連載小説
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魔法の言葉

私は全速力でユング君が走り去った方へ駆ける。

いつしか風景は街道脇の平原から、人の手入れが行き届いていない森林に変わっていた。
これでは一直線に走るのは不可能であり、どこに行ったかまるで見当がつかない。
普通の人間だったら一度入れば迷子確定の森林まで、私の邪魔をするというの?

どこにいるのかしら……ユング君?
無我夢中で走って行った彼も、ただでは済まないはず。


「森が作りし闇よ……私に、ユング君の居場所を教えて……」



闇術でユング君がいる場所を探り、地術で闇術が示す場所を特定する。
二つの術の同時併用…。普段なら「こんなことが出来る私は天才!!」と
自画自賛する所だが、今はそのような気分にはなれない。


「……、…、………あ、ユング君…大木に寄りかかってる…
やっぱり息が切れてこれ以上走れないみたい。それに……なんだろう、
……泣いている…のかしら?」


場所はここから西南西に230Mほど行った地点のようだ。
やっぱり木々の間を走っている間に明後日の方向に行ってしまったようね。
迎えに行かなくちゃ。


そして、まずは謝らないと。












――――――――――《Side Jung》――――――――――




大嫌いだ。


人も魔物も。



結局…僕のことを『物』だとしか思ってないじゃないか。


でも。





そんな風にしか見てもらえない、自分も大嫌いだ。





「ハアッ………ハアッ………ハアッ………」


息荒く、大木の下に膝をついた。これ以上はもう…走れない。
それにここはどこだろう?無我夢中で走ったから来た方向を覚えてない。
こんな森の中で迷うなんて一生の不覚かもしれない。

けど、今はそんなこと考えている余裕はない。

頭の中は怒りと悲しみと不安が渦巻き、大混乱を起こしてる。
目を開けてもなぜか視界がかすんで前が見えない。
僕の身体はいったいどうなっちゃったんだろう?


嫌い…

大嫌い…


この世の全てが嫌いだ!



「ハアッ………ハアッ………ハアッ………」


おかしいな?止まらない。

荒い呼吸も…頭のぐるぐるも…目からこぼれる涙も…










ガサガサガサ…


「!?」


誰かが草をかき分けてこっちにやってくる。
ヴィオラかエナーシアか…どっちかに追いつかれたんだろう。
でも、これ以上逃げる力はもう残ってない。
くそっ…煮るなり焼くなり好きにされるのか。



「見つけた、ユング君。」
「ハアッ………ハアッ………ヴィ…ヴィオラ?」
「うん。ヴィオラお姉ちゃんよ。」
「……帰ってよ。もう、顔も見たくないんだ。」
「…………………」

どうやら、追ってきたのはヴィオラの方だったみたいだ。
僕は疲れ切った体で何とか身構える。
でも、ヴィオラはさっきまでと違ってなかなか近づいてこない。
ずっと一定の距離を保ってるんだ。


「ねえユング君。」
「…なに?」
「私、分かったの。私はどうしようもないバカだって。」
「ふーん…今頃気が付いたんだ。」


いきなり何を言い出すかと思えば…




「ごめんなさい!ユング君…本当に、ごめん!」
「…ぇ?」
「私がバカだったから…ユング君のこと、傷つけちゃって…。
嫌だったんだよね?ユング君の気持ちも考えないで、一方的に好意を押し付けるのが。」
「…………………」


なんだよ。ヴィオラらしくもない。しんみりしちゃってさ…

そんなんだと、こっちまでいたたまれなくなっちゃうじゃないか。



「あのね、ユング君。ひとつお願いがあるの。」
「お願い?また僕に何かするつもり?」
「何でもいいから…私に、ユング君の歌を聞かせてほしいの。」
「!?」

このひとは本当に考えてることが良く分からない。
何でこんな所でヴィオラのために歌わなきゃいけないのだろう。

でも…歌うこと自体は…好きだから…


「いいけど、演奏料はしっかり払ってもらうよ。」
「うん。ちゃんと演奏料は支払うわ。前払いでいいのかな?」
「じゃ、10コール――」
「これでどうかしら?」


僕の目の前に差し出されたのは…1枚の金貨。


「…僕は10コールだけでいいって言ったんだけど。」
「それでいいの。ユング君の歌を一人で聞けるんだから。
金貨1枚(1000コール)でも安いくらいだわ。」
「あ、後で返せって言われても返さないからな!」


バカなついでに金銭感覚もおかしいんじゃないのかな?

だけど、今の言葉…ちょっと嬉しかったかも。


「じゃあ……第一楽章『ドッペルトレーネ』…」



手近な倒木に腰かけてリュートをかき鳴らす。

いつのまにか疲労が消え、頭の中も落ち着いてきたことに

僕は気付いていなかった。











――――――――――《Side Viorate》――――――――――





「〜〜♪〜♪〜〜〜♪」


ユング君の歌声が、私以外誰もいない森の中に響き渡る。
町で聞いた時も思ったけど、こうして一人で聞いていると改めて
ユング君の声はとても素晴らしいと思う。
この歌声は、私がどれだけ頑張ったところで足元にも及ばないんじゃないかしら。


「♪〜♪〜〜〜♪〜♪〜〜」



私はリリム。

当たり前のように美しく

当たり前のように強く

当たり前のように恋に生きる種族


でも、私は本当に…今まで恋したことがあっただろうか?



「♪〜〜♪♪〜♪〜〜♪〜〜」



男性と交わる行為はリリムの私にとっては生きて行く上で必要不可欠なこと。
精を糧として生きるサキュバスの宿命…
運命の人と結婚するまでの間貞操を保ち続けられるリリムはあまり多くない。

私もそのうちの一人。今まで交わってきた男性の数は数知れず。
誘惑してしまった男性の数はその数倍に上る。

私は一度として男性たちの気持ちを考えてあげたことがあるだろうか?

ユング君の存在は、私に対する一種の警告なのかもしれない…


「〜〜♪〜〜〜♪〜♪………はい、終わり。満足した?」
「……、ええ。やっぱりユング君の歌声は、とっても綺麗…
もういっそのこと
無形文化財に指定してもいいくらいだわ。」
「ほ…褒めてくれるのは嬉しいけど……何も出せないからね!」

あ、ユング君ったら照れちゃってる。顔が赤いわ。
くぅぅ…かわいいなコンチクショウ!!
でもここで衝動に任せて押し倒しちゃったら台無しだから…


「ユング君くらいの腕前があれば王宮の宮廷楽師にもなれるんじゃないかしら?」
「…だとしても、お断りだね。僕は今の自由気ままな吟遊詩人のほうがいい。」
「ふふふっ…ユング君らしいわね。」
「………………」
「………………」


沈黙。
二人してお互いの出方を伺ってしまう。


「ねえ、ユング君。」
「…何?」
「ユング君はこれからもずっと旅を続けるつもりなの?」
「まあね。僕には家族もいないし故郷もないから…
ずっとずっと…僕の命が尽きるまで、歌いながら旅を続けてくつもり。
終わることがない…僕の寿命まで……。」


うーん、ユング君に家族も故郷もないってことは大体予想してたけど、
それ以外にも何か大きな事情がありそうだわ。
もっと、ユング君のことを知りたい。それには、ユング君の心を開かないと。



「あのね…、よかったら…私も一緒に旅をしたいんだけど。いいかな?」
「…え!?」
「ユング君は嫌かもしれない。今までずっと一人で旅をしてきたのに…余計なのが一人増えるから。」
「そ、そうだよ!なんでヴィオラに一生付きまとわれなきゃいけないんだよ!」
「ごめんねユング君。一度傷つけたくせにこんなこと言うなんて。それに私達まだ会ったばかりだし。
でもね、私は……私は、どうしてもユング君と一緒にいたいの!」
「……………わけわかんないよ。なんで…ぼ、僕なんかと…一緒にいたいなんて……」










「私…ユング君のことが……好きだから!!」

「なっ…!?」



私の顔がみるみる赤くなっていくのを感じる。ほっぺたから火を噴きそうなくらい。
ユング君の顔も、私に負けないくらいみるみる赤くなってる。


「う…嘘だろ!」
「嘘なんかじゃないわ。私は…『人』としてユング君のことが…好き。」
「そんな…」



かつて…私の親友のヴァンパイアが恋のことで悩んでいた時期があった。
私は何度も相談に乗ってあげた。けど、今思うとどこまで役に立ったか分からない。
でも、一つだけは確実に彼女の役に立ったと思う。

「好きな人には、ちゃんと『好きです』って言わなきゃ伝わらないわよ。」

その後彼女は、思い人に告白して…見事、私より先に結婚した。
なのに私は自分で言っていたことも忘れていたのだ。


私達リリムはその能力ゆえに……
一方的な好意の押しつけでカップル成立ってことも多いの。
相手の男性だって、大抵は拒むことはないから元々意思なんて関係ない。

だから…その分どうしても相手の意思を尊重するってことを知らないの。

私の姉たちの中にも、相手の意思を無視したばかりに
一度は失恋する一歩手前までいった者もいるわ。

魔物による人間への一方的な服従の強制なんて、母上は望んでない。
私達リリムが望むのは、全ての魔物と人が気兼ねなく愛し合える世界。



「でもさ…僕は、変態のヴィオラを満足させられないと思うよ?」
「いいの。ユング君がユング君であれば、私は満足だから。」
「性格だってひねくれてるし…」
「自覚あったのね。でもユング君らしくていいじゃない。」
「…………本当に、僕なんかでいいの?」
「うん!もう他の人なんてどうでもよくなるくらい、ユング君のことが好き。
だから……泣かないで。んっ…」


ユング君の目尻から零れた涙を指でそっと拭い、
そのまま顔を近付けて、そっとと口付けする。
舌を絡めることはしない。浅く、いたわるような優しいキス。

ユング君は、昨日とは違って抵抗はしなかった。


「ちゅっ……どう?嫌…かな?」
「嫌……じゃない。」
「よかった。」


ようやく受け入れてくれた。

嬉しい。とっても嬉しい。

いままでキスだけでこんな気持ちになったことなんてなかった。



「じゃあ、もう一回…いいかな?」
「ま、まってヴィオラ!その前に…少し話したいことがあるんだ。」
「話したいこと?」
「うん…本当は誰にも話したくなかったんだけど、ヴィオラだけには知ってほしいから。」
「分かったわ。どんなつらいことでもいいから…遠慮なく話してね。」


ユング君が私に心を開いてくれた瞬間だった。




11/07/18 11:56更新 / バーソロミュ
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■作者メッセージ
またひとつ賢くなったヴィオラート。

次はいよいよ、ユング君の秘密に迫る。

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