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第4話「北へ」
午後の日差しが差し込むイージス低の書斎で、アルフレッド=イージスは一枚の書簡に目を通していた。

その書簡は、コレールが山賊達の根城で地下牢の鍵を見つけた際に、鍵と一緒に出てきたものだった。

「余所者である君たちには初耳の話かもしれないが」

アルフレッドは、書簡を机の上に放り投げながら溜め息をついた。

「三年前のウィルザード全体会議ーー所謂『ザムール』において、ウィルザード国内での人身売買は禁止されたことになっている。神聖ステンド国での反乱の影響を受けての王の判断だった」

コレールとクリスの二人は、椅子に座ったままアルフレッドの話を黙って聞いていた。

「だが、人というのは君たち魔物娘とは違って、他人の不幸を金に変えたいという欲望からは、簡単には逃れられない生き物だ。この書簡は、その様な類いの輩が、サンタリムで活動していることを示している」

アルフレッドは引き出しから一枚の地図を取り出すと、机の上に広げ、二人によく見えるように、近くに寄るよう指示をした。

「私たちが今いるルフォンはここ……そこから小さな砂漠を挟んで北の方にあるのがサンタリムだ。都市の位置こそ辺境ではあるが、ウィルザードの各地から資源や情報が流れ込む領地で、『砂漠の水晶』とも呼ばれている。ルフォンも厳密にいうと、サンタリムの統治下に属する街だ」

丁寧に切り添えられた口髭を撫でながら話すアルフレッド。

「私は所詮、ルフォンという一つの港町を見守る豪商の一人に過ぎん。守らなければならない家族と部下もいる。だが、もしもサンタリムを奴隷商人の魔の手から救ってくれるというならーー」

「取引成立ですね」

コレールは椅子から立ち上がると、アルフレッドに鱗に覆われた、逞しい右手を差し出した。

「ただ、砂漠を越えるとなると、馬の力では不可能だ。もっと便利な移動手段を確保できれば……」

「何とかしよう。旅の資金も工面しなければな」

「ありがとうございます」

「ちょっと待ってくださイ! 魂の宝玉を集める任務はどうすモガガッ」

話の展開に待ったを掛けようとしたベントをクリスが肉球で押さえ込む。

「(魔王軍としての任務のことはベラベラ喋るなって言ったでしょ! それに苦しんでいる人がいる事実を見て見ぬふりするなんて、出来るわけ無いじゃない!)」

「あぁ……それと貴方の所のお嬢さんについての話なんだが……」

「エミリアの希望については、既に本人の口から聞いてるよ」

アルフレッドはゆっくりと腰を上げると、太陽の光が差し込む窓の側に立って、ルフォンの街並みを一望した。

「エミリアの母親……つまり私の妻は、私に見初められる前は、小規模のキャラバンを組んで、ウィルザードの砂漠と荒野を旅していたそうだ。きっと旅の記憶が、血の繋がりによって、エミリアにも受け継がれているのだろうな」

コレールはアルフレッドに続けさせた。

「エミリアは常日頃から、自分もウィルザードを旅してみたい、外の世界を見てみたいと私に訴えてきた。だが、親心として、あらゆる危険の渦巻く外界に、箱入り娘を放り出したくはなかったんだ。だが子供はいつか、親の元を離れて独り立ちするものだ」

アルフレッドはコレールとクリスの二人に寂しそうな笑顔を向けた。

「君たちは信用できると判断させてもらっても、構わないね?」

コレールは、静かに笑いかけた。

「ついさっき、証明したばかりだ」


書斎の扉の方からガタガタっと大きな音が響き、驚いた三人は一斉に入り口の方を振り向いた。

「お……お父様 ! それなら許してくれるんですね! コレールさん達についていっても良いんですね!」

エミリアがドアを突き破らんばかりの勢いで、書斎に転がり込んできた。聞き耳をたててましたと、白状しているようなものだ。

「わ、わたし! わたし! 毎晩寝る前はお母様から、キャラバンの一員としてウィルザードのいろんな場所を巡った時の話を聞かされて育ったんです! それで、自分もいつか、ウィルザード中を見て回りたいとずっと思ってて! 思ってて!」

「分かったよ! 分かったから少し落ち着きなさいって!」

コレールは嬉しさの余りその場でピョコピョコ跳ね上がるエミリアをどうにか宥めすかそうとした。エミリアがジャンプする度に、彼女の巨大な乳房がバルンバルンと踊るので、クリスの眼からみるみると生気が失われていくのだ。

「わたし! お母様から色んなこと教わっています! 薬草の調合とか! 荒野でも美味しい料理が作れるレシピとか! 絶対にお役に立てると思うんです! よろしくお願いします!」


アルフレッドは鼻息を荒くして捲し立てるエミリアに近寄ると、そのまま両腕で彼女の体をしっかりと抱き締めた。

「エミリア……」

「……お父様……」

エミリアは自信の体に伝わってくる父親の温もりから、彼の言いたいことの全てを察して、瞳を潤ませた。


「心配しないでください、お父様。エミリアは必ず元気な姿で帰ってきます。お母様みたいに、一杯土産話を持ち帰ってきますから。安心してください……」

「分かってるさ。エミリア。辛くなったら何時でもルフォンに帰ってきなさい。お前の居場所は何時でもここにあるんだ。私はどんなに離れていても、お前のことを見守っているからな」

「はい、お父様……」

「お母様にも、ちゃんと挨拶を済ませておくんだぞ」

コレールとクリスはお互いに目配せすると、何も言わずに書斎から立ち去った。親子水入らずの時間を邪魔するまいという、彼女達なりの気配りだった。



ーーーーーーーーーーーーーー

エミリアが家族との時間を過ごしている間、コレールとクリスはサンタリムへの旅に必要な物資を街で調達することにした。

「食料品とキャンプ用品に着替えと地図……買い揃えなくちゃいけない物は、たくさんあるわね」

クリスは鼻をピクピクさせながら手帳とにらめっこしている。

「時間はたっぷりあるんだ。じっくり見て回ることにしよう」

コレールを頭をポリポリ掻きながら言った。



~食料品店~

「コレール、足の速い食材は駄目だからね! それと、量のバランスもちゃんと考えて買うのよ!」

「分かってるよ。えぇと……干し肉に堅パン……ジャガイモとニンジン……干しタケリダケも買っとこう。ホルタウロスミルクは……クリスの氷を入れときゃ持つよな」


~サバイバル用品店~

「水用の樽はなるべく大容量の物じゃないとね。砂漠のど真ん中で水を切らしたりなんてことが無いようにしないと……」

「なぁ、クリス! このベッドロール凄く気持ちいいぞ! ワーシープのウール100%だって……だって……zzz」

「んもう、ほら起きて!」




~服飾店~

「よし、エミリアにはこのメイド服を着てもらおう」

「いや、駄目に決まってるでしょ! 胸元ががら空きじゃない! 旅用の装備なのよ!?」

「でもこいつはアラクネの蜘蛛糸で作られた一級品だ! 下手な皮鎧よりもずっと頑丈で扱いやすいし、魔術加工によって伸縮性にも富んでいるから、寸法を取る必要もないって書いてある! 」


「うぅん……確かにそうだけど……」


「定員さん、この服を買いたいんだが……待った、このサングラスも買っとこうかな」




~書店~

「この地図は分かりやすくて良さそうね……」

「おっ、魔物娘図鑑の新版が出てるな……『ワーウルフの発情な冒険』の最新刊も買っとかないと……」

「コレール! 嵩張るんだから、余計な本は買わないの!」

「……はい……」


ーーーーーーーーーーーーーー

「思っていたより装備が簡単に揃えられて良かったわね」

「あぁ。これなら明日にでも出発出来そうだ」

クリスとコレールが話していると、頭の上の方から聞き覚えのある声が届いて来た。

「コレール、クリス! こっちよ!」

二人が声のした方向に目を向けると、コレールより頭一つ分は大きい魔界豚に乗ったエルフの少女が、ニッコリと笑って手を振っていることに気がついた。

「おお、ペリコか! これから街を出るのか?」

「そういうこと! シオンさんから話は聞いたわよ。大活躍だったみたいじゃない! 私も一緒に暴れたかった!」

ペリコは器用な指の動きでクロスボウを高速回転させると片目を瞑り、「スパーン♥」と言ってクロスボウを構え、決めポーズを取った。

「あんたの手を煩わせる程の相手でも無かったよ」

「ふふ、コレールって本当に面白い人ね。私達、旅商人として、ウィルザード中を回って商売してるんだけど、今度会った時のために、何か面白い物を仕入れとくわ」


コレールは流暢に喋るペリコの後ろで、金髪のエルフの少年が何か言いたそうにモジモジと体を揺すっていることに気が付いた。

「パルムーーだったけか? 私に何か言いたいことでもあるのか?」

コレールがなるべく優しく聞こえるように語りかけると、パルムの顔が、口元を覆うスカーフと同じくらい赤くなる。エルフの少年は暫くの間小さな声でぼそぼそと何事か呟いていたが、やがて意を決したかの様に素早い動きで右手をポケットに突っ込むと、コレールに向かって何かを差し出した。

「これは……」

パルムの手の中にあったのは、銀色に輝く砂漠の三日月をモチーフにした、純銀製の小さなブローチだった。

「私にくれるのか?」

パルムはブンブンと首を縦に振った。

「あっ、そう、か……ありがとう。大切にするよ」

「ちょっとぉ~~~女の子にプレゼントとか、随分マセた真似してくれてるじゃない」

ペリコが人差し指を彼の頬っぺたにぐりぐりと押し付けると、パルムは真っ赤な顔で俯いてしまった。



「しかし……随分とまた、社交的なエルフでしたネ。私の生きていた時代の連中とは大違いでしたヨ」

立ち話を一通り終えた後、ルフォンを出ていく兄妹の背中を見ながら、ベントがポツリと呟いた。

「多分、人間に育てられたんだと思うわ。最近じゃあ、たまにそういうエルフも居たりするのよ。ねっ、コレール……コレール?」

クリスは先程まで隣にいたコレールの姿がいつの間にか消えていることに気が付いた。

「コレール? どこに行ったのコレール?」

「あっ、あそこにいますヨ。ほら、向こうの家の横二」

クリスがふと目を向けると、そこには顔を赤らめてニヤニヤ笑いを浮かべながら、他人の家の壁をガンガン殴っているコレールの姿があった。

「やべーよ、マジかオイオイオイ。男からこんな綺麗な物を貰ったのなんて初めてだよオイ……」

「じ、地震か? 家が揺れている!」

「コレール……」

クリスは嬉しさの余り周りが見えなくなっているコレールを呆れた様子で見つめていた。



ーーーーーーーーーーーーーー

「私のエミィ。どうか無事に帰ってくるんだよ」

「はい、お母様……」

翌日。エミリアはアルフレッドが調達してきた、荷物を載せても残りのスペースに人が5、6人は乗れそうなサイズの荷台を繋げた魔界豚の前で、母親と別れの挨拶を交わしていた。

「あの、お父様は……」

「あの人はね、別れの挨拶は昨日したし、エミリアに後ろ髪を引かれる様な思いはさせたくないから、見送りはしないって言うんだ。でもね、きっとそれは言い訳で、多分エミリアに自分の泣き顔を見られたくなかったんだと思うよ」

エミリアは、母親が顔では笑っていても、目尻から今にも涙が溢れそうになっていることに気づいて、自分まで泣き出しそうになってしまった。

「ぎゃあ! こいつ、私の手を本気で咬みやがった!」

エミリア達が別れの挨拶をしている間に荷物を積んでいたコレールは、アルフレッドが調達してくれた魔界豚を撫でてやろうとしたが、どうやら彼の機嫌を損ねてしまったようだった。

「あぁ、その子はね、魔界豚の中でも、ちょっと変わった子みたいなんだ。商人が言うには、その子は『自分が肉体労働をしているのは、あくまでも人や魔物との間で行うビジネスとしてであって、ペットや家畜の様に扱われる筋合いは無い』って考えてるんだってさ」

母親の話を聞いたエミリアは、遠慮がちに魔界豚の方に近づき、恐る恐る指先で触れてみた。

魔界豚は、コレールの時とは打って変わった態度で、満足気に唸り声を上げた。

「おい、どういうことだこの豚野郎! 説明しろってんだ!」

荷台の上にいたクリスは、動物相手に声を荒げるコレールを咎めようとしたが、それより先にベントが口を挟んできた。

「あー待ってくださイ。これくらいの知能を持つ動物なら私の魔力で意志疎通が……あ、成る程。『自分は自由な魔界豚だ。私には汗臭い田舎者のリザードマンではなく、気品あるホブゴブリンの方に媚を売る権利がある』……だそうですヨ」

「ちぇっ、納得いかねーぞちきしょう!」

コレールは頬を膨らませてエミリアの小さな体を抱き上げると、子供とじゃれあう父親の様に、彼女を左右にブンブンと振り回した。

「プレゼントした服は気に入ってくれたか? それとも、気品あるお嬢さんにはドレスの方が良かったかな?」

「とんでもないです! 旅用の装備にドレスなんて着てったら、ボロボロになっちゃいます! このメイド服は可愛いし、丈夫だし、特に胸元が空いているのが、蒸れなくて素敵です!」

「あぁ! やっぱりそこだよな! ウィルザードは暑いから私も汗で谷間がすぐに痒くなってーー」

「さぁ、もう出発するわよ、デカパイ共!」

クリスが我慢ならないといった様子で二人に叫んだ。

ーーーーーーーーーーー


繋いだ荷台に旅の物資と魔物娘を載せて、魔界豚はルフォンの街を後に、北へと向かう。手綱を握るのはコレールだ。エミリアは、母親の姿が見えなくなるまで、涙を堪えながら大きく手を振っていた。







「なぁ、クリス?」

「なに、コレール?」

「私ってそんなに……汗臭いかな?」

「……気にするほどのものでもないと思うわ」







かくして、一人目の旅の仲間である、ホブゴブリンのエミリアとの出会いは、平穏と優しさに満ち溢れたものとなった。

だが、人生における全ての出会いが、必ずしも温かみのある物だとは限らない。血と罵倒にまみれた出会いというのも、確かに存在するのである。

後日、彼女達はこの事実を嫌と言うほど思い知ることになるのだった。


ーー続く。
15/09/09 00:40更新 / SHARP
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■作者メッセージ
実はこれでも胸囲の格差社会ネタは、カットしている方だったり。貧乳いじめも程々にしなければ……。

次回のエピソードは、何て言うか、結構えげつない話になってしまう予定なので、閲覧には十分気をつけて欲しいと思います。最悪、男性キャラが一人加わるという所さえ押さえとけば、読み飛ばしてもらっても大丈夫かもしれません。

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