連載小説
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TAKE18.92 狂乱Actor変貌劇
【――……――……】

 浜辺に佇む"化け物"の姿を言い表すなら、まさに"異形の爬虫類"の一言に尽きる。
 全体像はオオトカゲに近く、鱗の色は背面の血痕が如く黒ずんだ赤と、腹面の金属めいた鈍い銀色。
 全長約80メートル前後、その凡そ六分の一程度である頭部は剥き出しの頭蓋骨を思わせる。
 尾は異様に長く、少なくとも全長の三分の二以上を占めている。
 眼は灰白色の大ぶりな複眼で、大きく裂けた口の中には鋭い牙が並び、細長い舌が幽かにちらつく。
 そして何より異常な特徴として、化け物には後ろ足がない。
 推定体重150〜220t、或いはそれ以上かもしれない巨体を支えるのは、腕のように発達した屈強な一対の前足のみ。
 更にその肘から先はより黒ずんで変色しており、宛ら『殺めた獲物や敵の血が染み付いた』などの血生臭く陰鬱な逸話を想起させる。

『≪……』≫

 改めてその姿を注視したエールとタラーは、何と言えばよいやら言葉に迷いつつも内心思考を巡らせる。

(なんなのだ……なんなのだアレはっ! あのようなもの見たことも聞いた事もないぞ!?
 後ろ足のないトカゲなのか腕の生えた蛇なのかどっちなのだ……
 そして恐らく我の見立てが確かならば……)
(ったくよぉ〜、勘弁してくんねぇかなぁ〜。ヤバ過ぎてマジ語彙が朽ちるレベルじゃねーかァ。
 後ろ足がねートカゲならアホテロトカゲみてーに可愛い路線でやっといてくれっつーのよ。
 んで、小生の推測が確かなら……)

 思考を巡らせる内、巨竜とAIは眼前の化け物に関してある"共通の予想"に至りつつあった。
 一方、当の化け物自身はそんな二者の事情を知ってか知らずか、唐突に辺りを見回しつつ……


【……上手く行ったか。なんでもやってみるもんだな】


 喋った。

(やはり……!)
(そーいうコトかィ!)

 それも、化け物の声はドラゴンとAIにとって聞き慣れた声であり、それ即ち双方の"予想"が見事的中したことをも意味していた。

 その"予想"とは、つまるところ……


【助かったよタラー。本当にありがとう】
『いえいえッ! 他ならぬ兄さんの頼みですからねェ!
 礼にゃ及びませんやァ!』
【さて警官、改めて仕切り直しと行こうか?】
≪ふん! 貴様が如何な姿であろうと我がドラゴアームズ・エイペックスは無敵!
 寧ろ標的(マト)がでかくなった分戦いやすいというものだ!
 調子付いていられるのも今の内であるぞ、ユウッ!


 "化け物の正体は志賀雄喜である"との予想であった。
 『原理はよくわからないが位置からして恐らくあの化け物は彼が変身したのだろう』……操縦席のドラゴンと姿なきAIは半ば確信気味にそう思っていたのである。


【『標的(マト)がデカくなっただけ』か。言うねぇ……なら早速試してみようじゃないか。
 僕としてもこの"スカルアマゾン・プロトアルファ"を早いとこ試したくてね……この規模は久方ぶりの上、即興で思いついた試作品だからどこまでやれるかわからんが……】
≪御託はよい! さっさと向かって来んかァ!≫


 かくしてロボット兵器"ドラゴアームズ・エイペックス"を駆るエールと、如何にしてか"スカルアマゾン・プロトアルファ"なる異形に姿を変えた雄喜の激闘は幕開ける。


≪先手必勝! 我が圧倒的火力の前に屈するがいい!
 全武装解放コマンド発動! 終焉のエイペックス・フルバースt――
【遅え】
≪ぐおあっ!?≫
【づぅっ……!】

 大技を放とうとしたドラゴアームズの頭部へ、スカルアマゾンの拳が叩き込まれる。
 その勢いたるや、まさに強烈の一言。
 それまで城塞の如く聳えていた機械竜の巨体は大きく仰け反り、対する異形の拳は砕けた

『に、兄さんッ!』

 まさかの事態にタラーが叫んだのも無理はない。
 何せ異形"スカルアマゾン"……もとい男優"志賀雄喜"の拳は機械竜の強固な装甲に耐え切れず文字通り"砕けて"おり、肉が裂け血が滴るのみならず骨さえ露出してしまっている。
 損傷は目視可能な範囲に限っても肘の寸前まで及んでおり、実質肩から先はほぼ使い物にならなくなっていると見るのが妥当であろうか。

(あんなもん、並の医者じゃあ『切るしかねぇ』って匙投げてるぜ……医療サバトのエリートとかならまだしもよぉ……)

 姿なきAIの独白はまさに的確……。
 そしてまた異形が負った傷の深さは、ドラゴアームズ・エイペックスの装甲の強度のみならず、スカルアマゾン・プロトアルファの凄まじい瞬発力をもありありと物語るようであった。
 そして……

≪お、おい! 大丈夫か人間!? 酷い骨折ではないか! しかも出血までしてっ!≫

 余りに深刻な怪我を目の当たりにして、エールも目に見えて動揺し始める。
 如何に堕落・腐敗し相手を敵視こそすれそこは本能的に"人類を愛し慈しむ精神"を持つ魔物娘。
 姿かたちや立場がどうあれ――例え許し難い程の外道であっても――目の前にいるのが人間、それも男である以上その身を案じずにいられない。

≪全く、脆弱な癖に無茶をするからそんなことになるのだ!
 もうよい、戦いは中断とする! 勝負などやめだ!
 それより問題はその傷! すぐに医者に診せねば大変なことになるぞ!≫

 エールの口から紡がれるのは、紛れもなく純粋な思い遣りの言葉……

≪さあユウ! 悪い事は言わん、すぐに元の姿に戻るがいい! 我が医者に連れて行ってやろう!
 そして治療の暁には我と交わるのだ! さすれば貴様はインキュバスとなり、そのような怪我などそもそも負いようもない肉体を得られよう!≫
【……】
(今更何言ってんだあのバカ……この期に及んでそんな掌返しで兄さんが騙せるわけねーだろ)

 ……に、見せかけた煩悩丸出しの妄言であった。
 当然雄喜は無反応、タラーに至っては独白で罵倒する有様である。
 だがそんな事など露ほども知らない哀れな――或いはある意味で"運のよい"――ドラゴンの妄言は加速していく。

≪その後は我と仲睦まじく平和に暮らせばよい!
 もしや童貞であることに負い目を感じているやも知れぬが心、配はいらぬぞ?
 我ら魔物娘はその程度のことで男を差別したりはせぬし、何より我とて処女であるしな。
 収入に関しても心配はいらぬぞ! 我は警視庁の中でも高給取りであるし、金でもなんでもその気になれば幾らでも作れるでな!
 ほぼ永遠に等しき一生涯を目一杯遊び暮らせるだけの金を我が稼いでやろうではないか!≫

 その後もエールの妄言は長々と続いた。
 やれ『結婚式はやはり定番のアル・マールがいいか』だの
 『子供が生まれたら名前は何にする』やら
 『もし男児が欲しければ孤児を引き取ろう』
 『家は大家族で暮らせる豪邸を』
 『親としてはせめて我が子に大学まで出させてやりたい』
 『娘が彼氏を連れて来たらどんな男かよく見極めねばならないだろう』
 など……
 それら無駄話を聞き流しつつ、雄喜は『手下共々こんな有様では那珂群如きに逃げられるのも頷ける』、タラーは『こいつに彼氏ができない理由が何となくわかりそうな気がしてきた』と、それぞれ思った。

≪――であるからして、実質的に寿命がないからこそ時間を有意義に使わねばならんだろうなと思うわけだ!
 よって――
【なあ、エールよ】
≪っ!?≫

 痺れを切らした雄喜は、思い切って口を開く。
 一方の巨竜は照れながら動揺、硬直する――目の前の男に"名前で呼ばれる"というのは、彼女にとってそれだけ意味深いことであるらしい――。

≪なな、なんだぁユウっ? どうしたのだぁ? 我に何か聞きたいことでもあるというのかぁ!?
 いいぞいいぞ! どんなことでも存分に聞くがよい!≫
【ああ、そうかい……なら訊かせてくれ。
 エール、エールよ。
 警官ドラゴンのエールさんよぅ……お前さぁ、さっきから延々何言ってんの?】
≪な、"何を"と、言われても……その、質問の意図が読めぬというかだな……≫
【だからさあ……『何をバカげた妄言垂れ流してんだこの阿婆擦れ脳筋が』って、言ってんだよッ!】
≪……なに?≫

 雄喜の口から出た容赦のない罵声。
 その唐突な態度の変わりように、幸福な妄想に浸っていた不良警官は一瞬で現実に引き戻される。

≪きさま……この期に及んで自分が何を言っているのかわかっているのか!?≫
【そりゃこっちの台詞だボケ脳筋。
 なんで僕が片腕潰しただけで結婚だの育児だのの話になるんだよ。
 飛躍にも程があるだろうが】
≪何が飛躍か! 貴様の腕がそんな状態では戦いどころの話ではなく、
 ならばこのような戦いなど即時中断し貴様を医者に連れていくのが先決であろう!?
 そして療養中は我が職務の合間を縫って見舞いに来てやる!
 ともすれば我らの仲は深まりやがて愛も芽生え交わる時が――
【来るわけねぇーだろバァァ〜カ!
 仮に入院したとしてお前の見舞いなんて断じて願い下げだ。
 まして愛なんて芽生えるか? 種すら蒔かれちゃいないのに?】
≪た、種ならば――
【『既に自分が蒔いた』とでも? ああ、そうかもなぁ。
 お前が『種を蒔いた』ってんならそうなんだろう、お前ん中ではなァ
 だがなあドラゴン、知ってるか?
 種ってのは然るべき所に蒔かなきゃ芽吹かないし、
 仮に芽吹いたとしてそれが無事成長するかどうかは環境にかかってる】
≪……?≫
【わからんか? 人間より遥かに優れた地上の王者たるドラゴン様がその程度のことも?】
(いかん、わからん……! 一切合切わからんぞっ……!
 ドラゴンとして、地上の王者として、ここは是非を問わず言い返さねばならんというのにっ……!)
【……『マルコの福音書』だよ。
 道に落ちた種は鳥に食われ、岩地に落ちても根を張れず枯れる。
 イバラの中に落ちれば芽吹けたとして実を結ぶことはできない。
 ただ"よい地に蒔かれた"種だけが実を結ぶことができる……。
 お前は確かに種を蒔いたんだろう……だが残念だったな、僕はお前の種にとっての"よい地"なんかじゃない。
 何ならお前は種を蒔いてさえいない……ただ無意味に捨てただけだ】
≪ぬぅっ……き、きさまぁっ……!
 童貞を貰ってやろうと寛容な態度を見せている魔物娘に対しそのような口をきくかぁぁぁぁっ!≫
【……お前さあ、そういうとこだぞ?
 まあ、その辺はいいとして……とりあえず僕の片腕だけどさぁ】
≪!? おおっ! そうであった! 重要なのは貴様の怪我よ! 貴様がどうあれ腕があれでは――
【治ったぞ】
≪……は?≫

 まさかの返答に、エールは己の耳を疑った。
 然しよく見てみれば実際、肘まで破壊されていた筈の雄喜の片腕は何事もなかったかのように回復していた。

≪な、なんだその腕は!? どうして治っている!?
 あれだけの重傷、自然治癒する筈ないであろうが! 何故そうなった!?≫
【お前如きに答える義理はないなあ……ただ"治った"ってだけだ。
 信じられないってンなら、もう一度見てみるかぁ?】
≪……もう一度? おい、止せ! わかった! もうわかったからッ!≫
【遠慮するなよ、らしくもないッ。
 "民からの献上品"を受け取るのも王者たる者の務めだろうっ?】

 エールの必死な制止を跳ね除け、雄喜は再び拳を振り上げる。

【どぅおッらァァア!】
≪ぬおぉっ!?≫
【……ッ、があああっ!?】

 回避の隙も与えず叩き込まれた拳はロボット兵器を大きく揺さぶり、異形の腕は負荷に耐え切れず破壊される。
 だが……

【づ゛っ、ぐ、ぁあ……っはははァ!】

 砕けた片腕は持ち主の狂笑に呼応するが如く瞬時に回復し、五秒足らずで元の形状と機能を完全に取り戻す。

【どうかな? 治る様子が見えたかな〜?
 一発目と比べると幾らか傷が浅いし、治るスピードも上がってしまってるんで見逃してないかが心配なんだが……】
≪ッッッ! 止せ……もうやめろ、ユウッ! それ以上無意味に己を傷付けるな!
 このような戦いなど最早無意味であろう!? 如何に治癒力が高かろうと我がドラゴアームズ・エイペックスの装甲は破壊不能……貴様では我に勝てんのは最早揺るぎようのない事実ではないか!
 現実を受け止めろユウ! そして我と共に――
【やッかましいわァッ!】
 ≪ぐぬぉぅっ!≫

 曲がりなりにも人間が傷付く様を二度も見せつけられたエールは、彼女なりの純粋な善意と慈悲で狂える男優を止めんとする。
 だが無意識に人間を弱者と見做し見下す癖が出てしまったことが災いしてか、異形と化した男は怒り狂った様子で三度機械竜を殴りつけ自らの腕を破壊する。

【ぅ゛っづ、ぁ゛ぉ゛ぉッ……ぬ゛ゥ゛ッ!
 ……答えてくれよ、質問にさァッ!?】
≪づぅぅっ!≫
【どうなんだよ!?
 見えたのか!?
 見えてないのか!?
 僕の!
 潰れた腕が!
 治る様子がァッ!】

 狂ったように叫びながら、雄喜はドラゴアームズ・エイペックスを殴り続ける。
 次々叩き込まれる拳の勢いたるや凄まじく、機体全体を絶え間なく揺さぶられたエールは身動きが取れなくなってしまう。

(くっ、慈母の如く優しく語り掛けても通じんとは……かくなる上は強硬手段だッ!)

 激しく揺れる機内でどうにか姿勢を保ちながら、エールは壁面に備え付けられた大ぶりなボタンを殴りつける。

【ほラ答えてみロ脳筋汚職公務員g――
≪吹き飛べいッ、スフィア・ザ・エンプレス!≫
【どわばあああアアアアアアッ!?】

 殴りかかろうとした雄喜を吹き飛ばしたのは、ドラゴアームズ・エイペックスを中心に形成・展開された、透き通った橙色で半球状の障壁……その名も"スフィア・ザ・エンプレス"。
 同ロボットが持つ中でも数少ない防御用の代物であるこの兵装は、展開と同時に近距離の敵を吹き飛ばす機能も備わる、言うなれば攻防一体の大技でもあった。

【ガアァッ、ヅアアアアッ……!】
(さて、これで距離は稼げた。次に選び取るべき武装は……これだッ!)
【質問への返答義務を放棄するな腐れ公務員がァァァァッ!】

 エールのコマンド入力と共にドラゴアームズ・エイペックスの胸部装甲が展開し、大ぶりで太短い大砲が現れる。
 一方、吹き飛ばされのたうち回っていた雄喜はすぐさま持ち直し、再び機械竜へ殴り掛からんと二本の腕で爆走する。

≪胸部装甲展開! エネルギー充填完了!
 ……アブソリュート・キャノン、発射ッ!≫

 胸部の大砲より放たれた青白い光弾は、回避の隙もなく雄喜に直撃。
 同時に炸裂し内包された冷凍エネルギーを辺りに撒き散らしたことで異形の両腕を海水諸共氷漬けにしてしまった。

【ぐぅッ、ガッ! なんだ、これはッ……凍り付いて、動かんンッ……!】
≪すまんな、ユウ。今の貴様は正視に堪えぬ有様故、ドラゴアームズ・エイペックスが四大武装の一つ"アブソリュート・キャノン"にて足止めさせて貰った≫
【……完全無欠(アブソリュート)、砲(キャノン)……だと?】
≪そうだ。貴様に直撃した光弾は、氷や冷気を司る精霊魔物の最上位に位置する"氷の女王"の魔力を再現した冷却エネルギーを凝縮したもの。
 そこに水が加わったとなれば、ラーヴァゴーレムにも溶かせぬ無敵の氷塊が出来上がる。
 せめてもの慈悲だ、暫くそこで頭を冷やしておれ。
 我と貴様の結婚については貴様が落ち着き次第――
【ッざケるなアッ!】
≪……!≫

 雄喜の喉から絞り出された渾身の怒号は咆哮よろしく空間を揺さぶり、あくまで強気な姿勢を貫いていたエールをも閉口させる。

【さっきから聞いてりゃ事あるごとに結婚結婚しつけぇんだよ!
 お前魔物娘の癖してなに他人(ひと)の男寝取ろうとしてんだゴミ筋肉ッ!】
≪な、なにを言う!? 我はただ貴様に幸福と快楽を――
【"てめえの"幸福と快楽の為だろうがああああああああっ!】

 牙だらけの大口をぐわっと開き、異形は吼える。

【これしきの、氷風情でっ……!
 "動きを封じた"などとぉ……
 思い上がってんじゃあ、ねえええええええええっ!】
≪なっ!? よ、止せ! そんなことをすれば、お前の腕が――
【ぐがああああああっ】


 エールの制止も振り切って、雄喜は己の両腕をただ力任せに引き千切った。


21/09/19 22:27更新 / 蠱毒成長中
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