連載小説
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カルテ1
「……記録を開始する」
その言葉と同時に史郎が首元に触れると、白い肌の上に黒い首輪が現れた。中心部分にはビー玉大の水晶のようなものがはめ込まれている。
病院着と同じく羽倉に渡されたものだ。リッチである羽倉の知識欲に反応し変化を起こした魔宝石を核にし、いくつかの魔術的な加工を施して開発されたそれは、装備している者の精や魔力を動力に変え、周囲の空気の振動(音)や光(映像)を記録する能力を持つ。
その記録を羽倉は「カルテ」と呼んでいた。
カルテは戦闘終了後に見返すことで次回の戦闘に活かす目的がある。それと同時に
「君の行動を監視する意味もある。くれぐれも無謀な戦闘を行わないように」
首輪の機能の説明中、目を細めて釘を刺してきた羽倉の表情が脳裏に浮かんできた。
ヒタリ、ヒタリ
その間にもローパーが少しずつ距離を詰めてきた。裸足でアスファルトを歩く独特な音が路地に響く。彼女の服から生えた触手は4本。2本ずつ左右に分かれ、史郎の進路を絶つように伸びている。表情や動きの全てから、今すぐにでも目の前の獲物を捕らえ貪りたい情欲が伝わってくる。史郎は詰められた距離を解消しようと後退するが突然、膝の力が抜ける感覚に襲われた。
(吸い過ぎたか……)
このローパーから発せられている甘い匂いには男性の理性を奪い、脱力させる効果がある。幼いながらも男である史郎もその例外ではない。気を抜けば弛緩しそうになる全身に喝を入れ、目の前の相手に集中する。狭い路地での戦闘は長引かせるほど不利になる。
「アァ……アハァ……アゥ……」
接近してきたローパーの喉からは短い呼吸に合わせて声とも呻きともつかない音が漏れ出ていた。本来の彼女たちは魔物とはいえ、ある程度の理性を保ち、言葉まで失うことはない。今の状態は異常なまでの<飢え>によるもの。魔物としての本性とはいえ、この行動は彼女にとっても不本意なはずだ。
淫らに笑いながらもどこか苦しそうにも見える表情を静かに見つめ、史郎が呟く。
「今すぐ……」
現状を長引かせるわけにはいかない。自身の帰還ためにも、彼女の誇りのためにも。
「楽にしますから……」
強い決意と微かな哀しみを伴った言葉とともに史郎の全身に覇気が漲る。
先ほどまで脱力しかかっていた者とは思えない濃密な気配に、ローパーの目が驚きに見開かれた。
次いで史郎の両手首に首の時と同じく腕輪が現れた。その腕輪から黒い霧が発生し、腰だめに構えた小さな拳に纏われていく。
ダンッ
地面を蹴り、史郎の体が飛ぶように奔る。
「ウ!」
後ずさりしていた相手が突如、反対に肉薄してきたことでローパーの反応は鈍くなっていた。黒い霧を纏った拳が女性本体の眼前に迫る。
ドチャ!
「なっ!?」
しかし、重く湿った音と同時に、今度は史郎が驚きの声を上げた。
直前の相手の様子から直撃を確信していたが、実際には史郎の拳は重なり合った触手の壁に阻まれていた。周囲を警戒していた触手が本体(彼女)より素早く反応し盾となっている。拳を受け止めた3本の触手が千切れとび、難を逃れた残りの1本が間隙をぬい史郎の腹部に唸りを上げて激突した。
「かふっ!」
無防備だった腹部に凄まじい衝撃を受け史郎の体は「くの字」に折れた状態で吹き飛ばされた。路地の入口にまで到達し、人通りの多い道に飛び出すかと思われたが
ドン!
路地と通りとの境には見えない壁があり、史郎は背中を強かに打ち付け地面に落ちた。いつの間にか背後に張られていた結界。おそらくは史郎が現れた直後、ローパーによって張られたものだろう。
腹部を打たれた史郎の、細く乾いた呼吸音に合わせて地面の埃が舞い上がる。
(油断した……)
ローパーは人間であった女性に触手が宿ったもの。元は別々の存在が合わさり魔物となったのだと、知識の上では知っていた。しかし、あれほどまでに反応に差があり、触手のみが独立した動きをするとは予測していなかった。気付かぬうちに張られていた結界といい、やはり人間と魔物とでは生物としての格が違うのだろうか。
(羽倉さんが知ったら「興味深い」って喜ぶかも……)
内心、冗談を言ってみるが今の状況は笑えなかった。後で一緒に記録を見返すにしても、まずは現状を打開せねばならない。
震える手をつき、かろうじて上半身を起こす。
見ればローパーの本体はとろけるような表情をやめ、険しい表情で史郎を警戒していた。幼い少年が見せた尋常でない戦闘能力に驚いたのは、彼女も同様らしい。
残った1本の触手も少年を追撃する様子はなく、本体を守るように待機している。粉砕された触手は溶けて水たまりと化し、先端を失った触手部分は本体の服に溶け込むかのように戻っていく。その様子から察するに本体にも触手にもダメージ(苦痛)を与えたわけではないようだ。
(……)
それを確認した史郎の表情は、心なしか安堵したように見えた。
しかし、それは一瞬のことで
「ぐぅ……」
顔をしかめ、苦悶の声を上げながら立ち上がる。
もはや少しの余裕も残されていない。結界に閉じ込められた以上、何としてでも本体を倒さなくては生還の見込みはない。立ち上がった史郎の両手に再度、黒い霧が発生し始めた時……
バキャ!
側面にあった排水管がいきなり破裂した。反射的に振り向いた瞬間、排水管の穴から触手が跳び出してきた。
「ぐむっ!」
避ける間もなく触手が史郎の口内に潜り込む。それと同時に触手の先端から甘い液体が喉奥に向かって噴き出す。
「……!!」
とっさに黒い霧を纏った拳を手刀に変え、口から飛び出した触手の後方を切断し、力を失くした残りの部分を舌で押し出す。
「こふっ!ごほっ!」
せき込んで流し込まれた液体を吐き出そうとするが、粘度が高く喉に張り付いて離れない。その上、液体が瞬く間に体内に染み込んでくるのがわかった。
液体の影響か、早くもぼやけ始めた視界に切り飛ばされた触手が映る。二つに切断された触手は先ほど同様、氷のように溶けていく。しかし、液状になった触手の水たまりはアスファルトの上を自在に動き、地面に設置されている雨水の排水溝に流れ込んだ。
(そういう……ことか……)
液状化した触手の入った排水溝は路地の隅々まで続いている。ローパーの本体の近くにも排水溝の穴はあり、そこから役目を果たした液状の触手が這い出してきて、そのまま本体の中へと戻っていった。史郎の初撃に砕けた触手は直ぐには本体に戻らず、排水溝を通って奇襲を狙っていたようだ。
トサッ
ついに耐えきれず史郎は地面にうつぶせに倒れ伏した。軽い体を受け止めた地面から白く埃が舞い上がる。
倒れてなお史郎は、うつぶせのまま体の状態を確認する。先ほど強打された腹部と背中の痛みはだいぶ引き、他に物理的な損傷はないようだが、問題は
ズ……
「くぅ!」
少しでも体を動かすと限界まで膨れ上がった幼い性器が刺激され、身動きが取れなくなった。ある程度までは湧きあがった精を、腕輪を通して魔力に変換することで抑えることができる。しかし体内に入り込んだ液体の影響からか、体が熱くほてり、身体機能の制御も上手くいかなくなっていた。
(ここまで……きて……もう……)
うつぶせに倒れた史郎には、自身に近づいてくる足音が地面から直に伝わってくる。それを感じながらも今まで必死につなぎとめていた史郎の意識は急激に遠ざかっていった。
16/05/22 01:48更新 / 水底
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■作者メッセージ
もう少しでエロありタグに届く!(笑)

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