連載小説
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第一章 下・予感
「――王室直属兵の武器です。恐らくですが、アーサー王子の手の者によるリザードマンへの攻撃があったと思われます」

 リチャードは耳を疑った。確かにアーサー王子は父王の生前からオズワルドと対立していたし、根も葉もない事だろうが、教団とも密接に繋がっていたと言う噂もあった。だが、こうまでして攻撃的になる理由が判らない。わざわざ大人しくしている魔物の群れを刺激して敵を増やすような事を好んでするものだろうか。それが出来るオズワルドはあくまで必要だから行うのである。そして必要ならば、傍目から見て過剰だと思われるほどに殺傷する事も厭わないだろうが、寝室に入る事を許されるほど信頼されたオズワルドが父王の柔和な政策の重要性を理解していない筈もない。でなければ毎年ドラゴンティース族の対策に頭を悩ませる必要は無い。

 となると、リチャードは眠気が襲ってくるまでの間に、アーサー王子が何をしようとしているのかを考える事にした。

――オズワルドは必要が無ければ絶対に戦わない。戦費の問題もあるし、何より人的な損耗もある。

――ドラゴンティース族のボーイハントだって、実質的な被害が出ている訳じゃない。結果として2、3人が連れ去られたりもするけど、大体は合意の上だ。

――兄上が連れて行った兵士だけではドラゴンティース族と戦うのは困難、いや自殺行為だ。

「戦意を煽ろうとしている? でも何故? ……だめだ、情報が少なすぎる」

 次の日、リチャードは兵士を集めて言った。

「これまでに結構時間を使っている。今日からはこれまでの3割増しの速度で進軍する。出来るか?」

 兵士たちが心臓に手を当てて応える。流石はオズワルドが鍛えた兵士だ。とリチャードは感心した。

「行くぞ、これ以上兄上に時間を与えてやれない!」

「はっ!」

 そして、急いだこともあって、件の巣穴跡に一行が到着したのは日が沈み切る前には到着する事が出来た。兵士を待機させ、陰から巣穴跡を伺うと、確かにリザードマンが既にこの巣穴跡を掘り起こしているのが見えた。様子を見るに、まだ掘り起こし切ってはいない様だ。

「……ここで攻撃を仕掛ければ間違いなく勝てます」

 かなり体格の良い兵士だな、とリチャードは思った。騎馬であるリチャードと同等の背だ。少し乗り出せばその姿は見えるだろう。陰に押し込みながらリチャードは彼の発言を咎める。

「馬鹿な事を言うな」

「冗談ですが、やれ、と仰せならばやります。我々は、そう訓練を受けております。では接触しましょう」

 蹄鉄の音を高らかに鳴らしながら、リチャードと兵士数人が巣穴跡に近づいたのを察知して、哨戒に立って居た粗末な装備に身を包んだリザードマン数人が、武器を抜いて威嚇する。

「我々に争うつもりはない。だが、ここは塞国王の命の下に封じられた地、何故これを開放しようとする」

 塞国、正確にはオズワルドの家紋をあしらった旗を掲げている事から、騎士団、あるいはそれに類する存在だと見てとったらしく、一人のリザードマンが誰かを呼びに走り去っていった。にらみ合う事数分、彼女に伴われて一人のサラマンダーが姿を現したが、その様そうにリチャードは絶句した。

「殿下」

「わ、判っているが……」

 左腕の肘から先は喪われ、右目の大きな傷が、その瞳を塞ぎ、そして何よりもその象徴たる尻尾の炎もやつれ、酷く憔悴した様が伺える。出立こそ凛としているが、その疲労の色を隠せてはいない。

「私がこの群れの長である“岩砕”エレンシアだ。ここが反魔物領である事は存じている、が……傷を癒せばここを出て、竜の尾まで行く、何卒、ご慈悲を希う」

「酷いものですね……恐らく夫を持っていたリザードマンもいるようですが、兄君一派はその夫を集中的に狙ったようです。インキュバス特有の“混ざった”気配がありません。さて、ここからが問題です、殿下の心情的には助けたいのは理解できますが、ここは塞国に最も近い巣穴跡です」

「見殺しにしろと?」

「そうは言っていませんが、事実上、そうなりますね」

「だけど……」

 しかし、リチャードはそれ以上に、このサラマンダーが反魔物領と言った事が気に掛かった。そして、過度とも思える警戒の態度も。オズワルドも父王も反魔物を掲げた事は無い。勿論親魔物をも。

「待て、我が塞国は建国以来、中央への守りの要を務める国が一つ、小国と雖も教団、魔物双方に対して肩入れしたつもりはない」

 その呑気とも取れる言葉に、血気盛んそうなリザードマンが何を世迷いごとを、と牙を剥くが、エレンシアに瞳だけで制される。

「我等はオズワルド閣下の命を受け、かつて埋め立てたドラゴンの巣穴を調査しに来たものであり、また討伐の命は受けておらぬ」

 傍に控えた兵士が、これが証拠であると命令書を広げ、エレンシアに手渡す。命令書の真偽は兎も角信用は一応して貰えたようだ、とリチャードは周囲の安堵の気配からそう見て取った。だが、血気盛んなリザードマンが嗚咽交じりに叫ぶ。

「半月ほど前の事だ……塞国の装備に身を包んだ兵士たちが我らを襲撃し、殺戮の限りを尽くした……、私たちが何をした!? 武の道に生まれ、旅立ちその技を磨き、夫と共に故郷に帰り、子供たちにその技を教える。その当然の営みを、踏みにじったッ! ……私たちが、何を、した……?」

「返してくれッ! 妹をッ! あの子をッ! 夫を……、何故だ、どうしてこうも酷になれるッ!? 態々、私たちを襲ったのは、何故だ……」

 慟哭に反応したのか、背後で作業の手を止めていたリザードマンも釣られて涙を零す。

「正しく世迷いごとですね、必要ならば切って捨てるのが政治です。そうです、必要ならば、という前提が付きますが」

 兵士の空気を読まない一言に、一同が殺気立つ。

「考えても見て下さい。恨みつらみを語る暇があったらこんな虎口に飛び込まずにさっさと魔物軍に合流すれば良かったのです――」
「――ええ、貴女達は“それでも”人間を信用ししているんですよ。こっちとしては泣き言を言われるよりも殺意を向けられる方が気が楽です。躊躇いなく戦えますから」

「貴様は、何が言いたいッ!?」

 敵意が臨界を迎える前に、兵士は結論を言った。

「こっから出て行けと言っているんです」

「この死に体の状態でさらに移動しろと言うのか?」

 エレンシアに肩を掴まれながらも、噛み付かんばかりに怒鳴る。リチャードは双方ともに尤もな事だ。と思った。居座られればそれだけ塞国の立場が悪くなるだろう。だがあの消耗した一団が行くような場所が、行けるような場所があるだろうか。恐らくは無い。

「と言うか、これ以上居座られると後々響くのでこっから追い出します。抵抗して皆殺しにあうか、逃げ延びるかどっちか選んで下さい」

 腕を振るうと同時に、丁度扇状に配置された兵士が姿を現す。

「ベティ、引くぞ」

「しかし」

「時間を呉れてやる、と言っているんだ、素直に甘えておこう」

 エレンシアがひと声かけると同時に全員が作業を放棄し、粛々と追撃を警戒しながら巣穴跡から離脱する。残った十人程でまた埋め直しながら、リチャードに弁明する。

「勝手な判断をして申し訳ありません。オズワルド様から“リッチが迷ったら追い出せ”と命令されていましたので。この非礼は命を以て償わせていただきます」

 そう言うと、剣を抜いて自らの首を差し出そうとする。

「待て! 勝手な判断をしたことは許さんが、勝手に死ぬのも許さん。本当に非礼だと思っているなら僕の為に働け」

 リチャードがそう言うと、兵士はそうですか、と剣を棄てて言った。

「因みにですが、今ここで作業していない兵士たちは“追撃の機会を伺って”おります。あれだけ消耗しているのですから、逃げ続ける事を選ぶでしょう」

 そう聞いて、リチャードは安心した。

「だけど彼女は何故“時間を呉れてやる”なんて言ったのだろう」

「それは相互の意志に齟齬がある、という事を見て取ったからでしょう。私がああ言った時、殿下には動揺があった。その意図を正しく受け止められる辺り、あのエレンシアと言うサラマンダー、相当な強者です。それとですね殿下」

 許可を求めるように兵士が一旦口を閉じる。リチャードが続きを促すと、重く、その先を続けた。

「あのクソッタレ共に怨みが出来たんで、討伐戦の時は、是非とも呼んでくださいね」

 王子とも兄君とも呼ばずに、本当に非礼とも言える呼び方をしたが、リチャードは咎めなかった。リザードマン達に憎まれ口を叩いても、心底腹立たしかった様だ。

「どうして? 君はオズワルドの兵だろう? 僕が勝手にどうこうできはしないよ」

「個人的な怨みです。別に聞かせる様なものじゃあありません。聞かせたとしてもその時になりますよ」

「……彼女等には、無事に落ち延びて欲しい。な」

「正直な所、オズワルド様は選ぶことに慣れろ、と言いましたが、個人的には殿下はその慈悲深いお心をお捨てにならぬよう願っています。憎まれ役は我等だけで十分ですから」

「そんな事は」

「ならばこそ、我等の働きを、正しく労って下さい。それだけが、兵士たちが望む事です。働きを理解してもらう事に勝る褒賞はありませんから。あ、給料はそれとは別にしっかり必要ですからね」

「ちゃっかりしているなあ」

 ちゃっかりしているな、と笑いつつも、リチャードの中にはなんとも言えない感情が溜まっていた。


 ――――――――――


 そして、そんな感覚を抱えたままリチャードが兵を率いて帰って来ると、オズワルドが城門の前で、帰りを待っていた。兵士たちはオズワルドに敬礼すると、オズワルドは軽く手を挙げて見送り、後に残ったのは二人だけだ。オズワルドは何も言わない。だがリチャードには言いたいことが幾つもあった。

 そして、安堵したような柔和な笑みを浮かべた。

「ヨォ、早かったじゃねェか」

「なあオズワルド、“知ってて”僕を送り出したな!?」

 何食わぬ顔でオズワルドが“おかえり”を告げると同時に関が決壊した。そして、オズワルドから返って来たのは、

「当然だ」

 リチャードが今聞きたくなかった言葉だった。

「知っててッ! 放置したのかッ!?」

「それは違うな。察知した時には既に戦闘が終わってた。場所自体が遠いからな、例え掴んでも対処できん」

「なら、あそこにわざわざ誘導したのはッ! オズの差し金なのかッ!? 答えろォッ!」

「……そうだ。そして彼女等をドラゴンティースの下に誘導するようにも命令を下している」

 リチャードにどれ程怒鳴られようとも、怒気を浴びせられようともオズワルドは何処までも涼しい顔だ。下手すれば一つの集落が滅んでいたと言うのに、何処までもドライだとリチャードは思った。

「酷い、状況だったよ……例え魔物が相手でも、あんなに、酷い事が出来るのか?」

「出来るとも。やれと言われたら1月は疎か1年以上半殺しの状態で竜の背を彷徨い歩かせるような真似も、集落一つを蹂躙しつくし、恐怖に駆り立てて行動を縛る事も。必要さえあれば。出来、そしてやる。だがそれを是か非で問うなら、非だ」

「なんでッ! なんでだッ! 是非が判っているのにッ!」

「そうでしか、生きて行けないからだ」

 オズワルドの顔は、柔和なままだ、さながらかわいい弟に諭す様に、リチャードに語ったのは、

「後ろには教団が、前には強大な魔物軍が、噂では最高位の魔物を投入し、勇者までも来ると言う話が聞こえている。それに対して小国である塞国が出来るのはただ一つ――」
「――ひたすらに消耗を強いて、双方にお帰りを願う事だけだ。それ以外にこの国が生き延びる術はない。いいかリッチ、俺はな――オヤジに忠誠を誓ったわけじゃない、そう、リチャード王子にも、ましてやアーサー王子にもこれっぽちも抱いていない。この国がたった一つの故郷だから――この豊かとは決して言えない国土を愛しているからだ。そして、その中にはリッチ、お前も含まれている」

「まあ、オヤジの行動と、俺の行動が一致したがために、俺はオヤジに忠誠心を抱いている、と見られがちだったが、まあそれは良いだろう」

 冷酷なまでの塞国への忠誠心だった。

「外道だと罵倒しようが、怒りに任せてその剣を振るってこの首を撥ねても構わん。俺はそれに甘んじる義務がある。だが、忘れるな。お前はこの小さな、卑怯な手段でしか生き残れない国の、王なのだ。俺を恨みたければ幾らでも恨め、兄を恨みたければ血眼になって探せ、教団の圧迫を跳ね除けたければ一切の瑕疵無く魔物軍と戦う他ない。魔物軍を退けたければ、一切のあくどい手段を許容しろ――」
「――それでも、そのままお前がそれを恥とするのであれば、俺はそれを喜んで協力しよう。例えそうでなかったとしても」

 そして、リチャードを始めとする塞国への偽りのない愛情。

「僕が、そんな人を、人と思わないような手段は許さない」

「……」

「でも、僕は未熟だ、オズの様な手腕も無ければ、セルバンテスの様な見識もない。彼の様な――」

「――ワイアットだ。俺がここに来る前からの付き合いだ」

「そう、ワイアットが見せてくれた様な自ら進んで穢れ役を背負うような覚悟も無い。だけど――ッ!」

「――それでいいのだ。それでこそ、我らがかしづくべき王だ。今は亡き父王エドワードも、お前が知っての通りの優しい王であったよ。だが、忘れるな。優しい事と、甘い事は違う事を――」
「――非情な事と、残酷な事は違う事を。時には非情な手段を執らなければならないこともある事を。だがそれは、俺達の仕事だ。憎まれ役は、何時だって俺達で良い」

 言葉を遮って、オズワルドが語る。その柔和な笑みは、今は嫌悪感では無く、素直に受け止められていた。

「オズ、力を貸してくれ」

「当然だ。リチャード陛下」


 ――――――――――


 男子三日会わざれば刮目せよ。

15/10/16 22:52更新 / Ta2
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■作者メッセージ
 塞国のラスボスは、教団では無くアーサーとなります。決着は兎も角、リチャードの行動の指針はアーサーの横暴を許さない、という事が基軸になります。

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