連載小説
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私と背中
ユウタは立つ。
私と勇者の間になるように。
私の前に。
私を庇うように、守るように。
「おや、その魔物を渡す気はないのですか?」
勇者は不思議そうな顔をして聞いてくる。
ユウタが私の前に立ったことを理解できないというように。
「渡したらどうするつもりなんだよ。」
「勿論殺しますけど?」
「そんな奴に渡すわけねーだろ。それ以前に―」
ガァンっと、金属が打ち合わさる音が響いた。
それもユウタの手から。
いつの間にか付けていた漆黒色のガントレット。
それを私は知っている。
ヘレナやセスタが持っていたもの。
私の親衛隊に配布される防具だ。
軽くて丈夫。
城にいるサイクロプスが作ったガントレット。
生半可な攻撃では砕くことなどできはしない。
そこらの盾よりもずっと強くて軽い防具。
それを殴り合わせてユウタは言った。
私に向けたことのない声で。
私に聞かせたことのない声色で。

「フィオナを傷つけた。そんな奴、許せるかよ。」

ドキリと胸が高鳴った。
ユウタの言葉に心が躍った。
こんな状況で不謹慎かもしれない。
だけど、その言葉が。
ユウタが言ってくれたことが、嬉しかった。
「そうですか。」
勇者は言った。
私に向かっていったときよりもずっと感情を込めた声で。
悲しげな声をユウタに送る。
「それは残念ですね。」
そう言って勇者は剣の柄を握りなおす。
ユウタを迎え撃つために。
「それならボクは貴方を傷つけてまでもその後ろの魔物を殺すとしましょうか。」
「させるかよ。」
その一言にユウタは歩き出した。
勇者へと向かって。
ゆっくりと、確実に距離を詰める。
「フィオナは殺させないし、傷つけさせねーぞ。」
「守るというのですか?」
「それ以外にどう聞こえるんだよ?」
その言葉に勇者も歩き出す。
手に握った剣をユウタへと向けて。
「ボクとしては同じ境遇の男性を痛めつけたくはないのですがね。むしろ親しくなりたいのですね。」
「あっそ。そんなの願い下げだ。もっと女性に気を配れるようになれよ、男らしくさ。」
「それは無理ですね。ボクは女性が殺したいほど嫌いですから。」
「それじゃあ最初から無理だって言うんだよ。」
そもそも。
そう言ってユウタは走り出した。
一気に加速し、勇者との距離を詰める。
それに対して勇者も走り出す。
黄金の鎧が音を立てて近づく。
そして。

「―フィオナを傷つけた奴と仲良くするつもりなんかねえよっ!!」

激戦が始まった。
最初に攻撃を入れたのは―勇者だった。
「ふっ!」
一閃。
鋭い銀色が閃いたのが見えたと思ったら。

―轟音。

金属と金属がぶつかり合う音。
耳を塞ぎたくなるような爆音にも似ていた。
そんな音が二人の間から響く。
見えなかった。
勇者の剣筋が。
わからなかった。
剣が振られたことさえも。
私は人間よりも身体能力は上だ。
熟練の戦士にでも余裕で勝てるほどに。
それが私たち魔物。
それなのに、見切ることも出来なかった。
勇者の振るう剣撃を。
命を狩る攻撃を。
正しく勇者というのに相応しい攻撃だった。
「―っ!」
「おや、受け止めましたか?」
その言葉に見てみれば。
ユウタは。
右腕でその剣を受け止めていた。
もう少しで肌を切り裂こうとするスレスレのところで。
漆黒のガントレットを盾のようにして。
震える腕で剣を受け止めていた。
でも、それはきっとまぐれかもしれない。
一回だけ、偶々上手く止められただけかもしれない。
ユウタに勝って欲しいのに。
あの人間の領域を超えた攻撃を止められるわけがないと思ってしまう。
勇者はまだまだ止まらない。
「それなら―これはっ!」
再度、銀色が閃いた。
その光が見えたと思えば再び轟音が響き渡る。
広い草原に鳴り響く。
さらに橙色の火花までが散った。
「―はっ!受けきりますか!それは結構です!」
それは勇者の言ったとおり。
ユウタはまたも受け止めていた。
さっき振るわれたのとは反対側から。
剣を目にも留まらぬ速度で斬られたというのに。
その斬撃を。
その攻撃を。
ユウタは左腕で受け止めていた。
「ふん、だからどした?」
そういったユウタの表情は見えない。
見えるのはユウタの背中と腕だけ。
ただ声色からするにユウタはそれほど焦っているわけでもない。
恐怖を感じているわけでもなさそうだった。
「それは、結構。それなら―」
勇者は動き出す。
さっきよりも早く。
まるで先ほどの攻撃は手加減してやったとでも言わんばかりに。
速く、素早く。
鋭い銀色を閃かせる。
「―これはどうですかっ!?」
そこからは轟音しか聞こえなかった。
勇者の動きさえ見えなかった。
速すぎる。
剣を振るうその感覚が。
魔物の私でさえ目で追えるような速度ではない。
人間ならばその速度に追いつけずに切り裂かれることだろう。
細切れにまでされるかもしれない。
鮮血を噴出し、その場を真っ赤に染めあげるかもしれない。
そんな斬撃が何度も続いた。
そんな中で何度も火花が散った。
そんな中で轟音が何度も響いた。
耳障りな音。
金属をハンマーで叩くような音ではない。
金属を断ち切ろうとする音。
それが何度も響く。
あまりの大きさに動けない体にまで響いてくる。
とてもうるさかった。
それ以上に激しかった。
これほどの激戦を私は見たことがない。
いや、もしかしたら。
お母様とお父様が本気で夫婦喧嘩をしたらこれほどまでになるかもしれない。
まだお母様とお父様が敵対していたころに本気で戦えばこれほどまでになったかもしれない。
本気のお母様も本気のお父様も見たことはないけど。
そう思えるほどに勇者は強い。
あの二人に匹敵してしまいそうなほど。
勇者は剣の重さなんて感じていないのではないかと思うほどの速度で振るう。
右から。
左から。
上から。
下から。
そのたびに火花は散り、轟音が響き渡る。
それに対してユウタは。
動かなかった。
いや、動けないんだ。
あんな激しい斬撃の中で自由に動けるはずがない。
名のある戦士でもあの剣筋を読みきれるわけがない。
ユウタは動かない。
まるで足から地面に根を張っているように。
一歩も動かない。
進みも、退きもしない。
こんな…こんな一方的な攻撃…。
ユウタが耐え切れるわけがない。
思わず目を逸らしてしまう。
ユウタが傷つくところを見たくないから。
それでも。
私はユウタを救えないというのに。
ユウタが私のために戦っているというのに。
変わらず響くのは金属と金属のぶつかり合う音。

―その中でおかしいことに気づいた。

さっきからしているのは轟音。
金属がぶつかり合い、破壊しようとしている音。
それ、のみだった。
肉を切り裂く音がしない。
鮮血の滴る音がしない。
骨を砕く音もしなければ。
ユウタの悲鳴もうめき声もしない。
耳に届く音は変わらず轟音。
それだけ。
さっきからずっとガントレットと剣のぶつかり合う音。
それが響いているだけだった。
その光景を私は見た。
逸らした目をユウタに向けた。
そこには。
ユウタが変わらず立っていた。
足を一歩も動かすことなく。
まるで体の中に鉄の芯でも入っているかのように立っている。
動きはぶれない。
軸がぶれない。
そのまま勇者の攻撃を耐えている。

―否。

ユウタは剣を受け止めている。
勇者の攻撃を全部受け止めている。
あの目で追えない剣筋を。
銀色の閃きしか見えない切っ先を。
全てガントレットで受けきっていた。
「―っ!」
それに勇者も違和感を持ったようだ。
焦りを感じたようだった。
さっきから剣を振るっているのに傷一つ付けられないことに。
何度も剣を振るっているのに全て受けきられていることに。
あんな人間離れした攻撃を一つも見逃すことなく反応しているユウタに。
その焦りを。
その焦燥を。
ユウタは見逃さない。
今まで根が張ったように動かなかった足が動き出した。
今まで守ることに集中していた腕が動き出した。
踏み出す足。
引き絞られる腕。
それは一瞬にも満たない動き。
踏み出した足は地面を蹴る。
引いた腕は弾けたように動き出す。
その腕に、その手に。
硬く握り締めた拳に。
勇者の腕がぶつかり合った。
「っ!?」
勇者もそれなりの鎧を纏っている。
サイクロプスが作ったものには劣るだろうけどそれでもそれなりの強度を持つ防具だろう。
勇者の体だけではない。
腕から足にいたるまで鎧に守られている。
そんな中で唯一守られていないのは顔のみ。
だからダメージを与えるつもりなら顔を殴るはずなのに。
それでもユウタは腕を狙った。
ただ、その腕はただの腕ではない。
剣を握った手のほうだ。
「ふっ!!」
轟音。
同じように金属と金属がぶつかり合う音が響いた。
だけどその音と同時に。
音が響くのと同時に剣がとんだ。
勇者の手から剣が離れた。
「―っ!!」
剣は回転し、そのまま近くの地面に突き刺さる。
そう遠くはない、走ればすぐに届く距離。
だけど。
これで勇者の持つ武器はなくなった。
脅威は一時的に消えた。
これがユウタの狙っていたことだろう。
武器を飛ばして無力化させる。
これなら勇者も下手な行動に出られないだろう。

―他に武器を所持していなければ。
―魔法を使わなければ。

「くそっ!」
勇者はすぐさま手を出した。
手のひらをユウタに向けた。
それがなんだか私は知ってる。
あれは魔法を使うときの動作。
魔法を放つ方向を定めるための動作だ。
「―ユウタっ!!」
私は思わず叫んでいた。
ユウタの名を。
すぐさまその場を離れて避けろという意味でユウタ呼んだ。
だけどユウタは。
私の前から動かなかった。
勇者の動作が見えているのに退かない。
横にも動かずに。
前に、動いた。
さらに一歩を踏み出した。
縮まる距離。
埋まる間。
いつの間にかユウタは右腕を引き絞っていて。
右手を硬く握り締めていた。
そして言った。
私が聞いたことのない声で。
あのユウタからは予想できないほどの声で。
まるで地獄の底から響くような声で。
勇者に言った。

「歯ァ食いしばれよ…っ。」

そして響いたのは轟音だった。
違うのはその音が金属と金属のなす音ではないということ。
金属と、肉体のなす音だった。
その音の発信源には。
ガントレットに包まれた拳を振るっていたユウタがいた。
セスタの言葉を思い出す。
ユウタは弱い。
確かにそう言っていた。
だけど、それは。
ユウタが剣を握っているときだけではないのか?
ユウタはヘレナにチョップを入れたといっていたけど。
あれはユウタが素手だったから出来たのではないか?
つまり。
ユウタは。

―素手のほうが強い。

武器を持たずに戦うほうが。
剣も刃もないほうが。
ずっと強いんだ。
だからユウタの放った拳は刺さっていた。
どこでもない、勇者の顔面へ。
「ぐぁっ!?」
そのまま勇者が吹き飛ぶ。
ユウタの拳の勢いのままに。
だけどユウタはそれを許さなかった。
そうやって勢いに乗ったまま離れていくことをよしとしなかった。
がしりと。
勇者の鎧の襟の部分を掴んだ。
そのまま無理やり引く。
そんなことをすれば勇者の体は力にしたがって動くまで。
ユウタの引く方向に動き出した。
そこへ。
今度は顔面へ肘を打ち込む。
「がぁっ!?」
「まだまだぁ!!」
そこから先はユウタの一方的な攻撃だった。
今まで受けた斬撃の分を全て返すようにユウタの拳が振るわれる。
さらに肘が。
よろけた体に一直線に打ち下ろされて。
さらに膝が。
倒れこんだ体に突き上げるように蹴られて。
さらに足が。
倒れ掛かった体に追い討ちをかけるように。
さらに頭突きが。
仰け反った体を無理やり引っ張って。
ありとあらゆる攻撃を仕掛けていく。
休む暇はない。
呼吸する暇さえ与えない。
瞬きだって。
しゃべることだって。
攻撃することなんてもってのほか。
それほどにユウタの攻撃は激しいものだった。
火花の変わりに血が飛んで。
銀色の閃きは黒い閃光に変わってて。
勇者とユウタの形勢が逆転していた。
「ぶっ飛べっ!!」
刹那。
ユウタの全体重を乗せた拳が炸裂する。
全体重といっても勇者の方が身長は上。
身に着ける鎧もありユウタと比べればずっと重いその体重を。
ユウタはものともせずに勢いだけで殴り飛ばす。
そのまま無様に飛ぶ勇者の体。
ユウタからずっと離れた地面に叩きつけられた。
がしゃがしゃと。
勇者の纏った鎧が耳障りな音を立てる。
「…ふぅ。」
小さく息を吐いたユウタ。
これが…本当にユウタ?
そうは思えなかった。
あまりにも強く、あまりにも容赦なく。
その姿は狂戦士の如く猛っていた。
本当にこれがユウタかと思ってしまうほど。
あの優しいユウタと同一人物なのかと疑ってしまうほどに。
「ユウタ…。」
思わず彼の名を呼ぶがその声はあまりにも小さくて届かない。
ユウタは振り返ることもせずに前を見ていた。
じっと。
動かずに勇者を睨んでいた。
まるで警戒しているように。
勇者がまだ立ち上がってきそうだというように。
そしてその予想は―的中する。

「―重いですね。」

「っ!?」
「…。」
私はその声に驚愕する。
ユウタはその声に拳を構え直す。
彼の前からずっと先まで飛ばされた男は、立ち上がった。
ゆっくりと。
まるでアンデットのような動きで。
「いやぁ、重たい。とても重たいパンチでしたね。素人が出来るようなものじゃない。君はボクシングでもやっていたのですか?」
そう言って笑う勇者。
殴られたというのに嬉しそうに。
変わらない顔で笑う。
そう、変わらない顔で。
勇者の顔は傷がなかった。
あれほどユウタに殴られたというのに平然とした顔で笑っていた。
おかしい。
血は飛んでいたのに。
肉と金属のぶつかる音が鳴り響いていたのに。
まるでこれは―

―魔法。

「おや?あまり驚かないのですね?」
「…別に。」
ユウタはそっけなく答えた。
驚いている様子を見せずに。
逆に冷めたよう、静かに言った。
「見えてたんだからさ。それ。殴ったそばから治っていくのが。」
「そうでしたか。」
どうやらユウタには見えていたらしい。
勇者の顔を殴っているときだろう。
そのときから傷が治っていくところを見たのだろう。
だからユウタは驚きもしない。
「それって魔法ってやつかよ?」
「ええ、そうです。我ら教団が誇る最高の回復魔法ですよ。いくら殴ろうがいくら斬られようが傷つけられたそばから治癒していく魔法です。」
ですから。
貴方に勝ち目はありません。
勇者は言った。
それは絶望の言葉に等しい。
いくら傷つけても治ってしまうなんてあまりにも反則過ぎる。
これじゃあ勝ち目がない。
魔法を知らないユウタが勝てるわけがない。
もし。
もしも私が動けていたなら。
この戦いに勝てるかもしれないのに…。
しかしユウタは絶望しなかった。
むしろその事実を突きつけられて笑っていた。
顔は見えなくてもわかるくらいに。
「そっか。それじゃあいくらオレが殴っても回復するってことか。」
「そうですよ。貴方の攻撃は全て無意味です。ですからさっさとそこの魔物を渡してください。」
「―だったら好都合。」
ユウタは言う。
勇者の言葉なんて聞かずに一方的に。

「―これぐらいで済ますつもりはなかったんだよ。もう少しばかり殴り飛ばされてくれよな、勇者さま。」

ガシャンッ!と。ガントレットが殴りあわされた
.ユウタの顔は見えない。
その浮かべている表情はわからない。
だがその顔を見ている勇者は。
その表情を向けれられている勇者は。
嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうですか。それは残念ですね。」
喜色の笑みで勇者は手を向けた。
それは一瞬の出来事。
瞬きする暇さえもないわずかな時間。
銀色が閃く瞬間にも満たないその瞬間。

―血が舞った。

勇者からではない。
私からでもない。
この平原にいる、私の魅了で動くに動けない騎士たちではない。
他の誰でもない、ユウタから。
「っ!」
右肩から大きく裂けて血が噴出す。
赤い雫が舞った。
「魔法、ですよ。こんな攻撃魔法もいくつもあるんですからね。」
見えなかった。
わからなかった。
理解できなかった。
今ユウタは何をされたのか、どうやって傷つけられたのか。
剣を持たない状態で勇者は何をしてユウタを斬りつけたのか。
その全てがわからない。
わかることといえばユウタが傷を負っているということだけ。
ユウタが私のために傷ついているということだけだった。
「ユウタっ!」
動こうとして、動けなかった。
いまだに体に力が入らない。
動けば魔法を使えなくてもそれなりには戦えるのに。
今は指の一本さえ動かせない。
ただ、ユウタに守られているだけ。
それがたまらなく悔しくて苦しかった。
「…魔法、かよ。」
ユウタは静かに呟いた。
肩を切り裂かれたというのに平然とした声色。
焦燥も苦痛も感じさせない声で。
「ええ、魔法ですよ。」
「ふぅん…なんの?」
「それを敵である貴方に教えるわけがないでしょう?」
でも。
そう続ける勇者。
「特別に教えて差し上げますよ。知ったところで貴方は避けられるわけもないですからね。」
「…。」
「風魔法ですよ。」
勇者は笑みを浮かべながら言う。
その笑みは余裕か、はたまた驕りからか。
「かまいたち、といえばわかっていただけますか?」
「…風の…斬撃?」
「正解です。」
風の斬撃。
私はその魔法を知っている。
それは目に見えない斬撃。
まるで風に乗った剣撃。
その攻撃を避けるのは不可能。
その斬撃を認識するのは不可能。
気づくことも出来ない。
見ることさえも出来ない。
風が通り抜けるかのように一瞬で相手を切り刻む攻撃魔法。
そんなものを相手に戦うなんて不可能だ。
「本来なら火や水、雷といった魔法も使えるのですが…同じ世界から来た者のよしみとして風だけで抑えておいてあげましょう。」
先ほどのユウタの攻撃で勇者との距離は開いてしまった。
運悪く素手で戦うユウタの攻撃の射程距離から外れてしまった。
それに比べて勇者は。
風魔法のメリット、それは相手に認識されにくいことでもあるがそれ以上に。
射程距離が以上に広いということ。
それが風の吹きやすい野外ならなおのこと。
勇者の攻撃はユウタまで余裕で届いてしまう。
一方的に。
「早いところ音を上げてその魔物をボクに渡してくださいね。貴方を傷つける気はあまりないのですから。」
受けるすべはない。
避けるすべもない。
それじゃあ、ユウタは…。
ただ弄り殺されるようなものじゃない…っ!

―切断音。

バツンッと何かが断ち切られる音がした。
それが何なのかわかってしまう。
嫌でも理解してしまう。
「ぐっ!」
そこで初めてユウタが苦悶に満ちた声を上げた。
見ればそこにいるのは血を流すユウタ。
今度は左肩を斬られたのか左腕のガントレットから血が滴る。
赤い雫が地面を濡らす。
「まだまだいきますよっ!!」
そこから先は見ていられなかった。
目に見えない風の斬撃が何度もユウタを斬りつける。
休む暇も与えないように。
瞬きさえ許さないように。
声を上げる隙もない。
がくらんというあの黒い服が切り裂かれて。
ユウタの体が斬りつけられて。
何度も何度も血が舞った。
どうしてここまで傷ついているのかが不思議なくらいに。
ユウタの実力ならこんな斬撃に何度も傷つけられるほどだとは思えない。
先ほど勇者の恐ろしいほど早い剣撃を全て受け切れてたのに。
勇者を圧倒するほどの攻撃を仕掛けていたのに。
こんな魔法を連続で受けるわけがわからなかった。
風魔法は一直線にユウタを狙っている。
それならすぐ横に飛べば避けられるというのに…。
ユウタは避けない。
もしかしたら避けられないのかもしれない…いや。

―ユウタは避ける気がないんだ。

私から見てユウタは背を向けている。
その先には魔法を放つ勇者がいる。
私と勇者の間に入るように立っているユウタ。
それは勇者と退治するように立っていて。
それは私を守るように立っている。
もしもここでユウタがその場を離れれば。
勇者の放った魔法は一直線に私に向かってくる。
そして動けない私を容赦なく切り刻むだろう。
それをユウタは知っている。
理解しているから動かないんだ。
それを勇者も知っている。
だから同じ攻撃を繰り返している。
ユウタがその場を離れること、それは。

―私の命を見捨てるとき。

でもその恐怖を感じることはなかった。
それはユウタがその場を絶対に離れなかったから。
傷ついて傷ついているのに、私を守ってくれていたから。
その事実にまた涙が出そうになった。
自分があまりにも情けなくて。
ユウタを傷つけることになってしまって。
私はユウタに理不尽なことしか出来なくて。
「ユウタ…っ。」
呼んでもその意味はない。
ユウタを守ることなんて私には出来ない。
動くことさえままならない私にそんなことは許されない。
「ユウタぁっ!!」
思わずユウタの名を呼んだ。

―それにユウタは反応した。

今まで地面に縫い付けられているかのように動かなかった足が動き出した。
右でも左でもない。
後ろでもない。
前に。
自ら傷つくように。
進みだした。
「っ!?」
流石にその行動に勇者も気づく。
だが、その行動に浮かべた表情はやはり笑みだった。
「ククっ!そこまでして守りたいですか!かっこいいものですねぇ!」
そういう勇者は手を止めない。
止めるわけがない。
勇者の目的は私を殺すことで。
ユウタをどけさえすればいいのだから。
それがユウタを殺すことになっても。
「かっこいいですねぇ!貴方のような『高校生』がいたなんて向こうの世界もなかなか捨てたものじゃないですね!」
手を動かし続ける。
魔法を発動し続ける。
ユウタを傷つける。
「貴方のような男性とはぜひとも親しくなってみたかったですよ!ですが!貴方がそこまで敵対するのなら仕方ありませんね!!」
そこで言葉を止めて、そして言う。
大声で。
やはり、嬉しそうに。
「死んでくださいっ!!」
そこで音が鳴り響いた。
肉が斬られる音じゃなくて。
骨の断たれる音でもなくて。
それは金属音。
金属を傷つけるときに鳴り響く耳障りな音だった。
「―…?」
「…ごちゃごちゃ…うるせーな。」
その音のする方向を見れば、そこにいるのはユウタ。
何をしたのかわからない。
それでも何かをしたのはユウタだということがわかった。
「そんな『高校生』がいるっていうのに…女性を傷つける大人が何抜かしてんだよ。テメェだって…男だろーが。」
ユウタのその目は見えない。
どんな顔をしているのかも、わからない。
ただわかるのは怒っている。
誰でもない目の前にいる勇者に。
自分を傷つけたことじゃない。
私を傷つけようとしたことに。
「男として生まれたんなら…もう少し女性に優しくしろよ…。」
そのまま倒れこむように体を倒す。
力尽きた。
そうとしか見えない倒れ方で。
「っ!?ユウタ!?」
ユウタの体はそのまま倒れていく。
勇者は何もしない。
ユウタがもう何も出来ないとわかったのだろう。
むしろ今までよく立っていたものだと思うくらいだ。
あれだけ傷ついているのに。
あれだけ魔法をぶつけられているのに。
あそこまでボロボロの体では立つこともままならないはずなのに。
それなのに、ユウタは…。
そこで、動き出した。
倒れてかかっていたユウタの体が。
「―っふ!!」

―前方へと駆け出した。

「っ!」
「っ!?」
それは体重移動。
体を前面に倒したのは自分の体重により体を動かすためだったのだろう。
その動作は。
その行為は。
ユウタの体に速度を与えた。
駆け出すユウタ。
その体はボロボロなのに足取りは確かなもので。
一気に勇者との距離を縮める。
「っ!良いですねぇ!本当に貴方という人は!!」
その言葉と共に再開される風魔法。
斬撃の嵐が再び放たれた。
「ぐっぅっ!!」
うめき声。
苦痛にもだえるその声は吹き荒れる風の中から私の耳へと届く。。
血が噴出す音も。
肉が切り裂かれる音も。
聞きたくなくても聞こえてしまう。
「…っ!!」
聞きたくなかった。
ユウタが傷つくその音を。
ユウタが苦しむその声を。
出来ることなら耳を塞いで拒絶したかった。
そうまでしてユウタが傷ついているという事実を知りたくなかったから…。

―だが、その音に、その声に混じって聞こえた。

再びあの耳障りな音が。
金属を削るようなあの音が。
あれは。
あの音の発信源は…ガントレット?
ユウタの腕にある私の親衛隊に配布される特別防具。
それはつまり…ユウタはあれをつかっている…?
ユウタは防御している…?
あの見えない風の斬撃を?
自分の体に当たる場所を予測して、読んでいる?
そこにガントレットで受け止めている…っ!?
人間が。
魔法を使う勇者を相手に立ち向かっている!
「舐めんなぁ!!」
走る速度が一気に上がった。
ユウタの体が加速する。
その分噴出す血の量も尋常じゃないほどになるのだがそれでもユウタは走るのをやめない。
自分から斬撃を受けにいっている。
何度も耳障りな音を響かせて。
斬撃を防御しながら…!
「っ!く!!」
流石の勇者も焦りを感じてきたようだった。
いくら斬ろうと走るユウタに。
いくら攻撃しようとも倒れないユウタに。
いくら傷つこうと止まらないユウタに!
汗が弾ける。
血が舞い散る。
布が切れる。
肉が裂ける。
そこでユウタは動きを追加した。
腕を引き絞った。
あれは―攻撃するために。
勇者を殴るために。
武器を持たないユウタの攻撃手段。
「―ふんっ!!」
だが、それを見て勇者も黙ってはいない。
今までただ手を向けるだけで発動していた魔法を変えた。
自分の前に大きく描かれるそれ。
空中に両手を踊らせ刻まれるそれ。
魔法陣。
私がユウタを召喚したときに使ったのと用途は同じ。
それはいくらか手順を踏み、膨大な魔力を練りこみ、時間をかけて刻みあげる魔法。
ただ手で発動して撃っていたものとはわけが違う。
その魔法の及ぶ範囲も、威力も、その魔力も。
全ての桁が格段に上がる。
そんなものを食らってひとたまりもないことなんてわかりきっている。
それなのに。
ユウタはその魔法陣を向けられているのに走るのをやめない。
むしろもっと加速している。
あの魔法陣に体を突っ込ませるように。
そんな無謀なことをしようとしている。
「よくここまで頑張りましたね!それでもここで!さよならですよ!!」
魔方陣が輝きだす。
発動の合図だ。
だがユウタは止まるわけがない。
そのまま発動する魔法陣に向かって。
その魔法陣の向こうにいる勇者に向かって。
引き締めた腕を。
握り締めた拳を。

―放つ!

発動しかけた魔法陣に手を突き刺すということは危険極まりない行為。
魔法陣により収集された魔力が、魔力によって形成された魔法が。
留まり圧縮されているところに手を突き刺すということなのだから。
そんなことをすれば体が傷つくのは当然。
もしかしたら普通に魔法を放たれていた方がまだマシかもしれない。
それほど危険な行動だった。
だがそれを。
それほど危険な行動を。
ユウタは迷いなく、躊躇いなく。
その魔法陣を突き破って勇者を殴りつけた!

―金属を切り刻む耳障りな風の音。
―血が飛び散る嫌な音。
―そして…。


―肉と鉄のぶつかり合う轟音。


「―ぐふっ!?」
勇者の体がまた殴り飛ばされる。
ずっと後ろに、壮絶な勢いで。
その勢いのまま地面に接し、転がる体。
あれならしばらくは動けないだろう。

―普通の人間なら。

だが、あれは勇者だ。
ユウタの攻撃がすぐに回復してしまう魔法を持っている勇者だ。
そんな存在にあの攻撃が意味を成しているとは思えない。
だから、ユウタは。

―駆け出した。

追い討ちをかけるように。
勇者を逃がさないように。
徹底的に攻撃をするように。
地面を蹴って飛び出した。
着地する先は―

―勇者の体の上。

それはなんとも形容しがたい音が響き渡った。
かなりの重さを持ったものが金属上に落とされるような音。
いや、ただ落とされたわけじゃない。
ちゃんとした敵意を持って。
明確な害意を持って。
ユウタは全体重を勇者に叩きつけた。
「ご、はぁっ!?」
そんなことをされてはひとたまりもない。
いくら勇者でも鎧を纏っていてもそんなものを受け流せるわけがない。
ユウタに殴り飛ばされて地面に倒れているところへの追撃。
いくら回復するとはいえ、ダメージはくらっただろう。
そしてユウタは勇者の上に跨った。
「ぐふっ……殴る、つもりですか?」
「当然。」
「そんなことをしても無駄ですよ。」
勇者はおそらく笑っている。
ユウタの攻撃が一切意味を成さないということに。
「それは傷が回復する魔法を使えるからかよ?」
「ええ、そうです。いくら傷ついても治りますよ。どんなに重症であっても治りますよ。」
「あそ。それじゃそれってさ…。」
そういったユウタは前かがみになった。
何をしているのかは…わからない。
私から見えるのはユウタの背中だけだから。
「どんな傷が治っても、不死身ってわけじゃあないんじゃねーの?」
「…え?」
その声は冷え切っていた。
残酷なまでに。
悲痛なほどに。
静かな怒りに染まっていた。
「いくら傷が治ってもその人間が死んだら…どうするんだよ。それでも治るのか?死んでも生き返れるのか?」
「…っ!」
「って言っても実際に殺すわけじゃないんだけどな…気絶さえしてくれればそれで十分だし。」
勇者は何も言わない。
私も何も言えない。
ユウタの言っていることがわからないから。
「それじゃ、歯ァ食いしばっとけよ…勇者さま…。今度のはたぶん…痛い程度じゃ済まねぇぞ…!」
ぞくりとした。
背筋が凍るような声。
思わず動かない体が震えてしまうような。
それほど恐ろしい声だった。
「何、を…?」
「殴る…といっても、ただの拳撃じゃねぇからな…。」
そこでユウタが『何か』をした。
それが何なのかはわからない。
見えなかったから。
いや、もしかしたらユウタは私に見せたくなかったのかもしれない。
そう思ってしまうほどの音が響いたから。
轟音なのに、先ほどよりもずっと大きな爆発音が聞こえたから。
大地を震わせるような一撃が放たれたから。

「―『砕』っ!!!―」





轟音の後、勇者は動く気配を見せなかった。
ユウタが体から立ち上がっても指一本動かす気配を見せなかった。
どんな傷でも治るといっていた勇者が。
ユウタの一撃によって動きを止めた。
何をしたのだろう。
どんなことをしたのだろう。
そんな疑問を感じつつもユウタの姿を捉える。
背中を向けているユウタ。
その体から流している血の量は半端なものじゃない。
おそらく体についた傷の量も…。
そして、ユウタがこちらを振り返った。
「…っ!!?」
その姿を見て私は絶句した。
今まで背を向けて戦っていたユウタの姿。
額から血を流していて。
頬がぱっくり裂けていて。
服がズタボロに切られていて。
ガントレットなんて形を保っているのがやっとというくらいで。
体のどこにも無事なところなんて見当たらなくて。
肌が見えるところは全て赤く染まっていた。
立っているのが不思議なほどに。
生きているのが信じられないくらいに。
そして、その傷は全て私を守るためについた…傷…。
「ユウタ…っ。」
恐る恐る彼の名を呼べばそこには―

「―おう。終わったぞ、フィオナ。」

そう言って微笑んでくれるユウタがいた。
血にまみれた顔で。
それでも優しげに微笑むユウタがそこにいてくれた。
その姿に。
その表情に。
また、涙が溢れた。
「ユウタぁぁあああ!!」
体中をとんでもない激痛が駆け巡っているはずなのに。
私よりもずっとひどい目にあっているのに。
変わらず微笑んでいてくれる。
そんな彼に。
そんなユウタに。
私は―

「―…っぁ。」

その声。
気の抜けるような小さい声。
それを発したのはユウタだった。
そんな声を口から出してユウタの体が倒れこむ。
この平原に。
草の上にゆっくりと。
流れる血が雫になって散りながら。
微笑んだままの表情で。

―ユウタは倒れた。

まるで力尽きたかのように。
動く素振りを見せないで。
「…ユウタ?」
呼んでも返事はない。
「ユウ、タ?」
もう一度呼んでも応えない。
それがどういうことかわかる。
ユウタが倒れたことがどれほどのことか理解できる。
体中傷ついて、まるで力つきたように倒れた。
その姿を見て。
血まみれで倒れたユウタを見て。
私は―




魔界の平原に私の悲鳴が響き渡った。
11/06/17 20:39更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということで勇者VS高校生、決着です!
ゆうたがここまで傷ついても倒れなかったのはやはり向こうの世界で何度も師匠を止めてきたからですね
それだけ彼は傷つくことになれてる…んですけど
これはもう不死身に近いw
誰かのために戦うことに慣れていて、
誰かを守ることに体を張れる、そんな高校生
本当に高校生かと疑いたくなってきますw

そして物語りも終わりが近づいてきました!
残すところあと二話!
お楽しみに!

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