読切小説
[TOP]
冷たい熱帯夜 ― 名も無き戦士 ―
別次元からの転移ゲート「門」が開いて、人界は大きく変わった。
「魔物化」により、死病や不治の病は根絶された。恩恵を得られたのは女性だけではない。魔物娘と番いになった男性も「インキュバス」と呼ばれる存在になることにより、魔物ほどではないにしろその能力は強化される。
もっとも、魔物の持つ「人を傷つけるのを嫌う」という特性をも受け継ぐため、兵士など軍事利用は難しいのだが。
技術も「魔力」と呼ばれる未知の力を既存の機械工学に組み込むことにより、それ以前に存在したモノよりも高性能となった。「門」と「外地」を繋ぐ、次元間連絡飛行船「フライング・プッシー・ドラゴン号」などが有名だ。
経済面でも大きな変化があった。
人材を使いつぶす「ブラック企業」の根絶だ。
ブラック企業の振る舞いは人間を伴侶として愛する「魔物娘」にとって最も許しがたい暴挙だ。金勘定のプロである「刑部狸」による会社乗っ取りや、憤った魔物娘達による物理的な「説得」によりブラック企業は完全に根絶した。
だが・・・。
魔物娘が現れたことにより、逆に「ブラック」になってしまった業界がある。


「こちら生活安全課の佐藤でございます」


そう。
「公僕」、つまりは公務員だ。
公務員といえば、親方日の丸で安定を保障していると思われがちだが「門」から魔物娘が大挙して移住している現在、その職務は激務と言わざるを得ない。
移住を希望する魔物娘は「外地」でしっかりと選考され、さらに「学園」で教育を受けている。しかしながら、アマゾネスやオークなど「男」は力で得てなんぼと脳筋思考な連中はまだまだ多い。また、白蛇などはストーキングなどで問題となることもある。
そうじゃなくても、魔物娘は「戸籍」や「届け出」などの概念を理解することは少なく、「学園」が多少受け持ってくれているが書類を提出し忘れすることは日常茶飯事。
故に勤務時間通りに帰ることは稀だったりする。


「はぁ・・・・・疲れた」


市役所の生活安全課に所属する佐藤は本日、20回目の溜息をついた。
生活安全課といえば市役所における「なんでも係」だ。故に、「妻のスライムがうっかり排水口に嵌まった」や「ヘルハウンドの妻が生肉を料理として毎日出してくる。ちょっと外食しただけで、お仕置きの逆レイプが待っている。タスケテ・・・」など、どう考えても市役所の職務ではないことまで相談されてしまう。
ホントは直ぐにでも電話を切りたいが、今のご時世そんなことはできない。
消防署に連絡し、「学園」のカウンセラーに相談するように話したりとおおよそ可能な限りの対応を行う。
彼も魔物娘の妻を持っている以上、彼らの気持ちもよくわかる。
そう。
「佐藤虎彦」は所謂「いい人」なのだ。


ガチャ・・・!

「帰ったよ、リコリス」

佐藤は愛しき妻の名前を呼ぶ。

「貴方おかえりなさい!!」

部屋の奥から小柄な何かが彼に向って飛んできた。高校時代バレーボール部で培った動体視力でソレの正体を見破ると、彼はソレを全身で受け止めた。

「こらリコリス!飛び込むのは危険だって言っているだろ」

佐藤がソレに向かって声を掛ける。

「ごめんなさい・・・一刻も早く貴方に抱きしめてもらいたくて・・・」

ソレが顔をあげる。
あどけない幼顔と額にある触角。手足は無く、蛇腹のような身体。
魔物娘「グリーンワーム」が佐藤の最愛の妻なのだ。



彼と妻のリコリスとの出会いは偶然だった。
忙しい職務の合間に訪れたレストラン。ランチを頼んだ場合はサラダ・スープが食べ放題とあり、注文を終えた彼がサラダバーに向かうと一人のグリーンワームがしょんぼりしていた。サラダバーには「グリーンワームお断り」と書かれていた。
店員に聞くと、以前別のグリーンワームが一人でサラダバーのサラダを食べ切ってしまったことがあったようだ。しかし流石にこれはやり過ぎだ。

「こっちも商売ですので・・わかってくださいよ・・・・」

「でもこれは・・・魔物娘差別だって言われますよ?」

そうチクりと言うと店員は折れた。サラダボウル三つならいいと許可を得たことを彼女に伝えると、さっきまでしょんぼりしていた彼女はすぐ笑顔になった。
その笑顔をかわいいと思った時、俺は恋に落ちた。
その後、彼女と俺は付き合い始め、そして半年前に結婚することになった。
魔物娘でしかも芋虫の魔物娘であり、親戚からはあまりいい顔はしなかったがそれは時間が解決してくれるだろう。



軽食を取りながら取り留めなく、リコリスとの出会いを思い出しているとリビングの時計の針は11時を指していた。もう寝なくてはいけない。

「おーいリコリス。もう寝るぞ」

「うん。ちょっと待っててね」

俺はパジャマに着替えるとベットに入る。
魔物娘が渡来するようになっても年々蒸し暑くなる気候はどうにもならない。
濡れおなごや雪女を伴侶に持つ夫たちがうらやましくなる。魔物娘は複数で一人の男を愛するとは言っても、二人の女を平等に愛せる気概など俺にはない。

ガチャッ!

光の落とされた寝室にリコリスが入ってくる。

「貴方お待たせ」

そう言うとリコリスが俺を抱きしめる。
ひんやりとした彼女の肌が火照った身体を優しく冷やしてくれた。

「リコ・・・お前」

「うん。今日は熱帯夜だから、冷たいシャワーを浴びてきたの。どうかな?」

健気な妻の髪を優しく撫でると俺は彼女を抱きしめ返した・・・。



人の世は複雑だ。
思わぬ落とし穴に嵌まることもあるし、決められたルールを守れない人間もいる。
でも・・・・。
でも、人の世を良くしようとする人間が少しでもいるなら人の未来は明るい。
名も無き「戦士」達に花束を。





後日、夫婦そろって風邪をひいてしまったのは内緒だ。







18/06/15 22:26更新 / 法螺男

■作者メッセージ
ネタ満載よりもライトな作品も新鮮な驚きがあっていいですね。
良さげなシチュエーションを思いついたらまた書いてみたいです。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33