連載小説
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影の男 ACT,3

私はフランツィスカ様の寝室に向けて走っていた。どうしようもない無力感を抱えて。
「・・・ミミルっ‼」
また、私の手は届かなかった。彼女を救う事が出来なかった。
何と情けない事か。何と愚かな事か。
救える者を救う事すら出来ず、助けたい人を守れず、何が将軍、何が騎士だ‼
泣きながら逃げ出したかった。こんな情けない気持ちから目を逸らしたかった。こんなところに無力な自分が居ても何も変わりはしない。そんな気持ちが頭を幾度もよぎった。
だが、ミミルが身を呈してまで私を先へ導いてくれたのだ。それを無駄にする訳にはいかない。
私は進まねばならない。ミミルの為にも。
必死に走った。今度は、手が届く様に祈りながら。




暫く走り、何とかフランツィスカ様の寝室にたどり着いた。
急ぎ扉を開け放ち中に入ると、ベットに横たわったフランツィスカ様が此方を驚いた様子で見つめていた。
「しょ、将軍・・・一体どうしたのです・・・」
「話は後です。フランツィスカ様。今治癒魔法をおかけしますから、お早く此方へ」
「な、何を」
直ぐに簡単な治癒魔法をかける。治癒魔法は、ご病気への応急処置だ。これで日がくれるまでは持つ。そうしたら急ぎフランツィスカ様の手を引き、廊下を走ってある場所へと向かう。
私の寝室だ。
彼処なら続く道は一本。それにいざという時の対策用に部屋に結界を張る為の魔法陣も設置してある。籠城には打って付けだ。
そこなら安全なはずだ。私が廊下に結界を張れば完璧な砦が出来上がる。
しっかりフランツィスカ様の手を握り締め、私は寝室へ向けて走った。離してなるものか。今度こそは、手を届かせて見せる。
後ろを見ると、フランツィスカ様は不安そうで、そして困惑していた。それもそうだろう。突然部屋に押しかけられ、訳も解らないまま手を引かれているのだ。戸惑うのも当たり前だろう。
「・・・今は何も聞かず、私の言う通りにしてください。お願いします」
訳を話したかったが、考えて止める。今のフランツィスカ様に今の惨状をお伝えすれば、さらに不安と、恐怖を煽る結果となる。それは彼女の為にならない。今は、知るべき時では無い。なら、口を噤むのが上策だ。
ここを脱出してからだ。全ては、それからだ。その前にまずはフランツィスカ様を、確実に助ける。
それだけだ。
まだメルセや、プリメーラ、サーシャもいる。ウィルマリナだって。
助けられなかったミミル。私を先へと進ませてくれたミミル。
彼女の為にも必ず残る者たちを助けなければ。
「大丈夫。必ず私が守り抜きます。必ず、ここから貴方を逃がして見せます」
私は、改めて胸に誓いを刻んだ。
その矢先だった。
「それは困るわね」
その声は、後ろから聞こえた。
この世の全てを魅了できるような美しい声。そしてこの魔力。
なるほど、もう一人の実力者誰かが解った。
後ろを振り向けば、それはいた。




雪の様に白い髪。
赤い目。
ねじくれた黒い角。
蠱惑的な衣装。
そして・・・この圧倒的なまでの魔力。
私の予想通りそこには、魔王の娘、リリムが悠々と立っていた。




「この国は、私が丸ごと救うのよ。あなたが連れているそのお姫様も例外では無いわ。無論、貴方もね。だから逃げられてしまうのは困るわね」
「私を救ってくれるとは。ありがたい申し出だが、お断りしようか。私にはやるべき事がまだ残されている」
「お姫様をここから逃がす事?」
「そう言う事だ。退いて頂こうか、魔王の娘よ」
魔王の娘リリム。その魅力と実力は正に魔物に置ける勇者とでも言うべき物。魅惑において、他の魔物と一線を引く実力を持つ。
「ーと言うのであっているかね?」
「ふふっ、まあ大体は。しかしそんな私をしかと見ても眉一つ動かさないなんて。恐るべき精神力ね」
「伊達に将軍をやってはいないのでな」
しかし・・・リリムの相手など久しぶりだ。
過去に三度程戦いに興じたが、そのどれもが正に激闘だった。そして・・・一度は敗北さえした。
気を抜いて勝てる相手では無い。なら・・・フランツィスカ様をせめて安全なところに。
すると、
「ジェネ公‼こっちだよ‼」
「‼メルセか⁉」
探していた内の一人、メルセの声が聞こえた。見てはいないが、どうやら無事な様だ。
「お姫様はあたしに任せてそいつに集中しな‼」
・・・仕方が無い。それが得策だろう。
「メルセ‼任せるぞ‼」
フランツィスカ様の背を、メルセがいる方に軽く押して、剣を構える。
「フランツィスカ様‼メルセに着いてお逃げください‼」
「・・・で、でも」
「私なら心配無用。必ずや勝利し貴方に追い付いて見せましょう」
「・・・わ、分かりましたわ」
そうして遠ざかる足音を尻目に、再びリリムに向き合う。
「貴殿、名は」
「デルエラ」
「そうか。ならばデルエラ殿。いざ尋常に、勝負‼」




先にしかけたのは私だった。
「ハアッ‼」
構えた剣を右腕を用いて水平に薙ぎ、次いで左腕のドレインで相手を狙う。
だが、デルエラは剣を後ろに一歩下がることでいとも簡単にかわし、左腕は自身の右腕で取り、
「ふっ‼」
そのままの要領で、私を背負って投げた。
「ぬうっ‼」
何とか空中で姿勢を立て直し、着地と同時に地面を蹴って相手に向かう。
同時に、デルエラもいつの間にか取り出した反り返った剣を構え、こちらに突っ込んでくる。
そして、
ガギィン‼
剣と剣がぶつかり、火花を散らす。
なんて重い剣だ。衝撃で右腕が痺れそうになった。流石、人間の上位種と言ったところか。
だが競り負けてはいない。気を抜かなければ負けはしない。
唾競り合いが続く。しかし、暫くして相手が一気に力を込めて来た。痺れを切らしたのだろう。
これは好機。
すぐさま剣から力を抜き、デルエラの剣を受け流しつつ横に回る。デルエラは勢い余って前へ飛び出し、態勢を崩してしまう。
そこが狙い目。
「しっ‼」
上段に構えた剣を一気に振り下ろし背中を狙う。だが、
「はっ!」
その瞬間、デルエラが翼を羽ばたかせ風を起こした。その風で一瞬隙が出来てしまい、剣筋が乱れた。
その隙を突き態勢を立て直し、逆に切りかかってくるデルエラ。それを、無理矢理体の前に構えた剣で受け止める。
しかし、間髪いれず斬りかかるデルエラ。今度は、こちらからも斬りかかる。向こうは切り上げ、こっちは振り下ろしだ。負けるはずは無いのだが。
ギャイン‼
押し切ることは出来ない。恐るべし隋力だ。魔物たる所以か。
一旦、お互いその場から下がり、改めて互いを見つめる。しかしそれも一瞬の事。
「はあっ‼」
「ふっ‼」
再び剣が切り結ぶ。そして、
キキキキキキキキキキキキキキキン‼
斬り合いが始まった。
「・・・ッツアアアア‼」
「ハアアアアアアアア‼」
幾千もの斬撃が乱れ舞う。デルエラの剣を見切り、返しながら斬りつけ、また返される。油断すればあっさりとやられる様な攻防。
しかし、負けられない。勝って帰らねば、フランツィスカ様の元へ
戻るのだ。
剣の速さをさらに上げる。
すると、剣筋の中に一筋の道を見つけた。この道に剣を走らせれば、確実に倒せる道を。
どうやら剣速を上げた事により、捌けぬ軌道が出来たようだ。
これは確実に突かなければならない隙だ。なんとしても逃しはしない。
そこを狙い、剣を振り下ろす。だが、
「・・・かかったわね?」
デルエラが不敵に笑ったのだ。次の瞬間、私は剣を弾かれ、態勢を崩されていた。そこを狙い、デルエラが仕掛けてくる。
「しまっ⁉」
罠だったのだ。先程の隙は。恐らく確実に仕留めるためにしかけた物。全く気付かなかった。
しかし、ここで諦める訳にはいかない‼
刹那の間に態勢を立て直し、デルエラを迎え討つ。デルエラは驚いていた様だった。目論見が外れた事がショックだったのだろうか。
とにかく剣を振り下ろし、デルエラの剣を止め、再び唾競り合いに持ち込んだ。
するとデルエラがふっ、と笑った。
「強いわね。貴方」
「・・・・・・それはどうも」
「見事よ。勇者でも無い身でここまで己を高めた人は始めて見たわ」
「何、経験の賜物だ。伊達に将軍をやっていない」
「ふふっ、面白いわ。だからもう少しだけ、この剣舞に興じましょう?」
「ご遠慮願う‼」
キンッ‼
再び剣が弾かれ、私とデルエラは向かい合った。そして、
「あぁっ‼」
「ふっ‼」
また、お互いに向け走り始めた。
私は『助けるために』。
彼女は『救うために』。
お互いに、剣を構えて。




何時間経ったのだろうか。
お互いに息を乱し、床にはたくさんの傷跡が刻まれている。
お互いに廊下の端と端に立ち、お互いを見つめている。
ありとあらゆる仕込みを使い、彼女を打倒せんと攻めた。
だが、そのいずれも彼女を打倒するには至らなかった。全力を持ってしてなお届かない。強い。誠に強い。
そうして、戦い抜いた結果がこれだ。
私は剣を構えて、彼女は剣をだらりと下げている。もはやお互い満身創痍。
「っはあ、はあ、はあ」
「ふう、ふう、ふう」
体力はもはや限界。少し気を抜けば倒れてしまうだろう。
だから・・・ここで決める。
息をなんとか整え直して、剣を腰の鞘に戻し、ある構えをとる。
構えは、東方に伝わる「居合い」の構え。若かりし時、東方へ赴いた際、会得した私の剣技の切り札だ。
そしてもう一つ。温存しておいた仕込みを発動させる。「加速」の魔法だ。
この二つを持って最大の攻撃へと成す。高速移動から繋ぐ居合い。これを捌けた者はいない。いかなる相手もこれで沈めて来た。単純かつ強力な技。
しかし今の状態でどこまで出来るか。いや、やるしか無い。やらざるを得ないのだ。
見ると、デルエラも剣を構えて此方を見つめている。
ゆっくりと、柄に手をかける。
デルエラは、剣を大上段に構えていた。これで、恐らくは決着。




「・・・次で、最後だ」
「・・・えぇ」
「見事だった。敵ながら素晴らしき剣だった」
「お褒めいただき光栄ね」
「ああ」
「「・・・・・・・・・」」




そして、
「ぜええええええい‼」
地を蹴り、魔法で一気に加速し、デルエラに迫る。ほぼ一瞬で半分の距離を詰めた。デルエラも剣を改めて構えた。そして、


「ハアアアアアアアアッ‼」
「セイッ‼」


一気に剣を振り抜いた。
一瞬の硬直。そして静寂。
・・・どうやら、これは。
私はゆっくりと剣を鞘に収め、
ドサッ
そのまま地面に倒れ伏した。
身体から力が抜ける。立ちあがれない。
負けた・・・ようだな。
意識が遠くなって行く。ここまでなようだ・・・
無念だ。
ただそれだけだ。
ああ、なんてザマだ。勝って帰ると豪語して起きながら、勝てもせず帰れもせず、倒れるとは。
なんて無力なんだろう。兵を救えず、ミミルを救えず、敗北し、倒れ伏す。
結局私はただ喚いて、暴れて、勝手に負けただけだった。




ああ、涙が出てきた。
止まらない。涙が・・・
・・・・・・虚しい。ただただ虚しい。何を考えても虚無感しか得られない。
なにをすれば良かった?
どうすれば良かった?
分からない、なら・・・また無限の思考の海に沈もう・・・






13/07/17 11:01更新 / ベルフェゴール
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■作者メッセージ
敗北に打ちひしがれて。

剣士は絶望の淵へと・・・

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