしすぐに甘えん坊な女の子に戻ってしまった。
そんな彼女を眺めながらコガタが口を開く。

「うーん、サルバさんは絶望しすぎて、少し精神が壊れちゃったみたいだねえ。
 ワタシが思ってた以上に娘としての面が出てるよ」
つまりあれか? 
5:5ぐらいで混ざる人格が、7:3ぐらいになったということか?

「いや、もっと多いと思うよ。元のサルバさんは2割ぐらいじゃない?」
元の人格が20%だけなんて、これはまた酷い。
ところでコガタはどのくらいの割合だったのだろう。

「ワタシは9:1ぐらいだと思うよ。もちろんコガタが9」
9割でその人格とは、やはり彼女は正真正銘のサイコキラーだったようだ。
そんな今更な雑談をしているとサルバさん…もうサルバでいいや、娘だし。
話をしていると抱き付いたままのサルバがコガタの方を見て、ねだる様な口調で言った。

「ねー、お母さーん。私お腹空いたー。お父さん食べていいー?」
「んー、そうだねえ。食べてもいいけど、家に帰ってからにしよっか」
どんな家庭でも交わされるであろう母子の会話。
だが、サルバの最後のセリフはとても聞き流せない。何を食べるって?

「だからお父さんだよ。私のおまんこでお父さんを食べちゃうの。
 お父さんの精液ってどんな味なのかなあ? 今から楽しみー」
……意味が分からない。自分はまたまたコガタに解説を求める。

「ワタシたち…っていうか、魔物はみんな男の精液が大好物なんだよ。
 ただ気持ち良いからセックスするわけじゃなくて、食事の意味合いもあるの」
初めて聞いたその設定。そんな基礎的なことはあらかじめ教えろっての。
だが食事でもあるというのなら、ああも頻繁に求めてくるのも納得だ。
……いやでも待て、自分とサルバは親子だぞ。それでもいいってのか?
インセストタブーに触れるのではないかと自分は口にするが、二人の反応はどこ吹く風だった。

「ワタシたちの間じゃ、父娘でするなんてそんな珍しくないよ。
 だいたいナナシノくんは、その体と血なんて繋がってないじゃん」
「お母さんの言う通りだよ。それにもし血が繋がってても私はお父さんを食べるよ。お父さんと一緒に気持ちよくなれて、しかもお腹いっぱいになるなんて、最高じゃない!」
人外の倫理に加え、サルバとの血縁関係なしという事実。
それを持ち出されては、もう説得など不可能だと自分は悟った。

ボロ布と化していたサルバの服もコガタの手にかかれば綺麗に修復される。
コスプレのような法衣は相変わらずだが、通行人が見ても即通報というほどではない。
自分たちは三人そろってサルバさんが住んでいたアパートへとやってきた。
帰るならコガタの家じゃないのか? と思ったが、彼女は部屋を調べたいとのことでサルバの住居へやってきたのである。

学生一人が住むにはもったいないと思えるグレードの一室。
玄関で靴を脱いで上がったコガタはサルバと少し話し、さっそく調査を始めた。

『教団の資料は全部この棚? じゃあ、お母さんは調べ物してるから食べちゃって』
母親にそう言われたサルバはこちらの手を引っぱりながら寝室へ入る。
元の彼女は潔癖なたちだったのか、ベッドに敷かれたシーツは清潔に白い。
それとは対照的に土ぼこりなどで汚れた法衣を彼女はポイポイッと脱いでいく。
その脱ぎ方は小さい子供がやるような乱雑な動きで、脱いだ服は畳まれることなくカーペットの上に落ちた。
素っ裸になったサルバは、おあずけをくらった犬のように呼吸を荒げて催促してくる。

「早く早く! お父さんも脱いでよ! 私お腹が空いてるんだからっ!」
もう待ちきれないといった感じのサルバ。それをどうにか抑えながら自分も服を脱ぐ。
そして最後のパンツ一枚から足を抜いたとたん、ベッドに押し倒された。

「早速だけどおちんちん入れちゃっていいよね!? こんなに硬いんだし!
 お父さん食べちゃうよ! 私のおまんこで食べちゃう!」
自分の上に乗っているサルバは、ムードの盛り上がりも何もなく即座に男性器をくわえ込んだ。彼女の穴はすでに洪水状態だったので、ぬるっ…と簡単に膣内へ入る。
処女膜らしきものを破る感覚はなかったので、この肉体はすでに男を知っていたようだ。
だが彼女は力強くそれを否定する。

「そんなことないよ! 私の知ってる限りお父さんが初めてだよ!
 ほら、処女じゃなきゃこんなに締まらないでしょ!?」
そう言うなりサルバは腹に力を込めて膣を絞る。
そんなことされても処女・非処女の判別などできないが、気持ち良いのは確かだ。
まあ処女でも膜が破れることはあると聞いたことはあるし、彼女の肉体はそうなのだと思うことにしよう。可愛い娘がそう言っているのだから信じないと。

「うん、ありがとうお父さん! 私頑張ってお父さんを良くするねっ!」
『娘だから信じる』と口にしただけでサルバは喜び、サービス精神を発揮する。
少し単純すぎないかと思ったが、言動からして精神年齢は低いようだし、それも仕方ないのかもしれない。
母親のコガタと比べて少し薄い両乳房。それを揺らしながらサルバは腰を動かし始める。

「んっ、んっ、お父さんのおちんちん、硬くて気持ちいいよっ…。
 それに、おっぱいを触る手つき、とってもいやらしくてステキ…!
 お母さんはいつもこんなことしてたんだね…!」
自分の上で体をくねらせ跳ねる同年代の美しい少女。
常識なら恋人になるであろう彼女は、自分をお父さんと呼び、娘として慕ってくる。
血縁はないが、娘と近親相姦をしている背徳感にコガタとはまた違う快感を覚えた。

「えっ、なーに? お母さんより、私とセックスする方が気持ちいいの?
 もー、お父さんてば酷いなあ! そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうよ!
 あ、そうだ! だったら私をお母さんにしてよ!
 いくらでもお父さんの子供産むから、私がお母さんの代わりになるよ!」
流石にそのセリフは母への配慮を欠いているのではないかと思うが、気持ち良すぎて咎める気が起きない。
それどころか発言を受けて、彼女に子供を産ませたいとさえ思ってしまう。

「うんうん! 私お父さんの子供たくさん産むね!
 そしたらお父さんと私と産まれた子供たちで幸せな家庭を築こう!」
コガタがすっかり忘却の彼方へ飛ばされてしまっているが『お父さんのお嫁さんになりたい』なんて言う全国の娘さんの頭の中はこうなんだろうか。
そんなことを考えながら娘の肉体を味わっていると、射精感がこみ上げてくる。

「あ、そろそろ出すんだねお父さん! お腹ペコペコだからたくさん食べさせてねっ! 子供も産むんだから、絶対外に出しちゃダメだよっ! んんっ…私もっ、もう…っ!」
欠食児童が給食に食らいつくように、飢えるサルバの膣が男性器を締め上げた。
自分は彼女が望んだように女性器の中へと栄養源を流し込む。 

「おっ、お父さん! お父さんのおちんちんスゴイよぉっ!
 精液がびゅるびゅる出てるっ! とっても美味しいっ!
 もっと出してっ! お父さんの子供欲しいっ!
 好きっ! 大好きだよ、お父さんっ! 私にもお父さんの子供産ませてぇっ!」
食欲と性欲の両面から自分を欲し好意を叫ぶ娘。
そこまで求められて悪い気がするわけもなく、種付けの快感の中で彼女への愛おしさを感じた。

「おとうさーん…だいすきぃ……」
射精を受けて空腹が解消されたサルバはそのまま自分の上に倒れ込んだ。
そして快感にたゆたう声で親愛の情を口からこぼす。
体は大きいが精神は幼い娘を可愛いと感じ、自分はサラサラとした髪をそっと撫でる。
すると心地良さそうに彼女は目を細め、チュッと唇を触れ合わせてきた。



コガタの家が襲撃されて不安を感じた自分だったが、直近の危険はすぐに解決されることとなった。仲間も連れず単身で挑んできただけあって、サルバさんは教団員の中でもエリートでかなりの強者だったらしい。
そんな彼女の部屋には教団内部の資料が残されており、本人の記憶も合わさって支部の場所や人員は筒抜け。
彼女ら二人+魔物になったコガタの友人たちで襲撃し、付近の根城を壊滅させてしまったそうだ。
拠点も人員も失った教団はこの地域での活動はしばらく控えるだろうとのこと。
そして心境の変化…といっては何だが、コガタの殺人についても嫌悪感が薄くなってきた。

彼女の手にかかった女性は完全に死ぬわけではなく、悪魔として復活する。
そして蘇った彼女らは当然ながら魔物勢力に属するわけだ。
教団という危険なカルト宗教の存在を知った自分はコガタが犯行を行っても、
『味方が増えるんだからいいじゃないか』と自己欺瞞さえするようになってしまった。
もちろん、必要ないのに嬲り殺しにする彼女の嗜好には、相変わらず拒否感を抱いているのだけど。

授業終了のチャイムが響き渡り、成長期の若者は誰もが待ち望む昼休み。
自分は机を寄せて、コガタとサルバの二人と共に教室で食事をとる。
はたから見た自分は美少女二人を侍らせている二股野郎。
以前だったら嫉妬の視線を向けてくる男子が大勢いただろうが、この教室にそんな目をする奴は誰一人いない。
というのも、コガタの趣味で増えた魔物が独り身の男子を次々とモノにしてしまい、教室の男子全員が魔物の恋人を持っているという状況になってしまったからだ。
少し周囲を見渡せば、誰も彼もイチャイチャしながら弁当やパンを食べている。
そして全員が魔物関係者なので、廊下では口に出せないような言葉も口にできる。

「ほら、あーんしてお父さん。この唐揚げ食べさせてあげるから」
サルバはもう娘であることを隠しもせず、お父さんと呼んでおかずを差し出してくる。
同級生の前でキスしても何とも思わないのに、その行為はどうにも恥ずかしい。
だがそれを嫌がると彼女は怒ったり悲しんだりするので、拒否するのは困難だ。
自分は大人しく箸で持ち上げられた鶏肉を食べ…ようとしたら、コガタが割り込んできた。

「やめなよサルバ。そんなコンビニ弁当の惣菜なんて体に悪いに決まってるんだから。
 お父さんにはワタシのゆで卵をあげるよ。はい、口開けてー」
「あー! お母さんズルイ! だったら私もポテトあげる!」
「それも添加物が入ってるでしょ? お父さんに食べさせたいなら、こっちから取りな。
 っていうか、頻繁に弁当買うのは止めなさいって言ってるじゃない」
「うー、だって毎日作るの大変なんだもん……」
元のサルバさんには料理する習慣がなかったらしく、娘はかなりの頻度でコンビニ弁当を持ってくる。コガタはそれにあまり良い顔をしておらず、自分におすそ分けしようとすると必ず小言を言い出す。
自分が強くお願いすれば毎日作ってくれるだろうけど、娘に負担を押し付けてまで食べたいとは思わない。

「じゃあお父さん、お母さんが作ったやつだけど、この肉あげるね」
「ついでにこっちの葉物も持っていきなよ。油ものだけじゃ良くないからね」
そう言って次々と弁当箱の中身を拠出するコガタ。
彼女の料理は美味しいのでありがたくはあるのだが、このままだとコガタの食べる分が無くなってしまう。こちらからもおかずを提供しよう。

「あ、別にいいよ。キミは男だからたくさん食べたいでしょ? ワタシはそこまで多くいらないし……後でちょっとキミを食べさせてもらえば、それで満足だよ」
艶めかしく唇を舐めてコガタは微笑む。
食事を済ませても昼休みは半分以上残るし、手早くやるなら大丈夫か。
食欲を満たした次は性欲…となると、自分が物凄いダメ人間のように感じるけど。

「待って! 私もお父さんを食べたい!」
「おまえは買ってきたコンビニ弁当があるでしょ。
 手を付けずに余ってるんだからそれで我慢なさい」
「そんなー! 酷いよお母さん!」
体に悪いからと言って父親に食わせないものを娘に処理させるのは、正直母親としてどうかと思う。だが食育という言葉もあるし、これもその一環だと考えよう。
お父さんに食べさせて『お返し』が欲しいなら、手作りにしなさいということで。

「うぐぐ……分かったよ…。
 じゃあ明日からは毎日作ってくるから、お父さんを食べさせてね」
「三日坊主にならなければいいけどねー。それじゃ、行こっか」
悔しさに唸りをあげるサルバを残し、彼女はこちらの手を取って教室を出る。
行き先は休み時間でも人気のない逢引きスポットだ。
先客がいれば少しリスクの高い場所へ移らなければならないが、それはそれでスリルがあって悪くなかったりする。
こんなこと考えてる時点で、自分の頭も狂ってきてるんだろうな…と思うが、深く考えるのは止めよう。

とても綺麗で可愛くて優しい、最悪なシリアルキラーの女の子。
そんな彼女と手を繋ぎながら自分は廊下を歩いた。
18/02/24 07:56更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
カースドソードって剣と体をどのくらいの距離まで離せるんでしょうか。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33