連載小説
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第五章
 すっかり通い慣れてしまった道を馬で進みつつ、レナードは自分に気合いを入れる。
 昨夜、エステルと会話できたことで仕事に対するモチベーションはかなり復活した。正確には愚痴を聞いてもらっただけだが、それでもレナードの心は前日とは比べ物にならないほど軽い。我ながら単純だと思うが、すぐにいいやと首を振った。
「男が単純なだけだな……」
 やがて見えてきた作業現場が見えてきた。道を塞ぐ土砂も、カーリ川に沈んでいる岩盤も昨日のままだ。だが、今日はその景色が違っていた。
「人……?」
 レナードが毎日のようにスコップで移動させた土砂の山はそれなりの高さになっている。その山の頂上に、褐色肌の女性がいるのだ。
 遠目にそれを確認して、レナードは嫌な予感に襲われた。自分の位置からでも彼女の肌が見えるということは、ほとんど衣服を身に付けていないということになる。そして、女性がそんな姿で外を出歩く羽目になる事態は、どれも面白い話にならない。
 手綱を操り、馬を走らせる。白い毛並みが自慢の愛馬はレナードの意思に従い、軽やかに走り出す。頼むから最悪の事態にだけはなっていませんようにとレナードは強く手綱を握りつつ、前方を睨むように見つめた。
 力強い走りで、愛馬はすぐにレナードをいつもの作業場へと連れて来てくれた。それを労ってやることもなく飛び降りると、レナードはすぐにどかした土砂の山へと向かい、女性を見上げる。そこで唖然とした。
 その女性は裸だった。褐色の身体は余すとこなく晒されていて、豊満な胸や性器といった大事な部分も隠されていない。唯一身に付けているものといったら、頭の上にある花飾りくらいだ。人前では決して見せられない姿だというのに、その女性はレナードを視界に納めても悲鳴一つ上げることなく、感情に乏しい表情で見下ろしてきた。
「待ってた」
 それが自分に向けられた言葉だと気づくまで、レナードは時間がかかった。その美しい裸体に気を取られていたというのもあるが、その女性は普通ではないことに気づいたからだ。
 彼女の両腕、その肘から先はごつごつとした岩に覆われた巨大な手になっていた。その異形の姿に、レナードはすぐに結論を出す。
「魔物……!」
「いいえ、違いますよ」
 被せるように、女性の声がした。しかし、声の主は明らかに目の前の魔物ではなかった。その声は、まったく別の方向から聞こえたのだ。
「誰だ」
「こちらです」
 再び声がしたのは、カーリ川の方からだった。目の前の魔物から意識を外さないように注意しつつ目をやると、川の中から半透明の青い身体を持つ魔物が出てくるところだった。女性の形をした水とでもいえばいいのかもしれない。
 その魔物は優しげな笑みを浮かべ、静かに一礼した。
「おはようございます、レナードさん。お待ちしていました」
「あ、ああ、おはよう……」
 あまりにもごく自然に挨拶してくるものだから、レナードは相手が魔物であることも忘れて返事を返していた。
「さて、レナードさん。少しお時間をいただきますね。お話しましょう」
 すすっと、魔物がレナードに近づいてくる。それに合わせて、レナードは数歩後ずさった。
「なぜ離れるのです」
「いや、だって、魔物だろう。こうして言葉を話せても、君は人の魂を食らう邪悪な存在のはずだ」
 直後、レナードのすぐ傍に、土砂山の上にいた魔物が飛び降りてきた。
「っ!」
 驚き、レナードは更に後ずさる。
「そんなもの食べない」
 少しも表情を変えず、褐色の魔物が淡々と告げた。
「その通りです。確かに広い見方をすれば私達も魔物に分類されますが、詳しく言うなら、私達は精霊と呼ばれる存在ですよ」
 水の魔物らしく、こちらは話し方が流暢だ。その口調が穏やかであることから、レナードもとりあえず話は聞いてもいいかと姿勢を正した。
「で、では、その精霊が俺にどんな話を?」
「仕事、手伝う」
「え?」
 片言とはいえ、予想すらしなかった言葉をもらい、レナードは変な声を漏らした。
「仕事、手伝う」
 全く同じことを言われ、戸惑いの目をもう一人の精霊へと向ける。レナードと目が合うと、彼女は笑って答えてくれた。
「私達はレナードさんが一人で頑張っているのをずっと見てきましたから。本来なら一人の人間に肩入れするわけにもいかず、傍観するしかありませんでしたが、こうして肉体を得た今は違う。レナードさんが望むなら、あなたの力になって差し上げられます」
「俺の力に?」
「はい。具体的には、この土砂を片付け、川の水を綺麗にすることができます。私達と契約さえしていただければ」
 レナードは思わず息を呑んだ。彼女の言葉を信じるなら、自分の仕事が終わることになる。終わる見込みのなかった土方仕事とおさらばできるとあって、レナードはつい聞いていた。
「それは、どのくらいの時間がかかる?」
「一瞬で。時間にして五分もかからないでしょう」
 信じられない数字だ。だが、精霊というおよそ人智を超えた存在なら、それくらいのことはできてもおかしくない。
「では、その契約とはどうすればいい? まさか、契約書にペンでサインというわけではないだろう?」
 レナードは勢い込んでそう尋ねる。だが、水の精霊はそこで初めて顔を背けた。その横顔は少しだけ赤く、恥ずかしがっていることがはっきりと見てとれた。水の精霊がそんな調子だからか、もう一人の精霊が言葉を継いだ。
「抱いてくれればいい」
 淡々と告げられた言葉は、レナードの頭を急停止させた。抱くという意味を理解できなかった。
「えっとですね、契約には性行為が必要なのです」
 右手を口元に当てた水の精霊が少し恥ずかしそうにそう続けた。その顔には恥ずかしがっていると大書してあったが、目は興味の色に光っている。
「性行為って、あの……?」
「はい。繁殖行為です。人の言葉で言うなら、セ、セックスですね……」
 セックスと聞いて、レナードは無意識に二人の精霊の体へと目をやっていた。人外の存在であるはずなのに、二人の精霊の身体は男の欲を煽る色気に満ち溢れている気がした。特に褐色肌の精霊は、腕を除けばほとんど人の女性と大差ないのだ。その見事な裸体に、レナードはペニスが勃起していくのを自覚した。
「大きくなった」
「なっ!」
 指摘され、レナードは慌てて股間を両手で隠す。欲情していると証明しているようなものだが、ズボンの下から膨らんでいるところを見られたくなかった。
「体の方は契約を望んでいるようですね。意思の方はどうですか?」
「け、契約をしたら、俺はどうなる……」
「すぐにというわけではありませんが、インキュバスという存在になりますね。肉体的な変化ですと、その……ペニスが逞しくなり、放つ精の量が増加します。加えて、契約した精霊の力を行使できるようにもなりますね」
「それ以外には?」
「契約した精霊がもれなく妻になります」
 思わず二人に目をやるが、当然のようにこくりと頷いた。
「二人とも……?」
「はい。私達は人の常識に縛られませんから、一夫多妻でも気にしません」
「三人なら、きっと楽しい」
 精霊二人が期待の混じった艶やかな目で見つめてくる。男の本能を刺激し、誘うような目だ。
 レナードの中で、この二人を抱きたいという欲望が急激に膨らんでいく。それに合わせて、人としての常識や価値観といったものが音もなく崩れていく感じがした。
「……分かった。君達と契約する」
 言った瞬間、二人の精霊から緊張感が消え、穏やかな笑顔になった。水の精霊は最初から笑顔を見せていたが、褐色肌の精霊が笑うのを見るのは初めてだ。目元が緩み、口元が笑みの形になった彼女を見て、レナードはますます欲望が昂ぶっていく。早くこの女を抱きたいと、体が疼く。
「ふふ、言質は取りましたから、もう言い訳したって駄目ですよ」
「ちゃんと聞いた。もう逃がさない」
「嘘は言わない。契約する」
 二度目をはっきりと告げると、自然と覚悟も決まった。これは堕落なのかもしれないが、もうどうでもよくなっていた。
「ではさっそくと言いたいところですが、その前にレナードさんにはやってもらうことがあります」
「何をすればいい?」
 お預けを食らった気分で、つい語気が荒くなってしまった。水の精霊は苦笑しつつ、言った。
「私達に名前を下さい」
「名前?」
「はい。レナードさんがここに来るまでの間に自分でもいくつか考えたのですが、やはり夫となる人に決めてもらおうと思いまして」
 追従するようにもう一人の精霊もこくりと頷く。
「俺が決めていいのかい?」
「お願いします。素敵な名前を下さいね」
 精霊二人がじっと見つめてくる。それに変な緊張を覚えつつも、レナードはすぐに思いついた。まずは褐色肌の精霊を見つめる。
「じゃあ、君がクロノ」
 続けて水の精霊だ。
「そして君がユニだ」
 それぞれに名前を与えると、二人は自分の名を呟いた。
「クロノ……」
「私はユニですか。……ふふ、さすがマスター、私が自分で考えたものよりもずっと素敵です」
「気に入ってもらえたかな?」
 二人は笑顔で同時に頷いた。
「では、今度こそ契約といきましょう。私とクロノ、どちらから先に契約しますか? 選んで下さい♪」
 そう言うなり、ユニは地面に体を横たえた。次いで僅かに上半身を起こすと、その右手で胸を、左手で自分の股を隠すようにする。まるで無垢な乙女のような仕草だ。それだというのに、目は期待に濡れている。その差がなんとも魅力的で、ペニスが更に反応する。
 一方のクロノも負けてはおらず、両膝を抱えるように座ると、その巨大な手で足を開いた。性器を突き出し、見せつけるようなポーズだ。
「マスター、ここ……」
 それだけでなく、大きな手で器用に秘部を広げてみせた。クロノの肌色が褐色だからか、割れ目から覗く膣のピンクがより鮮やかに強調され、レナードはそれに吸い寄せられるようにクロノの前へと移動した。
「むう……クロノが先ですか……」
 ユニが隣りで不満そうに頬を膨らませているが、レナードの頭はもうクロノを抱くことでいっぱいだった。視線はクロノから外さないままベルトを外し、下着ごとズボンを膝まで一気に降ろす。窮屈な場所に押し込められていたペニスがびんと飛び出した。その感覚だけで、今までで一番に勃起していることを理解する。
 レナードがペニスを剥き出しにしたからか、ユニは隣りで息を呑みながら「大きい……」と呟き、クロノは口元に笑みを浮かべた。
「やさしくして……」
 クロノの一言で、完全にレナードの理性が吹っ切れた。クロノの体に抱きつき、そのまま押し倒すと、間髪入れずにペニスをピンクの割れ目へと突き入れた。
 血管の浮き出たペニスがずぶずぶと埋まっていき、クロノに呑み込まれた部分がぐしょぐしょに濡れた柔らかい肉で包まれていく。
「はああああぁ……♪ マスター、大きい……♪」
 ペニスが膣に潜り込んでいくことに感じ入っているのか、クロノは艶っぽい声を上げながらレナードに抱きついてくる。押し当てられたむき出しの胸は服を着てても分かるくらいの弾力で、それがますますレナードの興奮を助長していく。
「クロノの中にぴったり……♪ いい感じ……♪」
 根元までぴったりと納め、クロノは満足そうに笑った。しかし、満足度でいったら、レナードの方が遥かに上だ。クロノの膣は迎え入れたレナードのペニスをぎゅっと締め付け、熱烈な歓迎をしてくれている。それに加えて、更に奥へ引き込もうと蠢いているのだ。
 セックス自体は初めてではないレナードだったが、クロノの膣内の動きはとても耐えらるものではなく、彼女が少し腰を上げた瞬間に亀頭が膣奥にぶつかったことであっさりと限界を超えた。
「ひっ……♪ や、あ……♪」
 最も敏感なところに勢いよく精を叩きつけられ、クロノは声も出せないまま身体を痙攣させる。それでも膣だけはペニスの射精を手助けするべく蠕動し、締め付けてくる。そのおかげで射精は長々と続き、ようやく絶頂が終える頃には二人揃って息も絶え絶えになっていた。
「はっ……はぁっ……」
「クロノのお腹の中、マスターの子種でいっぱい……♪」
 荒い呼吸を繰り返すレナードだったが、嬉しそうなクロノの笑顔を見て、満足してもらえてよかった思う。
「はい、契約終わり! 次は私の番です!」
 そこでユニが背中に飛び付いてきた。未だにクロノと繋がったままで背中に重さを加えられ、射精で脱力していたレナードは身体を支えられず、クロノに倒れ込む結果となった。
「やん……♪」
 その拍子にペニスを深く押し込まれる形になったクロノが嬌声を上げる。
「マスター! 次は私の番ですよ! いつまでクロノとエッチしているつもりですか!」
「待ってくれ。そう簡単には回復しないんだ。少し休憩を……」
「駄目です! 私は今までお預けだった上に、マスターとクロノのエッチを見せつけられてるんですよ!? 絶対待ちません!」
 目尻を軽く光らせたユニがレナードの身体を引っ張り上げる。そして、ペニスが完全に抜けたのを確認すると、レナードの身体をくるりと回転させてからクロノの上に突き飛ばした。なんの抵抗もできなかったレナードは当然のようにクロノの身体に上に落ち、後頭部が柔らかい二つの弾力に触れた。腰の辺りに濡れた感覚があるのは、クロノの秘部が当たっているからだろう。
「おいユニ、待ってくれ。このままじゃクロノが……」
「先にマスターとエッチしたんですから、クロノにはマスターのベッド代わりになってもらいます!」
 言ったと同時に頬を膨らませたユニがいそいそとレナードに跨ってくる。そこでぐいっと後ろに引き倒され、レナードの頭が更にクロノの胸の谷間に挟まれていく。
「マスター、おっぱい枕、気持ちいい……?」
「あ、ああ……」
「マスター! 今度は私の番だって言ってるじゃないですか! もう勝手に入れちゃいますからね!」
 ユニの怒ったような声が聞こえたと同時に、ペニスがぬるりと粘度の高いものに包まれた。
「やん♪ マスターの、入っちゃいましたぁ♪」
 見れば、レナードのペニスがユニの中に納まっていた。女性でいえば秘部に当たる場所だが、ユニに膣穴など存在していない上に、その身体は透けているため、彼女の股間に納められたペニスが丸見えだ。
 それがなんとも奇妙だったが、その光景よりもユニの中の感触にレナードは驚いた。ペニスを納めている辺りの液体がまとわりつき、みっちりと締め上げてきたのだ。その締め付けはクロノ以上で、見かけの通り、中も水なのだろうかと考えていたレナードはいい意味で期待を裏切られた。
「ふふ、流動体の身体ですから、色々できるんですよ♪ こんなふうに♪」
 ユニは楽しそうにレナードを見下ろしながら、その中を動かし始めた。目に見える変化はなかったが、ユニの中はぐにぐにと蠢き、亀頭から根元までまんべんなく扱き、こね回してきた。
「ユニ、これ、よすぎっ……!」
「私だって、マスターのこと気持ちよくできるんですからね! この♪ この♪」
 ユニが腰を振り始めた。ペニスがより激しく扱かれ、それに伴う快感も倍加する。人とはまったく違うユニの身体から与えられる刺激に、身体が正直に反応した。
「うふふ、マスター、気持ちいいんですね♪ 私の中でぴくぴくしてますよ♪」
 レナードは早くも追い詰められていた。先程クロノの中で射精したばかりだというのに、ペニスは次の精を放とうと血管を浮き上がらせている。
 それを感じ取ったユニは蕩けたような表情で腰の動きを更に激しくした。
「ほらマスター、早く私にも契約の証を下さいよぅ♪」
 ユニの中の動きが変化した。今まではマッサージするような動きだったものが、きゅっとペニスを締め上げ、先端から根元まで一気に圧迫してくる。
 完全に精を絞る動きに、レナードはあっさりと屈服した。
「ぅあ……!」
「あはぁぁぁぁっ♪」
 精がすごい勢いで迸っていく。ユニの体が半透明なため、その中に射精している様子がくっきりと見える。ペニスが脈動する度にユニの中に白い白濁が増えていく様子はたまらないほどレナードの興奮を煽り、彼女の腰を抱き寄せ、突き上げた。
「やぁん♪ マスター、激しい……♪」
 ユニは恍惚とした表情で身をよじっているが、中は変わらずに精を絞ろうと動き続けて、ペニスから精が噴き出していく。
 長い射精が終わると、ユニの腹の中はレナードが放った精で白く濁っていた。ユニはそんな自分の腹を満足そうに撫でる。
「うふふ♪ 契約の証、確かにいただきましたよ♪」
「マスター、クロノももっと欲しい……」
 そう言って、レナードとユニにベッド代わりにされていたクロノがくいくいと肩を揺すってくる。
「いや、少し、本当に少し待ってくれ。体力には自信ある方じゃないんだよ……」
 短時間に二度も射精を強いられ、レナードは体にほとんど力が入らない。まるで、最初にここに来た頃のようだ。勝手が分からず、一人でへとへとになるまでスコップで土砂の撤去をしていた日々が思い出される。
「そういえば、これで契約は完了なんだろう? 俺が休んでいる間、君達の力を見せてくれないか」
 目が土砂の山へと向かう。二人もその視線に気付いたらしく、ああ……といった感じで頷いた。
「そういえば、最初にそんな約束をしましたね。ではクロノ、マスターとの約束を先に片付けてしまいますか」
「クロノ、頑張る」
 クロノはレナードの体をひょいと自分の上からどかすと、仕方ないなといった感じでユニとともに現場に向かう。ユニとクロノの肌の感触が消え、レナードは少し残念に思った。
「では、手早くいきますか」
「どっせい」
 掛け声とともに二人が何をしたのか、レナードには分からなかった。だが、目の前の光景には確実に変化があった。崩れた土砂は意思を持ったかのように移動を始め、泥に濁った川の水は本来の透明さを取り戻していく。
 奇跡とも言えるようなその光景を、レナードは声もなく見つめているだけだった。
 人を何人も使って、時間をかけて行うはずの作業がものの数分で片付いていく。それを行なったのが自分の妻達なのだと思うと、誇らしくさえあった。
「すごいな……。これが精霊の力なのか」
「何を他人事みたいに言ってるんですか。私達と契約した以上、マスターもこれくらいは出来るようになっているんですよ?」
「俺も……?」
「練習すれば、すぐ出来る」
「本当に出来るのかい?」
「ええ、もちろん。私達が手取り足取り教えてあげますね♪ でも、まずは頑張ったご褒美をいただきます♪」
 ユニが嬉しそうに腕に絡んでくる。
「ご褒美って……」
「マスター、こっち。森の中に、寝心地のいい草がある。ベッド代わりにぴったり……」
 クロノが腕を引いていく。その言葉で、レナードはご褒美がなんなのかを理解した。
「……そんなにしたいのか?」
「もちろんです。マスターだって、もっと私達とエッチしたいでしょう?」
 その問いにはすぐに頷く。そして三人は森の中に消えていった。


 最後に残っていた主婦が帰ると、シオスは急いで店を閉めた。昔はありえなかったが、最近は店を閉める時間になっても店内に客がいることがままあるようになった。
 それはそれで嬉しいのだが、今日はカトレアが荷降ろしに来る日なのだ。その際に今後の仕入れなどの話があるので、商談を落ち着いてしたかったシオスは予め用意しておいた閉店の立て札を素早く店前に出した。
 空を見上げると日が沈みかかっている。カトレアが来るいつもの通りに目をやっていると、程なくして彼女の荷馬車がやってきた。
 それを見て口元に笑みが浮かんでしまうシオスだったが、荷馬車が近づくにつれて眉を寄せた。カトレアの荷馬車と並行して、足早に歩く男の姿があったのだ。それだけでなく、しきりにカトレアに話しかけている。幸い、カトレアの方に男と会話をする気はないらしく、冷めた表情で何かを言うと会話を打ち切ったようだ。もうその男のことは見向きもせずに、シオスの店の前までやってきた。
「どうしたの? なんだか景気の悪そうな顔ね」
 シオスの目の前で荷馬車を止めたカトレアはいつも通り微笑むが、先程の光景が頭から離れないシオスは笑顔を返す余裕がなかった。
「ここに来るまでに話していた男性、中央のバンズ商会の方ですよね? 彼とは何を?」
 バンズ商会といえば幅広く商品を扱い、中央でもトップ3に入る大商会だ。そこに所属する商人が接触してくるとなると、シオスにはいい予想ができない。
「ああ、見てたの……」
 弁解するつもりはないらしく、カトレアは曖昧な表情を浮かべた。だが、すぐにその顔を引っ込め、いつもの穏やかな笑顔に戻った。
「商談はいつだってその内容を秘密にするわ。余計なおしゃべりをして、儲けが減ったら困るもの。そうでしょう?」
 その笑顔に、シオスはそれ以上の追及ができなかった。カトレアが言ったのは至極当然のことだ。下手に話して儲けを根こそぎ奪われる可能性がないとはいえない。だが、シオスはそんなことよりもカトレアに隠し事をされている事実に、心が穏やかでいられなかった。
「何か言いたそうね」
「……いえ、つまらないことです。それより、約束の品を」
 もやもやする心に強引に蓋をすると、シオスは頭を切り替えてそう切り出した。
「分かったわ……。じゃあ、裏に回るわね……」
 カトレアの笑顔にほんの僅かな陰りが生じたが、シオスはそれに気付かなかった。
 店裏の荷揚げ場で現金と品を受け渡し、シオスは受け取った品を運ぼうとする。そこでカトレアが声をかけてきた。
「ねえ。あなた、今夜、予定はある?」
「今夜ですか? 特にこれといった予定はありませんけど……」
「じゃあ、空けておいて。三十分後にまた来るわ」
「え……あの、それはどういう……」
 意味が分からず、尋ね返すとカトレアは悪戯っぽく笑った。
「デートに誘っているのよ」
「デートって、僕とですか?」
「もちろん。じゃあ、また三十分後に会いましょ」
 くすりと笑い、カトレアは人々の流れに消えて行った。それを呆然と見送ると、シオスはとりあえず購入した品を運んでいく。しかし、頭はカトレアのことでいっぱいだった。
 彼女とデートをする? 自分が?
 冴えない男だと自覚のあるシオスだが、カトレアは間違いなく自分をデートに誘ってきた。そして、返事もしないままデートをする流れになっている。
「まずいな……」
 とにかく準備しなければと思ったシオスは急いで品を片付けると、慌ててタンスを引っかき回したのだった。


 約束の時間より少し早めにカトレアはやってきた。どこかで着替えてきたらしく、服装が変わっている。普段は行商生活のために旅人らしい格好だったが、今は女性らしいお洒落な格好だ。特に、ミニスカートから覗く剥き出しの細長い足から目が離せない。
「どこ見てるの?」
「あ、いえ……ちょっと……」
 歯切れ悪くシオスが言葉を濁すと、カトレアはくすっと笑った。
「まあ、見せるためにこの服にしたから、見てくれてもいいけど。でも、あまりじろじろ見るのは駄目よ。見るならさり気なくね」
 どこを見ていたかはお見通しらしい。反論の余地もなく、シオスは顔を赤くして俯いた。
「それにしても、あなたも着替えてくれたのね。素敵だわ」
 その言葉で許された気がして、シオスは顔を上げた。
「変ではないですか?」
「素敵だと言ったじゃない。さ、行きましょ。お店を予約しておいたわ」
 カトレアの腕がするりとシオスの右腕に絡まってくる。肘の辺りに幸福な弾力を押し付けられ、シオスの胸がどきりと跳ねた。
「カ、カトレアさんも、その格好、よく似合ってます……」
「そう? 知り合いから借りた服なのだけど、そう言ってもらえると嬉しいわ」
 カトレアが絡ませている腕を更にぎゅっと抱き締めてきて、押し付けられた彼女の胸の膨らみや質感がより強く腕に伝わってくる。それだけでもシオスが動揺するには十分だったが、密着したことでカトレアの優しく甘い香りまで察知してしまい、心の平穏が盛大に乱されていく。
 出発して僅か数歩でそんな有様だったから、カトレアが予約してくれた料理店に到着した時にはがちがちに緊張した状態になっていた。
「ねえ、私といるとそんなに落ち着かないの?」 
 シオスの状態についに我慢ができなくなったのか、呆れるように笑いながらカトレアが聞いてきた。
「あ、その、すいません。なんというか、女性経験がないもので……」
 見栄を張っても仕方ないと思い、シオスは正直に白状する。すると、すっとカトレアの目が鋭くなった。
「その余所余所しい言い方、やめてもらえないかしら?」
 カトレアにしては珍しく、声に少し苛立ちの感情が含まれていた。それに気づいたシオスが彼女を見ると、カトレアが咎めるような目を向けてきた。
「私達、デートで食事に来ているのよ? それなのに、あなたは商談の時と同じ接し方で私と話すつもりなの?」
 まさか、カトレアに対する対応に不満を持たれているとは思わなかっただけに、シオスは頭が真っ白になった。だが、このまま何も言わないのはまずいということだけは分かり、慌てて口を開く。
「じゃあ……その……ちょっと聞いてもいいかな?」
「なに?」
 カトレアが試すような視線を向けてくる。赤い瞳に圧倒され、シオスは慎重に言葉を選んだ。
「なんで僕を誘ってくれたんだい? デートをする相手なら、もっといい人がいると思うけど」
 シオスの態度は合格だったらしい。カトレアに、いつもの微笑みが戻った。それを見て、シオスの胸は一際大きく跳ねた。
「あなたのおかげで儲けさせてもらっているもの。たまには還元しないとね。そういうわけだから、今日は私の奢りよ」
「待ってくれ。儲けさせてもらっているのは僕の方だ。今日は僕が奢るよ」
「誘ったのは私よ。それに、ちょっとしたお詫びもあるから」
「どういうことだい?」
 カトレアに謝られることなど、シオスには心当たりがない。
「バンズ商会とのことよ」
 忘れていたことを不意打ち気味に出され、体が緊張するのが分かった。
「それがなにか?」
 普段通りの声が出せたはずだ。だが、それも続くカトレアの言葉を聞くまでだった。
「契約を持ちかけられたわ。トリコフルーツを始めとする、私だけが扱っている品を言い値で買うから、うちと専属契約を結んでくれって」
「なっ……」
 驚きのあまり、声が裏返ってしまう。バンズ商会のような大きな商会が個人の行商人相手に言い値で買う契約を持ちかけるなど、あり得ないことだ。シオスが行商人だったら、二つ返事で承諾している。それくらい、破格の条件だ。
「まあ、断ったけどね」
 さらっと告げられた言葉に、シオスはもはや何を言えばいいか分からない。
 行商人なら、百人が百人とも承諾するであろう奇跡のような契約を、カトレアは断ったというのだ。そしてそれを、まるで昨日の天気のように告げてきた。
「……その理由を聞いてもいいかな」
「あなたに売ることが、私にとって最大の利益になるからよ」
「自分で言うのもおかしいけど、僕の店とバンズ商会、取引した時に得られる利益は向こうの方が遥かに上だ。比べるのが失礼といってもいい。君なら、それくらい分かるはずだ」
「いいえ。あなたの店の方が、遥かに利益が上よ。私にとって、その利益は途方もないくらいの価値があるわ」
「……実は、僕の店の下に宝物が埋まっているとかかい?」
 割と真面目に言ったつもりなのだが、カトレアは冗談だと思ったらしい。困ったように笑った。
「宝という点では、まあ、間違いではないわね。すごい掘り出し物よ。私にとってはね」
 カトレアの赤い瞳がじっとシオスを見つめてくる。シオスの心をかき乱す力を持った眼差しだ。
「悪いけど、いくら君でも、あの店は売れないよ。親父から受け継いだものだからね」
 カトレアの視線からは逃げつつも、それだけははっきりと言った。やはり父の残したものだ。形見といってもいいあの店だけは、手放すつもりはなかった。
 カトレアの機嫌を損ねる覚悟もした上での発言だったが、彼女は分かっているとばかりに頷いただけだった。
「そんなつもりはないから安心して」
「それで、君はその利益を手に入れられるのかい?」
「手に入れられるという表現はちょっと間違ってるわね。手に入れてみせるわ。絶対にね」
 自信とともに、揺るぎのない決意が感じられた。
 カトレアがそこまで熱意を向けるものが一体どんなものなのか気になり、その後の会話でも教えてくれないか尋ねてみたのだが、最後まで彼女が教えてくれることはなかった。
「今日はありがとう。料理、おいしかったよ」
 料理店から出たところでシオスはそう告げた。今夜は知り合いのところに泊まるというので、ここで別れることになったのだ。シオスはその知り合いの家まで送って行くと申し出たのだが、「女二人しかいない家について来て、狼に変身するつもりなの?」と冗談混じりに言われては、引き下がるしかなかった。
「今度から私には商談でもその態度で接してね。その方が自然でいいわ」
「分かった。努力するよ」
「ふふ、期待しているわ。それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 挨拶を交わし、シオスは足を帰る方角へ向けようとする。だが、カトレアが戻ってくるのを見て動きを止めた。
 カトレアはシオスの目の前まで戻ってくると、微笑んできた。
「忘れていたわ。これは、今夜付き合ってくれたお礼よ」
 言ったと同時にカトレアはぐっと身を寄せ、両手をシオスの首の後ろに回し、唇を重ねてきた。
 ネブリを口移しされた時とは違って、今回は長いキスだった。甘い彼女の味が口内に広がっていく。
「ずっと緊張してばかりだったでしょ? 次はもっと楽しんでくれると嬉しいわ。じゃあ、またね。今度こそおやすみなさい」
 もう一度頬に軽くキスをすると、カトレアは軽い足取りで夜の町に消えていく。シオスはそれをどこか夢見心地の気分で見送った。
「次の機会もあるのか……?」 
 そう呟き、遠ざかって行くカトレアの後ろ姿を見つめる。
 突然のキスでぼんやりしているせいか、彼女の腰の辺りで獣の尻尾が揺れている気がした。
13/08/30 21:11更新 / エンプティ
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■作者メッセージ
さあ、エロ解禁だ。

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