連載小説
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プロローグ
クィルラは山の頂上で不貞腐れていた。自分の行動が全く見当違いだったためである。
彼女の住処は起伏の激しい荒野にあり、動くものといえば周りを注意深く見渡してもせいぜい数匹の小動物が見つかる程度だった。魔物が住みつくにはあまりに適さない環境である。にも関わらず彼女はなぜここに居座り続けるのか、生物はほとんど存在しない一帯ではあるが、それとは別に大量に存在するものがあった。それは金や銀などのレアメタルである。といっても彼女はそんなものに興味はない。目的はそれらを採掘しにくる人間、つまりは自分の夫となりうる者だった。最初の内は狙い通りにつるはしを持った屈強な男達で溢れかえり自由に選り好みしていたものだが、クィルラがようやく選んだ一人を攫い損ねたが運の尽き、クモの子散らすように男達は逃げ帰り、同時にその荒野には魔物が出るという噂が瞬く間に広がっていった。その結果がこの閑古鳥の有様というわけだ。
「ちくしょう、この上なくいい男だったんだけどなあ」
逃がした魚は大きいもの、クィルラは今だその男の顔を忘れることが出来ない、彼女は心底悔しげに顔を歪ませた。悔しがる理由はそれだけではない、近くを通りかかった姉妹達に、「こんな辺鄙な場所を選んでその様か」と大笑いされてしまったのだ。
「けど一人ぐらい来たっていいだろよ!魔物だからって毛嫌いしやがって・・・だから襲うしかなくなるんじゃねえか・・・」
ほんの僅かに憂いを含めた魔物らしからぬ表情で呟いた。そして彼女の願いは天に届くことになる、今ここに一人の男が近づきつつあった。
しかし、真っ先にクィルラの下を訪れたのはその男ではなく、そもそも人間ですらなかった。
「うわ!?」
1本の光り輝く矢のような物がクィルラに向かって高速で飛んできた。彼女は驚くも、瞬時に飛翔しそれを回避した。
「な、なんだ・・・?一体なんなんだよ!?」
うろたえてる間に続けて2発同じものが来た。クィルラは上手く飛び回り二つともどちらも命中せずに済んだ。不意打ちではないなら避けるのは簡単、しかし1発でも当たるわけにはいかないと彼女の勘が語っていた。クィルラが狼狽していると、ついに射手が姿を現す。
全身を黒服で包んだ、まだ少年ではあるが、彼女が待ち続けていた人間の男性だった。
「サンダーバード・・・だったかな、ハーピー種にしちゃ強い部類か。さてと・・・」
標的の情報を出来うる限り分析すると、少年は背中に2対の羽根と、右手には先ほどの矢のように輝く刀身のみの剣を出現させた。そして地面を強く蹴り一気にクィルラのそばまで近づてその剣を振るう。しかしクィルラには当たらない、当然ながら地の利は彼女にあるのだ。とにかく、こんな狂人の相手などしてはいられない。クィルラは全速力でその場を離れようと試みる、大きく羽ばたき一気に加速した。
「・・・逃がさねぇ!」
一瞬遅れて少年が後を追った。さすがにすぐには追いつけないものの、スピードは少年の方が勝っていた。少しずつ距離を詰めていき、再びクィルラを切り裂かんとする。クィルラは急旋回しそれをかわした、少年が勢い余って体勢を崩したその隙にまた少年から一直線に離れて近くの岩山に着地し大声で少年に問う。
「なんだってんだよ!あの連中の回し者か!?」
以前図らずも脅かした人間達に魔物駆除依頼をされたのだろうと彼女は考えた。しかしその考えはすぐさま否定される。
「違う」
少年はただ一言そう言って彼女に斬りかかった。クィルラが避け、岩山の一部が破壊された。
「じゃあなんだよ!あたしは恨みを買った覚えはないぞ!」
他の山に降り立ち再び問う。少年は一旦攻撃の手を休めてニヤリと口元を歪ませる。
「みんな同じことを言うな、頼まれただの恨みがあるだの・・・。そんなに大事か?」
少年がもう一度クィルラに斬りかかるものの、やはりクィルラには当たらない。
「楽しいってだけじゃ、駄目なのか?」
少年の答えにクィルラは戦慄した。こんなことを楽しめる人間がこの世にいること、そしてそれだけを理由に他人を殺められることが信じられなかった。一瞬放心し、そのせいでクィルラは少年の動きに反応が遅れてしまう。だが彼女はだんだんと回避行動に慣れてきていた、この少年の攻撃は常に直線的であり、スピードはともかく飛行技術に関してはこちら上らしい。クィルラは少年からただ離れるのをやめ、彼の周りを複雑に飛び始めた。少年はそれを追うも彼女の動きを掴みきることができない。
「鬱陶しい!」
少年が左手を振ると光の矢がクィルラに向かって撃ち出される。しかしこの起動もやはり一直線であり、彼女には一本も当たらなかった。ならばと少年は次の手を繰り出す。左手を大地に向けてそれまでとは違う土色の光を照射した。すると、突如地面がうごめいたと思えば、無数の植物の蔦のようなものが一斉にクィルラに襲い掛かった。
「なっ!?」
狂戦士のような少年の文字通りの搦め手にクィルラは驚愕した。恐らくはこれで自分の動きを封じたところを一刀両断するつもりなのだろう。いずれにせよこれに触れることは絶対にあってはならない。自分から機動力を奪ってしまえば、その先に待つのは死のみだ。しかし直線的な少年とは違いくねくねと自由自在に形を変える蔦から逃れるのは至難の業だった。どれだけ奇怪な軌道で飛んでもしっかりとその後を追い着実に距離を詰められていく。
「こ、こうなりゃ一か八か・・・」
クィルラは賭けに出ることにした。逃げ続けるより、この植物を操るであろう少年を取り押さえてしまおうというのだ。一歩間違えばそのまま刻まれてしまう危険な賭けだった。そのリスクを出来る限り減らすためにクィルラは超低空を飛行し蔦の根元にその身を隠そうとする。いまだに自分を追いかけていることから位置自体は知られているらしいが、それでもやらないよりはマシだろう。
2、3周少年の周りを飛んで彼の位置と距離を正確に測り、ギリギリまで近づくとその鉤爪を向けて一気に飛び掛った。
「!?」
クィルラは見事に少年を掴み取ることに成功した。少年は不意どころか一切の反応がとれなかった。彼が蔦の操作に集中していたことはもちろん、彼女が一心不乱に逃げ惑っていたため、こうして突っ込んでくることを予測することができなかったのだ。少年が体の自由を奪われ落ちていくと、蔦は全て動きを止めて消え去ってしまった。そしてクィルラはしっかりと少年を掴み地面に押さえつける。
「へ、へへ・・・あたしの勝ち・・・だな。さぁて、今までのこと全部、体で払って貰おうか・・・」
魔物の性とでもいうべきか、さっきまで自分の命を狩り取らんとしていた相手にのしかかり、淫靡な笑みを見せつけながら覆いかぶさる。
「そ〜れっ」
そしてサンダーバード特有の雷をこれでもかというほど浴びせた。普通の男性なら一瞬で射精してしまうほどの快感が少年の体を駆け巡る・・・はずだった。
「ぐあああアアッ!!」
少年が叫び声をあげる。クィルラは大喜びでそれを眺めるがどうにもおかしい。少年の股間が一向に怒張しないのだ。まだ足りないのかとさらに雷を流し込むが、少年の叫び声が激しくなるだけだった。
「なんだ・・・!こ、これは・・・なんなんだ!!」
「こ、こっちが聞きたいよ!人間ってこうすると気持ちいいんじゃないの・・・?なんでそんなに苦しそうなんだよ!」
彼女達の雷は本来強い快感をもたらすものである。事実この少年も単純な感電による痛みは感じていなかった。しかしその悲鳴は快楽に耐えるためのものではなく、紛れもなく苦痛からの悲鳴だった。少年は物理的な痛みを感じているわけではない、ただ、体の奥底から湧き上がる彼がいままでに感じたことのない何か得体の知れないものが、激しい苦しみを与えていた。少年はもはや理性を失いつつあった。その体から魔力が溢れ出し、あたりの地形を次々に変えていった。山は数秒とその形を保たず、荒れ果てた大地は萌え、そして枯れては再び萌えを繰り返す。
「カ、カ・・・ル・・・トス・・・」
遂に少年は意識を手放しぐったりとその場に倒れこんでしまった。
「お、おい・・・まさか死んだんじゃないよな・・・?おい!」
クィルラがいくら呼びかけようと、少年は一切の反応を示さなかった。しかし命まで失っては居なかったらしく、彼女は彼の鼓動を感じることができた。ほっと薄い胸をなでおろしたクィルラはそのまま彼女の住処へ少年を運んでいった。

「あ、おい!大丈夫か!?」
少年がゆっくりと目覚めると、クィルラは真っ先に安否を確認する。彼女が地面に押さえつけた傷以外に目立った外傷もなく、その傷も致命的な箇所ではなかったため、目が覚めれば一安心といったところだった。
「・・・じゃあ洗いざらい話してもらおうか」
クィルラが一つ目の質問をしようとしたその時、予想外の言葉が少年の口から飛び出した。
「あれ、君は誰?」
「・・・・・・はぁ?」
13/08/02 00:06更新 / fvo
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■作者メッセージ
おい、完結するんだろうなこれ
まあ大体の構成は出来上がってるので心配なさらずに
○○が死んじゃった!なんてことにはなりません、多分誰も死なないと思います
こんな感じでよければお付き合いください

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