読切小説
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素敵な素顔
「お面屋なんか今時流行るもんかねぇ?」
商品棚に乗ったお面を手に取って、友人の刑部狸はなんとも渋い顔をした。
「別に流行る必要はないわ、それに疲れるからお客もそんなに来なくていい」
「商売やめちまえ!」
私がカウンターで頬杖をつきながら本音を漏らすと、彼女は声を荒げた。しかし、私はバジリスク、本来なら洞窟とか人気の全くないところに住んでいるはずの魔物なのだから、商売自体に興味がなくてもそれは仕方がない。
「てか、このお面どれも一つ目じゃないか。サイクロプスみたいな一つ目が好きな人間にはなんとなく売れそうだけど、普通の子供たちに売れるとは思えないなぁ」
「一つ目のデザイン以外できないのよ」
「一つ目フェチには夢のようだろうな。てか、そんな仮面しててどうやって描いてるんだ?」
「作業中は目に魔力を送ってるの」
「ふ〜ん、そういえば、もうそろそろ夏祭りがあるし、何か別のものを作って、出店に出してみたらどうだ?」
「例えばどんな?」
「う〜ん、そうだなぁ。お面じゃなくて、仮面とかかな」
「…その二つの違いはなに?」
「えっ、なんかこうお面はあれな感じで、仮面はこう、なんて言うか、そんな感じだろ?」
「…」
「悪い、謝るからそんな、仮面をつけていてもわかるくらいの悲しそうな顔をしないでくれ。まぁ、とにかく、今のままじゃあお店潰れちまうぞ?」
「それはほんの少し困るわね」
「ほんの少しなのかよ…」


ふと、顔を上げると窓から見える景色がいつの間にか真っ暗になっていた。
私は彼女に言われた通り、数週間後にある夏祭りに向けて、新しいお面や仮面を作っていたのだが、いつの間にか夜になってしまっていた。
今日もお客さんはなし。
個人的には楽でとてもいいのだが、お店の経営上はあまりよくない。
このお面のなにが気に入らないのだろうか…?
私は店内を見渡して軽くため息をついた。そして、何時間もの作業のせいで石の様に硬くなってしまった体をほぐすと、カーテンを閉め、戸締りをきちんとし、お店を閉めた。
本来ならこのまま二階に行って夕食を作り、眠るだけなのだが、作りかけのお面をこのままにしてもしょうがない。私は再び椅子に腰を下ろすとお面作りを再開した。
しかし、再開して間もなく、小さく扉を叩く音が聞こえた。
こんな時間にお客が来るとは思えない、私が不審に思いながらもカーテンを開けて、外を確認すると、扉の前には顔につけた、形からして狐のお面に両手を当てている一人の子供が立っていた。
カーテンを開けたことによってこちらに気がついたのか子供は手をそのままにこちらを見上げた。私は少し戸惑いつつも扉を開け、顔を子供と同じ高さにして問いかけた。
「どうかしたの?」
「夜分にすみません。そこで遊んでたら、転んじゃって。それで、お面が割れちゃったんです。だから、お姉ちゃんに直してほしいんです」
「…わかったわ、とにかく中に入って」
「ありがとうございます、失礼します」
彼はお面に手を当てたまま何度も頭を下げながら店内へと入った。見た目と声質からして、十歳前後くらいの少年がこんなにも礼儀正しいのだろうか。それにいくら日が長い夏といっても、すでに外は真っ暗、遊んでいるにしては遅すぎる時間帯だ。
私の彼への不審感をより強くなった。
「結局そのお面を直せばいいの?」
「はい、お願いします。えっと、少し向こうを向いててもらっていいですか?お面を外すので」
「なぜ?」
「えっと、あまり顔を見られたくありませんから…」
「よくわからないけど、私は熱でいろいろなものを判別しているから人の顔はあまりよく見えていないの。見ようと思えば魔力で見えるけど」
「そうなんですか?うーん、だったらいいかな」
彼はそう言うと、おずおずとお面を外し私に渡した。


受け取った時からなんとなくわかっていたが、やはりこのお面は直らない。正確にはすぐには直らない。ひび割れはひどいし、すでに取れている部分もある。
自画自賛するわけではないが、いいお面ならば大切に扱えば何十年も持つだろうが、手触りや感触からして、これはどこかそこらへんの出店で売っていたものか、何かだろう。
それを何年もつけるというのは厳しい。いっそのこと私の作ったお面に買い替えた方がいい。そう思った私はお面を修理しながらも彼に尋ねた。
「ごめんなさい、このお面、修理できないことはないけど、修理したところでまたすぐに壊れると思うわ。きっと寿命なんでしょうね。そこであなたに提案があるんだけど、私のお面に買い替えない?」
「…」
返事がない。
不思議に思った私があたりを見渡すと、彼は部屋の隅で丸まって眠っているようだった。私はため息をつくと、お面がこれ以上壊れないように気をつけてテーブルへと置き、彼を起こしに向かった。
「おーい、こんなところで寝ずに早く帰りなさい」
「はっ、ご、ごめんなさい。つい眠くなってしまって…。お面は直りそうですか?」
「正直難しいわね。もしよければ私のお面を買っていかない?」
「えっ、いや、でも、あれはとても大事なお面なので…」
「はぁ…わかったわ。私が明日中には直しておくから、今日は早く帰りなさい」
「はい…。あっ、今は何時ですか?」
「10時を少し回ったところ」
私が時間を告げると、彼は、もういいかな、と小さく呟いた。そして、入った時と同じように何度も頭を下げて店を出て行った。
おかしな子。
私はそんなことを思いながら、戸締りのして、再びお面の修復作業に取り掛かった。


ふあぁぁ、眠い。
大きな欠伸をしながら私は市場へと向かっていた。結局昨日も少年のお面の修復にはかなりの時間がかかった。接着剤で破片をくっつけ、取れないようにしたら今度はその割れ目が目立たないように色を塗り直していく。しかし、作業するたびにボロボロと破片が取れしまい、また作業のやり直し、そんなことを夜通し続けていた。
…言うは易く行うは難し、とはまさにこのことだろう。
そして、お面が、少なくとも私の中で、悪くないところまで修復された頃には、早起きな太陽が顔を出していた。
そのまま、脳は寝てしまうことを望んだが、体というのは正直で、私のお腹は夕飯を食べていないことをひどく怒った。だから、仕方なく私は気だるい体を動かして市場に向かっていたのだ。

市場につくとすぐに私の元に数人の人間のおばちゃん軍団が駆け寄ってきた。
「あんた、大丈夫だった?あんたとこに鬼が入ったって聞いたわよ」
「鬼?」
「そうよ、お面をつけてるあの薄気味悪い子供のことよ。日が出ているうちはどこにいるのかわからないけど、夜になるといつも噴水の近くで遊んでるのよ」
ああ、あの少年のことか。私はやっと、このおばちゃんたちが昨日お店に来た少年のことを言っているのだと気がついた。
「なぜ鬼なんですか?」
「偶然、あの子の顔を見た人が言っていたのよ。まるで鬼の様な醜い顔をしていたって」
一人のおばちゃんがそう言うと、他のおばちゃんたちもうんうんと頷きはじめた。
「まぁ、とにかく、あんたも気をつけなさいよ」
「ええ、わかりました…?」
少しも何に気をつければいいかわからないが、私が適当に頷くと、おばちゃんたちはまた別の噂話をしながら市場を出て行った。

数日分の食糧を買って、市場から戻ってくると、私は二階へとなんとか上がり、ベッドへと倒れこんだ。
徹夜で作業したことによる疲れもあるのだが、市場中が昨日の少年のことで盛り上がっていたからだ。
やれ鬼の子だの、やれ化け物だの、と言いたい放題だった。
基本的にこの街は長がサキュバスということもあって、魔物に対する扱いや権利はかなり保障されている。なので、私たち魔物が忌み嫌われるということは少ない。
しかし、やはり人間、何かを敵として叩いていないと気が済まないのだろう。そして。その矛先が今回はあの少年に向かったのだろう。
くだらない…。
…でも、案外、嘘とばかり言えないのかもしれない。
私はあんな噂話に左右されるほど、噂好きではないが、昨日の彼の反応は少しおかしかった。
怪我をするかもしれないのに割れたお面を手を当ててまでつけ、なかなかお面を外そうとしなかったり。何より顔を見られたくないと語っていた。
私は仰向けになると手を目の前に掲げた。
手は真っ赤に熱を発している、少なくとも私の目にはそう見える。しかし、肌は何色で、鋭い爪が何色なのかはわからない。
ほんの少し魔力を目に送る、すると、次第に赤みは消え、鱗に覆われた手と赤く鋭い爪が見えてきた。そして、私の見る世界に様々な色が生まれ始める。
今日、彼がお面を取りに来たら…いや、やめよう。これじゃあ、あの人間たちと同じになってしまう。
私は目に魔力を送るのをやめると、静かに目を閉じた。


「おい、いつまで寝てるんだ?」
「んにゅ!?」
私は急に鼻呼吸が出来なくなり、それに驚いて飛び起きた。隣を見ると、刑部狸が椅子に座って、窓の外を見ていた。
「やっと、起きたな」
「…おかげさまでね。で、あなたはそこで何をやってるの?」
「覗いてみな、わかると思うから」
彼女はそう言うと、少しだけどいて、窓の外を見るように顎をしゃくった。またくだらないものでも見てるじゃないかと、私は呆れながらも窓に近寄り、外を眺めた。
外はすでに真っ暗だった。そんな暗闇に紛れるように二人の大人らしきものたちが慌てて何かをしている。すかさず私は目に魔力を送った。
熱以外のものが見えるようになると、彼らが何をしているのかすぐにわかった。
先ほどの大人は夫婦のようで、二人は必死に家具などを荷車に乗せているようだった。
「あれ、何してるの?」
「見てわかるだろ?夜逃げだよ」
「なぜそんなことを?」
「決まってるだろ、あれが噂になってた鬼の子の家族だよ」
「…噂は本当だったってこと?」
「さあねぇ。だが、あれだけ騒がれれば、もし嘘だったとしてもなかなかここにいるのは辛いもんさ。それに、多分噂は本当だと思う」
「どうして?」
「あいつらの反応を見てれば分かるだろ?自分の子が鬼呼ばわりされてるのに、何の文句を言わない。それに極めつけは、今日、あの二人が私のお店で睡眠薬を買って行ったよ。きっと、あの子を捨てていくつもりだ」
あまりに冷たい彼女の言葉が耳に届いた瞬間、私は彼女の胸ぐらを掴んだ。
「どうして売ったの…!?」
「勘弁してくれよ、こっちだって商売だ。それに、もし穏便に捨てていけなかったら、最悪、あの子が殺される」
「だからって…!」
「落ち着いて考えてくれよ。どのみち私たちに出来ることなんてない。見守ること以外は」
彼女は寂しげにそう言った。私は下唇を噛みながら、彼女から手を離した。その後はただ黙って、あの二人が夜逃げする様を見つめていた。
準備ができたらしく、夫が荷車を引っ張る準備していると、妻の方が彼ではない、別の少年を背に抱えて家を飛び出してきた。そして、夫と一緒に荷車を押して、この深い闇夜に消えていった。


荷車が見えなくなると、刑部狸は、邪魔したな、と窓から出て行った。
私は窓のカーテンを閉め、再びベッドに横になった。彼の家を訪れるべきだろうか、いや、今行ったとしても、きっと彼は睡眠薬でぐっすり眠っているはずだ。だが、もしかしたら…。
私は頭の中でぐるぐるとそんなことをひたすら考えていた。しかし、こんなことをしても無駄だと気がつくと、さっきまでずっと眠っていたせいで全く眠くないうえに、冴え渡った頭と体で一階へと下り、作りかけのお面の制作に取り掛かった。
彼のことを忘れる、そんな一心でお面を作っていると、控えめに扉がノックされた。
私は飛び上がらんばかりに驚いた。そして、彼ではないように、彼ではないように、と祈りながらカーテンを開けると、俯いた子供が立っていた。
私が恐る恐る扉を開けると、彼はほんの少し顔を上げた。
「ごめんなさい、また夜分に。昨日のお面のことなんですが…」
「できてるわよ」
「ごめんなさい、僕、もうそれ必要じゃないんです」
「えっ、どういう意味?」
「僕、お父さんとお母さんを怒らせちゃったんです。だから、お仕置きとして、数ヶ月は一緒にいたくないって言われちゃって。それで、もうルールを守らなくてもいいって言われたんです」
「そのルールって?」
「人前で顔を出しちゃいけない、弟と一緒ご飯を食べない、家に入るところを誰かに見られてはいけない。この三つです」
「…ねぇ、あなたの顔を見てもいい?」
「えっ、でも、僕の顔、汚いですよ?」
「きっと、そんなことない。そんなこと、あるはずがない」
私は彼の頬を両手で包むと、魔力を目に送った。
「ほら、全然汚くなんかないよ?」
「嘘ですよ、そんなの。僕の顔を見た人はみんな怖がって逃げていくんですから」
「そうなの?でも、私はちっとも怖くなんかないよ?」
「う、嘘だ…!嘘だ、そんなの…!僕は、鬼なんだ!お父さんにも、お母さんにも、弟にも、みんなにだって怖がられる鬼なんだ!」
「鬼なんかじゃない。あなたは人間だよ、ただ少し怪我をしているだけ」
「本当に…?僕は鬼じゃないの?僕はみんなと一緒に遊んでいいの?お母さんに甘えていいの?」
「もちろん」
私が微笑むと、彼は今まで我慢してきたものを全て吐き出すように、声をあげて泣いた。

「治りそう?」
「おいおい、信用してくれよ。この顔パックをしておけば数時間でもちもちつるつる肌に元通りだぜ」
「そう、よかった」
私は胸を撫でおろし、顔パックして眠る彼を見つめた。すでに効果が表れているのか、火傷でひどく腫れ上がっていた顔が、さっきよりも小さくなっている。
「しっかし、ひどい火傷だったなぁ。 あれじゃあ、確かにお…っと、何でもない」
「ならばよし」
私が睨んでいることに気がついたのか、彼女は慌てて口をつぐんだ。そして、こほん、とわざとらしく咳をするとまた口を開いた。
「それで、結局こいつはどうするんだ?まさか、あの家族の元に返すつもりじゃないだろうな?」
「それはさすがに無理よ。離れた心を取り戻すのは簡単なことじゃないもの」
「じゃあ、どうするんだ?」
「…そんなの、決まってるじゃない」


「お姉!売れましたか?」
空になった段ボールを抱えながら、相変わらず狐のお面を斜めかぶりした彼が笑顔で走ってきた。その顔には昔のような火傷の跡は微塵もなかった。
「…あなたの方は売れたようね」
「はい!キー◯ンのお面と、石◯ロのお面、夜更◯しのお面は飛ぶように売れましたよ。お姉の方はどうでした?」
「…一つだけ仮面が売れた」
「あはは…。それより、早く片付けて花火大会を見に行きませんか?」
「そうね、そうしましょう」
私が頷くと、彼はにっこりと微笑み、一緒に出店をたたみ始めた。

どーん、どーん、と綺麗な花が咲き誇っている空を、私たちは人の全くいない噴水の広場から眺めていた。
「綺麗ね」
「そうですね。…お姉、こんな僕を育ててくれてありがとうございました」
「ず、ずいぶん突然ね、どうしたの?」
「いえ、何となくです。あっ、お姉、ちょっとだけそっちを向いてください」
「えっ、こ、こう?」
私が彼に背を向けた瞬間、ギュッ、と彼が私に抱きついた。
「えっ?えっ!?」
驚く私をよそに、彼は囁いた。
「僕はお姉のことが好きです。育ててくれたから、というのもあるかもしれないですが、僕はお姉のことを母親としては見たことは一度もありません。ちょっと如何わしいかもしれないですが、いつも一人の女性として見ていました」
「…だったら、私はもっと如何わしいわよ」
「えっ?」
私は肩越しに彼を見つめると、そっと口づけた。
「だって、あなたを育てようと思った時から、あなたを男として見ていたんだもの」
「お互い様、だったわけですね」
「そういうこと」
再び口づけると、このままの体勢で私たちは空に舞う花びらを見つめていた。





「そういえば、一つだけ仮面が売れたって言ってましたけど、何が売れたんですか?」
「…石◯面」
16/09/23 02:37更新 / フーリーレェーヴ

■作者メッセージ
読んでいただきありがとうございました。
ムジュ◯の仮面をプレイしていたら、何となく浮かんだものなので、かなり雑な仕上がりになっています。…いつもそうですが。
では、改めて、読んでいただきありがとうございました。

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