連載小説
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「ニーズヘッグだって!?」

妙齢の男が宿屋の一室でそう声をあげた。

彼の名はジャン、俺がよく利用する情報屋だ。

「騒がしいぞ…あまり大きな声を上げるな」

「それが声を上げずにいられますかい!ニーズヘッグっていったら太古の昔、あの“ラグナロク”を生き延びた唯一の蛇龍じゃないですか!まさかこんな辺境の地に住み着いていたなんて…」

「ラグナロク?なんだそれは…」


聞いたことも無い単語に俺は率直に質問する。


「旦那ぁ…この世界の住人なら世界の終焉の話くらい知っておいて下さいよ」

「ジパングにそんな伝統は無いのでな…」


ジャンは俺の返答に呆れつつも、仕方が無さそうに肩を下ろした。


「まあ、ジパングは終焉が過ぎてから、できて二千年ほどしか経っていない国ですからね…。終焉の資料や風習なんかあるわけないのはわかりますが…」

「で、“ラグナロク”とは?」

「ラグナロクってのは、かってこの世界に介入していた神々や悪魔達が起こした戦争の事ですよ。
アズガルドという世界で彼等は永遠の象徴であり、力の源だった“世界樹”を巡り、争い、最終的には共倒れという形で世界樹もろとも滅亡しました。
そこから、逃げ延びた僅かな神々や悪魔達は下層世界であるミッドガルド…。
つまり俺達がいるこの世界に移りこんだというわけですわ…」


ジャンは説明を終えると、一息ついてグラスの酒を少しばかり口に含んだ。


「なるほど、ニーズヘッグはその時の生き残りと…」

「ええ、ニーズヘッグは世界樹の下に住み着き、その根をかじって力を蓄えていた龍神…。
現在、この世界に存在する“ドラゴンの祖”といわれてるんですわ」

「ドラゴンの祖…か」

「ええ…最強最古のドラゴンです」

「そのニーズヘッグを殺す手段を探している…」

俺がそう答えると、ジャンは酒を一気に飲み干して口を開く。


「旦那ぁ…。今の俺の話を聞いてましたか?
ただでさえドラゴンは人から災害と呼ばれるほど危険な存在なんですよ?
そのドラゴンの神と呼ばれるニーズヘッグから生きて帰ってこれただけでも奇跡だってのに、殺すなんて事が人間ごときに出来ると思いますか?」


「………」


正論とも呼べる答えに俺は沈黙するしかなかった。

しばらく間を置いて彼は言葉を続ける。

「心辺りがあるとすればただ一つ…」

「あるのか!?」

「確証はありませんがね…。この世には龍をも殺す事が出来る武器があると言い伝えられています」
「龍殺しの武器だと?」

「ええ、古より伝えられてきた龍剣。
…それさえあれば龍の一角であるあのニーズヘッグを殺すことも可能かもしれませんねぇ」

「そんなものがこのミッドガルドに存在するのか?」

「伝説的な話でどこまで事実かどうかはわかりませんが、“ニーベルンゲンの指輪”という物語で主人公のジークフリートが使っていた龍剣“バルムンク”や、ジパングの荒神である素戔嗚尊(スサノオノミコト)が蛇龍を殺した時に手に入れた神剣“天乃叢雲剣”(アマノムラクモノツルギ)などの武器は実際に御神体として存在している様です。」

「…それ等はどこに存在する?」

「バルムンクは、首都にある“世界の教会”の大聖堂に…。ジパングの天乃叢雲剣は“帝の朝廷”に祀られていると聴きますがね。
バルムンクについては、教会最強の騎士である“世界の六騎士”ですらお目に掛かるのは難しいという話ですぜ…」

「六騎士か…」

「そういえば旦那…。噂によるとその六騎士のうち二人がその“黒龍”退治にこちらに派遣された様ですよ」

「…何だと?」

では、あの時ニーズヘッグと戦っていた猛者は…。

「もう退治に向かってちょうど二日目…。旦那がニーズヘッグから逃げて来たのも確か二日ほど前でしたよね?」

「おそらく、その二人は殺された…。あの化け物にな…」

「本当ですかい!?」

「ああ…。間違いないだろう」


ニーズヘッグについていた返り血がなによりの証拠だ。

あの龍が苦戦した相手を生かしておくとは考え辛い。

「…六騎士でさえ歯が立たないとなれば、明らかに人間が相手に出来る問題ではないでしょうなぁ。しかし、旦那ほんとによく無事で…」

ジャンが言葉を続ける最中、俺は席を立ち上がる。

目的は出来た。
まずはジパングを目指す事にしよう。

「どちらへ?」

「ジパングだ…。無論、天乃叢雲剣を手に入れるためにな…」

「一人でジパングの朝廷に殴り込む気ですか!?そんなの正気じゃねぇですよ!殺されますって!」

俺の発言にジャンは狼狽する。

「殺される…か。なら尚更好都合だ…。ジャン、世話になったな」

俺はテーブルの上に数枚の金貨を置くと、そのまま宿を後にした。

ジャンは最後まで不可解な表情を浮かべていた。


――数ヶ月後…。東方の故郷へ俺は戻ってきた。

無論、天乃叢雲剣を手にする為…。

港から都を目指し、路銀で買った馬をひたすら走らせる。

更に数日後、花の都がようやく顔を見せた。

都に行くのは子供の時以来だ。

最も、武家の用で連れ出されていただけで、楽しかった記憶は無いが…。

若干の懐かしさと嫌悪感を感じつつも、俺は都の門をくぐる。

見渡す限りの人、人、人――。

今日も都は騒がしく賑わっていた。

往来する人の流れに混ざり、中心部にある朝廷を目指す。

入り口には門番が厳重に、行き来する人物を取り締まっていた。

このままでは、あっさりと捕まってしまうな…。

俺は朝廷を覆う塀を一通り見渡すと、行動を起こしやすい夜になるまで宿で休むことにした。


――そして、数刻後。


時刻は妖達が活動する丑の刻――。


俺は再び朝廷へと赴いていた。


正門の辺りは門番がうろついているため、昼間に下見しておいた見張りの穴場と思わしき塀の裏まで移動する。


側に立っていた松の木によじ登り、まんまと敷地内に侵入した。


さて、大変なのはここからだ…。

どうやって建物内部に侵入するか…。


帝の住まう朝廷なだけに、見張りの数は尋常ではないはずだ。

多少力ずくで行く局面もでてくると思われる。


俺は試行錯誤しながら、建物への侵入を心みるが同時にある異変に気が付いた。

――あまりにも静かすぎる。


ゆっくりと物陰越しに辺りの様子を伺うが、見張りの姿は一切なかった。


何事だ…?


帝がいる都の最拠点に見張りの一人も居ないなど考えられない。


罠か…。


いや…そんなまさか。

賊一人の為にそんな事をするはずもない。

誰もいない敷地を用心深く侵入し、屋敷の中へと入って行く…。


「!?」


そして、突如俺は足を止めた。


否――、止めざる終えなかった。

その凄惨たる光景を見れば…。

屋敷の中は見張りの武士や貴族達の死体が辺りに転がり、血のりが部屋全体に広がっていた。


「これは…一体…」

何者の仕業かわからないが、相当の手練れである事は事実だ。

まさか、朝廷の抹殺などそんな大層な事を考える輩がいるとは…。


最悪その輩と出くわす可能性もある。


余計な戦闘は避けたいのが事実だが、やむを得ない。

俺は更に用心しながら屋敷の中を進む。

すると、回廊の隅に座り込んでいる血まみれの兵が目に入った。

まだ息をしているようだ。

「うっ…あ…あ」

俺は呻き声を上げて震えている兵に駆け寄ると、この状況の経緯を問い掛けた。

「…何があった?」


「う……う……」


がたがたと震える様は、まるで鬼でも見たかのような様子だ。


なにやらとても嫌な予感がする…。

捜索を急ぐか…。

「天乃叢雲剣はどこにある?」


俺は刀を抜くと怯える男に対してその刃を向けた。

「ひっ…!」


「答えなければ殺す」


容赦なく刃を向けたかいあって、ようやく男は口を開く。


「この…回廊にある宝具室に…!」


宝具室とはそのままの意、価値のある宝等が収められている部屋だろう。


俺は兵をそのまま放って即座に宝具室に向かう。


回廊を走った先に、厳重に閉ざされた大きな扉が目に入ってくる。


しかし、そこには先客がいた。


「ここか、天乃叢雲剣が収められている。宝具室とは…」

銀色の甲冑に白いマントを羽織った二人の男が、宝具室の扉を今にも開けようとしていたのだ。

「む…まだ戦える武士が残っていたか?」

その中の一人が俺の 存在に気づきそう答える。

どうやらこの屋敷の人間を惨殺したのはこいつ等らしい。

俺をこの屋敷の武士と勘違いしている様だ。

「俺はここの武士ではない…」


俺がそう答えると、その騎士はすぐさま質問で返してきた。


「なら何の用でここにいる?」


「先程お前が口にしていた目的と同じだ」


「お前も天乃叢雲剣が目的か…。
とんだコソ泥が紛れ込んだものだ」


「強盗よりかはマシだ。ジパング全土を敵に回してまでその剣が欲しいとは…。何が狙いだ?」

俺の問いに他の長身の男が答える。

「知れたこと、我等の目的はこの世の秩序を守る事…。その為には全ての魔物を浄化する必要がある」


「浄化ではなく虐殺の間違いだろう?」


俺が皮肉混じりに答えると、男は苦虫を噛み潰すように表情を歪めた。


「待て、マイト」

リーダー格であろう騎士が名前を呼ばれた長身の男を止めに入った。

「我等の崇高なる意志を、ジパングの朝廷は拒絶した。故にこの様な強行手段をとったのだ…。黙って我等の志に賛同しておけば良かったものを…愚かな者達だ」


「帝はどうした?」


「さあな…今頃、三途の川でも渡っているのではないか?」


殺されたか…。


「ジパングの民が黙ってはいないぞ」


「ジパング如き小国。“世界の教会”の前では虫にも等しい…。我等“六騎士”の敵では無い」


やはり、世界の六騎士だったか――。


「あまり、この国を嘗めない事だな」


「フハハッ―、こそ泥侍としても、自分の国を馬鹿にされて頭にきたか?」


長身の騎士…。マイトといったか、彼は俺の言葉を嘲笑うかのようにそう答える。


「いや――」


俺はその言葉と同時に駆け出し太刀を抜いていた。


「!?」


そして、瞬時に嘲り笑っていたマイトを斬りつける。


「俺のような鬼畜が何人もいるからな。あまり、油断はしない方がいい」


「ハッ!面白い、このまま相手になってやる!おい、手出しすんなよ?」


瞬時に俺の太刀を受け止めたマイトは笑いながらそう答える。


不意打ちによる居合いを受け止められたのは久々だ。


どうやら一筋縄ではいかないらしい。


「すぐ片付けろよ…マイト」


「わかってるよ。ウィル」


リーダー格の男にそう答えると、マイトは体制を立て直し、俺の追撃に備えた。

「一斉にかかってこないのか?」


「ハッ、俺達にも騎士道というものがあるからな」


「そうか、安いプライドだな…」


「てめぇを殺すのに六騎士は何人も必要ねーって事だよ!」


そう叫ぶとマイトは大振りの剣を構えて斬りかかってきた。
その太刀筋は力強く速い。


なるほど、本名かどうかは知らんが、“マイト”と呼ばれるだけの事はある。


俺はその重たい斬撃を紙一重で交わしながら、隙を伺う。


しばらく白銀の刃を交わせた攻防が続いた。


「田舎侍にしては、なかなかやるじゃねーか!どこの流派だ?」


俺の斬撃をやすやす交わしながらマイトが口を開く。

流石、世界の六騎士と呼ばれるだけの事はある。


その実力は俺の予想を遥かに上回っていた。


「…我流だ」


「そうかい、どうりであまり見ない構えだと思ったぜ…だが――」


次の瞬間、マイトの重たい斬撃に俺の刃が吹き飛ばされる。

「俺の剣を抑えきれる技量はなかったみたいだなぁ!?」


そして丸腰になった俺の身体にその一撃が容赦なく与えられた。


「!?」


しかし肉を絶つ音は聞こえ無かった。


それもそうだ…。


何故なら…。


「俺は最早人では無い。お前達に俺は殺せん…」


危機に陥った事で変化した自分の身体を見る。


騎士の刃から俺の身を守るように、漆黒の甲殻が刃を受け止めていた。



やがてその甲殻は、籠手の様に俺の胸部から左腕を覆い始める。


そして、鋭い鈎爪を生やした龍の腕が形成された。


「なんだ!?その身体は…」


「…魔物だったか」

変化した俺の姿に騎士達は狼狽する。


俺は鈎爪に力を込めて思い切り、マイトの大剣を打ち払った。


まるで紙切れを切り裂くようにその剣は綺麗に両断される。


なんとおぞましい威力を持った鈎爪だろうか。


「っ!?」


いとも簡単に自分の武器を壊され、驚愕するマイトの懐にそのまま龍拳を叩きつける。


すると、まるでゴミ屑の様に、マイトの身体が二転三転して吹き飛んだ。


先ほどまであれだけ苦戦していたのが嘘のようだ。


重たい打音を上げ、壁に叩きつけられたマイトは最早致命傷と言っても過言では無かった。


口から大量の血を吐き出し、なすすべもなく床に崩れ落ちる。


これが、龍の力か…。


その力に驚きつつも俺は、マイトに止めをさそうと龍爪を開き歩み寄る。


瞬間、屋敷全体がとてつもない轟音に見まわれた。


「!?」


「何事だ?」


突然の轟音に俺は愚か、先ほどウィルと呼ばれた騎士も声を上げる。


瞬時、俺の身体に悪寒が走った。


嗚呼、忘れもしない。

このおぞましい重圧は――、


振り返ると、漆黒の甲殻を身に纏った女が、此方に怒りの眼光を向けて直立していた。


「ようやく見つけたぞ……字無っ!!」


長い銀髪はうねりながら逆立ち、


禍々しい尾や翼を雄々しく揺らして、


黒龍ニーズヘッグは 怒声を上げた。

12/07/13 23:08更新 / ポン太
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■作者メッセージ
なんか中二病みたいな話になったなぁ。すんません。次で完結です。

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