読切小説
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したぎおとし
 我が家には妖怪『下着落とし』が住んでいる。



 下着落としは、俺が部屋でくつろいでいると、襖の隙間からそっとこちらを覗きこみ。

 そして隙間から自分の下着を、俺の部屋へポイと落としていくという、奇っ怪な行動を繰り返す妖怪だ。

 毎日、ではない。大体一週間に一回ぐらいの頻度であるのが幸いである。

 しかし毎度毎度、部屋に入れられた下着を洗濯カゴの中に放り込むのも面倒なものであり。

 俺は下着落としの奇行を止めさせるべく、今日はヤツを部屋に呼び寄せたのだが――



「あー……下着落としちゃん?」

「ひっく……ひっく、ぅぅ……ぁぁうっ……!」

「その、そんなに泣かれるとお兄様も困っちゃうんだけどな……」

「ゃぁ……ゃぁっ……えっぐ、ひくっ……!」

「えっと、俺の言うことは聞こえてる……?」

「やぁ……っ! お兄様……っ! えうっ、やぁっ……ですっ……!」



 ――ちょっとマジでマズった……。



 俺の足元に這い蹲り、イヤイヤと首を振りながら号泣をしている、狐耳と尻尾の生えた美女。

 これが下着落とし――別名『俺の妹の稲荷』なのだが。

 ちょっと尋常じゃないぐらい泣いている。ここ数年で覚えがないぐらいの泣きっぷりだ。

 いや、正確に言うと……俺が泣かせてしまったんだけど。


 とにもかくにも、原因を思い返す前に、まずは泣き止んでもらいたいところなので。

 いまだ這い蹲る下着落としのもとに、俺もかがみ込み。

 小さく震える背中に、そっと手を当てて。

 その背中を、ポンポン。

 ポンポン、ポンポンと、手で叩く。


「ほら、まずは落ち着いて泣き止もうな。な?」
「ゃぁ、です……っ! お兄様ぁ……っ! お兄様ぁ……っ!」


 ――いかん、全然効果が無い。


 下着落としは全く泣き止む様相を見せてくれず、大泣きをしたまま。

 まるで行動が幼児のようであるが、そうしてしまった原因が俺にある以上、皮肉なんて口が裂けても言えるはずもなく。

 心の中では罪悪感が『めぇです! 妹を泣かせるなんてめぇですぅっ!』と大騒ぎをしている。


「ぐすっ……お兄様ぁ、酷いですぅ……! ぁ、ぅぁっ……! ぁぁぁっ……!」
「あー、うん……ごめん、俺が悪かった……」



   ◇



 ここまで下着落としを泣かせてしまった経緯はこうだ。


 いつものように俺の部屋へとパンツ(脱ぎたて)を放り込んだ下着落とし。

 俺がそれを持ってヤツの部屋に行き、もうこんな行動はしないようにと説教を始めて。



『あのな……お前がいくら下着を放って俺の劣情を誘おうとしても無駄なことだぞ』

『やぁですぅ、お兄様ぁ……どうしてウチの下着で興奮してくれないんですか……?』

『それは俺に鉄の意志と鋼の強さがあるからだと何度も言ってるだろうに』

『匂いを嗅いでください、口に含んでください、下着にいっぱい白いのを出してくださいぃ』

『兄貴がそんな変態で嬉しいのか、お前はっ!』

『だってお兄様、ウチはお兄様のパンツでいつもオ――』

『ええい、言うなっ! 可愛いはずの妹からそんなお下劣な単語は聞きたくないっ!』



 とまあ、足元でイヤイヤをする下着落としと、いつものように非常にくだらないやり取りをしている中。

 下着落としは頬を紅潮させながら、自分の着物の裾をつまむと。



『お兄様……』

『なんだ』

『ウチ、今……この下には何も穿いてないんです』



 そして、すす、すす、と裾をたくし上げて、見せ付けるように細く白い脚を晒し出し。




『良いんですよ……? お兄様の、好きにして……』



 なんてことを言うものだから。

 その……俺も。

 俺も、ついガマンが利かなくなってしまい……。



『……っ!』

『きゃっ! お兄様ぁ……!』



 勢いのままに俺は、下着落としの身体を押し倒し。



『本当に……好きにして、良いんだな……?』

『はい……どうぞ、お兄様の思うままにしてくださいな……』



 ヤツの脚を引っつかみ、裾を全て捲り上げて、ツルツルのお股を露にした状態にすると。



『やぁ、お兄様ぁ……この格好は恥ずかしい……で……す……?』

『………………………………………………………………』



 俺は下着落としの脚に、さっき本人がよこしたパンツをするすると通していき。

 流石は尻尾の付いてる魔物娘用、いくらゴムみたいに伸ばしても全く切れたりしないなと関心しながら。



『てぇい』

『きゃふっ』



 下着落としをひっくり返し、うつ伏せに。

 最後にぐい、とお股までパンツを引っ張り上げ、ふかふかの尻尾もパンツ後ろの穴から通し終わると。

 ペチペチ、形の良い尻を叩いて。



『まったく、赤ん坊じゃないんだからパンツぐらい自分で穿けっての』

『………………………………………………………………っ!』



 そうしてしばらく、下着落としから何のリアクションも返ってこなかったため。

 ペチペチ、ペチペチ、ペチペチペチペチ尻を叩いていたのだが。

 尻を叩く感覚がリズミカルになり、ちょっと面白くなってきたかもというところで。



『………………お?』



 下着落としの身体がブルブルと、小刻みに震え始めた。



『……………………あ』



 そして、こっちを振り向いたその顔は。



『…………ぅっ、ぅっ…………っ!』



 眼に大粒の涙を溜め、今すぐにでも悲しみを爆発させそうな、レッドゾーンフェイス。

 俺がしまったと思ったときには、もう後悔先に立たず。



『あ、あのなキツ――』

『びええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!』



 ……ヤツは大声で泣き叫び始めてしまった。



 ◇


 とまあ、こうして俺は愛しい妹を、かなり洒落にならんレベルで泣かせているわけである。

 こんな現場を色ボケ夫婦(残念ながら俺の両親とも言う)に見つかれば、また品性の欠片も感じられない野次を飛ばされるに――

 いや、よしんばそうであっても、甘んじてそれを受け入れよう。悪いのは俺なのだから。


「ごめんな、俺が悪かった。ホントごめん。もう大丈夫だから、ね?」
「やぁですっ……やぁなんですっ……お兄様っ、おにい……さまっ……!」


 できる限り優しく声をかけてみるも、なおも首をフリフリして涙を流し続ける下着落とし。

 いくらなんでもスッポンポンのお股を広げられた挙句、ただパンツを穿かされ尻を叩かれただけなのだから、ショックもショックだったのだろう。

 俺も少し……いや、かなり無神経な行動だった。

コイツは心の底から俺のことを好いてくれていて、ずっと俺と結ばれるのを待ってくれているのに。



「……って、こら。俺のズボンに手をかけるのは止めなさい」
「やぁですぅ、ぐすっ……いくらお兄様でも、直に弄ればきっと反応してくれるはずなんですぅ……」
「止めてくれ、それはマジで俺のモノが『ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!』するから」



 泣きじゃくりながらズボンにしがみつく下着落としの手を解きつつも、いったいどうすれば良いのかを思案する。

 特製きつねうどん程度じゃ厳しいだろうし……もうこうなったら、直接本人に聞くのが一番なのかな。

 下手をすれば更に地雷を踏むことになるかもしれんが、背に腹は変えられない。



「えっと……どうしたら許してくれる?」
「ひくっ……お、お兄様が……」
「うん、俺が?」



 ここで、下着落としは鼻をすすりながらも、ちょっとだけ涙は弱まり。

 両手の指を絡めて、上目遣いで俺のことを見上げて。













「……お兄様が……仲直りのキスを、してくださったら……」

「……………………………………………………っ!」








 うぐっ……! 



 ぐ、う、ぅ……っ!



 あー、ぐー、うー……!



 き、キス……仲直りの、キス……!



 うぐぅぅぅぅ…………っ!



 ぐああああぁぁぁぁ……っ!



〜〜〜〜〜〜〜〜〜お兄様の脳内〜〜〜〜〜〜〜〜〜





プライド『やぁです! 仲直りのキスなんてやぁですぅっ! お兄様のプライドは絶対にやぁなのですぅっ!』



罪悪感1『お黙りなのです! ちっぽけなプライドに発言権なんてないのですぅ!』
罪悪感2『可愛い妹を泣かせたのですから、お兄様は仲直りのキスをしてあげるべきなので
す!』
罪悪感3『キスで許してもらえるなら安いものです! セックスとかねだられるより百万倍マシなのです!』


プライド『で、でも……! や、やっぱりやぁです……!』


罪悪感4『往生際が悪いのです! つまらないプライドのくせに、イラッとするです!』
罪悪感5『くだらないプライドなんて簀巻きにして学校のプールにポイしてやるです!』
罪悪感6『懺悔の用意はできているかっ、ですぅっ!』

プライド『やぁっ、やぁですぅ! 離せですぅ! やぁですっ! やぁなのですぅっ!』
罪悪感’s『『『『『『『『ワクワクでも思い出してこい、ですぅ!』』』』』』』』
プライド『やああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!――――――――――』





〜〜〜〜〜〜〜〜〜再び現実〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「――せ、セクシャルな箇所及びディープなのは禁止な……?」


 見事、俺は罪悪感に屈した。

 許してくれ、俺のプライド。お前のことはちゃんとプールに潜って拾ってやるから。そしたら今度は鎖でお前と俺を繋いでやるから……。


「ぐすっ……お兄様、フレンチキスは良いですか……?」
「お兄様知ってるよ。フレンチキスはディープキスとほとんど同じ意味だってこと」
「やぁ……」


 下着落とし、この期に及んで抜け目のないことを言ってくる辺りは流石と言うべきか。

 しかしようやく泣き止む様子を見せてくれたことに、俺は少し胸をなでおろし。


「で、一応聞いておくけど場所はどこだ?」


 まあセクシャルな箇所はNGしてあるので大丈夫だろう。

そう思った俺が、目をこすりこすりしている下着落としに尋ねてみると。



「えっと……耳と」

「そうか、耳……“と”?」



 待て。

 待て待て。

 耳にキスなんてお安い御用だが、なぜそこに並立の格助詞が入ってくるのだ。



「おでこと」

「お、おい」

「ほっぺと」

「お、おう」

「お鼻と」

「あ、えっと」



 うろたえる俺の前で、下着落としはおでこ、ほっぺ、お鼻と指をさし。

 それから、ウルウルのおめめでじっと俺を見つめ、その指を自分の唇に当てると。



「……最後に、ここに」

「Oh……」



 ……こ、この欲張りさんめ……。オマケに最後にぶっ込んできやがった……。



「お兄様……?」



 じわぁっと涙が滲み始めた下着落としに、俺はかぶりを振ってヤツに向き直る。



「わ………………………………………………………分かった」



 一瞬プールからプライドが潜海奇襲をかけようと目を光らせたが、罪悪感達に睨まれて再びプールに沈んでいったので。

 俺は下着落としの肩を掴み、ふかーく深呼吸をしてから、覚悟完了。



「狩らせてもらおうか、貴様の魂ごとっ!」


「はい、お兄様……♥」


 下着落とし、期待した様子で目を瞑る。俺、自分の奇怪な言葉に目を瞑る。



 まずは、ピコピコと動く耳に。



「ひゃんっ……♥」


 続いて小さく可愛らしいおでこに。


「ひぅっ……♥」


 今度は赤く染まったほっぺに。


「んっ……♥」


 それから形の良いお鼻に。


「あんっ……♥」



 そして、最後。



 その瑞々しい、魅惑の唇に……。



 キスを……。



 き、キス……。



 や……。



 やっぱり、やぁでs――



「お兄様ぁ……♥ んー……♥」



 ――ええい、ままよっ!



「んっ……!」
「んっ……♥」



 ……。



 …………。



 ………………。



 ……………………。




「ぷはっ」
「ぁ……」



 長いキスをしたところで、ようやく俺たちの唇は離れた。


 心臓の鼓動はいつになく激しくて。

 離れてしまった唇が名残惜しく感じられる。

 もっとこうしていたいと、そんな考えで頭がいっぱいになりそうなぐらい。

 この苦しいような、もどかしいような感情が、否応なしに。

『俺はこの妹を愛しているんだ』と。

 そう、突きつけてくる。


「……っ」

「お兄様ぁ……♥」


 当然、俺は下着落としの顔なんてマトモに見れるはずもなく。

 ヤツに真っ赤な顔を晒すのも耐え切れないので。


「ていっ」

「きゃふっ」


 そのまま妹の身体を胸に抱き寄せて、頭をヨシヨシと撫で始めた。



「……これで許してくれる?」

「んむぅ」

「もう泣いたりしない?」

「んむぅ」

「なら良かった。ホントにゴメンな」

「……んむぅ」



 こうして俺は、恥ずかしくも下着落としとキスをする羽目になり。

 おかげで下着落としは泣き止んでくれたものの。

 だけど、俺の胸の鼓動は、収まる気配を見せてくれなくて。

 ……このまま、もう。

 伝えても良いんじゃないか。

 愛してるって、この娘に、伝えても。

 どうしようもないぐらい、お前のことが好きなんだって、言ってしまっても。

 その言葉を、伝えてしまっても――



「――お兄様ぁ……」


「あ……どうした?」


「もういっかい、です♥――」


「……へ?」



 俺の胸から離れた下着落としは着物の裾を捲り上げると、自分のパンツをいそいそと脱ぎ出して。

 そしてその脱ぎたてパンツを俺の手に握らせると、足元に這い蹲って尻を向け。

 頬を染めた流し目で俺のことを見上げながら――



「――お兄様ぁ♥ もういっかい、です♥ もういっかい最初からお願いしますぅ♥」

「………………………………………………………………っ!」



――ここ、こ、こここここここここここんのやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!



「なぁにがもういっかいだ変態痴女狐がぁぁぁぁぁぁぁぁっ! どうしようもないことに味をしめやがってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「やぁん! 違いますお兄様ぁ、お尻叩きじゃないですぅ! またお兄様にパンツを穿かせてもらって仲直りのキスをしてもらうんですぅっ!」

「うるさい! もう泣こうが喚こうが知るもんかっ! 反省するまでこの尻を叩き続けてやるぞ、覚悟せいっ!」

「やっ、あっ、やぁんっ♥ きゃ、ひゃっ、あっ、あっ、あんっ♥」

「ええい、スパンキングで喘ぎ始めるんじゃないっ! 反省が足りんようなら今後一週間は風呂も就寝も一切別々だぁぁぁぁっ!」

「やぁっ!? やぁですお兄様ぁっ、それだけはやぁですぅぅぅぅっ!」





 ……まったく、本当に。


 下着落としという妖怪は。


 厄介で、甘えん坊で、どうしようもない泣き虫で。


 いつまでも手に負えない、困った妖怪だなと。


 キスをし終わった時の、あの溢れそうな愛おしさはとっくにどこかに行ってしまい。


 今日という今日ばかりは、俺も堪忍袋の緒が切れたのだった。















 おしま――















「………………………………」

「やぁです、お兄様ぁ……やぁです、やぁですぅ……」

「………………………………」

「入れてください、お兄様ぁ……ウチが悪い子でしたからぁ、お兄様ぁ……」

「………………………………」

「ぐすっ……お兄様、お兄様ぁ……ひっく……ぐすっ……」

「……いつまで襖越しにすすり泣いてやがる。これじゃ寝られないだろ」

「申し訳ありませんでした、お兄様ぁ……許してくださいぃ……」

「あぁもう、分かったから早く入っておいで」

「お兄様ぁ……!」

「よしよし、朝まで抱き枕になったら許してあげるから。大人しくお休み」

「お兄様ぁ……♥ 愛してます、お兄様ぁ……♥」

「はぁ、つくづく俺も甘いよなぁ……あ」

「お兄様、どうかなさいましたか……?」

「プライドを拾ってやるのを忘れてた」

「?」















 ――おしまい♪
18/05/27 18:51更新 / まわりの客

■作者メッセージ
多分これが最後の妖怪妹稲荷ちゃんSSです。

本当は最後は真面目な空気の話も挟まる三部作の予定だったのですが、どこまでもただ頭カラッポの甘い作品にしたくて、結局こういう形を取りました。
別にオチをつけた流れにしなくても、この二人はちゃんと結ばれて、いつまでも幸せでいるので、これで良いのだと思っています。

これまでお付き合いいただきました皆様、本当にありがとうございました。

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