連載小説
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砂の伍
「ぁああああぁぁぁあああぅぁあああぁあああん!
 ぇぇあああああぇえええああぅぁあああんぁぉぉおああああっ!」
「やかましいよ! 涙は女の武器ってか! 調子乗ってんじゃないよ!」
「泣き落としなんて古臭え下策が令和で通用すると思ってんじゃねーぞ殺人犯が!」

 夜の鳥取砂丘。サンドウォームのエリモスは尚も泣きじゃくる。
 そして相対するハンタロウとカゲトラは、相変わらず彼女をこれでもかと罵倒する。
 会社員の荒れようは語るまでもなく凄まじいものであり、特にカゲトラは別人かというほどに怒り狂っていた。
 ともすれば読者諸兄姉らは
『幾らケンスケが大切で人命がかかっているにしても荒れすぎでは?』
『ストレスで精神を病んでいたにしても不自然』
『怒りの矛先をエリモスに向けるのは間違いだ』
『そもそもサンドウォームについて調べていながら何故あんなことが言えるのか』
……と、このような感想を抱かれるであろうし、それは至って正常なことである。

 然し、だからと言ってここでハンタロウとカゲトラを頭ごなしに嫌悪・糾弾するのは待って頂きたい。
 なぜなら彼らもまたれっきとした被害者の一人だからである。
 そもそも彼らの名誉のために言っておくが、斑田ハンタロウ、魚住カゲトラ両名ともに、銀辺ケンスケほどではないにせよ、本来は忍耐強く確かな優しさと思いやりのある温厚な人物である。
 それは上司である藻仁田ニイヒトからの無理な命令を逆らわずこなしたり、はたまたケンスケの捜索に全力を尽くす様子から察して頂けるかと思う。
 魔物への知識はあまりなかったが、だからと言って魔物を嫌悪し排斥しようという考えは微塵もなく、ハンタロウは『可愛い子が多い』、カゲトラは『一緒に過ごせたら楽しそう』という、聊か不純・幼稚な理由からではあるが人類と魔物の共存社会に概ね肯定的である。
 少なくとも、幾ら心身ともに疲弊し、ストレスに精神を病んでいたとして、確証もなく憶測だけで初対面の魔物をいきなり殺人犯と決めつけ怒鳴り散らすようなことをするような人物では、本来ないのである。

 では何故現状彼らは、エリモスを泣かせるまでに荒れてしまったのか。その原因は二人がエリモスと接触する直前の行動にあった。
 古本屋で購入した魔物図鑑の不備に気付いたカゲトラは、改めて正確な知識を得ようとスマートフォンを動かした。検索エンジンに『魔物図鑑』と入力した彼は、そこからあるウェブサイトに辿り着く。さる団体が運営するそのサイトで幾らか調べた結果眼前の魔物がサンドウォームであることを理解し、ハンタロウにもそのページを見せた。
 それそのものは、本来なんの問題もない筈だった。

 然し、今回ばかりは話が違った。
 実はこの時、カゲトラが閲覧したサイトは図らずもある新種のウイルスを含有しており、彼のスマートフォンはサイト経由でウイルスに感染してしまっていたのである。

 通常、コンピュータウイルスは電子機器に感染し、不具合やデータ破壊といった症状を引き起こす。
 このウイルスも電子機器に感染するのだが、然し感染対象には害をなさず、その画面を見た人間の脳に作用し精神を狂わせる作用を持っていた。
『魔物に効果がないならまだマシ』などと思ってはいけない。
 このウイルスにより狂気に陥った人間は、魔物や魔物に関わりが深い存在をひたすら憎悪し、攻撃し始めるのである。


「ひぐっ、ぅぅ、ぇぁぁぁぁあああああぁぁぁっ!」
「うぐらぁっ! しゃっだらぁーっ!」
「シャゴラッツァエイ! ゥァラガアアアッ! ッツァオアッ!?」


 よって、ハンタロウとカゲトラのエリモスに対する罵詈雑言や奇声の数々は、例外なくこの未知なるウイルスプログラムによって強制的に言わされている不本意な嘘に過ぎなかったのである。
 またこれは不幸中の幸いか、このウイルスはまだ開発されて間もない未完成品だった。未完成品であるということは、効力もそこまで強くはないということであり、つまるところ……

「ぁぅぁあぁぁああああああっ! ぅぁんぁあぁああああああっ!」
「てめぇっ……いい加減、泣き止めよっ! 泣き止めって、言ってんだろっ!? そんな、そんな悲しそうに大泣きされたら……こ、こっちまでっ、泣きたくっ……ぅっく、へぁ、ぁっ……っぅぁあああぁぁぁあああぁぁっっ!」
「おい、止せよ魚住くん……この流れ、はっ……っぐぃっひぇっへえええっ……ぶびぇぇぇええええええええっ!

 こうなる。


 不完全なソフトウェアであるために、効力が弱い。
 つまり画面を見た人間への影響、精神を狂わせ魔物への憎悪を植え付ける力も弱く、狂気はさほど持続しない。まして元々魔物に対して好意的で、心根の優しいハンタロウとカゲトラともなれば、ケンスケへの想いの強さ、疲労やストレスの影響で多少激化し長引きこそすれ、それでも存外早い段階で素の二人に戻ってしまう。
 その結果が上記の盛大なもらい泣きであった。

「ぁぁぁあああああぁぁあああああんっ!」
「ぐぇっふえええええぇぇぇええええっ!」
「びゃええええええっ! ぐへえええぅっ!」

 三者三様の鳴き声が、夜の砂丘に響き渡る。その光景は……なんと言い表せばよいのだろうか……




「……」
 エリモスの外殻内部。それまでぐっすり安眠していたケンスケはごく自然な流れで目を覚まし、そしてあることに気づく。
「……外が騒がしいな。しかも聞きなれた声のような……一体何があったんだ?」
 何か妙なことになっているかもしれない。そう思った彼は、試しに外へ出てみることにした。そして……




(これは一体どういうことだ……)

 外殻の口部分から、ちょうど既に上半身を出していたエリモスに寄り添う形で外に出たケンスケは、外で繰り広げられる光景に己の目を疑い、ただ混乱するばかりであった。

(……エリモスが泣いている……序でに斑田と魚住も……いやそもそもなんで斑田と魚住がここにいるんだ? ……ともかくまずはエリモスを泣き止ませないと)
 泣いている女性を慰め、泣き止ませる。
 それは女性を扱うも女性に扱われるも不慣れなケンスケにしてみれば、普段なら無理だと諦めて他人に押し付けていてもおかしくない難行であった。
 然し相手は命の恩人である。理由や経緯がどうあれ、命の恩人が苦しんでいるなら助けねばならない。
 意を決したケンスケは、泣きじゃくるエリモスに優しく語りかけ、どうにか泣き止ませることに成功する。更に続けて、何故か砂丘に来ていたハンタロウとカゲトラの元に歩み寄り、泣き止ませつつ互いの事情を説明し合う。
 そして……


「なるほど。大体の事情はわかった。ともかく心配させてしまってすまなかったな二人とも。助けに来てくれてありがとう。上司にも職場にも恵まれなかった俺だが、どうやら同僚と後輩には恵まれたようだ」
「いいんだよぉ。そもそも僕らがあの時熱中症で倒れた君をすぐに助けていればこうはならなかったんだし」
「そうですよ。自分たちがしっかりしていなかったのが悪いんですから。それとエリモスさん、ケンパイを助けて下さって本当に有り難うございます」
「いえ、そんな……当然のことをしたまでですので……それに、私自身もケンスケさんに色々とお世話になったというか……」
「だとしても君が助けてくれてなきゃ銀辺は今ここに居ないじゃないか。それと……酷いこと言っちゃってごめんねエリモスちゃん……本当に僕らはなんてことを……思い出すだけでも自分が許せないよ……」
「本当にすみません……信じて頂けないかもしれませんが、あの時の自分たちは、ある意味で自分たちではなかったというか……誰かに無理矢理言わされてるような状態で……でもやっぱり自分たちの口から出た言葉であることに変わりはなくて……ううっ……」
「ああ、マダラタさんにウオズミさん、どうかお気になさらず……過ぎ去ったことですし、苛烈な言動はお二人のケンスケさんに対する想いの強さ故……何より私も、ケンスケさんを保護したと言えば聞こえはいいですが、見方を変えれば行倒れの男性を飢えた魔物が誘拐し監禁していたとして刑事告訴されても文句は言えませんし」
「……とまあ、当人は咎める気がないというんだからいいんじゃないか? それとエリモス、君もそう自分を卑下してはいけない。
 俺は君に助けられ、世話をして貰いこそすれ、誘拐・監禁されてなどいないし、何か悪さをされたわけでもない
 他の誰が何と言おうと俺はそう認識してる。君が斑田と魚住を許したように、俺も君を許す。それでいいんじゃないか?
 ともかく、それぞれ過ぎ去ったことは水に流そう……いや、砂丘だから砂に流すべきか? ともかく今は、過去よりも未来を見据えて行動を起こしたほうがいいと俺は考える」
「そうだね……こうして折角銀辺と再会できたんだし、過去ばっかり引きずってもいられない、か……」
「でも……未来を見据えて行動を起こすって、言うのは簡単ですけど具体的には何をすればいいんでしょうね?」
(……未来、かあ……私と、ケンスケさんの未来……)
「そうだな、確かにそう言われると答えに迷うが……んー……」
 少し考え込んだケンスケは、躊躇いがちに口を開く。
「魚住、お前のその疑問……答えがあると言ったら、聞きたいか?」
「え? そりゃ聞きたいですよっ。教えて下さいっ」
「よし……なら最初に一つ問わせてくれ……斑田」
「何?」
「魚住」
「はい」
「お前ら、この後どうするつもりだ?」
「え? そりゃあ、君を連れて帰るけど……」
「と言って、エリモスさんの意見も尊重しなきゃいけませんけど」
「あ、わ、私はその、ケンスケさんが望むのならばどんな決断であってもっ」
「そうか。……仮に俺を連れて帰ったとして、そのあとはどうする? またナニガシ企画に戻るか?」
「……そりゃ、そうするしかないでしょうね。と言って、あの会社にまだ自分たちの籍があるかわかりませんけど。無断欠勤してますし」
「ああ、それなら心配ないよ魚住くん。君は気付いてるかどうかわからないけど、スマホに藻仁田のアホから電話が死ぬほどかかって来てたから。多分戻ってこいって事なんじゃないかなー」
「あ、そんなの来てたんですね。自分、会社抜け出す時にあいつの番号着拒にしてたんで知りませんでしたよ
賢明な判断だね。僕もとっくに着拒にしてるけどさ」
「そう考えると、エリモスの消化液で俺のスマホが溶けたのは幸運だったかもな」
(……モニタ・ニイヒト、ケンスケさんの話に出てきたお三方の上司だとかいう……あまりいい人とは聞いていませんでしたが、それにしても嫌われ過ぎでは……?
「それで、会社に戻る云々が何だって?」
「ああ、なんというか……もう勿体ぶらずに言ってしまおうか。なあ、二人とも……」

 いつになく真剣な面持ちで、銀辺は言葉を紡ぐ。


「会社、潰さないか?」
20/02/15 19:47更新 / 蠱毒成長中
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■作者メッセージ
〜今回わかったこと〜
・ハンタロウとカゲトラが荒れていたのは当時まだ開発されたばかりのコンピュータウイルスのせい。
・コンピュータウイルスは実質的に機械から人間へと感染する。
・多分SNSが発達してる現代で本格的に拡散したらやばいことになる。
・仲直りしたハンタロウ、カゲトラとエリモス。
・お互いの事情を知る四人。
・ケンスケのナニガシ企画を潰す計画とは一体何なのか。

そして次回明らかになること……
それはまだ、草生した砂の中……
それが……スナキズナ!

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