連載小説
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第一部:運び屋と荷の重い仕事5
「それで?結局どういう事なんだよ。」
俺は事の経緯を領主に問う、周囲への警戒は怠らずに。

知ってるか?ま、人を殺したこともないガキには解らねえかもしれねえが、殺しの仕事ってもんはな、綺麗に足を洗ったつもりでもいつまでもその汚れが纏わり付いたままなんだよ。
おいおい、俺の言う事なんざ聞く価値もねえみたいな顔すんじゃねえよ。
『俺たちゃな、この仕事に入ったからにゃ、前へも後ろへも行けねぇんだ。』ってあの八丁堀の旦那も言ってたんだ、余程の事がない限り間違えちゃあいねえよ。

しかし、敵襲の号令がかかった割には誰ひとりとして司令官に報告が来ないのはどういう了見だ?

「凪、感心しないね、実に感心しない。急ぐ男は嫌われるよ?人との繋がりって言うのはね、もっとじっくりとねっとりと時間をかけてお互いの愛を確認し合いながら、二人の間に情熱のラインを結ぶのが理想的なんだ。そう、だから君はもう少し相手のことを考えてだね・・・、」
何を思ったか全く別の事について語り出すローゼリッテ、てめえは本当に人の話を聞かないな。

「あうー、兄上知恵を貸してほしいのじゃー、このままでは負けてしまうのじゃー。」
司令官殿は司令官殿で顔中を涙と鼻水でぐしょぐしょにしながら俺にすがりついてくるし。
ん?涙と、鼻水?

「だー、てめぇ!この野郎!俺ごときの知恵なら後でいくらでも貸してやるから取り敢えずその顔から出てるものをどっかで拭いて来い!」
俺の袴の左側は既に涙と鼻水でベタベタだ、気持ち悪い。全く、こりゃ帰ったら洗濯だな。

「やっぱり兄上は優しいのじゃ、それでこそわしの理想の兄上なのじゃ。」
何故だろう、会話の途中でゴシゴシとか、ズビビビビ、とか不吉な音が聞こえる。
きっと気のせいだ。
俺の気のせいだ。
俺の気のせい・・・じゃねえよ。
袴はおろか、羽織りの裾の部分まで不潔なことになっている。

俺は、左の拳を固めて・・・

ゴンッ!
結構いい音がしたな。

「うわーん!兄上がいじめるのじゃー!妹に手を上げる兄上なぞ兄上失格なのじゃー!」
いじめてなんかいねえよ、これは躾だ、虐待でもねえ。

「確かにどっかで拭けとは言ったが、俺の羽織りで拭けとは言ってねえ!それと、俺はお前の兄になった覚えもねえ!」
文字通り最悪な気分だ。くそ、報酬貰ってさっさと帰りてえ。

「おや、凪君。ご立腹のようじゃないか?駄目だよ。そんないかにも『私は怒っています』みたいな顔をしちゃ、お客さんが尻尾を巻いて逃げ帰ってしまう。しかし、事に至る原因を作ったのは他ならぬ私自身であるから、私の愛する領民である凪君に、二艘の助け舟をだそうじゃないか。まず一つ、すぐに綺麗になって乾きもするが、もの凄くイカ臭くなる魔法。もう一つは、ずぶ濡れになってしまうが、きれいになる魔法。さあ凪君、遠慮は要らないよ、どちらでも君の好きな方を選びたまえ。」
実に尊大な態度をとりながら泥でできた二艘の助け舟を差し出すローゼリッテ。正直どちらにも乗りたくない。

「後者で頼む。が、まともな選択肢はないのか?」
こいつの化物じみた能力ならば汚れた着物を綺麗に洗って乾かすぐらい造作も無いと思うのだが。

「もちろんあるよ。だが凪君、君はもう少し世界について学ぶべきだね。世界は時に君に対して途方も無く理不尽な選択を迫ってくる。その時、君が君にとっての最良の選択肢を選べないようなら、君は君の目の前にいる私よりも酷な、そしてろくでもない人生を歩むことになるよ。すまない、少し説教じみてしまったね。まあ、年寄りのお節介だと捉えてもらって構わない。向こうの世界もこっちの世界も大体全部知っている、人より少し永い時を生きた年寄りの、ね。」
そういうローゼリッテの目は、どこか見えない何かを恨んでいるようで寒気がした。

「さて凪君、私の記憶が正しければ、まあ、私の記憶に間違いなど存在しないが、確か後者を選んだね。残念ながら後者の魔法は室内での使用に向いていないのでね。一旦、外に出ようか。」
立ち上がり、テントから出ようとするローゼリッテを右手で制止させる、これでもうちの領主様だからな、誰かさんと違ってその辺でくたばってもらっちゃ困るんだ。

脇目も振らずこちらに向かってくる気配を捉える、敵意ではない。
人とは異なる歩調、馬か?
弓を引く音、馬じゃない、こいつは何だ?
直前の記憶、弓、馬、敵襲、伝令…関連する単語から事象を推測する。
「なるほど」口角を釣り上げ、笑う。
恐らく、入り口に立っていたケンタウロスだ。奴の弓の腕なら…。
気当たりを絞り込み、彼女のいるであろう場所に向かって放つ。
己の居場所を示すように。
瞬間、彼女の気配が変わる、侵入者を排除するための殺気に。
予想通りだ、彼女への気当たりを続けたまま弓が放たれるのを待つ。
弓が放たれる音、空気を切り裂く音、来た。
周囲の音から矢の着弾点を予測する、俺の喉元か、いい腕してやがる。
意識を集中する、“その一瞬”を捉えるために。
飛び道具を使用する同業者に対応する為の技、使うのは久しぶりだな。
程なくして、一本の矢が天幕の布を貫通する。
螺旋回転まで掛けてやがる、野郎本気で殺りに来たな。
矢が目標通り俺の喉元に届く瞬間、身体を捩り、矢を寸でかわし、気配を消し、飛来した矢を握りしめる。

『鎌居流 狸寝入り』
狙撃手に対して気当たりを使い攻撃を誘い、攻撃に合わせて気配を消す。その後、遺体を確認しに来た狙撃手を返り討ちにする技。
今回は前半だけを使ったんだが、さてどんな反応を見せてくれるか。

足音が大きくなる、そろそろだな。
天幕の入り口にある布が勢い良くまくられ、予想通り姿を表したケンタウロスに対して、俺は。
「よう、ご苦労だったな。」
隠していた気配を表し、彼女の目の前に立つ。
こいつには分かる筈だ、目の前にいる俺が先刻矢を射った相手だと。
「貴様ッ・・・!」
矢を手に持ち、俺の脳天目がけて振り下ろす。ここまで予想通りだと気分がいい。
その矢と左手に持った弓を細切れにしてやろうと背中の鎌に手をかけた瞬間…、

「やめるのじゃ!」
司令官の一喝が響き渡る。
「レオナ!相手の力量を考えずに突っ込むんじゃない!ナギ!お主はふざけすぎじゃ!」
先刻まで泣いていた奴とは思えない態度、流石は“覇王”ってやつか。

「司令官殿!しかし…、」

「しかしもカカシも駄菓子もない!コヤツらはわしの客人でケ・セラ・セラの領民じゃ!」

「司令官殿!それでは辻褄が合いませぬ!」
彼女の言うことは確かに正しい。
現在、ケ・セラ・セラ領とこの陣地の間には進軍中の教団があり、一般人がそれを越えてくるなどおかしな事なのだが、領主にしては転移魔法でひとっ飛びだし、ナギにすれば進行中の軍の中を突っ切るなど造作も無いことなのだ。

「ええい!めんどくさい!とにかく説明は後でするから、お主は一旦、自分の持ち場に戻るのじゃ!」

「了解しました。」
どうにも腑に落ちないという顔をしながら彼女は持ち場に戻って行く。

「説明、してやっても良かったんじゃないか?」
軍の崩壊は兵の不信から生まれる。いつの時代も、どこの組織も、皆同じだ。
俺は司令官のバフォメットに問う。
あれ?そういやこいつなんて名前だったっけ?
一辺聞いた覚えがあったんだけどなにやら長い名前だったから忘れちまった。

「凪君、“説明”そうだよ“説明”だ。君の言葉で今しがた思いd、いや、言いそびれていただけなんだがね、君に対して言わなければならないことがあったんだ。私はこれを言わなければ夜も眠れない、いや、ここから帰ることもできない。」
いきなり堰を切ったようにしゃべりだす領主様。

「何だよ?ローゼリッテ」
実のところ、こいつの発言なんて要点をまとめれば半分も必要ない。だから急かす、そうでなければ無駄に時間を浪費する。悪いけど、俺はてめえと違って人生に期限があるんだよ。

「ローゼリッテ、そう、ローゼリッテ、いいね、素晴らしいね。やはり自分の呼ばれたい名前で呼ばれたときの快感は表現し難いものがあるね。これからもぜひその呼び方で頼むよ。さて、本筋の方だが、今回の戦、私たちが買い取った。」

「は?」
意味不明な発言に口を開ける。きっと間抜けな顔をしてるだろうな。

「そんなアホの子みたいに口を開けない!開いた口からはスピリット、ジパングで言う気かな?が逃げていくと君の師匠も教えていると思うがあれは本当だよ。だからその口を閉じて。うむ、よろしい。話を続けよう、戦を買ったと言ったが、戦えるものがいなければ意味が無い。無論、私が出ていって殲滅してしまうのが一番楽だが、それでは君達の為にならない、私がいなくなった後はどうするのかとふと考えてしまってね、そこでだ、凪君、君にお願いしようと思う。勿論、君の実力を鑑みればあの程度の教団兵士など造作もなく瞬殺してしまうと思うが、それでは我が領地が掲げる永世中立に反してしまう。そうだな、殺害していい兵士は一人までにしよう。その方が、君もやりがいがあるだろう?ああ、ただでとは言わないよ、君には“とっておきの素晴らしい報酬”を用意している。」

「何でまた、戦を買い取ったんだ?事と次第によっちゃあ俺は蹴るぞ。」

「何、簡単な話だ。君は知らないかもしれないが、“私の領民に手を出した”それだけだ。」
それは、許されざる行為。
それは、領法に反する行為。

人を滅さず、
魔を滅さず、
神を信じず、
魔王に屈さず、
世界に流されず、
己の信ずる道を征け。

それは、領主の掲げた理想に反する行為。
教団は“それ”を知っていながらその行為に及んだ。
それは、領地に対する宣戦布告。
故に、この戦は買わなければならない。
教団の掲げたエゴで血を流したもののために。

「分かった、やってやる。」
考える間もなく、俺は引き受けた。
思えば、昔の仕事と同じことをしている。
少ない銭で血の涙を流す仏さんの言うことを聞く。
俺も未だに過去に縛られたままか。
情けねえ。

「それでこそ、我が領民だ。
 誇るがいい、ケ・セラ・セラの民であることを。
 解らせてやるがいい、民を踏みにじることがどういう事かを。」

その時、テントの入口が勢い良く開いた。

「司令官殿!偵察役のハーピーからです!先程、中間地点に当たる川を通過したとのこと!進軍の許可をお願いします!」
リザードマンか、肩章が示すのは軍団長の位。こいつが軍団長ならこの軍は中々骨がありそうだ。
俺は、彼女の横を通り過ぎながら肩を軽く叩く。

「悪いな嬢ちゃん、その許可は下りねえ。なぜなら、ケ・セラ・セラがこの戦を買い取ったからな。」
俺は悠然と歩き出す。
困惑した顔を浮かべる彼女を残して。

「司令官殿、何者ですあの男は?汚れた着物を着て、汚らしい。」

ガクッ!
膝から崩れ落ちる。
そういやまだ綺麗にしてもらってなかった。
11/05/29 03:30更新 / おいちゃん
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■作者メッセージ
残業続きでなかなか執筆時間の取れなかったおいちゃんです。
まさかの領主様回!彼女のせいで文字数が増える増える。
さて、次回ですが第一部終了のお知らせです。

カマイ・ナギVS教団軍!
たった一人だけの死傷者でどうやって退けるのか?
ナギに勝算はあるのか?
次回、第一部:終章:ケ・セラ・セラの誇り

それでは、ご意見、ご感想、ご指導の方お待ちしています。

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