読切小説
[TOP]
幸せな時を、一緒に
「みゃー・・・」
 ・・鳴いても、誰も反応してくれない・・・。
「みゃーお!」
 あ、こっち見た!
「ねぇねぇお母さん! 今、猫の声が聞こえた!」
「え? うーん・・気のせいじゃないの?」
「・・そうかなぁ・・・」
 ・・・・行っちゃった・・・。
 あーあ・・・。
 誰か、あたしを拾ってくれないかなぁ・・。

 ✽ ✽ ✽

 それが、昨日の話。
「・・みゃ・・・」
 今にも雪が降るんじゃないかというくらいの寒い冬の日。
その一匹の猫は、茂みの中で項垂れ、ため息を付くように鳴く。
 亜麻色で綺麗な毛並みのその猫は、誰かを待っているかのように、毎日毎日そこで鳴く。
 この猫は、捨て猫だ。
 拾われることのなかった、捨て猫。
 拾われる前に捨てられてしまった猫だ。
 しかし、ただの猫ではない。妖怪や魔物と称されるネコマタだ。
「みゃーお・・・」
 ネコマタは、山から降りてきた。

 この時から半年以上も前の話。
山育ちの彼女は、気まぐれに街に降りてくると、その時に見た男性を気に入った。猫の姿へと変え、男に近づき、彼女が放つ魔術により、彼は彼女に引き寄せられた。しかし、彼女は捨てられてしまった。
 男は、猫アレルギーだった。
 それにもかかわらず、自らのせいで、彼は猫である彼女へと寄り、くしゃみが止まらなくなってしまう。ネコマタは、ふおり投げられてしまった。きっと不本意なのだろう。しかし、その事実は変わらない。
 男は、再び近づいてきた。でも彼女は男から背を向け、逃げるようにその場を去った。・・放り投げられたことが、拒絶されたことが、彼女の心に深く恐怖を与えてしまった。再びの拒絶を、拒んで、去ったのだ。
 それから、彼女は魔術を放つ前に、十分に男と距離を縮めるようになった。
 アレルギー、ということは知らないが、またあんな事にならないように。
 しかし、その後、彼女が惚れた男は、不幸ながらも皆、猫アレルギーを発症してしまう。
 注意していたから再び放り投げられることはなくなったが、それでも辛く感じた。

「・・みー・・・」
 彼女は、諦めてしまった。
 魔術により男を惹きつけないようにし、影から鳴くだけ。その声で誰から足を止め、拾ってくれることに希望を込めたのだ。
しかしそれもおしまいにしよう。今日、あと少しだけ鳴いて、誰もこちらに来ないようなら・・もう、山に帰ろう・・・。
 そう決めて、もう、五時間。誰も、彼女を拾ってくれる人はいない。
(あと少しで、日が完全に落ちる。・・・そろそろ、行こう)
 弱々しく、彼女は立ち上がり、茂みから出ると、項垂れながらも歩み、彼女が生まれた山を目指す。
「みゃお・・・」
 もしかしたら、まだ鳴けば誰から拾うかな。そんな儚い願いを込め、一鳴きし、キョロキョロと見回してみる。
 誰も足を止めている人はいなかった。
 再び項垂れて、一歩を踏み出す。
 見ていても、すぐに歩み出してしまう人たちばかりだ。
 みんな、幸せそうな表情で、帰宅している。
 その流れに逆らい、彼女は歩く。

 さっきまでいた所から、山まであと半分。彼女は完全に諦めた。その時、
「うおっと!」
 彼女は走ってきた男に蹴飛ばされてしまった。
「んみゃーーっ!!」
 しかし彼女も猫。見事な着地で、軽傷で済んだ。
「フゥーーーッ!」
 蹴飛ばしたの誰だ、と毛を逆立てて、彼女は男を睨みつける。
「すまん! ゴメンな・・・」
 男は謝り、彼女を優しく抱き上げる。
「ここ、か・・・、あー。大丈夫、そう? あれ、でもここに違う傷が・・・」
 抱き上げた男は、彼女を上向けにし、体を触りまくる。
(ちょッ! やめっ!)
 抵抗するが、所詮は猫。そこから飛び降りでもしない限り、逃げるのは難しい。
「お前、野良か? 首輪、ついてないし・・・」
 彼女の両脇を持ち、掲げるように抱かれる。
 男の視線は彼女の首周りと、彼が見つけた傷。
「・・・お前、うち来るか? 傷の手当もしたいし」
「みゃ!?」
 急なその発言に、彼女は耳を疑った。
「うん。そうしよう。今は冬だし、寒いだろ?」
 彼女の返事も聞くことなく、彼は彼女を抱いたまま、帰路へとついてしまう。
 その判断に、ネコマタ自身は戸惑ってしまっている。
 彼の誘いはとても嬉しいが、急だった故に心の準備やもろもろができていない。
「・・・みゅぅ・・・」
 でも、上着越しの男の温もりは、とても心地よくて、何も考えられず、幸せな気分に浸りながら、どうにでもなれと身を委ねた。

 彼が歩んでいると、もう暗いというのに、塀の近くをホウキで掃いている男性に声をかける。
「ただいま、大家さん」
「お。おかえり、朱(あかい)くん」
 彼はボロのアパートに向かい、足を向ける。どうやらここがアカイと呼ばれた彼が住んでいる所のようだ。
「おや。どうしたんだい、その猫?」
「あ、いや。拾ってきちゃいました」
 さっきと同じように、両脇を掴んで抱き上げて、大家さんに向ける。
「飼って、いいですか?」
「え、飼うのかい? うーん・・・」
 大家さんは首を捻り、渋る。何かを警戒しているのだろうか。
「ダメ、ですか? こいつ、ほら可愛いし、傷もあって、こんな寒空には・・・」
「しかしねぇ・・・・・ちゃんと面倒を見れるのかい? 逃げられたりは? 夜中なんかに鳴かれたらたまらんのだが・・・」
「だ、大丈夫です! しっかりと仕付けますから」
 全く根拠はない。しかし彼の表情は、明るく、迷惑はかけません、と書かれていた。
「んー・・・・よし、わかった。ただ、この事は他の住人にも言っておくように。ペットは許可さえあれば、という事になってるからね」
「はい! ありがとうございます!」
 朱はしっかりと彼女を抱えて、思い切りお辞儀をする。
 しかしすぐに顔を上げると、「早速」とそのアパートに住む住人へ挨拶をしに行った。

 そのアパートは二階建てで、横に伸びて部屋が5部屋ずつ。合計、10部屋ある。築30年という古いアパートだが、中は良くて、意外と穴場。
そこには大家さんと彼を含めて6人が住んでいる。そして朱は202号室。二回の左から二番目の部屋に住んでいる。
 挨拶を終え、全住人から了解を得た朱はその202号室に入り、「ふぅ」と息をつく。
「・・さて。ゴメンな、遅くなっちまった。傷の手当をしないと」
 ずっと抱いていたネコマタを、取り出して畳んだタオルの上に優しく寝かせる。そして、人間用のだが、救急箱を棚の上から取り、彼女の側に置くと、今度はまたタオルを出す。それを熱湯に浸からせ、「あちち」と言いながらも固く絞る。
 そのタオルで体を丁寧に拭いてやり、傷も軽く叩くようにして拭く。
「熱くないか? 大丈夫か?」
 彼女を気遣いながら、全身を拭いていく。彼女はそれに応え、「うにゃ〜」と小さく鳴く。
 朱は「気持ちいいか」と嬉しそうに言い、うんうんと頷き、耳の先から尻尾の先まで拭き上げた。
次に、救急箱を開いて、霧吹きタイプの消毒液やガーゼを取り出す。彼女の体の傷が見えるように向きを変えると、ガーゼに消毒液を吹きかける。
「染みるけど、我慢してな」
 言い終えると、なるべく優しく、ガーゼを体に当てる。
「みゃッ・・・!」
 彼はネコマタが叫び声を上げると間髪を入れずに、彼女の口に自らの腕を入れ、噛ませる。
「悪い悪い。腕、噛んでていいから・・・声、我慢してくれ」
 その言葉は、彼女の傷ついた心には優しく、体が火照るような感覚を覚えた。
(・・・優しい、人・・・)
 それから、彼は彼女の傷をトントンとガーゼで撫で、消毒をし、その間彼女は痛みを堪え、極力彼の腕を噛まないように気をつけた。
「イテテテ・・・・ありがとな。噛むの、我慢してたんだろ? 痛かっただろうに」
 消毒を終えた後、新たなガーゼを傷に当てて包帯で固定する。
 彼自身の腕に負った噛み傷を見ると、意外に深くまで牙が通っていた。
「あらら。結構深くまで・・・」
「・・・・・・・・・」
 ネコマタも、彼と同じように腕を覗き込む。見ると、彼女は腕に手をかけ、噛んでしまった部分を撫でるように舐める。
「・・ありがとう。優しいなぁ」
 傷を舐めて血を拭ってくれる彼女の頭を親指の腹で撫でる。
 彼も彼女にしてあげたように、消毒液で湿らせたガーゼで傷を拭い、包帯を巻きつけた。そして、彼は立ち上がると台所の方へ向かい、冷蔵庫の中を探り出した。
「うーん・・餌になるようなものは・・・ないよなぁ。それなら・・・・お前、魚は好きか?」
「みゃうん!」
 小さな声を上げ、ネコマタは肯定する。そもそもネコマタは雑食なので、食物であれば何でも食べられるのだが。
「よし。じゃあ焼くとするか。んで俺は・・・まだ残ってる。野菜炒めにするか」
 冷蔵庫の中にキャベツやニンジンなどを発見し、野菜炒めを作ることにした。
 野菜をまな板の上に乗せ、リズミカルにそれらを切っていく。次にフライパンを熱し、バターを少し入れて溶かす。そこに切った野菜を投入し、さらに醤油やソースを少し入れ、塩コショウでトドメ。
 出来上がったそれを皿に移し、レンジでチンするタイプのご飯をそのトレーのままにして、さらに簡易味噌汁に湯を入れて、それらをテーブルへ移動させる。
 と魚が焼き上がっているかを見る。
「焼けてるな」
 箸でつまんで皿に入れ、ネコマタの前に出す。
「熱いから、気をつけて食べろよ」
 頭を撫でて、自分も席について食べ始める。
 それに釣られて、ネコマタも焼き魚に口を付ける。
「っ!!!」
 しかしそれが思ったよりも熱かったようで、すぐに口を離した。
「ん? あー。熱かったんだろ? 気をつけろって言ったのに・・・」
 朱は眉をハの字にして苦笑すると、箸で魚の身を解し、その一部を摘んでフーフーと息を吹きかけて冷ます。
「ほら、これでどうかな?」
 そのまま箸を彼女の口元へ。
 躊躇いながらも彼女は口を開き、食べる。
(・・・おいしい・・・)
 口をもぐもぐとして、飲み込むと、彼を見上げて見つめる。
(・・優しい人・・・)
 彼のその優しさに彼女は赤くなり、体が火照る。そして俯き、小さく鳴く。
「・・みゅぅ・・・」
「あれ? うまくなかったかな・・・」
 ネコマタが何か悲しそうな印象を与える鳴き方をしたので、彼はその魚が気に入られなったのかと捉えた。
しかし本当は、彼女は朱に惚れてしまった。顔を赤くして、本当は変化を解いて今すぐにでも彼を押し倒して既成事実的に犯したい所だろうが、それが出来ない。したくない。今そんな事をしたら、この関係が木っ端微塵に砕け散ってしまう、と思ったから。
 彼女は彼の慌てた姿を見て、一鳴きして、解された魚の身を食べ始める。おいしいです、と言う代わりに。
「ん。何だ、うまかったのか。よしよし」
 そのまま食べ続けるネコマタの頭を撫でると、自分も食べる。さっき彼女が口をつけた箸のままで。
(・・あたしが口つけた・・・)
 猫との間接キスについて何も考えていないので、彼は平然とそのまま食べ続ける。しかし病の感染だのっていうのは気にしなければいけないだろうに・・・。
 食べ終えると、彼は椅子から立ち上がり、その皿を洗い場に置く。
「お! 綺麗に食ったな。よしよし」
 彼が彼女を褒めようとし、手を頭に伸ばすが、
「っ!」
 彼女は床を蹴って、後ろに跳ぶ。
「・・・・嫌われた、かな?」
 皿を取って立ち上がる。彼は困ったようで悲しそうな表情で微笑む。
 洗い場に向かい、それらを洗っていく。
 その後ろ姿からも取れる。悲しそうだと。
(・・・・・しまった・・・)
 ネコマタは、自分がしてしまった事に後悔をしている。
 これでこの人との関係が崩れてしまったらどうしよう。この人と一緒にいられなくなったら。捨てられたら、どうしよう・・・。
 彼女は恐怖と不安でいっぱいになった。
 だから、彼女の精一杯の気持ちで、彼の足元へ行き、体を擦り付ける。ごめんなさい、嫌わないでと言うように。
「・・なんだ。驚いて逃げただけか? ごめんな、食事の直後に」
 洗い物中で彼の手は泡だらけだから彼女を撫でることはできない。それでもとても嬉しそうな笑顔を浮かべて、彼女を見る。それだけで、今は十分。

 片付け終えて、彼は一息つく。
「さてと・・・この腕じゃ、風呂はダメかなぁ・・・」
 自分の腕を見て呟く。
 包帯にはまだ血は滲んでいないが、それを見るだけで痛々しい。その格好で風呂に入れば、きっと湯が染みるだろう。ひどく痛くなるはずだ。
「・・ま、ビニールとかで何とかなるだろ」
 全く根拠はないが、彼は包帯を巻いている腕に、それの上から切り開いたビニール袋を巻きつけ、湯が入ってこないように、包帯から少し離した所でゴムとタコ糸を結ぶ。
 彼はその状態で風呂に入ったのだが、体を洗う段階までは乗り越えた。しかし、湯船に浸かって2分もしないうちに湯が染み、低くて小さい悲鳴を上げた。

 ✽ ✽ ✽

 あの人・・あたしがひどい事したのに、全然怒らなかった。
 擦り寄ったら、笑ってくれた。
 ・・・・優しい人・・・。
 好き・・好き・・・大好き・・・・。
 ずっとあの人といたい。
「・・みゃー・・・・」
 でも、あたしの本当の姿を見たら・・・。
 あの人は・・あたしから、離れてしまう、かも・・・。
 いや、だな・・・。

 ✽ ✽ ✽

「あー。痛かったァ」
 湯が染みた包帯を取り、腕を拭いて、新しいガーゼと包帯を付ける。
 腕を拭いている時に気づいたのだが、朱の腕の噛まれた傷は、すでに止血されていた。
 これはネコマタの力ではない。しかし、治りが異常なほど速いのも確か。彼が何かをしたのだろうか? でも、だとしたらいつ? 風呂も10分しないうちに上がった。その間に体を洗って、風呂に浸かって、何かしらの治癒。そんな事は不可能だろう。
「さて、寝るか」
 食事を取った部屋とは違う部屋に布団を敷き、掛け布団をかける。電気を消し、掛け布団をめくり、中に入ると、眠りの体勢になる。
「・・・・・・・・・」
 それを見ていたネコマタはその布団の上に乗り、丸くなる。
「ん? そんなとこでいいのか? 入れよ」
 彼女が上に乗ったことに気づいた彼は、掛け布団をめくり、そこを軽く叩く。
「・・・・・・・・・」
 しかし、彼女は寝てしまったのか、全く反応を見せない。
「・・いつでも入ってきな」
 布団を少しめくったままにして、彼も目を閉じて眠る。彼はそのまま寝息を立てて、寝てしまう。
 彼のその行動に、彼女は戸惑ってしまった。彼に触れたいが、触れてしまったら発情して変化を解いてしまう。そしてそのまま襲ってしまう。だから彼の親切に答えたいのに、答えられない。
 彼女は、彼が捲った掛け布団を脚で蹴って直し、その上に丸くなる。

 ✽ ✽ ✽

 あたしは、彼に何をしてあげたらいいのだろう。
 彼は、嬉しい事をたくさんしてくれた。
 名前は・・まだだけど・・・。
 優しい人・・・アカイ、さん・・・。
 これは、苗字という奴なのだろう。
 名前は何て言うんだろう。知りたいな。
でも・・・。
 猫が人語を話すのも、本当の姿になったら・・・何をされるか・・・。
 この人になら、何をされても・・・。
 でも、追い出されるのは、嫌だなぁ・・・。

 ✽ ✽ ✽

 その日から数ヶ月。
 一人と一匹は共に傷は完治し、包帯は取れた。
 彼らの生活は変わらず、寝る時も彼は布団の中、彼女は上で。
名の方も変わらず、ネコマタにまだ名はなく、朱の名もまだ知らない。しかしずっと一緒に過ごしてきた。
ただ変わったことといえば、彼女の想いが、どんどん膨れていき、仄かな想いが、確信したものとなった。

 ある日の朝。朱は、カーテンからの木漏れ日が目に掛かり、目覚めた。
「・・結局、来なかったのか」
 彼の傍らには、虚しくも空白で。ネコマタは最後までそこには来なかった事を指している。これはもういつもの事だ。
 その彼女は、掛け布団の上に丸くなって、寝息を立てて、まだ眠っている。
 丸い背に手を伸ばし、撫でようとしたが、手を止めた。
 あの時のように、避けられるかもしれない、と思ったから。
「うー・・寒いな・・・」
 いつもよりも寒いような気がして、彼女を起こさないようにそっと布団から出て、さらに起きないようにそっと布団の中に入れる。そこまでしてから、カーテンを開いて窓の外を見る。
「うはー。寒いわけだよこれ」
 雪が積もり、一面銀世界になっている。
 近所の子供たちはすでに起きていて、アパートの何も植えられていない殺伐とした庭らしき広場に積もった雪で、雪合戦や雪だるま作りなどをして、雪を堪能している。
 雪なんて久しぶりな彼も見ただけで少しはしゃぎたがり、ウズウズしている。
「・・まぁ、何にするにも・・・まずは朝飯だな。腹減った」
 昨晩と同じように、野菜炒めを作ることにした。

「みゃー・・・」
 彼が食べ始めてから約10後に、ネコマタは目を覚まし、お尻を突き出すように伸びをする。
「お。起きたか。今魚を・・いや、連続じゃ飽きるかな・・・」
 そう思い、自分用に作った朝食をネコマタにやる。
「野菜、食えるか?」
 それに肯定するように鳴くと、「そうか」と柔かに微笑む。そして彼も自分のご飯を食べる。

 食後。
「ひゃっほー!!!」
 子供張りに遊ぶ、というか子供そのものだ。彼はネコマタを連れて外に出て、雪遊びに勤しむ。そりゃもう、子供も引くくらい。
「あんな大人にはなりたくないな」
「あぁ。きっと最近辛いことばっかだったんだ」
 なんて事をこそこそ言われている。
 こそこそと話している姿を見て、流石に自重し、雪のカーペットに寝転がっていたのから立ち上がり、ゴホンと咳払いする。
「・・お前、寒いか?」
 服についた雪を払い落としがら彼はネコマタの近くへ寄る。彼女はフルフルと震えていて、とても寒そうに見えた。
 彼女の近くでしゃがみ、抱き上げようとするが、それを拒み後ろに下がる。
「ふぅ・・・・・・」
 鼻でため息をつき、彼女から距離を取るように歩き出す。
(え・・お、置いてかないで・・!)
 彼の行動に不安を抱いてしまい、その背中を追う。
「捕まえた!」
 しかし即座に振り向いてしゃがみ、彼女を抱き捕まえる。
「みゃ!?」
 そしてそのまま上着の中へ誘う。上着を閉めて、襟のところから頭を出させる。さらに上着の上から彼女を抱きかかえる。
「どうだ? あったかいか?」
 そう聞かれて、肯定の一鳴きも出来ない。それどころか、頭がボーッとして、体が火照って、頭が回らない。おまけに獣の姿だというのに、秘所が濡れてきたように感じる。
「ん?」
 彼の息が後頭部に当たって、その温もりや匂いが心地いい。
 しかし彼は突如に駆け出した。
 向かう先はアパート近くに流れる川。それは両方が崖のようになっていて、それは全体的に深く、120cmない人は頭頂部も見えないとか。
 そこに、いつの間にか人だかりが出来ていた。だから彼は駆け寄ったのだ。
「どうした?」
 その疑問を近くの人にぶつける。するとその人は首を少し振り返らせ、視線をこちらに向けて答えた。
「この川の真ん中で、子供が溺れてるんだ!」
「何!?」
 人だかりをかき分けて、前に行く。それが事実かどうかを確かめるために。
 それの一番前まで行くと、川の真ん中でバシャバシャと水が跳ねているのが見えた。確かに、人がいる。しかも泳げないのだろうか、腕を藻掻き動かし、体が沈まないようにしている。溺れているようだ。
 それを目に入れるとすぐに、彼は上着を脱ぎ、ネコマタをその上に乗せ、さらに服を彼女の上に脱ぎ捨てる。そのうえ靴も脱いで、靴下もついでに脱ぐ。現在彼は上半身全裸。そのまま手を合わせ、深呼吸を一つ。
「すぅー・・はぁー・・・」
「き、君・・何をするつ――――」
 彼の側にいる人が彼に言いかけている途中で、彼はそこからダイブした。
「ちょ!??」「みゃうん!!」
 彼のダイブを見た人々と、ネコマタはみんながハモり、彼の姿を追う。
 深い、と言っても先に記したように、深さは120cmほどなので、失敗してしまうと頭をぶつけて、気絶してしまう可能性がある。以前にもそんな事をしたバカがいた(朱がその犯人)。
しかし今度は成功したようだ。少しすると水面から顔を出し、クロールで溺れている人のもとへ寄る。
「大丈夫か? 掴まれ」
 溺れている人は、確かに子供だった。
水が口に入らないように、肩に子供の顎を乗せ、抱きしめる。そしてその男の子の後頭部を支えて、呼吸をさせ、崖のような岸まで泳ぐ。それは、万が一誰かが川に落ちた時のために、はしごが設置されていて、片手と両脚を使い、子供一人分の体重が加算された状態で上る。
 上りきると、疲れたと息をつく。
「寒っ!」
「当たり前だ!!」
 子供を抱えたまま、身震いをすると、その場の全員から総ツッコミを受けた。上半身裸の状態で靴も履かずに、冬の川を泳いだのだ。寒くない方が不思議だ。
 子供を下ろし、彼自身もその場に座ると、頭を撫でて尋ねる。
「お前、何で冷たい川で溺れてたんだ?」
「だ、だって・・・だって・・・・」
 ぐっしょりと濡れた上着から、子供は何かを取り出した。それは野球に使われる軟式のボール。
「ははーん。それをあんなかに落としたんだな? いや、投げて遊んでたら思った以上に飛んであそこまで行っちまったか?」
 彼は片眉を下げ、反対の眉を上げて、笑む。
 そちらがかわからないが、その疑問は正当だったようで、少年は涙を垂れ流しにしたまま、うんうんと頷く。
「だからって、危ないだろ? もしかしたら、死んでたんかもしれないんだぞ?」
「ご、ごめんなさい・・・っ!」
 少年は泣きじゃくりながら、謝る。手の甲で、ボールを握ったまま、ぐしぐしと溢れ出す涙を拭いて。
「・・・次からは、大人の人を呼んで、その人に取ってもらおうな」
「うん・・!」
 グシャグシャに頭を撫でて、立ち上がる。すると風が吹いて来て、
「ぶえっくしょん! ・・なんか寒いな」
「服着てねぇから当たり前だ!」
 また総ツッコミされた。
 その人たちを避けて通り、ネコマタは彼に顔を見せる。その口には彼の服と上着が銜えられていて。
「お。持ってきてくれたのか。ありが・・・」
 彼はそこで言葉を止めてしまう。
 彼女の表情が、いつものとは違うから。とても寂しそうで、悲しそうで、今にも泣き出しそうな。彼の目には、彼女が人のように見えた。
「ごめんな・・・」
 膝をついて、彼女の頭を優しく撫でる。その表情は、口元は柔かだが、目元は謝罪に徹している。
「俺らは帰るよ。寒くなってきたし」
「いや最初から寒いだろ!?」
「家で暖取って、休むわ。じゃあな」
「お兄ちゃん!」
 ネコマタを抱き寄せて立ち上がり、帰ろうとしたところ、さっきの溺れた少年が声をかけてきた。
「あ、ありがとう・・」
「・・あぁ。今度から気をつけろよ」
 首だけ振り向いた状態で言い、少年の言葉を背に受けて歩き出す。

 部屋に着くと、いつもならネコマタは彼の腕から脱出して彼を見上げるのだが、今日は腕の中でフルフルと震えている。
 きっと、彼も自分を捨てた、と思ってしまったのだろう。その不安と恐怖。そして、戻ってきてくれた喜びとが混ぜ合わさり、なんだかよくわからない。しかし、涙は溢れ出てきてしまう。
 彼女の背中を、優しく撫で、声をかける。
「大丈夫。俺は、どこにも行かないよ。ずっとお前のそばにいる」
 朱がネコマタの心情を読み取ったわけではない。しかし、自然とその言葉を紡ぎ出していた。
 その言葉に安堵し、彼女は腕の中からうるうるした瞳で彼を見上げて、何かを言いたそうにする。しかし言葉にはせず、というか出来ず、抱きついて小さく嗚咽を漏らす。
「・・そろそろ、名前、決めないとな・・・」
 抱きしめたまま、窓辺に座り込んで、窓の外を見る。
 明日になれば雪も溶けるだろう。しかしまだ冬は続き、まだまだ麗らかで和やかな春は少し先だ。というが、彼はまだ先の季節に咲く花の名を、彼女に与える。
「さくら・・はどうだろう?」
(さ、くら・・・・桜・・?)
 それは春の季節に、ほんの少しの期間だけ咲く、薄ピンク色の可愛らしい花。
 何故その名にしたかというと、彼が好きなのだ。理由なんてないが、好きなのだ。だから春が好きだ。
「みゃん」
 その名を肯定するように鳴く。
「気に入ったか?」
「・・・はい・・・」
「・・・・・・・・・あれ?」
 聞き慣れぬ声を耳にし、彼は疑問を頭に浮かべる。
「今、喋ったか?」
 ネコマタの両脇を抱えて、持ち上げる。自分の顔から10cmくらい近くまで顔を寄せる。相手の吐息を感じ、その温もりを感じる。一定に保たれたリズムで、互いに呼吸をしている。
「・・はい・・・」
 再び、不意に言葉を発し、彼はそれに心底驚く。
 彼女は喋った事を隠さず、それどころか本当の姿も明かしてしまう。
 服として、紫をベースとしたミニスカのような浴衣を来ていて、赤紫色の帯で縛っている。そこには団扇が挟まっていて、夏祭りの帰りみたいだ。首元には大きな金色の鈴がついてある。美しい黄色の眼に、縦長の瞳がとても可愛らしい。口の端からは八重歯が出ていて、それもまた可憐だ。髪は同じく亜麻色で、肘から先と、膝から先に、同色で獣毛が生えており、手も足もそのまま猫のようで、頭の上に乗っかっている耳も、そう見せる。さらに同色の二本の尾がお尻から生えている。それはまさに彼女がネコマタである事を象徴している。
あの格好のまま変化を解いたので、彼を押し倒したような形になった。
「あたしは、ネコマタ・・という魔物です・・・。・・猫に変化して、あなたの対応を、確認しました」
 鼻が触れ合いそうな程彼女は彼に接近し、唇を重ねようとする。
「さくら・・?」
「あなたとここ数ヶ月過ごして、あたしはもう、この気持ちを、抑えきれない、です・・・。ごめんなさい・・・あたしみたいな魔物と何て、嫌でしょうけど・・あとで追い出してもいいので、少しだけ、夢を見させて・・・」
 キスをしようとしたが、言葉により、遮れられた。
「何を言ってるんだ、お前は」
「・・そう、ですよね・・・あたしみたいな奴と、何て・・キスも嫌ですよね・・・」
 彼女には、彼が恐怖に顔を歪ませているように見えた。だから、その手を肩から退かせ、彼に背を向けようとする。部屋から出ていこうとしているようだ。
「待て!」
 彼は咄嗟に手を伸ばし、彼女の猫のような腕を掴む。その行動に驚き、振り返る。その顔のそばには、すでに彼の顔があり、鼻の先が触れ合う。
「でも・・あなたは・・あたしを怖がって・・・」
「んなわけ無いだろ! 今のは、ちょっと驚いただけだ!」
 彼は顔を真っ赤にしていた。
 彼女は、彼が恐怖していると勘違いしていたが、本当のところは、彼女の美麗さと可愛さに見蕩れていた。
「それに言っただろ? どこにも行かない、ずっとお前のそばにいる、って。追い出すなんて、しないさ」
 そっと、ネコマタ、いや、さくらを抱きしめた。壊れやすい陶器を抱きしめるように、そっと。
「だから、そばにいるよ。ずっとさ」
「・・・うれしい、です・・・」
 目に涙を浮かべて、震える声で言う。
 彼は一度彼女を少し話すと、互の顔が見えるようにして、そっと唇を重ねる。
「んんっ・・・」
 啄むように重ね、さらに相手の唇を割って口内に舌を侵入させる。
「・・・さくら・・・」
「はぁ・・はぁ・・あかいさん・・・」
「ははっ・・そういえば、名前知らないか。俺は、朱(あかい)雀斗(わかと)。雀斗って読んでくれ。さくら」
「・・わかと、さん・・・」
 どちらからともなく再び顔を近づかせ、キス。
「んっ・・ご、めんなさい・・・」
 彼女はキスの間にそう告げると、彼を押し倒して、馬乗りになる。
 この、彼女にとっては数年にも感じられた、数ヶ月もの間彼女は自らの性的欲望を我慢していたので、その欲求が火山が如く爆発し、そんな行動に駆り立てさせた。
「わかとさん・・あたし・・・我慢できないです・・・」
 彼のズボンのジッパーを下ろし、いつの間にやら大きくカチカチになっている陰茎を出し、握って擦る。
「ちょ、さくら・・!」
「欲しい・・これが、欲しいです・・・」
 彼女は彼の顔にお尻を向けて、陰茎に顔を向ける。それを握ったまま、口でしゃぶったり、アイスキャンディのように舐めあげたり、尿道を八重歯で突いたり。その全てが彼を快感へと誘う。
 俺も負けてられねぇ、と彼も彼女の裾から出る生脚に触り、その先にある秘所へ手を伸ばす。
「・・お前、下着とかは?」
「・・らにほれ」
 何それ、と彼女は言っているようだ。
 彼女の浴衣の下には、何も身につけられておらず、ノーパンだった。下着を知らない、ということはきっとブラもしていないのだろう。そう思うと、
「ほおひくなった・・・」
 陰茎がさらに大きくなった。
 彼女の動きが一瞬止まったが、微笑み、さらに激しく攻めた。
「んっ・・・」
 その激しさを彼は感じながら、反撃と言わんばかりに、彼女の秘所に指で触れる。
「あっ・・そんな、わかとさん・・・」
「もうこんなにびしょびしょだ。エッチなやつ」
 彼女の秘所は、彼を襲う前から、初めにキスしようとした時にはもうすでにびしょびしょで。それだけ彼の体を激しく求めていたのだ。
 ネコマタは、男性と触れているだけで、その人の体温を感じ、匂いを嗅いでしまうだけで欲情し、発情してしまう。彼は彼女がそれを避けようとしているのにも関わらず触れてくるので、先にもあるように、数ヶ月もの間、性的欲求を我慢していたので、元の姿で彼に触れた時点で秘所はびしょ濡れになってしまっていた。
「舐め取ってやるよ」
 その何で拭っても拭いきれない量の愛液を舌で舐める。愛液が垂れた内腿から秘所にかけて、ツーっと舐め上げる。
「あ、あぁ・・んん! そんな・・わか、とさん・・・・気持ちいい・・・」
 ある程度舐めると、秘所に集中して舐めるようになる。割れ目をなぞるように舐め、クリトリスを吸い、中に舌を入れる。その全ての行為に彼女は声を上げ、どんどん淫らになっていく。
 彼の陰茎を咥え、快感に悶えながらも、刺激を与え続ける。
 次第に、互いにさらに息が荒くなり、もう絶頂に達する。
「んん! んむぁ! もう、だめ・・イく・・イきますぅ・・!」
 口を離し、陰茎を手でシゴいて、彼女はそう言う。
「俺も、もう・・イく・・!」
 彼も同じく、指を秘所に入れ、弄る。
 そして互いに再び陰茎を咥え、秘所に口を当て、刺激を与える。
 少しすると、絶頂に達し、雀斗は彼女の口に射精し、さくらは彼の口に潮を吹いた。
 ほんの少しの小休憩を挟み、互いに肩で呼吸して、体位を変える。今度は彼女が寝そべり、彼が上に乗るような体勢に。
 彼女の浴衣を開(はだ)け、帯も解いてしまう。完全に生まれたままの状態だ。
「・・あたし・・胸、あんまり、大きくないから・・・」
 そう言って、両手で双乳を隠す。しかし、そっと退けて、「全然? 俺はこの方が好き」と言うと、赤ん坊のように彼女の胸を吸う。
「んっ!」
 それが気持ちよくて、彼女は声を上げそうになる。既の所で声を噛み殺し、「ん」にした。
「だ、め・・そんなに、吸っちゃ・・んんぁ!」
 片方はそのまま吸い続け、もう片方は手で揉む。揉みしだく。そして勃起した乳首を指でつまみ、もう一方はカリッと甘噛みをする。
「んぁぁ・・だ、めぇ・・噛んじゃ、いやぁ・・・!!」
 甘く、蕩けて、淫らな声を出す。
「・・んぇ? ダメ? 気持ちよくない?」
 一度口を離し、手は揉み続けたまま、彼女に声をかける。こうしていて「だめ」と連呼されていては、して欲しくないのでは、と思ってしまう。
 しかし彼女は首を振り、途切れ途切れに、吐く息に乗せて言う。
「ち、がいの・・・きもち、よくて・・・」
 気持ちが良くて、良すぎて、ついその言葉が出てしまう。それと同時に、気持ち良くておかしくなりそうで、それ以上やらないで、と。おかしくなっちゃう、と言っているのだろう。
「おかしくなっちゃうって? いいよ、なっても。でも、なるべく静かにね」
 さくらの耳元でそっと口ずさみ、カプっと耳を噛む。
「ひゃっ!」
 それに驚き、小さく声を出してしまう。
「可愛い」
 続いて耳にキスをして、今度は唇に。
 そのまま、揉んでいた手を止めて、長い長いキスを。その後、彼は彼女の秘所へと手を伸ばし、撫でる。
「んんっ!」
「んっ・・濡れてるね」
 一撫でしただけだが、彼の指には愛液がびっしょり。滴るほどに。
「言わないでぇ・・・」
「さくらの肌、スベスベで、気持ちいい」
 彼女の胸や腹、腿、秘所と上向きですぐに触れられる所を、サラっと撫でる。まるで極上の絹を撫でているようだ。
「んん・・わかと、さん・・くだ、さい・・・」
「何?」
「あたしに・・これを・・・」
「入れて欲しいの?」
 そう尋ねると、静かに頷く。
 陰茎に手を当て、秘所に照準を合わせる。最終確認のために再度聞く。だが当然ながら答えは同じ。彼も腹を括って、なるべく痛くないようにと思いゆっくりと、亀頭を挿入れる。
「あっ・・入って、きた・・・」
 少しずつ、少しずつ、彼女の膣内に押し込んでいく。奥に行くに連れて、彼女も声を上げ、淫らに鳴く。
 やがて何かに当たる感触が先に感じた。
「・・さくら、痛いかも、しれないけど・・・」
 彼女を気遣い、言う。その表情は、少し硬い。緊張しているようだ。
 それが嬉しかったのか、彼女は微笑み、頷く。私の事は気にしないで、とその目が言っている。
 彼女のその目にしっかりと頷くと、最後に「よし」と一言口にし、押し込む腰に力を入れる。
「んぁっ!」
 つい声が漏れてしまった。やはり痛みが体を駆け抜けたのだろう。
 処女膜が破れ、秘所から血が滲み出ている。
「大丈夫か?」
 その悲痛な声に、彼は動きを止め、彼女の顔を見る。
「だい、じょうぶ・・・・・いれてぇ・・・」
 掠れた声で、淫らに伝える。
 頷くと、彼女にキスをして、さらに押し込む。
「痛くなったら、言えよ? 一度止めるから・・・」
「大丈夫、です・・・」
 ゆっくりと少しずつ、推し進めていき、時折苦しそうに声を出しながらも、彼の陰茎が全部入った。
「全部、入ったぞ」
「あぁ・・感じ、ます・・・わかとさん、の・・お腹に、いっぱい・・・」
 少し待って欲しいと言うので、そのままの体勢で、生き地獄を味わう。
 やはり痛いのだろう。血だって滲んでいるのだ、痛くないわけがない。その痛みに馴染むために、こうして止めているのだろうか。
 彼はもう待ちきれないと言いたげに腰をねじる。
「あっ・・ダメ・・・」
 気のせいかと思うくらいの小さな声で呟き、身を捩(よじ)る。しかしそうするとさらに気持ちよくなる。だからまた身を捩る・・とイタチごっこ。
「・・動き・・たいの・・・?」
 囁くように聞く彼女に対し、言葉は出さず首肯する。
 すると「いいですよ・・・」とさっきよりもハッキリと、しかしそれでもか細い声で、彼に告げる。
 刹那にキスをすると、押し込んだものをゆっくり引き抜き、同じくらいの速度で押し戻す。
 定速度でそれを行い、だんだんと速さを増していく。
「あっ・・激しく、なって・・・ふぁぁ!」
 動きが速くなるに連れて、さくらの喘ぎ声が大きくなっていく。処女膜が破れた痛みを上回る快感が彼女を襲い、荒らげる声を抑えられなくなる。
「さくら・・声・・もう少し、小さく・・・」
「んぁ! ダメっ、です・・! 声が・・勝手に・・・はぁぁんっ!」
 彼女自身が自分で声を制するのは不可能になりつつあり、というかもう無理で、快感に溺れて自然に声も出てしまう。彼女も、声を抑えないといけないのは重々承知なのだが、やはりそれは無理難題だった。
 だから彼は、自らの唇で、その小さな唇を覆い、なるべく出さないようにする。
 しかし、その間、ヤっている間ずっとそのままというのも無理があり、やはり離れてしまう。すぐにキスをしても、すぐ離れての繰り返し。
 結局自分で何とかするしか、手はないのかもしれない。だが、彼は何かを閃いたようで、丸めた人差し指を彼女の口元に出して、加えるように促す。
 すると声は出ているものの制され、小さくなった。
「ん・・んむぁ・・・ぁむんん・・・ふあっぷ・・・」
 だが彼はそれを失敗に感じた。
 理由は単純。指に感じる舌の感触がとても気持ちよく、声がさらに艶かしくなっていて、ますます興奮してしまうから。いや、それはいいのだろうが、これ以上彼もその快感に溺れてしまうと、は止めが効かなくなりそうで少々不安を覚える。
 彼女の膣内で彼の陰茎はまた大きくなり、これ以上の我慢は出来なそうだ。
「さくら・・俺・・イキそう・・っ!」
 雀斗は自分がもう我慢の限界であることを宣告し、彼女にどうするかを尋ねる。
 一度口から彼の指を離し、艶かしく淫らな声を上げ、告げる。
「んぁあ! わか、とさ、んっ! ください! はぁあ! あたしの、膣内(なか)にっ! いっぱい!! ああぁあ! 射精してくださいぃぃ!!」
 陰茎が抜き出て外で射精(だ)さないように、腰を脚でガッチリとホールドし、再び彼の指を咥える。
 今までで一番の速さで腰を動かし、自分の腰を彼女の腰に打ち付ける。
「わかとさんっ・・ギュって、して・・・!」
 声をなるべく抑えながら、彼女は彼に願う。その要望に応え、彼女の体を優しく、しかし力強く抱きしめる。そのおかげで、彼女の胸の大きさや柔らかさがわかるほどだ。
 体を抱きしめることで、彼女の声を制していた指は咥える事ができなくなり、声はダダ漏れになってしまう。だから彼は指の代わりに自分の首筋を甘噛みさせる。しかしそれは甘噛みにはならず、ちゅーちゅーと吸い付き、舐める形となり、指同様に彼の興奮を煽る。
「さくら・・俺、もうイく!」
「あたしも! イく! イっちゃう!」
 さらに速度を上げ、クライマックスに入る。
 打ち付ける音がパンパンと鳴り響き、それと一緒にぐちゅぐちゅといやらしく艶かしい音が混じる。
「イく・・イクぞ!」
「キて、奥に! 子宮に・・注ぎ込んでぇぇ!!」
 ビュルッ・・ビュルルル・・・ビュッ・・・。
 大量の精液が、彼女の子宮へと注ぎ込まれる。その量を受け止めきれず、白くてベタベタとした液体が、二人が繋がっているところから漏れ出る。
「あ・・あぁぁ・・・あつい・・・せいえきが・・・・きもち、いい・・です・・・」
 恍惚とした、悦びに満ちた表情で言い、彼を抱きしめる。
「わかとさん・・・良かったです・・・」
「あぁ・・俺も、良かったよ。さくら」
 二人は抱きしめ合い、互いに頬を擦りつかせた。
「わかとさん・・・あたしの、ご主人様になって、くれますか?」
 一瞬それを聞いて戸惑ってしまった。結婚してくださいと、旦那様になってくださいと、そう言っているからだ。
 しかしそれも一瞬で、そのプロポーズに躊躇なく承諾。
「もちろん。ずっとそばにいるって、言ったじゃないか」
 本日三度目に聞くその言葉に、彼女は眼を潤ませ、満面の笑みで、最高の笑顔で、大好きな彼の体を抱きしめる。
「はいっ!」
 その後二人は翌朝の日が昇りきるまで、短い小休憩を挟みながら、交わり続けました。

 彼は職に就いた。今までも仕事をしていなかったわけではない。だが全てバイトで、簡単に言えばフリーターだ。しかし、これからはさくらの面倒も見る、という事で、仕事をする決心をした。
 彼の働き先は本屋。しかもそこの店長は彼の友人で、その計らいもあり、就職できた。
 仕事は入荷した本を並べたり、レジをしたり、万引き対策に見回りをしたり、と簡単そうな事ばかりだが、意外に給料はいい。なんでも、彼の友人である店長さんは寛大で、事情を――いろいろ簡易化して簡単に――説明をしたら「んじゃちょいと給料を上げて、仕事もなるべく短い時間にしてやんぜ」と、これまた粋な計らいをしてくれた。

「ただいま」
 この日も彼はその書店から仕事を終えて愛しい人が待つ家に帰宅する。
 本当は給料を上げてもらわなくてもいいのだ。なぜなら、バイトをやっていたとき、必要以上の買い物をしていなかったので、貯金は意外にたんまりとある。それでも上げてもらったのは、もしかしたら生まれるかもしれない子供のためを思って。まだ何も変わった様子はないが、いつ受精して妊娠するかわからない。だからその時のために余分以上に貯金しておく必要があると、彼は考えたのだ。
「お帰りなさぁい!」
 彼が玄関で靴を脱いでいると、愛しきさくらが飛びついてくる。それを優しく受け止めて、頬にキスをする。これは彼らの日課だ。

 二人は今、二階建ての一軒家に住んでいる。彼らが買ったわけではない。その家は、朱(あかい)雀斗(わかと)の両親のものだ。彼の家は両親共が働いており、突然ふたり揃って長期にわたる海外出張が決まったというので、アパートを出て、こちらに戻り越してきた。
ちなみに、彼の親は二人共エリートで、金は結構稼いでいる。ただ散財が激しくて金の使い道を知らない。だから金が貯まらない。彼が節約していた理由だ。
 アパートとその家は意外に近く、むしろ職場に近くなったので、彼としてはラッキーな事だ。
 それに、いくら彼女と交わっても、声が隣の部屋に漏れることはなくなったので、存分に淫らになれる。といっても、二人はすでに向こうでのやり方に慣れてしまったので、今でも声をなるべく制して交わっている。

「わかとさん。ご飯、できてるよ」
「うん。ありがとう」
 玄関を上がるとリビングへと向かい、向かい合わせ・・ではなく隣同士に座る。さくらがそばにいたい、と願ったからだ。
「ごろにゃん」
 彼女は彼の肩に頭を乗せ、構ってほしそうに声を出す。すると彼は頭を撫でてキスしてくれるのだ。これも日課と言えよう。
 それから、やっと二人は夕飯にありつき、食す。
 すると不意に、彼女が口を開いた。
「わかとさん」
「何だ、さくら?」
「あたし、幸せ。大好きな人のそばにいれて」
 突然何を言うのか、と思ったが口にはせず、ふわりと頭を撫でる。

「俺もだよ。さくら」

fin
13/02/04 01:35更新 / 理樹

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33