連載小説
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第一話

あぁ…。
この森の生活にも慣れてきた。
しかし何故こうも憂鬱とした気分が抜けないのだろう。
私がまどろみから目を覚ましても、ここには餌達は居ない。
『竜神様、今お水をお持ちしますね』
そう言って私に使える事を楽しそうにしていた神官たちは居ない。
見回しても街中を元気に走り回る餌の子供たちは居ない。
私に悪意を持って近づく小賢しい餌達をからかって遊ぶのも好きだった。
そして何より、ここではあの甘美な餌を味わう事も出来はしない。
私は舌慣れしつつある動物の小骨を舐めしゃぶるとそれを放り投げた。

――カラン

「あ〜。あれ?」

…なんだ?

「ここはだれ?わたしはどこ?」

私が日々食べては捨てていた動物達の骨が盛り上がったかと思うと、
まるで生き物の、そう、ちょうど餌達の様な形に組み上がり、動き出した。
骨の量が足りないのか出来上がった餌の形のそれはまるで幼い子供の様だ。

「あ〜…。あれ?おなかすいた?」

腹なら先程のウサギを丸1羽ほど食べたばかりだが?

「う〜。おなかすいた〜」

そう言って骨はカシャカシャと音を立てながら森の奥へ歩いて行ってしまった。
…なんだ?
可笑しなこともあるものだ…。





あれ以来、私の周囲では色々と不思議な事が起こり始めた。
私が眠っていると突然近くにアルラウネが生えてきて私の身体を絡め取ろうとしてきたので引っこ抜いて遙か彼方に放り投げたり。
雨の降った次の日、私が森の中を歩いているといくつかの水たまりから餌の女の形をしたスライムが湧いてきたり。

なにが起こっているんだ?
これもこの大気に漂う不可思議な魔力のせいなんだろうか?



奴が現れたのはそれから数日が経ってからだった。

「何用だ?」
「ほほぉ…。この魔力…。お主じゃったか。ティアm…」
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな。バフォメット」
「そう目くじらを立てるな。何も儂はお主とやりあうために来たのではない。こんな豊かな森を焦土にしたくは無いからのぅ」
「ならばとっとと立ち去れ」
「そう言うわけにもいかんのぅ。お主が馬鹿のように魔力を垂れ流しておるせいでこの森の植生に悪影響が出ておるのじゃ」
「悪影響?…あぁ。私の周囲で勝手に低級の魔物が湧きだしたりしていた、あれか」
「ああ。恐らくはお主のバカでかい魔力が魔王の志向性を持った魔力に触れたことで様々なものが魔物化してしまっておるのじゃろう。全く。お主はドラゴンの中でも特に魔力が強いんじゃ、少しくらい押さえてくれぬか?調査に出した魔女が何人かお前の魔力に当てられて体調を崩して帰ってきておるんじゃが」
「それでお前が来たのか…。…それがな、封印の影響か上手く魔力が扱えんのだ」
「ふむ…。恐らくはお主の姿が変わったせいじゃろうな」
「そう言えばお前も随分と面白い姿になっているな」
「ふ。儂はこの姿が気に入って自らこの姿になっておるのじゃ」
「……昔から変な女だったが、相変わらず変で安心した」
「センスの差じゃな。今じゃ儂が流行の最先端じゃ。ロリブームは儂が育てた!」
「…不便じゃないのか?そんな短い手足で…」
「短くないわ!謝れ!全世界のロリ、及びそれを応援している皆様に謝れ!」
「…………(スルー)所で、私の姿が変わった事と魔力の制御にどんな関係があると言うのだ?」
「…幻影肢。という言葉を知っておるか?」
「知らんな。なんかの術か?」
「普通は四肢を失った者に現れる症状でな、四肢を失っても尚、その失った四肢の感覚が残ってしまう症状だ」
「…相変わらず胡散臭い話には詳しいな」
「れっきとした医学の知識じゃ。単に主が学に疎いだけじゃ」
「で?それが私にどう関わりがある」
「魔物は魔力を体中に巡らせている。もちろんお主らドラゴンの身体でもな。それも四肢の端まで全てじゃ。そんなお主の身体がそんなに縮んだのじゃ。だからまだお主は無意識にその姿になる前のバカでかい身体の隅にまで魔力を巡らせようとしておるのじゃろう。しかし今やその巨体はない。そのせいで本来なら身体の内で留まっているはずの魔力が外に駄々漏れ状態になっているのじゃ。その上お主の魔力の量は他のドラゴンのそれよりも多いからのう…」
「…ふむ。そんなつもりはなかったがな…」
「本人の無意識で起こるから問題なのじゃ。サバトでも幼化した魔女の中でまれに良く似た症状を出す者がいるからのう」
「そんな事を云われても、私は意識していないのだからどうしようもない」
「ふふん♪ そこで!じゃ…」
「…?」
「じゃじゃ〜〜ん! サバト印のチョーカー〜(声色)」
「…首輪?」
「サバト印の“おしゃれ”チョ〜カ〜(声色)」
「いや、だから首輪だろ?」
「…はぁ。おしゃれの分からん奴め…」
「で?これがどうしたというのだ?」
「…このチョーカーは封印の陣をチョーカーにしたものじゃ。これを付けていればお主のそのアホみたいな魔力も封じられるじゃろうよ」
「何?何故私が自らの魔力を封じねばならん?」
「そうせねばこの森は魔物で溢れ、いずれはその魔物たちは人間の国を襲い始める」
「なんだ?それならば魔王軍のお前たちにもいい事ではないのか?」
「時代は変わったのじゃ。そんな事をしてはせっかくの男が減ってしまうじゃろうが!」
「ん??」
「…う〜む。そうじゃの。たとえば、人間共にお主が魔物を嗾けていると思われ、討伐隊でも出せれてはちと面倒じゃろう?」
「ほぉ、確かにそれは一理ある」
「あと、お主の事だ、以前の姿同様、裸でも問題ないだろうなどと考えているんじゃろうが、お主の今の姿はドラゴンの頃に比べて弱い」
「問題ない。いざとなったら魔法障壁を張ればよいだけの事だ」
「しかし不意を突かれては困るであろう?」
「ふむ…」
「そこで、じゃ。じゃじゃ〜ん!サバト印の危ない水着〜(声色)」
「…それでは裸とあまり変わらんではないか」
「ちっちっち、なのじゃ。聞いて驚け、この水着、なんとお主の身体から発せられる魔力を吸収し、着用者の肌表面に見えないバリアを張るのじゃ」
「なに!?そんな小さな布を身につけるだけでそんな事が出来るのか!?」
「うむ。お主が眠っておった間にも科学は進歩しているのじゃよ。お値段以上、サバト♪なのじゃ!」
「しかし何でこんな形なのだ?腰や腕に巻く様な形ではいけないのか?」
「かぁ〜!分かっておらんのぅ。よいか!?その形こそが女をより美しく見せ、且つ、動きに支障をきたさぬベストな形なのじゃ!それに、もっと布地の大きいものをとも思ったが、お主の事じゃ、動きにくいなどと言って嫌がるじゃろう?」
「あれ?何故だ!?今日の私はおかしい…。バフォメットが頼もしく見える…。これも封印の影響なのか!?」
「あれ?なんか儂、いい事してるはずなのに貶された気がするのじゃ…」
「気のせいだろう」
「そうかの? まぁいい。さて、それの代金なのじゃが…」
「……ち、何が欲しい?金ならないぞ?箱庭と一緒に消えて無くなった」
「うむ。主の鱗を3枚ほどと、生き血を少しばかり、でどうじゃ?」
「………高い」
「何!?お主、その水着の価値を分かっておらん!その水着は魔界でも有名なリャナンシー夫妻のデザインに加え、サバト最新の“はいてくのろじぃ”の結晶なのじゃ!」
「しかし、私の生き血は仕方ないとして、鱗を剥がすのはそこそこ痛いのだ。3枚は多い、2枚でどうだ?」
「む……。仕方ない。ならばこうしよう。サバト印の便利アイテムをいくつか付けるから、全部で鱗4枚と生き血でどうじゃ!?」
「……その便利アイテムとやら、私にとって本当に便利なのか?」
「もちろんじゃ!まずはこの高級肉焼き機Z!火力調節機能付きで生焼け肉からこんがり肉Gまで、自由に焼く事が可能じゃ!」
「ほぉ…(魅かれてる)」
「そして万能収納ボックス!3点セット!四次元ポケットの原理を応用してあり、ほぼ無限大の物を収納可能!その上取り出す時は何故か欲しい物が1発で出てくる不思議機能!」
「むぅ…(興味津津)」
「更には万能穴あき包丁!ジパング在宅の有名なサイクロプスの刀匠が手掛けた驚きの切れ味!これ1本で紙から鉄まで何でも切れる!ただし、こんにゃくは切れないゾ!」
「ふむ…(目がキラキラ)」
「そして最後はこのお子様養育セット!このセットがあれば0歳から成人まで子供を正しく育てる事が出来る!今ならニート更生プログラム読本、猿でもわかる取扱説明書付き!」
「なんと…(驚き)」
「これだけのセット内容でお値段たったの鱗1枚!もちろん送料手数料はバフォメットが負担します!これを逃す手はありません!」
「い、今すぐ電話せねば…」
「ちょ〜っとまったぁ〜!」
「何っ!?」
「今ならキャンペーン中ですのであの人気のサプリメント、人魚の血エキス配合、スェサミンZ(ずぃ〜)もついて、お値段たったの鱗1枚!」
「か、買うぞ!鱗だな!今すぐ剥がす!」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「(ペリリ)っ!ほ、ほら、鱗4枚だ、生き血はどうすればいい?(涙目)」
「生き血はこの痛くない注射器で採血するのじゃ。400ml程貰うぞ」
「痛くない?ホントに痛くない?」
「大丈夫じゃ。ほ〜れ、終わったぞ。ご褒美のあんパンとジュースじゃ」
「ふぅ〜、ふぅ〜。わ〜い、あんパンだ〜」
「うむ。取引成立じゃな」
「すごい!すごいぞこの包丁!岩がバターの様に切れる!」
「うむ!サバトの人気商品じゃからな。(まぁ、お主の爪の方が切れ味はいいじゃろうがな…)」
「おお!この肉焼き機、火力を自動で調節するのか!?」
「うむ。これでもうコゲ肉を量産してしまう事もなしじゃ。(まぁ、お主はブレス吐けば一発なんじゃがな)」
「いい買い物をした。礼を言いたくはないが、礼を言うぞ」
「まぁ、今のお主は異世界に迷い込んでしまった様な気分じゃろうからな。困った時はいつでも儂を呼ぶと良いのじゃ。フリーダイアル0120-XXX-ZZYYじゃ」

そう言って奴は去って行った。
それにしてもいい買い物しちゃったな〜♪
ハッ!?
待て待て、良く考えろ!?
私、この包丁いらんのではないか?
肉焼き機も…。
あれ?
くっ…またやってしまった…。
まぁ、水着と首輪の代金と授業料だと思えば…orz

はぁ…

全く、相変わらず変な奴だ。
私は箱庭を創った時、魔王軍には関わらぬと約束事を決めてある。
私は魔王軍が嫌いだ。
自らの縄張りを脅かす可能性があるからと言うだけで餌を滅ぼそうなど…。
それでは獣と何ら変わりがないではないか。
そんな中にありながら、奴だけは昔から変わっていた。
サバト等と言う集団を作り、その魔女達を使い、表向きは魔王軍に有利な活動をする。
そうすることで奴は常に間接的に魔王軍の幹部であり続けた。
小賢しいと言えばそれまでだが。
双方に利益があるためにその関係は永遠に崩れはしない。
また、サバトという集団を作る事で、奴はその内に居るものを魔王の名、そして自分の力で守る。
故に魔女達は守られ、奴の事を慕う。
そして奴はそれを喜び、魔女達を愛す。
その関係は一種の完成された摂理の様で、
歪む事はなく、ある種の美しさすらある。
恐らくはそれが奴の考えた世界の形。
奴の求める世界の形。

それは私の考えにも似ている。
故に、私はいつも心のどこかで奴に心を許しているのかもしれん。

―― ドラゴンはひとりになった巣穴の中で、何かを夢に見ながら眠りについた。




―― 一方その頃、ドラゴンの巣穴を出たバフォメットは、入り口で待機していた秘書サキュバスと何やら怪しげな話をしていた。

「バッフォさん、上手く行きやしたねぇ〜」
「うむ。流石儂なのじゃ!在庫処分も出来た上に、奴の鱗を4枚、それに生き血も手に入れたぞ。あ奴は自分に関心が無いから分からんじゃろうが、これさいあれば無敵の防具も、それに不老不死の秘薬も作れる。その上、あ奴から垂れ流されているバカでかい魔力、それをあの首輪を使ってサバトの魔力発電所に送り、サバト本部の全電力を補おうとは…。我ながら自分の頭脳が恐ろしいのじゃ」
「くっくっく、お主も悪よのぉ〜」
「いえいえ、ナスル様には敵いま…  ん?あれ?これ逆じゃね?」
「気のせいじゃないっすかぁ〜?(ポリポリ)」
「そうかの…?」


10/10/25 21:52更新 / ひつじ
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■作者メッセージ
バフォ様が出るとそれだけで笑えてしまう今日この頃…
ナスルなる人物は僕の書いたほかのお話で出てきた秘書サキュバス(バフォ様にロリにされた)です
彼女はバフォ様の正規の秘書が産休と育休を取っている間の代役だそうです

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