連載小説
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1-3 また会いに
 少々疲れた様子のノルヴィ、ミラ、フィム、キャスの4人の目の前には、巨大な氷塊とそれに閉じ込められた大量のゾンビやグールたちの姿があった。
「で、どうするの?唯一の通路が氷塊でなくなったわけだけど」
 困ったような顔をしながらミラが他の3人を見る。
「僕はもう魔力がほとんど残ってないから転送は無理だよ…」
 キャスが淡々とした口ぶりで言うと、腰を下ろしていたノルヴィが「よっこらせ…」と立ち上がり剣を抜いた。
「ノルヴィ?」
「まぁまぁ、任せなさいって」
 彼は建物内側の方の壁に向き、剣を構えた。
「たぶん、そこまで腕は鈍ってないと…思うからさッ!」
 素早く壁に向かって剣を三振りしたかと思うと、壁に三本の真っ直ぐな傷がついた。そしてノルヴィは三本の傷によって区切られた三角形の範囲の壁を手のひらで押す。
「よいしょっ…」
 ズズズ…と壁が動き、ズシーン…と大きな音を立てて向こう側の部屋の中に倒れ、人1人が余裕で通れる穴が開いた。
「これは見事やなぁ…」
「まあ、これでも元騎士団出身ですからっ」
 思わずフィムが感心すると、ノルヴィは得意げな顔をして言った。
「さて、道も開けたことだし、少年たち達探しに行きますか」
「せやな」
 フィムは魔力を使い過ぎて立てなくなったキャスをおんぶし、壁の穴をくぐって部屋に入ったノルヴィを追った。
 ただ1人、ミラは怪訝そうな表情で壁の穴を見つめていた。ノルヴィが穴をあけた瞬間は驚嘆が浮かんだが、それはすぐにノルヴィに対する疑問に変わった。
(石塊の壁をいとも容易く…普通は熟練の騎士だって無理だわ。剣をコートしている素振りなんて…いえ、でも一瞬だったけど魔力は感じた…え?…じゃあもしかして…)
「おーい、ミラっちー?」
「!」
「どうかしたのー?」
「あ、いえ、ごめんなさい」
 ノルヴィの呼び声に我に返ったミラはすぐに3人の後を追った、頭に浮かんだ考えを思考の隅にとどめて。

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 その頃、塔の6階ではフィアが魔物たちを警戒しつつ、トーマやトレアを探して彷徨っていた。
(ぅぅ………)
 壁がわずかに反射したライトの光に映る彼女の顔は眉をしかめていて、少し不快そうだ。それは周りが真っ暗で、いつどこからゾンビに襲われるかという不気味さからだけではない。
(もう…パンツのアソコの部分が濡れてて冷たいし…早く履き替えたいなぁ…)
 ゾンビに襲われ蹂躙されそうになり感じてしまったことを、デリケートゾーンに染み込んだ分泌液の冷たさがフィア自身を辱めるように教えていた。
 せめて拭うぐらいのことはしたかったが、こんなところでパンツと下着を下ろして拭いていて、誰かが来てしまったら拙い。どこか部屋に入り込んでというのも、先ほどの様にゾンビが潜んでいたらアウトだ。
 というよりもそれ以前に拭えるよな物を彼女は持っていないのだが。
 フィアの気が股間からの不快感に向かっていた丁度その時、目の前の通路の角から人影が覗いた。
「ッ…!」
 フィアは思わず身構えるが、その正体がわかった途端に安堵の表情を浮かべた。
「トーマ…」
「フィア…無事だったか…」
 2人はお互いに駆け寄り無事を喜び合った。
「分かれた部屋に行ったら君がいなかったから心配してたんだ」
「ゴメン、あの部屋の奥にゾンビが潜んでて…」
「なっ!?…そうだったのか、悪かった。それでなんともないか?」
「えっ…う、うん…大丈夫」
 彼が訊いた途端、フィアは一瞬たじろいだ。
(まさか…そのせいで濡れちゃったなんて言えない…)
 そしてさらに彼女は気付いた。少なくとも今から他のだれかと出会えるまでは、自分は湿ったままの下着を履いてトーマと2人きりだ。たとえ相手が気付いていなかったとしても、こちらとしては大変気まずい。
 手分けをして、と口実を作って別行動をするにも、単身では危ないというのはその口実を作る原因自体が物語るのだから、なんとも皮肉である。
「そうか、よかった。彼女たちに襲われたなかったのか?」
「襲われたんだけど何とか…あっ…」
「よく逃げられたな。どうやったんだ?」
 もう口が滑ったとしか言いようがなかった。
(しまったぁ〜〜!「何とか一瞬の隙をついて指でイかせて逃げてきた」とか言っちゃうとこだった…誤魔化さなきゃっ…えっと…えっと…)
 彼女は少し天然というか素直というか、要はそう言う性格だ。
「あ〜…え〜と、一瞬の隙をついて………蹴っ…飛ばした?…みたいな?」
 確かに2人のうち片方は蹴り飛ばしてKOを取った、嘘はついていない。
「おいおい、なんで疑問形なんだ?」
「えっ…そ…その、そうっ!無我夢中で抵抗してたから、よくわかんないのよねっ、多分蹴り飛ばした…と、思うんだけど。そう、で、ゾンビが後ろの壁に当たって物がガシャーンって崩れて、その間に逃げてきたのよ」
 この説明が嘘だとわかって聞いていたなら、彼女のドギマギする様は大変面白く可愛く映ったことだろう。
「と、ところで…どうしてトーマはライトを点けてないの?」
 フィアは唐突に話題を移した。実際、彼がライトを点けていないのは気になっていた。
「ああ…これは…」
(っと…「グールに襲われてライトを落として、ここに来るまでに壊れた」は良いとして、まさか「格闘してたら、たまたま弱点がアソコだってのを発見して、バナードの部屋で見つけた『そういう雑誌』に乗ってたプレイを思い出して、今彼女は上の階で悶えてる」なんてのはいう訳にはなぁ…)
「…実はグールに遭遇してな。格闘してる時に落とした所為で壊れたみたいなんだ」
「えっ?そのグールは?」
「ああ、大丈夫だ。偶然鎖を見つけて、スタングレネードを使って怯ませた好きに手足を拘束してきた」
 なんともスムーズに出任せを吐けるものだと、トーマは心の中で自分に苦笑いをしてしまう。
「…さて、ここでこうしていても仕方ない。みんなを探しに行こう」
「ええ」

 2人は周りに注意を払いながら、ライトで通路を照らしながら歩いた。2人の足音だけが不気味に響き、さながら肝試しにでも来たような気分だ。
「…ねぇ、やっぱりここってミラさんの言ってた通りなのかな?」
 フィアは前を歩くトーマに訊いた。彼女は特にその事が知りたいと思っていたわけではないが、何も話さずにいるというのが気まずく話題が欲しかったのだ。
「さぁな…ただ墓場が主な生息地であるゾンビやグールたちがここにあれだけいるのは、何かあったのは確かだろう…」
「そうね…」
 その言葉を最後にまた沈黙が2人の間に流れる。
(…なんだか気まずいなぁ…)
 フィアはそんなことを思いながら少し俯き加減でトーマの後を付いていた。
 と、唐突にライトの明かりが消えたかと思うと、次の瞬間にトーマは彼女の手を引いて近くの部屋の中へ連れ込み、いきなり彼女を抱きしめた。
「えっ…なっ…!?」
 フィアはいきなりの事に困惑していると、トーマは自分の口に立てた人差し指を添えた。
「しっ…静かに…」
 トーマの肩越しに部屋の中から外を見ると、暗い中に2つの赤い光が輝いている。それに耳を凝らすと、カラン、カラン…という固いものが床に当たるような音も聞こえた。
「スケルトンだ…音を立てるな…」
 そこには2体のスケルトンが獲物を探して徘徊していた。顔の片側、頭蓋骨の目は赤く発行していて、トーマはそれに気づき身を隠したのだ。
 スケルトンは軽く辺りを見回し、すぐにまた歩いて行った。
 それから数秒して、トーマは安堵の息を吐いた。
「ふぅ…やり過ごせたみたいだな」
「………」
「…フィア?」
 返事がないのでどうしたのかと、彼は暗闇で見えるはずのないフィアの顔を覗きこんだ。
「…あ…あの…もう放してくれても…」
「ん?ああ…!ごめん…」
 トーマは慌てて彼女を抱きしめていた腕を解いた。
「…俺も焦ってたから、つい。…嫌だったか?」
「ううん…大丈夫…」
 トーマから離れたフィアはそう言いながら、少し熱くなった頬に手を当てた。
(…やばい…今…顔赤いよ…)
 フィアは自分の鼓動が少し早くなっているのを感じ、早く落ち着いてほしいと願った。
 一方トーマは通路に顔を覗かせ、辺りが安全なのを確認し通路に出た。
「行ったみたいだ…。フィア、早くみんなと合流しよう」
「…うん」
 一旦消したライトを点け、2人はまた暗い通路を進むのだった。

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ゴーストの誘惑を振り払ったトレアは、単身通路を歩いていた。
「………」
 誘惑からは逃れた…つもりなのだが、彼女の脳裏には未だにトーマとの情事のイメージが色濃く染み付いていた。
(…あんなこと…本当にできたら…)
 ついそんなことを思ってしまう。魔物の性ともいうべき仕方がないことではあったが、ふと我に返った彼女は立ち止まり、今しがたの考えを払拭するように頭を振った。
(…ダメだダメだっ!…この戦乱が鎮まりキャスの準備さえ整えば、あいつは元の世界へ帰らなければならない…あんな事を…望むべきではないっ…)
「気を入れ直さないと…」
 トレアはそう言って自分の両頬を2度軽く叩いた。
 そして再び歩き出そうとしたとき、声が聞こえた。

「…んな…にいる…」

「ッ―!」
 トレアは奇襲を受けた様に通路の角に身を隠した。無論、聞こえてきたのは誰の声かなど分かりきっている。
「魔力を感じられれば楽なんだろうけどな…」
 辺りをライトで照らしながらトーマが姿を見せた。
(トーマ、無事だったか………って、私は何を隠れているんだッ―!?)
 いわずもがな、それは彼女自身が浮かべてしまったことの彼へ対する後ろめたさが大半だろう。
「そうね…みんな無事だといいけど…」
 トーマの後ろからフィアも姿を見せ、トレアは安堵した。
(フィア…2人とも無事だったのか…よかった…)
 が、当然トーマとフィアが2人っきりだというのを知って穏やかでもいられなかった。
(…2人っきりだったのか…?。…まさかもうそういう…いや、2人に限ってそれはないか………2人っきり…いいなぁ…)
 つい浮かんでしまう本音。
 トレアはハッとして、そんな場合じゃない、と2人の前に出て行った。
「2人とも、無事でよかった」
「トレア…」
「すぐそこで声が聞こえてな」
(何を白々しくいっているんだ私はっ―)
 自分で自分に突っ込みを入れながらトレアは言った。
「トレアは何にもなかった?」
「え?あ〜…まぁな。ゴーストに遭遇したが特には。ゾンビたちをうまく撒くこともできた」
 トレアは嘘を吐くとき尻尾の先端を左足に絡める癖がある。もしミラがいたなら、こんなごまかしはバレバレだったことだろう。
「そうか…そうだトレア、魔力を感知して他のみんなの居場所が分からないか?」
 トーマはいいことを思いついたと言わんばかりに言ったが、トレアは少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「…すまない、無理だ。確かに私でも魔力は感知できるが、ここはゾンビたちの魔力が多すぎてわからない。ミラやキャスならできるだろうが…」
「…そうか」
「…すまないな…」
「いや、気にするな。それにあの2人ができるなら、逆にトレアの魔力を見つけて向かっているかもしれない。どこか身を隠して待とう」
「…そうだな、変に動き回るよりは…」

 3人は身を隠せる場所を探して動いた。だが、近場の場所はどの部屋も扉に鍵がかかっていて入ることができない。
 鍵自体は簡単に壊すこともできたのだが、ドアは鉄製で、鍵を破ればその音が静かな塔の中に響き魔物たちが寄ってくることは容易く想像できた。
 いくつか鍵のかかっていない部屋も見つけられたのだが、ドアの隙間からトレアが中を覗けば、部屋の中にはもれなくゾンビたちが待ち構えている。
 最後の部屋を確認しトレアは首を振った。
「そうか…このフロアはもう隠れられそうなところはないな…」
「どうする?他の階で探す?」
「それか、一番下まで戻って4人が来るのを待つか…どうする、トーマ」
 トレアもフィアもこの後の行動をトーマに託したようだ。
「そうだな…どっちにしても動かざるはえないわけだし、状況を見て判断しないと何とも言えない。ただ、動くなら下へだな」
 トーマ達は各階の様子を窺いながら塔の下の階へと向かった。
 やがて3階も危険がないことを確認し、2、3階間の踊り場から2階の様子を窺う。
 すると階段のすぐ前を行き交うゾンビの姿。
「ダメだ、抜けられそうにないな」
 3人は3階へと戻り、左右に伸びる通路にアンデッド種の影がないことを確認し進んだ。
「ッ!隠れろッ―」
 トレアの合図で3人は曲がり角と通路に積まれた箱の陰に分かれて身を隠した。トーマとトレアがそれぞれ顔を覗かせ様子を窺う。
 15メートルほど先の、同じくT字に交わった角にゾンビが1人。
 トレアとトーマはジェスチャーでお互いの情報を確認した。
 トーマは進行方向を指さし、両手でT字を作った後に人差し指を立てる。「そこのT字路に1人」それを伝えるには十分だ。
 それを読み取ったトレアはトーマに掌を向け首を左右に一度ずつ振った。
 彼女はその後にトーマと同じジェスチャーをしたあと、さらに進行方向を指さした手を弧を描く様にその方向へ動かし、T字を現し、人差し指と中指を立てた。
 どうやらトレアにはさらにもう一つ先の曲がり角も見えたらしく、そこにゾンビを2人確認したようだ。
 トーマが首を縦に振り、タイミングを窺う。
 ゾンビはゆっくりと辺りを見回したかと思うと、左の通路へと消えて行った。
 トレアがフィアの手を牽き、3人は気付かれないようにゾンビの背後を抜けた。
 また障害物に身を隠し、2人のゾンビの行動を読む。すると一定のパターンであることが分かった。
 2人のゾンビはそれぞれ手前側と奥側の角に立っており、手前側はトーマ達の方を見た後に奥側を向き、左の通路を見る。奥にいるゾンビは手前と左の通路のに方向を向く。
 すると手前側が手前、奥、左を一周し、次にまた左を向いた時点で、2人そろって左の通路見るのだ。一つの方向を見ている時間はそれぞれ5秒ずつ。
 それさえわかれば後はタイミングだけだ。
「俺が合図したら静かに通り抜けるぞ」
「ああ」
「わかったわ」
 2人そろって左を向いた。次に揃って手前を向く。さぁ、ここからだ。
 手前側が一周した。そして奥を向いたところでトーマが静かにカウントを始める。
「5…4…3…2……今だっ!」
 静かに、だが素早く、3人はゾンビの背後を通り抜けた。そしてすぐに次の通路の角に身を隠し、胸を撫で下ろす。
「…上手く抜けられたな…」
「ほんと…なんだかどきどきしちゃった…」
「ああ、潜入任務を思い出すな…1度目の潜入任務そっくりだったよ…」
 そう言ってその通路を少し歩いた時、唐突に扉が開く。
「「「ゥアァ〜」」」
 ゾンビが5人。
 トーマ達はすぐに距離を空けた。
「…ほんとに、切り抜けた後エンカウントするとこまで忠実だ…」
 フィアを後ろに下がらせ、トーマは1人目の背後に回り、手刀を入れて気を失わせた。続いて2人目の正面に立ち腹部を一発。
 トレアも2人のゾンビをトーマと同じように倒し、3人目に向かって振り向こうとした瞬間、意図せずに尻尾が直撃し、ゾンビは「あぅっ…」と声を挙げて倒れた。
「あ…すまん…」
 彼女がそう思わず謝った直後、今やってきた方向から荒い息と声が発せられた。

「見つけたぞぉっ!」
 驚いて3人が振り向いた先、窓からの薄明かりの中に赤茶けた肌が浮かんでいた。
「…グールだとっ!」
「お前はっ…」
 トーマは驚いて思わず口走った。トーマが先ほど拘束し逃げ出すことに成功したグールが、目の前にいたのだ。
「トーマ、こいつと知り合いなのか!?」
「…2人と合流する前に襲われたばかりだ。…まったく…しつこいな…」
「おまえっ…さっきはよくもあんな…あんなことをッ…」
 グールは腰に巻いた布切れをぎゅっと握り、少し内股気味で言った。
 そんな反応を見てしまった2人は困惑した視線をトーマに送る。
「…トーマ?」
「…なにをしたんだ…?」
「………ノーコメントで頼む…」
「…おまえ…」
 トーマと2人の間に気まずい空気が流れる中で、グールは完璧に捕食姿勢に移った。
「っ…来るぞッ!」
 トーマの警告に2人は注意を向け直し、特攻を左右に飛んで躱す。
 グールはトレアとフィアには目もくれず、素早い切り返しでトーマに向かって手を伸ばし掴み掛かった。
「くっ…!」
 トーマは次々に迫る手を掌底で外側に弾きながら一歩二歩と後ろへ下がり、空いたグールの鳩尾に掌底を叩き込んだ。
 だが伝わる手応えは軽く、彼女にその突き出した右手首を捕えられてしまった。
(下がって威力を殺されたかッ…)
 冷静に分析しつつ、トーマは手首を捻り掌を上に向け、内側へ腕を回し掴んだ手を振りほどいた。それと同時に彼女の手首を掴みその流れのまま肘関節を決めて、背中を蹴り押して距離を空ける。
 トレアとフィアはトーマの前に立ち、それぞれ剣とナイフの柄に手を掛けた。武器を抜かずに凌げるほど容易い相手でないと認めたのだろう。
「こいつっ!」
 グールはそう声を挙げ武器を持つ2人に向かって走った。
 2人は彼女が十分に間合いに入らないうちに得物を振る。威嚇と、当たったとしても致命的な傷にならないためにだ。しかし、それは3人が思っていたような効果はもたらさなかった。
 なぜならば、グールは床を蹴り、壁を蹴り、立ちふさがった2人を避け通ってトーマに飛び掛かったのだ。
 意表を突かれたトーマはすぐに避けることができず、そのまま正面から彼女に組みつかれ勢いのまま押し倒された。床で体を打つ鈍い音が響く。
「がはっ―」
 トーマに馬乗りになった彼女の息は荒く、目はとっくに獲物を狙う猛獣の物だ。
「このっ!」
「邪魔するなッ!」
 グールの背後からトレアとフィアが武器を突き付けるが、彼女はトーマに自分の上体を密着させた状態で背中を反らせ、下半身を持ち上げて2人を両足で蹴り飛ばした。
「くっ―!」
「きゃっ!」
 2人は床を転がって仰向けに倒れた。
 蹴ったあと下半身を下ろしたグールは、腰を浮かせたまま膝立ちになった。トーマは膝を彼女の股間に押し付ける。
「んんッ!」
 彼女から淫靡な声があがる。
 一瞬力が抜けたところを逃さず、彼は手を柔らかい感触を感じつつも自分とグールの間を通して彼女の顎を下から押し上げる。
 グールの顔は上を向き、トーマが押し上げるがままに上体は上がり体同士は離れる。彼はもう片方の手で中指の第2関節だけを突起させた拳を作り、彼女のたわわな双丘の間の骨をグリグリと押した。
「―ったぃっ!」
 激痛に彼女は思わず立ち上がりトーマから離れる。
「うっ―!」
 そしてトレアが後ろから剣で殴り、グールはその場に倒れた。

「厄介なのに襲われたものだな…トーマ」
 剣を納めながらトレアが言う。
「全くだ…」
「彼女さっき壁を走ったわよ?信じらんない…」
 フィアは床に倒れたグールを見ながら、まじまじと呟く。
「ゾンビ属のなかでも身体能力は諸に高いからな。それにこんなところにいるんじゃ、そうそう人間とも会わないだろう…」
「よくよく思えば可哀そうな話ね…」
 しんみりとフィアが言う。
「…なぁ、2人とも」
「なに?」
「どうした?」
「なんでここの魔物たちは外に出て行かないんだ?ここに居ても仕方ないだろうに…」
 トレアとフィアはトーマの一言に首をかしげた。
「たしかにあなたの言う通りね…出口には鍵もかかってないわけだし…」
「…そうだな…なぜだ…」
 しばらくそうして3人悩んでいたのだが、トレアがふと我に返る。
「って、ここでそんなことを考えている場合じゃないぞ」
「あ、悪い…そうだったな」
「そうね、早く行かないとまた魔物と遭っちゃう―」
 フィアが振り向いた瞬間、目の前に逆さまの少女の顔。
「…ことに…」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・(にこっ」

 「きゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 大声で悲鳴を上げたフィアはトーマに飛び掛かるように抱き着いた。
「や゙だぁ゙…もうや゙だぁ゙ぁ゙…」
 彼女は半泣きになりながら言った。
「もう…そっちのお姉ちゃんったらうるさいなぁ…」
 少女は天井から上半身だけを逆さまに出していたが、耳を塞いでボヤキながら天井から全身を出して上下向きを直した。
「…お前はっ…」
「やっと見つけたよ、お姉ちゃん♪それにトーマお兄ちゃん♪」
 彼は怪訝な顔を浮かべた。
「!?…どうして俺の名前を?」
「そっちのお姉ちゃんから聞いたの♪」
 ゴーストの少女はトレアを指さした。
「…トレア、知り合いか?」
「…お前と同じだ…」
「なるほど…」
 ゴーストの少女は腰に手を当て、頬を膨らませた。
「お姉ちゃんっ、さっきは良くもやってくれたわねっ!………(思い出しただけでキュンキュンしちゃうけど)…」
 その様子を見ていたトーマはトレアに顔を向けた。
「…何をしたんだ?」
「………ノーコメントで頼む…」
「…うぅ…いててて…」
 トレアの分が少々悪くなったところで、グールが目を覚ました。後頭部を抑えながらだるそうに体を起こし、3人を睨む。
「よくもやってくれたなぁ…」
 さらにゾンビも数人やってきて、3人は完全に囲まれた。トーマに抱き着いていたフィアも気配を感じ、すっかり囲まれた状況に身をすくませた。
「拙いな…」
「トーマ…閃光弾ないの?私、下に置いてきちゃってる…」
「悪い、切れた…」
「2人とも、ゴーストには気を付けろ、憑りつかれると厄介だぞ…」
 打開策を探るが、全く持っていい案が浮かばない。というよりも、いい案どころか、案などない。
 3人は武器を構えた。だがこの数相手に、致命傷を与えず無力化するなど無茶もいいところだ。
 じりじりと近づく魔物たち、そして何を合図にか、誰を皮切りにか、一斉に飛び掛かった。
「っ―!」
「くっ―!」
「ひっ―!」

 「ジャウラ・グランデル・イエロッ!」

 突如として現れる氷塊と響く声。3人を避けるようにして、氷塊は一瞬にしてグールとゾンビたちを取り込んだ。
「く…そ…なん…だ…」
 状況を飲み込めないグールは目をキョロキョロと動かすが、氷を通すことで歪んで見える外界の様子は良くわからなかった。ただし声は聞こえる。
「僕オリジナルの広範囲捕縛魔法だよ。抜けられないでしょ?ゴーストのお嬢さん。これ物理因子と効力因子の複合魔法なんだ」
「もうっ、なによ、これ解いてよッ!」
「あとでね。3人とも、大丈夫?」
「ああ、助かったよ…」
 全員無事に合流できたトーマ達は、一度1階に戻り休息を取ることにした。

 シートに腰を下ろしたノルヴィは「もうおっさんくったくただぁ…」と言って横になっていびきをかき始めた。
「いろいろと思わないところで時間と体力を取られたけど、日が登ったら出発するわ。みんな、今のうちに休んで」
 ミラの一言を合図に、トーマ達も横になった。
 そうしてしばらくの間沈黙が続き、みんなの寝息も聞こえてきた頃、トーマはむくりと起き上がった。そしてみんなを起こさないようにそっと階段を上る。
 彼はグールやゴーストが氷漬けになったままの三階へ赴いた。
「あら、トーマお兄ちゃん♥」
 彼の気配に気づいたゴーストの少女は氷の中のスペースで振り向いた。
「やぁ、ゴーストのお嬢さん」
「私レイラっていうの♥ あ、もしかして助けに来てくれたの?」
「残念、違うよ。ちょっと話を聞きたくてな」
「な〜んだ…」
 ゴーストの少女、レイラはちょっと拗ねた様子でそっぽを向いた。トーマはくすっと笑って壁にもたれ掛かり、話を聞く体勢に入る。
「なぁ、ここはどういう建物なんだ?」
「ん〜とねぇ、『魔物から隠れるための建物』かなぁ。まぁ今は『魔物がいっぱいの建物』だけど」
 レイラは冗談っぽく笑いながら言う。
(なるほど…やっぱりミラの言ってた通りか…)
「じゃあレイラや他の魔物たちは人間の時にここへ移ってきたのか」
「そうだよ、うんと昔…だと思う。まだ魔物が人間を襲ってた時」
「そうか…」
 トーマは『だと思う』という言葉が意味するところをすぐに理解した。彼女たちは魔王が代替わりしてどれだけの年月が経ったのかよく解っていないのだ、と。それだけ、外界との繋がりがなかったのだと。
「人は来ないのか?」
 トーマが訊ねると、レイラは少し哀しげな顔をした。
「来るには来るよ。でも中には入らなかったり、入ってきてもすぐ逃げ出してどっか行っちゃうけど…お兄ちゃんたちが来る前に人が来たのも、何年も前かな…」
「…なら、どうしてゾンビたちはあんなに動けるんだ?俺はよく知らないが、確か人間の精がないと弱って行く一方だって聞いた」
「この場所の所為じゃないかな?」
「この場所?」
「ここに来た人間が建物の外で言ってたのを聞いたんだ。この場所、魔力が溜まりやすいんだって」
 トーマはそれで分かった。どうしてこの塔の中に、これほどまでに多くのアンデッド系の魔物がいるのか。
 恐らくだが、ここに避難してきた人々は魔王の代替わりより前に寿命や病気で亡くなった。全員ではなく、その内の何割かだろう。安置されていた遺体には魔力が宿りゾンビとして甦り、またレイラのように魂と魔力が結合しゴーストになった。
「他の魔物たちは?グールが彼女一人という事もないだろうし、スケルトンになった人もいるんだろう?」
「うん。他のみんなはもっと上の階だよ。多分騒ぎには気づいてないんじゃないかな…」
「そうか…」
 トーマはそう言うと下へ戻りかけた。その時、レイラは彼を呼び止める。
「お兄ちゃんっ!…行っちゃうの?みんなも…」
「…ああ。悪いな、俺たちは行ってやらなきゃならないことがあるんだ…」
 寂しそうな顔をしたまま、レイラは俯く。
「そう…なんだ…。ねぇ、またいつか、会いに来てくれる?」
「…そうだな、またいつかな。絶対来るよ」
「絶対、絶対だよっ!」
「約束するよ。あぁ、それからその魔法は朝には解けるから安心していい」
 トーマはそう言い残すと階段を下りて行った。

 やがて朝になり、トーマ達は塔を出た。そして木漏れ日の射す森の中へと消えて行った。
 その様子を塔の中から見ていたレイラとグールだったが、2人はそれぞれ態度が違った。
「あーあ、くそっ、獲物を逃しちまったっ…」
 グールは不機嫌な顔で悔しそうに言う。
「そうだね。でもお兄ちゃんはまた会いに来てくれるって」
「ハッ…でもその時はあのリザードマンとくっついちまってんじゃねぇのか?」
「たぶんね」
 レイラはそういいながらクスッと笑った。
「ほらみろ、結局逃しちまってんじゃねぇか…」

 
13/03/31 16:46更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
もう数か月ぶりの更新です。自分でもこんなに空くとは思ってなかった…orz

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