連載小説
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第八章 天を仰ぐは誰がために:天の柱C
―7―

「〜♪」
 黒い淫魔ことミクスはご機嫌だった。鼻歌混じりに人通りの多い竜翼通りを上り、手にしたスプーンで宙に浮いた巨大なパフェを一掬いしては口に運ぶ。
「全く行儀悪いのぉ」
 ミクスの後ろを着いて歩くバフォメットのファリアがそうため息をつく。お小言は無駄だと悟っているらしく、それ以上は何も言ってこない。
 食べ歩きはミクスの一番の趣味でもあった。これだけは幾つになっても治りそうにない。治すつもりもなかったが。
「幾ら何でも食べ歩きするような物じゃないと思うんっすけどねぇ。通行人にぶつからないでくださいっすよ?」
 ファリアの隣を歩くのは刑部狸の少女だった。キサラギ。茶釜商店「キサラギ」の店主である人物だ。数少ない自身の眷属の一人。部下というよりは、自分の思想に同調している同志というべきか。
 ドラゴニアに長く居続けられない自分に代わって、ずっとスワローと接触し続けてくれていた。今日を迎えられたのは一重に彼女のおかげに他ならない。ご褒美は近いうちにする予定だ。
「ふふん、大丈夫だよ。きっと皆の方から避けてくれるからね」
「それ事故るフラグじゃないっすか?」
 キサラギのツッコミを軽く受け流しながら、ミクスは指先をくるくると回す。ガラスの器に大きく盛られたパフェの一番上に乗る熟しきった夫婦の果実が二つに割れ、その半分がパフェのクリームになってバニラアイスや竜角糖にかかった。ミクスはそれをスプーンで掬い口へと運ぶ。舌が蕩けるほどのあまりの美味しさにスプーンで食べるのすらじれったく、魔法でパフェの一部を切り取って浮かし、それを口いっぱいに頬張った。
 これはドラゴンサイズパフェ。いまや全世界に支店を持つ虜の果実専門スイーツショップ「トリコロミール」のドラゴニア支店限定の超特大パフェである。
 頂点には夫婦の果実、バニラアイスと続き、ドラゴニアでも希少な竜角糖をふんだんに挿して、虜の果実とスケイルフラワー、ドラベリーその他魔界の果物をたっぷりと層重ねしたボリュームたっぷりの、まさにドラゴンサイズなパフェである。食べ進めば底には竜の宝石とも呼ばれるドラゴニア固有種の魔界葡萄「ドラロー」も眠っていて、食べ進める楽しみが尽きない。
「んー、二つでも三つでも食べられそうだよ」
 ほっぺを垂らしながら食べ進めていくミクスのスプーンに停止の二文字はなかった。
「よく、一人で全部食べられるっすねぇ」
「甘いもの好きな儂も同感じゃ。夫と一緒なら食べられるがのぉ」
 いまはファリアの夫のご老公はこの場にはいない。ファリアの仕事を代わりに熟してくれているはずだ。
「ふふ、ぼくが夫と一緒だったら二人でトリコロミールのスイーツ全部食べ尽くしちゃうぜ」
 本気で言っていた。
「しっかし、さすがドラゴニアだね。どこの店も料理が評判通り、いや評判以上に美味しい。全部周り終えるのに随分と時間がかかっちゃったよ」
「夜な夜な外に繰り出して居ると思ったら、やはり食べ歩きか」
「ふふ、ファリアがご老公とイチャイチャしている間、僕は一人寂しくお食事タイムさ。出会いも一応求めてだけどね」
 現状ミクスの隣に誰もいないため、結果は知れていた。
「ところで知ってるかい、二人とも? 国が裕福であるかの指標は基本的にその国の料理にあるんだよ? 料理の美味しさは国民の余裕の顕れでもあるからね。貧しい国ほどやはり質は劣る。その点、ドラゴニアはどこの料理も本当に美味しい。全部の店に百点満点花丸『たいへんよくできました』をあげたいくらいだ。平和で、穏やかで、退廃的で、退屈で、ああッ、素晴らしいッ!」
 ミクスは諸手を挙げて高らかに叫ぶ。当然竜翼通りのど真ん中。衆人の目が集まったが、ミクスは全く意に介さない。
「はぁ。その穿った見方と上から目線はやめろっと言っているじゃろうに。全くあの二人から産まれて、どうしてこんなひねくれた性格に育ってしまったんじゃ……」
「あはは。失礼だなぁ、ファリアは。それに穿ってなんかないよ。上から目線でもない。僕の正直な感想だし、誉め言葉だぜ?」
「退屈が、っすか?」
「そうだよ、キサラギ。退屈はいいことだ。退屈は人を殺すというけれど、僕たち魔物をより淫らに変えてくれる最高の一時だよ。あーあ、僕も退屈でいたいなぁ。夫が出来たら退屈になれるのに」
「変な誓い立てとるからじゃろうが」
「僕には運命の出会いなんていらないからね。一目見ただけで濡れちゃうような相手を見つけられるまでは特に動くつもりはないよ」
 誓いというのはリリムとしての魅了能力の一切を封じる物であった。それでも通常淫魔としての魅了能力はあるが、何もしなければ言い寄られることはない。
 ミクスは自身が見染めたいと思う男性が目の端に止まるのをただ待つつもりでいた。
「一目惚れってことっすよね? それって運命の出会いじゃないんっすか?」
「違うよ。僕は単なる偶然を求めているのさ。この世界にはある一点を除いて必然なんてないよ。僕が両親から産まれてきたのも、両親が出会ったのも、ファリアがご老公と出会ったのも、ここにいる皆が愛する者と出会ったのも、あそこの呈ちゃんとスワローくんが結ばれたのも全部ぜーんぶ偶然さ。何万何十万分かの一の確率で偶然出会っただけに過ぎないんだよ」
 ミクスは言い切る。ともすればこの周囲の魔物夫婦全員に全力疾走しながら殴られかねないほどの暴論を振りかざしているのだが、その堂々とした口ぶりに意を唱える者はいなかった。単に関わりたくなっただけの可能性もあったが。
「それで、ある一つの必然ってなんなんっすか?」
「そりゃあ、もちろん」
 溜めを作って、ミクスは淫魔らしい淫靡な笑みを浮かべる。
「出会った二人の男女が、一生分かたれることなく、未来永劫結ばれ続けることさ」
 全てはミクスにとっての魔物としての論理だった。喋りすぎたのでパフェで口の中を潤す。渇いた口内に果実の瑞々しさが広がり潤った。
「さてと。祭りも結構盛り上がってきてるねぇ」
 ミクスはスプーンを口から離し周囲を見渡した。竜の魔物が多いが、それでも雑多な種族が皆々竜翼通りを上ったり下ったりしている。平時に比べて明らかに人通りは多く、飲食店や酒場などは特に盛況のようだった。
「いやぁ、本当に言わなくて良かったんっすか?」
「いいよいいよ。言っちゃうと意識しちゃうだろ? 二人とも見られながらのセックスにはまだ抵抗あるだろうし」
「全く、国中巻き込んでの観覧とはのぅ。二人を見世物にして、よくリムたちは怒らんかったの?」
「むしろノリノリだったんだよね?」
「っすねぇ。計画内容話したら二つ返事でOKくれたっす。正直呈ちゃんのお母さんは難色示すと思ったんすけどねぇ、白蛇ですし。ですけど、娘のことを信頼していた様っす」
 ミクスは二人と一緒に空を見上げた。そこにあるのは宙に浮かぶ水球。町の至る所、空や店内、路地の壁色々な場所に大小さまざまな水球が設置されている。
 番いの儀のときに中継映像を映す魔法であった。そこに映るのはいままさにワイバーンから逃げている呈とスワローの二人の姿である。
「うぉおおおおお、逃げ切った!」
「やるなぁ。あんな小っちゃいってのに。よくもここまで逃げ切ってるもんだ」
「むむむ、独り身ワイバーンちゃんも幸せにしてあげて欲しいから捕まって欲しいけど、でも二人の愛の強さを見てると捕まって欲しくもない……ああもうジレンマ!」
「でも保つかねぇ。上行けば行くほど、地形も悪くなるしなぁ」
「愛の力があれば行ける!」
 なんてことを水球に映る二人を見ながら、話し合う観客たちもいる。
 そう。祭り。これは呈とスワローの二人が主役の、天の柱を舞台とした祭りである
 あらゆる万難を乗り越え、二人は天の柱の頂上へと至り、番い鐘を鳴らすことができるのか。その結末を見届けるため老若男女人魔問わず、誰もが二人の姿に注目していた。
 普通は番いの儀でもなければ使わない水球魔法をドラゴニアのサバトを動員して国中に設置している。ファリアの頼みでここのサバトのバフォメットも快く協力してくれている。
 また長丁場になるため、国民の休日にはしていない。そのため色々な飲食店などの店に国民が集まり、思い思い会話に花を咲かせながら、二人を見つめていた。
「まぁ最大の難関はデオノーラ様だったけど、何とか了承貰えてよかったよ。とある確約を突き付けられたけどね。ホント、しっかりしてるよ、あの女王様は」
「確約ってなんっすか?」
「言ってなかったっけ? ええっと」
 ミクスが言いかけたところで、先ほどの観客たちの方から短い悲鳴が上がる。
 振り返ってみると、彼らは一様に水球の映像をを見つめていた。
「白蛇ちゃんが倒れちゃった!」
 さすがのミクスも一瞬だけ悪寒がしたが、呈の様子を見て合点が行き、ドラゴンサイズパフェの攻略に取り掛かる。ファリアもああ、と納得しているようだったがキサラギだけはわかっていないようだった。
「大丈夫だよ。アレは問題ない。ああなるように僕が仕向けたからね。これで呈ちゃんの覚醒も一歩進むはずさ。もしかしたらその片鱗を見せてくれるかもしれないよ」
 ほっぺにクリームを付けながら、空の一際大きな水球をミクスは見上げる。
「さて、困難はまだあるよ。頑張ってね、二人とも」
 長い舌でほっぺについた細長いクリームをミクスは舐めとる。さながらそのクリームは、呈とスワローのようでもあった。

 見慣れない石の天井。目を覚ますとぼくは毛布の上にいた。少し戸惑ったけどすぐにここが天の柱だと思い出す。
 そうだ。ぼく、倒れちゃったんだ。
「呈! 大丈夫か!?」
 スワローが泣きそうな顔でぼくの顔を覗き込んでいた。ああ、ごめんね、そんな顔させちゃって。ごめんなさい、スワロー。
「いまからワイバーンを呼んでくる。すぐに下に降ろすから」
 そう言って立ち上がろうとするスワローの腕をぼくは掴んだ。
「だ、駄目だよ!」
 反射的にぼくはスワローを止める。天の柱を降りる? そんなの絶対に駄目。ここまで来て、足を引っ張って、諦めるなんて絶対に駄目。
「何を言ってるんだ! 呈がこんな状態で頂上に行くわけないだろ!」
 ぼくを想ってくれているのは素直に嬉しい。でも、ここでスワローが降りる選択肢しちゃうのは駄目。ぼくだって諦めていないんだから。
「ぼ、ぼくは大丈夫……この症状も多分、危険なものじゃ、ないから」
「フラフラじゃないか!」
 起き上がろうとするぼくをスワローが肩を掴んで無理矢理寝かす。自由に動かせないいまの自分の身体が恨めしい。蛇の尾すら満足に動かせない。完全に衰弱しきっているんだろうけど、原因ははっきりしている。
「おれは呈と一緒に登りたいんだ。一人で行っても意味な――」
「ぼく、発情しすぎて気絶しちゃったんだ」
「……んん?」
 スワローの顔がきょとんとする。聞き違えだったかと眉をひそめてぼくの言葉を反芻しているみたいだった。
 念押しでもう一度言う。
「ぼく、スワローに発情しちゃって、我慢しすぎちゃって気絶しちゃったんだ。魔力が枯渇してね」
 言って、これがかなり恥ずかしい言葉だと気づいた。ぼくは真っ赤になってしまった顔を見られないように手で覆う。指の隙間からスワローを覗くと腕を組んで、何やら悶々と考え事をしていた。
「ま、魔力が枯渇しちゃうと発情しちゃうみたい……その、一番の魔力の補給方法は夫の精を吸うこと、らしいから」
 ミクスさんから教わったことだ。手っ取り早く、魔力を補給するならスワローとセックスすればいいと教えてもらった。でも、場所が場所だし、行為に及ぶことはしなかった。
「魔力の枯渇って、やっぱり魔法を使いすぎたからか?」
 ぼくは控えめに頷く。ワイバーンをずっと警戒して下階層からいままでほとんどずっと使いっぱなしでここまで来た。ぼくのこの魔法は一度使用したら一定時間効果が続く付与型じゃなくて、発動中ずっと魔力が消費される発動型。使い続ければその分魔力を消費しちゃう。
「そう、か……魔力の枯渇か」
 スワローが力が抜けたようにその場にへたり込んだ。とても安心してくれている。ごめんね、スワロー。心配かけちゃって。
「実はお昼のときのちゅーでスワローの精を分けてもらってたんだけどね。それでも足りなかったみたい」
「あのときのキスはそれでか」
「も、もちろんしたかったっていうのが一番の理由だけどね!」
 スワローは優しく微笑みながらぼくの乱れた髪を梳いて整えてくれる。スワローの手、ほどよい冷たさで気持ちいいな。
「悪い、呈。どうやらお前に頼り切ってたみたいだ」
 突然、スワローが頭を下げてくる。ぼくはスワローに謝られてしどろもどろにそうじゃないとしか言えなかった。
「ぼ、ぼくの方が足引っ張ってばっかりだったし」
「いや、最初からずっと呈に頼り切って、助けられてばっかりだったよ。ごめん。倒れるまで気づいてやれなくて」
「うう、謝らないでよ。ぼくはスワローの力になりたくて一緒に頑張って登ってるんだから」
 ぼくは口元を袖で隠す。
「だから……謝るよりも、褒めて欲しいな」
 恥ずかしさで顔から火が噴きそうだったけど言い切った。おねだり。スワローに褒められると、それだけで天にも昇れそうなくらい力が湧いてくるんだ。
 スワローは少し目を見開いたあと、口元をゆっくりと引いて笑った。
「ありがとう、呈。お前はすごいよ」
「えへへ……」
 撫でられて安心すると、ぼくは不意に渇いた。喉が渇いたんじゃない。心が、身体が、渇いてスワローを求めている。
 そうだ、ぼくはいま発情しているんだ。
 鼓動が速くなる。息遣いが荒くなる。身体中が一気に熱を帯びて熱い。欲しい。スワローのペニスが欲しい。ぼくの熱く蕩けたどろどろのオマンコに挿して冷やして欲しい。
「わかってる」
 スワローがぼくが何も言わずとも全てを理解してくれたみたいだった。ぼくの服を一枚一枚丁寧に脱がして、インナーだけにしたあと腰回りの服を下着も全部脱がしてくれる。
「あんっ!」
 スワローが蒸れたインナーに鼻先を這わせて、胸の辺りでちゅうっとインナーごと口に含んで、おっぱいを吸ってきたのだ。
「スワロー、汗吸ってるから汚いよぉ」
「しょっぱいけどおいしい」
 満足したのかスワローも産まれたままの姿になって、ぼくの腰元に跨った。
「あああぁ、スワロー……すっごぉい」
「発情してたのはお前だけじゃないんだよ」
 スワローのペニス、すっごい大きい。皮はまだ半被りだけど、もうはち切れそうなくらいにびんびんで、いますぐにでもしゃぶりたいくらい魅力的な逸物。
 ぼくは知らないうちに舌を伸ばして、スワローのペニスをしゃぶろうとしていた。もちろん届かない。だけど、敏感になった舌は汗に蒸れて精臭を溢れさせているスワローのペニスの匂いを美味しく味わっている。もうそれだけで気をやっちゃいそうなくらい、気持ちいい。
「でも足りないぃ、足りないのぉ……!」
 ぼくはスワローを急かすように腰を浮かす。ぴっちりと閉じた腰にあるオマンコからはくぷくぷと半透明の汁が漏れ出ていた。ここに、ここにスワローのペニスを突き刺して欲しい。ぼくのクレバスをぶち抜いて、奥底まで突き刺して欲しい!
「スワローぉぉ! 早くぅ! ぼくのオマンコをその立派なペニスで貫いてぇ! ぼくを交尾しか考えられないメスヘビにしてぇ!」
「前戯なんていらない……よなっ!」
「んひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
 き、きたあああああああぁぁぁぁ!?
 スワローのペニスがっ、ぼくのオマンコにぃ、ずぶぶって侵入してきたぁ。
 あはぁ、ぼくの熱いオマンコよりもスワローのペニス熱いよぉ。硬いのにぃ熱くてぇ、ぼくの狭いオマンコをぐりぐり溶かしながら突き進んでるぅ!
「あひぃ、んんっ、あああぁ、いいよぉ、スワロー、もっと奥に、ぼくの膣内のずっと奥まで来てぇ!」
 スワローが腰をゆっくり降ろしていくのに我慢できなくて、ぼくはつい腰を突き上げてしまった。
「くぅっ! 呈のオマンコすごい締まってっ、おれのをもぐもぐして、る!」
 スワローがすっごい気持ちよさそうな顔してる。ぼくのオマンコ気持ちいいんだ。ペニスでいっぱい感じてくれてるんだ。いいな。いいな。もっと気持ちよくなっちゃえ! ほら! ほら! ほらぁ!
「くあぁっ、腰激しっ! 呈こんなんじゃすぐに!」
「良いよぉ、出してぇ! ぼくのオマンコにいっぱい注いでぇ! そしたらぁ、ぼくのオマンコもぉっと柔らかくなってぇ、食べごろでぇ、スワローのペニスをもっとぐちゅぐちゅに食べてあげられるよぉ!?」
 舌を出して、劣情を誘うようにいやらしくおねだりした。スワローのペニスが大きくなる。根本からぐんぐん登ってくる感覚が膣のヒダ一本一本で感じる! 来る! 来る来る来る! 来るぅ!
「で、出る!」
「出してぇ!」
 スワローの亀頭のカリが一際大きくなって、ぼくの膣内のヒダヒダを削いだ。ぼくが気をやると同時に、ペニスのてっぺんからマグマのような白濁汁がぼくのオマンコの途中で放たれた。ヒダヒダの一本一本に染み込んでいく熱い淫乱なドロドロお汁。
 滑りが良くなったせいと身体を支えられなくなったせいでスワローの全体重がぼくの腰にかかる。ペニスがぁ、ぼくのオマンコの奥にぃ、いぃっぱい入ってくる!
「あは、あははははははっ! いいよぉスワローもっともっとぉ、ぼくのオマンコ犯してぇ! わかるぅ!? ぼくのオマンコでぇ、スワローの皮被りペニスを剥いたんだよぉ? 大きなカリがぁ、ぼくのオマンコのヒダヒダをいっぱい引っ掻いてるんだよぉ!?」
「ッ! 激しいって!」
「ッッッ!? んっひぃぃ!? いきなり突いてぇ!?」
 スワローが腰を浮かして一気に突いてきたぁ!? あはは、すごいなぁ、もうぼくに成すがままにされると思ったのになぁ! でもそれでこそスワローだよ! いいよ! もっとしよう!
「突いて突いて突きまくって! ぼくも腰いっぱい動かすからぁ!」
 気持ちよさで頭が狂っちゃう! 腰のぶつけ合う音がどんなに荘厳な合奏よりもぼくを興奮させてくれる! じゅぶじゅぶって音がぼくがスワローのペニスをしゃぶっている音だと思うと涎が止まらない! ああ、食べたい。もっと食べたい!
「スワロー! んんっ、ちゅっ、んちゅっ、むむっ!」
 スワローの首に手をまわして唇をぼくのに誘う。受け入れてくれたスワローはぼくの腰に足を回して一層、奥までペニスを沈めながらぼくの口内に舌を入れてきた。
 じゅっぷじゅっぷじゅっぷ!
 上も下も大洪水。蛇の交尾みたいにいやらしく絡みついて離れない。こつんとぼくの奥でキスする音が聞こえた。
「いらっしゃいスワロー……そこがぁ、ぼくの子宮、赤ちゃん部屋だよぉ?」
 空気も一滴の汁も入る余地もないくらいきゅっきゅっと締め付けて、根本も締め付けて離さない。スワローの亀頭にある鈴口を子宮のお口で接吻。一滴の漏れも許さないようにぎゅぅっと締め付けた。
「ほぉら、もみもみもみ、うふふ、腰が動いていないのに、スワローのペニスがしこしこされるでしょ? 練習したんだよぉ? 一晩で覚えちゃったけどねぇ」
 ぼくはスワローの口元に耳を寄せる。ぼくのオマンコを除いて一番敏感な場所。
「もうすぐイクよね? わかるよ、わかるんだぁ、ぼくね! だから、噛んで欲しいの! イク瞬間に噛んで、ぼくの敏感な耳噛んでぇ、スワローの甘噛みでイカせてぇ!?」
 ぎゅうっとミルクを搾り取るようにぼくはオマンコを締め上げた。
「っく、またっ出るっ、呈のオマンコに締め付けられて、イクッ!」
「来てぇ! 噛んでぇ! 出してぇ! ぼくの子宮にぃ、赤ちゃんの小部屋にスワローの孕ませ子種汁注いでぼくの卵子を犯してぇ!」
 耳を噛まれる。
「んひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? イクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 どぷどぷどぷ、ごぷごぷごぷ、ごくごくごく。
 そんないやらしい音を立てて、ぼくの子宮はスワローの白濁のミルクを飲み干していく。
「あっ、あっ、んひ、あ、う……あはぁ……」
 頭が真っ白になって、断続的に声を漏らすことしかぼくにはできなかった。
 スワローの精液がぼくの子宮に満たされて、卵子の逃げ場を奪っていく。ああ、ぼくの卵子襲われてるよぉ。うふふ、逃げないでいいんだよ? スワローの精子に犯されると気持ちいいんだから。
 腰を密着させたままのぼくたちはそのまま数度、絡みつくセックスを繰り返した。
 ぼくたちの嬌声が部屋中に響く。ううん、きっともっと外にも響いていたんだと思う。
「……? はれぇ? うふ、あはぁ? スワローぉ覗いてる娘がいるよぉ?」
 いつからだろう。ドアを少しだけ開けて、ぼくたちの行為を覗いている影がいた。
 魔法を瞳に宿す。三人もいる。皆、ワイバーンさんだ。スワローを襲うために来たのかな?
 でも、ごめんね。スワローのものはぼくだけなんだ。犯されていいのはぼくだけなんだ。
 だから頑張ってスワロー以外の雄を探してね? 良い男の人が見つけられるように御呪いをしてあげるから。情欲の炎を分けてあげるから。
「うふ」
 顔を真っ赤にしたワイバーンさんたちが何かに気づいたように顔をあげて部屋の前から消えていく。うふふ、恥ずかしそうにしてたなぁ。あんまりエッチは見慣れていないのかな?
 でも、これからずぅっと好きなだけこの恥ずかしいことができるようになるよ。頑張って。
「もうちょっとしようっかぁ、スワロー。魔法使っちゃったからねぇ」
「ああ、幾らでも」
 快楽に流されない耐性が出来始めたぼくたちは、貪るセックスから味わうセックスにシフトして、延々とまぐわい続けた。
 交わる時間は疲れた身体の一番の良薬だった。

―8―

 数時間、スワローとセックスを繰り返し、体力も魔力も万全になったぼくたちは進行を再開した。夕日が外壁の窓からほぼ平行に差し込み、焼かれた石の壁は赤く燃えている。ときどき窓から聞こえる風の吹きすさぶ音が物悲しさを運んできた。終わりが近づいてきているからかな。
 もう随分と高いところまでぼくたちはやってきていた。インデックスによれば階層的には残り三割くらい。でも、ワイバーンさんの追跡も激しくなってるし、何より崩落している階段の箇所が多い。今日中に登り切るのは難しそう。
 塔内部は魔宝石や植えられた魔灯花で明るくて夜でも動けるけど、外壁はそうも行かなかった。何があるかわからない以上は暗くなったらなるべく隠れて夜明けを待つことを相談して決めた。
「ぼくたちがエッチしてたら、ワイバーンさん恥ずかしがってどこか行っちゃってたよ。休むときはシテた方がいいのかもね」
 珍しく崩れずに残っていた階段を登りながら、ぼくは先ほどのことを話す。
「感じすぎておれはよくわかんなかったよ。そうか、来てたのか」
「うん。ぼくも無我夢中で何を言ってたかよくわかんなかったけど、おぼろげにね。でもいたのに襲われなかったのは確かだよ!」
 ドラゴニアに来たばっかりのぼくみたいに、エッチなのが恥ずかしいってワイバーンさんたちも多いのかもしれない。そうだとしたら夜は大丈夫。いっぱいエッチなことする予定だもんね。
「夜は良いとして、今日はどこまで行くかだな。とりあえず、行けるところまでは行くつもりだけど……っと」
 階段を登り切ったタイミングで、不意にスワローの身体がよろめいた。ぼくは慌ててスワローを蛇の尾と一緒に支える。
「大丈夫!? えっと、エッチなことしすぎちゃった?」
 体力は回復していると思うけど、眠気とかはどうにもならないし。
「……」
「スワロー?」
 返事が来なかった。意識はあるみたいで目は開いているけど、顔を覗き込んでもぼくに焦点が合わない。違う何かを見ているように、遠くを見つめていた。
「……スワロー」
 もう一度呼びかける。嫌な感じがした。このままスワローがどこかに消えてしまうんじゃないかって。そんなわけないってわかってるのに。
「呈」
 スワローが何度か瞬きさせながらぼくの名前を呼んでくれる。意識もはっきりしたみたいで、支えがなくても立てるようになった。
 良かった。
「大丈夫? どうしたの? 立ちくらみ?」
「ああ、大丈夫。大丈夫だから……いや、駄目だな」
 スワローは有無を言わせないように大丈夫だと言っていたけど、思い直したようにぼくに向き直った。
「悪い。色々話そうって決めたのに、隠そうとしちまった。だから話すよ。どうやら、おれだけどおれじゃない記憶が一部戻ったみたい」
「スワローの?」
 スワローは頷く。ほとんど断片的ではあるが、これまで欠けていた記憶の一部が戻ったらしい。親しい友人の顔や名前、付き合っていた人の顔、寿命を迎えた自分を看取る妻の姿など。まるで霧が晴れるみたいに戻ったんだってスワローは言う。
「そんな不安そうな顔するなって。記憶はちょっと戻ったけど、やっぱり変わらないよ」
「スワロー」
「うん。おれはやっぱり呈のことが好きだ。それは変わらない。だから泣きそうな顔してないで笑っててくれよ?」
 やっぱり不安は拭い切れなかったけど、スワローの優しい言葉にぼくは頷いて笑った。ごまかしじゃなくて、本心で。記憶が戻ってもぼくのことを好きでいてくれているいまのスワローが目の前にいるから。
「さて、と。問題はここだな」
 スワローが見上げる。ぼくも倣って見上げると、自然と口があんぐりと開いてしまった。
 天井までの高さは建物七階か八階くらいあるんじゃないかな。ジパングのお城以上の高さはありそう。
 そして見事に崩れちゃってるなぁ。壁沿いにぐるりとあったはずの螺旋階段はほとんどが崩落。途中の幾つかある階層の床も穴だらけで崩れちゃってる。本来は床に埋まっているはずの木の支柱が何本も剥き出しになって、壁もえぐれている部分が多い。穴の開いた壁からは絶え間なく風が吹き込んで、地上とは比べ物にもならないくらい気温が低くなっていた。
「あはは……着込んでて良かったぁ」
「だろ。ここからはさらに寒くなるぞ。日も落ちてきたし、夜になると相当冷える」
「うん。蛇体用の透明ボディスーツ着てるのにちょっぴり寒いや。なかったら本当に危なかったかも」
「ここを登り切って風が遮られる階層に行こう。そこで今日は一段落つけるのもありだな」
 そうしよう。ここは辛い。
「さて、どう攻略するべきかな」
 スワローがぐるりと天井を見渡していく。目測で進行可能なルートを測っているらしい。ジャンプや壁登りで届くかどうか、ロープの使用に適した支柱があるか、壁や床に崩落の危険性はないかどうか。目測である程度見通しを立てて、ルートを幾つか決めるらしい。ルートは一本だけに絞るんじゃなくて、本筋に幾つも枝分かれさせるようにできるだけ多く決めるんだとか。その方が不測の事態に変更しやすいみたい。ぼくだったら頭がこんがらがりそうだけど。
「呈。弓、いけるか?」
 ルートの大まかな絞り込みができたらしいスワローがぼくに弓の使用を求めてきた。リュックのサイドにかけられた弓と矢が幾本か入った矢筒。ぼくは背中のそれを見やる。
 そして、頷いた。ぼくは弓を取る。ぼくの股下から頭の高さくらいまである和弓だ。矢筒の蓋を開けて矢を取り出す。これはドリアードさんから特別に頂いた魔力の浸透性の高い枝箆(えだの)に、魔界銀の鏃が備わった矢。
「あそこにロープを結んだ矢を射て欲しい」
 スワローが指さしたのは横に伸びた支柱。床に埋まっていたものが剥き出しになったものだ。
「あそこに引っ掛ければいいんだね?」
「うん。任せた」
 よし。ぼくは矢に後ろにスワローのロープを巻きつけて早速構えに入る。
 右手で矢を、左手で和弓の弓柄を握る。親指と人差し指、親指で矢とともに弓の弦を深く取りかける。ぼくの身体に密着するくらい弓を寄せて、すくい上げるように頭上高くまで弓矢を打ち起こした。身体に密着した弦は引きやすく、矢は両肩を繋ぐ直線と並行になるように調整。矢の高さは口元くらい。矢羽根は襟元の辺りまで引いている。そこから枝箆と鏃が伸び、右手親指に支えられている。
 ぼくは蛇体をぐるぐるを地面に描くように広げていく。地面に密着させて身体のバランスを保ち、上体はそのまま蛇体を傾けて照準をスワローに頼まれた場所に合わせる。
 九十度近い角度。距離もかなりある。ぼくに合わせたサイズだから和弓はとても小さい。それに矢には鉤爪つきのロープまでついていて重量もある。塔内を吹き抜ける風に矢の威力は殺されて、本当なら届かないだろう。
 でもこれは特別性。お父さんが使っていた人の弓じゃなくて、魔物が使うような特別強力な弓だ。魔力を込めればその分、弦は強固にしなやかになる。だから届く。ぼくが余計な力を加えず、力の底を定めないでどこまで高められるか。それにかかっている。ぼくの矢は風を穿つ。
 息が止まる。一瞬。二瞬。風の音すら止んで、ぼくが認知できるのはぼくとこの弓矢だけ。
 ある一点の風穴をぼくは視た。
「ッ!」
 刹那、弦の離れをぼくは起こす。右拳は絞られたまま、ただそうなることが当然のように自然と矢はぼくの指から離れた。
 弓返りが起きると同時に、矢はぼくが視た風穴を穿つ。まるでここが無風状態になったかのように矢は直進し、頭上高く飛んだ。
 そして目標の支柱を越えて下降に転じ、矢に取り付けられたロープの鉤爪が支柱に引っかかった。
「やった!」
「すごっ」
 ぼくが拳を握ると、スワローも感嘆の言葉を漏らしてくれる。
 スワローが手を挙げてきたので、一瞬迷いながらちょっと恥ずかしかったけどハイタッチ。
 掌の痛みがとても心地いい。
「よし、じゃあ次はおれの仕事だな。あのロープがあればルートが繋がる」
 スワローはロープを引っ張り支柱が折れないよう確認する。どうやら大丈夫みたい。巻き取り機からロープを、魔界銀のナイフピッケルで切断する。切っておかないと登ってる途中で絡まるからね。
 スワローがぼくのベルトと自分のをカラビナで繋ぐ。ぼくはスワローに脇下と肩に手を通してスワローの後頭部辺りで手を繋ぎ、前から抱き付く。蛇体は横へ伸びるようにして、スワローの腕と脚の運動を邪魔しないようにした。
 傍から見るとシュールなんだろうけど、スワローはこれが動きやすいみたい。ぼくはスワローの胸とお腹に身体を密着させて、スワローの身体の駆動域を邪魔しないよう気を付ける。
「よし。手を離すなよ。壁ぶつけないように頭はできるだけくっつけとくんだ」
「その前にリュックが当たっちゃうよ」
「それもそうか」
 笑い合って、スワローは道なき道の登り始めた。
 身体能力を強化する魔法はすでにかけている。それを差し引いても、僕という荷物を抱えているのにスワローは見る見るうちに崩落した階段や床のある階層を登っていく。
 ひょいひょいって擬音がこれほど似合うこともないと思う。
 指先が乗るか乗らないかくらいの小さなでっぱりに指をかけて、スワローは全身を軽々と持ち上げる。まるでミューカストードさんが壁を跳ねてるみたいな。ぺたぺたぴょんぴょん。
「よっ、ほっと、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」
 壁を蹴って、横に伸びた支柱に着地するとそのままの勢いですばやく支柱の上を駆ける。支柱は途中で途切れるけど、身の丈以上はある距離を飛び越えて次の足場に到着。脆くなっている足場が崩れかかるよりも速く、スワローはその足場から次の足場へ。ジャンプして頭上の支柱に手を伸ばしたかと思うと。
「わっ!?」
 支柱を中心にぐるんと一回転。危うくぼくの身体がひっかかりそうになったけど、上手いことスワローは支柱に着地。壁に向けて跳んで、そのまま壁を蹴り上昇、階層に残った内壁と外壁を三角飛びで登っていく。
「め、目ぇ回りそうぉ〜」
 あまりにも目まぐるしく景色が変わるからぼくは酔いそうになってしまった。
「もうちょいだから辛抱な」
「う、うん……」
 三角飛びの最後はぼく射た支柱に引っかかって垂れるロープ。そのロープを掴み、跳んだ勢いそのまま対角線上の壁へと向かう。腕を振るって鉤爪を支柱から引き剥がし、壁へと張り付いた。ほとんど掴むところなんてなかったはずなのに、スワローはまるで蜘蛛みたいにぺたりと綺麗に着地する。
 休むなんてするはずもなく、スワローは汗を空中に弾きながら駆けのぼっていった。
 笑っていた。心底楽しそうに、この悪路を登ることを楽しんでいる表情を浮かべていた。
「ねぇ、スワロー」
「うん?」
 ぼくはふと沸いた疑問を口にした。
「天の柱を登り終えたらどうするの?」
 それは以前もした質問だった。
 でも、あの頃といまでは全然状況が違う。
「それって鐘も鳴らして、それこそ番いの儀とかもしてその後、ってことだよな?」
「うん。やっぱり、ウェントさんやセルヴィスさんみたいに竜騎士になるの?」
 竜騎士。それは騎竜と信頼を築き上げた男性がなる職業。当然名前の通り、パートナーはワイバーンさんやドラゴンさん、ワームさんみたいにドラゴン属だけ。もしかしたら竜じゃないけど竜騎士団に入っているヒトもいるかもしれないけど、話を聞く限りではいなかった。
 ちなみにこの塔を騎竜と一緒に踏破できれば、竜騎士の隊長になる資格が得られるらしい。というより、隊長になるには踏破しないといけないと言った方が正しいかな。
「竜騎士か」
 でもぼくは竜じゃない。騎竜にはなれない。ワームさんのラミィさんみたいに、スワローを乗せて森や山の中を自在に動き回ることもできない。
 もし、スワローが竜騎士になりたいならぼくが足枷とならないか不安だった。
「まぁ、ありかもしれないな。この三年ドラゴニアにおれは育ててもらった。その恩返しするのにも竜騎士はいいかもしれない」
「……」
 やっぱりそうだよね。でも、竜じゃないぼくがスワローの騎竜としてのパートナーになれるのだろうか。
 ぼくが押し黙っていると、スワローがくつくつと笑った。
「そう不安がるなって。仮に竜騎士になるとしても、呈が思ってるようなことにはならないよ。別に騎竜に乗って空飛ぶだけが竜騎士じゃないだろ。つまり竜騎士を乗せるだけが騎竜でもない。要は何をするかだ」
 やっぱりスワローは優しいな。嬉しい。こんなにもぼくに温かいものをくれる。
 天を見上げるスワローの顔はとても眩しくて、カッコよかった。いつまで見ていても飽きない、ぼくが好きになったスワローの顔。
 でも、そんな彼にもただ一つ言いたいことはある。
「竜騎士を乗せられない竜って、騎竜とは呼ばないんじゃないかな?」
「……あー、うん、その、なんだ。気にしたら負けってやつだ」
「何に負けるのかわからないけど、うん。気にしないでおくよ」
 ぼくの不安もちょっぴりマシになったしね。
 スワローの苦笑いを見上げながらぼくは納得した。
 そして、崩落から一部だけ残った螺旋階段への跳躍を繰り返し、十分近くかけてこの高さの階層をスワローは登り切ったのだった。
 到着してぼくは背後の立ちくらみしそうなくらい遠くにある元いた場所を確認する。
 すごい高さ。真っ逆さまに落ちたらタダでは済まないだろう。
「はぁはぁ……ふぅ……満足」
 息を整えると、ドヤ顔で握りこぶしの親指を立てるスワロー。
「お疲れ様、スワロー。はい」
 竜の生き血を手渡す。スワローはお礼を言うと一気にそれを煽った。
「森を駆け巡ってたぼくだけど、これはさすがにできそうにないな」
「ぷはぁ。いやいや。練習したら呈も余裕だって。今度は一緒に登りたいな」
「……うん! スワローが教えてね?」
「そのときは先生と呼びたまえ」
 そのときが楽しみだな。笑い合いながら、スワローがぼくと繋いでいたカラビナを外す。もう日も暮れる。夜を越せる場所を探して――。
「え?」
 スワローの上体が揺れた。前にじゃなく、後ろに。
 崖のある方に。
 スワローの手から、竜の生き血の入った軽量ガラス瓶が滑り落ちる。ガシャンと音を立てて甲高い音を響かせるときには、スワローの上体はすでに崖の方へと傾いていた。
「ッ! スワッ」
 名前を最後まで紡げない。ぼくは反射的に手を伸ばしていた。スワローは瞼を閉じている。意識が完全に跳んでる!
 スワローの足が崖から滑り落ちる。急な下降に転じたスワローの身体には支えるものは何一つない。
 ぼくが伸ばした手はスワローの手を取り逃した。スワローの身体が反転しようと大きく後ろに反れる。ああ、駄目!
 どこでもいい。どこでも! スワロー!
「ッ!」
 ぼくの掌に細いものが触れた。無我夢中でそれを握る。掌が焼けるような痛みが走るけど構うものか。ぼくは不意にかかったスワローの重量に耐え切れず、その場に倒れる。ずるずると一緒に奈落へと引きずられる。
 このまま落ちたらスワローが!
「止まって!」
 前のめりになって上体の半分が真っ逆さまになったところで、ぼくは尻尾を思い切り石の床に叩きつけた。ガッという硬質な、岩を穿つような音が響く。ぼくに腕や肩、腰が悲鳴をあげるけど、なんとか落下は止まった。
「っ、はぁはぁ……止まった……」
 ぼくが手にしていたのはスワローの巻き取り機から伸びていたロープだった。さっき鉤爪つきロープを切り取ったその残りがはみ出ていたのだ。そしてぼくが止まることができたのは、尾につけたアイゼンのおかげ。それを地面に叩きつけることでなんとか落下を免れた。
「スワロー……」
 ぼくは身体能力強化の魔法を使って、なんとかスワローを持ち上げる。落ちそうになったのにスワローは全く意識が戻らない。
 頭を揺らさないよう、軽く肩を叩いて呼びかける。でもやっぱり意識が戻らない。呼吸はしている。顔色も悪いわけじゃない。それなのに全く起きる気配がない。
「どうしよう、どうしようどうしよう」
 どうしたらいい。ぼくはどうしたら。薬? 違うこれは薬で治るものじゃない。魔法? 治癒魔法なんて持ってないでしょ。記憶の意識喪失? そうだけど、さっきはこんなにも長く気絶なんてしなかった。どうしたらいい、どうしたらいいの、いまワイバーンさんが来たらスワローを守れない。ううん、ワイバーンさんが来たらスワローを麓まで……駄目。スワローがそれを望まない。ああ、どうしたらいいの、ぼくはぼくはぼくは。
 視界がぐにゃりと滲む。立っているのか座っているのかわからなくなる。助けて誰か、助けて助けて誰か誰か誰か。ああああああっ!
 パチンッ!!
「ッ!」
 ぼくは自分の頬を引っ叩いた。
「はぁー、ふぅー……」
 深呼吸。二度、三度。四度。繰り返す。繰り返して、スワローの顔を見る。
 落ち着け。慌てるな。いまここにはぼくしかいない。判断を下して実行に移せるのはぼくだけだ。
 冷静に。頭をクリアにして考える。スワローはワイバーンさんたちに追われても落ち着いて対処していた。あらかじめ色々対処法を頭に入れていたからだ。
 ぼくはいまこの状況をどうにかする対処法なんて考えていない。でも、いま考える。考えて実行に移せるのはぼくだけ。冷静に。スワローだったらどうする。スワローの頭と自分の頭を重ねて考えるんだ。
「スワローなら」
 ぼくはスワローを横抱きにして進み始めた。この階層には幾つか部屋がある。インデックスで確認済み。あらかじめ予定していたように今日を乗り切るための場所を確保する。スワローだったら、ぼくが魔力切れで気絶したら絶対こうする。
 スワローは大丈夫。きっと色々思い出している最中なんだ。ぼくができるのはスワローが意識のない間、守り抜くことだけ。入口が一つだけの狭い小部屋を見つけた。中は何もないけど、壁も崩れていないし、風が吹き込んでくることもない。
 魔宝石の灯りはあったけどとても頼りないのでランタンを光を少しだけ絞りつつ灯す。スワローの状態はこれできちんと見ておける。
 スワローを毛布の上で寝かせる。石の床は冷たい。ぼくはスワローの体温が下がらないよう、熱を帯びた魔法石を毛布に忍び込ませた。
 インビジブルシールも貼りたかったけどできなかった。これを他人に貼る場合、どこを消すかの指定と誰に見えるようにするかの指定ができない。透明になる本人の意思が必要になる。いまの状況だとスワローの顔色や様子を見られなくなるのは好ましくない。
「スワロー……頑張って」
 何を、と聞かれたら答えられないけど。意識のないスワローにかける言葉はそれしか見つからなかった。
 一迅の風の音がぼくの耳に届いた。はっと顔を上げると同時。
「あっはは! よーかった。間に合ったみたいだ」
 短めの高笑いが半開きになったドアから聞こえる。ゆっくりとドアが開いていくと、そこから顔を覗かせたのは黒い鱗を持つワイバーンさんだった。
 その瞳は白と黒が反転していた。
 まるで、ミクスさんのように。
17/10/22 21:46更新 / ヤンデレラ
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■作者メッセージ
ちょっぴり濡れ場もあった天の柱回でした。
折角の天の柱だし、風景見下ろしックスも考えましたが、ワイバーンに見つかる&絶対寒いという常識に囚われたせいで無くなりました。私はまだ図鑑世界のブッ飛び具合(誉め言葉)に順応しきれていない模様……。

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