連載小説
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第3話 遠出 前篇
今日のハクとクロウは、いつも以上に困っていた。

「うぅ・・・仕入先が引越ししちゃうなんてぇ・・・・」
「落ち着いてハク?向こうにも向こうの事情が有るみたいだし・・・」
二人は、肩を並べて一枚の手紙を読んでいた。その封筒には大きな文字で[馬速市場]と書かれていた。その場所は、ハクが好んで焼き鳥を仕入れている所の名前だ。店主はケンタウロスのお姉さん。

「でもでもぉ・・・引っ越して行った先って物凄く遠い所だよぉ?配達を頼もうにも国を超えるみたいだからいろいろ税とかも掛かるだろうしぃ・・・」
「あぁ、もう!私たちが受け取りに行く方が安いとでも・・・アッ!」
少し困った顔から、少し泣きだしそうな顔へと形を変えたハクはどうしようもなく頭を抱えていた。それを諦めさせようとしてクロウが思った事を口にする。しかし、終わる直前で彼女は口を止めた。

「そうじゃん!私たちが受け取りに行く方がほんの少しだけ安いよ♪」
クロウの言うとおりだった。各国の税の徴収法は多少違っているものの、関税は全国共通の値段で支払われていたのだ。発注を頼むとなると数日かかるし人数も多いので余計に税金が掛かってしまって値段も高くなる。それに比べてハクとクロウだけなら大した額の関税も払わずに国へ飛ぶことも出来るし、あわよくば観光まで出来てしまうので一石二鳥だった。

「そうだそうだよそうしよう!それじゃ、用意して早速行くよ?」
「えっ?クロウちゃん・・・今日もお店が・・」
「皆も美味しい焼き鳥を食べる為なら一日ぐらい待っててくれるさ!」
ニコリと笑ってハクの腕を掴んだクロウは、はしゃぎながら二人の家へと帰ろうとした。時刻はもう夕方を過ぎている。そろそろ開店していないと可笑しい時間帯だ。一応、お互いに身寄りが無く同じ家に住んでいるハクとクロウは、同居という形でお互いを好きで居られるが、わがままが強くて過去に何度か喧嘩をしたこともあったのだ。しかし今となっては仲の良い二人は、何処か分かり合っているような感じがあった。

「・・・・・・うんっ♪そうだよね!皆優しい人だもんね。」
「よっし♪置手紙も書いたし、そろそろ行くよ♪」
暫く考えたハクは、やっと他国まで出かける事に了承した。しかしその頃には既にクロウは出発の準備を済ませてリュックを背負ってハクの前に居た。そして、置手紙を焼鳥屋のある場所に置いて出かけたハク達は空を舞って飛んで行った。


「ハクちゃん?その国の名前、何て言うんだっけ。」
「国の名前は[ラティウム]っていう大きな国で、今から行くのはその片田舎の街で[ペンド]っていうらしいよ。なんでも、そこで作る乳製品が名産らしくて、他国からまで買いに来る人もいるみたい。」
クロウの説明に出て来たラティウムという国は、首都をヴィナールと言う王都に設けた国家である。此処では最近、王家の人間同士による潰し合いが激しいと世間の人たちからは苦情が集まっているらしい。因みにこの情報をくれたのは、いつものろおれらいのお得意さんのリーフだった。彼は何度かヴィナールへ立ち寄った事が有るらしく、その度に聞いていた苦情の話をクロウ達にも話していたと言う事だ。

「さて、そろそろ国境に入るよ?降りてかなきゃ不法入国になっちゃうからね。」
「うんっ♪」
ハクとクロウが空を飛んでいると、大地の前の方にそこそこに大きな壁が見えた。別段高い訳でもないのでハクやクロウのような空を飛べる種類の魔物には飛び越えることも出来るのだが、そうすると地面から兵士が撃ってくる様な事もあるので誰も飛び越えようとはしないのだ。そして、地面に降りたハク達は、関所の門兵に呼び止められて、理由を説明した後に関所でお金を払って隣国の[ロマール]と言う国へ入った。すると、兵士は護衛を付けてくれると買って出てくれた。結果、ハクとクロウの両脇には一名ずつの護衛の男性が正装を着て単発銃を持ってついて来てくれた。彼らの説明によると、つい最近に首都の[パルマー]で切り裂き魔が出没したらしく、今も尚捕まっていないらしいのだ。分かっている事は大柄な男性だと言う事だけらしい。

「クロウちゃん・・・怖くなってきちゃった・・・」
「大丈夫だって。護衛のお兄さんたちも居るんだから。まぁ、空を飛んじゃ駄目ってこの国の法律が無かったらもっと楽に飛べたからちょっと可哀そうかもだけど・・・」
「我々は、貴女方をお守りして向こう側の関所まで連れて行くのが役目ですから。」
「ですから、安心して我々の護衛を信用して下さい♪」
怖がってクロウの背中にしがみついたハクは、本当にクロウから見て妹の様に見えた。彼女が元々幼い容姿を残しているとしても、これは幼女が好みの男性からすればたまらなく可愛い事だろう。クロウはハクを見つめて少しばかり困った顔をしてハクの頭を撫でていた。両隣の男性二人は、少しでも緊張と恐怖を和らげようと、笑顔で接していた。これがキモい男とかなら明らかに危険だが、幸いにも両名共に若い青年だった。顔も悪くない。寧ろ彼女を幾人も持っていそうな顔立ちをしていた。

「はい・・・・頑張ります・・・」
「そう♪その調子ですよ♪明るく振舞っていれば、きっと恐怖も逃げて行きますよ♪」
「そうだと良いんだけどねぇ。」
「おっ♪そろそろ次の街ですね。時間も時間ですし、夕食にしましょうか。両替はもう済ませましたよね?良い店を知っているのでご紹介させて下さい♪」
ため息をつく様に返事をしたハク。その答えに、ハクの側に付いていた男性はニコリと笑顔を向けてハクを励ましていた。その隣で、そうなって欲しいと願っていたクロウは、隣で街を指差した男性の声で前を向いた。そこには大きな街が姿を現していた。

『いらっしゃいませ〜!』
『安くしとくよ〜?』
『いかがですか〜?』
『そこのカップル!寄ってらっしゃい!』
色々な方向からいろんな人の声が飛び交う中を、ハクたちは進んでいった。途中、何度も八百屋や精肉店、レストランや一風変わった謎の店までハク達を止めていた。しかし、その度に両隣の男性二人がハクとクロウを庇う形で前へ出て来てくれた。その度に何かを見せられた店員は、渋々ながらも去って行くのだった。

「・・・一体どういうことなんです?」
「あぁ、これは[エンブレム]と言う国王直下の親衛兵にのみ与えられた所謂[許可証]なんですよ。これがあれば、最悪家族殺しだって許されます。」
「これ、偽装とかしてたら大変なんじゃ・・・」
「偽装は出来ない事は無いですが、その場合だと多額の資金が掛かる上にb煬@らなきゃダメですからね。結構手間があるんですよ。」
少し疑問に思ったクロウだが、そんな事を話している間に目的の[良い店]に辿り付いていた。

「こんにちわ♪シュルトさん居ますかぁ?」
「ん?アインか?俺は此処に・・・・・幼女だと?!ツヴァイ!この子たちは?」
アインと呼ばれた男性は、「そうですよ?」と笑顔で答えた。この場合の幼女とは、ハクとクロウ以外に考えられなかった。そして隣のツヴァイに話しかけたシュルトは、ハクとクロウをまじまじと見つめたまま口を開いて唖然としていた。

「・・・・一体どうやって誑かしたんだ。二人とも。」
『えぇ?!ヤッてませんよぉ。』
「何の事話して・・」
「止めときなよハク。アンタは知らなくて良いよ。」
何だかカオスになって来た会話に付いて行けなくなったハクが、クロウに聞こうとしたがクロウは直ぐに聞こうとするのを止めさせて黙り込んだ。見た目から大人しそうな感じのするクロウが黙っていると、本当にそんな感じに見える。ハクは見た目どおりの泣き虫な性格故に何も無いのだが、クロウは少し違っていた。

「・・っと!今日は客として来たんだったな。いらっしゃい。」
「え・・えぇ・・・」
「この人はシュルトさん。この宿『妖精屋敷』のオーナーさんなんだ。」
「わ・・分かりました・・・」
「怖がらなくて良いですよ♪彼、小さな女の子に目が無いだけですから。」
ツヴァイがコソッとハクに教えて安心させようとしていた時に、シュルトが「俺は幼女が須らく好きなだけだ!」と怒鳴っていたが、その後すぐに笑いで溢れるロビー前に成り変っていた。

「今日は合計4人で宿泊だな?」
「お願いします。料理も、美味しい物を作ってあげてくださいね♪」
「わぁってるよ!特上に美味い物を用意してやる!これが部屋のカギだ。せいぜい楽しめよ?」
他愛無い話で盛り上がっていた3人。そして、話に付いていけないのが1人と付いて行かないのが1人いた。暫くして鍵を渡されたアインは、ハクの緊張を解す為に手を繋いで廊下を歩いていた。クロウはその様子を見て、「ハクもまだまだ子供だ」と思っていた。まだハクがアインに懐いているから良い物の、これが嫌っていたとするとどうなっていたのだろうと思うと背筋が凍る。

「とりあえず、外はもう暗いですし泊りがけで良いですね?」
「はい。構いませんけど。」
半分強制的に部屋の中に入ったハクとクロウは、アインとツヴァイの案内の下で宿の構図を覚えた。どうやら昔から旅館だったらしく、改装の跡が見えるし部屋も多い。しかも温泉付きときたものだから、他にも数人の客が泊まりに来ていた。どれも社会人のようだ。中年オヤジと言うのが相応しい見た目をしていた。

「ふあぁ♪貸し切り状態だぁ♪」
「ハク?行儀悪いよ?」
「はぁい♪」
部屋に荷物を置いて着替えの用意をしたハクとクロウは、そのまま温泉へと入っていた。この温泉は男女で入浴時間が入れ替わるようになっていて、現在は女湯になっていた。その中でハクとクロウは湯船にしっかりと浸かって今日の分の疲れを落としていた。

「はわわ・・・羽根がすっごい抜けてるよぉ・・・」
「ホントだ。これも効能なのかな。抜けてるの全部古い羽根ばっかりだし・・・」
暫く湯に浸かって寛いでいた二人だったが、湯船に古い羽根が浮かぶようになって来たので少し驚いた。人の髪の毛のようにプカプカと浮かんでいる羽根は、どれもこれも色素が抜けかけている物ばかりだった。古い羽根の抜けた二人の肌は、羽根が抜け落ちた事によって多少だが露出していた。二人とも色白の艶のある肌だ。ただ、クロウはブラックハ―ピーだと言う事もあってか、露出した肌は白に少しだけ日焼けの跡や傷口などが見えた。

「それにしても、快適な温泉で・・・クロウちゃん?!」
「んっ?ハク、どうしたの?」
「どうしたの?じゃないでしょ!この傷どうしたのっ!」
広い湯船に浸かって気持ち良さそうにしていた二人だったが、ハクはクロウの腕にある傷を見て少し驚いた。他にもクロウには幾つかの場所に傷口があるが、全て「昔の傷だから大丈夫♪」で済まされていた。今回もその流れで行くであろうと分かっていたハクは、一応頭の中で警戒しておいた。そして、慌ててクロウの腕を掴んで羽根を逆撫でた。そこには、案の定見つけた通りの形の古傷が痛々しく残っていた。

「大丈夫・・」
「だから!大丈夫じゃないって言ってるでしょ?とりあえず、私は宿主さんにお医者さんを連れてくる様に頼んでくるから。そこで待ってて。」
「・・・・いっちゃった・・・」
クロウが、いつもと同じようにハクを安心させようと同じ事を言おうとした。しかし今回はハクに止められてしまった。それだけ傷が痛々しかったのである。自分自身でその痛みを分かっているクロウは、どうする事も出来ずにただ俯いてハクが医者を呼んでくるのを待っているのだった。
11/01/13 18:08更新 / 兎と兎
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