読切小説
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然れど二の句は継げぬ
1

 私には妹がいた。実に可愛く、目に入れても痛くない程の妹である。その幼い外見とは裏腹に実に利発な妹で、少少の難問など赤子の腕を捻るくらいに簡単に解いてしまう妹だった。兄としても鼻が高く、自慢の妹だ。不安があるとすれば、それは一寸ばかり私に依存していることであろう。兄離れが出来ないのだ。これは兄としては有難くも悩ましい問題であった。自分を慕っているのは兄としても悦ばしくはあるが、物事には必ず程度というモノが存在する。何事であれ、行き過ぎてしまうとロクな結末を迎えはしないのだ。シェイクスピアの演劇が好例であろう。人は決して行き過ぎた先に光を見出すことは出来ないのだ。地獄の門へと這入ることはあるだろうが、しかしてそれでは意味がない。否、地獄を体験するという意味こそあるだろう。私はそんな体験は真平御免だが。
 サテ、私は私なりに、具合の悪い頭を働かせてどうしたものかと考え込んでいた。私を溺愛する妹を、如何様にして引き離す――もとい、兄離れさせるべきかと。無論、今まで懐かれていた妹を此方からいきなりつっけんどんな態度で引き離す訳にもいくまい。しかし、けんもほろろな態度を貫くのも違う気がすると、私の頭の中で堂々巡りの会議が始まる。
 そもそも、元元は妹は私に対しては冷淡を貫く主義であったはずなのだ。猫の額程度の愛想しか私にはなく、お互いに凍てついた冬のような関係であったはずなのだ。だが、その凍てついた温度はいつの間にか溶けていた。具体的な時期などは定かではない。考えれば考える程に、欺瞞に満ちた妹の態度ではあったが、それを嘘だとは思えなかった。馬鹿だと罵られればそこまでだが、私には常日頃から付き纏うこととなった妹の笑顔が、とてもとても偽装されたモノとは信じられない。当初こそ、変な食物でも食らってしまったのかと慮ったが、それも違った。
 となると本格的に妹の心変わりとでも換言すべき態度の変容に、説明がつかないのである。妹を誇りにこそ思えど、不審に、不思議に思わない訳ではなかった。一体全体どんな風の吹き回しなのか。若しくは前前から私に面には出さないものの、ひた隠しにした恋慕の情でも内在していたのか。馬鹿な。自惚れが過ぎるというモノだ。
 ハテ、どうしたものか。
 思考の渦に溺れそうになった私はなんとか岸部まで足掻くと、妹の他の異変について考えることにした。小さな異変であれ、妹の豹変を紐解く鍵になるやもしれぬという、淡い期待からだった。
 まず思い出したのは、妹の性格がガラリと変わった時期とほぼ同じ頃に、妹が箒を持ち始めたことだ。妹が魔法を用いることは承知していたが、しかし箒などという小道具を扱っているところは、あの時私は初めて目にした。てっきり妹は魔法に小道具を用いないのが金科玉条かと勝手に納得していただけに、その衝撃は大きかった。
 箒に跨り空を駆ける。文面にしてみればしっくりとくる魔法使いの典型ではあるが、それを妹という人間に当て嵌めた場合、それはまるで道化師から滑稽さを奪ったような憐れさを孕んでいた。利口な道化師など、誰が笑ってくれようか。真逆、それを見るためにサーカスへと赴く物好きも流石にいまい。
 兎も角、同じ時期に変化があったことから、箒にも何らかの関係性が見え隠れするとみて良いだろう。そこで私の頭には一瞬、善からぬ考えが浮かんだ。ひょっとすると妹は、巷で実しやかに囁かれている魔女という存在に成ったのではないか。
 偶偶かもしれぬが、箒という点と、兄に懐くという点は噂に聞く魔女のそれと類似していた。もっとも、妹を魔物に変えてしまうとなると、その元凶がいるということにも繋がるので、中中ぞっとしない想像ではあったが。
 試しに妹の部屋に這入り、ぐっすりと眠っていた妹を起こして訊ねてみると、質問に答えてくれるどころか不機嫌そうに部屋から追い出された。我が妹ながら、乱暴甚だしい。妹曰く、乙女の部屋に合図も無しに這入るのは礼儀知らずだそうだ。
 まあそれもそうか。やや己の内に納得のいかない感覚を抱きながらも、私は思考を脳の外側へと向けた。
 妹の気持ちを忖度したところでおそらく、理解は無理だと考えた方が利口だろう。ならば本人に訊くのが一番手っ取り早いと思ったが、それも叶わぬのでは手の施しようがない。殆幾困ったものだと頭を悩ませていると、部屋から妹が出てきた。
 ハテ、どうしたのかと訊こうとした矢先、妹の方から口を開いた。曰く、花も恥じらう年頃の乙女の部屋に無断で這入ったことが罪なだけで、質問に答えないとは一言も言ってはいないとか。思い出してみれば、それもそうか。
 では早速と、妹にお前は魔女に成ってしまったのかと訊ねると、はいそうですとの答えを頂戴した。てっきり自分としては、苦笑されても仕方のない妄想の類かと思っていただけに、こうも易易と肯定されるのは完全に想定外の出来事だった。若しくは、あざとい態度で惚けられるのかと思っていただけに、私は出鼻を挫かれてしまった。
 しかし我が妹ながら、魔女に成ってしまうとは何を考えているのかわからない奴だ。何故なのか、せめて理由を訊きたかった。
 そんな心中を察してか、妹は言った。
 私の話を聞いてお兄ちゃん。何も理由無く魔女になった訳じゃないのお兄ちゃん。どれもこれもお兄ちゃんの為だったの。信じてお兄ちゃん。
 空いた口が閉じなかった。魔女に成ることが私の為になることだとは、さっぱり意味がわからない。が、妹の言い分の詳細も聞かずにこの魔女め!と罵るのは余にも一方的すぎると考え、私は一先ず妹のその理由とやらを聞くことにした。
 しかし妹が滔々と語り始めた理由は、私にとっては俄かには信じ難い話であった。驚天動地とでも言えばいいのか。まるで大鯨が空に浮かぶ話だ。
 誰とて血の繋がった妹から、前前から好意を抱いていたと告白を受ければそれは驚く話であろう。下手をすれば、下手を踏めば。
 近親相姦になっていたやもしれぬのだ。
 人類三大禁忌の一つを犯していたかもしれぬという惧れは、私の背筋に冷気を伝播させた。可能ならば記憶を消去して欲しい。
 とんでもない事実を耳にした記憶を、消去して欲しい。
 妹の視線の温度に、かつてない温かみを感じるのは錯覚だと信じたい。が、どうやらそれは気のせいではないらしかった。淫靡で、纏わりつく視線。朱に染めた頬に、少少潤んだ瞳。どれもが発情したそれであり、男を本能から揺さぶりかけるそれだった。
 お兄ちゃんお兄ちゃん。どうしてそんなに怯えた目をしているのお兄ちゃん。私はずっと昔から好きだったの。天邪鬼な私は上手く本音を伝えることは出来なかったけれど、それを手伝ってくれた素敵な人の御蔭で、漸く私は本心を伝えられるように成ったの。お兄ちゃんは鈍いみたいで、私の好意にはそれでも気づくことはなかったのだけれど、それでも幸せだった。けれどお兄ちゃん、こうして冗談であれ少しでも魔女であることを悟られたならやることはたった一つ。さあお兄ちゃん私と交わりましょう。背徳に溺れて色欲に塗れて、そして限りなく幸せな場所が、集団があるの。
 そう口にし、迫ってくる妹の表情には鬼気迫るものがあった。思わずこちらが後退ってしまう迫力。痴れ言だと反論する暇も与えられず、私は押し倒されてしまった。魔女と成った影響か、とても女のそれとは思えぬ力の強さに、身悶え程度しか許されない。途端、鼻腔にあた舌たるい臭気が滞留し、思考に桃色の靄をかけた。
 魔力によるモノなのか、将又妹固有の異能なのかはとんとわからぬが、私はひどい胸の動悸を覚えた。初夜を迎える生娘か、或いはもどかしくも口に出来ぬ恋慕の情を抱いた時か。それらに酷似した動悸が、私を内側から鳴動させているのは確かだった。
 なんということだ。妹にこのような気持ちになるなど、兄として片隅にも置けぬ奴だ。恥を知るがいい。そう己を罵っても動悸は収まるどころか激しさを増す次第であった。押し倒されて距離が縮まったせいか、やけに息苦しく、身体も熱い。火照り、静まることを知らぬ熱は徐徐にその狙いを下半身へと定めていった。それ以上はならぬという脳裏を過ぎった自制の声も虚しく、私の腕はするすると妹の背に伸びていた。
 決して発育のよい身体とは言えぬモノであるのに、その質感は男を堕落させるには十二分なものであった。
 魔性。
 そんな単語が頭に浮かんだ。
 女としての色気はまるで感じさせないのに、少女としての色気は、人を狂わせると確信する程に妹は含んでいた。青い種がまるで花を咲かすことなく、その花弁の美しさを種のまま育んでしまった結果のような。常軌を逸した魔性。
 何か粘質な水音が耳朶をうち、鼻にツンとする芳香が直撃し、ぞっとする。一つはこれからもたらされるであろう、想像だにせぬ快楽に。一つは血の繋がっていることから忌避され、禁忌とされていた一線を越えてしまうことへの恐怖で。
 お兄ちゃんに私の貞操を捧げられるなんて、夢みたい。
 そう耳元で囁かれ、背筋を冷えたモノが走る。脊髄を伝い、脳から指、つま先にまで伝播したそれは瞬く間に神経を麻痺させた。
 催眠術にでもかけられているように焦点がぶれる妹に対して発する言葉を、生憎と私は持ち合わせてはいなかった。いや、この状況ではどのような言葉を用いたとしても、打開など不可能だろう。機関車に空を飛べと言っているようなものだ。
 良い匂いがした。それが妹のものか、それとも愛用している別のモノの匂いなのかは判別がつかなかったが、その匂いは麻薬のように狂おしく愛しいものだった。
 匂い一つで多幸感に包まれ、倫理を道端に棄ててしまいたくなる。
 つい先刻まで兄妹関係や妹の変化について考察をしていた自分は何処へやら。今はインモラル、背徳的な甘美感に喉元を掻き切られそうになっている。実に情けない。
 誘惑に打ち勝たねば、と思う心は散り散りに霧散してしまい、痛いくらいに自己主張をする下半身でしか物事を考えてしまっている。仄暗い理性の底で燻っていた獣じみた欲望は限界を知らずに膨張し、我先にと発散する目標を見定める。
 妹に、見定める。
 まさか、それは人が犯してはならないモノではなかったか。
 搾りカスとなった僅かな理性が鳴らす最後の警鐘が、視界を警告灯の色に点滅させて世界を揺らがせる。
 お兄ちゃんお兄ちゃん。心配要らないのお兄ちゃん。
 こちらを見透かしたように妹は笑い、唇を重ねる。そして唇をひとしきり舐めまわして味を堪能したところで、妹は子どもっぽい悪戯心が見え隠れする笑みを浮かべ言った。
 あのね、これはとてもとても素敵なことなの。同じ愛を確かめ合うなんて、御伽噺のように幸せで、大団円を迎えるに決まっているモノだとは思わない?お兄ちゃん。
 狂喜に満ちた声音でそんなことを口走る妹は正気とは考えられなかった。いや、妹に対する邪な感情を沸沸と沸かしてしまっている時点で、私もどっこいどっこいではあろうが。
 私の思惟を他所に、妹は何事か呪詛を囁き、朱色の光を指先から発した。途端、私も妹も一糸纏わぬ姿に成り果ててしまい、解放された剛直が天を衝かんと聳え立ってしまう。それをまるで馳走を前にした犬のように舌なめずりをし、表情を淫靡に蕩けさせる妹は私の記憶にはいないそれであった。
 しとどに濡れる妹の内股からは卑猥な水音が絶えず響き、既に牝として発情しきっていることを如実に物語っていた。とうとう、一線を越えてしまうのか。意外に冷静な脳味噌がそう理解する一方で、その冷静さとは裏腹に欲望を剥き出しにした肉棒はぴくぴくとひくつき、与えられる快楽を予期して震えている。
 にんまりと笑みの形を作り、肉棒を慣れた手つきで(何故慣れている?)自身の中へと導いた妹は、瞬間、嬌声をあげて身体を細かく打ち震わせた。
 嗚呼、嗚呼。夢みたい。本当に夢みたい。一つになれるなんて、肉の交わりが出来るだなんて本当に夢みたい。
 口の端から涎を滴らせながら艶めかしい腰使いで上下運動を繰り返す妹は、本当に幸せそうだった。
 私はといえば与えられる快楽に声を漏らすまいと、半ば意固地で口を真一文字に結んで刺激に堪えていた。魔膣とでも比喩すべき妹の性器はとてもきつく、無数の襞が容赦なく亀頭に絡みつき、愛液でもみくちゃにして丹念な愛撫を繰り返す。絶頂が近いのか、それともこちらにもっと快感を与えたいのか、焦れた様子で律動をする妹の身体は汗ばんでおり、容姿とは裏腹に女の淫臭をばら撒いていた。
 悶悶とした渦巻く射精欲を必死に堪えるも、それが不服らしい妹は律動をより深いものにし、自らの子宮口へ亀頭を押し付けて来た。小さな肉の輪が柔らかく亀頭を包み込み、撫でるように敏感な粘膜を刺激する。それだけに留まらず、肉棒全体をしっかりと咥えて離さずに収縮する膣に、睾丸から精液が尿道へ充填されていくのがわかった。
 理性もモラルも最早その体を成さなくなり、どろどろに腐敗した規則と一緒くたになって溶けてしまった。
 これが血の繋がっている者同士でする交尾だというのか。だとしたら、成程禁忌として避けられるのも頷けた。自分の想像を超えた快楽は、人を猿にする。原始にまで退化させてしまう。これは薬物か酒のようなモノだ。
 金木犀のような強く甘い香りに身体を包まれ、私は天にも昇る気分を味わった。奇妙な浮遊感に浸されて、そしてふと大切なモノが臓腑に静かにおさまっていく感覚。快感を感じる神経が許容量を超えて焼き切れてしまったせいか、それとも別の何かが要因かは定かではないが。
 が、確かに私は白濁液を妹の中に放ち、愚息をみっともなく脈動させていた。精液を己が子宮に浴びせられた妹は、池の鯉のように口をぱくぱくと開き空気を求めている。女と男の絶頂のそれは仕組みが違うとは耳にしたことがあるが、ならば妹のこの虚となった目と弓なりに反った身体はそれによるものか。
 羨ましいと思う反面、自分でそこまで悦楽を極めてくれたことが、なぜか兄として誇らしかった。本当に狂った、歪な欠片にも似た誇りだった。

2

 生まれたままの姿で目が覚めた。隣にも素裸の妹が穏やかな寝息をたて、ぐっすりと眠っている。疼痛を訴える頭をおさえ、眠る前の記憶を無理矢理掘り起こす。そこまでして漸く妹と一線を越えたことを思い出した。
 女そのものであった妹に対して、思うことは多々あるがそれよりも重要度は情交の事実が勝っていた。搾精器官と化していた妹の性器に、男を夢中にさせ庇護欲をそそらせる未発達な身体。それを私は己の腕の中に収めてしまった。過程も心情も抜きにして、それだけは紛うことなき真実だ。これからどうしたものか。ほとほと困ってしまった。
 私の内心複雑な思いに構わず、やっと今起きた妹は月一つ呑み込んでしまいそうな大欠伸をしていた。暢気している場合ではなく、これからは世間への身の振舞を考えて過ごさねばならぬというのに。剣呑にも聊か程度というモノを知ってもらいたいものだ。
 少し説教でもしてやろうかと口を開いた矢先、妹にその口を口で塞がれた。二の句どころか一の句すら告げさせず、妹は母親に強請るそれのように深く深く唇を落とした。
 お兄ちゃん。
 漁火のような声で妹は言う。
 生憎とそれを聞き取ることは出来なかったから、妹が果たして何を言いたかったのか真相は有耶無耶に成ってしまったが。
 今さら兄の立つ瀬もあるまいに。
 何故か明文化できない病熱を孕んだ私は、妹を黙って抱きしめた。それに安心したのか、妹は再び眠りの淵に落ちていく。私もその図太い精神に倣い、眠る。
 兄妹二人、私たちは昏々と眠り続けた。
15/11/11 21:58更新 /

■作者メッセージ
そんなお話でした。楽しんでいただければ幸いです。
もうすぐ初投稿から一周年になります。読みはすれども書くことなんて一切やってこなかった自分がここまで書くことを続けていること自体が、奇跡なんじゃないでしょうか。
初投稿から成長できたかどうかは、また、それは別の話ですが。
そんなこんなで、然れど二の句は継げぬ(告げぬ)でした。

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