連載小説
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前編
窓の外は目もくらむような陽光が照り付けている。照り返しに輝く道路と、光と影が織りなす強い陰影。毎年変わらぬ真夏の風景だ。僕は窓辺に立って街並みを見つめ続ける。
目を上げれば抜けるように高い青空。きっと外は灼熱の世界なのだろう…。
一つため息が出る。僕がいるのは涼しい部屋の中。壁紙も家具も一面紫色の部屋の中だ。

「旦那様。どうかされましたか?」

そんな僕を案じるかの様に優しい声がする。振り向くとそこにいたのは、生涯を共にすると誓った人の姿だった。僕は笑顔を見せてかぶりをふる。

「ううん!なんでもない。大丈夫だから…。」

僕の様子を見て彼女も安心したようだ。彼女は濃い紫色をしていた。流れる様な紫色の液体だ。
それが人の…女性の姿をかたどっているのだ。よく見ればエプロンドレスとカチューシャも身に着けている。彼女はショゴス。魔物娘の一種族だ。彼女は絶世の美貌にほほ笑みを浮かべた。
満月のように輝く黄色の瞳で僕を見つめる。

「なんでもお申し付けくださいね!旦那様のために尽くすのがわたくしの定めであり喜びなのですから…。」

彼女の芝居がかった台詞に笑いそうになりながらも、早速僕はお願いしてしまう。

「そうだ。ちょうど喉が渇いてしまって…。」

「承知いたしました!何をお持ちしましょうか。お茶に麦茶にウーロン茶。コーヒーに紅茶。ミネラルウォーターや各種ジュースもご用意出来ますが。」

朗らかに答える彼女に僕はそっと言った。

「ううん…。いつものがいいな…。」

その途端。彼女は瞳に淫らな色を浮かべると濡れたような声を出した。

「いつもの…でございますか?承知いたしました。すぐにお持ちしますね…。」

一礼してその場から去った彼女だが、すぐに戻ってきた。手にしたお盆には液体が注がれたグラスが載っている。お盆もグラスも液体もみんな紫色。彼女の体と同じ濃い紫色だ。

「お待たせいたしました…。どうぞ。」

僕は差し出されたグラスを受け取ると口づけする。そしてすぐに中の液体を飲み始めた。

「うぁっ!」

隣ではショゴスが甘い嬌声を上げ始めた。まるで彼女自身に口づけされ、すすられているかのように。だが僕はそれにかまわず一気に飲み干した。

「はぁうっ!」

僕が液体を飲み干した途端、彼女は絶頂したかのように声を上げると、ぶるぶる身を震わせた。瞳はどろりと鈍い光を放っている。

「ありがとう。とってもおいしかったよ…。」

「いいえ。どういたしましてぇ…。」

呆けたように笑う彼女だ。この飲み物はとても美味しい。喉に絡みつくような濃さと、頭がとろけそうになる甘さは、病的なまでの依存性がある。僕はもっともっと飲みたくて彼女におねだりする。

「ええと。もう少し欲しいんだけれど…。」

「はい。少々お待ちくださいね…。」

けだるい様子でうなずく彼女に僕は慌てて言う。

「待って!直接がいいかな。」

「あっ…。直接、でございますかっ?うふふっ。承知しました…。」

ショゴスは歓喜にあふれる表情を見せると、たちまちのうちに僕を抱きしめた。
花の様な甘い香りと程よい冷たさが全身を包む。そして己の顔を近づけると僕にそっと口づけしてきた。ゼリーの様にぷるぷるの唇が触れると、僕は音を立てて啜り始めた。

その途端、先ほど飲み干した液体の感触が僕の口中に広がった。濃くて甘い液体が口いっぱいに広がる。僕は当然の様にそれを飲み干す。例えようもないうまさを味わい何度も飲み干す。

この液体はショゴスの彼女から取ったスライムゼリー…。僕は彼女自身をいつも飲んでいるのだ。美味しいだけじゃない。彼女の力が込められたこのゼリーを飲めば、飢えと乾きを全く感じないで済む。もちろん彼女に頼めばどんな料理も作ってくれる。だが到底このゼリーの美味しさには敵わないので、いつも彼女の体を食べているような状態だ。

「旦那様ぁ。わたくしのぜりー美味しいですかっ…。わたしくしはおいしいですかっ…。」

彼女も恍惚とした眼差しで訴えかけてきた。どことなく狂気じみた光も浮かんでいるが、それもまた素敵だ。いや。いつの間にか素敵だと思うようになってしまった。

「んっ…。おいしい。おいしいよおっ!」

「わたくしはすべて旦那様のものなのですから。すきなだけ。もっともっとお召し上がりになってくださいねっ…。」

慈愛あふれる眼差しのショゴスは、僕を抱きしめるように粘液で包み込んでくれる。心地よさに全身を包まれ、僕も甘えるように彼女に身をゆだねた。僕たちは再び口づけする。注ぎ込まれるショゴスのジュースを味わう。

夢中になって飲んでいると僕たちがいる部屋が震えはじめた。紫の部屋がうねり、崩れ、流れる液体になった。部屋だけではない、家具も、先ほど僕が使ったグラスも皆液体になって広がり出す。
たちまち液体は僕たちを覆い尽くした。そう。僕はショゴスの彼女の中、すべてが彼女で作られた中に住んでいるのだ。

僕が飲んで胃の中に収まっているはずのショゴスゼリーも震えだす。体内から伝わる甘い疼きと、皮膚を優しく愛撫するような暗色のうねりに僕は悶える。いつしか目の前のショゴスも、そして僕自身も崩れ、ひとつの紫色の物質となった。今では僕もショゴスの彼女と同化してしまった。
何も苦労はさせません。私の中で一緒に住みましょう。そんな彼女の勧めを受け入れた僕は、徐々に彼女と一つになっていった。

でも、それはなんて素晴らしい事だったのだろう。いつも絶対的に僕に仕え護ってくれる最愛の人。そんな人と一つになるのは例えようもない安心感だった。僕はこの優しい紫の部屋の中に居さえすればよい。あとは彼女にすべて任せればいい。一緒に笑い合って生きていくだけでいい………。

心地よさと多幸感に包まれ、文字通り僕の身も心も溶ける。でもすべてが紫色になった中でも彼女の瞳、黄色の瞳は僕を見守り続ける。月の光の様に優しい眼差しを感じ続ける。すっかり当たり前の事になったショゴスとの共生。

でも、そうだ。僕がこうなったのは一体いつの事だっただろう。
もう遥か昔のような気もするけれど………

















「で、本当に大丈夫なのかい?」

「もちろん。これでようやく自由になったんだよ!」

久しぶりに家に来た幼馴染に僕は強がる。彼女は以前近所に住んでいた咲ねえちゃんだ。
咲姉ちゃんははふわふわの耳と尻尾を揺らして僕を見ている。
彼女は当然人間じゃない。刑部狸という魔物娘だ。昔から頼りない僕だったので、咲ねえには色々面倒をかけてきた。こんな僕の相手をしてくれて本当にありがたく思う。

魔王の統べる王国と国交が結ばれて数十年…。今では魔物は人にとって良き隣人であり、共に手を携えて歩む仲間でもある。僕と咲ねえとの関係の様に。

「本当かい?おじさんやおばさんにはまだ何も話していないんだろ?」

「それは…。」

「やっぱりまだか。私からは何も言わないけれど、機会を見て伝えたほうがいいんじゃないかい?」

「うん…。わかってるよ。」

咲ねえは心配そうに僕の様子を伺っている。実は、僕は先日会社を辞めた。
何度も転職を繰り返した果てに、ようやく入れたはずの会社だった。その会社を辞めた。
彼女はその事を知って来てくれたのだ。でも、咲ねえはもう結婚間際のはずだ。僕の事でこれ以上迷惑はかけたくない。それに変な誤解も生みたくない。僕は満面の笑みを作って見せた。

「大丈夫だって!すぐに就職活動も始めるから。」

「本当かい?」

「うん…。」

「わかった。何かあったら言うんだよ。出来るだけの事はするから。で…これは別件なんだけどね。」

何度も僕に念押しする咲ねえだったが、がらりと表情を変えてきた。魔物娘らしい整った顔に笑みを浮かべると、なにやらチラシを出してくる。

「ええと。これは?」

「ああ。縁あって私も出資することになった会社なんだけどね。もし君の知り合いで興味ありそうな人がいるなら教えてやって欲しいんだが…。」

チラシには「魔物娘のメイドさん派遣します!」と書かれていた。メイド服を着た魔物娘が微笑んでいる写真も載っている。メイド派遣なんて好事家向けの商売としか思えないけど…。大丈夫か?
でもこの写真の人、すごい美人だ。たしか種族はキキーモラといったかな…。

「まあ建前としてはニッチな層を狙った家政婦紹介所かな。実際は結婚相談所なんだけどね………」

僕は写真を夢中で見続ける。咲ねえは何か言っているが全く聞こえなかった。それほどこのメイド服のキキーモラは美しかったのだ。

「頼むよ。誰か紹介してくれたら少しはお礼もするから。」

「あ。うん。わかったよ。」

「じゃあこれで失礼するよ。本当なら一緒に飯でも食いに行きたいんだが、今では私も立場があってね。誤解されるような事は出来ないんだよ。と、いうわけで、お詫びにこれでうまいものでも食ってくれ。」

そういって彼女は僕の目の前に封筒を差し出した。見ると食事代にしては明らかに多すぎる紙幣が入っている。そこまで世話になるわけにはいかない…。僕は慌てて手を左右に振った。

「やめてよ!本当に悪いって…。」

「いいから取っておいてくれ。」

「でも…。」

「ばかもん。弟のくせにお姉ちゃんに遠慮なんかするんじゃない。」

断り続ける僕に咲ねえは一喝した。彼女には昔から逆らえないし、失業した僕にとってお金は喉から手が出るほど欲しいものだ。いつも悪いとは思うけど…有り難く受け取ろう。やれやれといった顔の咲ねえに僕は深く頭を下げた。

「咲ねえちゃん…。ありがとう。それと結婚おめでとう!」

「いやいや。本当にそんな気を使わんでくれ。君こそ就職活動頑張ってな!」

咲ねえはほっとした様な笑顔を見せた。





















「ちっ!」

帰宅した僕は舌打ちするとカバンをベッドに投げつけた。中身が音を立ててまき散らされる。
もう半年以上も就職活動しているが全く結果が出ない…。人間より圧倒的に優れた存在である魔物と、魔物に近い存在のインキュバス。彼らに求人はほぼ持っていかれる状態だ。ただの人間、しかも履歴書が傷だらけの僕に勝ち目はない…。

魔物やインキュバスは働かなくても食って行けるんじゃないのかよ。わざわざ人間の仕事を奪うような事しなくてもいいじゃないか…。そもそも魔物は一日中セックスするのが好きで、働くのは嫌なはずじゃないのか…。理不尽な鬱憤が渦巻く。気持ちが抑えきれなくなりそうだ。

イライラしても仕方ないな。とりあえず片づけるか。

八つ当たりのせいでカバンの中身が散乱してしまった。馬鹿な真似をして軽い自己嫌悪に陥る。それだけじゃない。部屋には一面ほこりが溜り、モノが乱雑に散らかっている。思うに任せぬ状況が続き、掃除などする気力もなかった。ため息をついて片づけ始めた僕の目に、ふと止まったものがあった。

そうだ………

これは以前咲ねえが持ってきたチラシだ。おそらく意識しないでカバンに入れてしまったんだろう。
何気なく読み返す僕の目に、清楚で美しいキキーモラが写る。キキーモラか…。キキーモラのメイドさんに毎日世話されたら就職活動もっと頑張れるかもな…。でもキキーモラは働き者には全身全霊で尽くすけど、逆に怠け者は奴隷にしてしまうっていう噂もある…。今の僕は奴隷決定だな。
思わず皮肉な笑みが浮かぶ。

けれど…奴隷か。まてよ。そうか、そうすればいいじゃないか。

妙な事を思いつき僕は手を打つ。僕はこの派遣メイドを利用する。が、派遣メイドなんて相当高額のものなのだろう。今の僕に払う金はない。無銭で利用すれば大問題だが相手は魔物娘だ。
金の代わりに僕の体で払ってやると言えばいいじゃないかっ!
これは面白いことになりそうだ。反応が見ものだぞ。所詮こんな僕だ。今の生活を続けるのも地獄なら、キキーモラの奴隷になるのも地獄。どっちを選んでも地獄に変わりはない…。

僕は次々に湧き起こる下劣な妄想にほくそ笑んだ。まあ、今にして思えば追い詰められた生活で、頭がどうかしていたとしか思えないのだが………

















「さーて。キキーモラがくるぞ…。」

興奮が抑えきれず独り言が漏れる。今日は待ちに待ったキキーモラが来る日だ。
あれからすぐに例の会社に電話して、魔物娘のメイドを派遣してもらうことにした。チラシのキキーモラが素敵だったので、彼女をお願いしようとしたが、あいにくと指名でいっぱいだった。その代り彼女に勝るとも劣らないメイドを派遣しますからご期待くださいとの事だ。

いけない。緊張のあまりそわそわしてしまう。僕は気を紛らわせようとチラシのキキーモラの写真を見つめた。清楚で麗しいだけでは無く、手首と尻尾のもふもふがこれまた魅力的だ。

いまからこのもふもふが来るんだ…。もふもふいいな…。よし。僕が奴隷になったらこのもふもふで色々してもらおう。お仕置きでくすぐられたり叩かれたりもいいし、ご褒美でなでなでしてもらうのもいい…。この鱗のある足も素敵だから踏みつけてもらうのもよさそうだ…。

繰り返すが追い詰められた毎日で、僕の頭はどうかしていたのだろう………。

一人妄想に耽りぐへぐへと下卑た笑いを浮かべているうちに呼び鈴が押された。
ようっし!もっふもふが来たあっ!我に返った僕は早速ドアに駆け寄り開け放った。

もっふもふ…あっ…。えっ?どろ…どろ?

ドアの外を見た僕は固まった。玄関先に佇んでいたのは思いもよらない異形の姿だった。
そこにいたのは濃い紫と紫紺の液体状の物質。スライムなんだろうか?その物質はスタイル抜群で大変に美しい女性の姿を形づくっている。床には垂れた粘液がうごめいている。

彼女はメイドっぽい白いエプロンドレスとカチューシャをつけていた。特徴的なのが彼女の瞳。月の光の様に澄んだ輝きを放っている。彼女は一礼すると顔の部分に朗らかな笑顔を形作った。

「お初にお目にかかります。わたくしは紹介所より派遣されてまいりました、メイドのアネモネと申します。旦那様には誠心誠意お尽くしいたしますので、以後よろしくお願いいたします!」

澄み切った声で自己紹介したメイドは再度頭を下げた。

これは一体どういう事?メイドって言ったけど、この彼女はスライムじゃないのか?色目からするとダークスライムっぽいけれど…。聞いたこと無いけどスライムメイドとかいるのだろうか?

「旦那様…。いかがなさいましたか?」

予想外の事態に遭遇して理解が追い付かない。目の前のメイドは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

「いや、あの…。すみません。住所間違えてません?」

困惑のあまり出た僕の言葉だったが、メイドのアネモネは不審な様子も見せずに頭を下げた。

「あら。それは大変申し訳ありませんでした。今すぐ確認いたしますね。」

アネモネはその場を離れるとケータイを取り出して話し始めた。確認はすぐに済んだようで、微笑みながら戻ってきた。その結果、間違いなく彼女は僕が頼んだメイドさんだった…。
でも、キキーモラが来るつもりでいたのにこれではどうにも…。

僕の心のわだかまりを敏感に察したのだろう。アネモネは苦笑すると優しく説明を始めた。

「旦那様はわたくしの事をスライムと思っていらっしゃる。そうお見受けいたしますが。」

「違うんですか?」

「確かに広い意味ではスライムと言えるでしょう。でも、ただのスライムではございません。わたくしはショゴス、という種族の魔物娘にございます。」

「ショゴス、ですか?」

ショゴス?魔物にそれほど詳しくない僕には初耳だった。僕の問いにショゴスのアネモネは真面目な顔でうなずいた。

「はい。わたくし共ショゴスは、あるじに奉仕する事に全ての存在意義を見出しております。奉仕にかけては他の種族に引けは取らないと自負しております。たとえキキーモラの方々といえども負けるつもりはございません。どうかご安心を!」

大げさともいえる物言いをしたアネモネは、自信満々といった様子で胸を張って見せた。僕が言葉を発する間もなく彼女は再度一礼する。

「という訳でこれからよろしくお願いいたしますね。旦那様!それではさっそく開始いたします!」

アネモネは満面の笑みを見せる。粘液状の物質とは到底思えない素敵な笑顔。
僕はその愛くるしい表情に魅惑され呆然としてしまった。アネモネは立ち尽くす僕の間をすり抜けるようにして、家の中に入っていった。はっと気が付いた僕は慌てて制止しようとする。

「ちょっと待って下さいアネモネさんっ!」

「まあ旦那様。そのような丁寧なお言葉は不要にございますよ。わたくしはただの召使にすぎませんので…。」

「えっ!?アネモネさん?」

「旦那様。アネモネ、とお呼び下さいませ。」

アネモネは僕の目をまっすぐに見つめる。子供を教え諭すように穏やかに語りかける。その様子に僕は抵抗する気も起こらず従っていた。

「うん。わかったよ。アネモネ。」

呆けたように答える僕を見て、アネモネはちょっぴりからかうように笑った。

「うふふっ。素直で可愛らしくて…とっても素晴らしい旦那様です。旦那様にお仕えすることができて光栄ですよ。ええと…。まずはおうちの片づけからいたしましょうか。」

アネモネは笑顔を残して片づけに取り掛かった。僕はまたしても胸が締め付けられるようなときめきを覚える。




















「旦那様。掃除と片づけが完了いたしましたのでご確認お願いします。」

「ええっ。もう終わったの?」

信じられない速さで終わったので驚く。慌てて部屋を見まわるが、どこもかしこもピカピカで塵一つ落ちていない。乱雑に散らかっていた部屋も綺麗に整理整頓されている。
関心のあまり思わず声が漏れてしまう。

「へえ〜。すごいよ!あんな汚い部屋がこんなに綺麗になるなんて…。」

「お言葉うれしゅうございます…。」

ショゴスのメイドは照れた様にはにかんだが、不意にもじもじすると上目使いになって僕を見た。

「あの〜。旦那様〜。」

「なに?」

「わたくしは旦那様のメイドにございます。旦那様が望まれるすべての事を…すべての欲求を満たして差し上げるつもりでおります。どうかご遠慮なさらず、何でもお申し付けくださいませ。」

アネモネは頭を下げた。何やら奥歯に物が挟まった物言いが気になるが…。

「それではお食事のご用意をいたしますので…。」

僕は去っていくアネモネを見つめていたが、不意に嫌な予感が襲う。あっ…。まさか!あの事か!
誰にも見られないはず。絶対に見られないはずの引き出しの裏側。そこを慌てて確認する。

「やっぱりこの事か…。」

思わず言葉が漏れてしまった。僕はため息をついて頭を抱えてしまう。
アネモネは男なら絶対人に見られたくない、そんな僕の秘密のコレクションまで整理してくれた。
ご丁寧にジャンル別、各種性癖別に分類して、ラベルまで張ってくれてある。
急激に羞恥心が襲ってきた僕は脱力して座り込んでしまった。

まあ。でも、いいか…。結局僕は彼女の奴隷になるつもりなんだ…。こんな些細な事を気にしても仕方ない。僕は気を取り直して立ち上がる。でも、あれは見られたくなかったな…。リリラウネ姉妹が男を責めて、体から出てくる蜜とかいろいろ飲ませるやつ…。どう見てもド変態だ…。

「旦那様。お食事のご用意ができました。」

もう一度ため息をつく僕の耳に、アネモネの透明感あふれる声が響いてきた。




















「いかがですか?旦那様?」

「すごくおいしいよ!」

僕はアネモネが用意してくれた料理を夢中で頬張っている。そして不安げな様子で伺ってきた彼女に満面の笑顔でうなずいた。

「ありがとうございます旦那様!おかわりもありますのでよろしかったらどうぞ。」

僕の言葉にアネモネもほっとした様子だ。もちろん料理はとっても美味しい。でも、一人暮らしが長かった僕にとって、アネモネの手料理は美味しいという以上のものだった。
食べていて心安らぐというのか、優しい味わいというのか。とにかく自分一人の食事では絶対に味わえないものだった。

長らく実家に帰っていないので母の手料理も全然食べていない。それなので久しぶりに母の料理を食べているような、そんな懐かしさも僕は味わう。

「は〜い。次は野菜スープですよぉ。」

アネモネは嬉しそうにスープ皿を置いた。僕は早速温かいスープを飲み始めたが、コンソメベースのスープは当然の様においしい。でも、なぜか皿とスプーンが紫一色というのは違和感がある。

それでふと気が付く。今使っているスプーンと皿だけではなく、今日使った食器。茶碗も箸もコップもすべて紫色なのだ。紫色の食器なんて一つも持っていないので、これはアネモネが持ち込んだのだろう。でも、なぜ紫色なのだろう?しかもこの紫色はアネモネ自身の色としか思えない。

「ねえアネモネ。この食器なんだけれど………」

気になりだすと抑えきれなくなるものだ。我慢できなくなった僕は直接アネモネに聞いてみた。
アネモネは僕の問いに困るわけでも無く、自然な様子で答えてくれる。

「はい。この食器はわたくし共ショゴスが、主と認めたお方のみに使う特別な食器なのですよ。」

「そんな大切な食器を僕なんかに使っていいの?」

「もちろんです!旦那様はもうわたくしだけの旦那様なのですから…。」

そうすることが当然とばかりにアネモネは可憐な笑みを見せた。

お世辞でも嬉しいが、明らかに買いかぶりなので照れくさい。それに僕が無銭でメイドを使っていると知ったらどうなるのだろう…。物思いにふけりながらスープを飲んだので、スプーンがしたたかに歯にあたってしまう。

「うぁっ!」

その途端、アネモネの甘い嬌声が響き渡った。驚いてアネモネを見ると体をぶるぶる震わせている。まるで衝撃に打ち震えている様な体から、スライム状の粘液がぼたぼた垂れている。

「アネモネ!?どうしたの?大丈夫?………て。えっ!?」

驚いて問いかける僕にアネモネは笑顔を見せた。でも、その笑顔はまるで悦楽に溺れているかのような妖艶なものだった。思わずぎょっとして声が出てしまう。

「お騒がせして申し訳ありませんでしたぁ…。でも、大変うれしゅうございますぅ。わたくしの様な者にお情けを頂けるなんてぇ…。」

一体アネモネは何を言っているのだろう?相変わらず彼女は淫らな様相で僕を見つめている。
凄いエロいけど…どうしよう?そう思った矢先。アネモネは正気を取り戻したかの様に後ずさった。

「あわわわ!大変申し訳ありませんでしたっ!私としたことが本当に申し訳ありませんっ!」

「い、いや。気にしないで。僕は大丈夫だから!君こそ本当に大丈夫?」

すまなそうに何度も何度も頭を下げるアネモネ。僕も慌てて彼女をなだめた。

「はい。もう大丈夫でございます。」

「何かあったの?」

「はい?いえ!なんでもございません。どうかお気になさらず…。」

すっかり落ち着いたアネモネは、僕が何を聞いても大丈夫と言うばかりだった。
でもなぜか恥ずかしそうに俯いて、何度もちらちらと僕のほうを見ている。
なぜだろう…。よくわからないが、まあいい。近い将来僕は彼女のものにされるのだから…。
いずれその時にわかるだろう。

















「あ〜っ…。」

風呂に入った僕は心地よさで声を上げてしまう。最近はほとんどシャワーだけだったので、お湯につかるなんて久しぶりだ。お湯は体にちょうどいい温度。風呂場も浴槽もピカピカ。
当然全部ショゴスのアネモネがやってくれた。本当に何から何まで世話してくれてありがたい。

あとは、旦那様お背中流します。とか言って来てくれればもっと嬉しいんだが…。
でも、アネモネは魔物娘だぞ。もしかしたらあり得るかも…。
それで体を洗われているだけなのに大きくしちゃうなんて恥ずかしい旦那様ですねぇ的な展開になって恥ずかしい旦那様にはおしおきですと色々されて…。

やっちゃった…。思わず馬鹿な妄想に耽ってしまう。でも、もしかして、と何かを期待して長湯してしまうが、アネモネが風呂場に乱入してくる事は無かった。

まあ、当然だよね。僕も本当におめでたい奴だ…。自嘲の笑みを浮かべながら、僕は置かれていたバスタオルを取った。このバスタオルも見たことが無い紫色。信じられないぐらいふわふわだ。きっとアネモネが持ってきたのだろう。僕は風呂から出ようと体を拭き始めた。

「うっ!」

その途端、想像もつかない感触が肌を襲い、僕はうめき声を上げてしまう。肌に吸い付くような、舐め回すような、ただのタオルとは思えない快感を伴ってくる。なにこれ?疑問に思い再度体を拭いたが、またしても絶妙な心地よさが肌を覆う。よくわからないけど、これいいかも…。僕は無我夢中で体を拭き、快楽を味わい続ける。そしてとうとう拭いていない所は一か所だけになった。

当然そこは僕の股間。優しい快楽にさらされ続け、一物も暴発寸前の状態で張りつめている。
でも。ダメだ。こんな状態で拭いたら間違いなく出してしまう。ダメだっ!
理性はそう訴えかけるも、知らぬ間にタオルを持った僕の手は股間を拭いていた。

「あうっ!」

まるで口でしゃぶられるかのような快感が肉棒を包む。僕の理性は一気に崩れ堕ちた。
僕はタオルを肉棒に絡みつかせるようにして何度もしごく。タオルも猛ったものを舐め、吸い付くかのように快楽を与え続ける。僕はもっと気持ち良くなりたくて、さらに何度も何度もしごいていた。

本当にやめろ。これは明らかにおかしい。こんなタオルありえない。僕は理性が発する言葉を再度無視して己を慰め続ける。限界めがけて突き進む。やがてそれは突然訪れた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

熱いモノが爆発した。強烈な快感のあまり叫びそうになるのを必死に我慢する。僕はタオルで股間を抑え、ぶちまけられる白濁液を受け止める。だが、不思議なことに、股間のタオルは出された精液を吸引するようにうごめき続ける。その動きが新たな快感を生み出して、僕はさらに射精した。

普段とは全く異なる長い絶頂が終わった。僕はタオルで股間を拭くと洗濯物の奥に押し込んだ。
たしかに最近抜いていなかったけど、でもタオルに欲情するなんてみじめすぎる…。
自己嫌悪のあまり溜息をついてしまった。












16/08/21 20:00更新 / 近藤無内
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■作者メッセージ
後編に続きます。

最近クソ暑い日が続いていますので、ショゴスさんに包まれればひんやりして気持ちいだろうなぁ…。という願望から生まれたSSです。
当然ですがショゴスさんは魔物娘なので、冬場はお風呂に入った様にぬくぬく温かいはずです!

今回もご覧いただきありがとうございます。

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