連載小説
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・E月A日
『昨日はあまりの出来事に気が動転してしまって日記など書ける状態ではなかった。私は奇跡を目の当たりにしたのだ。
 どう説明すればよいのだろう。一日経った今でもこの胸の高鳴りは止むことを知らない。
 私は昨日いつものように仕事が終わると大図書館へと足を運んだ。ミハイルは朝まで見回り業務が入っていたので私ひとりで取り掛かることとなったのだが、そちらの方が都合が良い。
 そして最大限の注意と用心を重ね、私は聖力を込めつつ例の呪文を読み解いた。
 するとなんということだろうか……宙から食物が降ってきたのだ!!何もない虚空の空間から突如として出現した食物。私は驚きを隠せるわけがなかった。
 肉や魚、穀物に野菜、果物に酒など……それらが虚空から山のように降り注いできたというのだ。これを奇跡と呼ばずして何と呼ぶだろうか!
 それも呪文を復唱するたびに次々に溢れ出てくる食物たち。これはもはや無から有を生み出すという世の理を逸脱したものであるだろう!!すごいぞ……凄過ぎる!』


・E月B日
『さて問題はこれからだ。とりあえずはこの山のような食物を自宅に持ち帰ったわけだけど、この食物をどう処理しようかという問題に突き当たった。
 ここで何の用心もなく食すということはあまりに愚直な案だ。未熟な大神官である私でも容易に予想できる。
 人ならざる存在によって作られたこの聖典。そのような得体の知れない聖典の呪文で召喚されたこの食物は本当にただの食物なのだろうか。まずは疑いの目で見なければならない。
 しかし、そうやって見れば見るほどこれら食物は普段我々人間が食している食物となんら変わりないように見えてくる。いや、実際外見は全く同じと言ってもいいだろう。毒々しさは見当たらない。
 それよりもむしろこの食物たちがとても魅力的にさえ見える。何の変哲もないただの食物であるのにも関わらず、今にも食されることを待ち望んでいるかのように自らをアピールしているかのようだ。どうしよう、凄く食べてみたい。
 いやしかし……!仮に魔界の産物だとしたらと考えると…………いやでも外見は普通の食材だし…………うぐぐ困った……』


・E月D日
『なにコレッ!?おいしーーい!!!!
 え、嘘っ、これ本当に肉なの?柔らか過ぎでしょ……ってか脂身ジューシーすぎるでしょ!こんな肉食べたことなぃ!
 ライス!まるでその姿は白く輝く雪原のよう…………なんとなく作ってみた自家製パンもふわっふわでしっとりと指に食い込む柔らかさ!んん〜♪♪毎朝こんなパンを食べた日には昼食も夕食もいらなくなっちゃう!
 く、くくく果物あまーーい!!ホントなにコレェ!?砂糖を直で舐めてるんじゃないかってくらい甘い!!うわぁ……虫歯まっしぐらだよ!それでいて後味はさっぱりしてる爽快感!一口かじる度に溢れ出る果汁の滝はとどまることを知らないぞー!
 うわ、いくら食べてもぜんぜん満腹感感じないし!ああもう日記書いている時間ももったいない!まだまだいっぱいあるから全部食べなきゃ〜☆』


・E月E日
『うう……私はダメな神官だ……結局誘惑には勝てなかった……くそ……
 情けないながらに感想を纏めると、正直とんでもなく美味しかった。ただそれだけだった。
 その後身体に変化が起きるわけでもなく、魔力に侵されるわけでもなく。ただ私は幸福感と満腹感を独り占めできたという結果に終わった。私の心配は杞憂だったのだ』


・E月F日
『そう考えると、この聖典の存在は世紀の大発見……いやそれよりも凄まじい。人の領域を超えてしまった恐るべき聖遺物だということになる。無から有を生み出すことなどこの世の理を逸脱した神にしか許されていないのだ。ただの人間である私がどうこうして良い問題ではない。
 大神官である私は今大いなる選択をしなければならない時なのだろう。
 この力を世に公表せず、禁忌の力として永劫に封印すべきなのか。飢餓に苦しむ人々を救い、新たなる預言者再来と成りえるか。または大いなる力をもってしてこの世を統べる者となるか…………
 いや、バカバカしいな。初めから私のやるべきことは決まっているではないか。この聖典はこの世に存在すべき物ではない。私が責任をもって封印するとしよう』


・E月H日
『自室の地下に厳重な結界を多重に張り巡らせ何人たりとも侵入することのできぬよう聖書は封印した。これでいい、これがあるべき姿なのだ。
 万物の法則を捻じ曲げる力などこの世にあっていいものではない。そんなものを所持していたのならば主神の裁きを受けてしまうだろう。私は正しいことを行なったと願いたい。
 今になって思い返すと、私は例の聖典を翻訳している間は随分と不摂生な生活を送っていたことがわかった。平均睡眠時間は約2時間、間食夜食など毎日のように繰り返し。肌は荒れるはわ、隈はできるわ、禊をし忘れるなど……不衛生この上ない生活を送っていたことについては反省しなければならない。随分と体の垢がたまっていたようだった……汚い。
 これからは早寝早起き、一日三食、衛生管理をしっかりしておこう』


・F月B日
『エクロンに配属になってから大分月日が流れた。この町の様子もある程度はわかるようになってきたし、町の人々ともある程度は打ち解けられるようにもなり、町の大神官様として認知されるのもそう遠くはないだろう。
 最近は毎日が楽しくて時が流れるのがとても早く感じる。ジェイド司祭や他の役員と共に礼拝や式典を執り行うのも何の支障もなく今まで行なえてきてる。今月は新たに新婚が一組できるらしいのでその準備もしなくてはならないな。
 マリーとは例の如くたまにお茶会を開き、現在の心境について話し合ったりしている。専らマリーの仕事のグチを私が聞くというのがいつものパターンなんだけどね。最近気になる男性も見つかったようで、先を越されそう……これは激しくマズイ……
 ミハイルとは相も変わらず毎日言い合いをしている。まぁよくよく会話してみるとそこまで嫌なヤツではないということはわかったので十分な収穫だろう。
 何はともあれ、私はこの職場でも上手くやっていけそうだ。そろそろこの日記も用済みかもしれないな』


・F月D日
『なにやら教会で慌しい準備をしているようだと思ったら、どうやら明日からエクロンの収穫祭が行なわれるらしい。
 年に一度、一週間の間だけ行なわれる収穫祭はその年に収穫された全ての物を存分に振る舞い飲めや歌えやの大賑わいだそうだ。私にとってエクロンで初めてとなるお祭り騒ぎということになる。なかなかに楽しみだ。
 しかし、大神官である私に祭りを楽しむ余裕などない。収穫された物を土地神様に捧げ、来年もまた実りをもたらしてくれる様に祈りを捧げなければならないのだから祭壇につきっきりということになる。勿論このことを知ったのは今日だ。何の準備もしていない。エクロンは本部と違って忙しくはないが、少し危機感というか時間にルーズ過ぎるのが問題なところかな。
 とりあえず、明日に向けて収穫の儀式をおさらいして寝よう』


・F月E日
『正直私はエクロンの収穫量を見くびっていた。これほどまでに大量の農作物が採れるなんて……余裕で一年は賄える量じゃないか!!
 海産物の漁獲量だって昨年の数倍にのぼるらしい。これほどの量の海産物を内陸の都市に輸出したならば多大な利益をもたらすのは間違いない。
 畜産だって今年は出産量が昨年に比べ増大し、多量の家畜が増えたらしい。
 エクロン……これほど食に愛された町だとは私、そして町の人々も思っても見なかった。というのも町長曰く今年の豊作ぶりエクロンが開拓されてから今年までの間で初めてのことだということらしい。特に大きな災害がなければ、ほぼ毎年無難な収穫量であり、これほどまでに大量に採れることはなかったと言うのだ。エクロンが凄いのではなく今年が凄すぎただけらしい。
 実りは人々の命と心を豊かにする。これも全ては主神を信仰する尊大な信仰心が人々に行き渡っているからであり、主神様もその期待に応えてくれたのだろう。主神様は常に我々を見てくださっているのだ』


・F月K日
『収穫祭最終日、儀式の最後の工程が終わりようやく開放された。みんな本当にお疲れ様だ。
 残りの時間はマリーと共にしんみり収穫祭を楽しもうと思っていたのだが、マリーは以前言っていた気になる男性の方へと駆け込んでいってしまった。羨ましい限りだ!くっ!
 まぁ友人の幸せは純粋に嬉しいものだし、私も私で荒んだ心で収穫祭を終えたくはない。私は一人で祭りの雰囲気を楽しもうとした。大神官ともあろう物が一人で祭りを歩くというのもなかなか珍しい光景だと思う。
 いたるところに出店が並び収穫された作物をふんだんに使った料理が並べられている。どれもこれも匂いを嗅ぐだけでお腹が鳴りそうだ。というかやっぱり鳴ったので、適当に目に付いた野菜の煮物とか干し肉とかを買って食べることにした。
 ベンチに座り人ごみを観察しながら食べる私。なんだかとってもシュールだ。これにワインとかがあったら最高なんだけど…………流石に大神官ともあろうものがつまみを食べながらワインを飲む姿を人前では晒したくはない。
 干し肉をポリポリと食べていると私の隣に座り込む者がいた。ミハイルだった。
 今日は巡回は休みらしく友人と昼間から飲んでいたらはぐれてしまったらしい。どうりで酒臭かったわけだ。
 いつものおチャラけた様子をさらにウザくした様子で、正直シラフの私についていけない。まるで私をナンパしているかのようだったので、「大神官の私と付き合うなんて百年早い。ただの兵士が身の程を知りなさい」と言ってあげたわ。そしたらミハイルのヤツ「そしたらおれぇ、聖騎士になるぅ〜」とか呂律の回らない舌で言って思わず笑っちゃった。
 しばらくしたらいきなり寝だしたので、時間も時間だったし帰ることにした。ミハイルを彼の家まで運んであげたんだから後日見返りを貰わないとね。我ながら策士である』


・F月L日
『くっ……悔しい!!マリーったらあの後ちゃっかり例の男性と宿に二人きりで泊まったって言うじゃない!!男と女が宿で泊まるって言ったらもうアレしかないじゃない!!
 先を越された……
 ついでに言うとマリー、出勤してなかったし……これはもう確信ね。
 職場の同僚がたまたまマリーを見かけて声をかけようと思ったら知らない男性と二人っきりでいい感じになってて、追跡してたら宿に泊まってたというのを聞いた私は今日一日仕事に気が入らなかった。
 いやまぁいずれこうなることはわかっていたんだけど……やっぱり悔しい』


・F月M日
『首にキスマーク。肌の艶が良い。しまいには腰に回復法術の札。
 仕事に来たマリーの格好はもはや確信すぎて逆に悔しがる気も起きなかった。
 聖職者ならぬ性職者だわ〜なんてありきたりなことを言っているものだからついつい仕事を増やしてやった。大神官である私にとってシスターひとりの仕事を増やすことなど朝飯前なのだ!!
 ハーッハッハハ!!
 ……はぁ、なにやってんだろ私。この年にもなって嫉妬だなんて、まるで子供』


・G月A日
『うーん……最近なんだか食べ物が美味しく感じない。特に味付けや食材が変わったわけじゃないんだけどなんだろう、何かが足りない気がする。何が足りないのかは具体的にはわからないけど、確実にこう、何かが。
 だから食べても食べた気にならないから、ついつい食べ過ぎてしまう。こんなんじゃ……また不摂生な生活に戻ってしまう!それはダメだ。
 折角元の生活に戻れたというのにまた自らの生活を崩すわけにはいかない。
 けど……もう一度あの食べ物をたべ……待て、私は一体何を考えている?それだけは決して……』


・G月B日
『"第三章「妄言する咎人」

 我ら咎人は列王を恨む
 その手に持つは黒塗りの鉄球
 血塗られし黒鎖

 汝らに問う
 地べたを這いずり
 犬のように生きるか
 媚を売る
 猫のように生きるか
 
 否!
 我らは蝿なり
 忌み嫌われる者なり
 八百の醜悪たる眼は
 全能を見晴らすなり
 髑髏の羽根は地獄を震わせ
 堕落を誘う者なり
 不快を知らしめ
 汚濁を撒き散らす者なり
 
 我ら蝕みの化身
 全てを喰らい尽くしてなお
 渇望し貪り啜る蝿なり

 朝蝿暮蚊の蛆は
 己の醜さに気がつかねども
 人の心よりは気高く
 落筆点蠅の蠅は
 己の賢さに酔い
 人を欺く

 我ら咎の蠅
 億兆京垓の数を率い
 いつの日か
 我らを見放した者達を
 見下す為に
 今は仄き辺獄で
 息を潜む

 那由他を待ち
 汚濁を吐き続ける
 我ら蠅
 蝕み忍び寄る者なり』


・G月C日
『手が震えて上手く書くことができない……
 一体どういうことだというのだ、恐ろしくて震えが収まらない。
 私は昨日寝たと思っていたら日記に聖典の一文を書き写していた。私自身何を言っているか皆目検討もついていない……
 私の無意識がそうさせたというのだろうか。意識の水面下に眠る探究心という無意識が聖典の翻訳を再び引き起こしたとでも言うのだろうか。私にはわからない。わからないことだらけだ。
 あの聖典は大神官である私をも無意識のままに操ってしまうとでも言うのだろうか。私の聖力では抑えることができないというのか。
 恐ろしいなんてものではない。
 それに私が聖典を封印したのは第一章を読み終えたところだったはずだ。だというのに、いつの間にか第三章を読み終えてしまっていた。私の知らぬ間にここまで読み進んでしまっていたのだ……
 あまりにも恐ろしくなって、聖典を暖炉に放り込んだが焦げ目一つつく事がなかった。
 これは……ヤバイ。
 私の本能がそう告げている。
 恐らく毎晩のうちに無意識に少しずつ解読していたのだろう。そして無意識が意識にまで現れるほど大きくなり始めているということはつまり……
 これ以上先は考えたくない』


・G月D日
『このことは誰にも相談することはできない。
 仮に私が相談したとして、魔の書物を半分以上解読してしまったという事実には変わりないのだ。大神官である私が魔に肩入れしているということは教会の信頼にも響いてしまう。それだけは教会的にも私の身分的にもあってはならない。
 誰にも相談することなく、一人で問題を解決しなければならない。
 それが一番平穏に解決できるたった一つの方法なのだ。
 私の選択は誤ってはいない……よな?』


・G月N日
『最近ミハイルとよく食事をするようになった。
 ミハイルが気を使っているのか、私がミハイルに慣れたのかいざ知らず、初めの頃に比べミハイルに対する苛立ちが少なくなってきたのだ。普通に会話をすれば相当良い男なんだけど、性格がどうにもお気楽で気の抜けるタイプだ。
 まぁ普段から無駄に生真面目である私と道楽のミハイルとは相性が合わなそうだが、もしかしたら意外と合ったりしているかも知れないな。
 働き者の妻に家族思いの夫か……ふふっ、まるで私は恋に焦がれる少女みたいだ。
 …………ばっ、ばか!!!
 何考えてる私!!あ、あんなグズでだらしない男のどこがいいのよ!!
 意外とイケメンだし、体格いいし、一途っぽいし、剣と術式もそこそこ使えるし、何より家庭的だし!!
 あ、あれ……?悪口言ったはずなんだけど…………
 恋に焦がれる少女って……ばっかみたい!』


・G月O日
『久しぶりにマリーとゆっくりできる時間があったので、仕事終わりに二人で食事に行くことにした。そう言えば私がマリーの仕事増やさせたから合えないのも無理はなかったんだっけ。
 マリーは例の男性と相当仲よろしくしているらしい。やはり羨ましい限りだ。今日だって更衣室で着替えていると体中にキスマークと歯型が見当たって素敵だった。あ、いや、別にそういう願望があるってわけじゃないよ。
 初めはマリーの惚気話で終わるかと思ってたけど、今度は私の方に矛先が向いたみたいでマリーは私に執拗に食いかかってくる。
 そんな浮いた話なんてないんだけど、と言ったんだけどマリーはどうやら感づいたようで私に質問を投げかけてきた。
 やれ、ミハイルとはどうなっただの、収穫祭の日どうしてただの、最近仲が良さそうだの。
 確かに前よりは仲が良くなったと思うけどさ、でも、それだけ。だと思う。
 とマリーに言ったら「嘘つき」の一言で叱咤されてしまった。そろそろ自分の気持ちに素直になったほうが良いと言われ今日の食事は終わった。
 私が……嘘つき……?』


・G月P日
『雨が降り続いている。まるで今の私の心情のようだ。
 自分の気持ちに素直になる……
 そうは言われても、今の今まで教団役員になるために恋愛ごとは全て捨てて学業と仕事に全てを注いできた私なんかに……わかるわけないじゃない……
 孤児院、養成所では常に成績トップを維持してなきゃならなかったし、新米の神官になった頃は毎日が密度の濃い業務内容で遊ぶ余裕すらなかった。それが神官としての職務であると思っていたし、別に私もそれでいいと思っていたんだ。
 だけど大神官になってエクロンに配属されて……今までの忙しかった日常は一変した。祓魔の儀式だってあの日以降他に誰も来ないし、魔物が襲来するなんてことも一切ない。平和すぎるんだ。
 だから時間をもてあます。
 けれど、今まで一分一秒が重要な場所で仕事してきた私にとっていくら持て余すほどの時間を得たところで、活用する方法がわからなかった。
 遊ぶのだっていつもマリーに提案してもらってるだけだったし、娯楽だって特に楽しむこともない。
 要は私は「つまらない女」だったんだ。
 そんな私に。つまらない私に恋愛など……
 …………ミハイルが振り向いてくれるわけないじゃない……
 そうよ!私は初めから彼のことを気にかけていたのに……自分に自信がないから…………嫌いだということにしていたんだ。私と付き合ったってつまらない、退屈するだけだ、私だって特に美人でもないし性格がいいわけでもない。そう思い込んでいたんだ……
 彼の短所を挙げればキリがない。だけどそれって逆に言えばそれだけ彼のことを理解している、あるいは理解しようとしているということの裏返しだった。
 私は馬鹿だ。これだけ好きだったのに何て酷いことをたくさん言ってしまったのだろう。悔やんでも悔やみきれない。
 何が大神官だ。自らの気持ちを欺いて他者を傷つけるなど、それでは詐欺師となんら変わりないではないか!
 私は馬鹿だ……大馬鹿者だ…………
 くそっ……日記を書きながら涙を流すなんて…………情けない。
 むしゃくしゃするから食物を召喚して食べよう。あの食物だけは私の足りない何かを満たしてくれる』


・G月Q日
『私は今日、自分の気持ちに決着をつけた。
 仕事が終わったらミハイルに一人で図書館に来るように言いつけていたのだ。私の思いを全て伝えるために。
 好きになった理由なんて特にない。今考えればお互いの初対面は最悪だったと思う。いきなり私に向かって尻触りというセクハラをしてくるんだから。まぁそのときは雷の神罰で黒焦げにしてあげたっけ。
 そんなことを考えているうちにミハイルが来たものだから私は全身全霊を込めて全て言ってやった。たぶん、今までの一生で一番緊張したと思う。
 「今まで酷いことしてきて本当にごめんなさい。私は今まで嘘をついていました。私は貴方のことが大嫌いの逆です!付き合ってください」と。
 我ながら面倒くさい女だなと思う。素直に好きですといえばいいものの、好きという単語すら言うのを躊躇うなんて。
 そして結果はというと…………
 ……
 …………
 ………………
 「喜んで」
 だって!!いやぁーー!!もう思い返すだけでニヤニヤしちゃうにゃぁー!!嬉しー♪
 私今この世で一番幸せ者なんじゃないかしら?うひひ♪
 曰く、ミハ……彼は実は一目惚れだったらしい。私みたいな特に美人でもない女性を好きになるのはよくわからないけど、なんかこうビビッてきたとのことだ。
 ずっと好きだったからこそ私に妙にちょっかいかけてきたし、遅刻したのもわざとで私に怒られる為という名目だったらしい。凄い執念を感じる。聖典の解読も手伝っていたのも私と少しでも会話をしたかったから……ということだ。
 ここまで私のことを想っていてくれてたなんて……はずかしぃ……
 でも……嬉しい♪♪これが異性を好きになるってことなのかな。
 あーあ、正直に言うことがこんなに素敵なことだなんて思ってなかった!今までなんでこう、もっと自分を前面に出していかなかったんだろう!
 これからはもっと自分に正直にのびのびと生きていこう!!それが私のためでもあるし彼のためでもあるのだから!』


・G月R日
『とりあえず今は要点だけ書こうと思う。時間がない。
 今日はミハイルに私の全てを知ってもらおうと、彼を家に上げた。私がしていること、これからやろうとしていること、そして……私の体も知ってもらおうと……
 私が以前解読を手伝ってもらっていた書物は実は魔の書物であるということを告げると、彼はやはりと言うべきかとても驚いていた。驚くのも無理はない。大神官である私が魔の書物に手を伸ばしているのだから、これで驚くなというほうが無理難題ってものだ。
 そして、私はこれを最後まで解読してみようと試みていることも告げた。それがいかに悪しきことなのかは私自身も重々承知している。だけど、もう、止められないんだ。気が付けば私は聖典の解読に手を差し伸べている。いくら厳重な結界を施しても結果は変わらず朝目覚めると、机の上には開かれた聖典が転がっているだけだった。解読したくないと思っていても体が勝手に動くんだ……
 もはや翻訳書なしでも解読できるほどにまでなってしまった私を止められるものなどなにもない。たとえミハイルが止めたとしてもそれだけは止めることができないだろうという確信があった。
 でも、彼はそんな私を何の気兼ねなく好きだと言ってくれた。私は……とても救われた気持ちになれたのだ。
 召喚した食材の料理を振る舞い、お互いシャワーに入り…………
 いざベッドインしようと思ったその瞬間……それは起きた。

 大地が唸る。
 空気が軋む。

 地震。

 それもとてつもなく大きな地震であった。
 ベッドの上でお互い身を寄せ合い、激しい揺れに耐え忍ぶ。その時間は5分ほど続いただろうか。永遠とも感じ取れるほど恐ろしい時間だった。
 揺れが収まるとほどなくして町の鐘が鳴り響くのが聞こえた。火事だ。
 これから私とミハイルは一度教会へ行き、現状の確認と怪我人の救出に向かう。教団役員としてできることを私たちはやらなければならない。
 …………念のために聖典も持っていこう。
 今聖典を手放すと、私の内に芽吹き始めている魔が私を食い破ってしまうかのように思えたから。
 もう私は大神官の名を冠する悪魔なのではないだろうか。そうも思えてきた』
13/04/29 20:30更新 / ゆず胡椒
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