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第三話 親友と儀式 前編

「実はお願いがあるんだが…。」

あの夜の出来事から日が明け俺は彼、ムンドの泊まっている部屋へと尋ねていた。
彼にどうしても頼みたい事があるからだ。

「ええ、私にできることでしたら。」

ムンドは快く引き受けてくれた、後は見てもらうだけだ。

「よかった、あんたにこいつを買い取ってもらいたいんだ。」

俺は部屋から持ってきた昔使っていた装備、肩に裂傷の入った鎧と使い古された剣を彼に見せた。

「これは…。」

ムンドはそれを見るなり目つきを変え、なめるようにして見始める。
ふとムンドは独り言のように言う。

「これほどの物を見るのは何年ぶりでしょうか、どうやって手に入れたのです?」
「昔、旅をしていた時に使っていた物なんだが、なんとか売れそうか?」
「むうぅ…。」

ムンドは低く唸り、何かを考えていたがあきらめたかのように話し始めた。

「申し訳ないのですが、私ではこれを引き取ることは出来ません。」
「なに?」

俺はてっきり損傷が激しすぎて売り物にならないと言われるかと思ったが、ムンドはそれとは逆のことを言った。

「今の私にはこれに見合うほどのお金を持っていないのです。」
「なんだ?そんなに高価なものなのか?」
「高価も何も、これはあのサイクロプスの作った装備です。」

サイクロプス、洞窟に住み鍛冶を営んでいる一つ目の魔物娘の事だ。
彼女達の特徴は単眼であることを除けばなんと言ってもその鍛冶の腕前であろう。
彼女達の作る武器、防具はどれも一級品であり市場ではより高値で売買される。
中には名のある剣士たちが武器を作ってもらうために彼女達の住処へ訪れる事もあるぐらいだ。
そういえばあの勇者も彼女達の装備を勧められていたが、本人曰く「魔物が作ったものなんて信用できない」といって断っていた。
どこまでも嫌味なやつだ。

「それにしてもこの鎧の傷、売る際には補強でもすれば支障はありませんが…。」
「目立つか?」
「いえ…。ただこれほどの防具に裂け目を入れるとは…、よほどの相手と戦ったのでしょうね?」
「あぁ、まあな…。」

まさかその相手が勇者だとは夢にも思わないだろうな、と俺は心の中でごちりながら考える。
俺があの時助かったのはこの装備のおかげかもしれない。
そうなると結果的に俺は、彼女達に命を救われたことになる。
会った時は“交渉”ついでにお礼も言っておこう。

「まあともかく、どうしても金が必要なんだ。…なんとかならないか?」
「では、こういうのはいかがでしょう?」

ムンドはそういうと荷物から地図を取り出しテーブルに広げた。
地図の中の一点を指差しながら話を進める。

「今いるのがここ、“ロークシナ”の村です。ここからずっと北に行きますと“ミルアーゼ”という大きな街があります。」

確かこの村はそんな名前の村だった気がする。
自分の住んでいる村の名前すら忘れていた自分に自嘲しながらもムンドの話を
聞いた。

「この街は交易も盛んですし、私はここに来るまではそこで出店を開いておりましたので街の商人にも話をつけることも出来ます、その時に売りましょう。」
「なるほどな、だが俺はある理由でお前と同行することは出来ないんだ。だからお前に任せることになるのだが…。」

俺は話を途中で切りムンドの顔を見た。
頼んでおいてあれだが俺はムンドの事をよく知らないし、信用に値する男かどうかもわからない。
大金は人を狂わせる、ムンドが金に目がくらみ持ち逃げするということもありえる。
このお金は俺が彼女達を探す旅に必ず必要になるものだ、ここは慎重にならないと…。
そう考えるとムンドは思案したのち、決心したかのように話し出す。

「わかりました、ではこれをお渡し致しましょう。」

ムンドは胸のポケットから何かを取り出し俺に見せた。

「これは?」
「妻の形見です。」

妻の形見といわれたそれは銀色に光る指輪だった。
手にとってみると綺麗に磨かれているのがよくわかり、裏には“ローラ”と刻まれていた。

「妻は、私と同じ商人でして一緒に店を出していたのですが…ある日、強盗が押し寄せてきて私の身代わりに…。」
「…そうか。」
「今の私にはこれが精一杯です。これで信じてもらえませんか?」

普通の人間なら釣り合わないといって弾き返すのだろう。
だが俺は彼の妻を思うというところに惹かれていた。
…彼のように一人の妻を愛し続け、生きていくのが正しいのだろう。
だが俺はこれから何人もの魔物娘を妻にするのだ。
求婚し、一夜を共にした後、別れ、また求婚する。
こんなことが許されるはずもない。
彼女達の為とはいえ、嫌な思いをさせてしまうのは心苦しく思った。
そう考えると、彼は信用に値するのではないかと思い始めた。
少なくとも、この装備を持ってこの距離を歩くよりはこの提案を呑んだ方がずっと良い。
俺はそう決心しムンドの意見に承諾した。
ムンドは「ありがとうございます」と静かに言った後、指輪を差し出した。
代わりに俺は剣と鎧を彼に託す。

「では早速、私は街に向かいます。…アレスさんはずっとこの町に?」
「いや、俺はこの後、旅に出る。その街には必ず寄るから待っててくれないか?」
「わかりました、では宿でまっております。」

そういうとムンドは旅支度を整え荷物を持って部屋を出て行った。

「さて、俺も準備するか。」

そう自分に言い部屋へと戻っていった。



しばらくして、俺は女将さんに話があると言い食堂に来てもらった。
幸い、ムンド以外に泊り客はいなかった為、楽に話すことが出来た。
今はテーブルに座り女将さんの作ってくれたお茶を飲んでいる、この味にもう会えないとなると少し心細い。

「で、話ってなんだい?」
「ああ、女将さん。…実は。」

俺は女将さんに事情を話した。

旅をしなければならなくなった事。
ここにはもう戻って来ないかもしれないという事。
自分に住む場所を与えてくれた女将さんには感謝しているという事。
さすがに魔王に頼まれたとか、魔物娘を妻にする事は伏せたが、これで全部言えた筈だ。
話し終えた後、女将さんは黙っていた。
俺もなんと言えば良いか分からず黙っていた。
きっとショックなんだろうと思ってみていたが、不意に女将さんは笑い出した。
俺は何事かと思い聞いてみると女将さんは笑いながら言った。

「いや、やっぱ男ってのは冒険やらなんやらが好きなのかねぇ、と思ってさ。あんたもいつか、そう言い出すんじゃないかと思ってたよ。…そういえばあの人も結婚する前は冒険者でいつも傷だらけだったねぇ…。」

そう言いながら女将さんは遠い目をした。
恐らく、旦那さんと過ごしてたときの事を思い出しているのだろう。
女将さんが急に立ち上がった。

「そうだ!ちょいと待っておくれ。旅に出るあんたにピッタリなもんがある。」
「?」

そういうと女将さんは倉庫から何かを取り出してこちらに持ってくる。
それは肩にかけるベルトが付いた大きな鞄だった。

「あの人が使っていた冒険者用の鞄だよ、中に寝具以外に調理道具やら必要なものが一式入っている。もっていきな?」
「え?でもこれは旦那さんの形見じゃ…?」
「良いんだよ、どうせ持ってたって宝の持ち腐れさ。あんたにあんまり払えなかった給料だと思っといておくれ。」
「女将さん…。」

はは、今日は形見というのが多く出る日だ。
俺は悲しくなる感情を抑え、外の扉にへと向かう。
これ以上いると名残惜しくなってしまうので気が変わらないうちに出よう。

「じゃあ、今までありがとう。…行ってきます。」

俺は扉に手を掛け外へと出る。
扉の向こうで女将さんの声が聞こえた気がした…。

「…行っておいで、ばか息子。」






正直見くびっていた。
ここまで遠いとは…。
女将さんの宿を出たときはまだ日は出ていたはずなのに、道程の半分ほどの所で日はすっかり傾き、野宿をするための火を起こす頃には夜になってしまった

本当であれば今日のうちに街に着きたかったのだが、二年以上間が空いてしまったため足が鈍ってしまっていたようだ。

俺は草原の真ん中に綺麗に開いた更地に手頃な石を見つけ腰を下ろした。
恐らくここは他の冒険者が使ったであろう、焚き火の跡などがあった。

「さーて、初めての晩飯は、と。」

旅をして初めての食事。
その響きだけで俺はこれから旅に出るのだという実感が持てた。
旅をするのは初めてではないが、目的が目的なだけにすこし緊張する。
今日の食事は村を出る前に買った塩漬け肉と川魚だ、満遍なく火で炙る。

「…。」

二つとも程よく良い焼き加減になり辺りにおいしそうな匂いが広がる。

「…。」

俺はまず塩漬け肉からほうばった、口の中いっぱいに肉汁の旨みが飛び出る。
味は少々塩辛いものの意外とおいしかった。

「…。」

これからはこういった食事が増えるからな、今のうちに慣らしとかないと…。

「…。」
「はぁ…。」

俺はわざとらしくため息をつくと後一口となった肉を平らげ、俺は後ろの草むらへと振り返り言い放った。

「おい!さっきからこっちを伺ってるやつ、いい加減出てきたらどうだ?」

しん、と辺りは静まり返った。
俺はそのまま向こうの出方を待った。
恐らく一人、野盗の類であれば蹴散らしてやるだけ。
そうでなければ…。
不意に草むらの一部が動き、正体を現す。

「へへ、ばれちゃったか。…うまく隠れてたんだけどなぁ。」
「それだけ視線を向けられたら嫌でも分かる。」

出てきたのはラージマウスというネズミに似た魔物娘だ。
彼女達は普段は洞窟やダンジョンといった湿った所を好み、群れで活動する。
体は小さいものの、非常にすばしっこく知能もそれなりにある。
ただ目の前の彼女は乾いた草原に、しかも単体で出現した。
例外はあるとはいえ非常に珍しいケースだ。

「で、俺に何の用だ?食料なら今ある分しかないぞ?」
「ご飯なんて間に合ってるよ、あたしが欲しいのはあんたの持ってる武器さ。」
「なに?武器だと?」

確かに彼女達のなかには武器を使うものもいる、リザードマンなどが良い例だろう。
だが彼女、ラージマウスが武器を使うなんて聞いたことがない。
せいぜい噛み付くぐらいだと思っていたのだが、妙だな…。
俺は彼女に聞いてみた。

「武器なんか持ってどうするんだ?」
「あんたには関係ないさ、それで?出すの出さないの?」
「やれやれ…。」

俺は半ば呆れながらも女将さんからもらった鞄から一本の棒を取り出し、彼女に見せた。

「悪いが今はこれしか持ってないんだ。」
「これって…ただの木の棒じゃない!?」
「そうだが?」
「そうだがって…あんたなめてんの?!」

目の前の彼女は顔を真っ赤にさせて怒っていた。
確かに剣を買うことも出来たのだが、ヴェンが言うには「彼女達のほとんどは自分より弱そうなものを襲う」と聞いていたので、あえてこれだけにしたのだ。本来の目的は彼女達を傷つけることでは無いからだ。

「ふん、なら仕方ない。あんたの持ってるお金、全部出してもらう。」
「今度は金か…。ほんとに何に使うんだ?」
「いいから、全部だして!!じゃないと…痛い目にあわせるよ?」
「分かった分かった、ほら…。」

そう言いながら袋を出すと、彼女の姿が一瞬消える。
次に見たときには俺の腰につけていた別の袋を引ったくり、すぐに離れた。

「ふふふ、どうせそれは偽もんなんでしょ?人間の考えそうなこと、あたしはごまかされないよ。」

彼女は得意げな顔をしながら袋を見せ付ける。
なるほど、たいした知恵だ。だが…。

「さーて♪気になる中身は…グヮ!!」

詰めが甘いな。

彼女は袋をあけた途端、強烈な臭いをモロに嗅ぎ、鼻を潰してしまったようだ。
鼻を押さえながら地面を転げまわる姿は見ていて面白かった。
そう彼女の持つ袋の中身は…

「これ馬糞じゃない!?なんて物を持たせるんだ!!」
「自分で奪っておいてそれは無いだろう…。」

これは俺が村を出る直前に馬小屋からとってきたものだ。
何かの役に立てればいいと思っていたが、こんなにもすぐ役に立つとは思わなかった。
彼女は馬糞の入った袋を投げ捨て、俺をにらみつけた。
やれやれ、逆恨みもいいとこだ。

「馬鹿にして!!もう謝ったって許さない!!」

彼女はそう言うと飛び掛る体制に入った。
どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
俺は静かに木の棒を構える。

「てやぁぁー!!」

彼女は真っ直ぐに俺の所に飛び掛り、

「ふぎゃ!!」

顔面に木の棒を当てられ下に落ちた。
まさか馬鹿正直に真っ直ぐ来るとは思わず少し横ぶりに振ったのがいけなかった、丁度鼻に当たったらしくまた地面を転げまわっている。
さすがに可哀想に見えてきた。

「ちくしょう、これでも食らえ!!」
「う!」

彼女は次に地面の砂を俺の顔にかけてきた。
予想外の攻撃で目に砂が入り、一時的に目が見えなくなる。
それをチャンスとばかりに彼女は襲い掛かってくる。

「へへ、どうだ?これでお前は何もひゃう!!!」

彼女がいるであろう所に足払いを仕掛けた。
うまく決まったらしく彼女の悲鳴が聞こえた後、すてんとこけた音がした。

「な、なんで?!見えない筈なのに、痛い!!」

俺は声のする方へと棒を振り下ろす。
いい音がしたので多分頭に当たったのだろう。
続けて棒を振り下ろしていく。

「痛い!痛いって!!分かったから!降参する!!だからやめて!!」

目も何とか見えてくると彼女は半泣きになりながら両手をあげてぺたんと座りこけていた。
一見見れば苛めてるようにしか見えないが仕方ない。
とりあえず彼女に話しかけてみる。

「で?なんで武器なんか欲しがったんだ?」
「ふ、ふん!人間のあんたなんかに言ったって信じてもらえるもんか、あんた達人間はあたし達を捕まえて見世物にすることしか考えてないんだ!」
「…。」

彼女のいった言葉が俺の心に深く突き刺さった。
人間が彼女達魔物を恐れているように、彼女達もまた人間を恐れているのだ。
人間の中には彼女達を捕らえて見世物にしたり、実験の材料に使うなどして彼女達を苦しめている。
他にも邪教として彼女達を根こそぎ排除しようとする教団もいる。
こういう問題を解決しないかぎり、人間と魔物は永遠に共存しあえないだろう

俺は目の前の彼女の誤解を解くことにした。

「大丈夫だ、せめて訳だけでも話してくれないか?理由によっては力になろう。」
「…ほんと?」
「ああ、だから教えてくれ。」

彼女は俺の顔をじっと見ると決心して話し始めた。

「…私の親友がワーウルフに攫われたんだ。」
「攫われた?」

ワーウルフ、その名の通り狼のような魔物娘だ。
群れで行動し知性も持つが強暴な性格を持つ彼女達は人間を男女問わず襲う。
男性なら犯しつくし、女性なら噛み付く。噛み付かれた女性はワーウルフになってしまうと聞いたことがある。
彼女達ワーウルフは食料となる獣以外は興味を示さないはず。
だとしたら…。

「その親友ってのは人間の男だな?」

彼女はゆっくりと頷いた。



11/07/26 14:34更新 / ひげ親父
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■作者メッセージ
パソコンが二回もフリーズするという事態を乗り越えて、なんとか三話前編まで書けました。
次の投稿は未定になりますが、なるべく早く書こうと思っています。
また次回も読んでくださるとありがたいです。
見ていただいてありがとうございました!!

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